ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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UMA

 

 

 

 

 そろそろ日が変わろうしている深夜。トリステイン魔法学院の敷地内にある、小さな小屋。夜遅いというのに、まだ灯りがついていた。コルベールの研究室である。今日も小屋の主は、研究に勤しんでいた。半ば趣味の。

 すると小屋の古びた扉から、ノックが聞こえた。手を止めるコルベール。

 

「どなたでしょうか?」

「わしじゃ。ミスタ・コルベール」

 

 コルベールは意外な人物に驚く。オールド・オスマンがここに立ち寄るなど、滅多にないので。彼は思わず立ち上がると、すぐに扉を開けた。

 

「これは学院長。このようなむさ苦しい場所に」

「むさ苦しいが、我慢できぬほどでないぞ」

「ともかく、中へどうぞ」

「うむ」

 

 老学院長は、部屋の中に案内される。そして席に座った。

 

「散らかっておりまして、申し訳ありません」

「ホント、散らかっておるの。少しは整理したらどうじゃ」

「いやはや。おっしゃる事はごもっともで……」

 

 薄い頭を下げる教師。苦笑いしながら。もっともオスマンも、この小屋はあくまでコルベールの私室なので、とやかく言うようなものではないのは分かっている。

 やがてコルベールが紅茶を用意する。カップを置き、席に座ると、まずは一言。

 

「それで、このような時間に、どのようなご用件でしょうか?」

 

 さっきまでの人の良さそうな雰囲気は、そこにはなかった。とぼけた態度が消え失せる。

 

「一時ほど前、ミス・ヴァリエールが学院長室に来たのじゃ。紹介したい人物がいると」

「紹介したい人物?」

「君もだいたい察しておろう。ロバ・アル・カリイエの住人じゃ。なんでも、ミス・ヴァリエールに住居を用意した人物なのだとか。スカーレットと名乗る主従じゃった」

 

 話を聞いて、表情を硬くするコルベール。

 

「この間、ミス・レイセンが来たばかりではありませんか。にも拘らず、またですか」

「そうじゃ。どういう訳か、ロバ・アル・カリイエは、まるで隣町かのように気軽に来れる場所になったらしい」

「学院長……。私の考えを述べさせてよろしいでしょうか?」

「この場に限り、という事じゃな?」

「ご配慮、感謝します」

 

 コルベールは厳しい顔をオスマンに向けた。それは今まで溜めていた不安、疑問を吐き出そうとするような表情だった。オスマンもまた、それを受け止めるようにわずかに頷く。気持ちを締めて。彼も多くの疑問を胸に秘めていた。

 ゆっくりと教師は口を開いた。

 

「単刀直入に言います。ロバ・アル・カリイエの住人との話は、嘘ではないかと。いえ、そもそも彼女達は……人間……なのでしょうか?」

「うむ……。実はわしもそう思っておった。独特の服装や考え方、見慣れぬ魔法に目を奪われがちじゃが、日常生活からしておかしい」

「ええ……。実は、ミス・ノーレッジに、その件について聞いた事があります」

「ほっほ。こりゃ、思い切った事をしたのぉ。で、返事はどうじゃった?」

「ごまかされました」

「そうか」

 

 老メイジは、椅子にもたれかかると、わずかに視線を落とす。何か考え込むように。やがて、意を決したのか、懐から一枚の封書を取り出した。そしてコルベールの前に差し出す。コルベールはそれを手にすると、中身を読み始めた。すぐに表情が硬くなる。厳しい視線をオスマンに向けた。

 

「これは……」

「王宮からの要請じゃ。彼女達の仔細が知りたいとな」

「何故、今になって?」

「最近、アルビオン出兵が決まっての。もう作戦会議も始まってるそうじゃ」

「それに関係して?そう言えば、先日、ミス・ヴァリエールが王宮から召喚を受けてましたが……。まさか彼女達の出兵の仲立ちを、要請されたのでは?」

「やもしれん」

 

 オールド・オスマンは白い髭をいじりながら、つぶやく。考えをまとめているかのように。やがて意を決したように、コルベールの方へ向き直る。厳しい視線がそこにあった。

 

