目を開けばそこは見知らぬ世界が広がっていた。
これが現実ではなく夢だということは、マリー自身魔術師ゆえかすぐに理解することができた。思わず反射的に自分の姿を凝視、ほっと肩をなでおろす。どうやらちゃんと服は着ていたようで、想定していた裸ではなかったようだ。
にしてもここは何処だろうか。場所的に路地らしいのだが、たぶん表通りに行けばここが何処なのかがわかると思い少し歩く。開けた場所に出るとそこは大きな街だった。高層ビルがいくつも建っており、大勢の人が行きかっている。
(……東京?)
街並みと歩く人々の顔立ちからしてここが日本だと判断した。ただ、東京だと思ったのは彼女が知るこの街のイメージがそれだけだったからだ。
場所は分かった。ではなぜ、自分がここにいるということになる。生前……は、東京はおろか日本にすら行ったことはないのだ。それが夢として出てくるというのは変。ならば、誰かの夢になるのだが……。
思案しながら街を眺めているマリーの傍を一人の長身の男性が通った。彼はそのままマリーが最初に立っていた路地の奥へと進んでいく。
(始……よね?)
思わず彼の後を追い、すぐに彼の後ろについて歩いて覗き込むように彼の顔をみた。間違いない、彼だ。気づかなかったのはまず服装が違うから。最初に出会った時は分厚いコートを着ていたのに対して、今はカジュアル風のジャケットを羽織っている。これだけを見れば売れないモデルような感じだろうか。
一分ほど観察して気づいたのは、彼の左腕にはあのCOMPと呼んでいたコンピュータはなく、代わりにギターケースを手に持っていることだ。長さは120cmほどだろうか。ギタリストには見えないのでますます分からない。
(変な奴……うそ!?)
すると目の前で突然始が消えた。よく見ると、目の前の空間が妙だと気づく。
これは結界に似ていた。夢なので正確にはわからない、ただ認識阻害などのものはないように感じる。となるとこの先はかなり危険だ。
しかしここにいても状況は変わらない。
(ええい、女は度胸!)
マリーはその結界の先へと飛び込び、すぐに異変に気付いた。此処はかなり濃い魔力で満ちていて、普通の人間なら毒とも成り得る。自分ら魔術師ならば最適の場所だ。これだけ魔力が濃いならば、自身の魔力の代わりに使える。
この空間に目を奪われていたマリーは、突然首を横に振った。惚けている場合ではない、始を探さなくては。
思わず走りだしたマリー、しかし肝心の始はすぐに見つかった。奇妙な生物と一緒に。
(ま、魔物⁉)
それはよく知っている形をしていた。ハロウィンのかぼちゃにマントと帽子をつけているそれは俗にいう、ジャック・オ・ランタンみたいなものだったのだ。
彼は恐れるどころか当たり前のように会話をしている。
「オウ、ハジメじゃねーか。お前も来たのカ」
「ジャックランタン。お前もってことは、先に誰かここに?」
「そうだゼ。メシアにガイア、傭兵と選り取り見取りだったナ」
「やっぱ相当問題になってたのか。ここの異界」
どうやらこれは結界ではなく、異界と呼ばれるものらしい。たしかに、何かを封じているようには見えない。
「らしいナ。ま、生きて帰ってこれた奴一人もいないけどナ。異能者に悪魔使いもいて、そこまで弱そうな奴らじゃなかったガ」
「ふーん」
「お前もなんでここに来たんダ? 最近姿見ねぇから、死んだと思ってタ」
「ちょっと海外で稼いでた。で、戻ってきたら知り合いのヤタガラスにここを紹介されたわけ」
「それってYO、都合よく使われてるだけジャンカ」
「そうだな。だが、フリーランスの俺には依頼が来るだけありがたいの。報酬は美味いし、力もつくし一石二鳥ってわけよ」
「お前も強いんだから仲魔作ればいいジャンカ。なんだったら、オレサマがなってやろうか」
「こっちから願い下げだね。一人のが性に合ってる」
マリーは話の半分ぐらいしか理解できずにいた。専門用語を除けばある程度はわかるが、始が平然と目の前の魔物と会話をしているのが中々理解に苦しむ。魔術師の間でも使い魔は存在するし、それは別に不思議ではない。だが、魔物が人間と同じように会話したりしているなど聞いたことがないし、受け入れるのも簡単ではないのだ。
始は持っていたギターケースを地面置くと、ケースを開いて中の物取り出し始めた。ここで一曲、というわけでなく、さらに言えばそれはギターですらなかった。
