ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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Big Trouble

 

 

 

 

 双月が空に上がってからかなり時間が経っていた。学院の端に、小さな掘っ立て小屋があった。そこに明かりがついている。コルベールの研究室だ。教師としての仕事の後、寝るまでのわずかな時間を自分の研究に打ち込んでいた。人によっては意味のない道楽と思われているが、いつかは役に立つ時が来ればいいと考えていた。もっとも、知的好奇心が最優先なのだが。

 そんな彼の小屋のドアがノックされた。コルベールは手を止める。

 

「はい。どなたでしょうか?」

「パチュリー・ノーレッジよ。今、いいかしら?」

「これは、これは」

 

 意外な来客に驚く。すぐにドアに開けた。暗闇の中、相変わらずの奇妙な恰好の遠方のメイジと彼女の使用人がいた。実は彼、たまにだが彼女と会話を交わしている。というのも、パチュリーはよく授業に出ていたのだ。彼女の研究のテーマ、系統魔法の再現のために。

 コルベールはドアを開けたまま、話しかける。あくまで友好そうな表情で。

 

「もう遅いですから、それほど時間は取れませんが、よろしいですか?」

「ええ。かまわないわ」

「そうですか。ではどうぞ」

 

 パチュリーとこあは案内されるまま、小屋へと入っていった。

 小さなテーブルの周りに、三人が座る。コルベールは簡単にテーブルを片づけると、紅茶を用意した。簡単な挨拶の後、最初に話し始めたのはパチュリーだった。

 

「あなたがこの学院で、使い魔に一番詳しいと聞いてるのだけど。召喚の儀式にも一番立ち会ってるって?」

「そうですね。何かと私が受け持つ事が多いようです」

「後、開明的とも聞いたわ」

「そう言っていただけると、ありがたいです。人によっては、異端の疑いを持つ方もいらっしゃったので。まあ、夜な夜なこんな小屋に籠っているのでは、そう思われても仕様がない所もありますが」

 

 コルベールは、苦笑いを浮かべながら答えた。対するパチュリーは、相変わらずの無表情。

 

「それじゃ、本題に入るわ。使い魔について聞きたいの」

「ふむ……知っている事でしたら、お答えしましょう」

 

 姿勢を正すと、目の前の遠方のメイジに耳を傾ける。

 

「単刀直入に聞くわ。主と使い魔の契約が切れるのは、どんな時?」

「どちらかが死亡した場合のみですね」

「その時、ルーンは?」

「すぐに消えてなくなります」

 

 目の前の教師の言葉聞いて、パチュリーは黙り込んで考え出す。彼女の様子に、トラブルを感じ取ったコルベール。思いついた事を口に出してみる。

 

「その……。ミス・ヴァリエールとミス・ヒナナイに何かあったのでしょうか?」

「…………。ルイズには黙っておいてよ」

 

 コルベールは静かにうなずく。魔女は彼に視線を向けた。

 

「天子のルーンがね。欠けたのよ」

「欠けた?消えたのではなく?」

「ええ」

「そんな馬鹿な……」

「ここで読んだ本にも、そんな現象は見当たらなかったわ。だから、実例をいくつも見てるあなたに聞いてみる事にしたの」

「そうですか……」

 

 遠方のメイジの話は予想外のものだった。いや、ルイズの使い魔も彼女の同郷の者だ。イレギュラーがあり得るかも。という考えもあたまを掠めたが。眉を顰め頭を回す。

 紫メイジは彼に構わず、自分の考察を口にした。

 

「例えば……サモン・サーヴァントで間違った相手を呼び出したせいで、契約が不完全になるって可能性はあるかしら?」

「…………」

 

 教師は口元に手を添えると、考え込む。そしてゆっくりと視線を上げた。

 

「今から言う事は、他言無用に願えますでしょうか?私のような立場の者が、このような事を口にするのは憚られるかもしれませんので」

「ええ」

「サモン・サーヴァントではメイジに相応しい使い魔が召喚されるという事になっていますが、立証された訳ではないのです。つまり、間違った召喚なのかどうかも分りません」

「…………」

「確かに、主の系統に近い使い魔が召喚されているのも事実ですが、より相応しい使い魔がいないとも言いきれません。さらに言えば、多くの使い魔は属性のハッキリした幻獣などより、普通の動物の方が多いのですよ。そのため相応しいかどうかは、判断が難しい場合もあります」

