認められないone to one   作:トゥワンネ

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再会

3月。

 

春眠暁を覚えずと言うもので、春の優しく包むような暖かさに朝起きるのも億劫になる時期。

 

大方の大学受験が終了し、いやもう1年挑戦する奴もいるのだろうが、どうであれ自堕落な生活を送っているであろう同級生たちには目もくれず、俺は一心不乱に筋トレに取り組んでいた。

 

2年前までは曲がりなりにも野球をしていたから、当時の俺の身体はそこそこ女受けするものだったと思う。だが、転校以来ろくに運動もせず、当然ながら身体は肥える一方だった。

 

スクールアイドル、絢瀬絵里の姿を初めて拝見する日まで残り1週間である。もちろん向こうが俺を視認するという保証はない。いや、その可能性は限りなく低いだろう。忘れている可能性さえも否定出来ない。

 

それでも俺は一縷の希望に賭けて、付け焼刃のスクワットに励むのだった。

 

日課のセットを終え、有酸素運動のタスクに移る。外に出ると、春の暖かな日差しに包まれた。絢瀬絵里のことで頭がいっぱいでなければ、様々な情緒を感じられたのかもしれない。

 

***

 

μ'sのファイナルライブは東京ドームで行われるらしい。巨人が好きというわけではないが、一介の野球少年であった俺にとって、東京ドームはいつか行ってみたい場所だとは思っていた。それがまさかこんなシチュエーションで訪れるとは夢にも思わなかった。

 

高校生の分際で東京ドームを占拠するなんて、と思った。同時に、俺の脳裏に取り憑いたように離れない彼女は、高校生の分際で東京ドームを占拠するに値するアイドルに成長したのだ、とも思った。

 

俺はどんな思いだったのだろうか。自分がどんな気持ちなのかなんて、自分にもわからなかった。

 

***

 

1週間後、俺は東京ドームの前に立っていた。

 

周囲を見渡すと、いかにもなオタクがアイドル談義をしていた。こんなところを友人に見られては敵わない、そう思って俺は足早に入場した。

 

俺はてっきり客席に座るものだと思っていたが、案内に沿って進むうちに、気付けば俺は球場に足を踏み入れていた。後ろを見れば客席にも人がいた。どうやら、俺はかなりラッキーだったようだ。

 

小学校の頃はプロ野球選手を夢見ていた俺だが、一介のオタクがプロ野球選手の仕事場に足を踏み入れていいのかな、なんてことは一切思わなかった。

 

俺は1人の野球人である以前に、1人のオタクだった。

 

***

 

待ちかねた瞬間。眼前に彼女が現れた。

 

もちろん現れたのは彼女だけではなかった。この場に挑む者として、ある程度μ'sの予習はしてきた。彩色豊かな髪の毛を見た俺は、これはさすがに地毛ではないだろう、と思った。

 

たが言ってしまっては悪いが、そんなことはどうでもよかった。俺の目当てはただ1人である。

 

リーダーと思しき女の子が何か言っている。それに呼応して、オタクは大盛り上がりのようだ。

 

だが俺には何も聞こえなかった。俺は、ステージに立つ金髪だけを見据えていた。彼女が緊張している様子は、あの場にいた人間では俺だけが見咎めたのではないか。彼女は軽い深呼吸をした。俺には、彼女の吐息がはっきりと聞こえた。

 

微かな化粧に煌びやかな衣装。あの時と同じポニーテール。僅かに垂れた目を少し細め、浮かぶ微笑み。凛とした佇まい。これが世界中の男女を惹きつけるアイドル…

 

気付けば彼女は踊り出していた。もちろん、他の8人も溌剌と動き回り、歌っている。この曲は何だったか。せっかく予習をしてきたのに忘れてしまった。周りのオタク達は一斉に掛け声を発している。そういえば台詞が配られたのだった。周りに流され、俺もそれとなく掛け声を発していた。俺は異様な雰囲気に飲みこまれ、一瞬彼女から目を離そうとした。

 

刹那、俺は絢瀬絵里と目が合った。

 

――――――――――――――――

 

ウチはスクールアイドルとして活動してる。たった今も、ライブで歌い、踊ってる。今日が最後なんか、寂しいなぁ、こんなん1年前は考えられんことやったなぁ、なんて感慨に浸ってる。らいぶちゅう集中出来んのがウチの悪い癖なんや。

 

