書き始めてから滅茶苦茶時間が経っているので着地点は見失いました。
どうしてこうなった…。
「なあ、ゆかりさんって、いっつもコーヒー飲むときはブラックやんなぁ?美味しいん?それって」
「すごいよねー、私苦いの苦手だから、ブラックなんて飲めないよ」
とある休日の、とある街の片隅にある、とある喫茶店で、私、結月ゆかりは、いつものようにピンチに陥っていた。
「慣れればとても美味しいですよ」
「かっこええなー、うちも今度からブラック飲んでみよか」
ええ、いつものように、です。この街に引っ越してきてからというものの、休日が来る度に私はピンチに陥っています。
それは親しい友人といるときに、必ずと言っていいほど訪れる、私だけのピンチ。
「………茜って、そのカフェラテに砂糖何個足したっけ?」
「3個」
「カフェラテに砂糖?甘すぎませんか?」
「甘いんは幸せの味やからなー」
「絶対茜にはブラック飲めないよ」
「ええー、そんな事ないってー」
今も私の視界にチラチラと入り込んでは、じわりじわりと焦燥を掻き立てる、ゆらゆらたなびく名状し難き金色の細いやつ。
茜ちゃんの向こう側に見えるあれの正体は、ずばり!マキさんのアホ毛だあぁぁ!
「ええ香りやわ」
「大人ぶってるけど、この後の絵が容易に想像できるよ」
「あら?」
気分を落ち着かせようとコーヒーに伸ばした手が空を切る。いつのまにか、私の手元にあったコーヒーが茜ちゃんの手に渡っていた。
「茜さん、そのコーヒー」
「ちょい待ってな?飲んだらすぐ返すから」
「なぜ茜さんが?」
「ん?ちゃんともろてもええか聞いたで?」
「ゆかりさん、いいですよ…って返事してたよ」
「あっはは、葵ゆかりさんの真似似てへんなー」
「うるさい」
「じゃ、いただきまーす」
なんと、別の事に気を取られるあまり、無意識に返事をしていたようですね。
それもこれもマキさんが悪いんです。
季節が秋だからか、空調も弱いこのカフェの中で、どうすればそんな気ままにアホ毛が動くのですか。
動き方もなんだか嬉しそうですし…、何がそんなに嬉しいんですか?
私が必死の思いで、優雅さを失わない体勢をとりながら茜ちゃんの影に隠れているというのに、この体勢、ちょっと腰が痛いんですよ!?それなのにマキさんと来たら四人のお友達に囲まれて楽しくお喋りですか!?
「あら?」
気分を落ち着かせようとコーヒーに伸ばした手が空を切る。そういえば私のコーヒーは茜ちゃんが持っていることを忘れてました。
「あの、茜さん。コーヒーを…」
「アカンアカンアカンアカン、苦すぎるわなんやねんこれこんなんあったらあかんやろ、えっ?なに?拷問?ゆかりさんなんでこんなん飲めるん?顔色一つ変わってへんかったで?おかしいやん、アカン全然苦味とれへん、こんな世の中間違っとる、中和せな、カフェラテ、ない、砂糖、アカン、手が震えてもうて砂糖が摘まれへん、助けてアオイ、アオイ助けて、助けて」
虚空を掴もうとする自分の手から視線を外し顔を上げると、茜ちゃんがホラーゲームをした時のきりたんの如く全身を震わせていた。
反射的に吹き出しそうになるのを太腿を思いっきり抓る事で我慢する。
落ち着け私、この二人の前での私は、いつでも落ち着いていて、清楚で上品な大人の私です。だから落ち着けワタシィ。
「茜さんはどうしたんですか?」
……ふぅ。なんとか笑いの波が収まりました。
「コーヒーが苦すぎたみたい。すごかったよ、茜。ぐいって一気に飲んだと思ったら、カチーンって全身が固まって、ガタガターって」
なんとも可愛い状況報告ですね。そんな呑気な葵ちゃんとは裏腹に茜ちゃんは大変な状態です。手どころか全身が震えています。右手のコーヒーカップも左手のシュガートングも震えて、パチャパチャカチカチ鳴っています。茜ちゃんの必死な形相と相まって、なにかの禁断症状が出た人みたいですね。
私が目を離したほんの少しの間に、これだけの事が起こるなんて流石は関西人、というか茜ちゃん。事情がわかっていれば途轍もなく面白い状況なのですが、周りから見れば尋常じゃない状態。そろそろ助けないとまずいですね。主に周りの目が。
