「さて、どうしようかしら……」
射命丸文は、1枚の写真を前に頭を抱えていた。
妖怪の山にある自宅兼、仕事場の家に、朝から、いや昨日からずっとこの調子。目の前にある原稿には、何かを書いては取消し線を引かれた文字がいくつもあった。周りにも丸めた紙が散らばっている。
彼女を悩ませているこの写真。昨日、紅魔館で撮ってきた写真だ。紅魔館のメンバーと魔法使い達。その中央にいるのが、異世界の魔法使いこと、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。魔法少女の格好をしてちょっと恥ずかしそう。しかしその顔は強気だった。このかわいらしい魔法使いに、文はちょっと笑みをこぼす。
ともかく、最近では全くなかった、ビッグスクープ。注目される事間違いなし。しかしスクープとして大きすぎるというのが問題だった。昨日、手に入れた情報だけで紙面を埋めるには十分。『文々。新聞』が大量に捌けるだろう。だがそれは、他の天狗達にもルイズの存在を知られてしまうという事。その後は取材競争となる。できれば、この情報を占有したかった。そしてシリーズ化。これが理想。
ところが、初手でしくじった。ルイズと仲のいい魔法使い達に警戒されてしまった。レミリアとのツテを頼りにして、ちょっと調子に乗りすぎた。失敗だった。このまま発行すれば、『文々。新聞』は異世界人ブームの最初の切っ掛けで終わりかねない。
信頼をなんとか回復するか、それとも鮮度優先でとりあえず出すかどうか。少なくともレミリアへのツテという意味では、若干他の天狗より有利ではあるが。
「あ~、まとまらないわね。ちょっと頭を冷やしてきましょう」
湯だった頭を一回まわすと、ふわっと空へと飛んでいく。
しばらく進むと、見知った顔が飛んでいた。
「あやや、椛。警邏ご苦労様」
妖怪の山の見回り担当、白狼天狗の犬走椛だった。愛用の盾と刀を持って、ゆっくりと飛んでいた。
「あれ、文さん。こんな所でどうしたんですか?」
「あー、記事の事でちょっと行き詰っててねー。頭冷やしに来たんですよ」
「そりゃ、焦るのも無理ないですからね」
「?」
奇妙な言葉を今耳にした。眉間にしわを寄せる文。
「何で私が焦らないといけないの?」
「え?てっきり発行部数で、抜かれたからと思ってたんですけど」
「何に?」
「花果子念報です」
「はぁ?」
『花果子念報』。同じ烏天狗である姫海棠はたてが出している新聞。本人があまり足を使ってネタを集めない上、記事が堅苦しいので人気があまりない新聞だ。そのため、抜かれる事なんてありえないと文は思っていた。
「いったい、どういう事よ?あの引きこもりが、何か大スクープでも拾ったの?」
「知らないんですか?」
文は大きくうなずく。
「吸血鬼の屋敷に外来人の魔法少女が住んでたんですよ。それが写真付きで記事になってましたよ」
「え!?ま、まさか……!」
脳裏に浮かんだのはあの写真。紅魔館メンバーと共に写る異世界人ルイズ。確かにルイズは、魔法少女っぽい格好をしていた。
椛は記事の内容を思い起こしながら、感想を口にする。
「それにしてもまさか外の世界に、本物の魔法少女がいるとは思いませんでした。前に早苗さんから聞いたときは、架空のお話って言ってたんですけどね。やっぱりそういうものには元ネタが……。文さん?」
文、椛の両肩をガシッと掴み、血走った目を大きく開けている。
「その花果子念報、今どこにあるの?」
「あ、あの……。詰め所に置いてありますけど……」
その言葉を聞いた瞬間、反転。文字通りかっ飛んでいった。
いきなり詰め所の引き戸が勢いよく開く。休憩していた白狼天狗達の視線が、一斉に入り口へ集中。そこにいたのは、半分動揺して落ち着きのない文だった。白狼天狗達はなんでこんな所に烏天狗がと注目したが、当の文にはまるで目に入らない。そして探す。目的の新聞を。それは部屋の隅に無造作に置かれていた。
瞬時に飛びつく文。そしてバッと広げる。そこに見つけた。自分が撮った写真を。それに、まるっきり間違った内容の記事が添えられていた。
