ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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わが家へ出発

 

 

 

 アンリエッタに会おうとするレミリアを、なんとか諦めさせようとするルイズ。これが天子とかが相手なら、頭ごなしに怒鳴りつけて従わせようとする。だが、レミリアにそれはできなかった。彼女は、幻想郷での恩人。彼女が紅魔館に住む事を許さなかったら、どうなっていたか分からない。その上、衣食住の全て世話になっていた。なんだかんだでルイズは、恩義を強く感じていたのだ。

 

 そんな訳で、レミリアを説得するにしても、微妙な言い回しになってしまっていた。

 

「その……ほら!挨拶なんて簡単に済ませばいいじゃないの!両親と学院長くらいで。時間が勿体ないわ。せっかく来たんだもの、いろんな所案内したいし」

「そうは行かないわよ。礼節の筋道を通すのは、私の矜持でもあるわ」

 

 毅然と胸を張るお嬢様。

 ルイズは苦笑い。紅魔館に住んでいて、この手の礼節が気まぐれなのはよく知っているので。ともかく、何故か頑固。同じ唯我独尊でも、天子だったら、もうちょっとごまかしやすいのに、とかルイズは胸の内でぼやく。

 それからあの手この手で、話を逸らそうとするが、全て無駄だった。

 

 すると助け船が入る。レミリアの後ろから。彼女の従者である。

 

「お嬢様」

「何よ。咲夜」

「こちらの貴人に礼を尽くすのは、結構な事です。ですが、それならばハルケギニアでのマナーを習得する必要が、あるのではないでしょうか?」

「マナー?」

「ルイズ様。幻想郷とハルケギニアのマナーでは、やはり違うのではないですか?」

 

 何やら含みのあるような顔で、尋ねて来る咲夜。ルイズ、すぐにそれを察する。意を得たりというような、ちょっと喜びが滲んだような声が出て来る。

 

「そ、そうね!思ったより違う所あるわ!しかも陛下に、お会いになるんだもの。マナーができてなかったりしたら、スカーレットの家名に傷がついてしまうわ」

「う~ん……」

 

 さっきまでの頑固さは一転、腕を組んでうなりだすお嬢様。そして観念する。

 

「分かったわ。それもそうね。マナーも気品の内だもの。ま、急ぐ訳でもないし。それからやりましょう。ルイズ、あなた教えてよ。一応、貴族の娘でしょ?」

「うん。分かったわ。いい本があるから、持ってきてあげる」

 

 ようやく安心の溜息をもらすルイズ。とりあえずトラブルは回避できた。もっとも、しばらくの間だけなのだが。

 それから話は、他愛もない雑談に移った。やがて、月が上がる頃にようやく、三人は廃村の寺院に帰った。帰るとき、ルイズは咲夜に、小声で感謝を伝えたのだった。

 

 

 

 

 

 神聖アルビオン帝国の中枢、ハヴィランド宮殿。

 すっかり元の姿を戻した白の宮殿に、似つかわしくない人物たちがいた。いや、まだいたというべきだろう。メンヌヴィル一党である。トリステイン魔法学院襲撃の仕事が、ロンディニウムに侵入した賊撃退へ変更、さらに皇帝護衛に。一応両方共、成功し、そこそこの支払を受けている。だが、その割にメンヌヴィルは不機嫌だった。部下が近づき難いくらい、淀んだ空気が滲みだしていた。

 

 それも無理もない。

 人間を焼けると思った仕事が、妖魔の焼却に。ところが、その妖魔には、いいようにあしらわれた上、結局賊は逃がした。さらに翌日以降の皇帝護衛では、臭い匂いに耐えながらその時を待ったのに、肝心の妖魔は現れず。しかも四日間そのまま。鼻のいいメンヌヴィルには、ここは地獄に違いない、と言わずなんと言うのか。こんな面白くない目に遭ったのに、両方の仕事の支払いが当初の学院襲撃よりも少ないのだ。もっとも、アルビオン軍との共同作業でもあった賊対策の仕事が、安くなるのは仕方ないのだが。

 怒りをぶちまけてこの城を出ていくのは簡単なのだが、予定の収入が入らないのも癪に障り、ここにいる。それに学院襲撃の仕事自体も、取り消された訳でもないので。唯一の救いが、待遇は悪くないくらいだった。

 

 そんな彼らにあてがわれた居室のドアが開いた。

 

「ミスタ・メンヌヴィル。お話があります」

 

 現れたのは皇帝の秘書、シェフィールド。もはや寝込んでいた面影はない。元の美しさと妖艶さを纏っている。

 ソファーに寝転がっていたメンヌヴィルが、体を起こした。

 

