茫然としているタバサ達。しかしそれは、ハルケギニアに来たばかりの魔理沙達も同じだった。ここには誰もいないハズだったのだから。
ハルケギニアへの転送が可能になった後、念のためとアリスの人形で魔法を試した。そして微調整を数回繰り返し完成させた。昨日は最後の確認と、ルイズの部屋の写真を撮って来たのだった。ストロボ焚いて。キュルケの見た強い光とはこれだった。
転送した時、人の気配を感じる事は一度もなかった。さらに念入りに、絶対人が起きてない時間を選んだ。ハズだった。だが、ここにいる。どう見ても寝間着ではない、待ち伏せしたとしか思えない恰好で。
全員が茫然としている中、いち早く我に返ったのはパチュリーだった。手元の本を広げると、ぶつぶつとつぶやく。瞬時に結界を構築。
次に気が付いたのはタバサ。杖を向けようとしたが、風のようなものが自分たちを抜けていったのを感じた。すると紫寝間着の少女が、本を閉じ、力を抜く。何かをやられたと悟った。おそらく抵抗できないようにする魔法を。
一方の幻想郷の面々。一斉にアリスの方を向く。まずは魔理沙。
「どういう事だよ。アリス。人がいるじゃねぇか」
「そんなハズないわよ。確かにいなかったんだから」
「それじゃぁ何だよ?運が悪かったって?どう見ても、待ち構えていたように見えるぜ」
「…………。悪かったわ」
肩を落とすアリス。すると今度は天子が口を開いた。
「で、どうするのよ。見つかっちゃったけど。眠ってもらってあれは夢だったぁってする?まあ、私はどうでもいいけど」
「鈴仙さんがいれば楽だったでしょうね。幻覚見せて終わりですから。私としては、むしろ取材に繋げたいですけど」
烏天狗も勝手な事を言う。するとこあが口を挟む。
「似たような事できますよ。私」
「え?そうだったの?」
あまり取材対象にしてないため、文はこあの意外な一面に驚く。
ところで一人だけ、この流れについていけない人物がいた。その自慢の能力も、発揮されずじまい。
「ど、どう言う事ですか!?総領娘様!」
竜宮の使い、天空の妖怪、永江衣玖。例によって『緋想の剣』を勝手に持ち出した天子を、追いかけてきた。そして転送直前に追いつき、巻き込まれてしまったという訳だ。
「もう帰れないわよ。衣玖」
「どういう意味ですか?」
「ここは異世界って事よ」
「え?」
さっそくその空気を察する能力で、辺りを探る。すぐに違う世界と分かった。
「なんと言う……。しかし、総領娘様はどうされるのです。総領様はお怒りでしたよ」
「帰ってから怒られるわ。それにこれ持ってれば、あのスキマ妖怪にも締め出し喰らわないしね」
と言って、鞘に入った緋想の剣を高く上げる。天子がこれを持ってきたのは、ハルケギニアと幻想郷の繋がりを八雲紫に遮断されないためでもあった。さすがに天人の秘宝が異世界にあるままでは、天人達が黙っていないだろうと。
「あなたという人は全く……」
無茶というか、通常運転というか、そんな天子にただただ疲れる衣玖だった。
勝手に騒いでいる奇妙な面々を間近にして、キュルケは我に返る。すかさず行動に移った。ルイズを抱えドアの方へ走り出した。訳が分からないが、少なくとも相手に翼人がいるのは確か。つまり人間の敵であると。
「タバサ!モンモランシー!」
援護を要請、二人は杖を構える。そして少しの不穏な動きを見逃さないという顔つきで、キュルケ達の盾になる。キュルケの方は、出口から逃げ出す。
だが、止まる。
見えない壁があるように先に進めない。キュルケは慌てた声を上げる。
「な、何?何なの?」
その見えない壁を手で探る。確かにそれはあった。風の魔法『エア・シールド』かと思ったが、歪みもない平面を作りだすなんてスクウェアクラスかという考えすら走る。すると彼女の後ろから声がかかる。紫寝間着の少女からだ。
「無理よ。出れないわ。部屋には結界を築いたから」
結界。三人には聞き覚えのない言葉だった。キュルケは振り返ると尋ねる。
「け、結界って何よ……」
すると横にいたカチューシャをした金髪少女が言葉を挟む。
「あら、言葉が通じてるわ」
まるで関係ない答えを返す。
