閉塞感を感じさせない青空――塗料で描かれた模造品
潤いを与える木々――枯れ果てて葉の一枚もない
遊ぶ者を飽きさせない起伏に富んだ地形――剥き出しの岩場
そして最後に傷つき疲労した心身を癒す温泉――物理的に傷が癒える
喜助と夜一に言わせたら遊び場。双殛の下の空間に無許可、無遠慮、無通達の発覚したら拳骨ではすまない自由さの発露の象徴。もしくは凝り性の行き過ぎた秘密基地。自由さが誰で凝り性が誰であるかは、この際本編に関係ないので置いておく。
そんな誰にも見られないで広々とした空間で何をするか。言うまでもない――鬼ごっこだ!
「ちょ、あの、はぁ、はぁ……ほんと、少しだけ休ませてください」
なおすでに一人、喜助が疲労困憊であった。しかしそれもそのはず。すでに鬼ごっこを始めてから数時間が経過していた。
霊力の扱い方を簡単に説明し、理論よりも感覚。座学より実践。なにより「頭でごちゃごちゃ考えるよりも実際にやった方が分かりやすい」という本能型の七花の言により、すぐさま始まった鬼ごっこ。
危険もなく、楽しみながら学ぶという点において実に効率が良かった。元々歩法は杜若や鬼灯でたしなんでおり、錆の爆縮地も見ていた。馴染む下地はすでにあった。霊力も無意識下では運用をしていたので躓くことなく鬼ごっこへと移行した。
けれど問題があったのは、
「何じゃ喜助。もうへばったのか?」
「大丈夫か? 顔色悪いぞ」
二人との体力の差。無論喜助の体力が著しく低い訳ではない。むしろ二人が高いのだ。四季崎に言わせれば正史とでもいう物において、喜助は後に十二番隊隊長になるほどの人物だ。そんな人物の能力が低い訳ない。
が、悲しい事にそれを加味してもの差。書類仕事よりも脱走して追いかけっこに精を出す夜一。
生まれも育ちも孤島育ちにして、その後の人生も追っ手を散らしつつの地図作りでの日本の漫遊。
そんな二人と比べて、研究者気質の喜助が体力で劣るのは仕方のない事なのかも知れない。というか普通に仕方ない。インドアにアウトドアと同じ水準を要求する方が酷だ。
結果、無尽蔵の体力を搭載した子供達と、休日に引っ張り出された父親のような構図が生まれたのだ。
膝に手をつき汗を滝のように流しながら息も絶え絶えな喜助の姿は、誰から見ても同情を禁じ得ないだろう。ただしこの二人以外と注釈は付くが。
「だらしないのう」
手厳しい夜一。
「気づかなくって悪かったよ。こういう遊びは初めてでな」
はしゃぎ過ぎたとバツが悪そうな七花。彼の境遇を考えれば確かにこういった子供の遊びという物は初めてなのだろう。父は師であり、姉は病弱。島を出た後も自身に比する肉体性能を宿していた者などちょっと記憶にない。だからこそ七花は浮かれて周りが見えていなかったのだ。
「大丈夫ですよ、鑢さん。何となく察しは尽きますから。というか夜一さんはわざとですよね? わざと僕を多く走らせてますよね?」
ジトッとした視線を送りながら問い掛けるも夜一は分かりやすくそっぽを向く。「最近おもちゃ作りで儂を構わんからじゃ」と七花だけに届く小声が彼女の不満を物語っていた。
ご機嫌を取ろうとする喜助とへそを曲げる夜一を少し離れて眺める。二人の姿に七花は嫉刀・咎を思い出し、知らずに微笑んでいた。
こうして七花たちの五日間は過ぎ去っていったのだった。
陽が注ぐことのない世界。どちらを見渡せど砂ばかり。どこまで見通せど砂ばかり。水すらなく、枯れはてた木が時折取り残されたように佇んでいた。
そこに一つの小さな影。ふらりふらりと揺れ歩む。所在なさげに。彷徨いながら。頼りなく。小さく、小さな一歩を進める。
「………………」
聞き取れない程の小さな声で何かを呟いた。
胸に空いた大きな孔。それは虚に見られる特徴。されど完璧なまでの人型。完膚なきまでの人形。人の形をした人でなし。
名を鑢七実。努力を許されなかった天才。夢を見ることを許されなかった天災。そして鑢七花の姉にして、弟に殺された女。
彼女は夢見心地のまま枯れた世界、虚圏を放浪していた。現実感を失い、喪失感を胸に彼女は探す。たった一つの大切なモノを。たった一つの心を求めて。
いつかの時間にどこかの死神が、心は誰かを思う時に生まれるという。であるならば彼女の心は弟との間にしかないのだろう。
「死んでから夢を見るなんて……ふふ」
邪悪に笑った。
「眠るように死んだ覚えは無かったはずだけれど」
