ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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出撃

 

 

 

 

 月夜のタルブの平原は、かがり火で照らされている天幕で埋められていた。アルビオン侵攻軍の本隊。その天幕の群れの中央に二本のポールが立っていた。一本には高々と、神聖アルビオン共和国の旗が翻っていた。もう一本には戦艦へ向けての指令、信号旗を上げるものだ。もっとも月明かり程度しかない夜では役に立たないが。

 二本のポールの中央、その根本にはやや大きめな天幕が張ってある。トリステイン侵攻軍の本部。落城した敵城など、もっと安全な場所に設置すべきものだ。だがラ・ロシェール攻防戦のためほとんどの城や砦が激しく損傷し、いつ崩れるか分からない状態にあった。このため自軍の野営地中心に本部を作った。

 

 まだまだ日の出には遠い深夜。ヘンリ・ボーウッドは本部天幕の入り口をくぐる。彼はアルビオン侵攻軍の旗艦『レキシントン』号の艦長であり、艦隊司令でもある。本来なら艦上にいなければならない彼だが、この地上に降りっぱなしであった。その原因は天幕の中にあった。

 

「おお、ボーウッド。順調かね」

 

 ワイングラスをかざすこの男。トリステイン侵攻軍総司令官、ジョンストンであった。だが総司令という肩書は持っているが、軍事においては全くの素人。まるで当てにならない。この役職も能力ではなく政治的立場から就いていた。そのためボーウッドが実質的な総司令官となっていた。しかも陸軍が増強された現在のアルビオン軍。彼が艦上にいるという訳にはいかなくなっていた。

 

「総司令閣下。グラスを傾けるのは勝利の後がよろしいかと」

「何、これ一杯だけだ。ただの景気づけだ。それで?」

「艦船の物資積み込みに多少の遅れがありますが、順調です。予定通り朝には出航できるでしょう」

「うむ。重畳、重畳」

 

 酒が入っているのもあって、やけに機嫌がいい。そんな彼に呆れるボーウッド。だがこの侵攻作戦が始まってからは、いつもの事だ。むしろこの調子のまま、口出ししてこない方がありがたい。できればジョンストンは深酒でもして寝室でずっと寝ていてもらいたい。そんな事すら頭に浮かぶ。

 

 もっとも、ジョンストンがそんな様子なのも無理はなかった。ここまでのアルビオン軍は何もかもが予定以上。まさに順風満帆そのものなのだから。一方のトリステイン軍の方はというと、まさに泥縄。急ごしらえの軍勢はその力を十分だせず、ラ・ロシェール攻防戦は思った以上に早く決着がついてしまった。戦争の仕方がまるでなってない。そもそも、トリステイン王国は前の戦乱からかなりの年月が経っている平和な国。しかも形式主義のお国柄。対する神聖アルビオン共和国は、ついこの間まで王党派と戦争をし続けてきた集団だ。うさぎと鷹が戦うようなものであった。

 

 やがて彼は他の幕僚達と作戦進捗を確認する。やはり全てが順調であった。なんの問題もない。このままなら全軍が朝に出撃、トリステイン軍の本隊を目指す。午前中には開戦。そして数日の内にアルビオン勝利で大勢が決まり、この侵攻作戦も目途がつくだろう。そんな考えが過っていた。

 

 

 

 

 

 風竜の背に鞍をしっかりと取り付ける。確認作業も怠らない。いつもの事。だが、いよいよ出撃だというのに、その表情はどこかさえなかった。ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。金髪の髭と長い髪がトレードマークのアルビオン軍の客将だ。しかもトリステインからの亡命将校。トリステイン側では死亡したと思われていた彼は、実は生きていた。それ所か寝返っていた。

 今回の戦ではその経歴と土地勘の明るさから、竜騎士隊一隊の隊長を任されている。初戦でも彼の率いた竜騎士隊は活躍した。もっとも勝利を決めたのは戦艦の火力であって、戦功第一とはいかなかったが。

 そんな彼に近づいてくる騎士が一人。竜騎士隊の副官だった。

 

「隊長。準備は完了いたしました」

「そうか。では待機。もうそろそろ出陣だ。気を抜くな」

「はっ!」

 

 威勢のいい返事をすると、副官はこの場を去った。

 

「まさに常勝の兵という風情だな」

 

