「そんでお前は飼い主に置いてけぼりくらったわけか」
「飼い主じゃないって毎回言ってるだろ」
「知らんわ。大体そんなら俺らかて毎回言ってるやろ」
「なんかあったか?」
「なんかあったかやと!? 舐めとんのかこの山育ちの野生児が! 毎回毎回馬鹿みたいに俺らのねぐら探して手合わせ挑みよってからに! 戦わんと息できんよぉなって死ぬ病気かボケ!」
「俺は島育ちだぞ」
「大事なとこはそこやないわ、喧嘩売っとんのか!」
「お、もう一戦やるか」
「あぁぁぁぁ! もう嫌や、こいつの相手すんの。ひよ里、代わってくれ」
「今回はお前の当番やろ、禿。良いからさっさと死んでこいや、禿」
「禿ちゃうわ!」
喧々早々。もはや何度見たことか。数えるのも億劫になりそうなほどに見慣れた喧嘩が始まった。それを見つめる七花は、やれやれと言いたげに頭を掻いた。
「んで、どないだった?」
「ん、リサか。何の話だ?」
「小突きまわしたったんやろ、小僧っ子を」
「あぁ、一護の事か」
成人指定の本を片手に、真面目腐った雰囲気を出しているのがどうにもミスマッチに見える。
「エロ本読むか真面目な話するかどっちかにしろよ」
「真面目な話しとるやろ」
「手の本おいてから言えよ」
「開いてないんやから気にしんとき」
「なんだかなぁ」
締まらないなと七花が頭を掻くと、ゆったりとした羽織の袖がずるりと下がり腕がわずかに露出した。包帯の巻かれた腕を見て、リサの瞳が細められる。
「へぇ。刃が入ったん」
「そうだな。最低限は戦えるだろ」
「ま、そんなとこか。アンタが本気出したらその傷だって入らんかったやろうし」
「副隊長までが相手ならいい勝負するんじゃないかな」
七花の返答にリサは「ふぅん」と少しだけ面白くなさそうな声を出した。
「じゃあ私とソイツやったらどっちが強い?」
「今のアイツとならリサが勝つな」
「……はぁ、おもんな」
つまらなそうにリサは七花に背を向けた。適当な場所まで離れて座り、手に持っていた本を読み始める。
「ま、リサからしたらそうなるわな」
「拳西か」
「付き合いが長いのに、ぽっとでの奴の肩を持つ言い方されたら不機嫌にもなるさ」
「正直な感想だったんだけどな」
「へぇ。見どころがあったのか」
エプロンをつけ、片手で鍋を軽快に振るいながら拳西が意外そうな声を出した。
「そうだな。剣術の腕はまぁ、ぼちぼちかな。空手をやってたからか、戦う気構えはしっかりしてる。鬼道に関しちゃ才能はないって鉄裁は言ってたな。霊力の操作がおおざっぱすぎてるんだと」
「そこまでの話で考えると凡庸以下って感じだな。お前が推す理由ってのは一体何だよ」
「伸びしろってやつかな」
「ぼやけた表現だな」
拳西の端的な指摘に七花もそうだろうなと内心で自覚していた。そこで少しだけ考え、言葉を探して口を開く。
「向こうでも色々と死神を見たけど、あそこまで駆け足で伸びていく奴は見なかった。死神の力を目覚めさせたばっかで始解をしたし、そのあとの打ち合いでも霊圧がどんどん伸びてった。正直目覚めたばっかの時は下位の席官よりましって感じだったが、送り出すころには副隊長相応にまで伸びていた」
「ほお。随分と駆け足気味の成長だな。飛躍と言っても良いレベルじゃないか」
「アイツは追い込めば追い込むほど、自分の中から必要な分を引っ張り出してくる。俺にはそんな風に感じられた」
「なるほどね。それであの感想なわけだ」
「そうだ。だから拳西達の力を低く見てるわけじゃないぞ」
「だとよ、リサ」
「うっさいわ、拳西。余計な世話焼いてる暇があったらちゃっと飯の支度やりゃあ」
「おぉおぉ、おっかねぇな」
拳西がふざけて返せば、無言でエロ本が飛んできた。直撃する前に七花が指で挟んで止めれば、つまらなそうに鼻を鳴らされた。
「今度適当にエロ本買ってくるから機嫌直せって」
「ほっほーん。安く見られたもんやな。ハッチ、結界張りぃ。このボケのしたる」
「えぇ……あの、もう真子さんとの手合わせの時からほとんど休みがないのデスが……」
「はようしぃ」
「あ、はい……」
座った眼をこちらに向け、リサが顎をしゃくって結界の先を示す。仕方がないと七花は手に持ったエロ本を、拳西のエプロンの結び目と腰の間に差し込むとリサの方へと向かっていった。
「おい、七花ぁ! テメェ、なんてとこに何てもん差していきやがる!」
