ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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侵入

 

 

 

 

 ロンディニウムの入り口。西門に一台の荷馬車が近づきつつあった。魔理沙達、実行班である。いよいよ作戦開始。まずは最初の関門。町への侵入からだ。

 

 門が近づくにつれ、その警備の様子がよく見える。門番の兵は10人ほど。門をくぐる者達をチェックしている。後ろの方で、退屈そうにその様子を見ているメイジが二人。ここの責任者だろう。さらに門の脇に3メイルほどのゴーレム。今は彫像のように動く気配がない。そして門の内側、すぐ横。奇妙な形の置物が見える。魔法装置だ。

 

 まず、衣玖が検問の様子を調べる。その空気を読む能力で。彼女を連れてきたのは、このため。

 しばらくして振り返った。その表情は、いつも通り整然としたもの。

 

「特に緊張した空気はありません。むしろ、惰性と言った感じです」

「検問も、下見した時と変わってないな」

 

 魔理沙達は幌の中へ顔を戻した。まずまずの状況に、満足顔。

 

「じゃあ、任せたぜ。ルイズ」

「うん」

 

 ルイズは一つ深呼吸。そして棒術の棒のようなリリカルステッキVer.3を握り、目をつぶる。小さな声でルーンを紡ぐ。使う魔法は『エクスプロージョン』。ターゲットは魔法装置。もちろん爆発させてしまっては、騒ぎになり町に入れなくなる。狙いは中身。動力源である風石だ。やる事はラ・ロシェールで戦艦を落としたのと同じ要領である。ただし、気づかれないほど小規模にというのが、練習しないといけない所だった。

 

 ルイズは、頭の中にイメージが飛び込んでくるのを感じていた。魔法装置の中身が透視できているような感覚が。やがて、核となっている風石のビジョンが映される。

 

(見つけた)

 

 魔法発動。

 

 それは静かに起こった。『エクスプロージョン』の爆発効果を器用に操りながら、魔法装置の風石を削っていくように消す。

 やがて魔法装置は動作を止めた。

 

「ふぅ」

 

 ルイズは息を漏らす。肩から力を抜く。

 

「成功したわ」

「お疲れ。気づいたヤツは……いないな」

 

 兵士たちは、変わった様子もなく警備を続けていた。

 すると今度は、魔理沙が一枚の白紙を取り出す。そしてルイズに渡した。

 

「次の仕事だぜ」

「ええ」

 

 気合を入れなおすと、杖に力を込める。今度の魔法は『イリュージョン』、幻を作り出す魔法。練習した成果を見せる時だ。

 

 魔理沙からの注文は、少々厄介なものだった。単に幻を作り出すのではなく、幻を白紙に固定するというものだった。これを習得するのにかなり苦労した。

 なんでそんな事をするかというと、要は通行手形の偽造である。下見の時に、盗んできた通行手形を参考に生み出すのだ。何と言っても本物がベース。成功すれば見分けがつかない。だが、所詮は幻。見るだけならいいが触るとバレてしまう。触れないので。そこで紙に固定してしまおうという訳だ。

 

 そろそろ魔理沙達の荷馬車の番が、近づいて来た。

 御者をやっているのはタバサ。その横のキュルケが、この荷馬車の主人と言った役割。

 

 前の馬車が通行許可を受け、町へと入っていった。いよいよである。全員、気持ちを引き締める。

 

「よし、次」

 

 兵の呼びかけに馬車を進める。

 

「通行手形を」

「ええ」

 

 ルイズから渡された手形を手にするキュルケ。胸の内では、少々緊張が渦巻いている。今のところを魔法は成功している。だが見慣れない魔法。心配がないと言えば嘘になる。しかし、さすが世俗慣れしたキュルケ。表情からは、そんな様子を微塵も感じさせない。

 彼女は兵に言われるまま、手形を渡した。ルイズが生み出した幻を。兵はそれを手にすると、担当に渡す。

 

「人数と目的は?」

「全部で5人ですわ。目的は知人の祝いに」

「そうか」

 