 その背中を見送りながら、覇気なく零す。

 辺りを見回すと、戦勝祝いのような高揚感。もう勝ったつもりでいる顔ぶれがいくつも見えた。一方自分の気持ちは冷めたまま。だがそれは祖国に攻め込んでいるという、後ろめたさのためではなかった。

 

 ワルドが祖国を去った理由は一つだけ。子供の頃から常に胸にある願いを叶えるため。境遇が悪かったから祖国を出たという訳ではない。むしろ逆だ。トリステインでは大きな影響力を持つヴァリエール公爵と懇意であり、しかもその息女と婚約までしていた。その上、近衛であるグリフォン隊の隊長だった。上手く立ち回れば、ヴァリエール公爵家当主、やがてはトリステイン王国の舵を握る事すら可能だったかもしれない。だが、彼の願望を実現するには、それでは足らなかった。

 そんな時出現したアルビオンのレコン・キスタ。さらに耳に届く奇妙な噂。レコン・キスタには『虚無』がいると。心を引かれ、探りを入れた。しかし、本気でトリステインでの優遇された立場を捨て、その『虚無』の元に向かうにはさすがに躊躇があった。その背を押したのはひょんな偶然だった。婚約者だったルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが、突然、行方不明となってしまったのだ。婚約は事実上解消。これで、ヴァリエール公爵家当主の可能性はなくなった。それは即ち、トリステインの中枢に座るのもかなり難しくなったという事だ。やがて彼は決意する。このアルビオンからの風に乗ると。

 

 向かった先にいた『虚無』はまさにレコン・キスタの指導者、オリヴァー・クロムウェル自身であった。そして彼の目標、エルフからの聖地奪還は、まさに彼の願望に近いものだった。道が見えた。そう確信した。その時は。

 

 だが、今ではそれが揺らぎつつある。聖地奪還が、本当に目標とされているのかと疑問が浮かぶ。その鍵を握っているガリアの動向に、不自然なものを感じていた。

 

 そもそも無名な司教であったオリヴァー・クロムウェルがレコン・キスタの指導者となれたのは、三つの要素からだ。一つ目はなんと言っても虚無である事。虚無でなければ、聖地奪還などというお題目は誰も信じなかったろう。二つ目は無名な司教であったため、どこの勢力とも結びついておらず、権力争いの火種になりにくかった事。そして最後の一つがガリアの存在だった。以前からクロムウェルはガリアとの繋がりを噂されている。クロムウェルの虚無にガリア王が心酔したなどという話すらある。逆に言うならもしその繋がりがないなら、神聖アルビオン帝国は大陸の全ての国を相手にするという、無謀な戦いに勝利しないといけなくなる。クロムウェルという人間は、そんな事も分からない人物には見えなかった。

 

 だが一方で、当のガリアの真意が見えない。

 トリステインとゲルマニアは同盟こそ成立しなかったが、レコンキスタへ相対しようとした。一方、ガリアは何もしていない。クロムウェルとガリアの繋がりを裏付ける動きだ。

 だが、ならば何故ここで動かない。ガリアも少なくともハルケギニアを手に入れたいと思っている。ワルドはそう踏んでいた。だから、トリステイン奇襲の後、ガリアもトリステインに介入してくるものと思っていた。それはアルビオンの過度な勢力拡大を抑えつつ、ハルケギニア統一への足掛かりとなるからだ。仮にクロムウェルの虚無にガリアが心底、傾倒していたのなら、なおさら積極的に行動したはずだ。

 だがガリアは動かなかった。クロムウェルとの繋がりは、所詮噂にすぎないのか。それならばクロムウェルは彼の見立てと違う、能無しと言う事になる。自分の目は曇っていたと。

 いずれにしても今のままでは、聖地奪還、ハルケギニア統一など望めそうになかった。それは何よりも、ワルドの願望達成が遠く離れていってしまう事を意味していた。

 

「身の振り方を考えねばならんかもしれんな……」

 

 ポツリとつぶやく。

 彼は出撃準備を終わらせると、疲れたように空を見上げた。広がる星空と双月。アルビオンでもトリステインでも、これだけは同じだった。その時ふと、空を何か黒いものが走ったような気がした、とんでもない速度で。だが、すぐにそれは意識の外に消えた。やがて気を取り直すと、竜騎士隊隊長としての職務に専念する事にする。

 

 彼が一瞬見た黒いもの。実は今でも高速で飛び回っている。それは、ここにあるあらゆるものに目を向けていた。

 