鍋とお玉でふさがった拳西にエロ本を外すことはできず、それを見た
「こんにちは。今日はどうされましたか?」
チリンチリンとドアベルが来院を告げる。少女、黒崎遊子はナース服を身にまとい、患者の不安を和らげるような優しい笑顔で問いかけた。
入ってきたのは大男、七花である。
遊子はその大きさに、以前に見かけた兄である一護の友人をなんとなく思い出していた。
袴に小袖という少し時代劇チックな服装が、何故か不思議と似合っている。着慣れているような雰囲気がそう感じさせるのかもしれないななどと、ナース服にまだ着られている感が否めない遊子はそんなことを頭の片隅で考えていた。
「あーと、怪我をしたから少し診てもらおうと思ってな。ええっと確かこいつを出せばいいんだよな」
巾着からクロサキ医院の診察券が取り出された。どうにも初診では無いらしい。
「それではこちらをお書きになってお待ちください」
父に教えられた通りに問診票を渡し、診察券の処理を行おうとした時、遊子の手元に影が落ちた。
「あれ、お父さん?」
まだ声はかけていなかったのに珍しいなと遊子が父親の顔を見上げる。見上げた瞬間、初めて見たかもしれない真摯な顔をした父がそこにはいた。
けれどもすぐに視線に気がついたのか、いつもの朗らかで温かい表情へと変わって視線を遊子へと向ける。
「遊子、それは処理しなくていいぞ。あの人は父ちゃんの知り合いだから」
「え、でも」
「良いから良いから」
抗議の声を上げかけるが、ぐしぐしと少し乱暴に頭を撫でられ、抗議の声は遮られてしまう。「もぉー、お父さんやめてよぉ」と対抗しているが、その声はどこか楽しげだ。家族との温かな触れ合いがそこにはあった。
「それじゃあそういうことで。七花、お前もそれでいいだろ」
「鉄裁にそういうのはちゃんとするようにって言われてるんだけどなぁ」
「病気とかならちゃんと診てやるが、どうせ打ち身か切り傷だろ。ちょうど聞きたいこともあったし、消毒代代わりに話を聞かせてくれ」
「一心がそれで良いなら俺はいいけどな」
「んじゃ診察室に行くか。遊子、ほかの患者さんが来たら気にせず呼んでくれ。父ちゃん、ちょっとこの人と話してるから」
「う、うん。わかった」
なんだろう。妙に落ち着かない。見慣れていた父親のはずなのに、先程の初めて見た表情が妙に心へ残った。言語化できないもやもやとしたものが胸の中にわだかまる。けれども声をかける前に、父と知り合いだという男は診察室に消えてしまった。
「お父さん……」
呟かれた遊子の声は迷子の子供のように不安気だった。
「あー、まずい時に来たか?」
「そうでもねぇよ。何が悪かったかと言えば俺だろうな。うちの子達は聡いからな。一護のやつが笑顔を取り繕ったって一瞬で察したりするんだぞ」
「惚気なら聞く気はないぞ」
「なんだとぅ。我が子自慢は親の特権なんだぞ。もっと聞け。そしてうちの子達の可愛さを知れ」
途中から、隠しきれないにやつきを浮かべながら話す一心に七花がすぐさま釘をさす。でないと永遠と語り続けると経験から七花は知っていた。
七花としては幸せそうな家族の話は嫌いではない。それが知り合いの話ならなおのこと。そして黒崎の家の子供となれば、さらにと言える。
一護もそうだが双子の妹が生まれた時も、七花達は顔を見に来ていた。親戚の子とまでは言わないが、鑢七花という人間にとっては、最も身近に感じる子供と言えるかも知れない。
少なくとも生前の真咲が、浦原商店へ顔を出したついでに語っていく話はとても楽しく聞いていた。
「お前の話し方は鬱陶しい上に面倒くさいからな」
「お前……本当にばっさり言うよな」
「ばっさりいくのが刀だからな。なんてな。姉ちゃんやとがめから見れば
「ばっかじゃねぇの」
「お前の方がばっさりいくんじゃないか」
「本当も虚刀もねぇよ。お前はお前で、今ここにいるお前がお前だ。昔のことをあーだこーだ言ったところで意味はないだろ。少なくとも俺はそうだ。過去をやり直せたとしても俺は何度だって真咲に惚れるからな」
「そうか……そうだな」
「お、なんだなんだ。やらしい顔しやがって」
「お前には負けるよ、一心」
「ほらさっさと腕出せ。痛いように消毒してやる」
「ひねくれてんなぁ」
「お前んとこの店主には負けるよ」