 ルーチンワークと化していたのか、兵は荷馬車の中身もちょっと覗いただけで、まともに確かめない。やがて通行手形も本物と判定され、キュルケの手元に戻って来た。胸をなでおろす彼女。もっとも、これも相手に察しさせないが。

 全てクリア。最初の関門を突破。

 

 だがその様子を、少し離れた場所の通過報告を受けていた責任者のメイジ。ふと何かを思い出した。

 

「女ばかりの荷馬車?確か……」

「これか」

 

 隣にいたメイジが、少し前に来た指示書を手にする。

 

「若い平民の女ばかりの荷馬車が通れば、報告せよとあるな」

「平民だが……人数があわない。7、8人とある」

「ふむ……。念のため、見てみるか」

「そうだな」

 

 二人の男は椅子から立ち上がった。ゆっくり進む荷馬車に近づいていく。

 

「その荷馬車、ちょっと待て」

 

 馬車はピタっと止まった。

 だが中では、緊張と冷や汗が流れ始めていた。少しばかり顔が固くなるルイズにキュルケに魔理沙。息を整えようとする。誰もが思っていた。バレたのかと。だがそうとは決めつけられない。緊張した面持ちの顔をお互い向けると、小さくうなずいた。とりあえずやり過ごすと。

 すると魔理沙が、小声でルイズに話かけた。

 

「ルイズ!杖、杖!」

「あ!そうだ!」

 

 ルイズは慌てて杖を隠す。ルイズとタバサの杖は長いので、どう隠すのかが難点だった。平民を偽っているのだ。見つかれば当然ただでは済まない。

 なんとか間に合ったのか、警備のメイジが来たときには、完全に見えなくなっていた。

 キュルケの方は、すっかりやわらかい笑顔を浮かべている。さすがは男の撃墜数を、誇るだけの事はあった。

 

「どうかされました?」

「いや、ちょっとな。念のためだ。中を見てもいいか?」

「ええ、どうぞ」

 

 キュルケは答えといっしょに、少しばかり気のありそうな流し目を送る。一見、余裕がありそう。だが、実は必死。警備の注意をそらそうとしたのだ。人数は少なければ少ないほど、いいに決まっている。

 なんとか、一人のメイジを引っかけた。男の足が止る。

 

「その……娘。どこから来たんだ?」

「サウスゴータのはずれにある、小さな町ですわ。名前は……」

 

 笑みを絶やさず、執念の足止め。警備のメイジはすっかり、彼女に囚われてしまった。

 一方、残ったメイジが荷台に入ってきた。特に警戒した様子はない。彼の言葉通り、念のためのようだ。

 

「お前たちだけか」

「ええ」

「まあな……ぶっ!?」

「は、はい!」

 

 ルイズは魔理沙を抑え込んでニコニコ返事。白黒魔女がいつものフランクさで、話そうとしたので。平民がメイジに無礼な態度では、トラブルに繋がりかねない。衣玖は逆に、自然な笑顔を返していた。さすが空気を読む妖怪。

 

「これで全員か」

「はい。ご覧のとおりです」

 

 衣玖のなんの不自然さもない言葉に、男はただうなずく。衣玖、魔理沙と順番に流すように見ていく。そして最後はルイズとタバサ。するとポツリと一つ。

 

「若い女ばかりというより、大人と子供か……」

 

 カチンと来たルイズ。ニュアンスで、誰を指して言っているか分かって。しかし笑顔はしっかり維持。

 メイジはキュルケを顎で指すと、尋ねてくる。

 

「彼女は、姉か何かか?」

「違う。"歳の離れた"親戚のお姉さん」

 

 タバサが平然とそんな事を言っていた。背中でそのセリフを聞いたキュルケは、一瞬顔がゆがんだが。

 メイジはざっくばらんに荷台の中を見回しながら、最後に奥を指差す。小さな樽が二つに大きな樽が一つ。その大きな樽の方を男は指差していた。

 

「あれはなんだ?」

 

 緊張が走る。背中が強張りだす。実はこの中にラグドリアン湖の水の精霊こと、ラグドが入っていた。ラグドの存在がバレては全て水の泡。

 ルイズは、意地で笑顔を作りつつ答える。顔の筋肉を総動員して。

 

