虚ろな刃   作:落着

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「時間合ってるのか?」

「尸魂界からの地獄蝶によれば大体あってると思うんスけどね」

「そうか」

 

 人も寝静まる夜の空座町。民家の屋根を足場に、浦原商店の面々が雁首揃えて空を見上げている。

 無論、尸魂界で健闘してきた者達を迎えるために待っているのだ。ジン太が文句を垂れ、雨がそれを諌めて手痛い仕返しを受け、鉄裁がそれを止める。

 七花と喜助は、その輪に入ることなく空を眺めていた。そうしてしばらく、その時がやってきた。

 空に門が開く。穿界門が空中に姿を現わす。門の奥より霊圧が近づいてきていた。

 

「元気そうで何よりっスね」

「そうだな。そろそろ出てくるぞ」

「鉄裁、雨、ジン太。準備してください」

「お任せください、店長」「はい」「しゃあ、かっ飛ばしてやるぜ」

 

 雨が大筒を構える。ちょうどその時、断界から飛び出してきた夜一達が落下を始め、雨が大布を射出し、四人と一匹を絡めとる。

 明後日の方角へ飛んで行こうとする大布の球を、ジン太が打ち返そうとし、鉄裁にもろとも受け止められた。

 

「さてと、僕らも行きましょうか」

 

 喜助が一足お先にと姿をかき消す。七花もあとを追いかけ、その場から姿を消す。

 喜助は鉄裁に追いつくと、大布の球を一瞬で平らに戻した。大布が伸び、魔法の絨毯のように空を飛ぶ。広がった布の上には、浦原商店の面々と尸魂界突入組の姿が揃っていた。

 

「おかえりなさーい、皆さん」

 

 楽しげな口調で喜助が皆を出迎える。突然のことに混乱していた面々は、ようやく事態がひと段落したことを悟る。

 夜一は大布の後方に立っていた七花の肩に飛び乗る。石田、茶渡、井上は周囲を見渡し現在の状況を認識した。そして一護は喜助の声に反応した。

 そこから七花は背景に徹した。理由は単純、友人がそれを望んだからだ。利用したことを謝る。喜助がけじめとして自ら一人で行うと譲らなかった。知りながら看過していたのだ。自らも同罪と七花は考えているが、それでもと喜助は七花を退けた。

 眼前ではひょうきんさを消した喜助がこうべをたれ、謝罪の言葉を口にしている。喜助の姿に一護が言葉を口にして、喜助が答え、さらなる一護の言に対して喜助が応じれば肘が飛んだ。

 小気味のいい快音に、七花の肩に乗っている夜一の尾が楽しげに揺れている。尸魂界へ共に旅立った夜一には、この光景はなんとなく予想ができていたのかもしれない。

 腹が立つと言いながら、ルキアへの謝罪だけを求める昔の教え子の姿に、本当に大きくなったなとじじ臭い感慨が胸へと浮かぶ。巻き込んだ子供に許しを与えられ、情けなさを感じる。けれどあの小さかった子供がなんと成長したことか。そんな驚きと心がほっと温まるような気持ちを懐く。

 

「そこだけ腹立つ」

「まさか肘が来るとは予想外っス」

「それから、ルキアにだけはちゃんと謝ってやってくれ。多分あいつも俺らと同じこと言うだろうけどさ」

 

 自分たちの行いはどう言い繕ったところで、どんな理由があったとしても許されることではなかった。それなのに一護は責めようとしない。謝るなと言う。飲み込んで、抱えて、進もうとしている。

 自分たちよりも遥かに年若い者達を巻き込み、背負わせた。それなのにその咎を許容される。なんとも歯痒く情けないことだろうか。けれども歯痒く思っている姿を、苦悩している姿を見せることはできない。きっとそれをしてしまえば彼らの思いに水を刺すことになる。

 

「はい」

 