「わしは王家より、ここの学院長を任されておる。故に王家の臣下じゃ。彼女達が何者でも、王家の賓客なら丁重にもてなさねばならん。じゃが、同時に学院長として、ここの生徒達を預かる身でもある。生徒達の安全は何よりも優先せねばならん」

「では……」

「あのような力を持った者達が、得体の知れないまま生徒達の側にいるのは、看過できまい」

「ならばどうされます?本人達に聞いても、はぐらかされると思いますが」

「手はある。彼女達に直接聞くより、ずっと簡単な方法がな」

 

 わずかに笑みを浮かべるオスマン。コルベールはそれに確信を感じた。学院長には決め手があるのだと。ただ、その後が問題だ。彼女達の正体を知った後。予想通りだったとし、どうするのか。彼自身、まだ決めかねていた。

 

 

 

 

 

 トリステインの東に広大な領地を保有する貴族がいる。ヴァリエール公爵家。ゲルマニアと接しガリアも近いこの家は、トリステインの東の要とでもいうべき家だった。さらにアルビオン出兵はもはや時間の問題。不穏な空気が、この城下を包んでも不思議ではない。

 しかし、そんな気配はわずかもなかった。いや、むしろ戦争の足音が近いからこそ、今の穏やかさを大切にしているかのようでもあった。

 

 ひげを蓄えたヴァリエール公爵。その金髪は色がかすみ始めていた。対面に座っている愛妻のカリーヌ。ルイズとよく似たピンクブロンドは、まだまだ衰えを見せてない。二人はかつて勇者だった。周辺国まで名を馳せる程の。そう、"烈風カリン"。カリーヌこそがその人だった。カリンと仲間達の英雄譚は、今でも語り草だ。しかし当の二人にとっては、それも昔の話。今はこうして、穏やかな日々を送っている。

 

 公爵夫妻は、昼食後の紅茶を楽しんでいた。公爵が、カップを置き話かける。

 

「ルイズは、あと五日程してこちらに来るそうだ。例の異界の者達と共にな」

「異界の者ですか……。詳しい事は聞きませんでしたが、どのような者でしょうね」

「想像もつかん。だが、分かるのもそう遠くはない」

 

 二人は、それがどんな連中だとしても、迎えねばならないと考えていた。娘が世話になったのだから。もっともそれが、人外だとは思っていなかったが。ルイズは両親に異界の話をしておきながら、住人の話はしていなかったので。さらにヴァリエール夫妻は、異界でも人間が万物の霊長として存在していると、勝手に思い込んでいたのだ。

 

 カリーヌはおかわりのお茶を頼むと、不満そうに零す。話題を変えるように。

 

「それにしても、あれから随分と時間のかかった事。なにをモタモタしていたのでしょうね」

「そう言うな。学院に復帰してから、いろいろとあったのだろう」

「ですが、学院長の手紙をご覧なったでしょう?あの子は、少々気が緩んでいるのではないのですか?」

「それは……。うむ……」

 

 なんとも公爵の歯切れの悪い返事。手紙の内容は、ルイズの成績が以前に比べ芳しくないというもの。確かに、耳障りのいい話ではない。

 だが、ふいに笑いを漏らす公爵。それにカリーヌは憮然。

 

「笑いごとではありません。ルイズの成績が落ちているのですよ」

「いや、悪い。そういう意味ではない。何、親として普通に娘を心配している自分が、可笑しくてな」

「…………。そうですわね。あの娘がいなくなった時は、それどころではありませんでしたから」

 

 カリーヌは窓の外を、遠い目をして眺める。

 二人のこの数か月は、起伏の激しい出来事ばかりだった。突如、行方不明になった愛娘。アルビオンとの戦争。いきなりの娘の帰還。しかも魔法にも目覚めた、というのだから。悲哀と歓喜が上下するような日々。それに比べれば、ルイズの成績など些細な事に思える。今はこうして、娘の帰郷を待っているだけだが、以前にはない不思議な満足感があった。二人はわずかな笑みを向け合った。