「傾向があるのは確かだけど、決定的と言えるほどじゃないと」

「はい」

 

 パチュリーは表情を変えない。今まで授業を聞いていて、なんとなく想像はついていた。立証よりも実践重視で、現象がなぜ起こるかがあまり説明されないのだ。

 コルベールは続ける。

 

「ただミス・ヴァリエールとミス・ヒナナイには例外要素が多いので、今までの考えが通用するかどうか……」

「本当に相応しくなかった可能性もある訳ね」

「はい」

 

 小さくうなずく教師。その答えに紫魔女も考え込む。やがて、この沈黙に耐えかねたのか、コルベールが口を開いた。

 

「あの……何を考えているのでしょうか?」

「相応しくないとしたら、その理由をね」

「もしかして……ミス・ヒナナイが間違って召喚された可能性があると?」

「ええ」

「……。付き添いもなくミス・ヴァリエールが自らサモン・サーヴァントを行ったようですから、やり方に問題があったのかもしれませんね」

「その時よりも最初のサモン・サーヴァント、つまり私達の『世界』に出てきた時のサモン・サーヴァントの方がキーだと思うのよ」

「最初の召喚……」

 

 コルベールは宙を仰ぎながら思い出す。そもそも、ルイズが行方不明になったのは召喚の儀の最中だった。彼女から聞いた話では、召喚したつもりが、逆にこの目の前のメイジ達に召喚されていたと。だがそれがキーとはどういう事か。コルベールは遠方のメイジの次の言葉を待った。

 

「例えば……。ルイズが本来召喚すべき相手の所に展開したゲートに、私達の召喚陣が重なってしまったとか。するとルイズは召喚陣自体を召喚してしまうわ」

「それに巻き込まれたと……」

「考えられなくはないでしょ?」

「確かにそれならば、あなた達の所に現れた理屈も通ります。しかし、それは呼ぶべき使い魔が他にいるのとは、違うのでは?ミス・ヒナナイが相手でも、矛盾はないように思えますが」

「そうはならないの。なぜなら、彼女が呼ばれるべき相手なら、ゲートを二度見てるはずだから。最初の召喚の儀の時と、天子を召喚した時にね。でも、一度しか見てないそうよ。だから天子じゃない。彼女を召喚してしまったのは、ゲートが結界を越えられなかったせいじゃないかしら」

「結界?」

 

 コルベールは聞きなれない言葉に眉をひそめる。しかし目の前の紫メイジはそれに答えない。相変わらずのマイペース。別の事を口にする。

 

「何にしても、所詮は仮説よ。立証できる訳でもないし。あなたの言う通り、そもそも例外的な主従だしね。ま、結局、原因はよく分からないという事ね」

「申し訳ありません。力になれずに」

「気にしないで。礼を言うのはこっちよ。こんな夜更けに相手をしてもらったんだから」

 

 パチュリーはそう答えると席を立ち、こあと共に小屋を後にしようとする。何ももたらさず、この話は終わる所だった。

 だが、そこに制止の声。少しばかり張りつめた響きの。

 

「あの……礼と言われるなら……。一つ質問に答えていただけないでしょうか?」

「何かしら?」

「ご気分を害されたら、申し訳ありません」

「?」

「その……あなた方は……。何者ですか?」

「……。どういう意味かしら?」

 

 魔女と使い魔の足は止まったまま。視線は教師に向いている。表情は相変わらず起伏がない。

 対するコルベールには奇妙な緊迫が滲みつつあった。かつて戦地を潜り抜けた経験が、訴えているのか。目の前の存在は違うと。ルイズと天子の決闘を見た時の、異質感が思い出される。

 

 教師は言葉を続ける。脳裏に引っかかっていた疑問を吐き出すように。

 