「うまくいったみたいね。翻訳魔法」
「もう少し語彙を増やしたいわね」
また自分たちで会話を始めた。なんだか無視されているみたいで、キュルケは気分が悪い。ちょっと語気を強める。
「いったい、何なのよ!あなた達は!」
今度は大きな黒い帽子をかぶった、おとぎ話のメイジらしき少女が出てくる。大仰にでんと箒を立てて。
「おう!お前たちを征服に来た宇宙人だぜ!」
「う、宇宙……は?」
「そう!宇宙人。円盤に乗って宇宙からやって来たわ!」
ついでにカラフルエプロンの少女も腕を組んで、ずいっと出てくる。
キュルケ達は益々混乱。いつのまにか向けていた杖が垂れ下がっていた。言葉のないキュルケ達。再び紫寝間着が語り掛けてくる。
「緊張はほぐれたようね。さて、ルイズ。誤解を解いてくれない?」
気づくとルイズはキュルケの腕を叩いていた。チョークスリーパー状態だったので。慌てて彼女は腕を話す。
「はぁはぁ……。死ぬかと思ったわ」
「ご、ごめんなさい。ルイズ」
「帰って来たばかりなのに、窒息死したらアホじゃないの!」
「だから、謝ってるでしょ」
「だいたい、あんたは……」
「ルイズ」
ちょっと高ぶったルイズだったが、紫寝間着の声で止まる。ちらっと、振り返ると彼女はわずかに頷いた。息を整えるルイズ。そして再びキュルケ達の方を向いた。
「えっと……。とにかく彼女達は敵じゃないわ」
「それだけじゃ、納得いかないわよ。だって翼人がいるのよ」
「そうよね。何を話していいのやら……」
頭を捻るルイズ。話すにしても、どこまで話していいものか。適当にぼかすような器用な事もできそうになかった。また今の状態をごまかすなんてまず無理。で、開き直る。
「私、異世界に行ってたのよ。で、彼女達はその時世話になった人たち。とおまけ」
「それを信じろって言うの?」
「そう」
「あなたね。嘘をつくにしても、もう少しマシなの……何?」
ちょっとムッとして文句を言うキュルケのマントを、タバサが引っ張っていた。
「全部話を聞いた方がいい」
「はぁ……わかったわ」
そう答えると部屋に戻る。そして扉を閉めた。
「で?」
「私は召喚の儀式で、逆に彼女達に召喚されちゃったのよ。召喚先の世界の名は幻想郷。月が一つしかない世界よ」
「……で?」
半ば呆れ気味にキュルケ達はルイズの話を聞く。ルイズは簡単にいきさつを話すが、一通り話しても、まるで納得する様子がない。まあ、ルイズ自身も立場が反対なら、同じ反応だっただろうとは思ったが。
「信じてないのね」
「無理に決まってるでしょ」
「う~ん……困ったわね。仕様がないわ。天子、要石出してくれない?3尺くらいの」
天子は意味が分からないという具合に、ちょっと首を傾げるが、小さくうなずく。そして指を軽く宙に泳がした。すると突如、その上に注連縄を巻いた巨大な岩が現れた。
キュルケ達は思わず声を漏らす。
「な……!」
空気を錬金して岩を生成した?そんな魔法聞いた事がない。しかも杖を持ってないのに実行した。一瞬、先住魔法かと思ったが、それ以前に詠唱すらしてない。思いつくものが何も該当しなかった。
思考がまとまらないキュルケ達にルイズが話かける。
「これで信じる?」
三人は黙り込んでいたが、やがて戸惑いながらも首を縦に振った。ルイズは話を続ける。
「それで、この事は黙ってて欲しいのよ」
「……いいわよ。言っても誰も信じないでしょうしね。その代わりと言ってはなんだけど、後で詳しい話を聞かせて」
「分かったわ」
ルイズはちょっと一安心。最初の難関をやっと突破できて。力を抜くと、今度はルイズの尋ねる番となった。
「こっちの様子はどう?変わりない?」
その言葉を聞いて、三人は難しい顔つき。お互いの顔を見やる。そして代表とばかりにキュルケが口を開いた。
「落ち着いてよ。あなたがいなかった二ヶ月の間。こっちはろくでもない事しか起こってないわ」
「え……。いったい何があったのよ」
「最初にだけど、土くれのフーケって知ってる?」
「聞いた事あるわね。貴族専門の泥棒だったかしら。まさか……入られたの?」
「そうよ。宝物庫が襲われたわ」
「あそこ、ものすごく強い固定化の魔法かかってなかった?」