「しまった……」
がっくりと肩を落とし、力が抜けるように沈む文。
『花果子念報』の記者。姫海棠はたてにはある意味やっかいな能力がある。それは念写能力。しかも写真に対しては特に有効。つまり写真にしてしまうと、彼女にスッパ抜かれる可能性が高くなる。文はこれをすっかり忘れていた。付き合いは長いのに、この事を忘れているとは大失態。
やがて魂が抜けたように、詰め所を出て行く文。そしてふらふらと空へ飛んでいった。
「いったい何がどうしたっていうの?」
紅魔館の一階の窓から、頭を低くして顔を覗かせているルイズ。その目に映るのは、弾幕が飛び交う熾烈な戦いであった。
美鈴と烏天狗達の。
昼食後。昨日、なんだかんだでほぼ調整も終わった魔法少女セットVer.2を本格的に使おうと、外に出ようとしたらこうなっていた。
「へー。こんなに烏天狗が来るなんて、初めてじゃないでしょうか」
同じく顔を覗かせているこあが横で暢気に言う。
「たぶん新聞のせいね」
さらに同じく顔を覗かせているパチュリーは憮然として言う。
ルイズはそんな彼女を横目で見ながら思う。ハルケギニアでも新聞の関係者はこんな感じなのだろうかと。まあ、ハルケギニアと幻想郷の新聞は大分違うので、そんな事はないかもしれないが。
ともかくこの状況。要はルイズへの取材が殺到していた。花果子念報を切っ掛けに。だがそこを、美鈴がガンとして通さない。そして弾幕ごっこの始まりとなった。魔理沙によく突破されると言われる割には、美鈴はこれだけの数の烏天狗を防いでいる。親しみやすい人柄なので分かりにくいが、やはり中々の実力。紅魔館の門番を任されるだけはあった。
そうは言っても多勢に無勢。その内、押し切られるんじゃないかという心配になる。ルイズはさすがに不安になってきたのか、パチュリーに尋ねた。
「手伝った方がいいんじゃないのかしら。なんなら私が……」
「大丈夫よ」
「ホント?」
「そろそろ起きるから」
「何が?」
ルイズは首を捻る。だがすぐに気付く。こんな時間に起きると言えば……。
「うるさーい!!」
二階のバルコニーから怒号が聞こえたかと思うと、そこから何本もの光の紅い槍、デモンズディナーフォークが飛んでいった。槍は見事に、全烏天狗達に命中。ドスドスドスっと言わんばかりに。
憤怒の槍の源は館の主、レミリアのもの。こんな早めの時間に起こされてしまった。この騒ぎで。さらに昨日フランドールとケンカした事もあって、少々機嫌が悪いのもあった。烏天狗達は間が悪すぎた。
打ちのめされた烏天狗達は、さすがにあきらめて帰っていく。一方のレミリアも、やがてなにやらブツブツ言いながら、館へと戻っていった。
ルイズはバルコニーの方を見上げならが、こぼす。
「そういう事ね」
「咲夜が呼ばれたのが聞こえたのよ」
「ふ~ん。ま、これで練習できるわね」
ようやく立ち上がったルイズ達に、後ろから声がかかる。
「ねぇ。何あれ?」
「天子……」
ルイズと同じ居候の天人。だが彼女と違い、こっちは強引に居座った居候。
それにこあが嫌な顔一つせず答える。
「烏天狗の取材ですよ。追い返しましたけど」
「誰に?」
「ルイズ様にです」
天使もとい天人と悪魔が、世間話をしているなんともシュールな光景。二人の様子を見ながらルイズは、幻想郷ならではとか思った。
天子は納得しながら、薄い紙束を取り出す。
「そういう事。これのせいか」
「ん?それは?」
ルイズは思わずその紙束に視線を移す。新聞らしかった。
「あんたが載ってる新聞。暇だから今朝、人里行ったら見つけたの。で、ちょっと貰ってきたわ。『花果子念報』とかいうの。あまり面白くなかったけどね」
「『花果子念報』?」
確か文のは『文々。新聞』という名前のはずだ。いったいどういう事か。ともかくルイズは、自分がどう書かれているかの方が気になった。
「ちょっと貸して」
「ん」
天子から新聞を受け取ると、パッと広げる。横からパチュリーとこあが覗き込んだ。一面の最初の記事のデカデカとしたタイトルには……。
『魔法少女は実在した!紅魔館に魔法少女が滞在中!』
