虚ろな刃   作:落着

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オサレは期待しないで頂けるとむせび泣いて喜びます。
なお、2話目にして七花の霊圧がほとんど消えてます。


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「あぁ、もう頭の固い爺さんじゃのぉ!」

 

 もううんざりだと夜一の声が隊首室に響く。されどそこは夜一の物ではなく一番体隊長・山本元柳斎重國の部屋。呼び出されてかれこれどれほどの時間が経ったのか。口をへの字に曲げてご機嫌斜めな夜一を見ればそう短い時間ではないだろうと容易に分かる。

 

「すんなり話が通る筈もなかろう。流魂街で刀狩を拾ってきて自分の刀とするなどと……そのような戯言に二つ返事をするほど耄碌しておると思うたか」

「じゃから何度も言うておろうが! 他の誰ぞに迷惑をかけるわけでもないと。儂個人で完結しておる話なのだから何故とやかく言われねばならん」

「隊長たるヌシが隊士達の規範とせずになんとする。そうほいほいと認めるわけにはいかぬのだ」

 

 先ほどからの延々と交わる事のない平行線の会話。無論、夜一の話相手は部屋の主たる白髭を湛えた翁、元柳斎。七花を拾い、様々な話を聞いた。それは島での暮らしと姉の話であり、四季崎記紀の刀集めと奇策師を自称した少女との話であり、地図作りとついてきた否定的な旅仲間との話。うろ覚えの欠落やあえて本人が語らなかった話もあったがそれは現状に何の関係もないので置いておく。

 現在はそんな話を聞いた日より二日後。拾った次の日には護廷十三隊の総隊長・元柳斎へと報告をしておいた。それも夜一本人からすれば「ああ、そういえば一応言っておくか」くらいの程度であった。

 けれどはいそうですかとなる筈がない。だからこその個人的な呼び出しなのだ。呼び出しに際し一人でこいとのお達しがあった為に一人で来たが、無ければ七花を連れて自慢話でもしていたであろうことは想像に難くない。

 だがそんなるんるん気分で元柳斎のもとへ訪れた夜一を待っていたのは「馬鹿をいうな」というにべもないお言葉。球が坂を転がるように夜一の機嫌は悪化していったのは当然の帰結であった。自分が気にいったものを悪く言われて無頓着でいられるほど夜一は達観していない。

 だからこそ、結論の出ない話し合いが続いていた。

 

「そんなに囲いたくばその者を死神にすればよかろう。真央霊術院への入学など四楓院たるそちには難しい話でもなかろうに」

「儂はあやつを死神にしたいのではない。刀として傍らに置くと言っておるのだ」

「だからその刀にするというのが分からんと言っておるのだ。そのものは人なのではないのか」

「人であり刀じゃ」

「また意味の分からぬ事を……」

 

 元柳斎の言葉に夜一は一理あると理解はする。納得はしないが。けれども七花の身の上や本人を見れば人であり刀というのは感覚として理解できるというのもまた真理だ。その点については喜助も同様の考えであった。

 

「まあ、それは解らんでもないのう」

「ならば」

「じゃが見れば解る」

「見ればじゃと?」

「うむ、言葉の通りだ。総隊長殿であれば解る」

 

 最初から一人ではなく七花もつれてこさせればこんな面倒な問答も無かったのにと内心で舌を出すが、それを表に出す事の愚は夜一とて理解している。故に心の中で出すにとどめるが、元柳斎の視線がその時僅かばかり鋭くなったことに出した舌を巻く。

 

 

――妖怪のようなじじいじゃな

 

 

 何も含むところはありませんよ、とでも平静を装いしれっとしている夜一に、元柳斎も無駄を悟り視線の圧を戻し大仰にため息をついた。

 

「嫌味ったらしくため息をつくのはやめい」

「やめてほしくばしゃんとせい。此度の事と言い、執務を放り出しての脱走と言い……耳を塞ぐな、耳を。どうせ聞こえておる癖に小生意気な」

 

 元柳斎の纏っていた圧が弱まる。お叱りも嫌味もいったん止めにして歩み寄るらしい。もしくは夜一の強情っぷりに折れたのかもしれない。真実は本人の胸の中だ。

 夜一も歩み寄ろうとする気配を察して意固地になるのを少しだけやめる。

 

「儂も死神にするのを考えんでもなかったよ。だがな、それは無理なんじゃよ」

「何故そのような結論となった」

「アレに剣術の才は無い。否、斬魄刀の才は無いとでもいうべきか」

 

