ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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泥棒のノウハウ

 

 

 

 

 学院の早朝。

 まだまだ寝ている学生もいる中、広場で体を動かしている少女が一人。ルイズである。

 彼女は最後の演武を終え、息吹を一つ。いつもの日課、武道のトレーニング。真面目な彼女は、今でも美鈴の教えを続けていた。初めこそからかわれていたが、今となってはせいぜい一瞥される程度である。ゆっくり息を整えるルイズ。最初の頃は、なかなか呼吸が落ち着かなかったが、今ではそう時間はかからない。積み重ねの成果が、出ていた。

 そんな彼女に、久しぶりの声がかけられた。空から。

 

「ルイズ」

「あら?パチュリー。おはよう」

「ええ、おはよう。よく続くわね」

「もう習慣になっちゃったから」

「でも、演武だけじゃ物足らないんじゃないの?」

「たまに、衛兵に相手してもらってるのよ。なかなかの勝率よ」

 

 胸を張るルイズ。張ってもないものは出てこないのは、置いといて。

 やがて、パチュリーはゆっくりと降りてくると、ルイズの側に立った。相も変わらぬ抑揚のない表情で。

 

「今日の最初の授業、コルベールよね」

「そうだけど」

「それじゃ、私も付き合うわ」

「授業受けるの、久しぶりじゃないの?」

「別に授業に興味はないのよ。彼に用があるだけ」

 

 実はパチュリー。系統魔法をテーマとしているだけに、最初の頃はよく授業に出ていた。しかし、この学院での授業が実践主義で、理論主義ではないのを知ると、授業に出なくなったのだ。

 二人は並んで校舎へと入っていく。

 

「そうそう。魔理沙に聞いたんだけど、アルビオンへ行くんですって?」

「うん」

「しかも、泥棒に」

「違うわよ!盗まれた物を取り返しにいくの!」

「まあ、どっちでもいいけど。だけど、アイスクリームの話が、なんで泥棒になってるの?」

「聞いてないの?」

「しばらくいなくなるから、アイスクリームの事は任せたって言われただけ」

 

 話を聞いて、また肝心な所を外して言ったのかと、魔理沙に呆れるばかり。ルイズはパチュリーに経緯を説明する。魔理沙達の目論見違いに始まって、タバサの助けと、いつもの天子の暴走を。

 紫魔女は話を聞いて、溜息一つ。こっちも少々呆れ気味。

 

「はぁ……。全く……。後でこの借りは返してもらわないと」

「利子はたっぷりつけた方がいいわ。懲りないから」

「その程度で懲りるなら、ウチの本ちゃんと返しに来てるわよ」

「それもそうね」

 

 思わず納得のルイズ。

 幻想郷で、魔理沙はパチュリーの本を勝手に借りては、それっきりになっている事が多い。だからこそ、シーフと呼ばれてしまっているのだが。

 

 やがて二人は校舎へ入る。

 

「汗流すから、先に部屋で待ってて」

「ええ」

 

 ルイズは大浴場へ、パチュリーは自分達の部屋へ向かった。

 

 風呂の湯はすっかり冷めており、ぬるま湯になっていた。だが汗を流すには十分。

 ルイズは湯船には入らず、湯を浴びる。流れるお湯を見ながら思い出す。ラグドリアン湖での騒ぎの後の事を……。

 

 

 

 

 

 湖の水の精霊も去り、残された一同。特にルイズとキュルケ、モンモランシーは、魔理沙の盗むという言葉をどう捉えていいか戸惑っていた。他のメンツは、だいたい察していたが。すると、白黒魔法使いはまず一声。

 

「アリス、文、手貸せよ」

「仕様がないわね。付き合ってあげるわよ」

「は?なんで私が」

 

 アリスは半ば仕方なしにうなずくが、文は露骨に不満そう。

 

「私らは、ルイズに借りがあるだろ」

「そういう話ですか。はいはい」

 

 ルイズはアイスクリームの件で、三人に貸しがあった事を思い出した。烏天狗は文句を抑え込みながら、投げやりにうなずく。

 次にタバサが声をかけてきた。

 

「手伝う。元々これは私の仕事」

「悪いな。まあ、最初から手借りるつもりではいたぜ」

 

 魔理沙は、タバサの特殊任務経験の多さを期待していた。なんだかんだ言って、ハルケギニアの裏事情には一番詳しそうだから。すると当然、キュルケも手を上げる。彼女も世情に詳しいので、手伝ってくれるならそれに越したことはない。

 次に魔理沙の視線の先にあったのは天子。

 

「お前は来いよ。話をややこしくしたツケは払わないとな。精霊と約束もしちまったし」

「分かったわよぉ」

 

 憮然と座り込み、返事。

 その隣の天空の妖怪と月うさぎにも声をかける。

 