 その時、食堂へ執事が入って来る。ヴァリエール家に長年仕えている執事、ジェロームだ。おごそかに礼をする。

 

「旦那様。エレオノールお嬢様が、先ほどお着きに……」

 

 と言いかけたとたん、後ろから彼を押しのけて入って来る女性が一人。キツメの目にブロンドの長い髪。エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。ヴァリエール家の長女、ルイズの姉である。今は王立魔法研究所に勤めている。今日は、ルイズの帰郷に合わせ帰って来たのだ。家族に関係した重大な事があると、両親から聞いて。

 

 彼女はそのキツイ目を余計に尖らして、ズカズカと部屋へ入って来る。

 

「父さま!私に兵をお貸しください!」

「なんだ藪から棒に」

 

 呆気にとられる公爵。娘の只ならぬ態度と、いきなりの無茶な要求に。しかし、そこに冷静な声が挟まれる。母親のカリーヌだ。

 

「エレオノール。不作法ですよ。まずご挨拶なさい」

「か、母さま……。申し訳ありません。ただいま帰りました。父さま、母さま」

「うむ。それで?」

 

 公爵はエレオノールの方へ向き直った。カリーヌも彼女の話に耳を傾ける。

 

「妖魔あらためをするのです!」

「どういう事ですか?エレオノール。吸血鬼の痕跡でも見つけたのですか?」

 

 カリーヌの視線が少々厳しくなる。同時に、さっきまでの穏やかな態度が、緊張感を纏うものに。

 妖魔あらため。町や村に忍び込んだ妖魔を、見つけ出す作業だ。この妖魔はほとんどの場合、吸血鬼を指す。町に潜んで隠れている妖魔など、まず吸血鬼以外にいないからだ。ともかく吸血鬼は、領主にとって懸念すべき大事の一つ。しかし、長女は意外な事を口にした。

 

「翼人を探すのです!」

「翼人?」

 

 さらに眉をしかめる公爵。自分の娘は、何を言っているのだ?という具合に。

 

「待て待て。翼人が、どうやって町に忍び込むというのだ?翼があるのだぞ。隠れようがない。ワザワザ妖魔あらためを、するまでもないだろう。それどころか、騒ぎになっておるだろうに」

「で、ですが私は見たのです!確かに宿屋に潜んだ翼人を!」

 

 何故か必死のエレオノール。益々理解不能の夫妻。カリーヌは一つ息をこぼす。少し浮き出た緊張感はどこへやら。冷静に返事を返す。

 

「エレオノール。少し落ち着きなさい。最初から話してごらんなさい」

「は、はい。あれは昨日の事でしたわ……。私は……」

 

 

 

 

 

 王立魔法研究所の研究員、ヴァリエール公爵家の長女、エレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエール。当時、彼女は、実家への帰路へ就いていた。両親から、呼び出しがあったのだ。

 住まいのトリスタニアから、ラ・ヴァリエールの居城までは長くても馬車で三日の道のり。一泊目を愛用している宿屋で、過ごす事とした。ところが部屋は満員。実は祭があり、宿場町に人が溢れかえっていた。この地を治める侯爵に待望の世継ぎが生まれ、その祝いの祭が行われていたのだった。

 

「よりによってなんで今日なのよ。間が悪いわね!」

 

 彼女は宿屋の前で、そう毒づいたと言う。

 その後、付き人と共に空いている宿を探したが、目ぼしい宿は全て満室。辛うじて空いていたのは、場末の安宿。そのみすぼらしい宿を見た時、悪い予感があったそうだ。

 

 部屋の中は彼女の予想通り、酷いものだった。天井は低く、壁も薄くスキマが所々。ベッドは固く、布団はツギハギ。大貴族の娘である彼女からすれば、不快な感情しか湧き上がらなかったそうだ。

 なるべく早く宿を出たいと思った彼女。すぐに寝る事とした。ただ今は祭の最中。夜になっても騒ぐ連中がおり、彼女が寝入ったのはかなり遅かった。

 

 深夜、そんな彼女が、ふと目を覚ます。光が目元を照らしていたのだ。寝入りを起こされ、朦朧としていた彼女が目にしたのは、壁からの光。よく見ると、隣の部屋の壁から漏れてきていた。安普請なこの宿。壁にはアチコチに隙間が空いていた。

 

(ホント、ボロな宿ね。だいたいこんな時間まで起きてるって、常識なさすぎよ!全く平民というのは……)

 

 そう胸の中でボヤキながら、壁に近づく。どんな連中か見てやろうと思ったのだ。エレオノールはスキマに目を寄せた。

 

(!?)