「おう。なんだ、便所女か」

 

 同時に笑いを漏らす部下たち。対するシェフィールドは顔をしかめる。ちょっと殺気を含んで。

 あのトイレの件以来、彼女にはいろいろなあだ名が付いていた。もっぱら兵達の間でだが。その第一人気が、便所女である。

 シェフィールドは一つ深呼吸。平静を保とうとする。切れ者秘書の顔を、作り出す。ちょっとこめかみが震えているが。

 

「新たな仕事を、依頼に来ました」

「やっとか。で、いつ襲撃する?」

「学院の件ではありません。別件です」

「またかよ。今度はまともな仕事だろうな。皇帝のお守りは勘弁してくれよ」

「私と共に、ラグドリアン湖に行ってもらいます」

 

 つまり『アンドバリの指輪』の奪還である。奪還の奪還ともいう。ともかく、アンドバリの指輪がなくては、この国が立ち行かないのは確か。そこで取り返しに行こうという訳だ。水の精霊の居場所は分かっている。当然、指輪の場所も。盗られたからと言って、慌てるような話でもなかったのだ。

 

 話を聞いたメンヌヴィルは、記憶を探るような態度。

 

「ラグドリアン湖っていやぁ……水の精霊の住みかだったか」

「はい」

「ハッ、なるほどな。あの連中は、水の精霊の関係者って訳か」

「ご存じでしたか。水の精霊の能力を」

「今、思い出した。……って事はなんだ。連中を追うって話か?」

「それにつきましては道々。ともかく、重要な仕事です。これまでとは違う、破格の額を支払いたいと思いますわ」

「フッ……。まあ、いいぜ。こっちも金が欲しくて来たんだからな」

「それでは、仔細は後ほど」

 

 秘書はわずかに礼をすると、部屋を後にした。メンヌヴィル達もようやく退屈な日々が終わると、ちょっと上機嫌。やがて前祝とばかりにロンディニウム市内へ、酒と女を求め繰り出すのだった。

 

 

 

 

 

「ミス・ヴァリエール」

 

 教室に、ルイズを呼ぶ声。しかし返事なし。

 

 当の本人の頭の中は、別の事で一杯だった。

 なんとか、レミリアがアンリエッタと会うのを先延ばしにしたが、所詮時間稼ぎ。しかも、そんなに長くは持たない。というのはマナーが違うと言ったが、実はそれほど差がないからだ。紅魔館自体がヨーロッパの流れを組んでいるので、似たような要素を持つハルケギニアとの差などわずかだったりする。

 

「ミス・ヴァリエール」

 

 教室にまた声が響く。でも無言。

 

 いっそアンリエッタに会わせてしまう、というのも頭をよぎる。ただ口実が問題だ。アルビオン戦参戦の話があれば、それも手だったのだが、指輪の話をしてしまったので使えない。しかし、会せたら会わせたで、謁見をどうやり過ごすのかが想像がつかない。

 

「ミス・ヴァリエール!」

「は、はい!」

 

 ようやく聞こえた。ギトーの声が。

 

「一度ならずも、二度までも答えないとは。授業をなんだと思ってるのかね?」

「す、す、すいません!」

 

 立ち上がり、ひたすら恐縮するしかないルイズ。よりにもよってギトーの授業で、この失敗。何言われるか、分かったものじゃない。ギトーが嫌みたらしい視線を彼女に向ける。杖を軍人教官のように、手元でいじりながら。

 

「確かに君は、ようやく魔法に目覚めた。しかし、君の系統は風ではない上に、できる魔法と言えば、まだ初歩の初歩。スタートラインに、立ったままなのだよ?」

 

 自分の系統を持ち上げる事を、忘れないギトー。ムッとする生徒も何人か。ルイズにはそんな余裕ないが。

 

「同級生は、はるか先に行ってしまっている。同じドッドのメイジすらだよ。分かっているのかね?」

「は、はい」

「しかも最近では、優秀だった座学の方も成績が下がってきている。しかも先日は無断欠席までしたとか。少々、気が弛んでるのでは、ないかね?」

「いえ……。そんなつもりは……ありません」

 

 言っている事の割には、少し引け気味に答えるルイズ。以前なら毅然と返していただろうが、今は心当たりがなくもないので。

 

 ルイズの座学の成績が、落ちつつあるのは確かだった。もっとも、元々トップクラスだったので、以前に比べての話。しかし、魔法が使えるようになり、優秀な座学に上乗せされると思っていた教師達。それが、座学が落ちてきて、気を揉んでいたのだ。

