ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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戦の終わり

 

 

 

 

 

 ワルドは茫然とした目で、遠くに上がる炎を見ていた。消火の手は足らないようで、西風に煽られだんだんと広がりつつあるようだ。混乱もさらに広がっていた。それはこの異常な状況のせいだけではない。命令が錯綜していた。最初の太陽の時に撤収命令が出て、次に消火命令。一方で出陣準備は継続のまま。さらに地震のせいで、命令の届く順番が乱れ、どれが最優先事項なのか分からなくなっていた。本部に確認を取ろうにも、目印となるポールが倒れたままなので、この広い天幕だらけの平原のどこに本部があるのか、完全に見失っていた。

 

 アルビオンの客将はポツリとつぶやく。

 

「ちっ……。いったいどうなっている。何にしても……やるべき事をやるだけだ」

 

 やや焦りの色があるものの、覚悟を決める。そして、隣で茫然としている副長に声をかけた。

 

「この状況を立て直す。我が隊の者を集めろ」

「は、はぁ……」

「おい。しっかりしろ」

「は、はいっ!」

 

 覚めたように顔を引き締めると、副長は走り出した。

 

「さて、まずは……」

 

 ワルドは辺りを見回すと、馬に乗って走り出した。

 

 

 

 

 

「もう……ダメだ。神に見捨てられては……」

 

 ジョンストンは肩を落とし、ブツブツとつぶやいている。ボーウッドも動揺が収まらない。火の手はゆっくりと広がりつつあるのに、本部が全く機能していなかった。

 そこへ一人の竜騎士が近づいて来た。

 

「閣下!」

 

 ワルドだった。ボーウッドは力なく返答。

 

「ワルド子爵……」

「ご報告が。ともかく、全幕僚の方々を本部天幕へ」

「分かった」

 

 ジョンストンとボーウッドは勧められるまま、天幕へと入る。やがて全幕僚も天幕の中へ。ワルドはそれを見届けると、最後に入った。

 天幕内にアルビオン侵攻軍の中枢が集まっている。その表情は未だ焦燥から抜け出てないが。全員がテーブルを囲み、ワルドの言葉を待った。

 

「では、よろしいでしょうか」

「うむ。聞かせてくれ」

 

 ようやく落ち着きを取り戻したボーウッド。ワルドは彼の言葉を耳に収めると、少しばかり急いでいるような口調で話し出す

 

「駐屯地を巡ってみたところ、軍は混乱の極みにあります。ですがその実、それほど被害を受けている訳ではありません。兵力の損耗はごくわずかです」

「だが兵はあっても、艦隊が壊滅した。これはどうする」

「はい。それについてですが……」

 

 その時、天幕の外から怒声、いや悲鳴のようなものが聞こえてきた。遠くから。幕僚達は全員、声の方を向く。同時に天幕の中に、兵が入って来た。

 

「て、て、敵襲です!」

 

 一瞬誰もがその言葉を理解できなかった。だが足はすぐに出口へと向かっていた。ここにいる全員が。

 

 月も隠れた暗闇。かがり火の中。ボーウッドやワルド、幕僚達の目に入ったのは、彼方に見える逃げ惑う味方。そして、彼らを追い立てる敵兵だった。

 

 呆然と佇むしかない軍の幹部たち。やがてジョンストンがつぶやくように言葉を漏らした。

 

「な、何故……今……」

 

 皆がそう思ったろう。このタイミングで何故と。そしてすぐに次の考えが浮かぶ。一連の異変は、トリステイン軍のものなのでは?と。

 この光景を眺めながら、ワルドは考えを巡らした。

 

 思えばおかしな事だらけだ。突然広がり夜空を暗闇にした雲。空を飛ばさせないかのように落ちてくる雷。しかも死なない程度という微妙なサジ加減。そして艦隊を狙ったかのような太陽。陸軍を狙ったかのような地震。火事に合わせたかのような、風向きの変化。

 確かに一連の現象に何か意図のようなものを感じる。だがこれら全部が人の業だろうか?あるいは虚無の担い手か?だが虚無だとしても、ここまで超越したものなのか?さらに最初に雲が出てきて今まで、結構な時間が経っている。こんな長い時間、様々な天変地異を起こすような大規模な魔法を使い続けている。そんな者が存在するとでも言うのか。それが虚無の担い手と言うなら、少なくとも勝負にならない。クロムウェルの魔法にも衝撃を受けたが、今起こった事はそれ所ではない。ならば人の業ではないのか?では、なんだ?どう頭を巡らせても答えは出なかった。