「ミス・ヴァリエールとミス・ヒナナイの決闘の時から、違和感がありました。その……ミス・ヒナナイのあの能力。あれは人に可能なのかと。それから、あなた方を注視していました」

「…………」

「魔法については、特に気になった点はありません。あまり使われてないようですし。しかし、日々の生活に気になった点がいくつもあります。例えば食事。あなた方は食事も我が校で賄う事になっていますが、まともに食事をされているのはミス・キリサメだけ。他の方々はたまにしか来られない。特にあなたとミス・マーガトロイドは、食事にいらした事がほとんどない」

「ここの料理が口に合わないだけよ。他で取ってるわ」

「ならば、何日も徹夜をしても影響が見られないのは、どういう事でしょうか?警備の者から、深夜、あなた方の部屋の灯りが数日続けてついていたと聞いています」

「まるでストーカーね。単に徹夜慣れしてるだけよ。そういう体質なの」

「では、今のお住まいを教えていただけないのは?」

「女性の家を知るには、努力が足らないんじゃないかしら?」

「先ほど、あなたはミス・ヴァリエールを召喚したのを自分達の『世界』と言った。自分の国を世界などと言うでしょうか?」

「言う人もいるわ。目の前に」

 

 全ての疑問にパチュリ―は平然と答える。雑談でもしているかのように。

 だが逆にそれがコルベールに疑念を強くさせていた。見た目は学院の生徒並に見えるこのメイジ。だがその仕草、言動は老獪さを感じる。異質なアンバランス感。かつての戦士としての経験が訴える。目の前にいるのは違うと。

 

 だが、そんな彼の緊張感を他所に、パチュリーは一つ溜息。

 

「はぁ……。一つ言っておくわ」

「は、はい」

「悩んだ所で意味はないわよ」

「え?」

「私達はこっちでいろいろと研究したいだけなのよ。それにね、ルイズの友人でもあるつもりなの。私達は信じられないかもしれないけど、ルイズは信じられるでしょ?」

「それは……はい、そうですが……」

「つまりは、そういう事よ」

 

 要は自分達の手綱は、ルイズが握っているから安心しろと言っているのだ。

 そこまで聞いてコルベールは、疑問を収める。これは、一筋縄で行かないと思ったのだ。一方で、この目の前の存在は、やっかいではあるが悪ではない。そんな直感が彼の心にあったのも理由だった。気づくと、さっきまであった緊張も消えていた。

 

 やがてパチュリーとこあは部屋を後にする。すぐに帰路へと飛び立った。空を進みながら少し難しい顔。天子のルーンの疑問が晴れない上に、教師に余計な疑いを持たれてしまうとは。もっとも、後者についてはそう気にする彼女でもない。廃村に着いた頃には、頭の隅に追いやられていた。

 

 

 

 

 

 図書館に最近よく見る少女が現れた。生徒達の視線が一斉に集まる。それが目に入ってないように、いつもの場所に向う。この所、よく見かける姿だった。

 この人物。トリステイン所か、ハルケギニアの住人ではない。一目見れば分かる変わった風貌。目立つうさぎのような耳。いや本人の言い分によると髪飾りだとか。とにかく分りやすい特徴。彼女の名は、鈴仙・優曇華院・イナバ。その正体は、人間ではない。それどころか、地球の存在ではなく月出身の玉兎。もっともハルケギニアの住人からすれば、地球だろうが月だろうが関係ないが。

 

 鈴仙がこっちに来たのは、ルイズの姉、カトレアの治療のため。というのは理由の一つ。実はもう一つ理由があった。ふと、その時の出来事を思い出す。

 

 

 

 鈴仙がいつもの様に永遠亭を掃除していると、彼女の師匠が帰って来た。八意永琳が。今日は往診でもないのに、珍しく出かけていたのだ。

 彼女を笑顔で迎える鈴仙。

 

「お帰りなさい。師匠」

「ええ、ただいま」

「どこに行かれてたんです?」

「山の神社よ」

 

 山の神社。つまり妖怪の山の守矢神社。あまり関わりのない場所だ。彼女は何とはなしに聞いてみた。

 