というか葵ちゃん。そんな呆れた顔で我関せずみたいな態度を取らないであげてください、茜ちゃんからコーヒー取り上げたのは感謝しますが、何故そのまま飲むんですか?しかも飲んだ後にちょっと舌を出して「苦っ」て、可愛いですね。じゃない、今は茜ちゃんです。
「ほら茜さん口を開けてください」
腰を上げてテーブルの上に身を乗り出す。しかし上半身を低くし茜ちゃんの影に隠れるように、顔をある程度近づけ下から茜ちゃんを覗き込むような状態で、人差し指と親指に摘んだ砂糖を差し出した。
どうですか?これなら角度的にマキさんの机からは私の姿が見えないはずです。
あっ、けれども茜ちゃんが動けば丸見えですから、空いてる左手を茜ちゃんの頬に当てて固定すれば完璧ですね。
「茜さん、あーん」
「あ、あーん」
「はわぁ」
「苦味は消えましたか?」
「……あまいわぁ」
「それは良かったです」
「はわわ」
赤らんだ顔を俯かせ、消え入りそうな声での返事でしたが、なんとか聞き取れました。
未だにもごもごと口を動かしているのは、幸せの味とやらを噛み締めているのでしょうか?
両手を頬に当て、えへへと口を緩めている茜ちゃんは非常に愛くるしいです。
ところで、人の目がある喫茶店の中で、あーんされた茜ちゃんが恥ずかしがるのはわかるのですが、どうして葵ちゃんまで顔を赤くしているのでしょうか?あれですか?双子特有のシンパシーみたいな感じですか?
っと、マズイ。
マキさん達が帰る準備をしていますね。椅子に座っている間は茜ちゃんが壁になっていて、マキさんが振り向いたとしても私の姿が隠れていましたが、立たれると丸見えになります。他所ではあまり見ない、様々な髪の色をした人がゴロゴロいるこの街でも、今のところ紫色の髪は私以外に見た事がありません。
マキさんは私がこの街にいることを知っています。というか昨日デパートに二人で買い物に行きましたし。
つまりマキさんの視界に入る紫の髪の毛=私という方程式が成り立つのです。
これが私一人の時なら、喜んでマキさんの視界に入って見つけてもらうのですが、茜ちゃんと葵ちゃん。この二人といる時では話が別です、どうにかして隠れないと。
「ゆかりさんさっきからどこ見とるん?」
失敗した、非常にまずいです。今すぐに二人の注意を引かなければいけません。後ろ姿ならまだ救いはありますが、マキさんの顔を見られると詰みです。何としてでも二人が後ろに振り返るのを阻止しなければ。
今この場にある物、今までの会話、今までの行動これらを使って二人をこちらに注目させるには…。
ああ、せいかさん。ありがとうございます。
「そういえば今日、後ろの方ちらちら見てたね。知り合いでも居るの?」
「あっ」
「どうしたん?」「どうしたの?」
「間接…キス、ですね」
コーヒーを飲んだ時、思わずと言った風に声を上げ、注意を引く。その後伏し目がちに相手を見て、人差し指を下の唇当てるなどのアクションを挟みつつ、最後に微笑みを浮かべる。
せいかさんの家にあった漫画での一コマですが、これで相手を釘付けに出来てましたから、二人にも効果があるでしょう。
漫画でも女性同士でしたし、その後もより親密になっていたので問題はありませんね。間接キスが嫌ならそもそも人のコーヒーは飲まないと思いますし。多分このやり取りは仲のいい女の子同士なら、皆んなするようなものなのでしょう。そういうのちょっと憧れていたので少し嬉しいですね。
そう言えばあの漫画、読んでる途中に、顔を真っ赤にしたせいかさんに取り上げられたので、最後まで読んでいませんでした。
あの時は余りにも必死なせいかさんに押されて読むのを諦めましたけど、今になって少し気になりますね。
最後に見たシーンではシャワーを浴びていたので、多分あの後はお泊まり会というものをするのでしょう。
お泊まり会。
なんて楽しそうな響きでしょうか。私もやってみたいです。丁度目の前に茜ちゃんと葵ちゃんが居るので誘ってみましょう。
「「あわわわわわわ」」
「話は少し変わりますが、葵さんと茜さん今日、家に泊まりに来ませんか?」
「いっ!いえぇっ!?」
「と、泊まりぃ!?」
二人ともどうしたのでしょうか?凄く顔が赤いですし、声も裏返ってます。二人共唇に指で触れているので、やはり、いくら仲がいいと言っても間接キスは恥ずかしいのでしょうか?