 

 ただ一つだけハッキリしたものがあった。この戦は負けたと。

 

 ワルドは艦隊指令の方を向く。

 

「ボーウッド閣下、勝敗は決しました。このままでは、我々は揃って捕縛される可能性すらあります。幕僚の方々だけでもお逃げください」

「……うむ」

 

 すかさず総司令官のジョンストンは抗議するが、幕僚達に説き伏せられる。だが次の問題があった。どう逃げるかだ。艦隊はほぼ壊滅。それどころか竜騎士も崩壊状態。アルビオンに戻る術がない。

 

 やがてワルドが進言する。

 

「閣下。あれをご覧ください」

 

 指差した先には、辛うじて被害を免れた船が一隻浮かんでいた。

 

「あれに乗艦するのです」

「だが、どうやる?」

「フライの魔法で飛んでいきます」

「雷に撃ち落されるかもしれんのだぞ」

「そうはならないかと。私自身、風竜を捕まえるため飛びましたが落ちて来ませんでした。落ちたのは風竜を捕まえた後です」

「雷はドラゴンに落ちると?」

「おそらく」

「…………分かった」

 

 ボーウッドは決意した。そして、ジョンストンへ厳しい顔を向ける。

 

「もはやここに至っては是非を問うべくもありません。閣下、ご決断を」

「く……。分かった……。撤退する……」

 

 幕僚達は馬に乗ると、残った一隻の元へと走り出していた。

 

 

 

 

 

 アルビオン軍に攻め込んだトリステインの将軍達は唖然としていた。偵察の報告を受けた時、敵軍の状況を聞いてはいたが半信半疑。なんと言っても艦隊が全滅し、竜騎士もドラゴンを手放しており、陸軍も大混乱しているというのだから。つまりアルビオン軍は軍として機能していないと。しかし、こうして実際に来てみると、それが事実であった事を思い知る。ここに見えているのは攻めかかるトリステイン兵と、逃げ惑うか投降するアルビオン兵だけなのだから。

 

 マザリーニが神妙な顔で、女王に進言する。

 

「陛下。もはや戦になりませぬ。降伏を勧告いたしましょう」

「ええ。そうですね」

「それと、あの火の手をなんとかせねば、戦の後の処理に困りますぞ」

「なるべく急ぎましょう……」

 

 降伏勧告が行われ、次々と投降してくるアルビオン兵。まさに雪崩を打つよう。一部竜騎士の頑強な抵抗があったものの、多勢に無勢。やがて四散して逃げ出した。唯一の残っていた戦艦も、瓦解していく自軍を見て撤退しはじめる。もはやトリステイン軍の完勝と言っていいものだった。

 

 それからほどなくしてアルビオン軍を完全に制する。タルブの平原にはロープで縛られた兵、貴族達が一面にあふれていた。さすがに馬やドラゴンまでは手が回らないので、放ったままだが。しかし残る問題があった。西の天幕で今でも上がっている火の手だ。風は止んだとは言え、燃えている範囲が大分広がっており、思うように消化が進まない。このまま広がれば、火薬庫の天幕に引火しかねない状態だった。

 遠くに見える炎を見つめながら、将軍達は受ける報告に渋い顔を浮かべる。

 

「これ以上はまずいな……。水のメイジだけでは人手が足らん」

「ラ・ロシェールから水を運んでは」

「そうしよう」

 

 対応に苦慮する将軍達。するとアンリエッタが口を開く。

 

「わたくしも水のメイジです。わたくしも向かいます」

「な、なにをおっしゃいます!陛下!危険です。ここでお待ちを」

「ですが……」

 

 そう言いかけた時、頬に冷たいものを感じた。手で拭うと、それは雫だった。

 

「雨?」

 

 思わず空を見上げる。それと同時に、いくつもの水滴が落ちてきた。そして一斉に振り出した。強烈な雨が。地面に叩きつけるような雨は、あれほど広がっていた火を、瞬く間に消していく。