「どうしてまたでそんな所に?」

「町内会の会合よ」

「会合……って?」

「山の神に、スキマ、亡霊姫とかに会って来たの」

「何ですかその顔ぶれは!?異変でも起こるんですか?」

「かもね」

 

 平然と答える永琳。

 だが、鈴仙の方はというと、ちょっとばかり不安になる。わずか眉間が締まる。八雲紫、西行寺幽々子、八坂神奈子、洩矢諏訪子に会ってきたと言っているのだ。幻想郷の実力者ばかり。何もないというのは無理がある。まあ年配同士の、単なるお茶飲み会の可能性もあるが。

 浮かんだ疑問を訊ねようとした所、先に永琳が口を開いていた。

 

「ちょっと頼みたい事があるのよ」

「はい?」

 

 鈴仙は手を止めると、少しばかり緊張した面持ち。

 永琳は玄関に腰を下すと足を組む。やがて話始めた。

 

「紅魔館のルイズって知ってる?」

「えっと……はい。人里で聞いた事あります。外来人の魔法使いだとか」

「それじゃ、彼女が異世界の住人って言うのは?」

「それは初耳です。けど、異世界って何です?」

「言葉通りよ。信じられないかもしれないけど」

 

 ちょっとばかり目を丸くする月のうさぎ。

 薬師は話を続ける。

 

「実は、魔理沙とアリス達が、その異世界への転送陣を完成させたの。もう行き来できるそうよ。そこで、あなたも彼女達といっしょに行ってもらいたいの」

「え……。何故です?」

 

 鈴仙、少し不安そうな声で返す。異世界がどんな所かも分からないのもあるが、実力者の会合の話を聞いた後なのだ。まず厄介な目的のためで事であるのは、間違いなかった。嫌な予感しかしない。

 ともかく、彼女の質問に師匠は答える。

 

「まずは治療よ。そのルイズに姉がいるんだけど、彼女、体が弱いらしいの。そのためにね」

「でも私じゃ、治療できるか分りませんよ?」

「分かってるわ。治療は私がやるから。その彼女から採血してきて」

「はぁ……」

 

 拍子抜けの玉兎。ただの治療目的とは。でも、ちょっと安心。

 だが、続きがあった。

 

「それともう一つ。というかこっちが本題なんだけど」

「はい」

 

 鈴仙は気持ちを引き締める。やはり、治療だけで終わるはずもなかったかと。永琳は相変わらずの表情で、中身を口にする。

 

「その異世界での、一番の宝を持ってきなさい」

「宝!?宝って何です!?」

「分からないわ。それを調べるの込みで、頼んでるの」

「ええ!?そ、それに、一番の宝なんて貸してもらえる訳ないじゃないですか!」

「そうね。だから盗んできなさい。いえ、むしろ誰にも言わないで、持ってきなさい」

「な……!だいたいなんで、そんな事するんですか!?」

「一つは研究のためね。それと困った顔が見たいから」

「はぁ!?」

 

 予想を上回る無茶振り。理由も訳が分からない。研究はともかく困った顔が見たいとか。いつから師匠はこんな歪んだ性格になったのか。初めからかもしれないが。

 あたふたする鈴仙を他所に、永琳はお構いなし。

 

「無理そうなら、二番目でも三番目でもいいわ。宝なら」

「一番目が三番目になっても、大して変わらない気がするんですが」

「ともかく、指示は伝えたわよ。さすがに手ぶらは厳しいだろうから、多少は手を貸すわ」

「多少ですかぁ……」

 

 項垂れながら答える鈴仙。永琳から無茶な頼みをされるのはよくある事とはいえ、今回はいつにも増して厳しい要件。情けない声で、せめてもの反論。

 

「師匠ぉ……。そんなに私の困った顔が見たいんですかぁ?」

「あら、あなたのとは言ってないわよ」

「え?それじゃ、いったい誰の……」

「さあね。誰が困るのか……。それ自体が求める結果なのよ」

「???」

「それじゃ、お願いね」

 

 永琳は用が終わったとばかりに奥へと引っ込む。一方、佇むだけの鈴仙。どうにも意図がわからない。左右に首を傾け考える。だが、分かっている事が一つ。何にしても盗みを働くのだから、鈴仙が貧乏くじ引くのは確実。絶望感と混乱が頭の中で巡っていた。