 

 その光景が目に入った時、思わず後ろに飛び跳ねそうになったと言う。なんとか堪え、壁際に留まる。

 彼女は何かの見間違いかと思い、もう一度壁の隙間を覗いた。だが確かにそれはいたのだ。

 翼人が。

 息を飲むエレオノール。せっかちだが、実は臆病な所もある彼女。少々腰が引けたが、それでも勇気を振り絞り、中を探ろうとする。

 よく見ると、翼人は一人ではなかった。何人か他にもいたのだ。だが奇妙な事に気づく。最初に見た翼人の翼は黒いのだ。普通は白い。他にも、ひだともなんとも言い難い、妙な翼をもっている者もいた。それにウサギの耳を生やした、獣人らしき者も。後もう一人いるようだが、それはよく分からなかった。壁の隙間から見るだけでは、限度があった。またその連中たちは、なにやら話していたそうだ。小声で、よくは聞こえなかったのだが。

 

 なんとか様子を伺おうとしていると、彼女の耳に不穏な言葉が入ってくる。

 

「ヴァリエール……しのび……こむ……」

(ヴァリエール家に忍び込む!?)

 

 辛うじて口を押え叫ぶのを我慢したエレオノール。だが、その言葉は、何度も頭の中で反芻されたと言う。

 それからの行動は早かった。もうこんな宿屋で寝ている場合ではない。付き人を起こすと、すぐに宿屋を出る。そして夜通し、馬車を走らせ城に急いだそうだ。

 

 

 

 

 

「…………というような事があったのです」

 

 エレオノールの話を聞いていた、ヴァリエール公爵夫妻は渋い顔。公爵のため息と共に出てきたのは、疑問の声。

 

「黒い羽の翼人?そんなもの、聞いた事もないぞ」

「実際、そうだったのです!」

「祭で浮かれていた連中が、仮装をしていただけではないのか?」

「それは考えました。しかし、侯爵の嫡子誕生の祝いですよ。翼人の仮装なんて、不敬を通り越して悪質ですわ。それはあり得ません!」

「そうかも……しれんが……。」

 

 筋は通るが、どうにも納得しがたい。今度は、様子を窺っていたカリーヌが質問。公爵と同じく信じがたいという顔で。

 

「先ほども話しましたが、だいたい翼人が、どうやって宿に泊まるというのですか?宿の主が密かに泊めたとでも?仮にそうだとしても、他の客も泊まっている階に、潜ませるなどおかしいでしょ」

「それは……その……おっしゃる通りですけど……。どうしてあんな場所にいたのかは、分かりませんが……」

 

 なおさら呆れだす両親。お互いの顔を見やって、再び溜息。そんな二人に、エレオノールは変わらぬ必死の訴え。キツイ目を余計吊り上げて。

 

「で、ですが、私は見たんです!」

「それは聞きました」

「そうではなくて、翼が羽ばたいてるのをです!」

「翼が?」

「はい!それはもう、自然に!その時、翼人の手はベッドについていましたわ!何も持たず。断じて、操って動かしたものではありません!あれは本物の翼です!」

 

 あまりに頑強に言うので、さすがのカリーヌも返事に困る。公爵の方も少々うんざり。そして観念したかのように、うなずいた。

 

「分かった。一つ聞くが、その連中は、確かに"ヴァリエール家に忍び込む"と言ったのだな?」

「はい」

「よかろう。妖魔かどうかはともかく、我が家の名が出たのだ。賊の可能性はある。念のため探索の兵を出そう」

「よろしくお願いします」

 