 

 

 

 

「ただいま戻りました」

 

 黒い翼の新聞記者が戻って来た。

 彼女はアルビオン軍の偵察を頼まれていた。ルイズに協力すると約束した手前、断れなかったので。ハルケギニアの事情をまるで知らない彼女だが、アニエスから簡単な説明を受け、出発。要件を済まして、今、城に帰って来たのだった。

 だが、帰って最初に目に入ったのは、奇妙な光景。天人が体から煙を漂わせながら倒れていて、隣では顔を真っ赤にして文句言いたそうにしている天人の一応の主、ルイズがいた。

 

 窓際で怪訝な顔を浮かべている文を、魔理沙が迎える。

 

「お疲れ。どうだった?」

「首尾は上々です。ですが、これはいったい?」

「トラブル起こした張本人に、罰が当たったんだぜ」

「そういう事ですか」

 

 見た様子から察して、おそらく衣玖が天子に文字通り雷を落としたのだろう。トリステイン軍が大混乱になったのは、確かに天子のせいだ。まあ、罰が相応かともかく、オチだけはついたようだ。

 もっとも、文にとってはどうでもいい騒ぎなので、とりあえず部屋の中に入る。そしてパチュリーが声をかける。

 

「じゃあ、さっそく説明してくれない?」

「そうですね。ちゃっちゃと始めましょう」

 

 文はメモを取り出す。やがてアンリエッタに命じられたアニエスがラ・ロシェール近辺の地図を簡単に紙に書く。そこに文が記録した情報を書き記した。

 

 アニエスはその様子を見ながら、情報の緻密さに驚いていた。トリステイン軍も何度も偵察を試みた。しかし敵の哨戒の竜騎士に阻まれ、なかなか近づけず、いい成果は出ていない。だが、この黒い羽の翼人の伝える情報は、そんな状況など意に介さずと言わんばかりに詳しかった。

 港に泊まっている船のサイズ、タルブの平原に野営している敵軍の様子。天幕の配置。さらに驚くべきなのが、それを調べ上げた時間だ。最速の風竜を基準にしても、現地で偵察した時間はそれほどなかったはず。しかもそれを夜間にこなしていた。一体どういう技を使ったのか見当もつかない。もっとも文の事など、アニエスは全く知らないので、無理もなかったが。どの程度の速度で飛べるのか、何を携帯してきているのかなど分かる訳もない。

 もっとも詳しいとは言っても文の情報は、配置だけに限られた。内容まで不明のまま。例えばそれぞれの天幕の役目など。付け焼刃で身に着けたハルケギニアでの軍の知識では、そこまで分かる訳もなかった。ある意味、見たままを書いたとも言える。

 

 文は、地図に記入していきながら、一言二言口にする。

 

「そう言えば、あの羽の生えたトカゲ……」

「竜らしいわよ。ドラゴンって言った方がいいかしら」

 

 アリスの言葉に、文が目を丸くする。

 

「あんなのが?あんなトカゲが竜とは恐れ多いです」

 

 幻想郷で竜と言えば神格クラスなので。人に使役されるようなものとは天と地の差。

 それはともかく文は話を続ける。

 

「そのドラゴンと馬に、鞍を付けてましたね」

 

 その言葉にアニエスが、思わず前のめりになる。

 

「鞍を!?」

「はい」

「…………」

 

 不安そうに考え込む彼女に、アンリエッタが問いかけた。

 

「どういう事です?」

「出陣準備に入っているという事です。まさか!もしかして……」

 

 再び文に尋ねる。

 

「その……翼人!」

「私は翼人とかいうものでもありませんし、そんな名前でもありません。烏天狗の射命丸文です。そうだ、名刺渡しときますね」

 

 アニエスは訳の分からん文字が書いてある四角い小さな紙をもらった。何の意味があるのかまるで分らない。ちょっと困った顔をするが、今はそれどころではない。

 

「そのシャメイ……えっと……」

「覚えられないなら文でいいですよ。なんですか?」

「艦は、港はどうだった?」

「えっ~と……。あれは桟橋になるんでしょうか?とにかく船に繋がる通路を、荷物を持った人が盛んに行き来してましたよ」

「なんだと……!」

 

 緊張した面持ちで、アニエスはアンリエッタの方を向いた。

 