「かかってたわ。でも、やられたわ」
「なんでよ?」
「いきさつはね……」
それからキュルケはフーケに盗まれた経緯を説明する。
ある日、巨大なゴーレムが現れ、宝物庫を襲った。教師や一部の生徒達は慌てて応戦。だがその最中に、壁に穴が開いていたのに気付く。やられたと思い、宝物庫をミセス・シュヴルーズとミス・ロングビルが確認に行った。その後、ゴーレムをなんとか撃退したが、ミセス・シュヴルーズとミス・ロングビルは宝物庫で気絶しており、宝物『破壊の杖』が盗まれていた。後で分かった事なのだが、穴が開いたと思っていたのは、実は穴の絵を描いた布だった。まんまと偽装に引っ掛かった。その後、ミス・ロングビルがフーケの隠れ家を見つけだす。そしてミス・ロングビルと責任を感じたミセス・シュヴルーズがフーケ捕縛に向かうが、あっさり逃げ出す有様。結局、学院の手で『破壊の杖』を取り戻す事はできず、王宮に報告する事に。だが、あまりに遅い追捕の手からフーケは逃げおおせてしまった。やがてミス・ロングビルは責任を取って辞職。ミセス・シュヴルーズも辞職しようとするが、優秀な教師の代わりはそうはいないので、周りがなんとか引き止めた。
ルイズは話を聞いていて、教師の不甲斐なさに呆れていた。ギトーのように偉そうにしているのもいるのに、イザとなったらこのザマかと。
「ちょっと幻滅しちゃうわね。ウチの先生にも」
「そうね。で、次だけど、アルビオンのレコン・キスタって知ってる?」
「えっと……アルビオン王家に謀反を起こした不届きものでしょ」
「ええ。その不届きものはアルビオン王家を滅ぼしてしまったわ」
「えっ!?それで王家の方々は?」
「討ち死にしたって聞いたわ」
「そんな……」
アルビオン王家はトリステイン王家の縁者でもある。しかも王子のウェールズはアンリエッタ王女の従妹なのだ。ルイズは幼馴染でもあるアンリエッタの心中を察する。ただ彼女は、アンリエッタの相思相愛の相手がウェールズである事なぞ、知りもしなかったが。
キュルケは話を続ける。
「それでそのレコン・キスタだけど、神聖アルビオン共和国と名乗ったわ」
「始祖ブリミルに連なる王家を滅ぼしておいて、神聖とはふざけた名前ね」
「その神聖アルビオン共和国とトリステインは、今、戦争中よ」
「ぶっ!え!?ど、どうしてよ!」
「連中、ハルケギニア統一が目標なんですって。その最初の標的にされたのがトリステインって訳」
「な……」
ルイズは言葉が続かない。予想外の事ばかり起こっていて。キュルケはさらに話を続ける。
「それでトリステインは今劣勢。奇襲を受けて、艦隊はほぼ壊滅。しかもラ・ロシェールの港まで奪われたわ。さらに港とタルブの平原を拠点に、アルビオン軍は続々増強中」
「…………」
「だけど本来なら、そんな状態でも五分五分に持ち込めた可能性はあったわ。トリステインはゲルマニアと同盟を結ぶ話になってたから。うちの皇帝とあなたの所の王女の結婚でね」
「結婚!?」
「そ。でもアンリエッタ王女のウェールズ殿下への恋文が公表されてね。ご破算。同盟は白紙。トリステイン軍はたった一国で、アルビオンを相手にしないといけなくなったわ。ここままだと次の会戦で、滅亡が決定的になるかもしれないわね」
「そ、そんな……」
「トリステイン軍はタルブ領の隣、なんて言ったかしら……。そこの城を拠点に集結してるわよ。アンリエッタ王女が先頭に立ってるようだけど、思うようにはいってないみたいね」
「姫様が……」
頭が止まりだすルイズ。幻想郷ではいろいろ大変だったが、充実した日々を過ごしていた。そして使い魔も手に入れ、これから立派な貴族になるため邁進しようとしていたら、いきなり祖国が消えてなくなるかもしれない、なんて状況になっていたのだから。向うで読んだ浦島太郎という童話があったが、太郎の気持ちはこんなものだろうかと考えてしまう。
だがまだ最後の衝撃が待っていた。
「もう一つ話があるのよ。あなたにとっては、こっちの方が辛いかもしれないわね」
「な、何よ……」
「又聞きなんだけど、あなたのお姉さん。倒れたそうよ」
「え!?なんで……」