 夜一のその独特な物言いに元柳斎が眉根を寄せた。その違いに僅かながらの興味を懐き問いを投げる。

 

「そこに差はあるのか?」

「普通はないであろうが、七花に関しては明確にある。あやつのは白打は白打と呼ぶより剣術と呼ぶべきもの。けれども刀を握らせればまさに非才の極みじゃ。故に剣術の達人であり、武器術のド素人じゃ」

「素人であれば学べばいい」

「それもまた無理じゃ。刀を振りかぶれば後ろに落とし、振り下ろせば前に零す。あれはもはや呪いと言っても良い程の非才であるよ」

「ふぅむ……」

 

 夜一の話を言葉通り受け止めるにはどうにも荒唐無稽染みている。けれども夜一が嘘を吐いているとも元柳斎には思えなかった。

 

「であるならば白打を生かして隠密機動で預かるのは――」

「――否。それをすればあやつは儂の手元から去るよ。儂は七花を動かすのに手元で愛でるといい、あやつはそれで我が手元に来た。故にそれをすれば儂のもとから去るよ」

 

 ただ淡々と語るさまが夜一がそうであると確信していると伝えるのに十分であった。

 

「七花が儂についてきたのは琴線に触れることが有ったからじゃ。今はまだあやつも儂を持ち手として真にふさわしいか見極めておる途中。だからこそ儂は約束をたがえぬために引く気はないぞ元柳斎」

 

 芯の通った強い視線が元柳斎を射抜く。譲歩はできぬと。

 かかっ、と元柳斎が笑う。まだ年若い身で中々どうして良い面構えだと。

 

「小娘がいいよるわ。よかろう」

「ほう、こうもあっさり折れるとは思わなんだな」

 

 了承とも取れる元柳斎の発言に夜一が驚く。無論許可を得られる事は喜ばしいが拍子抜けしたのも確かだ。もう二、三程度の悶着が有るかと思っていたのだ。

 再び元柳斎が笑う。

 

「かかか。まだまだ青臭いのう。誰が折れたと?」

「何じゃと? まだなにか――」

 

 夜一が言葉を言い切る前に何かに気が付く。畳の上でかいていた胡坐を解いて背後の襖にばっと振り返った。

 

「総隊長殿?」

「丁度使いにやった者が報告に来たようじゃな」

 

 元柳斎の言を理解はできた。今感じている霊圧の持ち主がやってきている理由を。けれど解らないことが有る。

 

 

――何故こうも寒気のする気配を押し殺しておる?

 

 

 抑圧し、隠しているが野生染みた夜一の勘が嗅ぎ取っていた。まだ見えぬ者が内にしまっている愉快さを。

 

「もし」

 

 声がかかる。障子に映る陰に使いの者の影が映っていた。

 

「ご苦労。中へ」

「失礼いたします」

「やはりそなたであったか」

「お話の途中にお邪魔してしまい申し訳ありません、総隊長、四楓院さん」

「かまわぬよ、卯ノ花。腹黒爺におぬし待ちだと言われてのう」

 

 夜一の揶揄を気にするどころか元柳斎は愉快であると一笑した。部屋に姿を現した卯ノ花と呼ばれた大和撫子然とした女性は対称的に柔和に微笑むにとどめていた。

 

「してどうであった、卯ノ花隊長。件の人物は」

「……儂に無断で使いを寄越すなど無礼が過ぎぬか?」

「だからまだ青いと言うのじゃ。それを見越すか清濁合わせ呑め」

 

 元柳斎の物言いに夜一がむすっとしてへそを曲げる。その通りだと納得してしまったのが悔しいのだ。ふて腐れながらも黙った姿に卯ノ花が微笑した。

 

「部下の方は見越していたようですよ。お出迎えいただきました」

 

 微笑みながら言われれば思い当たる人物が一人。

 

「かぁー! 小憎らしいのう、喜助め!!」

 

 ついつい飛び出した不満がここにはいない本人に届くことは無い。そこでとうとう元柳斎が笑い声をあげた。もはや好きにせよと夜一は静止もせずに頬杖をつく。しばらくして元柳斎の笑いが収まった。

 

「ではひと段落が付いたようですので報告を」

「うむ」

 

 元柳斎の了承の返事に卯ノ花が首肯で返し語りだす。

 件の人物、鑢七花。尸魂界に仇名す思想は見られない。また危険思想なども感じられない。少々世間ずれしていそうであるが純朴な人柄である。自らを隠し、偽りの姿を演じている気配もない。問題を起こすような人物ではないで有ろうと卯ノ花が知見を語った。

