灰の少年と古の災い   作:神無月亮

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お待たせしました。
別の作品の片手間で書いているので、どうしても遅くなります。そこのところ、ご了承ください。


龍と竜の出会い

 モガの森。村長の言う通り、森と海が共存した雄大にして自然豊かな大地。生命の声が溢れ沸き立ち、代わりにモンスターたちも跋扈している自然の領域。

 そこに来た彼は、開幕からばてていた。彼は入り口の坂道で五体を投げ出して倒れていて、下手すると行き倒れにすら見える。

 

「暑い……」

 

 熱された地面にほおをつけ、彼は今にも死にそうな体でぼそりと呟く。彼の視線は中天に浮かんだ太陽を睨みつけており、今にも凍りつかせようと声なき怨嗟を上げている。

 ぴくりぴくりと死にかけのセミのような動きをするグレイ。もはや動く元気もないようで、五体の一つたりとて地面から離れなかった。

 

「おい、大丈夫か?」

「…ッ、うる……せえ……」

 

 半分意識が消えかけたグレイに、半裸の偉丈夫の男性が急いだ調子で話しかけた。彼の怒声に近い大声に、グレイは顔をしかめるが、彼はそのことに気づかなかった。

 

「これはいかん。近くの日陰に連れて行かなければ。……そうだ、キャンプなら!」

「………」

 

 男に抱えられ、グレイはどこかへと連れられていく。遠くからアプトノスの慌てた様子の声が、グレイの耳に入った。

 

 巨大な岩陰の下に作られたベースキャンプ。海に向かう道は細い穴一つで、森へもモンスターの自重で壊れそうな細い道しかない安全地帯。そこのキャンプだった布の塊のそばに、グレイは寝かされていた。

 彼の兜は取り外され、籠手と両足も放熱のために海面のそばに置かれている。

 

「ぐ、つぁ……」

 

 硬い床の感触に呻きつつ、彼は目を覚ました。彼は上体を起こすと、暑苦しい鎧を脱ぎ散らかし、海に乱暴に投げ込む。

グレイの背中には、よく見なければわからない程度の不自然な膨らみがあった。何かを無理やり畳んで覆ったかのような その膨らみは、少しだけ揺れ動いている。

 彼がそれを睨みつけると、動きが止まった。それに満足げに鼻息を漏らし、大剣を背負うと、一人の青年を見つけた。

体格の大きな男性だ。肌は小麦色で、顔も体も四角い。上でまとめられた髪は民族伝統によるものか。紫の上着にスリットが入った青ズボン。腕には黒地の指貫グローブらしきものをつけている。胸元には、モンスターのものと思われる牙のネックレスをつけていた。

 彼は元気がないのか、分かちうなだれた様子で座っていた。

 

「誰だ、お前」

 

 警戒しながら問いかける。同時に小さく、しかし確実に距離を狭め、爪を立てる。

 青年はそれに気づいているのかいないのかわからないが、とにかく喜んでいることがわかる笑いを浮かべた。

 

「おお、起きたか。そういえば、昨日は会えなかったな。俺は、あの村長の息子だ。よろしく頼む」

 

 立つ元気がないのだろう。彼は座ったまま、膝に腕を置き、名乗りを上げた。

と、ここでグレイの脳みそがようやく再起動を果たした。同時に、村長の言葉に該当する人物であることを理解する。

 

「ああ、お前か。俺は、グレイ。今日から、ここの専属ハンターとなる。立場上、お前には時折に手伝ってもらうことになるかもしれねえ。それを前提に、よろしく頼む」

「ああ、よろしくな」

 

 二人は握手をし、グレイは離れる。と、そこでせがれの腹が不満げな声を上げた。

グレイの顔が侮蔑まじりの冷血な無表情へと変わる。

 

「すまん。キャンプに使う予定だった天幕の様子を見に来たんだが、そこで腹を空かせてしまってな。ご覧の通り、こいつを修理しないと、お前さんの活動もできないってわけさ。そこでとりあえず、報告しに帰ろうと思うんだが……。お前さん、何か食べるもの持ってないか?」