「やっぱり、あなたが突然いなくなったからじゃないの?」
「……!」
誰が倒れたかすぐに分かった。二番目の姉、カトレアだろう。一番家族の仲で慕っていた姉だ。生来体が弱く。結婚も無理と言われていた。それでも領地をもらい、穏やかに暮らしていけると思っていた。それが自分のせいでこんな事に。ルイズは力が抜けるように、へたり込んだ。
その時、記者の直感がピンと来たのか文がキュルケに尋ねてくる。
「なかなか、お詳しいですね。まるで見てきたようです。戦争の最中で学生の身分だというのに、方々を飛び回ったんでしょうか?」
いきなり黒い翼の翼人に笑顔で話しかけられ、身構えるキュルケ。
「な、何よ?」
「あ、警戒されなくてもよろしいですよ。私、新聞記者の射命丸文と申します。以後お見知りおきを」
翼人から新聞という言葉が出てきて、二つがうまくくっ付かない。少し混乱する。しかし文はそんな事おかまいなしに、再度質問。
「それで先ほどの質問ですが、どうしてでしょうか?」
「え……。その……。この子、タバサが見たいって言うから付き合ったのよ。あちこち。そこでいろいろ聞いたの」
「ほぉ……、さっきから妙に落ち着いてるその方に……」
「最初は、一人で行こうとしてたのを捕まえて、止めようとしたのよ。だけど、どうしてもって言うから。でもさすがに戦場に一人じゃ、危ないと思って……」
その言葉を耳にして、ルイズはムッとする。人の国が危機に瀕しているというのに、物見遊山に戦場見物。そんな気軽な考えは、留学生という立場だからかと。タバサとはほとんど口を聞いたことがなく、どんな人間か知りもしなかったがこんな性格だったとは。カトレアの事もあって、思わず激高する。
「あんた何?人の国が苦しんでるの、そんなに見たいの!?」
しかしタバサは答えない。さすがのキュルケも、一度に多くの不幸を知ったルイズに対して、戦場見物をしていたというような話は悪いと感じてしまう。
「ちょ、ちょっと待ってルイズ。何かその……考えがあったのよ」
「どんな考えだって言うのよ!」
「それはその……」
答えに窮するキュルケ。それでもタバサは口を開かない。キュルケの言う通り、実はこれには理由があった。何も戦場見物がしたくてした訳ではない。いや、せざるを得なかった。任として。
その時、ルイズの後ろから声がした。紫寝間着の魔法使い、パチュリーだった。
「タバサ……とか言ったかしら」
「…………」
「あなた間諜ね」
ルイズ、キュルケ、そしてモンモランシーが一斉に、パチュリーを注視し、そしてタバサの方へ振り返る。しかし、タバサは無言。
一方のパチュリーは天子達の方へ顔を向けた。
「天子、衣玖、どうかしら?」
「ん?そうね。間諜ね。その子」
「間諜ですね」
聞かれた二人はあっさり答える。その言葉には全く揺らぎがなく、確信に満ちたものだった。ちなみに衣玖の言葉はキュルケ達には通じてない。幻想郷組の中で唯一、翻訳魔法がかかってないので。
見事に真相を当てられ動揺するタバサ。しかし見た目には何も変わってなかった。だから言いがかりをつけられたとばかりに、キュルケが今度は激高。
「何、適当な事言ってんのよ!なんの証拠があるって言うの!」
「文のおかげなんだけど、彼女、学生にしてはやけに落ち着いてるわね。こんな状況で。火事場慣れしてるみたいに。それで、試してみたのよ。そうしたら見事に引っかかったわ」
「引っ掛かった!?だからそんな証拠なんてないでしょ!」
「見てれば分かるわ。彼女、ちょっとやそっとじゃ感情を露わにしないようだし。もし私達が言ってる事がデタラメなら、顔色一つ変えないでしょう。でもそうじゃなかったら?」
「そんな事はありえないわ!」
「それほど彼女を信じてるなら、逆に見届けた方がいいんじゃないの?真相がどこにあるのかを」
「う……」
キュルケはパチュリーに丸め込まれ、黙り込んでしまう。そして魔女は再びタバサに尋ねる。
「じゃあ聞くわね。主の国はアルビオン?」
「違うわね」
「違います」
天子と衣玖はまた答える。
「ガリア?」
「それね」
「そうですね」
