パチュリー達がハルケギニアに戻ってきて一週間ほどが経っていた。以前に来た面子に鈴仙が加わって。
幻想郷組は相変わらず、廃村の寺院を拠点にしていた。だが魔法学院にも出入りしている。パチュリー達はもっぱら図書館が目当てだったが。さらに一応部屋があてがわれていた。と言っても一室だけ。空いている寮の部屋が。ある意味住所としてある。せいぜい休憩室程度の意味しかなかった。
そんな休憩室から、出てくる姿が一人。天子だった。そしてそれを待ち構える姿も一人。その主、ルイズ。だが表情は、深夜に帰った子供を叱る母親の顔のよう。
「天子!あんた、どこ行ってたのよ!」
「ちょっとねー。で、何?」
「昨日の授業さぼったでしょ!」
「授業?何で私が受けんのよ」
「昨日は、使い魔同伴の授業だったのよ!私だけ恥かいちゃったじゃないの!」
「ルイズが、系統魔法の授業なんて受けても、意味ないでしょ」
「違うわよ!使い魔との連携の授業だったの!」
「あ、そうだったんだ」
「そうだったんだって……あんたはぁ……!……ん?何よ、その腰の」
ふとルイズは使い魔の腰にある筒に気付いた。あまり見慣れないものだ。紅魔館にいたときも付けてなかった。天子、やけに自慢げ。
「いい所に気付いたわね。善行の証よ」
「あんたから、善行なんて言葉が出るとは思わなかったわ」
「ふふ~ん」
何故かいい気になっている天子。だがルイズにとっては、どうでもいい事。
「とにかく!来週は絶対、私の側から離れない事!いいわね!」
「はいはい。分かった、分かった」
天子は生返事。どこか納得いかないながらも、ルイズはとりあえず文句を飲み込む。で、次の話。
「それと、明日なんだけど。休みでしょ。買い物するから付き合いなさいよ」
「何、買うの?」
「マントよ」
幻想郷メンバーはここでは貴族という扱いになっているが、マントをつけてない。学院内ならまだしも、外では何かとトラブルを起しかねない。そこで王家に問い合わせて、マントを付ける許可をもらった。マント代は各々出してもらう。報奨金がまだあるはずだし、この人数をルイズが賄うのには無理があった。
天子は宙を仰ぎながら、何か思い出している様子。
「マントねぇ。どこで買うのよ」
「トリスタニアの『女神の羽衣』って店」
「あー。あそこ」
「何で知ってんのよ」
「社会見学したから」
「社会見学?」
「んじゃ、そこで待ち合わせね」
「ん?うん……」
ルイズは天子の言葉に違和感を覚えながらもうなずく。そして念を押した。
「いいわね!ちゃんと来るのよ。真っ昼間、正午よ!」
「うんうん。任せなさい」
大きく首を縦に振る天人。すると話は終わったとばかりに、窓から出る。そしてフワフワとどこかへ飛んでいった。ルイズは変わらぬマイペースっぷりな使い魔に、イライラするやら疲れるやら。確かに決闘以来、言う事を聞くようにはなった。もっとも、以前に比べての話。一般の使い魔には程遠い。こんな有様で、実家につれて行けるのか。とんでもなく不安だ。とは言っても躾ける方法がある訳でもなし。
「はぁ……」
肩を落とし、ぐったりするルイズ。廊下をトボトボと歩いていく。そんな彼女に声がかかった。
「ルイズ。相変わらずね」
「キュルケ……。何、からかいにきたの?」
「酷いわね。いつも悪口言ってるみたいじゃないの」
「違うっていうの?」
「あたしは、そんなつもりはないわよ」
キュルケは空高く飛んでいく天子を見ながら、何気なく口にする。その口調はどこかおだやか。この所のキュルケは、ルイズ帰還前とは違い、柔らかくなった印象があった。ルイズも以前ほど、ヒステリックになったりはしない。ルイズが帰ってからの短い期間だったが、慌しくそして新鮮だった。異界との交わりか、それともかなり変わったルイズが、彼女も変えたのかもしれない。
キュルケはルイズの方に向き直る。
「黙っとくのも寝覚めが悪いから、一応伝えとくわ」
「何よ」