ポツポツと男たちの話が続く。十数年の付き合いだ。今更遠慮もありはしない。そこには息子を心配する親と、教え子のことを語る先生が言葉を交わしていた。
チリンチリンとドアベルが患者の帰宅を告げていた。診察にしては長く、知り合いと語り合うにはいささか短く感じる程度の時間。
父親と何を話していたのだろうか。受付のカウンターの中から、遊子はもう見えなくなった背中を思っていた。
「どうした、遊子。ぼうっとして。疲れたならいつでも休んでいいんだからな」
「あ、ううん、違うの。ただ誰だったんだろうなぁーって。お父さんの……お友達なの?」
「おおっと、遊子。どうして今ちょっといい淀んだのかな? 理由によってはお父さん傷ついちゃうぞ」
効果音にすればきゃぴっだろうか。普通に気色の悪い言動だけれど、遊子も慣れたものだ。ツッコミもコメントもせずにスルーして会話を進める。
「お父さんのお友達にしては結構年が離れてそうだなーって」
「酷い! そんなに父さん老けて見えるか!?」
四つん這いでうなだれながら、一心が「ヒゲか。やっぱりヒゲが老けて見えるのか」などとブツブツと言い始めてしまう。想像以上に凹んでいて、遊子としてもちょっとだけ申し訳ない気持ちがわかないでもない。
「えっとね、やっぱりそんなに離れてないと思う。ちょっとだよ、ちょっと!」
あちらの方が圧倒的に歳食ってるはずなのに、どうして娘から無自覚な言の刃を打ち込まれなければならないのか。精一杯のフォローがなおのこと心に痛い。
「あ、そうだ。お父さん、さっきの人ってなんの人なの? 目元に十字の傷とかあったし、何があったらああいう怪我の跡が残るのかな?」
父親に傍で這いつくばられ続けるのは、どう言い繕ってもかなり辛い。わずかでも興味にかするせ目先のことを変えなければと、とりあえずと質問を投げつける。
それに思うところがあったのか、流石に娘の心情を察してか一心も這いつくばるのをやめた。
「あー、遊子は覚えてないか」
何かしらの返答があるのはわかっていたが、覚えていないという返答は予想外だった。
「え、私も会ったことあるの?」
あの言い回しから考えると、自分にも面識があったらしい。ぱっと思い当たる人はいなかった。
「あの人な、一護が行ってた空手道場の先生の一人なんだよ」
「一兄の? …………あ」
明快な反応だった。
「思い出したか」
「うん。たまに道場で頭に黒いにゃんこ乗せてた人だ。そっか……なんだかもっと大きな人だったような気がしたんだけどな。ううん、でも確かににゃんこの先生だ」
しみじみと得心がいったと呟く娘の姿に、一心は感慨深さを覚えていた。
「それはきっと、遊子があの頃より大きくなったからだろうな」
ぽんぽんと撫でた頭は、また少し前より大きくなっているような気がした。どんどん子供達は大きくなっていく。そんな当たり前のことがどうしようもないほどに幸せだった。
撫でられる手に身を任せていた柚子だが、不意に「あっ」と不安げな声を上げた。
「どうかしたのか、遊子」
「えっとね。にゃんこの先生、にゃんこさん連れてなかったけどどうかしちゃったのかなって」
その瞳は寂しそうに揺れていた。あの頃の遊子も夏梨も、母親と一緒に一護の迎えにいくこともあった。だからだろう。母親が絡んでいる思い出に、死の気配を感じてしまい感傷的になってしまっている。
ほんの少しだけ、先ほどより力強く頭を撫でる。
「心配いらないぞ、遊子。知り合いの旅行について行ってるって言ってたからな。あと何日かしたら帰ってくるらしいぞ。もしかしたら一護のやつが帰ってくる頃には、あの人のところにも帰ってくるんじゃないかな」
「そっか。一兄もにゃんこさんも早く帰って来たらいいね」
「そうだな。だからそんな心配そうな顔しなくていいんだぞ。もしにゃんこの手触りを恋しく思っているのなら、父ちゃんの頭を撫でさせてやろう。意外といい毛並みをしてるぞ!」
「えぇー、チクチクしそうだからやだ」
「んんー、遊子のいけずぅ」
「はいはい。恥ずかしいからお父さんは早く診察室でお仕事してて!!」
娘に背中を押されながら、幸せそうに笑う父親の姿がそこにはあった。
そんな何気ない日々が現世では過ぎていく。
そして正史、もしくは刀集めのように誰かが物語として記したのであれば、尸魂界編とでも呼ばれるであろう騒乱が尸魂界で終着した。
その結末は、何一つ本来の歴史から逸れることはなかった。