虚ろな刃   作:落着

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クロスなのに七花の影が薄いなと思い、出そうとしたんですけどまた薄くなってしまった話


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「くっ……躱すなっ!」

「いやそう言われてもなぁ」

「頭を掻くな! 真面目にやれ!」

「じゃあ躱すのも真面目な結果ってことでここはひとつ、っと」

 

 風切り音を立てながら迫りくる白打を躱す。軽く上体を逸らし、手を添えて力をいなしてやり込めていく。幾度も躱されている事で眼前の人物の意固地さに拍車をかけている気がしないでもないが七花とて無抵抗で殴られる趣味は無い。

 ムキになっている所為か攻めっ気が強すぎて前のめり気味になっていく。指摘するつもりで軽く頭を小突いてやれば両の瞳に烈火の如き炎が宿った。

 

「おのれぇ! 夜一様の前で良くも!!」

 

 怒りの原因は小突かれた事自体ではなく、敬愛すべき夜一の前で粗を指摘されたことらしい。理不尽さと世の不条理を嘆きたくもなるがそんな事よりもなによりも。

 

「面倒だなぁ」

「聞こえているぞ、無礼者!」

 

 ついつい漏れ出た口癖に間髪入れず噛み付かれた。七花は再び同じ言葉を吐き出したくなったが何とか自制してそれを呑み込む。けれどもそれと同時に愉快さもこみ上げてきた。

 どうしてだろうか。きっと噛み付いてくる少女の中にとがめの姿を見つけたからだ。短めの髪と自分への噛み付き方が記憶の奥底を優しく撫でた。だからだろう。

 

「何を笑っている! 馬鹿にしているのか!」

 

 無意識のうちに笑っていたのは。

 直後に再びきゃんきゃんと噛み付くような叫びが響いた。

 

 

 

 

 

 隊舎の廊下を並んで歩くは気ままな猫と一振りの刀、ではなく夜一と七花だ。

 あくびをかみ殺す七花と身体を伸ばす夜一。仕事明けかはたまた寝起きか。僅かばかりの気だるさを残す二人が二番隊の隊首室へ向かっていた。

 

「それで? 何があるんだっけ、これから」

「見込みの有りそうな者がおっての。直属の護衛軍へ入れたからその顔見せじゃ」

「だったら俺はまだ寝てても良かったじゃないか」

 

 まだ眠いのか言葉の後に大きなあくびが続く。

「儂が溜まった仕事を片付けておった横で寝こけていたというにまだ寝足りぬというか。いや、そも持ち手たる儂が苦しんでおったというに助けようとは思わなんだのか。そのような薄情者に安眠などくれてやるか、羨ましい」

「最後に本音が漏れてるぞ、夜一。それに溜まってたのは仕事をしない夜一の所為だし、そもそも俺に頭を使う仕事なんてできないぞ。中身も見ないで夜一の名前だけ書けばいいんだったら手伝わない事も無いんだけどな」

「全く……儂の刀として儂を守るのであれば書類の山からも守ってくれぬものかのぉ」

「書類の山を紙屑には出来るけど……それをしたら俺が副隊長の稀ノ進に怒られるし、次の仕事が増えるんじゃないか?」

 

 どんよりとした視線を七花に向けていた夜一は、言い返す言葉が見つけられずたはぁーと大きなため息を吐き出す。

 

「やめじゃやめじゃ。終わった仕事の事など思いだしておったら気が滅入る」

 

 陰気な気分を振り切るように歩調を速めた夜一の後を七花も置いて行かれないようについて行く。幕府への報告書をまとめていたとがめ然り、どこの世界も偉い人間は大変だと内心で考えながら。

 隊首室にて夜一が定位置の立派な座椅子へつけば七花もまた当然のようにそのそばへつく。立っていたり座っていたりとその都度違うがどうやら今日は立っているつもりらしい。あくびをかみ殺して瞳に滲んだ雫を拭っている所を見るに、座れば寝こけると確信しているのだろう。さすがに非がないとはいえ責められたばかりであったために気を使ったのかもしれない。

 七花の気遣いを察したのか、ただ単に自分が見つけた有望な者との顔合わせが楽しみなのか夜一の機嫌は先ほどとは違い好調であった。わくわくとしているのか夜一の身体が座って間もないと言うのにもうゆらゆらと揺れていた。