「昨日、授業終わってからトリスタニアに行ったんだけど。変な話を聞いたのよ」
「ん?」
「平民をいたぶる貴族に、決闘を申し込んで倒すメイジがいるんですって」
「そんな変わり者がいるのね」
ルイズは少しばかりキュルケの話に興味が出てきたのか、姿勢を正す。
「そのメイジなんだけど、平民らしいって話だったわ。マントもないそうよ」
「平民のメイジが貴族を?よく勝ったわね。傭兵なのかしら?」
「で勝つと、貴族の杖を奪っていくの。というか、むしろ杖を集めてるっぽいらしいわ」
「へー」
素直に聞き入るルイズ。ちょっとばかり面白そうに思えてきて。
「そのメイジだけど、見た目も派手っていうか奇妙なの。やけにカラフルなエプロンをして、黒い大きな帽子を被ってる、青い髪の女の子だそうよ」
「…………」
「あたしは心当たりがあるんだけど」
「……」
「あなたの使い魔、昼間どこにいるのかしら?」
「知らない……」
ガクッと肩を落とすルイズ。面白そうと思った気分は、消え失せていた。
キュルケの言い様に、ルイズも心当たりがあった。そんな人物は一人しかいない。間違いない。自分の使い魔、比那名居天子。
昼間授業のルイズは、天子を見張る訳にもいかない。これが普通の使い魔なら、たまり場で主の帰りを待っている。しかしあの天人だ。彼女が授業を待ってじっとしているハズがなかった。そしてふと思い出す。天子の腰にあった筒。たぶんあれに杖が入っているのだろう。勝利の証として。
キュルケがちょっとばかりあきれたように言う。
「あの天使が人助けのためにって、なんかイメージしづらいんだけど」
「そうね。たぶん違うわ」
「人助けにかこつけて、メイジ狩してんじゃないの?」
「っていうか、決闘自体を楽しんでるんだと思うわ」
「決闘?ああ。あなたとの決闘の後、負けたくせにやけに楽しそうだったものね。あれで火が点いたって訳か」
ふと、広場での二人の決闘を思い出していた。普通の貴族の決闘とはまるで違う光景を見せた、あの決闘を。
一方のルイズは、イライラで拳が固くなっている。
「言う事聞くようになってきたと思ったら……また、騒ぎ起して……。何で主が使い魔の事で、悩まないといけないのよ!主を助けるのが使い魔でしょ!」
「なんか使い魔っていうより、やんちゃな親戚を預かってるって感じね」
ルイズ、キュルケの声が耳に入ってない。まだブツブツ言っている。そんな彼女に、キュルケは同情するやら面白がっているやら。一応、話は終わったと彼女はこの場を去ろうとする。
「とりあえず伝えたわ。その内お偉方と当たったりするかもしれないから、なんとかしておいた方がいいと思うわよ。じゃあね」
「うん。あ、その……。教えてくれて、ありがとう……」
「どういたしまして。じゃあねぇ」
キュルケはわずかに笑みを浮かべると、手を軽く上げ足を進めた。
残ったルイズ。溜息をもらして気持ちを落ち着かす。確かに彼女の言う通り。国のお偉方と決闘とかなったら、シャレにならない。ルイズが火の粉を被るのは確実。
実はこの所、頭を悩ます事が増えていた。幻想郷組が学院に出入りするようになって。すでに魔理沙の手癖の悪さや、文の図々しさが、少々トラブルを起こしていた。他にも幻想郷とハルケギニアの習慣の違いで、いくつか問題が起こっている。で、そのとばっちりは全部ルイズに飛んでくる。幻想郷組への苦情受付窓口であった。
ルイズは誰もいなくなった廊下を、力なくトボトボ歩く。なかなか心の平穏を手に入れられない状況に、うんざりしながら。
幻想郷組の拠点、廃村の寺院の地下。そこには今日も、人外達が蠢いていた。ここでの生活にも大分慣れてきたのだが、大きな問題が一つあった。部屋のレイアウトという問題が。
「う~ん……。やっぱりいろいろ足らないわね」
「仕方がありませんよ」
紫魔女とその使い魔、パチュリーとこあが部屋を眺めながらつぶやく。口元をちょっとへの字にして。