と書かれていた。
「「「え?」」」
三人が一斉に声をあげ、同時に怪訝な表情に。
何がどういう経緯でこうなったのかさっぱり分からない。文は、ルイズが異世界からの魔法使いの外来人と知っていたはずだ。それが何故か魔法少女に。しかもこれは他人の新聞。だいたい何故こんな大スクープを、他人に譲ったのか。昨日撮った集合写真までも。
難しい顔をしているルイズ達に、天子が話しかけてくる。
「何、あんた魔法少女でもあるの?」
「魔理沙も言ってたけど、何か特別なの?それ。魔法を使う少女は魔法少女でしょ」
「違うって聞いたことあるけどねー」
「どうでもいいわ。もう。何かある訳じゃないし。さ、パチュリー。練習に……どうしたの?」
新聞を見つめながら、パチュリーは何か考え込んでいる。
「魔法少女……。悪くないわね」
こっちもかと、ちょっと呆れ気味のルイズ。
パチュリーは振り返ると、ビシッと指差した。ルイズを。
「ルイズ。あなたは魔法少女よ」
「は?いったいどうしたのよ」
「魔法少女ってね。本当は存在しないと思われてるのよ」
「だいたい魔法少女って何?」
「そうね。魔法を使う御伽噺の英雄と言った所かしら。あなたの今みたいな格好をして、人助けをしたり、悪人と戦ったりするの」
なーんだとルイズはちょっとがっかり。要は、ただの英雄譚の主人公が、魔法使いの少女になっただけの話ではないかと。実際の魔法使いと違うのは、英雄っぽく派手な立ち回りや格好をするくらいだろうか。
拍子抜けしたように、ルイズは尋ねてきた。
「それで、そんな御伽噺の英雄をどうするの?」
「ミスリードするのよ」
「ミスリード?あ、そっか」
ルイズは納得がいく。異世界人という真実を、魔法少女で隠してしまおうという訳だ。魔法少女はただの架空の存在。なら、中身はいくらでもでっち上げられる。ルイズへの疑問もどうとでも言い訳できる。
彼女は、ニヤリとした笑みを浮かべ、親指を立てる。ビシッと。魔理沙みたいに。
「それで行きましょう!」
やがて、魔理沙やアリス達がやってくると、魔法の練習そっちのけで、魔法少女の設定を考え出した。何故か天子まで混ざって。なんかハマッてしまったのか、この日は結局、練習できなかった。
それから数日。門番の美鈴の前に久しぶりの顔があった。
「ご無沙汰してます。美鈴さん」
「あれ?守矢神社の早苗さん……」
宴会以外では中々顔を合わせない人物。守矢神社の風祝、東風谷早苗。緑のロングに、蛙と蛇をあしらった髪留め。青を基調とした霊夢のような服装をしていた。黙っていると清楚な少女にも見える。
ともかく、妖怪の山の神社、守矢神社の関係者。もしかしたら、ルイズが乗り込んでいくかもしれない相手だ。それが何故ここに?美鈴は対応に困っていた。
「えっと……。何か約束がありました?」
「いいえ」
「では何しに?」
「これです!」
バンという具合に、前に突き出されたもの。『花果子念報』だった。もうそれだけで美鈴は何しに来たか、分かってしまった。何か急に疲れてくる。この所、烏天狗達の猛攻を跳ね返すのに、一杯々なのもあって。今日はフランドールが途中参加したせいで、あっさり撃退できたのだが。
「えっと、魔法少女さんは、今、多忙で面会できません」
美鈴は烏天狗達にも言ったのと同じ事を返す。だがこの程度で引き下がる、守矢神社の風祝ではなかった。
「私は幻想郷一の魔法少女通ですよ。ぜひ会わせてください!」
「…………」
一体何を言っているんだ、この風祝は?という具合にさらに表情を疲れさせる。
その時、上から声がかかった。魔理沙だった。
「おう!早苗」
「あら、魔理沙さん。また本の無心ですか?」
「人聞きの悪い事いうな。それに今は紅魔館入るのに許可貰ってるんだぜ」
「え?本当ですか?」
美鈴は頷く。早苗はいったい何があったという顔をしているが、そんな事はお構いなしに魔理沙が話を進めた。
「丁度良かった。お前に会わせたいヤツがいるんだよ」
「これからですか?でも、今は紅魔館にちょっと用が」
「相手はその紅魔館の中いるぜ」