防弾ベストを着こむとその上にタクティカルベストを装着。腰に巻くベルトと両太ももに着けるホルスターが一つになったもの付けると、両足にハンドガン2丁、腰にリボルバーらしきものを1丁。ケースからマガジンや手りゅう弾にナイフを装備、アサルトライフルを出してマガジンを装填し、最後に見覚えのある日本刀を腰に差した。
「相変わらず、すげーナ」
「これでもお前ぐらいの攻撃だったら防げるんだぜ」
「じゃあ、つえー奴ハ?」
「当たらなきゃいいんだよ」
「嫌いじゃないゼ。その考エ」
「だろ? じゃ、行ってくるわ」
「幸運を祈ってるゼー」
「悪魔に祈られてもなぁ。そこは美人にお願いされたいね」
どうやらこいつの頭の口はこの頃から変わっていないらしい
始はこのジャックランタンに手を振って異界の奥へと走り出し、マリーもそれに続くように追いかけ始めた。
夢もであり異界と呼ばれる場所が原因なのか、あれからどれ程の時間が経ったのか皆目見当つかないでいた。
今のマリーは例えるならば、映画のアクションシーンを座席ではなく、主人公の真後ろで見ているような感じで特等席とも言えた。まあ、中々見ることのない光景に最初は楽しんでいたが今は飽きつつあった。彼がフリーランスと言ってたように、どうやら資金はあまりないのか銃は控えていた。なので、日本刀でばっさばっさとと敵の悪魔を倒している光景だけが続いていた。
ただこれを見て、あの始が強いのも納得がいく。彼には魔力を感じてはいたが実際にそれを使っている様子はなく、いまも己の力だけで敵を倒しているのだ。
となるとただの人間ということになる、とても納得できるものではないが。
(……空気が変わったわね)
マリーが気づくよりも、目の前の始はすでにそれに気づいており、先程までとは雰囲気が違う。より周囲に注意を払っている。刀ではなく、ライフルを構えながらゆっくりと進む。
すると前方に死体が無数に転がっているのが目に入る。マリーは目を背けるものの、死体を見てしまう。無残だ。五体満足残っているものは一つもない。
彼はどうやら死体を調べていようだった。
「服装からしてメシアの連中か? ごろつきの格好は……ガイアか傭兵だろうか。お、弾が残ってんじゃーん。いただきまーす」
死体から戦利品を取って歩みを再開する。
これは夢である。誰も自分を認識できてはいないのだから、一人で先に行ってどうなってるか見てくることもできたが、マリーは怖くてそれができなかった。
「!」
始の雰囲気が変わりライフルを正面に構える。目の前は薄暗くて見えないが、彼には見えているらしい。同時に奥から何かの声がする。
そう、声だ。女の声。悲鳴のようにも聞こえるが同時にそれは、喘ぎ声にも聞こえた。
(うっ!)
それが見えてしまったマリーは思わず吐きそうになって口を押えた。
彼女には無理もない光景だった。そこには女が裸で何かに宙に浮いたまま押さえつけられていて、無残に犯されていたからだ。女は見た目からして日本人ではなく、外国人。彼女は人の数倍もある巨体の悪魔の逸物を陰部へと強引に挿入されている。顔は酷い、痛みと快楽が入り混じっていて、どちらが本心なのかすら判断すらつかない。ただ声だけは素直らしく、快楽に溺れていた。
よく見ると、その悪魔の横に目の前の地獄に怯えている女がいて服も着ていた。こちらは日本人らしい。彼女は恐怖で泣いていおり、音すら聞きたくないのか耳も塞いでいる。
悪魔は笑っている。次はお前だ、そう囁いているように聞こえる。
しかし、この混沌とし乱れた空間を打ち破ったのは一発の銃声だった。
「ナンダ……マタ、人間カ。」
悪魔は対して驚いた素振りを見せなかった。目の前で犯していた女が、頭に銃弾を受けて死んだというのに。悪魔は女の頭を掴み、それが悪魔にとっての力加減だったのにも関わらず、女の頭ぶちぃと音を立てては潰れた。悪魔の手から血が流れ、それを振り払うように死体も一緒に投げ捨てた。
「いやーお楽しみのところ悪いね。今の何人目?」
「女ハサッキノデ3人ダッタナ。男ハツマラン。ダガ、力ハちょっとモドッてきた」
「ふーん。一応聞くけど、お前鬼だな?」
「そうダ。ア……あ。お前ら人間でいう所の――鬼神というやつだな」
「……そうか。じゃあ死ね」
彼は躊躇いもなく引き金を引いた。
一体どれくらいの時間が経っだろうか。
マリー自身魔術師同士の戦いなど見たことはないし、戦闘自体も先の特異点がまともな実戦だったと言っても過言じゃない。
自分のはたしかに戦いだ。では、目の前のこれは?