 だから喜助が一護へ返せる言葉はそれしかなかった。

 そうしてふわふわと布が空座町の空を飛ぶ。石田が降り、織姫が降り、茶渡も降りた。残るは一護だけ。喜助が進路を一護の自宅へと向ける。

 

「一護、護りたいものは守れたか」

 

 七花が背後から一護に問いかける。答えなんて今までの空気で分かりきっている。けれども、本人の口から聞きたかったのだ。

 

「……鑢先生」

 

 一護は七花の問いになんと答えるか一瞬迷った。ルキアは助けられた。けれども藍染には最後まで翻弄され、一矢さえ報えなかった。完全勝利とは言い難い結果。それ故に一瞬言い淀むが、振り返った七花と視線があった時、自然と心が定まった。

 

「俺は色んな人に助けてもらった。浦原商店のみんなや、チャドに井上に石田。向こうへ行ってからも空鶴さんや岩鷲に花太郎に恋次。他にもいろんな奴に助けてもらって、そんでようやくルキアを助けることができた。きっと誰か一人でもいなかったらルキアは助けられなかった。まあ、全部が全部綺麗に片付いて大団円ってわけにはいかなかったけどさ」

「そうか」

「でも、俺の護りたかったものは全部護れた」

 

 ルキアを助け、仲間達も誰一人として欠けることなく帰ってこれた。だから一護は穏やかに笑った。

 

「お前は……すごいな」

 

 心の底から感嘆している声だった。七花は眩しいものでも見るように一護を見ていた。

 一護は七花の様子にかすかな違和感を覚えた。けれどもその違和感が意識下に浮かぶ前に、眼下にあの場所が見えた。そこは本当の意味で大事な人達を護りたいと強く思うようになった場所。今の一護の原点ともいえる、母を失った河川敷が見え、意識が七花から逸れていく。

 

「悪りぃ、浦原さん。俺はここでいいや」

「え、でも」

「じゃあ。鑢先生と夜一さんも」

 

 手短に締めると、一護は急ぎ足に飛び降りて去ってしまった。

 

「七花、あまりそう自分を卑下するでない」

「そんなつもりはないさ。ただまぁなんていうか……すごいなって思っただけなんだよ」

「そうか」

「じゃあ俺はちょっとリサ達の所に顔だしてくるよ」

「儂は疲れたから喜助達と戻ることにする。あまり遅くなるでないぞ」

「了解」

 

 夜一がぴょんと七花の肩から喜助の隣へと移動する。七花も布から一歩踏み出し、空座町の街へと姿を消した。

 

 

 

 そしてまた歴史は動き出す。新たな歯車を組み込んだ世界はゆっくりと、けれど止まることなく歴史を進めていく。

 一護達が現世へと帰還して幾数日。夏休みは終わり、また新学期が始まったそんな頃。来訪者達は本来の歴史通りに現れた。破面と呼ばれる者達。ヤミーとウルキオラ。招かれざる客が空座町へと現れた。

 

「ついにちょっかいかけにきましたか」

「一護が向かっているがどうする?」

「今の黒崎サンではちょっと危ういですからね。平子さん達ともまだ合流してないんでしょう」

「らしいな」

「夜一さんはどうしますか?」

「無論行くに決まっておろう。置いていくなどと抜かしたら頭を毟るぞ」

「おぉ、おっかない。さてと、それでは行きますか。鉄裁達はあまり近づきすぎないようにしておいてください」

 

 鉄裁達の肯定の返事を受けると、喜助達も一護達がいる山を目指して空座町を駆ける。

 その間にも事態は進んでいく。一護が卍解を行い、そして急速にその霊圧が萎んでいく。

 

「喜助」

「これは少しまずいっすね」

 

 一護達の様子を視界に捉えられる場所まで近づいた。まさに決定的瞬間のほんのわずか手前。一護がヤミーに殴り伏せられ、止めの一撃を放たれようとしていた。

 喜助達が加速して、一護とヤミーの間に割り込む。

 

「啼け、紅姫」

 