今の仲間達に出会えたのも、このスクールアイドル活動のおかげ。こんな幸せなことはないよ。

 

そんな仲間達の中でも、やっぱりエリチは特別な存在。初めての友達やね。エリチと初めて話したころにこんな話し方になったんやっけ。懐かしいなぁ。

 

一緒に生徒会で活動した…あれも楽しい時間やったなぁ。そんな頃だったかな。いやもっと前だっけ。エリチに男の人の相談をされたことがあったな。あのエリチに彼氏なんて全く想像出来なくて笑っちゃった。でも結局、その人とは少し話しただけで終わっちゃったんやったね。あんときエリチに彼氏が出来てたら、今頃とんだスキャンダルになってたかもしれんね。

 

エリチはウチの大切な友達で仲間、パートナーや。今のウチがあるのもエリチのおかげ。エリチもそう思ってくれてるんじゃないかなぁ。

 

だからわかる。たった今、エリチに何か異変があったこと。顔色、仕草、何一ついつものエリチのままやけど、動揺してるのがウチにはわかる。

 

悔いのない最後にしたい。何があったかわからんけど、落ち着いて立て直すんや、エリチ…

 

―――――――――――――――

 

絢瀬絵里と目が合った。ただ一瞬目が合っただけ。まあ、これほど縦横無尽に動き回っていれば1回くらい観客と目が合うこともあるのだろう。

 

彼女がアイドルとして歌い、踊っている。俺は観客としてそれを見ている。2年ぶりに彼女の姿をじかに見た俺は、天にも登る心地だった。

 

***

 

1時間半に及ぶライブは、一瞬のように短く、一生のように長かった。

 

最後に、アイドル一人ひとりが一言を残して締めるようだ。みんな当たり障りのないことを言っていたと思う。それは絢瀬絵里に関しても同じことだった。

 

ファイナルライブが幕を閉じ、この後握手会でもあるのではないか、と期待していた面もあったが、そんなものはなかった。まあ1時間半も動いたアイドルに、その後さらにタスクを課すのはさすがに酷だろう。マネージャーはしっかり健康管理をしているのだろうか?

 

結局、俺は彼女に認識されることなく東京ドームを後にした。それでも、あの1時間半は非常に中身の濃い充実した時間だった。

 

帰りにグッズでも購入しようかと考えたが、そんなものはなかった。少し考えれば当然のことだった。μ'sは営利団体ではなく、部活動という名目なのだった。アイドル研究部だっけ?本当に研究しているのだろうか。

 

かの余韻に浸りながら電車を乗り継ぎ、家に着いた俺は、急激な眠気に襲われた。柄にもなくジェルで固めた髪の毛を洗うこともせず、眠りこけてしまった。

 

***

 

夢は見なかった。相当に疲れていたのだろう。起きると辺りは真っ暗で、時計を見れば5時間が経過していた。顔を洗おうと洗面所の鏡を覗くと、所々で髪の毛が跳ね、痛ましそうに主張していた。父親はどちらかと言えば白髪になるタイプだが、俺がその遺伝をストップさせてしまうのだろうか、と一抹の不安を覚えた。急いで頭を洗い流した。

 

風呂場から出て携帯に目をやると、LINEの通知が入っていることに気がついた。

 

転校後、友達ができたと言えど陰キャである。それほど頻繁にメッセージが来ることもないのだ。一応クラスグループには入っているので、卒業後の打ち上げの話だろうか、そんなことを思いながら携帯を覗いた。

 

驚きのあまり、文字通り硬直した。

 

――――――――――――――――

 

ライブが終わって、更衣室での話。

 

「エリチ、今日はどうやった?」

「えぇ、最高のライブだったわ。これでおしまいなんて本当に悲しいのだけれど。希は?」

「ウチも同じよ。でも、この1年の集大成を出し切れて、ウチに悔いはない。それはエリチも同じなんよね?」

「えぇ、もちろんよ。」

 

エリチは、いつもの凛とした態度を少し緩めた、柔和な表情をしていた。

 

「ところでエリチ、途中なんかあったん?」

 

固まるエリチに対して、にこっちが加勢する。

 

「そうよそうよ!なんかアンタ少しだけ変だったわよ?」

 

「別に、何もないわよ?お客さんも喜んでくれていたじゃない。」

 

困ったように答えるエリチ。ウチには何が言いたいのかわからない。それはにこっちも同じやった。

 

「はぁ??お客さんの話はしてないわよ!」

 

