最後のライブが終わり、打ち上げと称して真姫の家でご飯をご馳走になった帰り道でのこと。私と希は2人で公園に立ち寄り、ベンチに腰を掛けた。
「ねえ、希。ちょっと頼みを聞いて欲しいの。」
「どしたん?えらい深刻そうな顔やね?」
「しばらく前、あなたに話した男の子のことを覚えているかしら。」
希は驚いたような、それでいて愉しそうな顔をして、私と向き合った。
「今日のライブで動揺したんは、そういうことやったんやね。」
さすがに鋭い。やっぱり希には敵わないわ。そう思いながら、私はこう切り出した。
「さすが希ね。私が彼とコンタクトを取りたいと言ったら、あなたはどう思う?」
「それを浮気って言うんよ?」
おどけた口調で返す希は、私の質問には答えなかった。
「コンタクトを取りたいって、具体的にどうするつもりなん?なんか手立てがあるん?」
「いいえ、それが何もないの。彼と同じ高校に通う人を誰か知っていれば、その人に繋げてもらうことも出来るのだけれど…」
無茶苦茶なことを言っているのは自分でもわかる。それでも、彼と話をしたい。この気持ちは2年間燻っていたのだもの。
私は、希に何かしてもらおうとは思っていなかった。ただ、話を聞いて欲しかった。それは友人として、仲間として、パートナーとして。
希はいつもと変わらない柔和な微笑みを浮かべ、私を見ていた。私が相談を口にしようとしたとき、希はおもむろに鞄の中のスマートフォンを取り出した。
「希?」
「ちょっと待って。西川…なんやっけ?」
「彼の名前は夏輝よ。西川夏輝。」
「高校はどこやっけ?」
「わからないわ…。名前しか知らないの。」
希は黙りこくって、スマートフォンを操作し始めた。
***
10分ほどが経過した。それでも希はスマートフォンを触り続けていた。
スマートフォンの中を覗くのも気が引けるけれど…どうしようかしら。そろそろ希に声をかけようかしら。
そんなことを考えていたとき。
「見つけたよ。」
「何を見つけたの?」
希が私に見せたのは、『西川夏輝』という名前の、ツイッターのアカウントだった。
「ダメ元でエリチの公式アカウントのフォロワーを探してたんよ。この子で間違いない?」
「わからないわ…。珍しい名前じゃないし、もしかしたら別人かも。」
「うーん、それはないと思うけどなー」
希が画面を切り替えると、彼と彼の友達と思しき人との会話が表示された。
『西川は明日の昼集まれるだろ?』
『悪いな、用事があるんだ。別日だと助かる』
『なんだよ、お前暇そうだけどな笑』
『ふっ、俺は明日、あの"絢瀬絵里"に会いに行くんだ』
目を丸くしているのが自分でもわかった。まさか、こんな早々に彼と話せるかもしれないなんて。
驚きが収まると、次第に胸が高まるのを感じた。こんな気持ちは何年ぶりだろう。もしかしたら、生まれて初めてかもしれない。
「それだけじゃないんよ。ほら。」
希が指さしたのは、彼の固定ツイート。
ラインのQRアドレスが載せられていた。
「鍵もかけないでLINE載っけるなんてネットリテラシーのかけらもない子やね…」
「ねえ希!このQRアドレス、私が追加してもいいのかしら!?」
「まあええんちゃう?でもツイッターのアカウントを特定してLINE追加するなんてストーカーじみた行為、相手にバレたら引かれちゃうかもしれんよ。」
確かにそうね…私は頭を抱えた。どうすれば…
希はやっぱり柔和な笑みを浮かべている。困っている私を見て楽しんでいるみたい。でもそれを咎める権利が私にないことくらい、いくら私だってわかったわよ。
ふと、彼の顔が浮かんだ。筋肉質だったけど、別に取り立ててイケメンなわけじゃなかった。それでも、あのニヒルな笑みを思い出すと、なんだか安心できるような、そんな気がした。
「希、ありがとう。帰りましょう。」
「なんかいいことがあったような顔やね。」
「希のおかげでしょ。」
私達は卒業するけど、友人は一生のもの。疎遠になんてなるはずないわ。希を見て、改めてそう感じた。
――――――――――――――――
中途半端な時間に昼寝をして夜になってしまったから、夜中になっても俺は全く眠気を感じなかった。
とはいえ、俺が眠れないのは決して昼寝だけが原因ではないだろう。
俺は10時になるまで絢瀬絵里とLINEで話した。他愛もない話から彼女の苦労した話。俺達の出会いについては、彼女に痴漢を思い出させることがないよう、あえて触れなかった。
時計が10時を回ったそのとき、彼女は寝ると言った。聞くと、10時以降に携帯を触ると、学力が低下するという都市伝説を本気で信じているらしい。まあ夜中のブルーライトはきっといい影響は及ぼさないだろうから、それもあながち間違いではないかもしれないけどね。
最後に彼女は言った。
『あなたといつか会いたいの。会えないかしら…?』