 喜助が作り出す血霞の盾がヤミーの拳を受け止め、激突時の衝撃波が辺りに砂塵を巻き上げる。風が砂塵を晴らした時、喜助達三人が倒れふす一護達の前に立っていた。

 

「遅くなっちゃってすいませーん。黒崎サン」

 

 喜助が普段の不真面目さを滲ませた不敵な態度を取れば、拳を受け止められた破面、ヤミーが激昂したように再度拳を振り上げた。

 だが拳が振り切られる前に夜一が腕を掴み、ヤミーの身体を投げ飛ばす。投げ飛ばされたヤミーに興味はないと、夜一と喜助が一護や井上達の介抱へ向かう。

 七花は動きを見せないウルキオラへと意識を向けていた。ウルキオラもまた、七花へと視線を向けて注視している。両者は互いを見定めたまま動きを見せない。

 両者が注意を向け合う中、投げ飛ばされたヤミーが再び起き上がった。大声を上げながら霊圧を撒き散らす姿は明らかに激発していた。

 ヤミーが怒りのままに、薬を渡した直後の喜助と夜一を狙う。しかし、再度振り下ろされた拳は誰にも当たらず大地を砕き砂を巻き上げる。

 砂煙で視界が切れた刹那、夜一がヤミーの顔を強かに殴りつける。直撃による一瞬の硬直を逃さず、夜一が連撃にてヤミーの意識を刈り取った。

 意識を失ったヤミーは、顔面から大地へと倒れ動きを見せない。そしてそれを認識しているウルキオラは動く様子を見せなかった。微塵の動揺もなく事態を静観している。

 

「っ」

「夜一」

「気にするな」

 

 七花が短くて呼びかけるも、夜一はにべもなく言葉を返す。七花は夜一の返答にそれ以上の言葉を返すことはなかった。夜一と喜助が井上と一護、それぞれの介抱をする。

 ウルキオラが動きを見せない以上、差し迫った問題はないはずだった。霊圧が声高に主張する、怒りに猛る持ち主の激発を。

 

「往生際の悪いやつじゃな」

 

 夜一が鬱陶しげに言葉を吐き捨てる。視線の先では、再びヤミーが巨体を起こしていた。

 

「ぬぁぁぁ!!」

 

 奇声と共にヤミーが大口を開ける。霊圧が高まり、赤い光が口元に収束する。

 

「虚閃か」

 

 夜一が視線を細め、七花は喜助と一瞬視線を交わす。喜助が視線を一護へ戻した。七花はそれを了承すると、夜一達の前へと移動する。

 直後、ヤミーの虚閃が放たれる。迫り来る破壊の暴威に対し、七花は突き技に適した静の構え、鈴蘭の姿勢をとる。

 

「虚刀流、奥義」

 

 繰り出すは鈴蘭の構えから放つ最速の奥義。

 

「鏡花水月」

 

 最速の掌底が虚閃と激突する。霊子を意識的に集められた掌底の霊圧密度は、虚閃を受けてなお抜かれることはない。衝突し、拮抗した衝撃により、虚閃がほどけるように周囲へ拡散する。けれども幾重にも分かたれた赤い閃光が七花の後ろへと流れることはない。

 七花とヤミーの目の前に、大きな溝を作る形で虚閃は全て散らされた。

 

「ぬぁっはっはっはっはっ。ザマァみやがれ、粉々だぜ。俺の虚閃をこの距離で躱せるわけ…………なっ!?」

 

 粉塵の向こうで高らかに勝利宣言を行うヤミー。だがそれも最後まで続かない。ヤミーの目の前では誰一人欠けることなく、全員が健在だったからだ。

 

「なんだテメェ、何しやがった。どうやって虚閃を!!」

「何って弾いたんだよ。当たったら危ないからな」

 

 突き出した掌底を戻しながら油断なく構え直す七花。

 