 もちろん、理由はある。当然、幻想郷メンバーが主要因。彼女達のトラブル処理に追われたり、トラブルに巻き込まれたりで時間を取られているのだ。さらにアルビオン絡みの、いろんな騒動に関わったのもある。これらは結果、大きく国に貢献したのだが、真相を知っているのはアンリエッタの周りとキュルケ、タバサくらい。一般の生徒や教師には、どこか泊りがけで遊びに行ったくらいしか思われていなかった。

 そして天子。この傍若無人、自分勝手な使い魔。この天人が他の使い魔から抜きんでて強力なのは、どの教師も分かっていた。一方で、抜きんでて制御困難な自由人、というのも分かっていた。教科として見た場合、ルイズ、天子の主従は、連携のほとんど取れてないダメダメコンビと判定せざるを得ないのだ。ルイズ自身は、がんばって天子にいう事聞かせているつもりなのだが。教師達の評価は厳しく、これも成績の足を引っ張っていた。

 もっとも、外部要因だけでもない。魔理沙やアリス、文、天子などがトリスタニアによく行くようになったせいで、町の遊びを覚えてきていた。彼女達がルイズを誘うのである。勉学一辺倒だったルイズが、遊びを知り始めてしまっているのもあった。

 

 ギトーは少し叱りつけるような目で、ルイズを見た。だがその時、終業の鐘がなる。一斉に立ちだす生徒達。そして出口へ向かって行く。ただルイズだけは、突っ立ったまま残っていた。ギトーは少々不機嫌に言う。

 

「罰を与える。私についてきなさい」

「はい……」

 

 やがて教員室へ連れていかれたルイズ。ねちっこい説教の後、厄介な課題を渡されるのであった。

 

 

 

 

 

 夕方。かなり日が傾き、影が伸び始めていた。そんな中、ひと気のない広場で、激しい動きをしている二人の姿。一人はルイズ。ただし、いつものシャツにスカートではない。中華風道着を着込んで、愛用の長い杖を振り回していた。もう一人はメイド。だがこの学院では見慣れぬ姿。銀髪ミニスカートのメイド服。吸血鬼の従者、十六夜咲夜である。

 

「そこっ!」

 

 ルイズの右掌底が、咲夜の脇を狙う。しかしスルリと、体を回すように避ける咲夜。ルイズが次の攻撃に移ろうと、体を入れ替える。だが、喉笛に触れる木。ナイフ代わりの木刀もとい、木小刀。ルイズの見上げた先に、整然としたメイドの顔があった。

 

「ここまです。ルイズ様」

「はぁ~。また負けちゃった」

 

 静かに笑みを浮かべる咲夜と、項垂れるルイズ。二人は組手をやっていたのだ。

 

 ギトーに怒られた後、ムカついていたルイズは、汗を流して忘れる事にした。そこで思いついたのが咲夜。彼女に組手を頼んだのだ。せっかく来ているのだし、衛兵相手もちょっと飽きてきたのもあったので。咲夜自身も、レミリアが起きるまで時間があったので、引き受けた。

 さっそく組手をやったが、衛兵とは勝手が違い、結局ルイズは一度も勝てなかった。いや、善戦すらしていない。さすが美鈴を叱りつけている、メイド長の事だけはある。もっとも、ルイズも体術を初めてから数か月。敵うはずもなかった。練習相手も体術は素人の衛兵ばかりで、あまりいい相手に恵まれてないというのもある。

 

 咲夜は時計を見ると、わずかに目を見開く。そして、ルイズに詫びを入れた。

 

「申し訳ありません。お嬢様が、そろそろ起きる時間なので。この辺で、お暇させていただきます」

「謝る事ないわよ。頼んだのはこっちなんだから。でも……また、お願いできない?時間があったらでいいけど」

「ええ、喜んで」

 

 笑みを浮かべる吸血鬼の従者。やがて脇のベンチに置いてあった愛用の銀ナイフと、組手用の木製ナイフを入れ替える。意外に多いナイフの数。脇で見ているルイズ。いったいどれだけ持っているのだと、感心するやら、妙な寒気を覚えるやら。

 

「ルイズ」

 

 すると後ろから声がかかった。振り返った先にいたのは、キュルケとタバサ。

 

「あら?何よ。二人揃って」

「面白そうな事やってたから、見てたのよ。途中からだけどね」

「ふ~ん……。そう」

 