またも真相を当てられるタバサ。だがガリア出身はみんな知っている事。取り立ててどうというものでもない。タバサは相変わらず。
だがパチュリー、気にも留めず続ける。
「ガリアはトリステインと戦うつもり?」
「違うわね」
「違いますね」
「それじゃ、支援するつもり?」
「それも、違うわね」
「違いますね」
「それじゃぁ、分からないの?」
「それね」
「そうです」
「国家の意図を伝えられてない。ただ、使われてるだけなのね」
タバサのあり様を当てられて、顔色が初めて変わった。キュルケも少し不安になる。
「さてそろそろ最後よ。あなたはガリアに忠誠を誓ってる?」
「違うわね」
「違いますね」
忠誠。あの日がなければ持っていたかもしれないもの。だが今はない。そんなもの、思い浮かびすらしない。逆に持っているものは憎悪。なぜなら現ガリア王は仇敵なのだから。
タバサが握っている杖が小刻みに揺れている。その意味する所は、誰からも分かっていた。
魔女の質問は続いた。
「それじゃ雇われたのかしら?」
「これも違うわね」
「違います」
「忠誠を誓ってなくって、雇われてもない……。仕方なしにやってるって事ね。弱みでも握られてるのかしら?」
「うん、それそれ」
最後に天子が真相を明らかにする。
タバサの肩が震えだす。弱みを握られている。その言葉から彼女の脳裏に浮かぶのは、父の死と狂った母だった。屈辱に耐えながら、今までやってきたのもそのため。
もういつものタバサではなかった。あの人形のように変わらない表情が、今にも泣きそうなものになっていた。さすがに見ているのが辛くなったのか、キュルケが彼女を抱きしめる。
「もういいでしょ。許してあげて」
「ええ。いいわ。とりあえずは」
魔女の質問はようやく終わる。キュルケは小さく震えるタバサを抱きかかえながら、ここにいる異様な集団に畏怖を抱いていた。禁忌とは言え、心を操る魔法があるのは知っている。しかし心を覗く魔法なんて聞いたことがない。さっき大きな岩が出てきた時は半信半疑だったが、今なら信じられる。この目の前にいる連中は、異界の住人だとだと。
ところで、なぜ天子達に心を読むような事ができるのか。別にさとり妖怪の能力に突然目覚めた訳ではない。天子は緋想の剣と契約後何故か調子のいい体のおかげで、周囲の気がどのようなものか察する事ができるようになった。一方、衣玖は元々、周囲の空気を察する能力に長けた妖怪。大気の微妙な揺らぎが分かる。二人はタバサの周囲の気や大気の乱れから、彼女の心の揺れが手に取るように分かる。高性能な嘘発見器のように。YES、NOで答えられる質問なら、その真偽を確かめるのは造作もなかった。
パチュリーは一つ呼吸を入れると、ハルケギニアの友人の方を向いた。
「ルイズ。私としてはあなたを連れて、一旦幻想郷に引き返し、ほとぼりが冷めるのを待ちたいんだけど。あなたがそんな事受け入れるハズないわよね」
「ええ。私は祖国を守りたいわ」
「さてと、どうしようかしら」
今度は後ろを振り向く紫少女。するとアリスが答える。
「簡単よ。私達は魔法の研究に来たんだから、ハルケギニアが平和に越した事はないわ」
「戦争に参加すると?」
「何もアルビオンを倒さなくってもいいでしょ?ごめんなさい、もうしませんって言いだす展開でもいいんだから」
そのアリスの言葉を魔理沙が茶化す。
「そうなったら楽だなー。それがいいぜ」
「むしろ難しいように思えるけど」
パチュリーはちょっと溜息混じり。アリスは簡潔な方針を一つ。
「まあ、基本は勝てそうなら戦う。負けそうなら騙す、全部無理そうなら逃げるで、いいんじゃないの?」
「それもそうね」
そして三人の魔法使いとこあはルイズの方を見た。
「という訳で、私達はあなたに協力するわ。もちろん状況にもよるけどね」
「……。ありがとう」
感極まるルイズ。
だが、無粋な声が挟まれる。
「ああ、私パスね」
手を上げているのは天子だった。ルイズ、唖然。真っ先に手伝うべき使い魔が、真っ先に一抜け。
「あんた、私の使い魔でしょ!」
「使い魔、言うな!」
「とにかく、パートナーになったんだから、私を手伝うのが当然でしょ!」
「でも戦争するんでしょ?」