 エレオノールは深々と頭を下げる。もう、しっかり探索してくれという要求のように。

 すると母から一言。

 

「エレオノール。ですから、あなたはルイズが来るまで、何も案じる事はありません。大人しく、城の中にいなさい」

「は、はい……」

 

 カリーヌは釘を刺すのを忘れなかった。どうにも落ち着きのない様に、自分で探索を始めてしまいそうな予感がして。

 

 やがてエレオノールは、次女のカトレアの部屋へ向かった。見舞いのために。それを見送る二人。部屋から彼女の姿が消えると、椅子に身を沈め、力を抜く。公爵がポツリとぼやいた。

 

「研究員となって、少しは落ち着くかと思ったが、相も変わらずだな。いつかは、お前のようになればよいが」

「どういう意味ですか?」

「それは、もちろん……昔のお前は……」

 

 そこまで言いかけて、言葉を止める公爵。愛妻の鋭い視線が向いていたので。夫は微妙な笑みでごまかす。

 

「と、ともかく、妖魔は勘違いとしても賊はあり得る話だ。ルイズも来る事だし。多少は警戒しておくべきだろう」

「そうですわね」

 

 いつもに戻る夫妻。ただ、わずかばかり不満そうだった。愛娘の帰還を楽しみに待つだけ、という訳にはいかなくなったので。

 

 その後公爵は、妖魔あらための担当を呼び出すと、探索を命令した。もちろんエレオノールの事は話して。妖魔探索の名目の賊探索。妖魔あらための隊長は、そう理解して町へと向かった。

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 朝食も終わり、エレオノールは部屋へと下がった。次女のカトレアは、相変わらず部屋で朝食を取っていた。体調は徐々によくなりつつあるが、ルイズが来る前に無理はしないという彼女の考えもあって。

 公爵夫妻は、食後の紅茶を味わっていた。公爵が何の気なしに、口を開く。

 

「あの侯爵も、ついに世継ぎが生まれたか……」

「なんの話です?」

「昨日、エレオノールが言っていた祭の話だ」

「妖魔が宿泊していた宿場町の話でしたわね」

「はは、そうだ。妖魔が泊まっていたとかいう」

 

 半ば冗談半分に返す公爵。もう、エレオノールの言っていた妖魔については、ほとんど信じていない。何かの見間違いだと思っていた。むしろ盗賊の可能性に傾いていた。

 すぐにカリーヌが話を戻す。彼女にとっても気になる話なので。妖魔ではない方が。

 

「あの侯爵も世継ぎなかなかできず、難儀していたようですし」

「そうだったな。何にしてもめでたい事だ」

「他人事のようには言えませんよ。あなた。我が家の身になって考えてください」

「う~む……」

 

 公爵の顔が難しくなる。困ったように口髭をいじった。

 そう。世継ぎの話は、他人事では済まないのだ。娘ばかり三人のヴァリエール家。家を続かせるためにも、なんとしても婿を取らないといけないのだが、それが上手くいっていない。長女のエレオノールは、諸般の事情で婚約解消。次女のカトレアは生来体が弱く、結婚はできそうにない。そして三女のルイズにも、トラブルが起こっていた。

 

 少しばかり憂いを浮かべる公爵。

 

「そうだな。エレオノールはともかく、ルイズにはかわいそうな事をした」

「ワルドがまさか、あのような者とは……」

「職務を離れ、わし達の目も曇っていたという事だろう」

 

 公爵の言葉に何も返せないカリーヌ。ルイズ、ワルドの婚約は、彼女達が決めた事なのだから。

 ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド子爵。トリステインの親衛隊、グリフォン隊隊長。ルイズの婚約者。……だった男。今彼は、トリステインにいない。なんと国を裏切って、アルビオンにいるという。ラ・ロシェール戦での捕虜の取り調べや、アルビオンへ侵入した密偵から判明したのだ。彼の裏切りは、王宮を騒がせた。だがそれ以上に、ヴァリエール家を動揺させた。

 

「陛下も、ルイズにはお伝えしてないそうだ。わし達に任せると」

「家族の問題でも、ありますからね」

「……ルイズにはわしが話そう」

「はい」

 

