ルイズは木にもたれかかる。中天には相変わらずたった一つの月が浮かんでいた。
三人のメイジ。紅い館。一つの月。片腕が吹き飛んでもすぐに回復する翼人。
頭に浮かぶ全てが訳が分からない。理解しようと頭を回すが何も出てこない。なんだか涙が滲み出てきた。
「迷子なのかー」
声がかけられた。後ろから。
思わず翻るルイズ。
そこにいたのは赤いリボンをつけた金髪のかわいらしい女の子。ただし、宙に浮いていた。何か嫌な予感に襲われる。恐る々返事をしてみた。
「な、何?」
「迷子なのか?」
「えっと……まあその……。ひ、人のいる所知らない?」
「人里?」
「ひとざと……って何?」
「知らないの?」
「う……うん」
ルイズは小さく頷く。
すると何も考えてないような少女の顔が、ニヤっと不気味な笑顔を作った。
「外来人なのかー」
「えっ!?」
「食べていい人類なのかー」
笑っていた口元がさらに開く。そこから覗いた真っ白な歯に、何故か寒気がした。
「いただきまーす」
金髪リボンの少女は口を大きく開けると、ルイズに向かって飛んで来る。慌てて、それを避ける。少女は歯をむき出しなまま、後ろにあった木に激突。いかにも痛そうに見えた。なんと言っても歯から突っ込んだのだから。
だが、まるで堪えた様子がない。それどころか幹をかじり取ってしまった。
綺麗な歯型が残った木。その跡を見てルイズには言葉がない。人間が木をかじり取るなんて無理だ。それをあっさりやってのけたこの少女。
「人間じゃない……。亜人……!?」
のどが渇いてくる。体中から汗がにじみ出てくる。脳裏に『危ない』の言葉が連なっている。
「ぺっ。まずーい」
金髪リボンは木片を吐き捨てると、何事もなかったように立ち上がった。そしてくるりと振り向く。真っ赤な双眸がルイズへ向いていた。
脱兎。
慌てふためいて反対側へ駆け出す。このままでは必ず死ぬ。絶対死ぬ。もう逃げるしかない。
「逃がさないよー」
後ろからそんな声が聞こえてくる。だが、走る。とにかく走る。
しかし、何故か視界が狭くなりだした。
「えっ!?何?見えない?月に雲がかかった?なんでよ、こんな時に!」
ルイズは自分の不運を呪う。だが、何か違う。むしろ黒い霧にでも包まれていっているような……。それも背後から。いやな予感が走った。やがて全てが真っ黒となる。
「あっ!」
何かに躓いて倒れる。見えないせいで何に引っかかったのすらもさっぱりだ。しかしなんとか立ち上がり、足を進めようとする。だが、分からない。どこへ進めばいいのか。
「だから、逃がさないっていったでしょ」
声が近い。あの少女の声が。そして気づいた、彼女の仕業だと。しかし、こんな魔法聞いた事がない。見えなくなる魔法なんて。得体の知れない状況に置かれて、ますます混乱しだすルイズ。そしてまたあの声が、すぐ側で聞こえていた。
「いただきまーす」
頭の中が真っ白になる。
その時、閃光が目に映る。爆発だった。どうやら思わず杖を振っていたらしい。ロックの魔法か何かを唱えたのだが、よく覚えていない。
するとさっきの気配が消えていた。あの少女の気配が。辺りも静かになる。ルイズはゆっくりと辺りを見回す。視界が晴れていた。
「えっ!?何?もしかしてやっつけた?」
ふと、木の側で倒れている姿に気づいた。あの金髪リボンの少女に。目を凝らしてみるとどうものびているらしい。ルイズは一息零す。そして、気づかれないようにそこから離れていった。
それにしても、また失敗魔法に救われた。むしろ失敗魔法が爆発でよかったとすら思う。これがディテクトマジックみたいなのとかだったら、死んでいた。役に立つとは受け入れたくないが、少なくともこれは武器になる。ルイズはそうかみ締めていた。
どれほどの時間が経ったのだろうか。あれほど真っ白だったシャツは泥だらけ。マントは所々破れていた。そのピンクブロンドの髪も木屑や土埃にまみれている。無理もない。あれから訳の分からない妖魔に襲われ続けたのだから。それどころか獣にも襲われた。その度に失敗魔法で撃退したが。