がらんとした景色。ほんのわずかな家具だけ。広いだけに余計に感じる。無理もない。幻想郷から持ってこられる物は最低限机や棚などの基本的な家具は王家からの報奨金で揃えたが十分とは言えず、研究道具なんかはまるで足らない。おかげで折角の広さが役に立ってない。
ふとノックの音がした。同時に二人の魔法使いが入って来る。魔理沙とアリスだ。白黒魔法使いは、ぐるっと辺りを見回しながら言う。
「どうだ、なんとかなりそうか?」
「本格的に研究するには、やっぱり道具が足らないわ」
「そうか」
何故か不穏な笑みで答える魔理沙。すると今度はアリスが質問。
「研究テーマは決めたの?」
「ええ。とりあえずは、系統魔法を再現してみようと思うの。属性魔法は専門分野だし。それと双月ね」
「双月?」
「双月があの状態で安定してるのはやっぱ妙なのよ。それが気になってね。ついでに星と太陽も調べてみるわ」
「あなた、星も研究してたものね」
「それで、アリスは何やるのよ?」
「私のテーマはずっと同じよ。自立人形の実現」
「そう」
アリスの答えを耳に収めると、次は魔理沙。
「魔理沙は何をするの?やっぱりキノコとか秘薬とかの方面なのかしら?」
「違うぜ。虚無の魔法だ」
白黒魔法使いは不敵に答える。一方のパチュリーは少しばかり意表を突かれた。目が見開いてる。
「虚無の魔法?」
「ルイズが私達の魔法、使えたんだぜ。逆もしかりだろ」
「……確かに、そうかもしれないわね」
「だろ?仕掛けが分れば、オリジナルの虚無の魔法も作れるぜ」
「なかなか面白そうだわ。後で、一口乗らせてもらっていいかしら?」
「おう。いいぜ」
やけに素直な魔理沙。いっしょにアリスもわずかに笑みを漏らしている。様子のおかしい二人に、少しばかり疑念の顔のパチュリー。不満そうに尋ねる。
「どうしたのよ。二人共」
「なら、ついでにもう一口乗らないか?」
「いったい何の話よ」
「金儲けだ」
「は?」
さらに疑問を深める紫魔女。それに人形遣いが答える。
「要はお金が必要って話よ。あなたもいろいろ入用でしょ?私も研究用のガーゴイル買うんでお金がいるし」
「それにここには、魔法の森も、無縁塚もないからな。手軽に素材を集めるって訳にもいかないぜ」
二人の話を聞いて、考え込むパチュリー。だがすぐに決心する。実際、いろいろと足らないのは確かなのだから。
「分かったわ。その様子だとお金儲けの目途も立ってるんでしょ?」
「何を売るかは。ただ、どう売るかは決まってない。こっちの商いの方法はさっぱりだからな」
魔理沙に補足するように、アリスが続く。
「それに、商売に時間とられて、研究できなかったら本末転倒だしね」
「じゃあ、どうするのよ。前にも言ったけど、私は頼りにしないでよ。商売なんてあなた達以上に分からないから」
「パチュリーに頼みたいのは、売る方じゃないから気にしなくていいぜ」
「それならいいけど」
「ま、事が進みそうになったら、また話すぜ」
「分かったわ」
こうして商売の話が進みだす。やがてこの話に文も加わった。彼女もまたいろいろと入用だった。取材には資料集めが付きものとあって。
もっとも全員が気づいてない事が一つだけあった。実はまともに商売した経験のある者が、この中に一人もいなかった事に。
虚無の曜日。別世界でいうなら日曜日。つまり休みの日。トリスタニアの町には、休みを満喫しようとしている人々でごった返していた。そんな仲、異様な一団がぞろぞろと街中を進む。奇異の視線をまるで気に留めないように。ルイズと異界の住人達、パチュリーに魔理沙にアリスとこあ、文に衣玖、そして鈴仙。ただし天子はいない。
こあが辺りをキョロキョロと見回しながら、嬉しそうに話す。
「わあ、なつかしくありませんか?パチュリー様」
「そうね」
パチュリー、いつも通りの無表情。代わりにルイズが答えた。
「え?なつかしいって……。こあってまさか……ハルケギニアに?」
「いえ、違いますよ。こことよく似た建物がある、ヨーロッパって所にいた事があるんです」
「パチュリーも?」