「衣玖はどうする?」

「そうですね……。荒事となると、総領娘様と『緋想の剣』が気になりますので、付いて行きます」

「鈴仙は?」

「えっと……その私は……」

 

 少し尻込みしている鈴仙。敵地に攻め込むとかいうシチュエーションには、ちょっとしたトラウマがあった。かなり昔の話ではあるが。

 だがそこでルイズが言葉を挟む。

 

「鈴仙は残ってて。ちい姉さまの治療してもらわないといけないし。怪我でもされたら困るもの」

「そ、そうですね。申し訳ないんですが、留守番させていただきます」

 

 今度は茫然としている金髪ドリル他に、魔理沙は顔を向ける。

 

「モンモランシーとギーシュは……どうするかなぁ」

「ぬ、盗むなんて、私達はなんの役にも立たないわよ!」

「まあいいぜ。けど貸しだ。なんかあったら手貸してもらうからな」

「貸し!?」

「事が終わらねぇと、精霊の涙が手に入らないだろ?だから貸しだぜ」

「う~……。分かったわよ……」

 

 なんか厄介な連中と関わりを持ってしまったと、項垂れるモンモランシー。

 そして最後に残った一人。ルイズである。魔理沙は不敵な笑みを浮かべて尋ねる。

 

「お前は当然来るよな」

「もちろんよ。使い魔のしでかした事だもの」

 

 ピンクブロンドのメイジは、悠然と腕を組んで答えた。

 

 

 

 

 

 ルイズは脱衣所で着替えながら、それからの事を思い浮かべていた。

 

 ラグドリアン湖から帰ると、すぐに行動は開始された。まずは現場偵察という事で、ロンディニウムに旅立ったのだ。メンバーは魔理沙、アリス、天子、衣玖、タバサにキュルケ。期間は一週間程。タバサとキュルケは、実家の都合で休まないといけなくなったと、学院に伝えている。留学生だからこそのやり方。実はルイズもついて行こうかと思ったが、そうもいかなかった。休みが取れなくて。というのは出席日数が厳しいから。幻想郷に行っている二ヶ月間は欠席あつかい。そうそう長期の休みは、取れない立場なのだ。

 

 やがて着替えると、パチュリーと共に教室へ向かった。教室では、紫魔女の姿を見たコルベールが、困惑した顔をしていたが。

 

 

 

 

 

 神聖アルビオン帝国首都、ロンディニウム。その南側に建つ王城、ハヴィランド宮殿。今はかつての主を変え、新たな皇帝の居城となっている。ほんの数年前まで、出自も定かでない司教に過ぎなかった男、ここにいる誰よりも身分の低かった男、クロムウェル皇帝の。

 ハヴィランド宮殿には、白ホールと呼ばれる荘厳なホールがあった。今ではアルビオン帝国の中枢となっており、この国の方針が次々と決められている。そしてまた今、閣僚たちが集まり、迫る危機について対処を考えようとしていた。ワルドやボーウッド、ジョンストン、トリステイン出征組も、このテーブルに同席していた。

 上座に座るクロムウェル。その背後のテーブルには秘書の女性、シェフィールドが控える。美人ではあるが、不気味さを感じさせる近寄りがたい女性だった。彼女もまたこの皇帝と同じく、出自が定かでない。

 

 まずは現状報告が行われた。

 

「艦隊、陸軍は共に、以前の8割ほどまで回復しております」

 

 ラ・ロシェール戦で失った戦力は、想像以上に大きく、現在急ピッチで戦力の立て直しを図っている。しかし、以前の陣容を取り戻すには、かなり時間がかかりそうだった。

 

「また先日、ついにトリステイン、ゲルマニアの同盟が成立したとの事です。さらにゲルマニアでは早速、動員がかかっております。艦船も出航準備に入っているとの報告がありました」

「トリステインの方はどうか」

「まだ、戦力の回復に努めているようで、これといった目立った動きはありません」

「だが、時間の問題だろう」

 

 閣僚達は現状の厳しさに、ボヤキ半分に零す。

 何せ、楽勝と思われた対トリステイン戦が、まさかの大敗。しかもその原因は、天候不順と地震のためとの最終結論。つまりは運が悪かったと。さらに理由が天候不順と地震では、責任を問う訳にもいかない。おかげで、あれほどの大敗にも拘わらず、誰も罰を受けていなかった。

 

「トリステインはともかくゲルマニア参戦は、問題だ。今我が国には、連合軍を相手にできる戦力はない。橋頭堡でも作られれば、それで終わりだ」

「艦隊さえ揃えばなんとか。練度も技術も、我らが上だ。少々の劣勢は挽回できよう」

「そうとも言えませんぞ。ラ・ロシェール戦で、そのような者達を失い過ぎた。中には、トリステインに寝返った者もいると聞く」

 