 静かにうなずくカリーヌ。公爵もただため息を漏らすだけ。

 だが突然、振り払うように首を振ると、大仰に声を上げた。

 

「いかん、いかん。朝からこう重くては。ジェローム」

「はい。旦那様」

「何か面白い話はないか?市井の噂でもかまわん。場が和むようなものを頼む」

「場が和むかは分かりませんが、先日、当家の御用商人から変わった話を伺いました」

「ほう。聞かせてもらおう」

「はい」

 

 執事のジェロームは背筋を伸ばすと、ゆっくりと話しだした。

 

「御用商人の知人に、街道沿いで飲食店を営んでいるコックがいるそうで。現地の山菜などを使った、変わった料理を出すそうです。腕もなかなかの評判だと、言っておりました」

「ふむ」

「数日前の事になりますか。そのコックは……」

 

 

 

 

 

 

 街道沿いで飲食店を営んでいる評判のコック。当時、彼は、山中へ山菜を取りに行っていた。近隣の領主に待望の嫡子が生まれ、その祝いの祭が開催されるとの事。それに備え、食材を蓄えておこうと考えたと言う。

 食材集めに夢中になり、すでに日がかなり傾きかけていた。コックは急いで山を下りようとする。街道沿いは、妖魔はそうでないが、時々盗賊が出るので、日が落ちてからは危険だそうだ。

 山道を下っている最中、遠くの空、西の方に奇妙なものが飛んでいるのが目に入った。

 

「なんだ?ドラゴン?いや……違う」

 

 目を凝らしながら、そうつぶやいたと言う。

 よく晴れ渡った空に、その奇妙なものだけがあった。ただ薄暗くなり始め、ハッキリと姿は見えなかったが。コックの見たそれは、おかしな形だったそうだ。

 細長いものの上に、大きな盛り上がりがあるような。あえて言うなら、翼を広げた翼人のようでもあったと。

 

 彼自身は翼人を見たことはないが、話には聞いていた。ただ目に入ったそれは、聞いていた翼人とは少々形が違うようだとも言っていた。

 

 しかし、一番おかしな点はそれではない。速度だ。異常に速く空を飛んでいたのだ。風竜顔負けなくらい。伝令の竜騎士を見かけた事は何度かあるが、あれ程速いのは初めてだと。

 やがてそれは、あっという間に、東の空へと消えた。

 

「なんだありゃぁ……」

 

 コックはそうつぶやきながら、茫然と空を見つめていたと言う。

 

 

 

 

 

「「…………」」

 

 話を一通り聞いて、黙り込むヴァリエール夫妻。そのリアクションに、ジェームズは少し困っていた。刻まれた皺が余計深くなる。何かマズイ話でもしたのかと。

 公爵は呼吸を整えると、ジェームズに質問を一つ。

 

「竜騎士の見間違いでは、ないのだな?」

「同じ事は御用商人も思ったようで、コックに訪ねたそうです。しかし、竜騎士ではないと断言したと申しておりました。ご存じの通り、あの街道は軍隊も利用する道。竜騎士が飛び交うのも、そう珍しくないと。ですからそのコックも、ドラゴン自体は見慣れているそうです」

「しかし、風竜並の速さで飛ぶ翼人など、聞いたこともないぞ」

 

 ジェロームの整然とした答えに、公爵は眉間にしわを寄せて腕を組む。おさまり所の悪い様子で。カリーヌが紅茶を一口飲んだ後、夫に問いかける。

 

「では、何が飛んでいたと思われます?」

「それは……その……なんだ……、やはり風竜の見間違いではないのか?だいたい見たのは、そのコックだけではないか。本当に見たのかも疑わしい」

「そうかも、しれませんわね」

 

 カリーヌ、静かに返す。ただ、夫の言うことに納得した様子はないが。今度はジェロームへ。

 

「その翼人らしきものは、黒かったのですか?」

「そこまでは聞いておりません。なにぶん、日も落ちかけていたようですし、色までは分からなかったかと」

「そうですか。それが東の空に消えたと」

「さように伺っております」

「分かりました。なかなか面白い話でしたよ。ジェローム」

「お楽しみいただければ、幸いです」

 