 アンリエッタは、叩くような雨を全身に受けながら、呆然と空を見上げていた。

 

「こんな時に雨だなんて……。ここまで物事がうまく……。まさか……この雨もあの方達の仕業?」

 

 女王はトリステインを救ってくれた事に感謝しながらも、この尋常ではない力に少しばかり恐れを抱いた。

 

 それからしばらくして雨は止み、雲も晴れた。火事もすっかり鎮火している。これを待っていたかのように、東の方から光が差し込んで来る。今度は虚無の魔法によるもではない。本物の太陽、朝日だ。その澄んだ光は、トリステイン兵達にとって、まさに明日を照らしていく希望の光のよう。ついさっきまで、絶望の淵にあったものが、全く逆の状況となったのだから。

 やがてどことなく、声が上がり始める。

 

「「「トリステイン!万歳!アンリエッタ陛下!万歳!」」」

 

 万感のこの声は、タルブの平原やラ・ロシェールの町々の隅々まで何度も響き渡った。

 

 アンリエッタはそれに応えるように、兵達を見つめていた。すると脇にアニエスがやってくる。そして一言、耳に添える。

 

「陛下。ミス・ヴァリエールがいらっしゃっています」

「え!?ルイズが?それで他の方々は?」

「姿は見えません。ミス・ヴァリエール、お一人だけです」

「そうですか。では、私の馬車の中に案内しておいてください」

「はっ」

 

 アニエスは、踵を返しこの場を去る。

 

 やがて軍も落ち着きを取り戻すと、事後処理に入る。その合間をぬってアンリエッタは自分の馬車へと戻った。アニエスに外を見張らせ、中に入る。そこには、顔を綻ばせている幼馴染がいた。

 

「陛下!この度の勝利、おめでとうございます!」

「全てあなた達のおかげです。これで我が国も救われました。礼を言わねばなりません」

「そんな、陛下」

「いえ、感謝しすぎても足らないほどです」

 

 女王は頭をわずかに下げつつ、素直に胸の内を伝えた。そんな彼女の言葉を耳に収めながら、ルイズは今回の作戦を思い起こしていた。

 

 最初にアルビオン軍から、空の光を奪った。天子の緋想の剣は吸収した気を使って、対象の気質に合わせた天候を作り出すことができる。相手は数万の軍隊。気の量も気質もより取り見取り。空を覆う雲を作り出すのは造作もなかった。

 次に空の目を奪う。衣玖は雷を操れる。彼女が直掩の竜騎士を全て落とした。殺さなかったのは、衣玖が不殺生の戒律を守っていたのもあったが、殺してしまって騒ぎになるのを防ぐ目的もあった。

 そして、カラッポになった空を、港に向けて魔理沙がルイズを運ぶ。ルイズも一応飛べるが、魔力の消費を抑えるため。そして虚無の魔法による艦隊への攻撃。『エクスプロージョン』は対象を選別して破壊する事ができるので、打ってつけだった。狙ったのは砲弾と風石。戦艦はただの箱と化した。

 一方、陸軍への攻撃は天子の役目。地震を起し混乱に陥れる。これはアニエスが、アルビオンに地震がないと言った事がヒントとなった。

 さらに混乱を持続させるための火攻め。これにはアリスと文。アリスの操る人形達が火をつけ、そして文が天狗の団扇で、炎を仰ぐ。想定通り大混乱となる。

 そして最後は、トリステイン軍本隊の登場。もはや軍として機能しなくなったアルビオン軍に、攻め掛かるだけだった。

 全てが予定通り。あまりにうまく行きすぎて、自分自身で驚いていたのを思い出す。

 

 やがて二人きりなのも手伝って、アンリエッタは幼馴染の表情を浮かべる。

 

「でも、ホント信じられない。いなくなったと思っていたあなたが、戻って来て、国を救ってしまうのですから。しかも虚無の担い手なんだなんて。こんなに奇跡が続くなら、もしかして……」

「姫さま……」

「ううん……、何でもありません」

 

 アンリエッタは少しばかり憂いて首を振る。ルイズにはその意味が分かっていた。だが次に顔を上げた時、この高貴な幼馴染は元の顔に戻っていた。

 