「なんだと……」

「別に難しいことじゃない。俺は勿論、夜一だってできる。喜助ならもっと器用に相殺したさ」

「それは買いかぶりっスね、七花さん」

 

 どうでしょうかねとでも言いたげな喜助の発言に、何言ってんだかと猫と刀の主従が半眼を一瞬だけ向けた。けれどもすぐさまヤミーへと意識を戻す。

 

「そろそろお引き取り願えないか。こっちも怪我人が心配なんだよ」

「ふざけやがって……この俺を誰だと……」

「お前が誰とか知らないけどさ、ただこっちも元教え子に手を出されて腹が立ってるんだ。一般人の有沢まで巻き込みやがって……これ以上やるってんなら、アンタを八つ裂きにさせてもらう」

 

 七花の瞳が鋭さを増す。それは生前、不忍の面をつけた男と戦った時に近い瞳。枷のない虚刀・鑢が抜き身となる。

 七花が踏み込もうとした瞬間、ウルキオラがヤミーとの間に割って入った。

 

「ウルキオラ」

 

 ヤミーの声には喜色の感情が混ざっていた。それはウルキオラの戦闘力に対する信頼か、同行者がやる気になったと思ったゆえか。

 

「っ、うぉおおっ…………はぁ、はぁ……何しやがる」

 

 だが直後、ヤミーが膝から崩れ落ちる。ウルキオラの裏拳がヤミーの腹を打ち据えたのだ。

 

「こいつらは浦原喜助に四楓院夜一、鑢七花だ。お前のレベルじゃ……そのままでは勝てん」

 

 ウルキオラがヤミーの背後へと歩き出す。

 

「引くぞ」

 

 端的な一言と共に、ウルキオラが虚空を指先で叩く仕草をする。何もない空間に黒の一文字の亀裂が生まれる。一文字の亀裂からは上下にも亀裂が進展し、噛み合わせた歯のような縁取りを作り出すと、口を開くように亀裂が広がる。

 黒腔(ガルガンダ)と呼ばれる空間の穴は、尸魂界や現世と虚の世界である虚圏を繋ぐ回廊の入り口だ。

 

「逃げる気か」

「らしくない挑発だな。貴様らで死に損ないのゴミどもを…………この霊圧は」

 

 ウルキオラが夜一の挑発に対して開いていた口をつぐみ、背後を振り返る。ウルキオラの背後には昏い穴が広がっている。

 

「あぁ、出口はそこだったんですね。閉じてしまった時はどうしようかと困っていたんですが」

 

 女の声が穴の奥より響いてきた。ウルキオラとヤミーの反応は劇的だった。そしてそれは二人だけではおさまらない。もう一人、この声を知っている者がいる。

 

「夜一、喜助……姉ちゃんが、来る」

 

 こつん、こつんと軽い足音が嫌に響いて聞こえる。これだけの人数がいて、誰一人として音を立てない。だから余計にほんとうに軽い足音はよく響いた。

 猛獣の前で自分の存在を悟られないよう息を殺すように、皆が皆息を潜め声を発さない。異様な周囲の雰囲気にのまれ、まだ辛うじて意識のある一護や井上も自然と穴の向こうを注視していた。

 

「あら、皆様揃ってそんなに注目してどうかしましたか? 何か面白いことでもありましたか?」

 

 小柄な女だった。破面達が着ているような白い衣装でなく、死神達が着ているような黒い装束でもなく。紺と濃淡二色の紫で彩られた着物を着た小さな女が現れた。身長、百五十にも満たない小さな女性だった。

 仮面の名残もなく、斬魄刀も帯びてはいない。普通の女性に見える。異常のない女性に見える。ただ一つ、胸元にぽっかりと空いた穴を除けば、その見た目は人間の女性そのものだった。

 現れた女は周囲を見渡し、そして探し人を見つけた。

 

「あぁ、七花……ようやく見つけたわ」

 

 女は、鑢七実は笑う。邪悪に笑う。

 




姉ちゃん!!
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