「何?臆病風にでも吹かれたの?」
「どう取ってもいいけど、マズイのよね。さすがに殺生は。これでも天人の端くれだし」
「どういう意味?」
それに側にいた衣玖が解説。
「生き物の命をむやみに奪ってはならないという意味です。戒律だと考えてください」
「戒律?だったら、あんた食べ物どうやって……」
そこまで言いかけて言葉を止めた。こいつ人間じゃなかったと。ちなみに衣玖も天子と行動を共にすると言う。見張ってないといけないので。つまり二抜け。
すると今度は烏天狗。
「私もパスで」
三抜け。
確かに文は、このメンバーで衣玖の次に関係ない。しかしそもそも付いて来たのは、姫海棠はたてに大スクープを横取りされたのを挽回するため、異世界への現地取材に挑んだからだ。あの宴会の終盤。ルイズに頼み込み、なんとか同行を許してもらった。にもかかわらずこの態度。恩を返そうとか思わないのかと言いたくなるルイズ。
「なんでよ?」
「新聞記者たる者。目の前でどんな凄惨な事が起ころうとも、手を貸さず目に涙を浮かべながら、ただ記録し続ける。これこそ記者魂というものです」
散々ねつ造記事作っておいて、何を言っているんだとツッコミを入れたくなる一同。
衣玖はともかく、残りの勝手な行動に、ルイズは不満タラタラ。かつてならそれを言葉にして、ただ激高していただろう。だが幻想郷で学んだ事がある。人は情と打算で動く。
ルイズは浮かんだ怒りを抑え、ゆっくり話しだした。
「文。あなた、ハルケギニアを取材するのが目的よね」
「ええ」
「だったら、現地の事情に詳しい案内人がいた方が、いいんじゃないかしら。もし私に協力してくれるんだったら、あなたの取材、手伝ってもいいわよ」
「ふむ……。考えたわね、人間。いいでしょう。ルイズさんに手を貸します。まあ、戦争については、適切な編集で対応しますか」
結局ねつ造するのかと、また一同は心の中でツッコミを入れていた。
次にルイズは天子の方を向く。
「それじゃ、天子。人を殺さない範囲だったら、手伝ってくれる?」
「まあね」
「分かったわ。それでお願い」
すると衣玖も賛同しはじめた。
「でしたら、私も手伝いましょうか。総領娘様から目は離せませんが」
「ありがとう。そういえば、はじめて会うわよね。私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。紅魔館でお世話になってたわ」
「私は、天界で龍神様のメッセンジャーなどをやってます、永江衣玖と申します。竜宮の使いです」
「天子の使用人?」
「というより、天人という種族そのものでしょうか」
「ふ~ん……」
ルイズは、貴族と平民のような関係だろうか、いや、彼女も天界の住人のようなので、大天使と天使の関係と言った方が近いかもかと思う。だが、身分というものをあまり感じなかった幻想郷に、そんな関係があるのはちょっと驚きだった。
ともかくこれで協力体制は整った。まずやるべき事は……と考えていたら、意外な声が耳に入った。
「私も手伝う」
タバサだった。
キュルケが驚いて尋ねた。
「どうしたのよ。タバサ。だってあなた……」
「ガリアとは関係ない」
「タバサ……」
キュルケは言葉に詰まる。
一方、微妙な顔をしているルイズ。タバサがガリアの間諜である事はハッキリした。しかもガリア政府の意図はまるで知らず、ただ命令に従っているだけの存在とも。口では国は関係ないと言っているが、どこまで信用していいのか。それにもしそのつもりがあっても、ガリアから命令で裏切らざる得なくなったら、裏切ってしまうのではと。
その時、天子の声が飛び込んできた。
「その子、かなり本気みたいよ」
「ホント?」
「うん」
ルイズはタバサを真っ直ぐに見る。いつもと同じ無表情に見えるが、その瞳はどこか熱いものを感じた。
タバサは感じていた。運命が変わりそうな予感を。今まで、父のため母のため、その仇を討つため、屈辱に耐えながらも多くの成果を重ねてきた。しかし一向に仇に近づく気配がない。母の救済に近づく気がしない。それでも、いつかはと思って続けてきた。そうとでも考えないと、心が壊れてしまいそうだから。