「ところで、他の方達は?」

「落ち着く場所を探すとかで、この場を去りました」

「それなら、用意したのに」

「いろいろと、条件を言っていたので難しいかとそれに、深く関わると厄介ですわ。あの連中は」

「そうなの。でも、何かお礼がしたいわ。爵位とか勲章とかは、あの方達よろこぶのかしら?」

「いえ、そういう類の者達ではないので。ただお礼についての要望は聞いています。図々しいと、思われるかもしれませんけど」

「むしろ言っていただけるとありがたいわ。何か……ちょっと得体のしれない所がある方達だし」

「う~ん……そうですね……」

 

 ルイズはしみじみ頷く。そもそも恰好からして、ハルケギニアの基準から外れている。しかも翼人にしか見えない。文とこあがいるのだから。

 

「それで要望ですが、トリステインにある書物や資料の閲覧許可が欲しいそうです」

「え?どういう意味かしら?」

「実は彼女達は研究者なのです。その研究のために必要だとか。こちらに来たのも、そもそもハルケギニアを研究するためですし」

「まあ、そうなのですか。では、なるべく便宜を図りましょう。後、多少の資金支援もいたしましょう」

「ありがとうございます」

 

 幻想郷メンバーに変わって礼を言うルイズ。

 やがて話も一段落。すると今度は、アンリエッタは顔を寄せてきた。そして小声で話し出す。

 

「それで、ルイズ。あの方達はいったい結局何者?異世界とかなんとか言ってたけど。正直信じられません」

「えっと……その……」

 

 いつか聞かれると思ってはいたので、どうするかは決めていた。半分以上キュルケの入れ知恵なのが不満だが。

 ルイズは一つ咳払いをする。

 

「姫さま、驚かないでくださいよ。それと彼女達の事は、なるべく内密にお願いします。余計な騒ぎに巻き込まれるのを嫌がるものですから」

「はい。分かりました」

「あの時は動揺して異世界と申しましたが、実は、ロバ・アル・カリイエの住人なのです」

 

 外で馬車の警護についていたアニエス。馬車の中から声が聞こえなくなったのが少し気になった。わずかに注意を向ける。と……。

 

「えっ!!」

 

 突然大きな叫びが届いた。思わず馬車の扉を開ける。

 

「陛下!」

「ア、アニエス……」

「一体何があったのです!?」

「いえ……その……。大したことではありません。昔話に花を咲かせていたのです。それで、わたくしが知らなかった話を聞いたものですから、驚かせてごめんなさい」

「そう……ですか。いえ、失礼いたしました」

 

 女王の近衛は、首を傾げながら仕事に戻る。ただその後、馬車から漏れてくる殺したような主の声は、妙にはしゃいでいたのが気になったが。

 

 一通り話が終わると、アンリエッタはルイズの手を握る。少し残念そうに話し始めた。

 

「本当に久しぶりに会って、もう少しお話ししたいんだけど、今は状況が状況だから」

「わ、分かっていますわ。姫さま。仕方がありません。そうです、仕方ありませんわ」

 

 ちょっと焦って返すルイズ。これ以上話を続けられると、ボロが出そうなのもあって。ただ、もう少しこの幼馴染と会話を、続けていたかった気持ちもあったが。

 

 やがてアンリエッタは女王の顔に戻る。

 

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール殿。あなたにやってもらいたい事があります」

「何なりと」

「ヴァリエール公爵軍への伝令をお願いします」

「はい。……え?」

 

 少しばかり驚いて目を見開く。それに女王は笑みを返した。

 

「戦争が終わったのですから、それを知らせるのは、当然でしょ?」

「確かに……そうですけど……」

「ま!わたくしの心遣いに文句があるのかしら?」

「いえ、いえ、いえ!ち、違います!ちょっと驚いただけです。でも……あの……ありがとうございます」

「ふふ……。では、任が終わったら軍務は解きます。カトレア殿の所にも行って、安心させておあげなさい」

「姫さま……。はい!その任、全霊を持って達成いたします!」

 

 幼馴染であり主従でもある二人は、笑顔を向け合っていた。

 それからしばらくして、ルイズは王家の馬車で、両親がいる軍勢の元へ出立した。

 

 

 

 

 