「故郷から持ってきた、お祝いのワインです」

「見せてもらうぞ」

「で、でも、その……、しっかり閉めてしまってるので……開けるのは難しいかと……」

「まるで開けられない事はないだろ。ちょっと味見をするだけだ」

「あ、えっと……その……」

 

 おたおたしだすルイズ。いい言葉が思いつかない。思わず手を伸ばしそうになる。そんな彼女を他所に、タバサがあっさり答えた。

 

「別にかまわない」

 

 そう言って、味見用の管を渡した。

 

「用意がいいな。悪いが、少しもらうぞ」

 

 男が、栓を開ける。そして、中の液体を取り出そうとした。

 が……。

 

「うっ!?何!?なんだこれは!?」

 

 驚愕とでも言えるような一声。

 バレた?

 思わず杖に手を伸ばしそうになるルイズ。しかり魔理沙がそれを止めた。小さく首を振る。今は動かなくていいと言わんばかりの表情。ルイズは、しかたなく手を引っ込めた。

 門番のメイジは口元を、いや鼻をふさいでいた。眉間に皺をよせ、目を細めて。

 

「ピネガーではないか!」

「そんなはずはない」

「なら飲んでみろ」

 

 彼が気づいたのはワインと説明を受けていたものが、まるで違ったものだった事。いや、違うものになった事。ワインは発酵しすぎると、ピネガー、酢となってしまう。まさにそれだった。

 タバサは言われるまま平然と、味見用の管を口にする。もはやそれはワインではなく、酢の味。

 

「……酸っぱい」

「どういう保管の仕方をしてたんだ?発酵しすぎだ。しかし、危うかったな。私が見つけなければ、相手の機嫌を損ねる所だったぞ」

「…………」

「まあ、祝いの席では頭をさげる事だな」

 

 そう言って男は、振り返る。しようがない平民共だといったふうに。

 

 実はこのピネガー。事前に買っておいたもの。今樽の中は、上にピネガー、下にラグドの状態。要はラグドの身を隠すため、あらかじめ仕掛けておいたのだった。

 

 ピネガー騒ぎに気を取られたのか、これで調べは終わってしまう。指示書と人数が違っていたというのもあって。偶然だが、二手に分かれたのが助けになっていた。

 メイジは荷馬車を降りていく。そして、キュルケに引っ掛かっていた同僚に声をかけた。

 

「おい、戻るぞ」

「え?もうか?」

「ああ」

 

 同僚は口惜しそうに、その場を離れた。キュルケに手を振りつつ。ついでに相方にも文句を。もう少しすれば、宿屋が突き止められたとかなんとかと。

 そして荷馬車はゆっくりと進みだした。

 二人が見えなくなるまで、五人は平静を装う。奇妙な笑顔を浮かべつつ。しばらくして見えなくなると、笑顔が消えた。そして最初に出てきたのは、ため息。無理もないが。

 それから魔理沙が、ようやく笑顔を戻す。

 

「お疲れさんって所だな。後は明日だ。宿に荷物おいて、ロンディニウム名物でも食おうぜ」

「あ~。さすがに疲れちゃった。何でもいいけど、お腹に入れたいわ」

 

 全員、ルイズの意見に賛成。やがて馬車は宿屋を探しはじめた。

 

 

 

 

 

 ハヴィランド宮殿の地下。立ち入りが固く禁止されている部屋があった。実は皇帝のクロムウェルすら、入るのに許可がいる場所が。そこに一人の女がいた。皇帝の秘書、シェフィールドである。彼女だけが、ここに自由に出入りできた。彼女がこの場にいるのは、特別な作業の時だけ。その秘書という肩書とは、かけ離れた内容の。

 

 黙々と作業を進めるシェフィールド。だが、ふと手が止まった。

 

「今、何か……。これは西門?」

 

 作業を一旦中断。瞼を下し、頭を巡らす。何かを探すように。再び瞼を開けると、部屋から出て行った。そして一階へ上がり、警備隊長を呼び出した。

 

「いかがしました?」

「西門の魔法装置がどうなってるか、確認して」

「はい」

 