眠るようになど死んでいない。病で死ぬことも、才能に死ぬこともなく。熟した実のように落ちることもなく。刀として、人として、花のように散る事が出来た。
「いつこの夢は覚めるのかしら? でもどうせならいい夢を見たいわね。いえ、悪い夢かしら」
どうせ見るならこんな味気ない夢なんてつまらない。もっと楽しい夢を見たいと考えてしまう。
「あら」
静寂に沈む世界へ音が堕ちる。巨大な何かが蠢く音。
「随分と大きいようね」
見上げるほどの巨大な影に仮面が付いていた。幾百もの虚が折り重なって生まれる
首が痛くなりそうなそのギリアンを彼女は見上げ、「見えづらいな」と危機感無く考えていた。図体がでかいだけでは脅威にならない。思考の無い鈍重な獣では敵にならない。
「オオオオォォォオォオオ!」
野獣が咆哮をあげた。威嚇か恐れを払う鼓舞か。思考の存在しないギリアンにも分からない。
ギリアンの仮面の口元に光球が生まれる。
「あら?」
小首を傾げて七実がそれをジッと見つめる。見て、視て、観て、診て解析する。
光球から閃光――
けれどもそれは一向にとどまる気配をみせない。声が発されるまでは
「忍法足軽に虚刀流の足運び。昔取った何とやらというやつかしら」
ギリアンの背後で七実が笑う。爆音に消されるほどの小さな声であるのに、聞き取ったのか攻撃が止まった。
「そう何度も見せていただかなくて大丈夫なのですよ? 二度見れば盤石ですので」
ギリアンの巨体が震えた。背後を見る為に巨体を反転させる。
「できれば技の名前を教えていただきたい所なのですが……視た所それは難しそうですね」
あの影のような身体でこれ以上学習することがあるとは思えなかった。だからこそ彼女は目の前のソレに価値を見いだせない。
「こう、ですね」
言葉と共に彼女の広げた掌の上で光球が生まれる。見稽古で覚えた技。見取って、
一度目の閃光で絶叫をあげた。二度目の閃光で慟哭が響いた。三度目の閃光で逃げようと身体を引きずる音が生まれた。四度目の閃光で全ての音が消えた。
「ただ固めて飛ばすだけの単純な技。でも動かなくていいからその点は便利なのかしら」
ギリアンを討ったことに感想は無い。当たり前の事に思う事など今更ない。ただ新しく纏った弱さを評価する事の方が比べるまでもなく有意義だっただけだ。
「ああ、そういえば」
思い出したかのように彼女は声を上げた。大きな音に夢うつつのぼんやりとした意識がはっきりと定まった。夢から覚めた心地であった。
「コレ、邪魔ね」
前が少し見えにくいし、巻き上げられた砂が入って不愉快さを感じるし、と彼女は剥ぎ取る。顔を覆う邪魔な仮面をはぎ取る。
仮面の下からは生前と変わる事のない鑢七実の顔が現れた。白を通り越して青白い肌。死人よりも生気の薄い気配。
はぎ取った仮面はいつの間にか手から消えていた。その事に彼女はそういう物かと受け入れる。
「七花は何処にいるのかしら?」
たった一つの大切なモノの行方を想い、ため息を吐く。ため息の似合う女だった。
「ねぇ、貴方は何か知らないかしら?」
ぐるんと彼女の首が回り、背後を見る。
「いや驚いた。完全に見つかっているみたいだ。霊圧は隠していたし身体も鬼道で消してあったのにどうして気が付いたんだい?」
「死んでからもその台詞を聞くとは思いませんでした。そこにいる人はそこにいる人でしかないでしょう」
彼女の返答に相手が姿を現す。黒の衣装に眼鏡をかけた男性。
「なるほど。占いなどといった物を信じる気にはなれないが。中々どうして正鵠を射ている」
こんな不確定でどうしようもない物を自由にさせれば何一つ計算など出来ない。気分一つで全てが破たんしかねない。だから
「私は君の望みを聞いている。だから取引をしないか?」
選択肢は無かった。これが戯言を吐いた男の思い通りであろうと男には、藍染にはここに来た時点で選択肢は無かったのだ。
男の言葉に七実は邪悪に微笑む。
ある日の昼下がり。流魂街の一角にある茶屋に二人の人物が並んでいた。無論、夜一と七花である。一仕事終えたような解放感を滲ませながらぼんやりと空を眺めていた。
「いやぁ、今回は特に疲れた……」
口火を切ったのは七花だった。
「見ているこっちも気疲れしたわ」
笑いながらもどこか気だるげに夜一が応える。
「すべての剣技はわが手にありと言うわけだ。まさに身を持って体験した身としては偽りなしと言うほかに言葉もない」