「なんなのここは!?妖魔だらけじゃないの!」
確かに夜の森にいれば妖魔に襲われる事もあるかもしれない。だがここは数も種類も尋常ではなかった。生きているのが不思議なくらい。しかし切り抜けた。なんとも言えぬ逞しさ。
だが安心する余裕はなかった。さらなるピンチが、訪れようとしていた。新たな妖魔が現れたという訳ではない。簡単に言えば、お腹が減っていた。ルイズは召喚されてからずっと飲まず食わず。そんな状態で、逃げ回っていたのだから。体力に余裕がなくなるのも当たり前。しかも魔法を使いすぎて、精神力もかなり厳しい。
「まずいわね。ちょっとくらくらしてきたわ」
のどを癒そうとつばを飲み込む。だが気休めにもならない。どこまで行っても森、森、森。一向に終わる気配がない。完全に遭難している。このまま死……。そんな言葉すら浮かんでくる。
その時だった。ふと視線の先に淡い光があった。赤い光が。自然の光ではない。人工的なものに見える。
「うそ!誰かいるの?」
くらくらしながらもルイズはその赤い光に吸い寄せられるように、足を進めだした。
だんだんと光が近づいてきた。ルイズは確信していた。あれは人の作った光だと。それだけではない。なんとも得も言われぬいい匂いがしてくる。食べ物だ。間違いない。いままで嗅いだことのない匂いだが、こんないい香りが食べ物じゃないはずがない。
残った力を振り絞って森を進む。そしてようやく森が途切れた。開けた場所にたどり着いた。というよりはちょっと広めの道があった。その先に見えるもの。粗末な小さい小屋。どう見ても人が作ったもの。そこにやけに大きいランプがぶら下がっていた。赤い光の正体はそれだった。そしてあのいい匂いもそこからしている。いつもなら気に止めないそんなもの。でも今は、始祖ブリミルが光臨したかのような神々しさを感じていた。
「助かった……」
なんだか自然と涙が溢れてくるルイズ。
少し早足で小屋へと近づく。そしてその中の人影に気づいた。命が繋がった。そう思った。
だが。
足が止まる。人影の姿がよく見えるようになって。素朴だが見たことない格好をしたその人物は、伸びた長い変な耳と背中に羽を持っていた。とても人間には見えない。小声でこぼす。
「え!?またなの!?なんなのよ!それになによあれ?エルフと翼人のハーフ!?」
絶望的。ここまで来て。こんな目に合うとは。歓喜の涙は悲しみの涙に変わる。そして小屋に背を向けようとした。
だが彼女の空腹も体力も限界だ。これ以上は本当に死ぬ。だが進む先には、先住魔法を使う亜人の掛け合わせ。行くも地獄、戻るも地獄。すでに背水の陣。やがて懐から杖を取り出した。
和服姿の少女が、ぱたぱたと炭を団扇で仰ぐ。その上には網にのったヤツメウナギの開きがあった。
今日の仕事も終わり、ミスティア・ローレライは晩飯を作っていた。この小さな小屋、いや屋台で食事を取るのは長らく続けてきた日常。というのも彼女はこの屋台、ヤツメウナギ屋の店主なのだから。
元々は焼き鳥や撲滅のために始めた仕事だが、最近では仕事自体が楽しくなっていた。そして地道な努力の甲斐あって、妖怪にも関わらず、近々人里に店を出す事が決まっている。焼き鳥屋の総本山へ突入だ。店構えをどうするかなんて事を想像しながら、タレを塗っていた。
ふと、視界に人影が入る。
少女が立っていた。なんか泣き顔で。
「ん?どうしたの?こんな時間に。もう人里の門、閉まっちゃったわよ」
「そ、それをよこしなさい!」
「は?」
なにやら小さな棒を向けて怒鳴っている。
それにしてもなんでこんな時間に女の子が?これでは妖怪に食べられても文句は言えない。不思議に思っていると、それに気づいた。格好が奇妙なのだ。とても人里の住人に見えない。一瞬妖怪かと思ったが、まるで妖気が感じられない。
「そっか。あんた外来人ね」
外来人。外から来た人。