 警備隊長は、すぐに部下を城壁の西門へ向かわせた。

 しばらくして兵が戻って来る。その報告を一階の執務室で受けるシェフィールド。

 

「そう。風石が完全に消耗してたの。それでは、しばらく魔法装置は機能してなかった訳ね」

「確認を怠るとは!このような怠慢、厳罰で対処いたします!」

「いえ、その必要はないわ」

「しかし……」

「それより、西門の責任者に、通行記録を持ってこさせなさい」

「え?あ、はい」

 

 警備隊長は何か引っかかりを感じながらも、執務室を出ていった。

 残った秘書。やや厳しい表情を浮かべる。相手は、思ったよりやるらしいと。彼女は感づいていた。侵入者がもう町にいる事を。

 

 魔理沙達が、ただの魔法装置と思っていた置物。実は一種のガーゴイルだったのだ。そして、その術者こそ、このシェフィールドである。しかも彼女はロンディニム中の魔法装置を、全て操っていた。並のメイジでは、まず不可能な技。この技のため何か異変があれば、すぐにシェフィールドに察知されてしまうのだ。

 もちろん彼女が警戒していたのは、あのメンヌヴィルの言っていた者。妖魔の間者。一方で、妖魔相手では、門の警備が強行突破されるかもしれないとは考えていた。だが、彼女にとって予想外なのは、騒ぎもおこさず忍び込まれた事。さらに風石を、どうやって消し去ったのかが分からない。

 シェフィールドは目つきを鋭くすると、少し気を引き締めてかからないといけないと胸に刻む。

 

 ワルドは自分の執務室で、仕事を進めていた。日が傾き、部屋が影になってきた。カーテンを開けようと、手を伸ばす。するとノックの音がした。彼はカーテンを開けると、入室を許可する。扉が静かに開き、女性が一人、入って来た。

 

「ワルド子爵」

「これは秘書殿」

 

 手を止めると、ワルドは少し大仰な態度で迎えた。もっとも、顔色は大歓迎といった感じではないが。

 

「なんの御用かな?」

「例の間者の話です」

「貴族と妖魔からなるという連中のか」

「はい。すでに市内への侵入を果たしたようです」

「何?」

 

 表情が厳しくなるワルド。

 

「それは確かなのか?」

「西門の魔法装置が、密かに手を加えられていました。しばらく作動していなかったようです。さらにその間、西門から入った荷馬車の中に、女だけのものが一つ。ただ若い女ばかりというよりは、大人と子供だったようですが。そして人数は5人」

「少々、白炎の話と違うな。本当にその者達が賊なのか?捕えてみたらただの家族連れでは、恥を掻くだけだぞ」

「異常があったのはそこだけですので、間違いないかと」

 

 相変わらずの淡々とした様子だが、揺るがぬ声色には自信が籠っていた。

 彼女は確信していた。女ばかりの荷馬車という点よりも、風石が消えた理由が説明できないという異常さから、妖魔が関わっていると。ならば魔法装置が止まってから、わずかな間に入った者が間者に違いないと。『虚無』という異質な魔法が、仇になっていた。

 

 ワルドは秘書のあまりに確信めいた態度に、うなずくしかない。

 

「それで、居場所は分かったのか?」

「ただいま調査中ですが、時間の問題でしょう」

 

 笑みを含んだ余裕の答え。

 今日中に宿に入った、荷馬車を伴った5人の女。この条件だけでも、かなり絞られる。しらみつぶしに調べれば、まず見つかるのは間違いなかった。

 シェフィールドは表情を戻すと、いつもの冷たい目線をワルドに向けた。

 

「私はこの度の賊捕縛の総指揮を、陛下から承りました。ワルド子爵も私の指示に従ってください」

「秘書にしては、部を超えた権限だな」

「私は、陛下の御心に沿うだけですわ」

「……」

 

 面白くなさそうに、椅子に身を任せるワルド。シェフィールドは、そんな彼にお構いなしに指示を出す。

 

「子爵には、ただちに竜騎士隊の準備をお願いします。いつでも出動できるように」

「分かった。ところでメンヌヴィル達はどうするのだ?」

「私に同行してもらいます」

「自ら、現場で指揮をとると?」

「はい。その妖魔とやらも見ておきたいので」

「全く……勇ましい秘書殿だ」

 