戦場。その言葉が相応しいだろう。
強い人間だと思っていた始ですら、この鬼神とやらには手こずっていた。時には鬼神の獲物である棍棒をもろに食らって吹き飛ばされ血を流していた。それでも、彼は生きており戦いは続いた。とにかく必死に距離を取り、銃弾の雨を食らわせていた。ダメージは入っているようだが決定打には程遠い。
戦いは鬼神が優勢の中、突如のその動きが鈍り始めた。
「ぬ⁉」
「効くのがおせぇんだよ!」
両手のハンドガンを投げ捨て、腰の日本刀を抜いて駆け出す。斬り殺すのは鬼神でも分かっており、うまく動かない身体に鞭を打ち右手の棍棒を振りかざした。だが始のが早く、すれ違い様に鬼神の右手首をぶった切る。
「な―――!!!」
巨木ほどはある鬼神の手首を始は一閃で切り落とし、
「つぎぃ!」
そのまま鬼神の横腹を斬り裂きながら背後に回り、跳躍。彼は陰の構えとり、乾坤一擲の一撃を食らわせ――鬼神の左腕を肩から斬り落す。同時に比にならない量の血が噴き出す。
ドスンと重い音を立てながら鬼神は後ろに倒れた。
「はぁはぁ……」
始は血まみれだった。そのほとんどが鬼神の返り血だ。彼はなんとか身体を動かし鬼神の胸の上に立った。
「人間の分際で、おれを殺すか」
「あぁん? いつだってその人間に退治されてるんだろうが」
「がははは! たしかに貴様のい――」
最後まで言わせることなく、始は鬼神の頭に刀を突き刺した。すると鬼神の身体が消え、彼は地面に落ちるがうまく着地。鬼神が消えても返り血や飛び散った血は消えないし、死んだ人間は生き返らない。
彼は刀を鞘に納め、それを松葉杖代わりに歩いて投げ捨てた銃を拾ってホルスターに収める。少し離れた場所にくの字に曲がったアサルトライフルがあった。先ほどの戦いで、叩き潰されそうになった際、盾代わりに使ったためこうなった。
「はぁ。銃だってタダじゃねぇのに。買い換えた方がはえーや」
愚痴りながらライフルを適当に投げ捨てた始。彼はそのまま一人の生存者の元へ歩いて、彼女の前で膝をついてたずねる。
「嬢ちゃん、生きてるか?」
「あ、は、はい……」
「色々聞きたいんだが。なんで嬢ちゃんは生きてる? 何故かあいつは嬢ちゃんを殺す気配がなかった。いつだって殺せるのにだ」
彼の問いにマリーもはっとなって気づいた。たしかにその通りだ。彼の言うことも勿論だが、あの鬼は彼女から少し距離を置いて戦っていたように思える。つまりは、この子に死なれると困るということだろうか。
「わ、わかりません。ただ、すぐには殺さないって。なんでって言ったら、殺せば消えるからだって」
「消える? まさか……嬢ちゃんが召喚したのか⁉」
大声を上げる始に少女は震えながら手に持っていたスマートフォンを差し出してきた。
「スマホ?」
「これ……」
「……悪魔召喚アプリ? おいおい、これって悪魔召喚プログラムじぇねぇか。普通の人間には手に入らんし、まして魔力もない嬢ちゃんに召喚できるわけが」
「気づいたら勝手にインストールされてて、消したくて消せなくて、そしたら突然あの鬼が現れたんです。そしたらここがこんな風になって」
「ちょっとスマホを貸してくれ」
「あ、はい」
スマホを受けると彼はアプリアイコンをタッチ。多分メニュー画面だろうか、デザインは簡素であるが全体的に魔術的なデザイン。いくつかある項目の内仲魔を押すとそこは空欄。戻ると次にアイテムを選択。そこには文字化けているアイテムがあった。
「なんだこれ。なんとかの……欠片? キーアイテムになってるな。もしかしてこれが触媒になってるのか? うーん、専門外だからわからんが、これは証拠物件として押収させてもらうよ」
「お願いします。もう、こんな世界はいや……」
