捻くれた少年と海色に輝く少女達 CYaRon編 作:ローリング・ビートル
「……仮入部、ね」
「そうなんですよ!それも二人ですよ、二人!」
「……そりゃあ、よかったな」
「ええ!比企谷さんももっと喜んでくださいよ~!」
「あ、ああ、喜んでるが……てかわざわざそれを報告するために来たのか?」
そう、ここは俺が通っている高校のすぐ近くだが、いつも通りのんびり帰ろうとしたら、いきなり高海が声をかけてきた。ちなみに彼女の大きな声と、それなりに整った容姿のせいか、同じ学校の男子がちらちらこっちを見ているのがかなり居心地が悪い……。
「あれー?ヒキタニくんじゃねー?」
「……おう……誰だ?」
「ひでえ!俺だよ、俺!同じクラスの田部だって!」
「……おう」
この茶髪の見るからにチャラい外見と喋り方……さらに俺をヒキタニくんとか呼ぶあたり、誰かを連想させるのだが……まあ、それはいい。
一応紹介しておくと、まあただのクラスメイトだ。それだけ。紹介終わり。
田部は今気づいたのか、高海に目を向けると、俺と彼女を交互に見て、申し訳なさそうな顔を見せた。
「あっ、わりわり!邪魔した?てか、ヒキタニくん引っ越してきたばかりなのに、もう彼女できたん?」
「え?」
「違う。てか、同じ部活の奴が呼んでるぞ」
少し離れた場所から、同じサッカー部……そこも一緒か……の奴らが、田部を呼んでいた。
「えっ、ウソ!?ヒキタニくん、彼女さん、またね!」
「………」
いや、彼女じゃないからね?さっき訂正したからね?バカなの?死ぬの?
しかし、否定しようにも、もう奴はいない。これは誤解を広めないためにも、奴とは二度と会話しないほうがいいだろう。田部、短い付き合いだったな。いや、そもそも付き合いと呼べるものはなかったが。
「…………」
田部がいなくなるのを見送っていると、高海がじーっとこちらを見ているのに気づいた。
「どした?」
「あ、な、何でもないですよ!あはは……」
彼女は不思議そうに首を傾げながら、苦笑いをしていた。
「そういや、今日は練習はないのか?」
「はい。今日は曜ちゃんは部活だし、梨子ちゃんもピアノのレッスンがあるので……」
「そうか。じゃあ、ゆっくり休めるといいな。お疲れ」
「ああ、もう!そんなすぐに行こうとしないでください」
「いや、ほら……用事があるんだよ」
「比企谷さんがそういう時は大抵ヒマだって小町ちゃんが言ってましたよ!」
「…………」
おのれ、小町め……まあ、確かに用事なんて、これっぽっちもないんだけど。
観念した俺は、高海に向き直った。
「それで……何かあんのか?」
「……えっと……」
高海は「う~ん」と唸り、うつむいている。何だ、これ。用事が言いづらいというよりは、用事を作り出しているかのような挙動は……。
「じ、実は作詞のネタ探しをしておりまして……つ、付き合ってくれませんか!?」
「…………」
「その……あまり話したことない人と話したほうが上手くいきそうというか……」
「……わかった」
何故すぐ了承したかは自分でもわからない。多分、勉強をサボりたかったのだろう。
それに……まあ、応援するって言ったからな。
*******
う~ん、いきなり誘っちゃって迷惑じゃなかったかな?ていうか、自分でも何故誘ったのかよくわからないし……。
あと……さっき、彼女って間違われたけど、そういう風に見えるのかなぁ?
……やっぱり、よくわかんないや。
*******
彼女とぽつぽつ話をしながら歩くと、旅館近くの砂浜に到着した。
そのまま砂浜に腰を下ろすと、心地よい風が頬を撫でていき、つい目を細めてしまう。
高海は裸足になり、ぱしゃぱしゃと海面を蹴っていた。
「わぁ……やっぱりまだ冷たいなぁ」
「……そりゃあ、まだ春だからな」
「比企谷さんもどうですか?冷たいですよ」
「冷たいからいやなんだよ」
「あははっ、そうですよね」
何がおかしいのかわからないが、高海はやたら笑顔で、踊るように波打ち際を歩く
その無邪気な姿は、つい見とれてしまうような……そんな不思議な魅力に溢れていた。それは、この前ステージを見ている時に感じたものに似ていた。
「…………」
「どうかしましたか?」
「……いや、何でもない」
「やっぱり比企谷さんも一緒にどうですか?」
「いいっての。ていうか、お前、足元気をつけないと……」
「わわっ!」
言ったそばから、高海は足を滑らせて、思いきりこけた。
「うわぁ~、びしょびしょになっちゃった……あはは……」
「……だから言わんこっちゃない……っ」
ある事実に気づいて、慌てて目を逸らす。
高海は上着までぐっしょり濡れていて、オレンジ色の下着が透けていた。
……まあ落ち着け。俺は悪くない。あいつが悪い。
とりあえず高海の状況をもう一度確認しよう。言っておくが、下心なんて一切ない。ハチマン、ウソ、ツカナイ。
俺はさりげなく紳士的に顔を上げた。
「「…………」」
彼女は胸元を押さえ、頬を真っ赤にして、こちらを睨んでいた。うん、どうやら大丈夫みたいだ。よかったよかった。
「比企谷さんのエッチ!」
「……いや、俺は……ていうか、はやく着替えないと風邪ひくぞ」
「は、はい!わわっ!」
「っ!」
またこけそうになった高海を、今度はしっかりと支えた。
その瞬間、柔らかさと同時に、柑橘系の爽やかな香りが鼻孔をくすぐる。
胸元に当たる彼女の小さな頭は温かく、何だか人懐っこい小動物のように思えた。
「……ご、ごめんなさい。比企谷さん、濡れましたよね?」
「い、いや、気にしなくていい。どうせ金曜日だし……てか、はやく帰るぞ」
「はいっ……ありがとうございます」
「…………」
その後、目を合わせることなく、俺と高海は駆け足で旅館への道を急いだ。
途中で春の風は、ほんの少しだけ温もりを運び、そこには次の季節の息吹きが感じられた。
*******
「ふふっ、なんか青春って感じね~」
「いや、志摩姉見すぎだから」
「だって、高校生の頃を思い出しちゃったから」
「……志摩姉って、学生時代彼氏いたっけ?」
「美渡?」
「はい、ごめんなさい」