 厭戦気分が会議を包みつつあった。

 しかし、悠然として弱気を感じさせない者もいた。上座にあったクロムウェルと、その秘書、シェフィールドである。やがて閣僚の口数が少なくなるのを、待っていたかのように言葉を発する。

 

「確かにこのままでは、連合軍に打ち破られてしまうだろうな」

「陛下……」

「まずは、時間を稼ぐべきであろう」

「時間を稼いでどうなると言うのです?もちろん我らの戦力も整いますが、それは相手も同様。差が縮まる訳ではありませんぞ」

「いや、あの者どもを迎える策が整う」

 

 皇帝は余裕のある笑みで、彼らの不満を受け止める。すると今度は背後で、議事録を取っていた秘書が口を開く。シェフィールドは滔々と告げていった。

 

「彼らは全軍で我々を攻めかかるでしょう。優位とは言っても、手を抜いて勝てる戦ではありませんから」

「逆に言えば、全軍で出陣すれば、確実に勝てるという事ではないか」

「ならばその間、誰か彼の者どもの国を守るでしょうか?」

「守る必要などあるまい。敵は我らしか……。まさかガリアが?」

「ふふふ……」

 

 秘書は笑みを漏らすだけで、続きを語らなかった。

 

 実はシェフィールド。ガリアとの繋がりがある事が、半ば公然の秘密と化していた。逆にこの出自のハッキリしない者が、皇帝の秘書となっても文句が出ないのは、その秘密があればこそだった。ガリアの密使ではないかとの噂もある。

 大国ガリアは現在、中立を宣言している。興味がないかの様に。しかし、トリステイン、ゲルマニア両軍が出陣した後、アルビオンへ味方すれば、情勢は一気に逆転。時間を稼ぐのは、ガリアとの交渉のためかと、誰もが考え出した。

 意気消沈していた閣僚たちは、覇気を取り戻す。さらにそれを嵩上げするように、クロムウェルが言葉を連ねる。

 

「それに、彼の者達にはないものを余は持っている」

「まさか……」

「言うまでもあるまい」

 

 誰もが分かっていた。皇帝の言う意味を。それは『虚無』であると。一介の司教が皇帝になれた最大の理由。始祖ブリミルに連なるアルビオン王家を、滅ぼした大義。ついにその力が、発露される時が来る。閣僚たちの弱気は、すっかり消え失せていた。

 

 だがそれを、冷めた目で見ていた者達もいた。ワルドやボーウッドである。

 彼らはラ・ロシェールで起こった事を、直に見ている。あの敗北が、ただの不運で片づけられるようなものではない事も。あれ以来、一つの疑念が常に頭にあった。トリステインにも『虚無』がいるのではと。だがこの意見は、身の保身を考えたジョンストンによって潰されている。大敗の原因が人のなせる業では、責任を問われるからだ。

 ワルドは、アルビオンの『虚無』がトリステインの『虚無』を上回れるかどうかが勝利の鍵となり、楽観できるものではないと考えていた。

 

 やがて、論議もまとまりを見せる。すると、クロムウェルは背筋を伸ばし、よく通る声を発した。

 

「我らはラ・ロシェールにおいて、思わぬ一敗を喫した。だが今度は彼らが同じ目に、いやそれ以上の敗北に会うであろう。余は約束しよう。次の戦こそがハルケギニア統一へ向けての、真の第一歩となろう!」

「陛下!」

 

 それからは皇帝を称える声が、いくつも続く。クロムウェルは賞賛を満足げに受けながら、指を組んだ。その右手には深い水色の指輪が輝いていた。実はこの指輪こそ、『アンドバリの指輪』である。ある意味、彼にとっても国にとっても要となるもの。

 

 ただその掌中の珠を、全く個人的都合で狙っている連中がいるなど、想像すらしなかったが。

 

 

 

 

 

 日もすっかり落ちたトリステイン魔法学院。ルイズはクラスメイトといっしょに廊下を歩いている。一人はタバサ。もう一人はキュルケである。そのキュルケが珍しく喚きたてていた。愚痴を。化粧が崩れるのでは、というくらい激しく。しかも普段ならタバサに向かいそうなのに、何故かルイズの方に飛んできている。対するルイズ。どんな顔していいのか戸惑っていた。逆の立場ならたまにあるが、この状態は滅多にないので。

 

「もう!酷い目に遭ったわ!」

「ど、どうしたのよ?」

「信じられる?一週間、ずーっと野宿よ!あの童話メイジが言いだして!おかげで、食べ物は全部その場で調達。寝るのは野原に適当。お風呂にも入ってないのよ!」

 

