捻くれた少年と海色に輝く少女達 CYaRon編   作:ローリング・ビートル

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明日への扉 #15

 昼も近くなり、ようやく作業も終えたところで、高海長女がお茶とお菓子を持ってきてくれた。

 

「お疲れ様~。はい、これどうぞ」

「サンキュ~、志摩姉♪」

「……どうも」

 

 労働後のお茶の美味しさに、ほっと安堵の息を吐くと、彼女達はくすっと笑った。

 

「なんかウチのお父さんみたい。仕事が終わった後、そんな感じだもの」

「たしかに。アンタ、案外ここの仕事向いてるんじゃない?」

「……はあ。そう、ですかね」

 

 比企谷八幡は倉庫整理の才能に目覚めた!あんま嬉しくねぇ……。

 でもまあ、よしとしておこう。ぶっちゃけ接客しなくていいし。一人で淡々とやれるのも悪くない。いざとなった時の就職先を確保したと思えば……。

 

「うふふ、このままウチに婿に来ちゃったりしてね」

「あははっ、ねえねえやっぱり千歌と比企谷君って……はっ!待てよ?も、もしかして……私達狙いだったとか!?」

「いや、ないです」

 

 いきなり何を言い出すかと思えば……。

 

「あら、残念」

「なんだなんだ、即答か~!?」

 

 そう言って立ち上がった高海次女はガシッと俺の首筋に腕を絡ませてきた。

 

「ちょっ……!」

「失礼な奴め!こう見えても内浦一の美人姉妹って、有名なんだぞ~!」

「美渡ったら、もう……でも面白そうだから、私は腕を……」

 

 何故か高海長女は腕をホールドしてきた。アンタはこういう時、止めるキャラじゃねえのかよ……。

 最早頭をぐりぐりされている事より、背中や腕に当たる柔らかな何かや甘い香りのほうが気になるんですが……!

 すると倉庫の扉がガラリと開いた。

 なんとか首を動かして目を向けると、そこには……

 

「あら、千歌ちゃん……」

「あっ、千歌。どうしたの?今日はもう練習終わり?」

「うん。それで、手伝おうとしたんだけど……」

 

 高海はじ~っとこちらを見ていた。その目が不思議なものを見ているようなのは、まあ仕方ないだろう。誰だって、知り合ったばかりの男が姉二人に絡まれているのだから。てかじ~っと見てないで、助けて欲しいんですが……。

 しばらくこちらを見てから、彼女は何故かにぱっと笑った。

 

「なんか、楽しそうだね!」

「千歌……ちゃん?」

「……アンタ、どうしたの?」

「…………」

 

 高海は一見いつものように、ニコニコ笑顔を浮かべているが、何だかいつもと違うように見える。

 なんか、こう……目のハイライトが消えているといいますか……なんだ、この雰囲気。

 そして、とりあえず声をかけようとすると、踵を返した。

 

「あーあ、もう終わってるみたいだし、じゃあ私行くね!比企谷さんもお疲れ様!」

「あ、ああ……」

「あれ?もう行っちゃった……」

「お腹空いてんのかな?」

 

 よくわからないまま、三人でしばらくそのままでいた。

 ……いや、本当にそろそろ解放してくれませんかね。思春期男子なんで。

 

 *******

 

 なんだかよくわからないまま、私は砂浜でダンスの練習をしていた。

 普段は砂に足を取られ、動きがもつれるところも、今はあまり気にならなかった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 そのまましばらく体がくたくたになるまでステップを踏み続けた。

 

 *******

 

 翌朝。

 高海の態度に引っかかるものを感じながらも、それを考えすぎだと決め、いつものように自転車を走らせようとしたのだが。

 

「あっ……」

「……おう」

 

 まさかいきなり遭遇するとは……。

 まあ、家が割と近いので、エンカウント率高めなのは仕方ないかもしれないが。

 すると、高海はばっと距離を詰め、頭を下げてきた。

 

「あっ、あの、昨日はすいませんでした!自分でもなんだかよくわからなくて……」

「……いや、何も謝ることねえだろ。別に誰も損してないんだし」

「……あはは、それはそうなんですけど……」

「まあ、そういう日もあるだろ。俺もよくわからないままバイトとかバックレたことあるし」

「うーん、それとは一緒にされたくないような……」

「まあそれはそうと……今日は朝練はないのか?」

「あ、はい。夕方から少しきつめの練習をするので、体力温存って事で……」

「そっか」

「あ、あの~、よかったら近くのバス停まで一緒に行きませんか?」

「……わかった」

 

 俺は自転車から下り、高海の隣に並んだ。

 彼女からは、いつもと同じ爽やかな柑橘系の香りがした。

 そして、それが何処か懐かしくて、歩きながら何度か彼女の横顔をチラ見してしまった。

 

 *******

 

 その日の夜、昔読んだ本を読み返していると、携帯が震えだした。

 相手は何となく予想がついた。

 画面を確認すると、どうやら今日は勘が冴えているらしい。彼女の名前が表示されていた。

 通話状態にすると、一気に部屋が賑やかになった気がした。

 

「比企谷さん、比企谷さん!部員が増えましたよ!あの二人が入部してくれましたよ!」

「……そうか。まあよかったな」

「もっと喜んでくださいよ~!」

「いや、まあ……よかったな」

「さっきと一緒……でも比企谷さんらしいかも」

「ああ。俺もそう思う。」

「なんかドヤ顔してそう……あっ、そうだ。今度ライブやるから来てくださいよ!」

「あー……その日は予定が……」

「まだ日にち言ってませんよ。それに比企谷さんはなんだかんだ言って来てくれると思います」

「……そりゃ過大評価しすぎだろ。つまらなかったら行かないしな。まあ、割と楽しいから」

「わあ……これが捻デレ」

「捻デレとか言わないでね。恥ずかしいから」

「あはは、わかりました!じゃあ、よろしくお願いしますね」

「……おう。じゃあ」

「ええ、おやすみなさい!」

 

 通話が途切れ、空白のような静寂が訪れると、それがやけに耳を落ち着かなくさせる。

 彼女の底抜けに明るい声が聞こえなくなったからか。

 そんな事を考えながらぼんやりと天井を見ていたら、いつの間にか、眠りに落ちていた。


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