「肉だ?お前をこr……いや、なんでもねえ。わかった、肉を狩ってくる。アプトノスくらいならいるだろ」

 

 恥でバツが悪い思いをしたせがれは、焦った調子で物乞いをする。グレイはそれを興味なさげに眺めつつ、後々の利益のために本心を押し殺して物乞いに応じた。

 彼は大剣の位置を直し、歩き出す。そして、陸と陸を渡す石の足場を軽快に走り抜け、森の中へと入っていった。

それを、せがれは「最近のハンターって、裸で狩りをするのか?」と呑気なことを考えていた。

 

 太陽は未だに空高く、沈むには長い時間が必要だと感じさせる。彼はそれを忌々しく思いつつ、透明感ある川の真ん中に倒れている白い人型の物体を睨んでいた。アプトノスの姿は影も形もなく、常人には聞こえないほどの音量の鳴き声が上り坂から聞こえてくる。滝から落ちてくる川の水は少し盛り上がった土の影響で物体には届いていない。

 地面には草が生い茂り、ところどころに小さな花を咲かせている。上り坂の側には、蜂の巣が蜜を垂らして立っていた。

 身をかがめ、声を押し殺し、できる限り音を立てず、近づく。川のせせらぎの音が、嫌に彼の耳にこびりついた。

 物体へは何の障害もなく、辿り着いた。そこで、改めてその物体が何であるのかを認識する。

 それは裸の少女だった。新雪のような白くきめ細やかな肌、全体的にスレンダーな肉体、全身に散りばめられた純白の鱗、背に二列に並べられた青い結晶、か細く力を入れれば折れてしまいそうな腕、すらりとした無駄が一切ない足、背を覆うほどに長く伸ばされた細く白い煌めきを放つ髪、額に生えた背のものと同じ青い結晶の角、見るもの全てを魅了する美貌。人外と人間の美しさを両立させた者が、地に倒れ伏していたのだ。

 彼女は健やかな寝息を立てて、眠っている。試しにグレイが少し揺さぶるも、文句代わりの言葉にならない声を上げるのみ。

 起きそうにないと判断したグレイ、少女を放置して鳴き声がした方の坂道を登り始める。川が流れている道の方は、大きな岩で塞がれていて行けなかったのだ。

 坂道の先は、滝の上だった。滝へと向かう川には、三匹のアプトノスが水を飲んでいる。川は横穴に続いており、そのさらに先にはまた滝があった。

 グレイは大剣を抜かず、一番小さい幼体へと近づく。そして、躊躇いもなく頭を掴むと、その剛力で持ち上げ振り回し、石壁に叩きつけた。幼体はその一撃で首の骨が折れたのか、か細い声を上げて絶命する。

 獲物であるアプトノスの悲鳴がこだまし、我先にと下り坂へと走り始める。彼はそのうちの後ろを走っていた成体に狙いを定め、素早く身を寄せ、頭めがけて回し蹴りを放った。

 骨が折れる音が響き、首があらぬ方へと折れ曲がる。空気の漏れる音が少しした後、その巨体が地に伏した。

 彼は腰に装着された剝ぎ取りナイフを取り出し、解体を始める。血の粘着質な音と肉の裂ける音、骨が砕ける音が少しの間だけ辺りに響いた。

 

 血に全身を汚したグレイは坂を下り、再び少女のそばまで近寄っていた。彼の足元には、依然として眠りこけている少女がいる。

 

「………………同種とは違うが、一応は保護しておくか」

 

 少女から漂う『竜』の香りに、グレイは判断を下す。彼はおもむろに少女に手を伸ばすと、俗に言う姫様抱っこでキャンプまで戻った。

 

「おお、おかえり。そいつは誰だ?」

 