 そっけない返事だが、ルイズ、意外にまんざらでもない。

 もうかつてのように、キュルケといがみ合うような事も最近なくなった。ルイズのヒステリックが大分収まって来たのもあるのだが、なんだかんだでこの所、一緒に行動する事が多いせいもあった。今までよく知らなかった彼女の別の面が、見えてきたのだ。一方のキュルケも、幻想郷から戻って来て大分様変わりしたルイズに、今までとは違う態度で接している。彼女にとっても、もう遊び半分でからかうような相手ではなくなったという事だろう。

 

 ルイズ、汗を拭きながら尋ねる。体を動かして気が晴れたのか、ちょっと満足そうに。

 

「どうだった?」

「悪くない」

 

 タバサの素直な答え。

 実戦経験を積んでいるタバサからしても、ルイズの動きは悪くなかった。これに状況判断力が加われば、すぐ実戦に出られると思うほど。

 一方、それを聞いてキュルケは、胸の内で苦笑。メイジが体術で、褒められていいのかと。系統が虚無である事といい、接近戦を磨いている事といい、なにやらルイズはかなり変わったメイジに育ちつつあった。

 

 やがてキュルケは、もう一つの好奇心の方へ視線を移す。咲夜の方へ。

 

「見かけないメイドよね。新人?……っていうか銀髪ってのも珍しいわ」

「ああ、紹介するわ。咲夜!」

 

 銀髪メイドはルイズの側まで来ると、一つ礼。洗練された態度に、キュルケとタバサは少なからず感心。

 学院のメイドは、王宮や貴族に長らく勤めている者と違い、洗練されているとは言い難いものあった。人の入れ替わりも程々あるので。それだけに、彼女がここに雇われたメイドでないとすぐに分かる。誰かに長らく仕えている者だと。

 しかも、気に止まったのは態度だけではない。メイド服としては珍しいミニスカート。それだけなら単に煽情的なコスチュームとバカにしそうだが、そこから覗いているナイフの群れ。このミニスカートは、機能的なものなのだと直感する。ナイフが抜きやすいように。となると、このメイドは物騒な相手に仕える女性だと予想する。

 

 ルイズはそんな彼女を、まるで馴染みの親戚を顔見せするように紹介した。

 

「彼女は十六夜咲夜。幻想郷でお世話になってたの」

「またゲンソウキョウから来たの?」

 

 キュルケ少々呆れ気味。またかと。さらに、一癖もふた癖もある人物なのだろうと思っていた。

 咲夜は、話に一段落着くのを待っていたのか、改めて礼を一つ。

 

「スカーレット家のメイド長を務めさせていただいています、十六夜咲夜と申します。お二方の事は、ルイズ様より伺っております。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー様、タバサ様。以後、お見知りおきを」

 

 整然とした丁寧な言葉。だが、どこか冴えるような響きを感じる二人。鋭利な刃物。そんな雰囲気が漂ってくる。姿はハルケギニアのメイドに近いが、纏う空気がまるで違う。やはり異世界人なのだと、二人は返事をしつつも勝手に納得していた。

 

 紹介も済んだので、咲夜はルイズに向き直る。

 

「では、ルイズ様。そろそろ、行かなければなりませんので」

「うん。いいわ。今日は、ありがとね」

「お時間がありましたら、またお付き合いいたします。それでは」

 

 最後に三人に軽く会釈。次の瞬間。

 消えた。

 咲夜が。

 

「えっ!?」

「……っ!?」

 

 素っ頓狂な一声を上げる微熱と雪風。で、硬直。一時停止。フリーズ。口を半開きにしたまま。

 その横で、ルイズは思わず笑いを漏らしていた。キュルケはともかく、こんな露骨に驚くタバサを見るなんて、まずないのもあって。でも、そんなものを気にする余裕のない二人。途端にキュルケがルイズに、キスでもするのかというくらい顔を寄せてきた。表情はキスどころじゃなく、動揺しまくりだが。もう、微熱の優雅さはどこへやら。むしろ、なんか怖い。

 

「ル、ル、ル、ルイズ!き、き、消えたわよね!今、あのメイド!ねえ!」

「そうよ」

「そ、そうよ!?」

「あれが彼女の能力なの。時間を止められるって言うか……止まった時間の中を動けるの」

「はぁ!?どういう意味よ!?」

「つまり、流れてる時間を止めて、人も物も風も水も火も何もかもが止まった中で、彼女だけが動ける。って聞いたわ」

「な、な、何よそれ……」

 