 ジェロームはおごそかに礼。

 もっとも、カリーヌの言葉とは裏腹に、夫妻に楽しめた様子はなかった。というか逆。昨日のエレオノールの必死さが、記憶に新しいので。何やら怪しげな話と思いながらも、妙に引っかかるものがあった。

 公爵夫人はつぶやくように言う。

 

「細長い部分は体、盛り上がった部分は翼という所でしょうか」

「まさか本当に、風竜並に飛ぶ翼人がいると思ってるのか?」

「翼人とは、限らないかもしれませんよ。何にしても、得体のしれないものが、我が家の方へ向かってきている、という話があるだけです」

「得体のしれないもの……。だが、行先が、我が家とは限らんだろう」

「確かに。それに越したことは、ありませんね」

 

 カリーヌの、どこか警戒心を湧き立たせる返事。彼女には奇妙な違和感があった。何か根拠がある訳ではないが。あえて言うなら勘。かつて何度も自分を救った勘が、何かを訴えていた。

 若い頃、カリーヌと共に杖を並べていた公爵。愛妻の今の表情は、かつて何度も見た。それがよく当たっていた事も知っている。彼も少々、胸騒ぎがあった。

 

 

 

 

 

 夕刻。

 

 執務の時間もあとわずかになり、公爵は最後の仕事を始末しよう待っていた。やがて執務室の扉からノックが聞こえる。

 

「入れ」

「はっ」

 

 入って来たのは妖魔あらための隊長。彼の報告を待っていたのだ。公爵は手元の書類を脇に置くと、体をわずかに机に寄せた。

 

「それで?」

「賊が潜んでいる様子は、ありませんでした。さらに宿屋の翼人とやらは、痕跡すらありません」

「だろうな」

 

 力を抜き、椅子に身を沈める公爵。予想通りだという顔。エレオノールの勘違い。気を揉んだだけだったと。ただエレオノールを、責める気にはならなかった。婚約解消という出来事があったので、少々神経質になっているのだろうと思っていたのだ。

 しかし隊長の話は、終わっていない。

 

「確かに宿に翼人はおりませんでしたが、翼人については別の話を聞いております」

「何?」

 

 表情が厳しくなる公爵。ジェロームから聞いた話が、頭に蘇る。そして何かを感じたような妻の表情も。

 少しばかり身を乗り出す公爵。隊長は話を続けた。

 

「城下から少し離れた山沿いに、きこり達が住んでおります。本日そのきこり達が、屯所に飛び込んできたのです。見るからに動揺した様子でした」

「うむ。それで」

「その者達はこう申していました。翼人の群を見たと」

「翼人の群?どういう事だ。詳しく説明しろ」

「はい。きこりのいう事には……」

 

 それから隊長は、滔々といきさつを話し出した。

 

 

 

 

 

 ラ・ヴァリエールの居城の南西、少し離れた場所に木材の製材所があった。当時、きこり達は切り出した木を、木材として使えるようにと、製材の仕事にあたっていたそうだ。

 翌日、侯爵の祭に行くつもりだった彼らは、二日分の仕事をこなす事にしていた。だが、日が落ちても終わらず、全て終わった時には、双月がかなり上まで上がっていたと言う。

 

 仕事が終わり、家路につくきこり達。その時、一人のきこりが空を指さした。全員がそれに釣られるように、空を見上げた。

 

「よ、翼人!?」

 

 異口同音。全員が、同じ事を口にしていたと言う。唖然とした表情で。

 確かに言葉通りだった。遠くを、ゆっくりと羽ばたく翼人が飛んでいたのだ。しかもそれは一体ではない。翼人のさらに向うに、いくつもの黒い影が見える。月夜な上、翼人よりも奥にいたため、シルエットはよく分からなかったそうだが。だが少なくともそれらは、速度を合わせ、同じ方向へ飛んでいたと言う。

 

