捻くれた少年と海色に輝く少女達 CYaRon編 作:ローリング・ビートル
開演3分前。もうそろそろ幕が上がる……しかし……。
「……開演前なのに、お客さん少ないね」
誰が呟いたかはわからないが、その一言が現状を物語っていた。
客の数は10人いるかいないか……そして、誰かが入ってくる気配がまったくない。
こりゃあ、体育館が埋まるかどうか以前の集客だな。いや、それでも無名のスクールアイドルのライブで、客が集まっただけマシだと思うべきなのか。
……果たして、幕が上がった瞬間に彼女達は何を思うのだろうか。
考えているうちに、本当に幕が上がり始めた。
そして、可愛らしいアイドルの衣装に身を包んだ3人の姿が現れた。
「…………」
体育館内に目を向けた高海達の目が曇ったのがわかった。
「…………」
何も声をかけることができずに、黙ってステージを見ていると、こちらを見た高海と目が合う。
視線がはっきりとぶつかってから数秒、彼女は頭を振り、力強く頷いた。どうやら心が折れることはなかったようだ。
……よかった。
素直にそんな感想が浮かんでくる。
そして、彼女達の歌声と共にライブが始まる。
穏やかで綺麗な旋律から、アップテンポなイントロが流れ、自然と体がリズムを刻み出す。
最初は緊張気味だった彼女達も、次第に生き生きとした笑顔を見せ、軽やかなメロディーに前向きな言葉をのせていく。
そして、曲が一段と盛り上がり始め……
「っ!?」
「きゃっ!?」
「な、何!?停電!?」
突然鳴り響いた落雷とほぼ同時に、会場内が暗くなり、音楽が止まった。
ステージ上の三人は、キョロキョロと辺りを見回し、状況を確認している。
だがそれだけで状況が変わるはずもなく、ただ雨音だけが虚しく鳴り響いていた。
……さすがにもう続けられそうもないか。
会場内にそんな空気が広がり始め、小さなどよめきが起こり始めた時、再び歌声が響き始めた。
「……高海」
そう……マイクもBGMもない状況で、彼女は歌い始めた。
何かを訴えかけるような目は……心からの想いをのせた声は……か細いながらも薄暗い体育館に、確かに響いていた。
そして、その音を包み込むように渡辺と桜内も歌い出す。
美しいハーモニーが、しっとりと体育館を穏やかに満たしていく。
しかし、それも長くは続かなかった。
高海は俯き、肩を震わせた。
その姿に、柄にもなく何かできる事はないのかと思ってしまった、その時……
「バカ千歌ー!アンタ何開始時刻間違ってんのー!?」
「美渡姉!?」
高海次女がグッとサムズアップしながら登場した。ていうか、時間間違えてたのかよ……。
さらに、入り口の方がやたらざわめいていると思ったら、同年代くらいの女子や、まだ小学生くらいの子供や、子連れの主婦や、お年寄りなどがぞろぞろと薄暗い体育館に入ってきた。
あっという間に体育館は人で満たされ、入り口には入りきれなかった人達が、必死に覗き込もうとしているのが見えた。
そして、どういうわけかスポットライトに再び明かりが灯り、ステージを照らし始めた。
そして、再び勢いづいた彼女達は顔を見合せ、観客達に笑顔を向けた。
再び音楽が始まり、三人は全身全霊のパフォーマンスを見せる。
最後は弾けるような素敵な笑顔で曲を締めた。
やがて、パチパチとどこからか手を叩く音が聞こえてくる。
まばらな拍手は、やがて大きな音の洪水となり、体育館内を満たしていく。
俺もいつの間にか拍手をしている自分に気づいた。
賑やかな音の波に当てられたのかもしれない。
ただ……素直にすごいと思った。
こうしてAqoursの記念すべきファーストライブは、これ以上ないくらいの大成功を収めた。
*******
人がいなくなるまでしばらく待ち、やっと体育館を出ると、バタバタと誰かの足音が聞こえてきた。
「比企谷さん!!」
彼女は息を弾ませながら、あっという間に距離を詰めてきた。
……一応、労いの言葉をかけておくか。
「……お疲れ」
「はいっ、今日は来てくれてありがとうございました!嬉しかったです!」
そう言って笑う彼女は、雨雲なんかかき消してしまいそうなくらい綺麗に見えた。
今年高校に入ったばかりの後輩に、そんな気持ちを抱いたことを悟られたくなくて、つい視線を逸らしてしまう。
「どうかしたんですか?」
「いや、別に……それよか黒澤姉から色々言われてたけど、大丈夫なのか?」
そう。黒澤姉は、ライブが終わった後にはっきり言った。
今回、ライブが成功したのは、これまでのスクールアイドルの実績と、町の人の善意によるものだと。
そして、それは確かな事実のように思えた。
しかし、彼女の瞳はまったく揺らがなかった。
「わかってます。私達はまだまだなことくらい。それでも、またライブしてみたいって心から思えたんです。その気持ちに嘘はつけません」
「そっか……なら、応援する」
「は、はいっ、ありがとうございます!次も絶対に来てくださいね!」
「……まあ、行けたら行くわ。一応、多分、気が向けばそのうち」
「それ来ない人の反応じゃないですか~!」
「ばっか、お前。来れない可能性だってあんだろうが」
「今から予防線張らないでくださいよっ。ぜっったいに最高のライブにしますから!」
「……楽しみにしとく」
「はいっ」
高海はこちらに小指を突き出してきた。
それを見ていると、彼女はさらに距離を詰めてきた。
「……どした?」
「約束です!!」
「あ、ああ……約束ね」
ここまでストレートにこられると、誤魔化せそうもない。
観念して小指を出すと、高海は何の躊躇もなく、自分の小指を絡めてきた。
「ゆ~びき~りげ~んま~んう~そつ~いた~らは~りせ~んぼ~んの~ますっ!ゆ~びきった!」
ほんのり温かな感触が離れると、彼女はすぐに背を向けた。
そして、振り向き様に告げた。
「それじゃあ、約束しましたからね!絶対ですからね!」
「……まあ、一応な」
彼女は俺の返事など聞かず、さっさと走り去っていった。
微かに柑橘系の香りを残し、それは胸を高鳴らせた。
*******
「千歌ちゃ~ん、どこ行ってたの?」
「あっ、曜ちゃん。ごめ~ん、ちょっとだけ……」
「千歌ちゃん、顔紅くない?」
「えっ、そうかな?そんなことないと思うけど……あれ?ちょっと、ほっぺた熱いや……何でかなぁ?」