 変わらぬ夜一に七花は小さく口元を綻ばせる。視線を夜一から眼前で左右に分かれ、入り口から道を作るように並んで座っている隊員たちへ向ける。見知った顔、喜助を探すが珍しくその姿は無かった。

 

(蛆虫の巣にでも行っているのだろうか)

 

 夜一に聞いてみるかと口を開こうとしたタイミングで部屋の外から声がかかった。どうやら本日の主役が到着したようである。

 さして重要ではない用件で隊全体の邪魔をするのも気が引け、七花はひとまず口にしかけた言葉を呑み込む。

 襖近くの者が空けると一人の少女がこうべを垂れている。敷居を跨ごうとせずにその場にとどまり、その姿勢から動こうとはしなかった。

 頭を垂れる少女の小さな背丈と肩口ほどの短い髪に遠い記憶を刺激される。この世界に迷い込み、ここが死後の魂の住まう場所と知った時に探し回った己の惚れた相手。

 存外に未練たらしい自分を自覚して小さく笑った。夜一だけは聞こえていたのか小さく肩が動いたが、今はそういった場面ではないので「どうした?」と問い掛けの声は上がらなかった。

 そんな夜一を横目に、七花は自分の知らなかった一面を知って思いのほか愉快だった。ただの刀であったころならば執着など持ちようも無かった。だからこれは姉から貰った人間味なのだろうと過去に思いをはせる。

 

「砕蜂参りました。軍団長閣下」

 

 少女の声に七花の思考が記憶の淵から戻って来る。堅苦しい少女、砕蜂の言葉と気配にそこはあまり似ていないなと感じながら観察する。

 

「おお、来たか! 話は聞いておるかの?」

「は! この砕蜂、これより心身の全てを捧げて軍団長閣下を御守りし――」

「閣下はよせ、堅苦しい。もっと砕けて呼んで良いぞ。夜一さんとか」

 

 会話が進む中、口をはさむ事などない七花はただ聞いているだけであったが、あまりに夜一らしい物言いに「いや、それは無理だろう」と思った。

 自分は欠片も気にしないが隣にいれば夜一の立場がどれほどのものかも、周りがどう扱っているかもわかる。喜助や鉄栽、自身が少数なのであって大体の者は恭しく接する。

 パッと見ただけでも砕蜂は後者であると丸わかりだった。

 

「っ! めっ、滅相もございません!」

 

 帰ってきた反応もそれを肯定するものだ。というか身体が跳ねるほど驚いて恐縮している姿を見てしまうと普通に可哀相に思えてくる。

 

「軍団長閣下にそのような……」

 

 消え入るようにか細くなっていく言葉があまりにも弱弱しく、助け舟でも出すべきかと考えていると砕蜂の動きが止まった。七花からは見えない夜一の表情を見て雰囲気を変える。夜一のどのような表情から何を読み取ったのか知らないが僅かに頬を紅潮させている事に疑問が浮かんだ。考えても答えが出るなどありえないがそんな間もなく砕蜂がか細い声で続きを絞り出す。

 

「そ、それでは……」

 

 顔を赤らめもじもじとし始めた砕蜂の様子に、何となく見てはいけないものを見ている気になってくる。初々しい告白を覗いてしまったような気まずさだ。他の隊士も同じなのか僅かに逸らしている視線とかち合う。

 

「夜一様と、お呼びしても……宜しい、でしょうか?」

 

 背筋がむずむずする! という声が視線の合った一人から聞こえてきそうだった。だが幸いなことにその空気は長く続かなかった。

 

「かっ!」

 

 夜一が面食らったとわざとらしく大仰に身体を逸らしながら言葉を続けた。

 

「お堅いやつじゃのう。まあ良い、好きに呼べ。儂はおぬしの力を見込んで此処へ呼んだのじゃ。呼び方などなんでも良い。働きに期待しておるぞ、砕蜂!」

 

 喜助が居たら詐欺師みたいだと思うことだろう。最初に無理難題を吹っかけて低めの要求を通す夜一の姿に。

 

「は、はい!」

 

 されど砕蜂本人はそれで嬉しそうであるのだから問題は無いのかもしれない。何かあるとしても、元々懐いていた敬愛が崇拝に変わるくらいの小さな違いだ。

 

「さて、それではこれよりおぬしは護衛軍直属だ。これから働くにあたって何か聞きたいことはあるかの?」

 