 またも唖然とする二人。

 よく意味が分からないが、言わんとしている事はなんとなく分かる。だが、とても信じられないものだ。瞬間移動とか言う方が、まだ理解できる。幻想郷の連中の側にいて、いろんな能力を見てきたが、咲夜のものはそれと比べても常軌を逸していた。時間を止めるなんて、先住魔法とかそういう括りとは別次元の存在にすら感じる。

 なんとも言えない、茫然とも混乱とも取れるような様子の二人。銀髪メイドのいなくなった跡を、ただ見つめていた。やがてキュルケ、ポツリと零す。

 

「ヨーカイ?」

「違うわよ。人間よ。メイジでもないわ」

「それじゃぁ、ただの平民だとでも言うの?あり得ないでしょ……」

「分んなくもないけど」

 

 ルイズ、自分で咲夜の能力を言ってみて、ちょっと自信がなくなった。

 

 しばらくして、ようやく落ち着く二人。ふとタバサが気になった事を口にする。

 

「さっきのメイド。スカーレット家に仕えていると言っていた」

「そうよ。つい最近、主従共々やってきたの」

「主はヨーカイ?」

「うん。吸血鬼」

 

 ルイズ、あっさり。ようやく復帰したばかりの二人が、また動揺しだした。目が見開いている。さっきと同じ顔。

 しかし無理もない。吸血鬼と言えば、ハルケギニアでは最も警戒すべき妖魔だからだ。吸血鬼、人の血を吸う鬼。しかし人の命を奪う妖魔は、他にもいる。しかも、吸血鬼は魔法も力もそう突出した訳でもない。それでも最も恐れられているのは、卓越した忍び込む能力にある。何気なく人と共に暮らし、人の血を吸う。気づかぬ内に、人々に死を招く。ある意味、見えない敵。さらに、吸血鬼は血を吸った相手を、屍人鬼として使役する事ができる。これほど恐ろしいものはない。特にタバサには、吸血鬼退治の経験もあるので、なおさら実感があった。

 

 少しばかり不安感を浮き上がらせる二人。キュルケは、ルイズに小声で尋ねた。

 

「あのメイドって……実は屍人鬼?」

「だから、正真正銘の人間だって」

 

 相も変わらぬ、あっけらかんとした返事。さらに補足一言。

 

「それに、彼女の主は屍人鬼なんて使わないわ。って言うか逆。"こっち"の吸血鬼みたいに、忍び込むなんてまずしないわよ。正面から堂々と宣言して乗り込んで、相手を屈服させるタイプよ」

「何よそれ。ホントに吸血鬼?」

「異世界ってのは、そういう事よ」

「う~ん……。そう……なの」

 

 イマイチしっくりこないながらも、キュルケは腕を組んで考えを咀嚼する。首を捻りながら。理解するにはいろいろ足らないようだが、一つだけ分かる事がある。今まで以上に厄介な人外が、またゲンソウキョウから来たのだと。

 

 そして落ち着きを取り戻すと、三人で寮へ向かい始めた。食事の時間まではまだ間があるが、遊びに行く程の時間もないので。

 かなり日差しの傾き、緋色に染まった廊下。ふと、キュルケが話を振る。

 

「そう言えば、ギトーの罰って何よ」

「うっ……。思い出したくない事を……」

「で、何?」

「使い魔との連携をレポートにした上、実践しろって」

「うわっ。それは難題だわ。あなたにとってはだけど」

 

 笑いながら言う。半ばからかい気味に。対するルイズは膨れ顔。一般の生徒なら造作もない課題だが、使い魔が天子という一点だけで、難易度は跳ねあがっていた。

 

 進む三人の影。穏やかな夕暮れ。廊下に響く足音の中、キュルケはしみじみと話だした。

 

「でも……、あなたが授業態度悪い、って怒られる日が来るとはね」

「ちょ、ちょっといろいろ考え事があったのよ」

「成績でも怒られたでしょ?」

「あ、あれは……その……、いろいろ忙しかったから……。勉強する暇なかったの!」

「トリスタニアによく遊びに行ってるのに、時間がなかった?」

「な、なんで知ってるのよ!」

「そりゃぁ、私だって遊びに行ってるもの。たまに見かけるわ。あの"魔法使い"達とつるんでるの」

「い、息ぬきよ!」

 

 ムキになって反論するルイズ。キュルケはそれを微笑ましく見ていた。誇りに対してではなく、遊びを誤魔化そうとしてムキになるルイズが新鮮で。

 どこかサッパリした微熱。ルイズに笑みを向ける。

 

「悪くないわよ」

「何が?」

「悪いって言われたの」

「は?何言ってんの?悪いのは悪いに、決まってるでしょ!」

 