 皮肉交じりの笑みを浮かべながら言う。しかしシェフィールドは、ワルドの皮肉を意に介さず。

 やがて彼女は一つ礼をすると、部屋から出る。ワルドはそれを不満そうに見送った。だがすぐに気持ちを入れ替える。彼は部屋を後にし、配下の竜騎士に召集をかけた。

 

 

 

 

 

 日もすっかり落ちたロンディニウム。宿で休む五人の少女がいた。その誰もが満足そう。というか楽しそう。皆の表情はやわらかい。タバサは最初からだったが、キュルケも初めて幻想郷組に会った時のような、気おくれした所はなくなっていた。

 

「いやぁ、結構うまかったな」

「食べ過ぎる所だったわ」

「門の騒ぎで、ちょっと気を張り過ぎたか?」

「まあね」

 

 魔理沙とキュルケがざっくばらんな会話を交える。タバサも味に関しては頷いていた。『アンドバリの指輪』奪取など、どこへやら。口から出て来るのは、ついさっき味わったロンディニウム名物の話ばかり。

 すると、ふとルイズが気になった事を思い出した。荷馬車にピネガー、ここの宿代等々、この作戦で使う費用だ。アルビオンに来るのに持ってきたのは、ラグドが入った樽だけ。残りは全部途中で調達していた。

 

「魔理沙。そう言えばお金とかどうしたの?あなた全部払ってたけど。アイスクリームの稼ぎ?」

「違うぜ。精霊の涙。あれ売った」

「え?」

「な。衣玖」

 

 話を振られた天空の妖怪は、静かにうなずく。

 

「ラグドを説得した後に、ついでに聞いてみたんです。そうしたら、あっさり譲ってくれました」

「そんな簡単に……。モンモランシーが聞いたら、泣きそうになるわ」

「もっとも私達が、アンドバリの指輪を取り戻すからこそでしょうが」

「そうかもしれないけど……。あ、じゃあ、もしかしてモンモランシーに精霊の涙、渡したの?」

 

 ルイズの質問に、魔理沙がうなずく。楽しそうに勝ち誇った笑顔で。

 

「ああ。だからギーシュも元に戻った。二人には、でか~い貸しにしておいたぜ」

 

 ルイズは二人を気の毒に思う。これから、どんな厄介ごとを押し付けられるかと考えると。

 

 明日は仕掛けの本番。しかもここは敵地のど真ん中。だというのに、まるで修学旅行に来た生徒のように、彼女達は騒いでいた。

 しかしそれもわずかな間だけ。やがて収まる。翌日は夜明け前にここを出ないといけない。早めに寝ようという話になったのだ。

 

 キュルケとタバサはルイズ達の部屋を後にした。自分達の部屋に戻ると、さっそく寝る準備。あっさりベッドに入るタバサに対し、キュルケは髪とお肌の手入れを開始。万全の準備が終わると、ようやくベッドに入った。

 横になりながら、おだやかにつぶやく。

 

「できれば、観光で来たかったわね」

 

 うなずくタバサ。するとキュルケが何かを思い出した。ふざけ半分な口ぶりで。

 

「そう言えば、タバサ。あなた門であたしの事、歳の離れたお姉さんって言ってたでしょ。何?実は老けてるとか思ってた?」

「逆。ああ、言えば私達が……。!?」

 

 タバサはそこで言葉を止めた。思わず体を起こす。何故あんな事を言ったのか。反射的にそう口にしていたのだ。あえて言うなら勘が理由。多くの荒事で培った勘が。

 キュルケは、不思議そうに親友の顔を見る。

 

「どうかしたの?」

「おかしい……」

「何が?」

「あの門番のメイジ。変な事を言っていた」

「何言ったの?あたしはもう一人を捕まえてたから、聞いてないのよ」

「"若い女ばかりというより、大人と子供か……"と」

「それがどうしたのよ?」

「何故、全員を確かめる前に、若い女ばかりと思ったのか」

「門を通る時に、チラッと見たからじゃないの?」

「それならすぐに大人と子供と分かる。少なくとも、私は見えてたはず」

 