 童話メイジとは魔理沙の事か。

 魔理沙は珍種のキノコや、幻想入りした物を見つけるために、泊りがけで出かける事がある。もちろん野営して。アリスや天子、衣玖は、宿泊はした方がマシ程度にしか考えてない。タバサも任務の都合で、野営する事はよくある。唯一、この手に慣れてないのがキュルケだけだった。

 もっともルイズは、野宿しても妖魔に襲われないだけマシかなんて思ったが。幻想郷の初日の夜に、妖怪に襲われまくり、寝る所ではなかったので。

 

 ところで魔理沙が野宿を選んだのは、一日中、調べつくしたいというのがあったのだ。なんと言っても、寝る必要のない妖怪がいるのだから。人目のある宿に泊まる訳には、いかなかったのである。調べるのにもタバサの遠見の魔法はもちろん、双眼鏡やら、アリスの人形、緋想の剣、暗視スコープまで持ち出して徹底してやっていた。もっともそれでも、十分な結果が得られたという訳にはいかなかったのだが。

 

 三人は目的の部屋へとたどり着く。幻想郷組に割り当てられた寮の一室に。

 魔理沙達が帰って来たのは、昨日の晩。それから今日一日は休んで、日が落ちてから集まる事になっていた。メンバーは、あのラグドリアン湖で参加する事決めた全員。

 テーブルには地図が広げられていた。簡単に書かれたロンディニウムの町だ。アリスが全員揃ったのを確認すると、説明を始めた。

 

「最初に言うけど、やっぱり『アンドバリの指輪』はクロムウェルってのが持ってるわ。しかも肌身離さず」

 

 渋い顔のルイズ。これで盗むのが難しくなったと。

 

「それともう一つ。始祖に絡むがものがあったわ。多分、『始祖のオルゴール』と、『風のルビー』ね」

「アルビオン王家が滅んだ後、そのままクロムウェルが持っていったのね」

「ただ彼の部屋ではないわ。宝物庫なのかしら?地下にあったわ。こっちに手を出すかは、とりあえずなしよ。最優先はアンドバリの指輪」

 

 ルイズはできれば始祖の秘宝も手に入れたかった。虚無に関係したものでもあるし、アルビオン王家の遺品が、レコン・キスタの手中にあるのが許せなかったのだ。

 

 それからロンディニウムと、クロムウェルの居城、ハヴィランド宮殿の説明が始まる。

 

 ロンディニウムは城塞都市だ。市街をぐるりと城壁が囲っている。川の水を引き込んだ水堀まである堅固な城壁。入り口は5つ。門の警備は固く、兵達の他にメイジが2人、その上ゴーレムとディテクトマジックの魔法装置があった。ただ市内には魔法装置は見当たらない。そして上空には常に竜騎士が上がり、警戒に当たっていた。

 皇帝の居城、ハヴィランド宮殿は、ロンディニウムの南側にあった。こちらも当然警備は厳重。城壁以上の警戒がされていた。しかも宮殿内の様子は、警備が厳しくいろいろ道具を使っても、十分調べる事ができなかった。

 そして当のクロムウェルだが、基本的に最上階にいた。執務室も私室も寝室も最上階である。どうも高い所が好きらしい。

 

 話が一旦終わると、ふとキュルケが話題を変える。

 

「そうそう。タバサの知り合いが城にいたのよ」

「え?誰よ」

 

 ルイズはタバサの方を向いた。タバサはつぶやくように答える。表情はいつも通りに。

 

「名はシェフィールド。ガリア王直属の密偵の女」

「ガリア王の!?それじゃ、もしかしてレコンキスタの裏には、ガリア絡んでるって言うの?」

「たぶん」

 

 ルイズは思わず、息を呑んだ。まさかの事実に。そして考える。トリステインに攻め込んできたのは、ガリアの思惑からではと。ならばアルビオンとの戦争は、単に二国の争いという訳にはいかなくなる。ガリアが絡んでくるとなると、ハルケギニアの大乱に繋がるかも、という最悪の予想すらあった。

 ところで、実はワルドの姿もキュルケ達は見ていた。しかし、元トリステインのグリフォン隊隊長の顔を知っている者はおらず、そうだとは気づかなかった。

 

 各人がいろいろと考えを浮かべている最中、天人がつまらなそうに口を開く。

 

「で、どうるすのよ。ガーンと突っ込んで、ドーンと奪って、ダーッと逃げる?それが一番楽でいいんだけど」

 

 確かに幻想郷メンバーならそれも可能かもと、ルイズ達は思った。しかし魔理沙が口を挟む。

 

「それはなしだ」

「なんでよ」

「まず相手の手の内が、全部分かってる訳じゃない。だからドーンで、いけるのかも分からねぇ。それに、足が付くような事もできればしたくない。少なくとも姿は晒したくないぜ」