だが目の前に全く違う道筋を示している存在がある。異界の存在が。タバサはそれに賭けてみる気になった。
ルイズは静かに頷く。
「分かったわ。信じるわ。後、さっきはごめんなさいね。酷い事言って」
「事情を知らなければ、誰でもそう思う」
タバサは首を振って答えた。
そんな二人を見て、キュルケは三つ驚いていた。一つは、あのルイズが素直に謝った事。もう一つは、タバサがここまで感情を露わにした事。そして三つめは、それが自分に対してではなくルイズに対してだったのが、ちょっと悔しい事。いや、タバサがそんな思いを抱いたのは、ルイズだからというよりも、彼女と共にいる異界の連中の力があればこそというのは分かってはいた。キュルケには、それを与える事ができなかったのだから。
すると、ふと手に何かが触れた。強く握られていた。キュルケが握った主を見ると、それはタバサだった。彼女が真っ直ぐキュルケを見ていた。彼女はタバサをもう一度抱きしめる。そして決意した。
「ルイズ。あたしも手伝うわ」
「ど、どうしたのよ。ツェルプストー」
思わずキュルケの家名を口にするルイズ。宿敵が手伝うと言いだして、ちょっと驚く。しかしキュルケは揺るがない。
「タバサが手伝うって言ったからよ。彼女とあたしは一心同体なの。あなたのためじゃないって事は、理解しておいてよね」
「あ、あんた……。はぁ……まあ、人手が多いのは助かるわ。一応、ありがとうって言っておくわよ」
「…………気持ち悪いわね。あなた。そんな簡単に、ありがとうなんて言えなかったでしょ。何?異世界に行ってたせい?」
「そうかもね」
自然と出てくるその言葉に、キュルケは益々、不気味なものを感じてしまう。ただそんなルイズは、前より気に入っているかもと、思い始めていた。
ところで、完全に蚊帳の外に置かれているのが一名。モンモランシー。さっきから黙りこくっていた。ちょっと弱みを見せまいと幽霊騒動を手伝うハメになったと思ったら、こんなに話が大きくなっていた。しかも異世界ってなんなのか。関わりたくない。すぐにでも逃げ出したい気分だ。
そんな気配を消しまくっているモンモランシーに、キュルケが話かけてくる。
「あ、モンモランシー。あなたは付き合う事ないから」
「そ、そう?」
「その代りと言ってはなんだけど、いくつか頼まれてくれない?」
「何かしら」
異界の連中と関わりを持たなくて済むと分かると、ホッとする。何を聞いてもかまわないというほどに。
キュルケは頼み事を口にする。
「ルイズ達の事は言わないのは当然として、あたしとタバサの事もうまくごまかしてほしいの」
「ごまかすって、なんで?」
「あたし達、しばらく学院からいなくなるからよ。ルイズに付き合うし」
「あ、そうね。それじゃぁ、理由はどうしようかしら」
「実家に帰ったとか言っておいて。緊急の呼び出しがあったとか言って」
「うん。分かったわ」
キュルケとタバサは留学生。他の留学生がいない今。故郷に帰るのはあり得る話。ただ、先生に挨拶もせず、突然いなくなるのは不自然だが。そこはなんとかごまかすしかない。
やがて全員の準備が終わると、パチュリーの結界が解かれる。ルイズは窓の側に立って、振り返った。
「それじゃ、行きましょうか」
「一度、両親に顔見せた方がいいんじゃないの?お姉さんの事もあるし」
キュルケが、珍しくルイズに気を使う。
「いえ、まず姫様の所に向かうわ。きっと心細いでしょうし。あんたの話を聞いてると、急がないといけないようだしね」
「そう」
「じゃあ、行くわよ!」
ルイズの掛け声と共に、一団は闇夜に一斉に飛び立った。戦地へと向かって。唯一残ったモンモランシーは、その勇姿を目で追う。
だが、ふと気づいた。全然関係ない事を。
「あら?もしかしてここの固定化、解けてんじゃない?」
パチュリーが結界を張ったせいで、ルイズの部屋の固定化は全部解けてしまっていた。それを確認したモンモランシーは、顔を青くする。バレたらどう言い訳しようかと思いながら。
こあはサキュバス説から、多少人の心を惑わす事ができるとしました。まあ低級悪魔なので、たかが知れていますが。