 タバサは御者をしていたのだ。確かにチラっとだけでも、キュルケとタバサは目に入る。

 それにしてもとキュルケは思う。タバサが自身は、子供に見られてしまうと自覚があったのだと。今は、どうでもいい話なのだが。

 

「そっか。ルイズ達は幌の中に入ってたから、チャンと見ないと分からないわね。それじゃなんで、若い女って分かったのかしら?」

「たぶん門の通過報告から。……いけない!」

「何が?」

「若い女ばかりが乗った馬車を注意するように、指示が出ていた。だから、報告を受けて確かめに来た」

「それがあたし達とは、限らないんじゃない?」

「心当たりがある」

「心当たりって……あ!」

 

 二人は慌てて、ルイズ達の部屋へ向かった。その心当たりを、思い出して。

 

 ロンディニウムの町に入る前。まだ二手に分かれていない時。天子と衣玖が妙な気配を感じていた。探るような気配を。それこそメンヌヴィル達であった。それをアリスに伝え、念のためと馬車の中だけ結界を張ったのだ。やがて何事もなく、その相手とは別れたので、大して気にしていなかったのだが。

 

 部屋に入ると、寝入りっぱなのルイズと魔理沙を起す。衣玖は寝ていなかった。

 ルイズは、露骨な不満そうな声を上げる。いかにも眠そうな顔で。

 

「何よ~。も~。あんた達もいい加減寝なさいよ~」

「ルイズ!目、覚ましなさい!ちょっと、マズイのよ!」

「あ~?」

 

 寝ぼけ眼で、フラフラとしながら答えるルイズ。

 魔理沙の方も、目を摩りながら起きて来る。

 

「なんだよ一体~。明日早いって言ったろ?」

「それどころじゃないのよ!逆になるかもしれないのよ!」

「逆?」

「あたし達の方が、襲われるかもしれないって事よ!」

 

 あまりに切迫して言うキュルケに、ルイズも魔理沙もすっかり目を覚ましてしまう。やがてタバサからの説明を聞いた。

 魔理沙は難しい顔で考え込む。もはや、さっきまであった観光気分は、どこへやら。

 

「あるかもしれねぇが……。徹夜で警戒、って訳にもいかないぜ。ただの思い過ごしだったら明日に響く」

「先に延ばしたら?」

「無理だ。アリス達は動き始めちまってる」

 

 ルイズの提案に、首を振る魔理沙。二手に分かれた以上、後はスケジュール通りに動くしかない。

 すると衣玖がふと窓の方へ歩きだした。そしてわずかに開け、外の空気を入れる。

 

「どうやら遅いようですよ」

「え?」

 

 一斉に衣玖に注目した。

 

 

 

 

 

 双月がロンディニウムを照らす。

 その中を早足で進む兵達があった。およそ100人。いや、それだけではない。他からも100人ほどの兵が二隊、足を進めていた。それぞれに10人ずつのメイジを伴って。その中には白炎メンヌヴィルの一団もいた。さらに、上空には竜騎士が舞う。まるで戦争にでも行くかのような陣容。

 だが彼らの任は、わずか数人の賊の捕縛。この人数で、である。慎重を通り越して臆病と言われかねない。相手がただの人間ならばだが。しかし相手は人間ではない。得体のしれない妖魔だ。彼らは、エルフでも相手にするかのような、厳重な体制で臨んでいた。

 

 大通りを進むのはメンヌヴィルを伴った一団。手下が不満そうにつぶやく。

 

「隊長。なんだか面白くない仕事になっちまいましたね」

「ああ」

「なんで引き受けたんです?」

「俺を煙に巻いたヤツが、ちょっと見たくてな」

 

 メンヌヴィルはシニカルな笑みを浮かべて言う。

 

 上空には、竜騎士がすでに飛び立っていた。竜騎士が待機している広場では、ワルドがさらに指示を加える。

 

「私も現場に行くが、お前たちは後詰として待機していろ。だが、相手は正体も分からぬ妖魔だ。気を抜くな。いつでも支援しておけるようにしておけ」

「ハッ」

 