 

 厄介そうな表情を浮かべている天人。魔理沙は続けた。

 

「てな訳で、できれば弾幕も使いたくない」

「つまり、ラ・ロシェールの時みたいに、姿を見せずに事を済ませたいって話?」

「分かってるじゃねぇか」

「うわっ。面倒」

 

 天子は万歳してベッドに倒れ込む。また手間のかかりそうな事を、やらされそうな気がして。

 すると今度は文が、宙に浮きながら尋ねて来る。これまた退屈そうに。いつもの丁寧さはどこへやら。

 

「じゃあ、どうすんの?弾幕も使わず、姿も見せずじゃ。しかも、侵入するのは難しそうだし。熱光学迷彩でもあれば別だけど」

「熱光学迷彩は、河童が貸さないだろ」

「さすがに無理でしょうね」

 

 聞きなれない言葉にルイズが反応。

 

「何よ。その熱何とかって」

「透明になれる服だぜ。マジックアイテムみたいなもんかな。魔法も使ってないから、魔法装置にもひっかからないぜ」

 

 タバサは、同じようなマジックアイテムがあるのを思い出していた。もっとも、こっちの場合は魔法装置に引っ掛かって見つかってしまうが。他にもスクウェア・スペルで化ける魔法もある。しかし、やはり魔法装置がネックとなる。その時ふと思いついた。

 

「ミス・鈴仙に頼む。彼女は幻術が使える」

「ダメよ。あの子のは個人に対しての能力だもの。出会う全員に、片っ端から幻術をかけないといけないわ。一人残らず」

 

 アリスの説明で、それが至難である事はすぐに分かった。人ごみには不向きな能力だ。すると文、何かを閃いた。浮いたままのだらけた態度で。

 

「ルイズさんの『イリュージョン』はどう?」

「どれだけ持つのか、分からないもの。途中で切れたら、最悪だわ」

「事前に試したら?」

「そうしたら、しばらく使えなくなるわよ」

 

 虚無の魔法は、一旦フルパワーで魔法を使ってしまうと、精神力が溜まるまで時間がかかってしまう。指輪奪取の期限にそれほど余裕がない以上、これも採用できない。

 他にもいくつか提案が上がるが、どれも問題があった。さらに魔理沙が難しい顔で一つ。

 

「だいたいな。ハヴィランド宮殿の中身が分からないんだぜ。侵入が成功しても、そこから先が困る。アドリブで対応するには、リスクが大きすぎるぜ」

 

 なんと言っても神聖アルビオン帝国の本拠地なのだ。どんな能力のメイジがいるのか、武器やマジックアイテムがあるのか、分かってない事も多い。さらに、タバサからも追加。

 

「クロムウェル本人の所に上手く行けても、アンドバリの指輪を盗むのが難しい。あの指輪には、人の心を操る能力がある。だから、彼が起きている間はダメ。もしかしたら、ヨーカイなら効かないかもしれないけど未確認」

 

 ルイズは、うんざりしながら椅子にもたれかかる。

 

「じゃ、どうするの?侵入も強行突破もできないんじゃ」

 

 その答えは出てこない。腕を組んで考え込んだり、宙を仰いでぼーっとしてたりで、誰もがが何も出せずにいた。

 するとアリスが魔理沙の方を向いて、分かっているかのようにポツリ。

 

「魔理沙。実は、方法を思いついてるんでしょ?」

「ん?」

「ほら、プロの腕の見せ所よ」

「けどなぁ、その手もネックがあってな」

「何よ」

「う~ん……。ルイズと衣玖次第だぜ」

 

 二人は、キョトンとした表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 アルビオン大陸の真ん中辺りの町、サウスゴータから首都ロンディニウムに至る道に、二頭立ての荷馬車が進んでいた。幌のついた馬車には、平民の恰好をした女性ばかり8人。ルイズと魔理沙の盗賊一党、もといアンドバリの指輪奪還部隊である。メンバーは、ルイズ、タバサ、キュルケ、魔理沙、アリス、天子、衣玖、文。

 

 あの日の報告の後、魔理沙の言うネックを解決する事となった。ルイズに要求されたのは、虚無の魔法をさらに使いこなせるようになる事。しかも破壊力を増すとか幻の規模や持続時間を伸ばすと言った方向性ではなく、むしろ逆。手先の器用さを鍛えるような、こまごまとした使い方だった。魔力より神経をすり減らすようなそのやり方を、なんとかクリア。衣玖に任された事もうまく行き、魔理沙の言う作戦が採用された。

 

 ルイズは荷馬車に揺られながら、荷物に視線を流す。積まれているのは水、食糧の他に、大きな樽が二つ。さらに小脇に抱えられる程度の樽が、三つあった。そして最後に隣にいる魔理沙に顔を向ける。