 

 

 

 鈴仙は学院の図書館で、思い出し笑い。その笑いはやけに乾いていたが。そしてパタリと突っ伏した。あの時の絶望感が蘇って。

 ところで彼女が図書館で何をしているかというと、やはり宝を調べていたのだ。この世界、ハルケギニアの宝を。

 

 すると、テーブルに突っ伏している鈴仙に声がかかる。顔を上げた先にいたのはルイズだった。

 

「あ、ルイズさん」

「ルイズでいいわ。あれ?どうかしたの?顔色よくないわよ」

「ははは……」

 

 むっくりと起き上がる鈴仙。なんとか表情を通常運転に戻す。

 

「えっと、何か用?」

「一週間ほどしたら、実家にみんなを招待するつもりなの。予定空いてる?」

「こっちは、いつでもいいけど」

「ありがとう。それと、ちい姉さまの治療の事なんだけど。その時にお願いしたいの」

「うん。分かったわ」

 

 要件はそれだけとばかりに、この場を去ろうとするルイズ。そんな彼女を鈴仙は止めた。

 

「あ、あの、ルイズ!」

「ん?もしかして、予定あったの?」

「そうじゃなくって……、聞きたい事があって……」

「何?」

 

 ルイズは立ち止まると、再度鈴仙の方を向く。一方、鈴仙。一つ息を飲むと、無理に笑顔を作って尋ねた。

 

「その……この世で一番の宝って何かしら?」

「は?」

 

 一瞬意味が分からない。とりあえず答えるピンクブロンド。

 

「命とか……誇り……信仰……」

「そういうんじゃなくって、宝物って意味で」

 

 鈴仙のいいたい事はなんとなくわかったが、急に言われるとルイズもよく分からない。世界の宝物なんて勉強や貴族の矜持に関係ない知識が、ルイズの頭にある訳なかった。

 

「う~ん……。そういうのはよく知らないのよ」

「そう……」

「有名なのだと……始祖の秘宝かな」

「あ、それ、本にあったわ。確か……始祖が残した遺物で、『祈祷書』、『オルゴール』、『香炉』、『円鏡』の四つ……だったかしら」

「そうよ。一般常識みたいなものだけど。各王家に一つずつあるわ」

「それじゃぁ、見ようと思ったら、王様の宝物庫とか行かないといけない訳ね……」

 

 鈴仙、溜息一つ漏らすと、またパタリと机に臥せる。そんな彼女にルイズは首を傾げながら尋ねる。

 

「そんなに見たいの?」

「まあ……」

「一つだけなら見せて上げられるわ」

「本当!?」

 

 ガバッと起き上がる玉兎。その瞳に希望の光。それにルイズは応える。

 

「私、『始祖の祈祷書』を陛下からお預かりしてるのよ。それなら見せられるわ」

「え……。ルイズが持ってるの?」

「そうよ。大切に保管してるわ」

「そ、そうですか……」

「ただ、今はいろいろ立て込んでるから、落ち着いてからでいい?」

「うん……。そうしてくれると嬉しいです。こっちも決断に時間がかかりそうなんで」

「?」

 

 何やら、小さく縮こまっている鈴仙。ルイズは首を傾げるだけ。鈴仙にとっては、顔見知りがターゲットではあまり気が進まないのも無理なかった。一方のルイズは、姉の事で世話になるのだから、これくらいのサービスはいいだろうと思ったのだ。

 

 ルイズは次の目標へと向かう。実家への招待を知らせるために。幻想郷組にリーダーでもいれば伝えるのは一人で済むのだが、残念ながらいない。おかげで、各々に言うしかなかった。

 

 そんな訳で、急いで図書館を出ようとしたルイズに声がかかる。思わず向いた先に、図書館の常連がいた。青い髪の小さな少女が。

 

「あれ、タバサ。なんか用?」

「……」

 

 タバサは静かにうなずくと、口を開いた。

 