「そうだな。ここは嬢ちゃんのような子がいる所じゃない。出口まで送ろう、立てるか?」
「ごめん、なさい。少し前から腰が抜けてて、足にも力が入らないんです」
フムン。と彼は唸ると、何も聞かずに少女は抱きかかえた。
「悪いがこれで我慢してくれ」
「命の恩人に……文句は言えませんよ」
「たまたまだよ。たまたま」
不安がらせないように笑顔をつくる始は、そのまま出口へ向けて歩き出す。彼の首に手を回している少女は、自然と彼の顔を目に映る。何か聞きたいことがあるのか、少女は唇を噛みながらそれを聞くかどうか悩んでいて、その末に訊いてきた。
「一つ、いいですか」
「ん? なんだい」
「どうして、あの人を殺したんですか。まだ、生きてました」
「違う。彼女は死んでた」
「え」
迷うことなく始は言い切った。
「彼女はたぶん、メシア教会のシスターだろう。調査かそれとも手柄目当てで来たかは知らんが、ああなった時点で彼女は死んだも同然なんだよ」
「それは、どうして?」
「メシアは法と秩序をつかさどるロウを体現する宗教だ。俺らにとっては神も天使も悪魔に分類されるがあいつらにとっては違う。神や天使以外の悪魔を排斥し共生も拒否している。そんな信者が悪魔に犯されて、仮に生きて戻ったとしても断罪されるだけだ。体は穢れ、お前の魂は快楽に堕ちた、悪魔と変わらないと。だから、殺してやった」
「……すみません。嫌なこと聞いて」
「気にしないでくれ。俺はフリーランスのだが同時に人殺しだ。敬意や感謝なんていらんよ」
「そんなことありません! あなたが来てくれなかったらきっとわたしも死んでました。だから、感謝してます。お礼ってわけじゃありませんけど、わたしが出来ることなら何でもします!」
すると始はいきなり足を止めた。顔から笑顔が消え、先程の戦いよりも真剣な顔をしながらグッと彼女の顔に近づいて、
「ん? いま何でもするって言ったよね?」
「は、はい! わたしで出来ることでしたら!」
「だったら……もっこり一発!」
「も、もっこり? ……!!」
少女はその意味を理解したのか、顔を赤く染めながら俯いた。対して始は至って真面目な顔を続けていた。
そんな会話をもちろん聞いていたマリー。
(死ね。このエロ魔人)
中指を立てながら足蹴りをするも、夢の中のために当然すり抜けた。ただ現実なら絶対避けられるので、今のうちに彼を思う存分殴ることにしたマリーは、実体のないサンドバッグに向けてラッシュを始めた。
「えーと、はい。わたしで、良ければ……」
「キター! なら善は急げ! 特急列車発車しまーす!」
ボロボロであるはずの身体なのに、どういうわけか怪我を負う前のように地面とぴょんぴょん跳ねながら走る始。しかしふと何かを思い出したのか。
「ちなみに。嬢ちゃん若いね、年いくつ?」
「? 今年で、17ですけど……」
キキィー、と車の急ブレーキのように始の足は止まった。
少女は首を傾げ、男は口惜しそうに、本当に悔しそうに涙声で告げた。
「やっぱお礼は成人になってからでいいよ。うん、もっこりはローンも組めるからね!」
「……変な人ですね。ふふっ」
再び歩く出す彼の背中はとても哀しみに満ちていた。
(いや、それでも人間の屑でしょ)
マリーはそれでも彼に中指を立てていた。
「さいっあくっ!」
寝起きの第一声がそれだった。
マリーは自室へのベッドで目が覚め、寝起きながらも意識はちゃんとはっきりしており、何より今日見た夢のことを最初から最後まで鮮明に覚えていたのだ。
あんな夢を見てしまっては二度寝など怖くてできない。ぐうぅーと腹から音が聞こえる。一度死んで、生き返えったわりには腹が減るようだ。
「食堂にいこ……」
身支度を整えてマリーは所長室を後にする。通路を歩いていると少し先にマシュと藤丸がいたので、とりあえず挨拶をした。