 

「そろそろ話してくれても、いいんじゃないの?」

「そうだな」

 

 空を眺めていた魔理沙は、中へと振り返る。いつもの不敵な笑みがあった。

 

「侵入して盗むって手も使えない。ごり押しで強奪するのもなしって訳で、直に持ってきてもらう」

「え!?」

 

 意外な答え。ルイズにはどうやるのか想像がつかない。キュルケが訝しげに尋ねる。

 

「まさか取引でもするの?アルビオンが喜びそうなもの用意して。例えば……トリステインの情報とか」

 

 ルイズそれを聞いて激高。体を前のめりにして、拳で何か叩きそうな勢いで。

 

「はぁ!?冗談じゃないわよ!そんなの絶対、許さないわよ!」

 

 だが魔理沙は涼しい顔。

 

「違うぜ。クロムウェルが、これが指輪です受け取ってくださいって持ってきて、それをもらうだけだ」

「???」

 

 余計に訳が分からないルイズとキュルケ。ポカーンと口を半開き。一方、魔理沙は楽しそう。

 

「とは言っても、今のメンツじゃそれは無理だ。で、助っ人を頼んだぜ」

 

 助っ人の言葉にルイズは首を傾げる。新しい顔なんてここにはいない。

 魔理沙は面白そうに笑うと、樽の所まで進んだ。そして軽く樽を叩く。

 

「悪い。ちょっと顔見せしてくれ」

 

 そう言って、蓋を開けた。

 すると樽の中から、にゅーっと透明なものが伸び上る。やがて魔理沙の顔の形を作った。

 それを見てルイズ達は唖然。

 

「ま、ま、まさか、ラグドリアン湖の水の精霊!?」

「まあな。ラグドだ」

「ラグド?」

「ラグドリアン湖の水の精霊とか呼びにくいからな。ラグドでいいかって聞いたら、本人からOKもらった」

 

 つまり衣玖に任されたのは、このラグドを今回の話に参加させる事だった。水の精霊はある程度の"量"があれば分離していても、同時に存在できる。樽はこのその量を持ってくるためだった。

 ルイズは感心して、透明な魔理沙の顔をマジマジと眺める。

 

「へー、別々に存在できるんだ」

「分霊を思い出してな。ラグドも誓約の精霊って崇められてたし、できるかもってな」

「分霊?」

「ほら、博麗神社に守矢神社の分社があったの覚えてないか?」

「行ってないから知らないわよ」

「あるんだよ。神奈子と諏訪子は、そこからも出てこれるんだぜ」

「出口が他にもあるの」

「そうじゃない。本社と分社の両方に、同時に存在できるんだぜ。それが分霊だ」

 

 ちょっと驚くルイズ。さすがは神かと。

 もっともラグドが複数の場所に同時に存在できるのとは、まるで理由が違うが。ともかく似たようなものだ。

 やがてラグドは樽へと戻る。ちなみにラグドが手を貸してくれたのは、天子の貸しをなしにしたため。それに説得したのが、水妖の衣玖だったというのもあった。

 

 一段落ついた所で、ルイズがまた尋ねてくる。

 

「それで、作戦の中身はどうするのよ」

「クロムウェルにラグドを飲ませる」

 

 確かにそれなら、クロムウェルの心を操れる。彼自身に指輪を持ってこさせるのは簡単だ。だが問題はどう飲ませるのかだ。そもそも宮殿への侵入が、無理だと言うのに。

 ルイズ、腕を組んで思案をちょっと巡らせると、考えを一つ。

 

「井戸に混ぜるの?」

「それじゃぁ、不確実だぜ」

「ロンディニウム中の井戸に、混ぜればいいじゃないの」

「それもダメだ。そこまで量がないからな。つまりピンポイントでやる」

 

 これでは、なおさら方法が想像つかない。そこでアリスが口を挟む。仕様がないという感じで。

 

「もったいぶらないで、話しなさいよ」

「だな」

 

 魔理沙はルイズ達に、不敵な顔で向き直る。

 

「クロムウェルのヤツは執務室で、専用の水差しを使ってる。高そうなのをな。それを給仕するメイド達も決まってる。つまり狙うのは、このメイドの方だ」

「そっか。メイドをラグドに操らせて、そのメイドがクロムウェルにラグドを飲ませるのね」

「そういう事。メイドの寮は宮殿の外にある。通ってる最中が仕掛け時だ。もちろん、メイドが出入りする通用門も警備は厳重。ラグドに操られてる状態じゃ、引っ掛かる可能性はある。そこはルイズ、お前の出番だぜ」

「なるほどね」

 