 むやみ突っかかる。遊ばれていると感じたのだろう。ルイズにとっては。すると脇から、タバサが言葉を添える。

 

「余裕ができたのを感じた」

「え?」

「以前のルイズは、遮二無二なり過ぎていた」

「…………」

 

 言われてみれば分からなくもない。

 公爵家という家柄、魔法が使えない貴族、両親の期待……。埋まらぬスキマを、無理に埋めようとしていたのだ。学問という自分ができる唯一の事で。今考えると、いつも気が張っていた様な気がする。些細な事ですぐに苛立ったのも、そのせいかもとすら思ってしまう。

 だが、今は違う。魔法にも目覚めた。しかもそれが虚無。だがそれだけではない。あの幻想郷の連中。世間の目なんてまるで気に留めない。自由闊達で、好奇心旺盛。彼女達が、器に嵌ろうとする自分の思考を、変えてくれたのも確かだ。もっとも、最近は少々器を壊しすぎかもしれないが。

 

 それにしてもと、ちょっと驚くルイズ。タバサはクラスメイトだったが、一年の頃は接点もなく会話もない。それが意外にも、自分の事を見ていたとはと。その点ではキュルケも同じだろう。からかいながらも、彼女は自分を人として見ていたのだ。

 ルイズは、やけにすがすがしい表情を浮かべていた。

 

「うん。そうかもね」

「フッ……」

 

 そんなルイズに、キュルケとタバサは笑みを浮かべていた。お互いの顔を見やり、肩をすくめて。

 

 

 

 

 

 

 日の落ちた廃村寺院のアジト。というか幻想郷メンバーの住居。そこに二人の姿があった。ルイズと天子の主従である。重要な事を知らせに来たのだ。

 廊下の真ん中に立つと、ルイズは声を張り上げた。やけに機嫌のいい声を。

 

「えーっと。お知らせしたい事があります。全員集合ーっ!」

 

 地下なので声がよく通る。やがて部屋から出て来る姿が見えた。まずは鈴仙、そして衣玖。でもそれで終わり。出てきたのは、二人だけだった。

 肩から力が抜けるピンクブロンド。相変わらず、集団行動のとれない連中だと。それから部屋を一つ々回って、呼び出すハメに。あれやこれやで時間をかけて、ようやく全員そろった。一同リビングに集合。

 

「なんだよ用って」

「手短に済ましてくださいよ。記事書いてる途中だったんで」

「パチェ。あれ何?」

「あれはね……」

 

 集合してもまとまりのない一同。またまたルイズは声を張り上げた。

 

「静粛にーー!」

 

 一応、静かになる。ルイズ、演説を始める様に一つ深呼吸。

 

「えー。以前より話していた、我がヴァリエール家への訪問を来週末にしたいと思います。そこで、来週の予定は空けて置いてください」

 

 多少のざわめきは起こるが、その中で露骨に困った顔する者が一名。魔理沙だった。

 

「来週かよ。参ったぜ」

「何か予定があるの?」

 

 ルイズの問いに、魔理沙は親指で後ろを指す。その先に見えたものは、祠のようなもの。それが棚の上に置かれていた。祠の中には小さな水瓶があり、水で満たされている。眉を潜めるルイズ。あんなものが、リビングに今まであっただろうかと。

 

「何よあれ?」

「ラグドだぜ」

「え?どういう事?」

「ここにも住むって話だぜ。あの祠は、まあ……ラグドの分社みたいなものかな」

「分社って……。いつから神様になったのよ」

「けど、誓約の精霊って崇められてたんだろ?場合によっちゃぁ、神格も身に着けてたかもしないぜ」

「崇めるっていうか……そう言われてるってだけよ」

 

 水の精霊を誓約の精霊と呼ぶのは、よくあるゲン担ぎみたいなもので、崇めるというほどではない。古くは民間信仰として、崇めていたらしいと聞いた事はあるが。ただルイズは、なんとも少々呆れ気味。最初は妖精並の頭とか言われていた水の精霊が、今では神様あつかいとは。ともかく話を戻すルイズ。

 

「で、ラグドと来週の予定が、どう関係するのよ」

「残りのラグドを戻すのよ」

 

 ルイズの問いに、今度はアリスが答えた。

 

「残り?」

「アルビオンに持って行った分。あの水瓶に入ってるのは、その一部だけなの。で、残りをラグドリアン湖に戻そうと思ってね」

「時間かかりそう?」

「戻すだけなら、そんなに時間かかんないわ。ただ……せっかくだから、いろいろ寄ろうと思っていただけ」

「そうなの。じゃあ、寄り道する予定はキャンセルして」

「仕方ないわね」

 