この世界、幻想郷に迷い込んできてしまった、幻想郷外の住人の事を言う。ほとんどが人間だ。しかもその人間は大抵、妖怪の食事と化してしまう。生き残り、元の世界に戻るのはまれだった。
もっとも当のルイズには、その意味を考える余裕なんてまるでなかった。
「訳分かんない事言わないで!」
「迷った外来人なんて捌いてもいいんだけど、今私大切な時期なの。トラブル起こしたくないのよ。ここ道なりにちょっと進むと大きな門が見えるから。外来人って言ったら、なんとかしてくれるわ」
「いいからよこしなさい!」
「あんたね、人が親切に…………」
「うるさい!」
言葉が通じない。というかなんかテンパッている。もっとも、ここに来た連中が、大なり小なりこんな感じになるのは仕方がないが。にしても、いつまでも付き合ってはせっかくの食事がまずくなる。
ミスティアはちょっと脅かしてやろうかと思って、焼く手を止め、頭から手ぬぐいをはずし、緩んだたすきを締めなおす。そして光弾を一発浮かび上がらせた。
すると突如、頭の上から爆発音。思わず見上げた先に屋根がなかった。
「あーっ!な、なんて事すんのよ!」
「今度変な事したら、この小屋ごと吹っ飛ばすわよ!」
「な……!」
なんかマズイ。この能力。どうもただの外来人ではないらしい。魔法使いかもしれない。しかも凶暴な。
たぶんここでのルールなんて知らない。まともに戦ったら下手すると死ぬかも。彼女の顔から余裕が消える。血の気が引いていく。
「わ、分かったから、ちょ、ちょっと落ち着きなさいって」
「ぐぐぐぐ」
まるで獰猛な野犬。手に負えない。
ミスティアは屋台からそっと出ると、後ずさるように離れていく。そして慌てて飛んでった。
ルイズの視界から変な格好のエルフと翼人のハーフが消える。緊張がふと解けた。そして一息漏らす。もう次の瞬間には、鼻腔を刺激する匂いに気を取られていた。
さっそく小屋に突入。焼いている途中と思っていたそれには、十分火が通っていた。ただその焼いていたものにちょっと引く。
「何これ?蛇?」
だがそんな事言ってられない。もう体力は限界であり、そしてこの匂いには購いがたいからだ。フォークもナイフもなかったが、適当にあった棒でなんとか皿に乗せ、ほおばった。
うまい。本当にうまい。体に染み渡る。
こんな食べ物があるなんて。生きている事に感謝。涙を浮かべて。なんだか今日は、泣いてばかりだなんて事を思った。
ちょっと余裕が出てきたのか、他にも食べ物がないか探す。下の棚に、野菜の保存食らしきものを見つけた。ちょっとかじると少ししょっぱい味。だが、この蛇みたいなのは甘い味付けなので、いいコントラストだった。そしてもう一つに気づく。大き目のビンが置かれていた。蓋を開けてみるとなんともいい香り。アルコールだった。コップを探しだすと、一杯注いだ。ためしに一口飲んでみる。透き通ったようなほのかな甘さ。生まれてはじめて飲むが、癖になりそうな味だ。そしてまた一杯注ぐ。
いつのまにやらルイズは、大切そうにしまっていたビンを空にしていた。
「ん……」
まぶたの隙間から微かに明かりが入ってくる。
「朝……?」
ゆっくりと体を起こすと、寝ぼけ眼に入ったのはまずベッドだった。おかしい、ベッドに入った記憶がない。さらに自分のベッドでないのも確か。いったい昨夜は何を……。
そして思い出した。酷い目にあった昨日の事を。
今まで生きていて一番酷い日だった。使い魔召喚の儀式のはずが、なぜか変な三人のメイジに召喚されてしまう。そこから逃げ出したのはいいものの、その後も妖魔に追いかけられまくって散々だった。最後は強盗まがいな方法で食事を取るハメに。そしてそこまで覚えている。だが、そこから分らない。やっぱり寝てしまったのだろうか。だが、あのボロ小屋で横になったはず。少なくともベッドの上ではない。
「目が覚めました?」
ふと横から声がした。目をこすりながらそっちを向く。ぼやけていた視界がはっきりしてきた。そしてそれがいた。