 夜一としては何でもない問いかけ。しかし、問い掛けられた砕蜂にとっては違った。誰が見ても分かるほどにうろたえている。可哀相な事に生真面目な性分故、質問を促された事で何か質問しなければと砕蜂自身が自らを追い詰めてしまっていた。

 何かないかと視線が室内をあちらこちらと忙しなく彷徨っている。夜一とてその様子で砕蜂の状態を正確に理解していたが、あまりに反応が初々しくからかいがいのある姿に助け船を出す気は更々なかった。むしろ儂の目に狂いは無かったと頷いている始末だ。

 そして蜘蛛の糸を探す砕蜂の瞳に七花が映る。いっぱいいっぱいな事と焦りが合わさり、かねてより疑問に抱いていたことが砕蜂の口をついて出た。

 

「あ、あの! そちらの方は夜一様にとってのどのような方なのでしょうか!? 四楓院家の従者の方なのでしょうか!?」

 

 内容を精査する思考の冷静さが残っていなかった故の本心からの疑問であった。

 大多数の死神から見た時の鑢七花と言う人物は謎である。死覇装も纏わず、斬魄刀も携帯していない。明らかに死神では無いにもかかわらず四楓院家の当主であり、護廷十三隊二番隊隊長・隠密機動総司令官及び同第一分隊「刑軍」総括軍団長という仰々しいという言葉さえ物足りない肩書を持つ夜一の隣に常にいる人物。

 誰に聞こうと七花を知っている人物はおらず、死神ならもれなく全員が通った事のある真央霊術院で見かけたという者さえいない。どこからともなく現れて常に傍らに付きそう姿に、脱走抑止のため四楓院家から付けられた従者ではないかとの噂もあるとか。

 隊長格や席官クラスであれば、詳細を知れる立場であるため総隊長が特別に許した食客的な人材であると把握している。しかしわざわざ吹聴する性格の人物がいるわけでもなく、総隊長としても特例であると大々的に知らせを発するほどの事でもない。そのような経緯から正確に七花の立場を理解している者はそう多く無かった。

 直下の護衛軍は他隊の隊長や席官と違い夜一の雑な説明を受けただけだ。刀として傍らに置くといった旨の短い内容だけであり、それを聞いた者達は文字通りの意味での刀ではなく懐刀的な人物であると解釈して血を見る事となった。

 自分達では力不足かと、不要になったのかと嘆きの声を上げた。一部では七花に勝てばその地位に取って代われると思った者も出てくる始末であった。

 事態の解決策として実に脳筋的な解決法を夜一は実践した。七花と試合をさせる事にしたのだ。

 夜一としては手っ取り早い上に、部下たちは流儀の違う白打を経験出来て一石二鳥くらいの気持であった。結果としては、多くの者が物理的に刀と心をへし折られた。

 蛆虫の巣に行っていた喜助が戻ってきた時には死屍累々という有様が作り上げられていた。事情を理解した喜助が後処理に奔走したことで一連の事態は一応丸く収まる事となった。

 そんな経緯もあり砕蜂は七花という人物について知っている事は、ここ一年くらいから夜一の傍で常に控えている人物という程度であった。

 

「七花についてか?」

「は、はい!」

 

 まあ、そんな細かい事情など知らない夜一達からすれば、そんな事でいいのかとも思ってしまう質問ではあった。しかし、当の本人がぶんぶんと首を縦に振っているのだから、テンパっている事を差し引いてもそれなりに興味はあったのだろうと納得することにした。

 

「こやつは儂の刀じゃ」

 

 七花の存在を当然と思っている夜一にとっては十分すぎる説明も、噂に出る程度の話しか知らない砕蜂にとっては不十分過ぎた。だが、崇拝する夜一様のお言葉を混乱した頭でそのまま受け取って砕蜂は自分の中の結論を口にする。

 

「な、なるほど! 人型の始解なのですね! そのような物があるとは初めて知りました! さすがは夜一様で――」

「いや、違うが」

 

 即答の否定に室内が沈黙に包まれる。納得したと輝かんばかりの笑顔のまま固まる砕蜂の姿があまりに痛々しく、そして自分達とは違うが誤った解釈をしている姿に過去の自分達を重ねてしまう室内の面々は居たたまれない気持ちになった。

 事態を唯一収拾できそうな喜助がいないことが恨めしい。肝心な時に何故いないのかというのが大多数の隊士の思いであり呪詛であった。

 

「そ、そうなのですか……それではまさか隊長の方々だけが扱えるという――」

「そもそも斬魄刀ではない」

 