 ルイズが両親の元にたどり着いた頃。辺鄙な廃村の近くに異様な集団がいた。

 小さな盆地の開けた土地。廃村はそこにあった。家々は朽ちて、蔦が張り付いており、道は草で覆われている。村の中心にある寺院は、かつては壮麗だったのを忍ばせるのみ。そんな村を、近くの山の中腹から眺めている。

 

「ここでいいのかしら?」

「そうよ」

 

 パチュリーとキュルケは遠目にある廃村を見つめていた。

 この廃村。かつてキュルケ達が宝探しのため訪れた場所だった。ただし今はオークの縄張りとなっており、ここに近づくものはいない。元々開拓村であり、辺鄙な場所にあったのも理由の一つだ。

 

 オーク。人間の約五倍の体重を持つ、巨躯を誇る亜人。動きは鈍いものの力は人間の比ではない。手練れの剣士ですら手こずる相手。そんな亜人がたむろしている。しかし、だからこそ潜むには相応しい場所でもあった。ちなみにここを案内したのはキュルケ。そもそもキュルケを戦場に連れて来たのは、戦争の終了後の、落ち着き場所を教えてもらうためでもあった。

 

 パチュリーは全員の方を向く。そこにはルイズと別れた幻想郷メンバーとタバサがいた。使い魔であるはずの天子もここにいた。本来ならルイズと共にいるべきなのだが、すでに何度かトラブルを起こしている使い魔を、どう扱うか困っていた。それで落ち着くまではパチュリー達と同行させる事にする。衣玖の側の方が、安心できるというのもあって。

 

 紫魔女は口を開く。

 

「あそこにしましょう」

「そう」

 

 小さく返すアリス。だがキュルケが一言添える。

 

「最初に言ったけど、オークがいるわよ」

「なんとかするわ。とりあえず、休みましょうか。朝まで大変だったものね。それに準備もあるし」

「助かったぜ。さすがに徹夜明けすぐはつらいからな」

 

 魔理沙が浮いている箒に、ぐでっと寝そべりながら言う。幻想郷組で唯一の人間である彼女には、今までの騒動の後で、また何かするのは少々厳しかった。他の連中はこの程度はなんともないが。

 辺りに結界を張ると、魔理沙は寝に入る。それは同じ人間であるキュルケとタバサも同じ。一方、パチュリーとアリスは、何やらいくつかの魔法を仕掛けていた。

 ちなみに、キュルケは最初こそ彼女達を警戒していたが、時間も経った事もあり大分慣れてきた。もっとも、普段通りという程ではない。一方、タバサはむしろ好意的。と言っても、あまり話さないのは変わらない。

 

 

 

 

 

 昼も過ぎ、夕方に差し掛かろうとしていた。キュルケと魔理沙は、タバサがどっかから取って来た食材を適当に調理して口に入れている。まあ、キュルケが口に入れるのをためらったものもあったが。一方のパチュリー達は勝手に暇をつぶしている。そんな中、アリスの傍らに置いてある魔法陣に囲まれた水晶玉が、ずっと薄っすら輝いていた。

 

「そろそろいいんじゃないかしら」

 

 アリスが水晶玉を見て言う。それにパチュリーが少し疑問形。

 

「もう?」

「思ったほど社会性が高い訳じゃないようよ」

「そう。ちょっと厄介かもしれないわね」

「ええ」

 

 食事をしながら二人の会話を見ていたキュルケが、魔理沙に尋ねる。

 

「どういう事?」

「翻訳魔法作ってたんだぜ。アリスの人形が、連中の根城に忍び込んで言葉集めててな。ボキャ貧なんで、短時間で終わっちまったんだろ」

「えっ?オークって言葉が話せるの?」

「話せるんじゃないのか?声でコミュニケーション取ってるようだし」

「…………」

 

 オークとのコミュニケーションは可能だとは知っている。でないと、オークなどの亜人を戦争に参加させる事ができない。しかし、それが言葉だとは知らなかった。それに、亜人とのコミュニケーションは特殊な専門家でないと出来ないはずだ。それがこんな短時間で、出来てしまうとは。キュルケ、少しばかり衝撃を受ける。もっとも、魔理沙とキュルケのいう「言葉」は、微妙に意味が違うのだが。

 だが次の瞬間には、別の事が気になった。

 

「交渉ってなんの?」

「だってあそこ連中の縄張りなんだろ。間借りするなら、話、詰めないといけないだろ?」

「は?」

 