「あのうさぎの人は何?」

「ああ、鈴仙・優曇華院・イナバって名前の……えっと……妖怪。種族は忘れたんだけど、なんでも月から来たそうよ」

「……!」

 

 思わず目を見開くタバサ。月の住人なんて、存在自体が信じがたいものだろう。だが、彼女は幻想郷の者たちの素性を知っている。ならば話は違う。予想外ではあっても、大げさに驚くようなものではなかった。そもそも知りたい事はそれではない。彼女は本題に入る。

 

「最初の時には居なかった」

「後から来たの」

「何しに?」

「私の姉上、体が弱いのよ。その治療のため」

「医者?」

「違うわ。医者の助手よ。治療のための検査をするって聞いてるわ」

 

 ルイズは答えながらも不思議に思っていた。やけに丹念に聞いて来る。もちろんまた幻想郷の住人が現れたのだ。疑問は持つだろう。だがどこかタバサらしくない気がしていた。

 そんな考えが頭を巡っている最中、次の質問が出る。

 

「その医者の腕は?」

「聞いた話だと、治せないものはないそうよ。不治の病から毒からなんだって」

「……!!」

 

 タバサの表情が珍しく明るくなる。ここまで感情を露わにするのも珍しい。初めて見る彼女の様子に、思わず気圧されるルイズ。構わずタバサは前のめり。

 

「どうやって治療を頼んだの?」

「パチュリーになんとかお願いして……よ。最初、難しいかもって言ってたんだけど。あまり面識もないそうだから。でもアリスが間に入って、なんとかしてくれたの」

「仲介を入れて、なんとか……」

 

 一言零すと、いつもの表情に、いや落胆すら感じられるほどの表情に戻った。そして礼をすると自分の席へと帰る。彼女の後姿に、何か腑に落ちない者を感じるルイズ。首をわずかに傾ける、眉間にしわを寄せる。ただ、今はとにかく全員に招待の話を通さないといけない。頭を切り替えると、図書館を出ていった。

 

 

 

 

 

 ルイズの部屋の前に三人の変わった姿があった。人妖の姿が。

 魔法使い二人に、烏天狗。魔理沙とアリスと文だ。さっきからルイズの部屋をノックしているが、返事がなく立ち尽くしている。弱り顔を、見合わせる三人。

 

「どこ行ったんだよ。アイツは」

「授業終わったら、大抵部屋にいるのにね」

 

 アリスは腕を組みながらつぶやく。すると辺りを見回していた文が、目標の相手を見つけた。笑顔いっぱいに手を振る。

 

「あやや、ルイズさん!」

 

 気づいたルイズは駆け寄って来た。

 

「あんた達何やってんのよ」

「ルイズさんに用があったもんで、探してたんですよ」

「私に?ふ~ん……。まあ、こっちも用があるから。入って」

 

 ドアのノブに手をかけると、三人を部屋へと入れる。探していたので、丁度よかったという具合に。

 ルイズは適当に二人を席に座らせ、彼女自身はベッドに腰掛けた。

 

「えっと、まずこっちから話すわ。他の人にはもう伝えたんだけど、実はあなた達を我が家へ招待したいの」

「なんでまた?」

 

 アリスが意外そうな顔をする。両親が厳格だとは幻想郷で聞いていた。そんな家に、どう考えても厳格とは程遠い連中を連れて行くとはと。

 ルイズは、仕方なさそうに答える。

 

「つまり……その……母さまが、私が世話になった相手を見ておきたいんだって」

「幻滅するだけじゃないの?」

「かもしれないけど、連れて来いって言うから。それで、一週間後くらいを考えているのよ。何か都合ある?」

「私は別に」

「文は?」

「もちろん空けておきますよ。貴族を取材できる絶好の機会ですし」

 

 なんか不安を呼ぶ事を口にしたが、とりあえずルイズは了承。次に魔理沙に尋ねようとしたら、向うから話し出した。ラッキーと言いたそうな顔で。

 

「お前ん家に行くのか。そりゃ、丁度よかった」

「丁度いいって何よ」

「お前の父ちゃんと母ちゃんに、話通しておかないといけないしな」

「!?」

 