「陛下。敵はおそらく朝には全軍が出撃してきます。今日にはここを攻め、決戦とする腹積もりでしょう」

「な……!そ、それでは……!」

「何かを仕掛けるなら、朝までにしないといけないという事です」

「……!」

 

 アンリエッタは鎮痛な表情を浮かべる。文が書き記すアルビオン軍は、文字通り大群。しかも増強のためか、ラ・ロシェール攻防戦の時より隙の無い陣容になっている。特に陸軍の増強が顕著だ。まさに征服するための軍隊となっていた。これに対し、朝までに打撃を与えなければならないとは。アンリエッタに背筋が凍るような不安感が走る。

 一方、幻想郷の面々というか魔女三人も難しい顔をしていた。アリスが最初に口を開く。

 

「ネックは船ね」

「そうね」

 

 パチュリーが相槌を打つ。するとルイズが聞いて来た。

 

「他は何とかなるの?」

「船さえなんとかなればね」

「ロイヤルフレアとかで、なんとかならないの?」

「なるかもしれないし、ならないかもしれないわ。問題なのは船の防御力なの」

 

 そう言うと、今度はアニエスに尋ねる。

 

「ねえ、こっちの船は、固定化や硬化の魔法を使っているの?」

「ああ。戦艦は大抵使ってる。もちろん艦や場所により程度の違いあるが」

「やはり、そうなのね」

 

 またパチュリーはルイズへと向く。

 

「つまり私達の攻撃が、どの程度船に通用するか分からないのよ。船にかかってる固定化や硬化の魔法にね。試してる時間もないし」

「……そうなの」

 

 ルイズはつぶやくように返す。

 結局アルビオン軍の船を沈め、制空権支配を取り除かない限りは、最終的な勝利は難しいと誰もが思っていた。しかもアルビオン軍出陣前にしかけるならば、奇襲という事だ。こんな状況下で、不確定要素が含まれた戦術を組む訳にはいかない。

 その点を踏まえ作戦が練られ始めた。もっぱら三魔女とアニエスの間でだが。しかしやはり戦艦がネックとなっていた。足止め程度ならできる。帆を燃やせばいいのだから。だがそれ以上が不確定だった。場合によっては長期戦も覚悟しなければならない。そうなればさらに不確定要素は増えていく。

 

 いろいろと卓上で論議が交わされている時。むっくり起き上がる影が一つ。天子だった。起き上がると首を軽くさする。衣玖から天罰とばかりに、文字通り殺人級の落雷を受けた。だがその割には意外にサッパリした顔。まあ、これ以上騒ぐと衣玖が本気になるのもあって、おとなしくする事にしたのだが。それに、あまり引きずらない性質でもある。天子の数少ない長所の一つだった。

 気分も落ち着いて来たので、辺りを見回す。隣の論議など耳にも入らず。するとふとそれに気づいた。天子は何気なく、目標に近づいていく。そこには辞典が入りそうな綺麗な箱があった。鍵までついている。天子はそれを手に取ると、ひっくり返したりしながら眺めていた。そして振り返ると尋ねた。

 

「ねー、これ何?」

 

 すぐに反応したのはルイズ。箱にある百合の紋章が目に入り、驚き慌てている。王家の何か大事なものだと分って。

 

「バカ!何やってるのよ!元に戻しなさいよ!」

「あぁ?バカ?」

「いいから、置きなさいって!」

「教えてくれたらね」

「あ、あんたってヤツはどこまで……!」

 

 ルイズはこのまるでいう事聞かない使い魔に、そろそろブチ切れそうになっていた。すると後から声が届く。アンリエッタだった。

 

「それは『始祖の祈祷書』です」

 

 その言葉に、ルイズは目を丸くする。

 

「え!?それって……王家の秘宝の……」

「その通りです」

 

 箱をルイズはマジマジと見る。だが疑問が浮かんだ。

 

「そのような大切なものを、何故、戦場に持ってこられたんです?」

「…………」

 

 アンリエッタはうつむいて唇を閉ざす。しかし、やがて開いた。

 

「その……子供じみたとものだったのだけど、わたくしの夢はウェールズさまと結婚する事だったの。そしてその巫女を、あなたルイズに務めてもらいたかったのよ」

「え!?私に」

「ええ……。だけどあなたがいなくなり、ウェールズさままでいなくなって……。形見という訳ではないのだけど、想いのあるこの祈祷書を手元に置いておきたかったの」

「…………」

「実はゲルマニア皇帝との結婚が決まった時に、巫女に手渡さないといけなかったわ。だけど、ずっと理由をつけて手放さなかったわ。渡してしまうと二人が本当に消えてしまうような気がして……」