 ルイズがやらされていた虚無の魔法の訓練。実はこの手の検問突破のためだった。そもそも市内に入るのに、必要だったからなのだが。仕事が増えた訳だ。

 

 やがてはるか先に、ロンディニウムの町が見えてきた。ここで二手に分かれる。市街に入るのは魔理沙、ルイズ、タバサ、キュルケ、衣玖。この場に残るのは、アリス、天子、文。魔理沙達は実践部隊、アリスたちは後方支援という訳だ。

 魔理沙は一つ大きく深呼吸。気持ちを高める。

 

「さてと、行くぜ」

「え、ええ」

 

 ルイズも、わずかに緊張して答えた。

 荷馬車は門へと進みだす。

 

 

 

 

 

 ハヴィランド宮殿の一室に、似つかわしくない連中が集まっていた。誰もが避けて行きそうなほど、荒々しい容貌。体中から粗暴さが漏れ出している。彼らのリーダーは、顔にやけどを負った偉丈夫。実は彼らはメイジである。そうとは思えない風貌だが。

 こんな連中を迎えるのは、なんとこの国の皇帝、クロムウェルだった。クロムウェルはワルドとシェフィールド、さらに数人の衛兵を従え、この粗暴な連中の前に出た。

 

「よく参ったな。メンヌヴィル君」

「呼ばれたからな」

 

 一国の皇帝が相手だというのに、慇懃無礼な態度。クロムウェルの側に控えていた、ワルドが憮然として前に出る。

 

「控えよ。皇帝陛下の御前ぞ」

「よい」

「しかし……陛下……」

「これより、君は彼らと任務を共にするのだ。いらぬ諍いは、任務の支障となろう」

「私が?」

「そうだ」

「…………分りました。仰せのとおりに」

 

 ワルドは下がる。一方で、厄介事を押し付けられる予感がしていた。

 メンヌヴィル。"白炎"メンヌヴィルの異名で知られている、百戦錬磨の傭兵。さらにその能力の高さとは別に、残虐性でも有名な人物だ。この荒っぽい傭兵を雇うのだ。任務は汚れ仕事に違いないと。

 

 そんなワルドの思惑を他所に、話は進む。メンヌヴィルは横柄に尋ねた。

 

「で、仕事ってのは、なんだ?」

「トリステイン魔法学院。そこの生徒を人質として、連れてきてもらいたい」

 

 傍で聞いていたワルドは、やはりと、胸の内でうなずいた。そして同時に、時間を稼ぐと言っていた策はこれかと。手立ては汚いが、有効かつ重要な任務。覚悟を決める。

 メンヌヴィルの方は相変わらずの態度で、皇帝に相対していた。

 

「さすがに、全員は無理だぜ」

「公爵、辺境伯……、爵位の高い家の者をでき得る限りでいい」

「その他のヤツは?」

「好きにして構わん」

「そうかい」

 

 白炎の口元が緩む。それに、クロムウェルも満足そう。

 当然、一も二もなく引き受けると思っている。その残虐性を満足させ、報酬も破格なのだから。

 にやけたままメンヌヴィルは答えた。

 

「全額、先払いならな」

 

 予想外の返事が出る。皇帝は耳を疑った。

 

「何!?」

「できないなら、他を当たってくれ」

「何の不満があるというのだ?だいたい全額受け取って、依頼を放り出さない保証がどこにある!?それとも何か?子供とは言え、多数のメイジを相手にするのに臆したか!」

 

 次の瞬間、メンヌヴィルの怒気が、クロムウェルに向かった。一瞬、爆炎が上がったかと思うほどのものが。その矛先にある皇帝。帝位の尊厳さなど、どこへやら。思わずたじろいでいた。

 

「な……その……」

「言葉に気を付けろよ。俺の炎はどこにでも向かうからなぁ」

「り、理由を説明して貰おう。じょ、条件次第ではこちらも考える」

「へっ……」

 

 怒りは、すぐに種火の様に小さくなっていた。

 

「仕事が終わって戻ってみれば、お前さん達がみんな死んでた、なんてのは困るんでな。後払いじゃ、ただ働きになっちまう」

「!?」

 

 またもや予想外の答えに、クロムウェル達は唖然。近々、自分達が死ぬかもしれない、と言っているのだ。

 確かにトリステイン、ゲルマニア連合軍が攻めて来る可能性は高い。しかし、それはまだまだ先の話。だが他に死ぬ理由など考えられない。

 ワルドが訝しげに尋ねる。

 

「どういう意味だ?」

「町に入る前、妙な荷馬車に会った。平民の若い女ばかり7、8人が乗ってた、って手下は言ってたな」

「手下が言ってた?」

 