エリチは失言に気付き、反射的に口を抑えた。そして観念したように答えた。

 

「いえ、お客さんの中に知っている人を見つけたのよ。もしかして私、気を取られてうまく歌えていなかったのかしら?」

「いや、あの一瞬だけよ。それ以外は最高のパフォーマンスだったわよ!」

「そうやで、エリチ。」

「えぇ、そう言ってもらえて助かるわ。ありがとう。」

 

エリチはやけに嬉しそうだった。

 

――――――――――――――――

 

いや、なぜ俺に絢瀬絵里からLINEが届くのだ。

 

俺が彼女に与えた情報は、西川夏輝という名前だけだ。高校名も伝えていないし、連絡先の交換なんてもってのほかだろう。

 

狼狽も一回転した。まだ夢から覚めていないのか、髪を洗う夢なんて見ても何の価値もなさそうだ、そんなことを考えながらLINEを開いた。

 

『夏輝、久しぶりです。突然ご連絡して申し訳ないわ。』

『今日、μ'sのライブに来てくれていたのかしら?』

 

なんだこの行動力は。絢瀬絵里、やはり彼女はおかしい。明らかに世間の感覚とズレている。

 

ふと送信時刻を見た。その時刻は、俺の携帯の右上に表示された時刻と一致していた。

 

『お客さんの中にあなたと似た人を見つけたから、気になって連絡してしまったわ。』

 

送信早々既読をつけてしまった…。

 

寝起きの頭をフル回転させ、必死に内容を考える。何も思い浮かばない。とりあえずなにか言おう。指が震える。ああ、携帯を落としてしまった。指に力を込め、必死に打った文章は誤字だらけ。全て消す。結局2分が経過して、ようやく送信ボタンを押すことが出来た。

 

『誰?』

 

誰じゃねーだろ!高速の深呼吸をしてすぐに取り繕う。

 

『綾瀬さん?』

 

その綾瀬じゃねーだろ!ああ、人の名前を間違えるなんて最低だ。人間の所業じゃない。もうこうなりゃヤケだ、頭に浮かんだ言葉をひたすら羅列していこう…いや既読付くなよ!早すぎだろ!とにかく何か言わないと…

 

『ええ、絢瀬絵里よ。もしかして人違ちたつまたのかしら。だとしたら申し訳ないわ。』

 

こっちが誤字をして言うのもなんだが誤字るなよ…締まらないじゃないか。だが、この反応で落ち着くことが出来た俺は、ようやくまともな文を打てるようになった。

 

『いやごめんなさい、突然の出来事でうろたえてしまいました』

『行きました』

『もちろんあなたを見るためにですよ』

 

なんて気持ち悪い文なんだ…やはりまともな文は打てていなかった。まあ夢なら夢でいいだろう、そう思って返信を待った。

 

5分ほどで返信があった。この5分は永劫にも等しい5分だった。すぐに開いて驚いた。うわ、長文だ…

 

『突然ラインを追加してしまって本当に申し訳ないわ。ライブであなたと目が合った瞬間、電撃が走ったの。そのとき、あなたとの出会いを思い出したわ。だから友達に聞いて、あなたのラインのアカウントを教えてもらったの。どうしてもお話がしたくて。もしかしてご迷惑だったかしら?』

 

ここでご迷惑だと言ったらどんな顔になるのだろう。俺に美少女の泣き顔を愉しむ趣味がなくて本当によかったと思う。

 

『なぜ高校がわかったんですか?』

『それにしても人脈広いですね』

 

疑問を投げかけた。

 

『高校なんて聞かなくても制服を見ればわかるわ。』

『仮にも音ノ木坂学院の生徒会長だったのよ。』

『他校の友達だって多いの。』

 

俺は感心した。他校に友達がいるのか。転校生で陰キャの俺には想像もつかない。

 

そもそも彼女は友達が少ないように見えるのだが。人脈が広いアイドル仲間か誰かに頼ったのかと思ったが、そうでもないのだろうか。

 

そうなんですか、それは感心しました、どうのこうの、そんな文面を打っていたら、携帯の電源が切れた。

 

俺は焦って携帯を充電コンセントに接続した。再起動する1分ほどの間、これからの俺と彼女について、どんなことが起こるのか考えた。

 

答えなんて出るはずもなかった。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

cf:辻褄を合わせるため、原作のシチュエーションはかなり無視しました。ご理解の程よろしくお願いします。

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