「よ、翼人!」
まさしく召喚された場所で見た、あのこあと呼ばれていた翼人だった。ルイズはすぐに理解する。連れ戻されたのだと。あの小屋で寝てしまったのがまずかったと。慌てて杖を探す。
しかし、辺りを見回すが何もない。それどころか服装が変わっていた。染み一つないナイトウェアに。つまり元からあった自分のものは、この身一つ。これでは失敗魔法すらできない。打つ手なし。逃げるにしても、二度目はないだろう。ルイズはベッドの上で、ジリジリと後ずさりするしかない。
しかし、そんな彼女の様子なんて気に留めず、こあは丁寧に話かけた。
「ああ、お洋服はかなり汚れていたので、洗濯に出しています。それとお持ちのものは皆預かってますよ」
ルイズが拍子抜けするほどの、嫌味のない語り口。客人をもてなすメイドのようだ。何か腑に落ちない。
「いろいろと聞きたい事もあるでしょうが、もう少し待ってくださいね。パチュリー様がまもなくいらっしゃるので」
パチュリー……。ふと思い出す。そう呼ばれていたメイジがいたと。確か、紫寝巻きの少女だったか。
そんな事を思い浮かべていると、ノックと共に扉が開いた。そこに現れた人物。あのパチュリーだ。ルイズに緊張の汗が流れる。
彼女は本を抱えながら、こちらに向かってくると、こあの方をチラっと見た。
「こあ、見張りご苦労さま」
「はい」
「さてと」
一息零すと、ベッドの側へ寄ってくる。するとこあが椅子を用意。パチュリーは無言で座った。そのこあのしぐさを見て、やはりメイドみたいと再認識。パチュリーの使い魔かとも思った。
ルイズは二人の様子を観察しているかのように見つめる。その視線に今度はパチュリーがまっすぐ目を合わせてきた。
「いろいろ混乱してるだろうけど、まずは落ち着いて。こっちはあなたを傷つけるつもりはないから」
「そ、そう……」
「まずは自己紹介といきましょう。私はパチュリー・ノーレッジ。魔法使いよ。そしてこっちは私の使い魔。こあって呼んでるわ」
このこあと呼ばれる翼人は、ルイズの予想通り使い魔。そして翼人なんてものを使い魔にするこのメイジに、少しばかりの羨望の気持ちが沸いていた。ただそれほどのメイジなのに、マントがないのが腑に落ちない。しかも魔法使いと自称している。確かにメイジは魔法を使うが、普通メイジと言う。魔法使いなんて妙な呼び方だ。
どうにもしっくりこない。
「それであなたは?」
「えっと……。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。トリステイン魔法学院の学生よ」
「トリステイン学院?」
「そうよ」
「…………。出身の国はどこ?」
「トリステイン王国よ」
「…………」
パチュリーはやや俯いて難しい顔。だが考えるのをやめたのか、顔を上げる。
「まあ、いろいろ疑問な点はあるけど、とりあえずルイズ。そう、あなたの事ルイズって呼ぶけどいいかしら。私の事はパチュリーでいいわ」
「いいわよ」
いきなりファーストネームを呼ばれるのは、いつもならムカついていただろう。でも、この優秀そうなメイジに興味もあって、思ったほど気にならなかった。
「それじゃ、ルイズの現状を説明するわ」
「うん」
「気付いていると思うけど、ここはあなたのいた所とはまるで違う場所よ。原因は私達の召喚魔法が失敗して、あなたを呼び出してしまったせい。その点は謝るわ」
「なんて事してくれんのよ!大事な儀式の最中だったのに!」
「怒るのは理解できるわ。文句は後で聞くから。まずは話を進めましょう」
「うう……」
なんだかあまりに冷静に受け答えるせいで、気を削がれる。いつもの剣幕が長続きしない。
「ここは幻想郷と呼ばれてる場所なの」
「幻想郷?」
「ええ。滅びそうな妖怪や魔物が集まってる場所よ。いえ保護してると言った方が近いかも」
「それで見たこともない妖魔ばっかりいたのね。でもヨーカイっていうのには会わなかったけど」
「…………」