「姫さま……」

「だけど、ルイズは戻って来てくれたわ。これを離さず置いておいたおかげかしら。もしかして……」

 

 そこで彼女は言葉を区切る。その続きはルイズにも分っていた。だが、それを口にしても余計に悲しいだけ。二人はそんな予感に襲われ、話を終わらせる。

 アンリエッタは始祖の祈祷書の箱を持ち出すと、天子に尋ねた。

 

「それで、これがどうかされたんでしょうか?」

「探してたのよ。これ」

「え?ご存じだったんですか?始祖の祈祷書を」

「知らないわよ」

「は?」

 

 彼女は唖然として、カラフルエプロンの少女を見る。何を言っているのか分らない。どうリアクションしていいか困る。

 すると、探していたという言葉に反応するのが三人。魔女達。作戦会議をほっぽって天子の元に寄って来る。魔理沙がさっそく尋ねた。

 

「もしかして、ルイズの気がどうとか言ってたヤツか?」

「うん。それそれ」

「……!」

 

 魔理沙達はお互いの顔を見る。アリスが口を開いた。

 

「封印の鍵かしら」

「でしょうね」

 

 パチュリーは振り返ると、持ち主と思われるアンリエッタの方を向く。しかしアニエスの厳しい顔が目に入った。

 

「何があったか知らんが、今はそれどころではない。アルビオン軍をなんとしても防がねばならんのだ!」

「…………。分かったわ。こっちも手を貸すって言ったものね。楽しみは後に取っておきましょう」

 

 三人は論議に戻ろうとする。

 だが、天子が箱の鍵を力技でこじ開けて、始祖の祈祷書を取り出していた。思わず、ルイズが叫ぶ。

 

「あーっ!何て事してんのよ!」

 

 駆け寄るルイズ。しかし、目の前に差し出されたのは、その始祖の祈祷書だった。天子が何気なしに言う。

 

「ちょっと持ってみて」

「はぁ!?何、言って……」

「いいから」

 

 やけにこだわるので、渋々持つ。まあ、王家の秘宝を天子にいつまでも持たせているのも心配なのもあって。まるで守るように、しっかりと抱きしめた。そんな彼女を見て、天子は首を傾げる。

 

「う~ん……。何も起こんないか。中、読んでみてよ」

「……。何も書いてないわよ」

「そうかぁ。なんか関係あると思ったんだけどなぁ」

 

 アンリエッタが言葉を添えた。

 

「始祖の祈祷書には何も記されておりません。全てのページは白紙です」

 

 しかし天子にはそんな言葉は耳に入ってない。それより、彼女に感心があったのは、アンリエッタの指先だった。そこには指輪が光っていた。

 

「あ!それそれ!ちょっと、その指輪貸して」

「え!?その……これは……」

「くれって言ってんじゃないわよ。貸してって言ってんの」

 

 ズカズカと近寄って来る天子。その前にアニエスが立ちはだかる。

 

「貴様!無礼だぞ!少しは礼儀をわきまえろ!」

「ん?礼節の話?四書五経なら全部頭に入ってるけど、守る気ないのよねー。面倒だし」

「な、何を言っている!?」

「いいから。面白そうな事になりそうだから貸してってば」

「き、貴様……!」

 

 まるでアニエスの態度など無視している天子。アンリエッタは当惑するしかない。仕様がないとばかりにパチュリーが間に入って来る。

 

「悪いけど、その指輪貸してくれない?このままだと、作戦が決まらないわ」

 

 うんざりしたような顔で、アンリエッタの方を見る。彼女も折れたかのように同意。

 もっともパチュリー自身は、実は天子がやろうとしている事に関心があった。なんと言ってもルイズの封印の鍵かもしれないのだから。天子自身は理解してないようだが、おそらく彼女は封印を解こうとしている。そして、それもハルケギニアに来た目的の一つであった。つまり、女王を丸め込んだ訳だ。

 アンリエッタは指輪を外す。

 

「お貸しするのはかまいませんが、扱いには気を付けてください。これも王家に伝わる『水のルビー』ですので」

「陛下!そんな大事なものを……!そ、そうだわ、私がお預かりして、見せるだけで……」

 