「はい。もっともその頃は、お互い赤の他人でしたけど」
「へー」
感嘆の声を上げながらも、ルイズは悪魔の使い魔の姿が気になった。ハルケギニアに戻って来てからの姿が。
「話は変わるんだけど。こあが背負ってるの、何が入ってるの?」
指さした先には大きなリュック。同時にげんなりするこあの顔。
「ああ……これですか。羽です」
「羽?」
「文さんみたいに収納できないんで。無理に入れてます」
「え!?無理矢理?そんな事して大丈夫?」
「ちょっとキツイです。サーフボードストレッチみたいな状態なので。でも、あの地下室にずーっと一人でいるのも憂鬱になりますし」
「魔法でなんとかならないのかしら?」
と言いながら、視線をパチュリーに送る。しかし紫魔女には聞こえてない。あるいは無視しているのか。もうちょっと声を上げて言おうかとした所、喧騒が耳に入った。声のする方を向くと、人垣があった。
魔理沙が楽しそうな声を上げる。好奇心満載の表情で。
「行ってみようぜ」
「ちょっと、魔理沙!」
アリスの制止も聞かず、もう走り出していた。魔理沙も相変わらず。
「はぁ……。もう……」
人形遣いは溜息一つ。そして白黒魔法使いを追って、足を速める。他のメンツも釣られるように後について行った。
ちょっと広い場所をぐるっと囲むように人が集まっている。なんとか覗こうとするが、背の低いルイズはよく見えない。他の連中がどうしているかと思ったら、いなくなっていた。すると上からパチュリーの声がかかる。
「ルイズ。こっちよ」
「え?あ……」
いつのまにやら屋根の上にいた。もちろん飛んで。ルイズもフワッと飛ぶと、パチュリー達の隣に座った。そして見下ろした光景に、ルイズ、絶句。一気に疲れる。
人垣の中央で、数人の貴族が何者かと相対していた。いやもう、何者かとは誰だか分かっていた。ルイズと幻想郷のメンバーは。あまりにも見覚えのあるカラフルエプロンと大きな帽子のせいで。
怒りの籠った手で杖を強く握り締めるルイズ。その表情は爆発寸前。
「天子……。何やってんのよ!あいつは!」
飛び出そうとしたルイズを、魔理沙が止める。
「待てよ。面白そうじゃねぇか」
「とばっちりがこっちに来るのよ!学院であんた達に文句、どれだけ出たか知ってんの?全部、私んとこ来たんだから!」
「そりゃ悪かったと思ってるぜ。でもな、それはそれ。これはこれだぜ」
「何が!?」
なんてやりとりをしていたら、貴族の中心の太っちょは怒りですでに杖を抜いていた。もう手遅れ。
貴族は激高しながら、杖を向ける。
「き、貴様……平民の分際で……!この私が誰だか知っての無礼か!」
「知らないわ」
「し、知らないだと?田舎者めが。いいだろう。教えてやろう。我が名はチュレンヌ!陛下より徴税官のお役目を……」
「いいから、かかってきなさい」
対する天子は楽しそう。そして、高らかに杖を抜いた。実はただの棒きれだが。
一方のチュレンヌ達。杖を見て、ただの平民だと思っていたのがメイジだと悟り、少しばかり驚く。だがすぐその表情も元に戻った。
「メイジだったとはな。では決闘という訳か。だがその平民の姿……"元"貴族か。家名を落とした恥さらしめが。粋がるでない!」
そう叫んで杖を振った。『ウィンド・ブレイク』の魔法が放たれる。巻き込まれ、周りにいたやじ馬たちの何人かが、吹き飛ばされた。
しかし、天子、不動。チュレンヌ、唖然。
「あれ?」
どう見ても軽めの少女が全く動かない。しかも防ぐために、何か魔法を発動させた様子もない。太っちょ貴族は、怪訝な表情を浮かべる。額に汗を浮かべながら。
「な、なかなかやるようだな。だが謝るなら今の内だぞ」
「いいから。どんどん来なさい」
「ふ、ふざけおって。痛い目をみせてやるわ!私の真の力を見るがよい!」
チュレンヌ、詠唱を始める。そして完了と同時に杖を振った。『エア・ハンマー』の魔法を。大気が一塊となり、風の槌が天子に向かう。