 部下は切れのいい返事を返す。やがてワルドも颯爽と風竜に飛び乗った。

 

 これら全てを指揮するのが、シェフィールド。一番最後に城から出た馬上の姿は、とても秘書とは思えない悠然としたもの。

 

「さて、いったいどこの手の者か……。じっくり吐かせてやろう」

 

 ベルトには見慣れないマジックアイテムが、いくつかあった。

 

 全部隊の目的地は、何の変哲もないただの宿屋。

 間者が潜む場所を突き止めたのは、日が落ちてから。決めてとなったのは、実は杖。

 今日、町に入ったばかりの荷馬車に乗った5人の女。しかも荷物まで樽と分かっている。この条件が当てはまるものは、宿屋以外を含めてもわずか3組だけだった。しかし一組だけ、他とは違う特徴があった。目立つ長い杖を持っていた女がいたのだ。宿屋の主人は別に足が悪い訳でもないのに、平民の少女が杖を持っているのを妙に思ったという。

 シェフィールドは、それをメイジの杖と判断した。しかも杖を持っているのは二人いた。するとメイジは二人。残りの三人が妖魔となる。そうなるとメンヌヴィルの言っていた、半分は人間ではなかったというのと合う。人数のズレだが、荷馬車は幌をしていた。中の人数までは、外からは正確に分からないだろう。さらに術を使われたという話もあった。彼らが、見誤ったと考えたのだ。

 

 寝静まろうとしているロンディニウム。しかしその静けさも、後わずか。異質な騒乱が起ころうとしていた。

 

 

 

 

 

 夜の宿は、相変わらずの静けさに包まれていた。穏やかな眠りにつけるほどの。しかしルイズ達のいる一室だけは、張りつめた空気だけが溢れていた。

 衣玖は窓際に立ちながら、様子を探る。わずかな空気の揺れも逃さないほど、感覚を研ぎ澄まして。

 

「こちらを窺ってる気配を、いくつか感じますね。さらにいくつもの集団が、囲むようにこちらに向かっています。それに竜騎士も、ここを中心に旋回してるようです」

 

 一気に緊張が高まる。生唾を飲み込む。お互いの顔を見やるルイズ達。

 タバサが変わらぬ表情で口を開いた。

 

「数は?」

「だいたい……兵300強に竜騎士が30と行った所でしょうか。メイジも数十人いるようですが、よく分りません」

 

 目が丸くなるとは正にこのことか。瞼が固まってしまったように、全員が見開いていた。5対300半ば。しかもただ兵隊だけではない。メイジや竜騎士までいる。

 キュルケが珍しく動揺していた。声が裏返っている。

 

「な、何よそれ!?あたし達だけ捕まえるのに、バカげてるでしょ!そんな数!」

 

 キュルケも腕には少々自身がある。だから状況によっては、強行突破も仕方がないとの覚悟はあった。しかし相手の数は、想像をはるかに超えている。

 ルイズが厳しい表情で顔を上げた。静かだが強い口調。

 

「逃げましょう」

「逃げるって、どうやるのよ!空も地上も囲まれてるのよ!」

「魔理沙がその気になれば、風竜の倍以上で飛べるわ」

「そうなの?」

 

 その言葉に、胸をなでおろすキュルケ。だが、当の魔理沙の声は暗い。

 

「私だけならな」

「え!?」

「一人乗せるくらいなら、行けるとは思う。けど、それ以上は厳しいぜ」

 

 竜騎士から逃げるには、魔理沙か衣玖のどちらかが、残りの三人を抱えていかないといけない。衣玖は魔理沙ほど速くは飛べない。だが魔理沙が、多くの人間を乗せて飛ぶのは難しい。以前デルフリンガーを積んで飛んだ時すら、少しバランスを崩しかけたのだから。

 顔が蒼くなるルイズとキュルケ。さすがのタバサも眉間に皺を寄せる。魔理沙と衣玖は、自分達だけなら逃げられるが、それを選ぶ訳にはいかない。

 

「ならば我が引きつけよう」

 