 グレイを出迎えたのは、未だ地面に腰を下ろしていたせがれだった。彼はグレイの腕に収まっている少女が気になるのか、いきなりに問いかけた。

 

「知らねえよ。さっき、拾ったんだ。とりあえず保護する予定だが、文句あるか」

「いや、ないが。ない、んだが。そいつ、まさかだが」

 

 それに対して、グレイはぶっきらぼうに答える。彼は地面に少女を降ろすと、生肉を取り出しつつ半ば脅迫まがいの確認を取った。せがれはその少女の正体に至り、滂沱の如く汗を流す。

 グレイは煮え切らないせがれに不機嫌気味に「はぁ?」と返し、生肉を手渡した。

 

「ひ、一つ確認を取らせてくれ」

「あん?」

 

 少女を再び抱え、キャンプを出ようとするグレイに、せがれが声をかける。グレイはまだ用があるのかとでも言いたげに睨みつけ、次の言葉を待った。

 

「そいつが人間ではないことは、気づいているんだな?」

「…………は、はは!そんなことかよ」

 

 彼らしくもない真剣な面持ちのせがれの問いに、グレイは愉快げに嗤う。そして、せがれに顔だけを向けてーー

 

「んなもん、気づいているに決まってんだろうが」

 

 人間にあるまじき鋭い歯と背筋が冷えるほどの眼光が覗く、憤怒と狂気渦巻く凶暴な野生染みた笑みを浮かべ、憎悪に歪んだ答えを返した。

 グレイの悪意に満ち満ちた笑い声が、キャンプから遠ざかっていく。せがれは「最近のハンターって、あんなに黒いやつばかりなのか?」とやはり呑気なことを彼なりに真剣に考えていた。

 

 血を軽く洗い流した後、グレイが村に戻ると、村全体が騒然とし始めた。

 原因は当然、グレイが抱えている少女だ。依然として裸のままの彼女が、その異形を一切隠すことなく、村人たちの前に晒しているのだ。

 子供達が興味深げにグレイの周りをうろつき、質問攻めを始める。彼はそれに「拾った」「知らねえ、ラギアクルスとかじゃねえの」とどうでも良さそうに答えていった。

 

「……………あれ、は……」

 

 村長が口を大きく開けて、自宅へと入っていくグレイたちを見送る。他の人たちもあまりの驚きに何も言えず、子供たちの興奮した声だけが村に響いていた。

 

「これでよし、と。あとは、あっちからのアクションを待つだけだな」

 

 少女をベッドに横たえさせ、グレイは拾ったものや狩ったものを装備箱に放り込んでいく。彼の手に迷いはなく、次々と箱の空虚が埋められていく。

 ルームサービスのアイルーが、グレイが活動初日に少女を連れてきたことに震える。邪推を始めるアイルー。それを無視して箱に全て入れ終わるグレイ。

 彼は満足げに蓋を閉じ、ベッドに乱暴に腰掛ける。ベッドが揺れ、少女がうなされ始めた。

 

「今日はここらで活動を終えるか。農場にも挨拶したしな。んじゃ、おやすみ」

 

 少女が寝ているベッドに寝始めたグレイに、アイルーの邪推が加速する。今や彼の頭の中には、少女にあらぬことをしているグレイの姿が映し出されていた。

 

 翌日。彼は何者かの視線を受けながら目を覚ました。彼の瞳が開かれ、のしかかっている人物の姿を視界に収める。

 上に乗っている人物は彼が拾った少女だった。服は未だ着ておらず、吸い込まれそうな青い双眸は険しく釣り上げられている。彼女のなだらかな体の先から、様子を探っている村人たちが見えた。

 グレイは村人たちと少女を交互に見ると、口を開いた。

 

「おはよう」

 

 少女は彼の首に噛み付いた。村人たちは大慌てで少女を取り押さえた。グレイは冷静に咬合力を測っていた。




適当に感想とかくださいな。後、誤字の指摘など。むしろ、そちらが必要です。
では、またいつか。

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