 ルイズはその台詞を聞いて、一瞬、眉間にしわ。自分の両親に話を通して置かないといけない?まるで面識のない魔理沙が。嫌な予感しかしない。

 

「話って何よ」

「実はなぁ……金を借りたいんだ」

「え!?」

 

 ルイズ、頬が引きつる。

 ふと、周りを見ると、アリスと文もバツの悪いような顔をしている。嫌な予感はさらに強くなる。

 

 すると魔理沙は、一枚の紙切れをテーブルに置いた。そこに見えるのは、購入一覧の文字。アリスが申し訳なさそうに、説明を始める。

 

「えっと……ほら、前に買う物があるから、後見人になってって言ったでしょ?」

「え……ええ」

 

 記憶の隅をさぐると、確かにそんな事があったのを思い出す。ヴァリエール家の名で、二人の後見人となったのだ。魔理沙達は一応貴族という扱いになってはいるが、別にトリステインに所領がある訳でもない。実は金銭的な裏付けがまるでなかった。そこで彼女達が"あるもの"を買う時に、ルイズは後見人としての書類にサインしていた。もっともその時のルイズは、単なる買い物だろうと深くは考えていなかったのだが。

 

「だってあれって……料理の材料買うからって……」

「そうよ。で、買ったら思ったより高くついてね」

 

 高くという言葉に反応して、ルイズはもう一度一覧に目を通す。いろんな品が書いてあったが、その中で蜂蜜の額が突出していた。

 

「な……何よ!この額!どんだけ買ったのよ!」

 

 ルイズは部屋で、声を張り上げていた。忘れていた宿題を、期限直前で思い出したような顔で。

 対する白黒魔法使いはなだめる様に話す。

 

「実は商売始めようと思ってな」

「聞いてないわよ!そんな話!」

「言うまでもないと思ってたんだよ。名前借りるだけだったし。最初はそんなに金もいらないと思ってたしな」

「そうなってないじゃないの!」

 

 ルイズの文句は止まらない。魔理沙の口調は、ますます申し訳なさそうに。

 

「いやな、途中までは順調だったんだぜ。店も料理人も目途がついてな。たださ……」

「ただ……、何よ」

「材料購入する時に手違いがあってな」

「まさか買う量を、一桁間違えたとかじゃないでしょうね!」

「いや。購入する物自体を間違えた」

「な……!ば、ば、ば……」

 

 怒声を破裂させよとするルイズ。しかしその口を、魔理沙が手で塞ぐ。

 

「皆まで言うな。いや、気持ちは分かるぜ。悪いとは思ってる。けど最後まで話をさせてくれ」

「ぐ…………」

 

 機先を制せられ、口を噤むルイズ。だがその顔は、まさに爆発を抑え込んでいる活火山。

 

「返す当てはあるぜ。時間さえあればな。けど期日までは難しいんだよ。で、その少しの間、金を借りようと思ってな。悪いとは思ってるけどさ、なんとかならないか?」

「む、無理に決まってるでしょ!」

「親父さんかお袋さんに頼めないか?私も頭下げるぜ。いいタイミングで私らもおまえんチ行くんだし」

「逆効果よ!そんな事したら、軽々しく家名を使って借金作ったって問い詰められて、最悪、家に連れ戻されちゃうわ!」

 

 両親、特に母親の厳しさを身に染みるほど知っている彼女にとっては、こんな額を要求するという事は自殺行為にも等しい。

 ルイズのあまりの拒否っぷりに、魔理沙は結構がっかり。頼みの綱が切れたとは、この事か。

 そこに文が一つ提案。

 

「なら、別の手しかありませんね」

「そうね。他の方法にしなさい。それで、どうやるの?」

「偽造した手形で支払う」

「ぶっ!?」

 

 ルイズ、この烏天狗は何を言いだすんだって顔。詐欺にまで手を出そうというのか。さすがに止めないとと、身を乗り出した。しかし文の制止の声。

 

「勘違いしないでくださいよ。別に踏み倒す訳ではありません。支払を延期してもらうんです」

「普通に頼めばいいでしょ!」

「初めての取引なのに、そんな事したら信用を失ってしまいます。ですから、形だけでも支払った事にするんです」

 