魔法は直撃。しかし何故か、甲高い金属を叩いたような音がした。当の天人は、相変わらず不動。
一方、さらに不気味な違和感を覚えるチュレンヌ。今までの魔法が通じないので、もう直接ぶっ叩いて吹き飛ばしてやろうと考えた。
空気の槌は確かに真正面に直撃。だが天子、不動。さらに傷一つついてない。というかエア・ハンマーの方が、砕け散ったように思えた。自分の技が通じなかった以前に、その理由が分からない。魔法を使った形跡もない。服の下に重装甲の鎧でもつけているのかと思いたくなる。だが、とてもそうは見えなかった。では何故?チュレンヌの頭に、気持ちの悪い不安が浮かぶ。
「き、貴様……。い、いったい……」
「さ。次、次」
相変わらずの天人。不敵な笑顔を崩さない。一方、チュレンヌ動けず。冷や汗だけが背中を流れていく。
突如、二人の間で爆発が起こる。驚いて、蜘蛛の子を散らすように逃げ出すやじ馬たち。やがて煙が晴れてくると、空からメイジが一人降りてきた。ルイズだった。文句の三言、四言もありそうな顔の。
「天子。これはどういう事よ」
「あれ?もう来てたのね」
「いいから、質問に答えなさい!」
「善行よ」
「善行の中身よ!」
「か弱い民をいたぶる、悪漢を退治してたのよ」
イマイチかみ合ってない主従の会話に、別の声が挟まれる。
「ミ、ミス・ヴァリエール!」
届いた声の方を向くと、黒髪の少女が立っていた。ルイズは彼女を凝視する。見覚えがあるが、名前が出てこない。すると今度は後ろから声がする。
「よっ。シエスタ」
「あ、魔理沙さん!」
ルイズが振り返ると、呼ばれた当人がいた。
「魔理沙。あの子、知ってんの?」
「おいおい。学院のメイドだろ。何度も会ってるだろうが」
「ん?あー、そう言えばいたわね。給仕服じゃないから、分んなかったわ」
魔理沙は食事を貰っている手前、メイド達や調理室の面々とは顔見知りだった。
一方、彼女達の会話を取り残されたように見ているチュレンヌ。ルイズの側に次々と降りて来る異様な集団を目にしていた。だが、彼の頭の中は別の事で一杯だった。恐る恐る口を開ける。
「あの……。ヴァリエールとはその……。ヴァリエール公爵家の事でしょうか……」
ルイズ、振り向く。
「ん?そうよ。私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。ヴァリエール家の三女よ」
「えっ!?ヴァ、ヴァリエール家のご息女……!そ、それでは……その平民……いや、その方は、あなた様の知人なのでしょうか……」
「知人……。まあ、そうよ。それとこんな恰好だけど、一応貴族だから」
「ええ~っ!?」
チュレンヌの太った体が、一気に引き締められる。緊張で。公爵家に縁ある貴族に、決闘を申し込んでしまった事に。次の瞬間、太っちょ貴族は土下座していた。合わせたように配下の連中も。
「こ、この度は、知らぬ事とは言え、決闘などと大それた……。その……平にご容赦を!」
ルイズはそれをちょっと呆れて見ている。
「はぁ……。もういいわ。これからは平民に余計なちょっかいかけない事ね」
「は、はい!肝に銘じておきます!」
チュレンヌは土下座の状態で叫んでいた。後は深々と頭を下げて、この場を慌てて去っていった。
そんなズッコケ集団の姿が見えなくなると、ルイズは天子の方へ向き直った。
「で?本当は何をしようとしてたの?」
「さっき言ったじゃないの。善行って」
「本当は、って言ったでしょ!」
ルイズは憮然としている。少しイライラしるのもあって強い語気。もっともヒステリーを爆発させない所は、大分変ったとも言えるが。
そんな彼女を見て、天子は少し考える。すると、あっさり理由を口にした。
「決闘相手を探してたわ」
「やっぱり……。あんた……悪びれもしないで……」
「ぐだぐだ言っても、時間の無駄だしねー」
「だいたい、あんたはねぇ……!」
ルイズ、爆発寸前。
そこに制止が入る。魔法学院のメイド、シエスタだった。