「二人ともおはよう」
「あ、所長。おはようございます」
「おはようございます。所長、顔色悪く見えますけど平気ですか?」
藤丸がたずねた。
「一度死んだからでしょ」
「HAHAHA。ナイスジョーク」
「殺すぞ小僧」
「すみません!」
「で。二人はどうしたの? 私はこれから食堂に行こうとしてたんだけど」
「あ、そうでしかた。実は先輩と一緒に始さんとモードレッドさんも誘ってわたし達も食堂に行こうとしてたんです。所長も一緒に行きませんか?」
その誘いに少し悩んだ。なにせ行かない方いいと持ち前の女の勘が警告しているからだ。ただそれは同時に行くともっと酷い目に遭うのか、それとも行かないとさらに酷いことが起きるかの違いでしかないと気づく。なので、嫌なことは早めに処理することに決めた。
「ええ。構わないわ」
そしてマリーら一行は始が滞在している部屋に向かう。といってもここの居住区はそれなりに広く、彼の部屋は少し歩くことになる。道中、互いに先の特異点での話や、現状について話しているころには部屋の前に着いていた。
前居住区の部屋の扉には電子ロックがかかっている。なので、マナーとしても呼び鈴を鳴らして二人の反応を待った。しかし呼び鈴を鳴らしてもすぐには来ない。
「まだ寝ているのでしょうか」
「まあ無理に誘わなくてもいいんじゃない?」
「ムカつくから起こす」
『え?』
それはも迷惑行為の何物でもなかった。ただひたすらに呼び鈴を押すマリー。ただ彼女はここの所長であるので一応マスターキーを持っているのだが、生憎今はもっていないようだ。
(あー、うるせぇな! いま行くから待ってろ!)
部屋の中から声。
勝った――
マリーは勝者の笑みを浮かべていた。
ただそれも、次の光景ですぐに吹き飛んだ。
「んだよ、こっちはまだ寝てんだぞ?」
『な――!』
唖然。驚愕。まさに吃驚仰天。マリーとマシュは一瞬にして体が固まる。
扉が開いて現れたモードレッドの姿は裸だった。小さな乳房が可愛く実っており、戦士とは思えないほど肌はツヤツヤ、乳首はきれいなピンク色。幸いだったのは下は履いていたことだった。それも、ちょっとフリルが付いたシンプルで可愛いやつ。
なんか私よりいいの履いてない? いや、胸は勝ってるからいいか。
彼女は隠さず鼻で笑った。
「二人とも扉の前で固まったりしてどうしたんですか?」
マリーとマシュがちょうどモードレッドの姿を藤丸から隠しており、何かの力が働いたせいか彼には見えていなかった。
そして彼の声と同時にマリーの行動は素早かった。
「見るな!」
「ギャァーーー! 目がぁ! 目がぁ!」
「せ、先輩ーー!?」
「うるせぇな! 何しに来たんだよお前ら」
「朝食の誘いに来たのよ!」
「めし? もうそんな時間なのか……。ハジメー、飯だってよー」
すると部屋の奥から気の抜けた声で「いくいくー」と聞こえた、一応起きているらしい。
それからモードレッドは着替えるために再び部屋に中に戻り、マリーは痛みで悶え苦しんでいる藤丸の耳障りな声を聴きながら始が出てくるのを待った。
「にしても、ちゃんと朝飯食うのは久しぶりだ。美味いのか、ここの飯?」
「まあ普通でしょ、普通」
「ま、食えるだけ有難いか」
食堂へと向かいながらマリーは始と話をしながら歩いていた。今の彼の服装は、下は出会った時同じ黒のミリタリーカーゴパンツのようなズボンで、上は白のTシャツだけを着ていた。サイズが丁度なのかピッチリとしていて彼の鍛え上げられた筋肉がはっきりと浮き出ている。
ちなみにマシュと藤丸はモードレッドに連れられて先を歩いている。会ったばかりマシュにモードレッドはどこか偉そうである。
「なんでモードレッドはマシュに対してあんな偉そうなの?」