 どうして仕事と同じで説明が雑なのですか!? 許される事ならそう叫びたい者がこの場に何人もいることだろう。

 

「あの、その……」

「かかっ、ちとからかいが過ぎたか。おぬしの反応があまりに良くてついのう。許せ、砕蜂。」

「そんな許すなどと滅相もありません!」

 

 平然とそう嘯く自らの主の姿に幾人かが胃の辺りを抑えていた。脱走然り悪ふざけ然り、普段から負担のかかる事が多いのだろう。

 

「そうだのー、何と説明すべきか……」

 

 言葉が見つからないのか小首を傾げながら夜一が傍らの七花を見上げる。七花も自分で説明する気はないので、見つめ返すだけで何かを言う事は無かった。

 

「ふむ。砕蜂よ」

「はい、なんでしょうか!?」

「肩の力が入り過ぎておるの。まあいい、七花と試合をしてみぬか? 自分で確かめてみて考えてみるといい」

「試合、でしょうか?」

 

 恐ろしい程までに説明を放棄した話の方向転換と、無性に既視感のあるやり取りに隊士達が抑える位置を変えた。きっと七花に殴られた所なのだろう。

 

「うむ、試合じゃ」

「しかし、そちらの、七花殿でしょうか? 夜一様の刀? なのですよね。それに御傍付の方のようですし……」

 

 夜一にとって七花が近しい人物である事は分かったが、全容の見えてこない人物であることには変わりなく、砕蜂としても困り所であった。

 何かがあって無礼になってはいけないと思い、消極的な回答となってしまう。

 

「なに、気にするな。そうじゃな、いきなり試合をしろと言われても困るのも通りか。こちらとしても無理を通させるわけであるから何かしらの見返りがあるべきかのぅ」

「み、見返りなどと恐れ多いです!」

「ふむ。ならばそうじゃな、褒美であればよかろう」

「褒美、でしょうか?」

「うむ。七花との試合に勝てばぬしを傍付にしよう」

「ほ、本当でしょうか、夜一様!!」

「う、うむ」

 

 想定していたよりも上をいく喰いつきに少々面食らうも夜一は肯定を返す。眠気も覚めるであろうと夜一が当事者の一人にちらっと視線を送れば、面倒だと視線が返ってきた。

 

「ならばさっそく外へ行くぞ」

 

 返ってきた視線に気が付かないふりをして、話はここまでと夜一がぱちんと手を叩く。命令が下されたならと隊士達は動き出す。決して退散したかったのではなく、主人の命令を完遂するためだ。

 七花も決まったのなら仕方ないと軽く伸びをする。

 

「ほどほどに加減するのだぞ」

 

 立ち上がり歩き出す直前に夜一が七花に囁く。前回喜助に注意されたことを覚えていたからの注意だろう。七花もそういえば喜助が言っていたなと夜一の言葉に思い出す。

 

「さて砕蜂、着いて来い」

 

 歩き出した夜一の背と、慌てて追いかけていく砕蜂を眺めながら七花はふと思う。

 

(負ける事は欠片も考えてないんだなぁ)

 

 その信頼が少しだけくすぐったかった。最近、外出も少ないしこれも良いかと前向きに考え直して七花も二人の後を追いかけた。

 なお試合はすぐに七花の勝利で決着が付いた。しかし、呆気なく敗れた自身の不甲斐なさに砕蜂が大いに落ち込んでしまい、さすがに悪いと思った夜一が先の約束はこれからも有効であると言ってしまった。夜一の約束によって七花はそれからも砕蜂に絡まれる事となったが完全に余談である。

 

 

 

「見つけたぞ、鑢七花! 今日こそは一発入れてやる!」

 

 最初に設定された勝利から随分と遠のいている気がしないでもないが、それに触れないだけの思いやりはさすがの七花にもあった。

 今日も今日とてきゃんきゃんと絡まれ、面倒ながらも付き合う七花。妹がいたらこんな感じだったのだろうかと考えたとか考えなかったとか。

 

「こら、鑢七花!! 大人しくしろ!」

 

 そうしてまた騒がしくも平和な日々が過ぎていく。

 




未来

砕蜂「もう一度誓え。明日から一月、浦原喜助と鑢七花を貴様の結界に閉じ込めると」
有昭田鉢玄「誓いマス」
砕蜂「……良し。雀蜂雷公鞭、やれ」

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