まあ、確かに私も改めて口に出すのは恥ずかしかったですが、それよりも仲のいい友達同士でしかしない、特別なやり取りが出来たので嬉しさの方が強かったですね。
思わず唇に指を当てて思い出し笑いをするくらいには。
「ふふっ」
「あ、葵!ゆかりさんってそっち系のひとなんかなぁっ!?」
「そ、そんなの、知らないよ!き、聞いてみたら!?」
「聞けるわけないやん!?葵が聞いてえな!?」
「わたしぃ!?」
「と、遠まわしでええから」
「そ、そんなの無理だよぉ」
二人はメニュー表で顔を隠して相談しているみたいですね。
そのアイデア貰いました。
私もメニューを見てるふりをしてマキさんをやり過ごしましょう。友達といる時に、別の友達を優先するなんて出来ませんからね。本当は四人で仲良く出来たら一番なのですが、私のバカ。後悔先に立たずとはよく言ったものです。
そうこうしている間にマキさん達が出て行ったので私もメニュー表を下ろしましょう。
二人の相談も終わったようですし、この後のことを考えるとドキドキしますね。顔が赤くなってないでしょうか?
「ゆ、ゆかりさん」
「なんですか?葵さん」
「泊まりって」
「ええ、お泊まり会です」
「おとまりかい」
「はい。一緒にご飯を食べたり」
「ごはん」
「お風呂に入って洗いっこしたり」
「…あらいっこ」
「同じベッドで一緒に寝たり」
「………どうきん」
「ゆ。ゆかりさん、なんで顔赤いん?」
やはり赤くなってましたか。
けど、それだけ楽しみにしていることを伝えれば、二人も来てくれるのではないでしょうか。二人とも本当に優しい人達ですし。
よし、少し子供っぽい理由なので恥ずかしいですが、私の本心を伝えましょう。
二人が持っているであろう、私のイメージとは少し違うかも知れませんが、大丈夫な範疇でしょう、多分。
「ええ、恥ずかしい話ですが、この後の(お泊まり会の)事を考えると(楽しみで)胸がドキドキしてますね。(お泊まり会は)初めてなので少し不安もあるのですが、お二人となら(ご飯とかお風呂とか)沢山のことを楽しめると思うんです」
ちょっと焦りすぎましたね。胸の内を明かした筈ですがいくつか単語が飛んでいるかもしれません。まあ、大した事ではないでしょう。
それよりも何故二人は、話してる最中に段々と顔を伏せていくのでしょうか?
泊まるかどうか迷っているのですかね?
それなら今が畳み掛けるチャンスですね。余り無理強いはしたくないのですが、話している間にもお泊まり会への期待値が高まり続けてます。
この機会を逃したくありません。
テーブルの上で握られている二人の手を解きほぐし、自分の指を絡めてから軽く引き、二人に顔を上げさせます。
そして目があったときに頼み込めば…。
「茜さん、葵さん(お泊まり会)しましょう?」
「「………はぃ」」
ほとんどの人が聞いてくれる。
流石はせいかさんの持っている漫画ですね。とても為になります。
それはそうと二人の了承も得たことですし、二人には一先ず家に帰って貰って、お泊まりセットを持ってきてもらいましょう。
「お二人は家に帰ってお泊まりの準備をしてきてください」
「「はい」」
「私も家に帰って色々と用意しておきますから、来てくださいね」
「「…はい」」
「それでは、ここを出ましょうか」
「「………はい」」
この後滅茶苦茶お泊まり会した。
意味深ではない