早苗は口元に手をやり考える。よりによって紅魔館の中に、会わせたい人物がいる。もう答えは一つしかなかった。
「魔法少女ですか!」
「ああ。話がしたいそうだ」
「それは願ってもない事です!すぐに会いに行きましょう!」
「それじゃ、裏の広場で待っててくれ」
「はい!」
早苗は美鈴に嬉しそうに挨拶し、門を潜る。潜った途端、ズドンという具合に裏の広場へ向かって飛んでった。
「慌しい娘ですね……」
ただでさえ疲れているのに、気まで疲れてしまう美鈴だった。
「あー!魔法少女!」
思わず声をかけられ、振り返ったルイズの目に映ったのは、緑ロングの少女だった。なんか目をキラキラさせている。
またどっかの妖怪が、入り込んだらしいとルイズは少し構える。この所会った相手はろくでもないのばかりなので。緑ロングはすかさず近づくと、珍獣でも見ているような目を向けてくる。ちょっと嫌。
「な、何よ?あんた」
「あ。これは失礼しました。私、東風谷早苗と申します。はじめまして、魔法少女さん」
早苗は礼儀正しく挨拶。ぺこりと頭を下げる。だがルイズの印象に残ったのは、そんな丁寧な物腰よりも、その名前だった。
「東風谷早苗?もしかして、守矢神社の?」
「あら、ご存知でしたんですか。はい、私、守矢神社の風祝をやってます」
ルイズはすぐに納得した。魔理沙が連れてきてくれたのだと。彼女にはいろいろ聞きたい事がある。特に山の神について。さっそく話を進めようとしたら、先に相手が口を開いた。
「お名前、伺ってよろしいでしょうか?」
「ん?いいわよ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」
「貴族みたいな名前ですね」
「みたいじゃなくて貴族よ」
だがそこまで答えて、ルイズは疑問に思った。名前だけで貴族だと分かったのは初めてじゃないかと。何か違和感がある。
「えっと……外来人ですか?」
「そうよ」
「ヨーロッパの方のようですが……。イギリス、いえイングランドとか?魔法使いの本場ですからね」
「え?」
ヨーロッパ?イギリス?イングランド?何の事だか分からない。しかも魔法使いの本場が、どこだか知っているらしい。今までの幻想郷と連中と、この東風谷早苗は何かが違う。
風祝は相変わらず、目をキラキラしながら話している。
「それにしてもヨーロッパの魔法少女とは意外でした。いえ、本場は向こうですから、魔法少女がいても不思議はないのかもしれませんね。それでルイズさんは向こうで何をされていたんです?」
さっそく来た。とルイズは思った。練りに練った魔法少女の設定を、披露する時。派手になったピンクコスを、これでもかと強調しつつ話だす。
「そうね。私はある日、図書館で言葉を話す小さな動物を見つけたの。それは悪の魔法王国から国を追われた、王子達だったわ」
「へー……それで?」
「彼らの王国復活を復活させるためには、私の世界にある、リリカルストーンを集めないといけなかったの。私はその手伝いをするために、彼らの力で魔法少女になる事にしたわ」
「はぁ」
「ただ魔法少女になったばかりだったから、見習いとしていろんな試験を受ける事になったの。だけどその途中で、幻想郷に入ってしまったのよ。だからまだ大きな魔法ができないけど、魔法少女には違いないわ」
「…………」
ルイズは、ちらっと早苗の方を見る。さっきまでのキラキラした期待の光は、瞳から失われていた。代わりにあったのは疑惑の光。とっても気まずい空気を、ルイズは察する。何かおかしな事でも言っただろうかと。でもがんばる。魔法少女ここにありという態度で。
早苗は一つ呼吸を入れると、背筋を伸ばす。そして、右手に持っている杖のようなもの、独特の祓串を振るい、ビシッとルイズを指した。
「あなた、魔法少女の偽者ですね!」
早苗は断言。
ルイズは、半日かけて考えた設定が、あさっり見破られた事に驚愕。ふと思い出した。この東風谷早苗は『現人神』。ここにいるのは、ハーフとは言えやはり神なのかと。神の力によって、見抜いたのかと。神の御業とはこれの事かと。
真相はまるで違うのだが。