 アリス零すようにあきらめる。するとまた魔理沙。

 

「けどな、一旦こっちに戻るってのも手間だぜ。直におまえんチ、行けばいいだろ?」

「ダメよ。ヴァリエール家として、招待するって形になってるんだから。ホストとして、連れて行かないといけないの。それに、あなた達だけで行って、どうやって入るのよ。怪しまれるのがオチでしょ。だいたい私の家知ってんの?」

「地図書いてくれ、下見してくるから」

「下見って、どこにあると思ってんのよ。近所って訳じゃぁ……」

 

 そこまで言いかけてルイズは言葉を止める。魔理沙はここにいるメンツの中では、文、吸血鬼姉妹の次に速い。一日でラ・ヴァルエールの居城まで往復するのは、造作もなかった。それに街道に沿って行けば、簡単にたどり着けるほど、城は分りやすい場所にある。もっとも、ラグドを湖に届けてから戻って来るのも、そう無理ではないのだが。ただ魔理沙達は、せっかく遠出する事を、有効活用したいらしい。

 いろいろと考えをまとめているルイズを他所に、魔理沙の後ろから声がかかる。レミリアだった。瞳に好奇心が滲みだしている。

 

「何?あんた達旅行に行くの?」

「旅行っていうか、用を済ました後、寄り道するだけだぜ」

「ふ~ん……。面白そうね。私も付いて行くわ」

「なんだよ。マナーの勉強するんじゃなかったのかよ」

「フッ……。私がその気になれば、あっと言う間よ」

 

 自信ありげに胸を張るお嬢様。女王との謁見はどこへやら。相も変わらず、気まぐれな吸血鬼であった。

 だが、それを聞いていたルイズ。チャンスなんて言葉が頭に浮かぶ。学院に戻った後、マナー不足を口実に、アンリエッタとの謁見をさらに伸ばしてしまおう、なんて考えた。

 

「いいじゃないの。魔理沙。レミリア連れて行ったら?」

「私はいいぜ。けど、ルイズが私ら連れて行くってのは、どうすんだよ」

「そうね。じゃぁ待ち合わせをしましょう。実家の近くに宿場町があるのよ。だから、そこで待ち合わせ。後で地図渡すから、下見してきて」

「ああ」

 

 大きくうなずく魔理沙。レミリアもこっちに来て最初の観光なので、ちょっとワクワクが顔に出ていた。

 魔理沙と共に行くのは、アリス、レミリア、フランドール、咲夜、パチュリー、こあ。ちなみに、ルイズは魔理沙に全部任せるのは心配だったので、アリスとパチュリーに念を押すのだが。期日に必ず宿場町に来るようにと。

 

 

 

 

 

 翌日の晩。学院長室にノックが響く。読んでいた本から視線を外す、オールド・オスマン。

 

「ん?何かな?」

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールです。本日、お話しした件について、参りました」

「おう。そうじゃった、そうじゃった。入りたまえ」

 

 扉が開くと、見慣れたルイズが入ってくる。だが、すぐにオスマンは渋い顔に。彼女の後ろにゾロゾロと続く連中の姿を見て。しかも、身に着けているのはハルケギニアとは明らかに違うファッション。学院長はだいたい、ルイズが何しに来たのか分かってしまった。

 

 そんな何とも言えない表情のオスマンを余所に、ルイズは滔々と要件を話だす。

 

「オールド・オスマン。実はご紹介したい方がおりまして」

「そのようじゃな」

「この方たちは私が、ロバ・アル・カリイエの生活でお世話になった、スカーレット家の方々です」

「…………そうか」

「ご紹介します。まず……」

 

 それからレミリア、フランドール、咲夜の順に紹介した。本来ならメイドは紹介しないのだが、ルイズとしては紹介した方が後々トラブルの種にならないだろうと考えて。一応咲夜を、臣下というような紹介の仕方をした。

 各人の自己紹介を、オスマンは言葉少なく聞いていた。もちろん、いろんな事を考えながら。

 一通り終わると、レミリアが代表して締める。

 

「しばらくの間、よろしく頼むわ」

「こちらこそな……。ところで、一つ伺いたいんじゃが、その背中にあるのは何かな?」

 

 指差した先にあるのは、レミリアの翼。ルイズとしては隠してもらいたかったのだが、お嬢様をうまく説得できなかったのだ。だが、次善の策は考えてある。

 

「オールド・オスマン。これは、向こうのファッションのようなものです。ご覧の通り、ミス・レミリアは蝙蝠の羽を、ミス・フランドールは枝状のものを身に着けているのです」