 おかしな言い回しに、ワルドは少し首をかしげる。だが、その時初めて気づいた。メンヌヴィルが盲目である事に。彼は見る事ができなかったのだ、その妙な荷馬車を。

 傭兵は話を続ける。

 

「だが俺はそうは思えなかった。少なくとも一人は貴族だ」

「何故分かった」

「匂いだよ。本人は消したつもりだろうがな、俺の鼻はごまかせねぇ。いつも香水使ってるんだろう。消し切れてなかったぜ。あの香りはいい値のもんだ。平民じゃ、とても買えねぇ代物のな」

 

 すると今度はクロムウェルが口を開く。

 

「平民に化けた貴族が、情婦を密売しようとしているのではないか?確かに怪しげだが、珍しくもないだろう」

「ハッ!アンタ、皇帝の割には、その手の事情に詳しいな」

「オ、オホン!世情を津々浦々まで知るのは、統治者の務めだ」

 

 思わずごまかそうとする、成り上がり皇帝。しかし傭兵は気にしない。

 

「けどな。それはねぇ」

「何故だ?」

「乗ってる半分は、人間じゃなかったからさ」

「な、何!?」

 

 さらに驚かされる、神聖アルビオン帝国の面々。

 メンヌヴィルは視覚を失った代わりに、匂いと熱には敏感になった。荷馬車から感じたそれらは、人間のそれとは明らかに違っていたのだ。

 今度は、今まで黙っていたシェフィールドが、静かに尋ねる。

 

「それは確かですか?」

「間違いねぇ。しかも相手は、こっちに気づいてるようだった。おかげでこの俺が、人数を正確に把握できなかった。何か術を使ったらしい」

「どんな妖魔ですか?」

「それも分からねぇよ。言ったろ?術を使ったらしいって」

「して、その者達は?」

「さあな。俺たちは南門に向かったから、途中で分れちまった。だが、そいつらが町に向かってたのは確かだぜ」

「…………」

 

 そこまで聞いて、顔色を失うクロムウェル。少し震えた声を出す。

 

「ま、まさかトリステインの間者が余の命を狙いに……」

「いえ、それは考えにくいかと。あの教義にうるさいトリステインが、妖魔を雇い入れるなど考えられません。少なくとも王家は、そんな作戦を許可しないでしょう」

「では、ゲルマニアはどうだ!?あそこは野蛮な者どもの国ぞ!」

「それは……」

 

 ワルドは言葉に詰まる。確かにトリステインだけなら、妖魔の間者などあり得ない。しかし、トリステインはゲルマニアと同盟している。力づくで統一した帝国、ゲルマニア。その間者というのは得る話だった。

 顔色を変えるアルビオンの連中を他所に、メンヌヴィルは他人事のような態度。

 

「これで分かったろう?先にアンタ等が、死ぬかもしれねぇって。確かに、証拠はねぇ。信じる信じないは勝手だ。だがな、信じないなら、俺たちは他所へ行くぜ」

 

 白炎は、ニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべていた。

 すると皇帝は慌てて縋るような目を、この荒くれ者に向けた。

 

「信じる!信じるぞ!そ、そうだ!もう一つ依頼がある!いや、そっちを優先させてもらいたい!その妖魔共を狩ってくれ!」

「おいおい、無茶言うなよ。こんなでかい町のどこにいるか分からねぇ妖魔を、探して狩れだ?他を当たってくれ」

「そ、そこを何とか!」

 

 自分の命がかかるとなると、クロムウェルはすっかり落ち着きをなくしていた。確かに指にはアンドバリの指輪が嵌っている。しかし相手は人間ではないのだ。どこまで通用するか分からない。

 皇帝は、臣下の前では見せた事もない、情けない姿をさらしていた。

 だが、救いの手が他から差し出される。秘書のシェフィールドからだ。相変わらず表情を変えずに話しかける。

 

「ならば、探す手筈。こちらが受け持ちましょう」

「ほう……」

「居場所が分れば、お知らせしますわ。それでいかが?」

「ま、いいだろう。それまでこの城で、ゆっくりさせてもらうぜ」

 

 やがてメンヌヴィル一向は、客室へと案内された。

 残されたクロムウェルは、シェフィールドの方を恐る々向く。

 

「す、すまない。シェフィールド」

「いえ。私の務めですから。そのような形で任を終えてしまっては、"陛下"に申し訳が立ちませんので」

 

 表情を変えずに答える秘書。

 "陛下"の言葉に違和感を覚えたワルドは、疑念、いや、確信を強くする。この女とガリアとの繋がりを。さらに数体の妖魔を相手にしなければならないというのに、この落ち着き様。シェフィールド本人自体にも、興味が湧いていた。

 

 

 

 




ロンディニウムは勝手に設定してしまいました。原作ではほとんど描写なかったもので。

描写面ちょっといじりました。

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