「うむ、儂もそう思う。話に聞いておったがあれほどであったとは……。まさに極限の試合であった」
「今回の一戦で俺もようやく霊圧の闘いという言葉の意味を正しく理解できた」
「こればかりは口で教えても分からん事じゃからな」
「それにしても錆にも驚かされたが卯ノ花にも驚かされたな。霊圧を使うとあんな足運びも出来るんだな」
「剣に生きるあやつらしい歩法であったのう。儂も瞬神などと仇名されたが慢心せず励まねばと活を入れられた気分だ」
「俺もだ。錆の時にも思ったが、上には上が居る物だ」
「そうであるな。剣技を極めるとあそこまでいくのか。儂も白打と鬼道を極めてみるか」
「その鍛錬、俺も付き合うよ。でも剣技か……間合いを変える技が速遅剣以外にもあったのは驚きだ」
「なに!? そのような技が他にもあるというのか?」
「ああ、前に話した錆ってやつが使うんだよ。卯ノ花のとは趣が異なるが似たような事をやってきたんだ」
「ほう。世の中は広いんじゃな」
「そうだな。でも世間は狭いな。二回も会うとは俺は思ってもみなかったよ」
「儂もその錆とやらにあってみたかったのう」
「たぶん無理だろうな」
「であろうな。ぬしが異なる歴史からの異邦人であるとの話は信じている。だからこそ他はいないだろうな。家の者に流魂街を探させてみたが見当たらなんだよ」
「そうか……ありがとな、夜一」
「気にするでない。儂がやりたいからやっただけの事」
「じゃあ俺も感謝したいから感謝するさ」
七花の返答に夜一が楽しげに笑った。視線を横で団子を食う七花へ向ければ少しだけさっぱりした頭部が目に入る。
「両者、髪を一部切っての引き分けか」
半分ほどの長さに切り落とされた後ろ髪。ここにはいない卯ノ花も横髪の片方を切り落されていた。それをもって引き分けとして元柳斎が幕を引いた。力を見るのに十分であったのだろう。
「何じゃ、卯ノ花の髪を切ったことをまだ気にしておるのか? 本人は嬉しそうであったから良しとしておけ」
七花本人はその事に何かしら思う事があったのか髪の話題を出すと少しだけ気を落としているようだが、卯ノ花本人は気にしたそぶりが無かったと夜一は励ます。
「全く、しょうのない所で生真面目というかなんというか……よし、七花よ。酒でも飲みに行くぞ」
「まだ昼間だぞ夜一」
「ええい! そのような事を言っておって酒が飲めるか。いいからついて来い」
言うが早いか夜一は返答を聞く前に御代を置いて、七花の襟首を掴んで店を目指して歩き出した。
七花も強く抵抗する気はないのか引きずられるままに空を眺めていた。知り合いは誰もいなくなってしまったが、ここでもやっていけそうだと変わらぬ空を見てそう思った。
二人が去った後の茶屋に一人の男がいた。どこにでも居そうな何の変哲もない男。そんな男のもとに幾人かの子供たちがやってきた。
「なぁなぁおっさん」
「明日の天気教えてくれよ」
子供達の中からそう疑問が投げかけられる。
「聞いてどうすんだよ」
「そうだぞ。半々しか当たらないんだから聞く意味ないって」
「意味があるから聞いてるんじゃないよ! 何て言うか昔からの習慣みたいなものだよ。当るか当らないかなんてそこまで大事じゃないし」
「それを聞いて当たるかどうかを楽しむのがいいんじゃないか」
「はぁー何回聞いても俺には分からんわ」
喧々囂々。子供らしい勢いに置いてかれていた男が苦笑した。
「ったくしょうがない。いいかよく聞けよ。明日は曇りだ。これで満足か、散った散った。怖い眼鏡のお兄ちゃんが来るぞ」
男の答えを聞くと満足したのかまた騒がしく子供たちは去っていった。男はそれを見やりため息を吐いた。
「さあて、俺も怖いお兄ちゃんが来る前に退散しますかねぇ」
剣呑剣呑と男は呟いてその場をあとにした。
天気を半々当てる。果たしてそれは何を意味するのだろうか。晴れ、曇り、雨、嵐に雷。上げていけばきりのない天気をきっちり半々当てる。知識からの予想であれば確率は当たりへ振れる。あてずっぽうなら外れに振れるだろう。
半々でどちらにも振れないそれが意味することは一体……
18時間かけてBLEACH全巻読んできました。
結末までのプロットは一応考えましたので頑張ります。
後5,6万字で完結したらいいなと思ってます。
なんでもできそうだから姉ちゃんの扱いが難しいですね。
完全催眠されてもそこにあるじゃないですかとか普通に言いそうで怖い。