「さあ? モッさんはどこかガキ大将みたいなところあるし、それでだろ」
「ふーん」
その割にはマシュのことを偉く気に入っている……可愛がっているように見えるような気がするのは何故だろうか。いや、確かにマシュにだけ上から目線で偉そうではあるのだが。
「ねえ、聞きたことがあるんだけど」
「なんだ?」
「私、死んで生き返ったわけだけど、今のこの体は元の身体じゃないのよね? なのに普通にお腹が空いてるんだけど、どうして?」
「それは生きている証拠だよ」
「はぐらかさないで」
真面目に言い返すと、彼は頬を掻きながら答えた。
「昨日は言いそびれたが。今のマリーの身体は本来の人間とは少し違う」
「違うって、どこが?」
「俺にもうまく説明はできない。ただ、オルガマリーという魂から元の肉体を再現した……ようなものというか。昨日も言ったけど問題はないはずなんだ。その内に以前と同じようになるし、違和感も減ると思う」
「まあ、言われたように死ぬ前より体の調子はいいし、良いことずくめなわけだけど……。で、最終的にどうなるわけ?」
「……人間に戻れると思う」
「それ本当なんでしょうね⁉」
「きっと……たぶん」
「そこは嘘でも自信を持って言いなさいよ。はぁ……なんで話すだけでこんなに疲れるのかしら」
大きなため息をついてがっくしと肩を落としながら彼女は歩く。
それから話題が尽きたので二人で無言になる。いや、話題はある。今日の夢の話だ。だがそれを聞くのは不自然だし、逆になんで知っていると聞かれても答えられない。昨日は色々あって話は中断されてしまい彼の素性はまったくわからない。なんであの特異点にいたのか。どうしてサーヴァントであるモードレッドと契約しているのか。考えれば考えるほど謎は深まるばかり。左手の甲にマスターの証である令呪があるから、召喚をしたのは間違いないはずで、少なくても彼は魔術師で聖杯戦争に関りがあるずで――
その時である。スカート越しにお尻が触られていることに気づき、夢で鍛えた黄金の右を即座に振りかざした。
「貰った!」
「おっと。昨日より速い拳、俺でなきゃ見逃しちゃうね」
「シッシッ! 夢で鍛えた今日の私は一味違うのよ」
「やりますねぇ。しかし残念なお知らせだ」
「それがなに? 今の私には関係ない!」
「マリーの所有権は俺が握っているからお前は逆らえないのだ!」
「……は? どうして! なぜ! 説明しなさい⁉」
「言っただろ。俺の仲魔になるって」
「なによ仲間って!」
「仲魔な。仲間の仲に、悪魔の魔。まあとにかく、観念してお縄に――」
指をくねくねさせながらマリーに迫る始の顔に何かが高速で通り過ぎた。同時に背後の壁にドンっと、それがめり込んだ。彼はゆっくりとそちらに振り向くとそこには、小さなハンマーが壁にあり再び彼女の方に振り向いてたずねた。
「なぁにあれ」
「ひ・み・つ。あなたをぶっ殺したいと思ったらできたの」
「きついジョークだ」
「あ、そうだ。別に私ともっこりしたいならいいわよ」
「え、なんでそれ知ってんの?」
「その代わり、これだから」
首を斬って殺す、そう左手でジェスチャーしたマリーは不敵な笑みを浮かべて先に歩き出した。
一人残された始は、キリっとした表情を浮かべると、躊躇いなく彼女に向けて飛び掛かり、さっそく巨大な木製のハンマーによる制裁を受けたのであった。
たぶん、これからの主人公とマリーの関係が決まった。ような気がする
次からオルレアンで仲魔も増やす予定だけど、サーヴァントをどうするか悩んでる
各章で何人かは決めているものの、拘るべきかそれとも欲望に走るべきか。
まあ一部のサーヴァントはストーリー上無理な奴もいるけどね。だって、改変考えるの面倒だから。