 意外な所から声がした。小さな樽に移したラグドからだ。思わず驚くルイズ達。確かに手を結んだが、精霊が自ら人間を助けると言いだすとはと。人妖が共に住む幻想郷の住民に、触れたからだろうか。

 

 精霊は樽から衣玖の顔で出てくると、起伏のない表情で言う。

 

「我を床に撒けばいい。触れた者を全て操れる。それらを使い、竜や兵に攻撃させる」

「混乱はさせられるか……。だけど、お前はその後、どうすんだよ」

「地面の下に流れを感じる」

「地面の下?下水か?」

 

 魔理沙はふと下に顔を向けた。ラグドは下水道を伝って、この町から出ると言うのだ。

 その時、ルイズが何かを思いついた。パッと明るくなる。

 

「その手があるわ!私達も下水から逃げられない?ちょっとやだけど」

「無理よ。民家の下水は、人が通れるほど大きくないわ。それほど大きいのは、大通りのだけよ」

 

 キュルケの沈んだ声。おまけに疑問を一つ。

 

「後……さすがに全ての竜騎士を引きつけるのは、無理じゃないかしら?」

「…………」

 

 返事はない。いや、無言が答えとなっていた。

 そのまま黙り込んだ一同。重い空気が部屋を満たす。時間だけが過ぎていく。だがその時間も残りわずかなのだ。考えている暇はそれほどない。

 やがてルイズが、意を決したように口を開いた。

 

「なら、方法なんて選んでられないわ。その300半ばを撃退しちゃいましょ!」

「ルイズ!何言ってんのよ!そんな事、出来る訳ないじゃないの!5人しかいないのよ!」

 

 キュルケに、いつもの余裕がなくなりつつあった。

 しかしルイズは、厳しい顔を向ける。

 

「私の系統は、もう分かってるでしょ?」

「……!」

 

 口に出した事はない。だが彼女が見知らぬ魔法を使っている所を、何度も側で見ていた。キュルケやタバサには分かっていたのだ。目の前にいるクラスメイトは、実は伝説であると。

 さらにルイズは、異界の友人へ視線を送る。

 

「それに、魔理沙と衣玖がその気になれば、350くらいなんともないわ」

 

 メイジや竜騎士までいる軍勢がなんともない。キュルケは、驚きと頼もしさが混じり合ったような目で、彼女達を見ていた。どこか希望を見つけたかのように。

 しかし、そこにタバサの冷静な声。

 

「無理」

「な、なんでよ!?」

「ここは神聖アルビオン帝国の本拠地。最低1万の兵が駐屯している。その内"わずか"300半ばが迫ってるにすぎない」

「!!」

 

 つまり今来ている相手を全て退けても、すぐ次が来ると言っているのだ。さらに『虚無』の魔法は、連発できないのが弱点だった。特に効果が大きければ大きいほど。波状攻撃を受けると、対応できなくなる。キュルケやタバサはもちろん、魔理沙もやはり人間。戦い続けるには、さすがに限界がある。さらに、衣玖は妖怪だが、天界の住人として五戒の縛りがあった。

 もはや打つ手なしか。最悪の予感すら頭をよぎる。ルイズ達の額に、冷や汗が浮かび始めていた。

 その時、魔理沙がすくっと立ち上がる。

 

「しゃーねぇ」

「魔理沙?」

「ルイズ。やっちまうぞ」

「え?今、タバサが言ってたじゃないの。無理だって。もしかして、倒せるの!?」

「いや。たぶんタバサの言う通りだ。けどな、それで構わないぜ」

「?」

 

 見上げたルイズの視線の先にあるのは、いつもの不敵な魔理沙の顔。ただ今のそれは、見慣れたものとは少し違う。自分を鼓舞しているようにも見えた。さすがの魔理沙も、不安なのだろうか。だが、何にしても、幻想郷以来の友人が言うのだ。答えは一つ。

 

「分かったわ。やっちゃいましょう」

 

 ルイズは、大きくうなずいた。

 

 

 

 




魔法装置の動力源の設定はなかったのですが、永久機関って事もないだろうと思って、土石、風石辺りに設定しました。

描写周りを少し加筆しました。

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