「でも、なんで保護してんの?滅ぼしちゃえばいいのに。人間にとって害なだけなんだから」
「いろいろ事情があるのよ。さて、あなたの一番の希望は、当然帰る事よね」
「そうよ!すぐ帰してもらいたいわ。さっきも言ったけど、大事な儀式の最中だったんだから!」
「それで、いくつか聞きたい事があるんだけどいい?」
「いいわ」
それから、しばらくパチュリーからの質問の嵐が続いた。トリステインの事、ゲルマニアとかの周りの国の事、文化、政治、そして魔法の事。一方、ルイズからの質問のいくつかは、上手いことはぐらかされている。このパチュリーは、どうにも食えない人物だった。
ただそれでも、だいたいこの世界の様子が分かった。ヨーカイって言うのはハルケギニアで言う妖魔の事らしい。それと翼人だらけと思っていたのは、同じ種類のものではないそうだ。羽の生えている妖魔、もといヨーカイはこっちでは珍しくないと。一方で、ハルケギニアの妖魔はあまりいない。せいぜい吸血鬼くらい。オークやミノタウロスなんかも。まるで違う場所と言っていたからそのせいかも、とルイズは勝手に納得した。
そして貴族、平民と言った身分もないそうだ。ルイズにはなんとも信じがたかった。もっともこれだけヨーカイに溢れた世界で、そもそも住んでいる人間の数がそれほど多くない。階層が生まれにくいとの事だ。こんな世界もある。カルチャーショックを受けたルイズだった。
ついでにここが紅魔館という屋敷だという事も教えてもらった。この幻想郷では一風変わった屋敷なんだそうだ。ルイズにはむしろ見慣れたものに思える。赤い内装、外装を除けば。それとここではメイジの事を魔法使いと呼ぶそうだ。あまりにストレートで品も格もないが。
ようやく長かった質問タイムが途切れる。
「とりあえずはこんなものね。それじゃ、食事の時間になったら、呼びに来るわ。それと後でだけど、別の部屋に移ってもらうから。ここは何かと手狭だし」
「分かったわ」
手狭と言われたが、そうでもない。確かに寮の部屋や実家に比べれば多少狭いが、悪くはない。だがここを狭いという事は……そして思い出す。紅魔館を逃げ出した時、趣味の悪い色合いの館だと思ったが、同時にそこそこ大きい館だと。実はこのパチュリーは結構偉い人物かも。なんて事を考える。ついでに、もう一つ思い出した。
「あ、そうだ。私の持ち物。杖とか大丈夫なんでしょうね」
「杖?ああ、あったわね。問題ないわ。ちゃんと保管してる。後で返すわ」
「あれ大事なものなんだから、大事にあつかってよね」
そして、パチュリーは立ち上がるとこあと共に部屋を出ようとする。その時、振り向いた。
「そうそう、あなたミスティアの屋台、吹き飛ばしたでしょ」
「ヤタイ?」
「小さな小屋みたいなの。あなたそこで寝てたのを見つかったのよ」
「あ……」
そうだった。空腹と疲れのあまり、あのヨーカイから食べ物を奪い取ったのだった。そしてついつい寝てしまった。思い返せば貴族にあるまじき行い。
ここに連れてこられたのは、その後らしい。なんて事を思う。
「屋台壊した上に、いろいろ飲み食いしたでしょ。ミスティア、かなり怒ってたわ。それについては弁償してもらうから。頭の隅にでも置いといて」
「う、うん……」
部屋を出て行くパチュリーを目で追いながら、これからいろんなドタバタに巻き込まれそうな予感がしていた。
図書館の扉を開けると、そこは珍しく人口密度が高かった。集まった面々に、パチュリーは少しばかりうんざりする。
「それで結局、送り返せばいいの?退治した方がいいの?それとも何もしなくていいの?」
単刀直入に結論だけ要求してくる巫女装束。
楽園の”素敵”な巫女、博麗霊夢。別名紅白、もっと別名、鬼巫女。
「簡単に送り返したら、面白くないだろ。もう少しいじろうぜ」
普通の魔法使いこと、霧雨魔理沙。よくこの図書館に正面から本の”超長期借り入れ”に入る白黒魔法使い。ただ最近では共同研究している都合で、それほどない。もっとも研究場所がこっちに移ったせいで、”借り入れ”する必要がなくなったのかもしれないが。