「ま、待ってください!その……喧嘩はおやめになってください。私達は、助けていただいたのです!」
「私達?」
シエスタの後ろに二人の姿が見えた。一人はやけに化粧の濃い偉丈夫の男。もう一人はシエスタと同じ年くらいの女性だった。二人は深々と頭を下げている。
それから詳細を三人から聞いた。シエスタの後ろに立っていたのは、彼女の従妹ジェシカと、その父スカロン。二人は居酒屋『魅惑の妖精』を経営している。今日もいつも通り店の準備を始めていたら、そこにチュレンヌがやってきたそうだ。何があったのか知らないが、やけに機嫌が悪く、酒を飲ませろと我がままを言いだした。あまりの強引さに困っていたところ、天子が現れたそうだ。ちなみにシエスタだが、非番だったので、遊びに来たついでに手伝いもするつもりだった。
騒動にケリが着いたので、お礼とばかりに簡単な手料理を店の中でごちそうになった。かつてなら平民の料理と聞いただけで、ルイズは不機嫌な表情になっただろう。彼女は平民の料理はまず口にしない。する機会がない。だが幻想郷でミスティアの店を手伝っている時に、この手の料理は何度も口にしていた。紅魔館でも美鈴や咲夜に付き合って、賄い料理を食べた事もある。今では、そう抵抗はなかった。
やがて店を出ると、ルイズ一行は当初の目的、マントの購入に向かう。全てが終わった時には、日がかなり傾いていた。
いつものように魔理沙が、食堂の調理場の賄い用のテーブルで朝食を取っていた。料理そのものは、貴族が食べるものとは思えないほど簡単なもの。そもそもこんな場所で食べること自体がありえない。だが、そういう形式ばったものが鬱陶しい魔理沙。あれこれ注文付けている内に、平民とほとんど変わらない食べ方になっていた。まあ、幻想郷でのスタイルになっただけともいう。ここの料理長のマルトーも最初こそ貴族だからと嫌っていたが、あまりにざっくばらんとしている魔理沙に、今では普通に口を聞くようになっていた。
そんな調理室にシエスタが入って来た。籠に洗濯済の調理用衣類を抱えている。魔理沙は、何故か企んでいるような笑みを浮かべていた。
「シエスタ」
「あ、魔理沙さん。お食事中すいません」
「別にかまわないぜ。ちょっと聞きたいんだけどな。あの店の事」
「あの店?」
「ほら、お前の叔父さんがやってるっていう……」
「ああ、『魅惑の妖精』亭ですね」
「それそれ。でだな、ぶっちゃけて聞くが。景気はどうだ?」
シエスタ、少しばかり苦笑い。相変わらずの貴族らしからぬ言葉使い。というか平民みたい。まあ、はるか遠方の貴族と聞いているので、トリステインの貴族とは大分違うのだろうと思っていたが。
「えっとですね、以前は結構繁盛してたんですが、今ではそれほどじゃないです」
「なんでだ?」
「カッフェっていう店が開いてから、そちらに客を取られてるそうですよ」
「つまり、苦しいって程じゃないが、順調って訳でもないか」
「そうですね。スカロン叔父さんも、いろいろと考えてましたし」
「店を盛り上げる手が欲しいと……。ふ~ん……」
ニヤリとまたもや不穏な笑み。シエスタ、悪い予感が湧いてくる。
「シエスタ。頼みたいことがあるんだけどな」
「なんでしょうか?」
「叔父さんと、ちょっと込み入った話がしたいんだ。近々で時間作れないか聞いてくれないか?」
「はぁ……分りました」
「悪いな」
魔理沙は軽く礼。残った食事を口に放り込むと、すぐに調理室を出る。そして、どこかへすっ飛んで行った。ラッキーとか思いながら。
これがルイズに次々とあらぬトラブルを呼び込む切っ掛けとなるとは、当時の彼女は知りもしなかった。
ちなみに食事を用意してもらっているのは、魔理沙以外では、文に天子に衣玖に鈴仙。だが人外である彼女達が食べる「人間の食事」の量は圧倒的に少なかった。「人間の食事」に関してはだが。
チュレンヌは風系統にしてしまいました。彼自身は魔法使ってないんですけど。配下が風系統ぽかったんで。