 言われた事が理解できない。オークのいる土地に入るという事は、すなわち戦ってオークを追い払う。その二つが直結しているのがハルケギニアの常識だ。しかし目の前にいる白黒メイジは思考の外を口にする。つまり、話し合って貸してもらうと言っている。キュルケは少しばかり動揺して尋ねた。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。オークって人食べるのよ」

「ああ、そうだってな」

「人間の敵よ」

「人間の敵かもしれねぇが、私の敵とは限らねぇだろ?」

「えっ!?」

 

 この目の前の異世界メイジの言う事が、まるで分からない。確か魔理沙は人間だと聞いた。なのに人を食べる相手を何とも思わないのか。どういう感覚なのか想像つかない。一言おうとした時、袖が引っ張られた。タバサだった。

 

「何?」

「言っても通じない」

「何でよ」

「おそらく、彼女達は種族間の繋がりが希薄で、個人の繋がりが強い。天使と悪魔がいっしょに行動できるくらい」

「それじゃあ何?亜人の知り合いの方が、赤の他人の人間よりずっと大事って事?」

「たぶん」

 

 言葉に詰まるキュルケ。要は相手が亜人かどうかは関係なく、自分との距離感だけで判断していると。タバサの言っている意味は分かる。分かるが、気持ちの中にうまく嵌らない。一つだけ分かったのが、異世界というのは、能力がどうこうというだけではなく考え方も違うという点だった。

 もっとも、こうして人外達の側にいて、キュルケ自身の感覚が変わりつつある事にまだ気づいていなかったが。

 

 やがて、パチュリーが水晶玉をこあに預ける。

 

「さてと、そろそろ行くわ」

「おう。しっかりな」

 

 魔理沙の威勢のいい声援。ちなみに彼女は行かない。人間である魔理沙は、オークの前に出るとトラブルになりそうなので、お留守番。それはキュルケとタバサも同じ。

 パチュリー、アリス、天子、衣玖、こあ。このメンバーで交渉に向かうこととなった。文は取材と称して付いて行くが、交渉には参加する気はさらさらなかった。

 やがて四人は村の中央に降りる。文は上空で待機、というかシャッターチャンスを待っていた。すると彼女達の四方から豚の顔した巨躯の亜人が現れた。その数4。始め敵意を見せていたオーク達だが、パチュリーが話しだすと、敵意を緩める。交渉の始まりだ。

 

 そんな様子を遠くから見ている留守番組。その中でキュルケはやきもきした気分になっていた。このメンツで交渉の様子がハッキリ分かるのは、遠見の魔法を使えるタバサだけ。他の二人には、人影があるくらいしか分からなかった。キュルケはタバサに急かすように尋ねる。

 

「どうなってるの?」

「なんの変化もない」

「う~ん……じれったいわね~」

「私達が気を揉んでも、仕様がない」

「分かってるわよ」

 

 ちょっと強めの口調となってしまった。もちろんキュルケやタバサにとっては、この交渉がどうなろうとも意味はない。頼まれたのは、隠れ家に都合のいい場所の紹介だけなのだから。しかしキュルケは、彼女達がオークにどう対応するか興味があった。この異界の連中が。これまで、彼女達の力はいくつか見せてもらった。それらは驚愕すべきものだが、まだまだそれもほんの一旦にすぎない事も分かっている。だからこそ、さらに彼女達の力を見たかった。

 

 長らく話し合いが続いていたようだが、双方の態度が変わる。タバサがポツリとつぶやく。

 

「交渉が決裂したみたい」

「えっ?」

 

 キュルケはちょっと驚く。だが、同時に期待が膨らんでいた。気づくと脇に、箒に乗ったおとぎ話魔女が目に入る。

 

「んじゃ、私は行くぜ」

「留守番してって言われてなかった?」

「ああ。けど、こんな面白いものほっとく手はないだろ?」

 

 ニヤリと口の端を釣り上げると、ズトンと飛んでいった。

 燃えるような赤い髪のメイジは、魔理沙の後ろ姿を目に収めながら、笑みを浮かべていた。

 

「それもそうよね」

 

 するとキュルケはタバサと共に、シルフィードですっ飛んで行った。

 

 

 

 

 


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