これが俺の眠れない一番の所以である。
当然即答した。いつでも暇だと言うと、翌日の午前9時に某駅前で待ち合わせ、という内容で決まった。
邪な考えが浮かんだことは事実だ。あと少しで卒業するとはいえ、仮にも男子高校生である。
だがそれ以上に信じられなかったのは、俺という人間が、あそこまで美しい女性と並んで道を歩けるということだ。こんなこと、人生リセマラでもしなければ不可能だと思っていた。俺は決して神に愛されなかった人間のはず。神の作り出したカースト制度では、不可触民とまでは行かなくても、シュードラくらいだと思っていた。天国のおじいちゃん、俺はやった、遂にやったよ…
急な話だったので、陽キャが付けるようなアクセサリーや洒落た服を調達することは出来なかった。まあ、身に合わないものを身に付けても仕方あるまい。そう取り直し、地雷ファッションを避けるべく、ネットでリサーチをすることにした。
結局俺は、『デート成功の秘訣!』のようなサイトをいくつもハシゴしながら、夜明けが近付くことにも気付かず、いつしか眠り込んでしまった。
寝坊した。
――――――――――――――――
寝坊した。
信じられない。こちらから誘ったのに…本当に情けないわ。前から薄々気付いていたけれど、私本当は賢くないわね。可愛くもないのかしら。って、そんな呑気なことを考えている余裕はなかった。
時刻を見れば8時を回るくらいだった。着替えて、髪をまとめて、主張しない程度にお化粧もしなきゃ。変装のグッズはどこへやったっけ。まったく、約束の時間に間に合うかしら…
朝ご飯も食べずに家を飛び出した。亜里沙が何か言っているけれど、何も聞こえない。早歩きで駅に着き、ホームを駆け上がると、いいタイミングで電車が来た。これに乗れば間に合う。
ちょうど角の席が空いていた。安堵のあまり、私は座席へと吸い込まれて行った。
――――――――――――――――
まずいな、これは今すぐ出ても間に合うのか?
顔を洗い、昨夜出しておいた服を着てすぐに家を出て、自転車に跨った。あ、鍵を忘れた。取りに戻らなくては…間に合うだろうか。焦燥感に駆られる。
撤去されないことを祈り駅前で自転車を乗り捨て、改札を通るとちょうど目的の電車が到着した。助かった。
この時間に乗れば、滞りなく電車を乗り継いで目的地まで辿り着けることは予習済みだ。
ほぼ電車を待たずに全ての乗り継ぎを済ませられた。電車に乗りこんだ俺は疲れ果て座席に座ろうと思ったが、空きがないようだったので、仕方なく立つことにした。
何気なく辺りを見渡した。すると、座席の角に、春の陽気と明らかに逆行する、ニット帽にサングラス、マスクをした不審な女が座っていることに気がついた。
周りの乗客も明らかに不審がっているようですよ、というか金髪隠せてないよ、絢瀬絵里さん…
「あの」
「!?」
パツキン女は過剰な反応を見せた。
「な、夏輝!」
「流石に怪しいから、せめてニット帽とマスクは外したらどうですかね…」
「ダメよ!素性がバレちゃうじゃない!」
「だとしても、注目を集めることに変わりはないと思うんですが…」
不審なパツキンも、ようやく周囲の奇異の目に気付いたようだ。観念したのか、ニット帽にマスク、サングラスも外し、俺の前に素顔を現した。いつ見てもお美しい。
「こうやって話すのも2年ぶりですね。」
「えぇ、またあなたに会えて本当に嬉しいわ。」
絢瀬絵里は立ち上がり、俺の手を取った。もう最高。今すぐ死んでも、西川夏輝、一生の悔いなし!
刹那、浮遊感が俺を襲った。いや、異変を感じたのは俺だけではなかった。絵里をはじめ、他の乗客もまた、突然の出来事に戸惑いを隠せない。爆音。何が起こった?
俺は物理はあまり得意ではないが、重力が下向きに働くことくらいは知っている。だが、突然巨人に殴られたような衝撃とともに、俺達は一斉に窓に激突した。
そこで俺が見た景色は、かつて友人とディズニーランドへ繰り出した折、スタージェットに乗った際に見た景色に似ていた。
俺は隣を見た。絵里も俺を見ていた。俺は、死ぬのが怖い、そう目で訴える絵里を一心不乱に掻き抱いた。
俺が愛した女は、最期まで美しかった。
後日談。
エリチたちが乗った電車は、走行中に横転したその勢いで塀を越え、10mの高さから落下したという。乗客乗員合わせて540人、他に一般人83人、合計623人が亡くなる日本史上最大の鉄道事故。どうやら待遇に不満を持った線路補修作業員が、一瞬の隙を見てレールをことごとく外してしまったらしい。
エリチ…ウチは本気やったんやで?
完結になります。ここまでお読みいただき幸甚です。
P.S.初投稿になりました。大変恐縮ですが、もしよろしければどんなことでも構いませんので、一言感想をいただければ嬉しいです。