 卯ノ花の報告に元柳斎は「なるほど」と一度頷き、しばしの黙考に入る。夜一も卯ノ花も元柳斎の結を待つ。

 

「時に卯ノ花よ」

「なんでしょうか?」

「剣術家としてどう見る?」

 

 反応は一瞬であった。されど確かに変化した。吹き出した霊圧に闘気。たったの一瞬。それが雄弁に彼女の内心を語っていた。

 元柳斎は彼女の変化に何かを言うでなく、自らの白髭を撫でながら僅かな間思案した。

 

「夜一よ」

「なんじゃ?」

 

 僅かばかり警戒した様子で夜一が聞き返す。

 

「ぬしの言った通り儂も見て見るとするかのう、そちの刀を」

 

 そちの刀と言った。それは所有を、特別措置を認めると同義。けれどもその事に喜んだのは一瞬であった。了承を出すまでの話の流れが不穏に過ぎた。

 だからこそ夜一は問わねばならなかった。例え話の行きつく先の予想がつこうとも確認することを欲した。

 

「代わりに何をやらせるつもりじゃ」

「かかっ。まあそう警戒するな。刀を見るのじゃ。観賞するだけではつまらなかろう」

「つまり?」

「刀そのものの切れ味も見せてもらうとしようかのう」

 

 予想通りであったと夜一はさして驚きはしなかった。だが声にしないが舌の上で言葉を転がした。狸爺、と。

 それをまた察されたのか元柳斎が目元を緩ませるのが分かった。やりにくい相手だと思うも結論は出たと夜一は立ち上がる。

 

「承知した。では話はこれで終わりかの? 報告待ちの為にわざと堂々巡りの話をさせられて肩が凝ったから帰るが問題なかろう?」

「ああ、お行きなさい」

 

 すぱんと障子をあけ放ち、夜一が一歩踏み出す。瞬歩で早々に去ろうとした刹那、背後から声がかかる。

 

「いか程欲しい?」

「五日じゃ」

 

 元柳斎の問いかけに夜一が答える。何のことかと問う必要はない。なぜならわかりきった事だから。

 答えながら夜一は計画を組み立てていく。七花へ霊力の扱い方の指導をせねばと。だがそうすることも多くないかもしれないと思い直す。達人とは得てしてそう言った意なる技能も無意識に用いる物である。でなければ突きで城など両断できない。

 喜助も勝手に組み込んだ修行計画を立てながら、夜一はその場を後にした。修行も慣らしの手合わせにも多大な期待と好奇心を寄せながら。

 数瞬の間もなく、夜一の気配が消えた隊首室。部屋の主の元柳斎と今だ部屋に残る卯ノ花が面を突き合わせていた。

 

「総隊長……いえ、元柳斎」

「みなまで言うな」

「では?」

 

 救護を管理している普段とはまるで種類の違う笑み。

 

「うむ。だが儂が立ち会う。それと試し合いであって果し合いではないぞ」

「えぇ、存じております」

 

 元柳斎の念を押す確認に卯ノ花は是と頷く。けれど、と声無く続けた。

 

 

――残念ですね

 

 

 

 

 

 

 

「へっくしっ!」

「雨に降られて風邪でも引きましたか、鑢さん?」

「いや、どうだろう。多分違う気がする」

 

 呑気な二人のもとに夜一がたどり着くまであと数秒。

 

 




予告じゃない……こともなくはない

「アンタみたいな剣客に再び会いまみえる何て思いもしなかったよ」
「それは素敵な事ですね。是非、心行くまで愉しませてください」

 相対するは刀を使わぬ剣術・虚刀流と、「天下無数にあるあらゆる流派、そしてあらゆる刃の流れは我が手にあり」と豪語する八千流。


「避けよ、七花!」
「いはやはまさかここまでとは……驚きっスね」

 七代目・七花と初代・剣八。
 剣戟は加速し、舞台は混迷を極めていく。


「まさか柳緑花紅をそんな手段で躱されるとは思いもしなかったよ」


「随分と器用な足技ですね。流石にそれもわが手にあるとはいえませんね」


 楽しげな会話の間に火花が散る。地を割り、天を裂く。剣士としての誇りを賭けた衝突は激化の一途をたどっていく。
 


「いざ尋常に————はじめ!」
  始まりを告げるは元柳斎

  次回 八千流・剣八



多分、皆さんの予想通りです

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