 

 堂々と言った。でまかせを。当たり前の事を、口にしたまでという態度で。まるで何度も練習してきたかのように。実際していたのだが。

 もっともこの嘘も、フランドールの羽が、パッと見ではとても羽に見えないからこその手。二人とも蝙蝠の羽だったら、使えなかったろう。

 しかし、オールド・オスマン。まるで表情が変わらず。レミリアの方に顔を向ける。

 

「なるほどな。じゃが、できれば学院内では、外してもらえんだろうか」

「翼人の事ね。話は聞いてるわ」

「知っておるなら、ありがたい。混乱は避けたいからの」

「そう。混乱の元になるの」

「そうじゃ。お前さん方も、できれば面倒は避けたいじゃろ?」

「フフ……」

 

 わずかに頬を上げるレミリア。すると大仰に礼をする。

 

「では、ご老体。今宵はここまで」

 

 オスマンの頼みに、YesともNoとも言わず、主従は部屋を後にした。それを少し不審な目で、見送るオスマン。

 ルイズも彼女たちに付いて行こうとする。しかし、背中から声がかかる。

 

「ミス・ヴァリエール。君は残ってもらえんか」

「あ、はい?」

「ミス・スカーレット。ミス・ヴァリエールがおらんでも、部屋に戻れるかの?」

「ええ、ここの構造はだいたい知ってるわ。では、失礼」

 

 軽い挨拶のあと、部屋から出て行ったレミリア達。そして一人残ったルイズ。少し顔が引きつっている。さっきの羽の嘘が疑われているのかも、なんて考えが浮かぶ。だがオスマンの顔色からは、意図が窺えない。

 老人は机から一枚の紙を出すと、それに目を通した。やがてルイズの方へ向き直る。

 

「ミス・ヴァリエール」

「は、はい」

「休暇願を出してるようじゃな」

「はい。ロバ・アル・カリイエの方々を両親に紹介する事となっていましたので、両親の方も時間が取れたようですから、この機会にと」

 

 ルイズ、ちょっと胸をなでおろす。嘘がばれた訳ではないと分かって。それにしても本当の事を話しているせいか、ルイズの声はやけに滑らか。一方、オスマン。微妙な表情。零すように口を開く。

 

「それにしてもついこの間、休んだとハズじゃが、また休暇かの」

「い、いえ……。その、今回の予定は随分と前から決まっていたもので……両親の都合もありますし……」

「ま、今回は、ミス・ツェルプストーとミス・タバサは休んでおらんようじゃしな」

「…………」

 

 ルイズ、顔が少し青くなる。オスマンは、彼女がアルビオンに行ったとき学院で文が起こしたちょっとした騒動を、まだ気にかけているらしい。その時は確かに、キュルケとタバサも同じく休んでいた。別々の表向きの理由で。

 だが、オールド・オスマンは、そんな気がかりなど他所に置いたように表情を緩める。

 

「ま、いいじゃろう」

「ありがとうございます」

「帰ったら、ご両親と十分話し合ってくるのじゃぞ」

「え?」

 

 なにやら微妙な言い回し。ルイズ、怪訝な表情。学院長は変わらぬ穏やかな口調で、話を続けた。

 

「実はご両親から手紙が来てな。君が戻って来てから、どのような生活を送っているか……とな。まあ、ご両親としては、心配するのも無理なかろう。ロバ・アル・カリイエから帰って来たというだけでも、気を揉む出来事じゃろうし」

「はぁ……」

「そこで返事を書いたのじゃ。魔法にも目覚めた事や、日々体を動かす鍛錬をしておるとかな」

「はい」

「ついでに、最近、成績が下がっとるとか、無断欠席までしたとかもな」

「えーーーっ!!?」

 

 喉が裏返るほどの声が、学院長に室に響く。ルイズ、目剥いて、叫んでいた。そんな内容の手紙を両親が見ては、どんな目に遭うか分からない。いや、想像がつくが、つくだけに予想される将来にはリアリティがあった。

 

「ご両親によろしく」

 

 にこやかに笑う、老学院長。その言葉はルイズに届いていなかった。頭にあったのは、やっぱり悪いものは悪いのだという事だけである。

 

 

 

 




 実は今回、マリコルヌを出そうと思っていました。今まで出てなかったんで。シーンも作ったんですけど、結局カット。そもそも、能力的には上位互換のタバサがいるし、ルイズとの関わりもそう強くないので、出しづらいというか。いつか機会があれば出るかも。出ないような気がしますけど。

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