 ルイズが言いかけた所で、天子が口を挟んでくる。

 

「それなら、そのまま指に嵌めちゃってよ」

「え!?」

「それ嵌めて、本持ってもらいたかったの。後他には……ないわね。うん。たぶん、その二つだけ」

 

 アンリエッタとルイズは首を訝しげに傾げる。このカラフルエプロンが何を言っているのかイマイチ理解できなくて。ルイズがアンリエッタの方を見ると、彼女は仕方なさそうに小さくうなずき、指輪を渡した。そしてカラフルエプロンの小さな主は訳も分からず嵌め、祈祷書を開いた。

 すると。

 

「え!?」

 

 ルイズから驚きが漏れた。

 彼女に視線が一瞬で集まる。その指にある指輪に輝きが増していた。真っ白だった紙面に、文字が浮かび、彼女の目に飛び込んできた。

 何が起こったのか。理解していたのはいなかった。魔法使いの三人を除いて。彼女達は確信した。封印が解けたと。

 ルイズは声を上げる。

 

「書いてある!文章が書いてあるわ!」

 

 その言葉に、皆が祈祷書を覗き込む。しかし真っ白のまま。

 

「何もないぜ?」

「ルイズだけにしか見えないのかもね。読んでみて」

「うん」

 

 息を飲み、気を落ち着かせる。改めて始祖の祈祷書に向き合う。そしてゆっくりと、文章を口にした。

 朗々と続くルイズの言葉。外の混乱は完全に収束しておらず、未だにざわめきが聞こえる。そんな中、誰もが他に何も聞こえないかのように、ルイズの言葉に集中していた。

 そして誰もがその言葉を耳にした。

 

『虚無』

 

 という伝説の言葉を。

 

 

 

 

 

 

 城でルイズやアンリエッタ、幻想郷の面々が衝撃の出来事に出会っている頃。城から離れた森の一角。ポツリと座る二人のメイジの姿があった。キュルケとタバサだ。

 天子達の無軌道さに唖然としていた二人だが、それもかなり前の話。あの騒ぎはすっかり収まり、城もかなり静かになった。だが、静かになったのはこっちも同じ。城に向かって行ったパチュリー達はそのまま入っていったようだが、その後全く連絡がない。城に行こうかとも考えたが、どういう理由で入城するのか思いつかず、あきらめた。その後ずっと、二人は疲れたように、岩に座り込んでいる。

 キュルケがおもむろに口を開く。

 

「はぁ……。大分経つわね。ねえ、戻ってこないわよ。どうする?帰っちゃう?」

「待つ」

 

 タバサは躊躇なく返した。彼女にとってパチュリー達は無明の中に現れた光ともいうべき存在。だが、それが錯覚なのか、本物の光なのか見極めないといけない。ここでその繋がりを、断ち切る訳にはいかない。

 彼女の返事を聞いたキュルケは仕方なく待つことにした。もっともここは最前線。いつまでもこのままという訳にはいかない。状況が変われば、彼女を引っ張ってでもここを去る気ではいた。

 

 キュルケは何の気なしに上を向く。開けた木々の間から星空が見えた。だが少しすると、そこにいくつもの影が現れた。そして近づいてきた。一瞬警戒するが、それが何かすぐに分かる。奇妙ではあるが見覚えのある姿。あの異界の連中だ。ようやく戻って来たかと、ちょっとムッとする。

 最初にあのおとぎ話メイジ。唯一の人間の魔理沙が声をかけてきた。

 

「お!帰ってなかったか」

「何やってたのよ!」

「いろいろあってな」

 

 平然とそう言いながら、地上に降りてくる。メンツは来た時と同じでルイズもいた。全員が地面に着くと、キュルケ達も立ち上がる。するとパチュリーが前に出てきた。

 

「手伝ってもらいたい事があるのよ」

「出来る事ならする」

 

 タバサ即答。だがキュルケが慌てて割って入る。

 

「ちょ、ちょっと、何するって言うのよ」

「神様ごっこよ」

 

 キュルケとタバサは怪訝な表情で、固まっていた。

 

 

 

 




 戦艦には固定化か硬化の魔法がかけられてると考えました。そんな描写はなかったんですけど、軍艦なら防御力を上げてるためにやるだろうと。


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