「まあ、おもしろそうな魔法使いではあるわよ。あんな魔法見たことないもの」
整然と話すもう一人の魔法使い。そして人形遣いでもある、アリス・マーガトロイド。比較的まともな人物だが、魔法使いの中ではの話。魔法使いが常識人では二流。
「で、結局なんなの?魔法使い?別の悪魔?」
「悪魔だったら、私遊んでみたいなー」
なんか目を輝かせている吸血鬼姉妹、レミリア・スカーレットとフランドール・スカーレット。新しいおもちゃを見つけた子供のよう。その側に二人を慈しむ、むしろ溺愛するように見守るメイドがいた。この館のメイド長、十六夜咲夜。
パチュリーは大きく息を吐いて、椅子に座る。そして自分に注目する面々を面倒くさそうに見た。
「思ったより面倒、いえ、面白いと言うべきなのかしら。とにかくややこしい事になったわ」
「…………」
一同、沈黙。
「まず、彼女は外の住人ではないわ。もちろん幻想郷の住人でもない」
「て事は悪魔?悪魔なの?」
「レミィ。悪いけど悪魔でもないわ。魔法使いよ。人間の」
「なんだつまんない」
愛称で呼ばれたレミリアは、肩を落とす。横にいたフランドールも露骨にがっかりという顔。
「で、問題なのはどこの魔法使いかという事なんだけど。はじめは過去から来たのかと思ったのよ。ゲルマニアとかガリアとか言ってたしね」
「ローマ時代の地方の名前ね」
「そして彼女の祖国、トリステインって言うそうよ」
「トリスタンなら人名だけど……。もっとも伝承だから、実は地方の名前っていうのもありうるかも。でもこれもローマ時代よね」
人形遣いが補足を添える。
「ええ。これだけローマ関係が並んでるんだけど、その頃の人間には思えないわ。なんと言っても持ち物の文明度が、その頃ほど古くない」
「じゃ、どこの誰なんだよ」
白黒魔法使いが興味津々というか茶化すつもりというか、楽しそうに尋ねてくる。
「異世界」
「は?」
「もちろん、冥界とか天界とか言う意味じゃないわ。この地球とはまるで違う所」
「なんでそう考えたんだ?」
「彼女の世界には月が二つあるそうよ」
「「「えっ!?」」」
一同、唖然とした声を上げた。
だが、次の瞬間、目を輝かせたのがたくさん。もうワクワク。で、一斉に騒ぎ始める。なんと言っても異世界の住人だ。今までいろんな人物が幻想郷に紛れ込んだが、異世界はなかった。もう各人が勝手な妄想を頭の中で繰り広げている。
「ストップ!」
パチュリーの言葉で、騒ぎが止まった。とりあえず。
「今は何も分かってないの。いろいろするのはその後にしましょう」
どこか不満そうな面々だが、とりあえず黙る。何かすると、この魔女は言っているのだから。ただ一人納得いかなそうな紅白がいた。この空気を無視してつまらなそうにしている。霊夢だった。ルイズがどこの誰だろうが、彼女にとってはどうでもいい事。自分にトラブルが回ってこないかどうかだけが問題だった。
「つまり、あんた達にまかせて放っておいていい訳ね」
「そうよ。霊夢」
「まあ、送り返せって言われても、異世界じゃ紫を呼ぶしかないし」
「そっちには声をかけなくてもいいわ。と言っても、もう知ってるでしょうけど」
「でしょうね。それじゃ私は帰るわ」
霊夢は一仕事終わったというふうに、出口へと向かっていった。
ちなみに、ルイズがここに来る切っ掛けとなったのが彼女。正確には違うが。ミスティアの屋台が爆破されたのが騒ぎとなり、いろいろあって霊夢に問題解決の依頼が来る。それも深夜に。すこぶる機嫌が悪い状態で見つけたのがルイズだった。やがて彼女は博麗神社へ送られた。そこに居たのはルイズ捜索に失敗し、博麗神社でお泊りさせてもらっていた魔理沙。それからパチュリーへと伝わった。やがて騒動を起こす。彼女の読み通りだった。その間、当のルイズは、疲れと満腹感で死んだように眠っていたので、まるで気付かなかったのだが。