 内心、どの口が言うかとルイズ。信用なんて考えてないような新聞を、いつも発行しているくせにと。

 

「でもそれがどうして、延期する事になるのよ」

「手形の決済を先にして、実質的な支払日をさらに延ばすんです。その間に、稼いだお金で返す。決済の期日の前に処理できれば、全て丸く収まります」

「だ、だけど手形の偽造なんて……」

 

 ルイズは何やら、歯切れの悪い返事。確かにうまく行けば、両親にも取引相手にも気づかせずに、お金の問題を終わらせられる。妙に後ろ髪引かれるものがあった。それにしても、全うな学生生活していたら、知らないままであろう悪事をポロポロ言う幻想郷の住人達であった

 その時、アリスが不思議そうな顔してルイズの後ろを指さした。

 

「何あれ?光ってるわよ」

「え?」

 

 釣られるように後ろを向くルイズ。引き出しから光が漏れている。そこは大切な物の保管場所。アンリエッタからの預かり物、『始祖の祈祷書』の。

 ルイズは首を傾げながら、引き出しを開ける。すると祈祷書そのものが光っていた。手に取って開いてみる。

 

「あ……」

 

 声が漏れる。開いた祈祷書を見て。新しいページが増えていたのだ。そこに書かれていたのは『イリュージョン』。幻を作り出す新たな虚無の魔法。

 祈祷書に見入っていたルイズの後ろに、気配が三つ。ルイズの上から、祈祷書を覗き込むようにあった。

 魔理沙が聞いてくる。

 

「なんだよ。何か書いてあるのか?」

「新しい魔法が書いてあるの」

「え?『エクスプロージョン』じゃないのが?」

「ええ。『イリュージョン』って言って、幻を作り出す魔法だそうよ」

「へぇ」

 

 話を聞いて三人は、元の席に戻った。アリスがまずは感想。

 

「てっきり、指輪と魔法がセットで、あたらしい指輪がないと魔法が増えないのかと思ったら、そうじゃないのね」

「困った時に、手に入るって代物なのかもな」

 

 魔理沙も感心しながらコメント。

 だが、そこに嫌味な声が挟まれる。烏天狗の。

 

「つまり、ルイズさんは、この『イリュージョン』の魔法で、偽造手形を作りたかったんですね」

「えっ!?ち、違うわよ!か、勝手に出てきたのよ!」

 

 ルイズは顔を真っ赤にして否定するが、逆にそれが、実は考えていたかのように思わせる。余計に、文は嫌らしい笑みを浮かべていた。どこか楽しそう。

 

「ですが幻を作る魔法ですから、まさに偽物を作るためのもの。しかも今、手に入った魔法なんですから。ルイズさんがそう願ったんじゃないですか?」

「そ、そんな訳ないでしょ!き、貴族として偽造なんてする訳ないわ!」

 

 もう、ルイズは頑なになっていた。そこをさらに文がいじるの繰り返し。ついには大声を張り上げて、怒鳴り散らしていた。

 

「と、とにかく!私は知らないわよ!魔理沙達が勝手にやったんだから!」

「う~ん……。実はそうも行かないんだよな。ルイズが私らの後見人なのは、どうにもならないからなぁ」

「どういう意味よ」

 

 ルイズの不満タラタラの声で尋ねる。体中に、文句を溜めこんでいるかのように。それに、白黒魔法使いは、渋い顔で答えた。

 

「私らが払えないと、請求がルイズ……いや、ヴァリエール家に行くと思うぜ」

「はぁ!?な、なんで、そんな事になるのよ!」

「後見人だからだぜ」

「訳分んないわよ!」

 

 ルイズはもう半ばパニック。魔理沙の言う意味が理解できない。商売に疎いルイズでは無理なかった。だがこれ、別世界では『保証人』とも言うもの。ものによっては破産への片道切符。やがて説明を受けたルイズは、さらに蒼白になり、そして、ハルケギニアに戻って来て初めて、そして本当に久しぶりに、怒りを大爆発させていた。

 

 

 

 




描写面ちょっといじりました。

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