 身を縛られるような、不安を感じたきこり達。彼らは見つからないように、一斉に伏せる。だが何も起こらず、やがて翼人達は、木々に隠れ見えなくなったそうだ。

 それから慌てて、屯所へと駆け込んだと言う。

 

 

 

 

 

 口元に手をやり、眉間に皺を寄せる公爵。直立不動の隊長を見上げる。

 

「翼人であったのは、間違いないのだな?」

「はい。それは断言しておりました」

「その翼人達。何か変わった様子はなかったか?」

 

 公爵の脳裏に、エレオノールやジェロームの話があった。隊長は変わらぬ表情で答える。

 

「特に、そのような話は聞いておりません」

「その……色はどうだった?」

「聞いておりません。夜間でしたので、分からなかったのではと」

「飛ぶ速度はどうだった?異様に速かった、とか聞いておらんか?」

「いえ。ゆっくり羽ばたいていたと聞いておりますから、むしろ速くはなかったかと」

「そうか……」

 

 椅子に身を沈める公爵。うつむいて口ひげをいじる。難しい顔をしながら。

 エレオノール、ジェロームと来て、また翼人の話。しかし、それらは微妙に違う。同じものを見たのか、それとも別々なのか?そもそも本当に翼人なのか?だいたい、それらは実在しているのか?見間違いでないのか?

 断片的な情報ばかりで、真相にたどり着けるようなものは何もない。一方で、何か不気味なものを感じさせた。

 

 やがて公爵は隊長に向き直った。

 

「状況が分からん。できる限り情報を集めろ」

「はい」

 

 命令を聞き届けると、隊長は直ちに部屋を出た。それを見送りながら領主はポツリとつぶやく。

 

「得体のしれないものか……。念のために、城の防備も考えた方がいいな」

 

 妻の言っていた言葉を思い出す。その表情は朝方の、穏やかな領主から、かつての勇者のものへと変わりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 夜半。

 

 すっかり寝入っていた夫妻の寝室の扉から、声が届く。

 

「旦那様、奥様、お起きになっておられるでしょうか?」

「…………」

「失礼いたします」

 

 返事がないので、ジェロームは部屋へと入った。灯りをつけ、ベッドの側まで来る。そして、公爵の耳元で声をかけた。

 

「旦那様。お起きください」

「……ん……。ジェローム?」

 

 薄っすら目を開ける主。ぼやけた視線で、執事を見る。横で寝ていたカリーヌも目を覚ました。二人は目元をこすりながら、体を起こす。

 

「どうした?こんな夜更けに」

「実は……」

 

 執事は主の耳元でささやいた。すると公爵の寝ぼけていた眼が、大きく見開かれた。水でも浴びたかのように、顔色が変わる。

 

「何!?で、今どこにいる」

「いつもの離れにて、お待ちいただいています」

「分かった」

 

 公爵はすぐに起きると、ガウンを纏った。するとカリーヌも起き、同じくガウンを纏う。

 

「どうされたと言うのです?」

「村長が来た」

「村長と言うと……まさか!」

「ああ。お前の考えてる通りだ。しかも、かなり混乱してるらしい」

「何ですって?急ぎましょう」

 

 二人はその恰好のまま、僅かばかりの衛兵を連れて、城の外へと出た。

 

 ラ・ヴァリエールの居城の敷地内。城から離れた場所に、小さな別館があった。手入れは行き届いているものの、物寂しい雰囲気を漂わせている。窓は常に木戸で閉じられ、ひと気がしないのだから。日中、滅多な事で使わなくなった館だ。ただし、ごくまれにヴァリエール夫妻が、ここを訪れる事があった。それも決まって夜に。それには、もちろん理由があった。

 その理由が屋敷の中にいた。老人と少女が。わずかな灯りの中、二人の前に立つヴァリエール夫妻。まず老人に、公爵が声をかける。

 

「久しぶりだな。村長」

「ご、ご領主様。久しゅうございます」

「うむ。それに……」

 

 公爵が村長の次に顔を向けた先、黒髪の少女がいた。美少女と言っていい顔立ち。しかし、その白すぎる肌は、やや病弱に彼女を見せた。少女は少し、落ち着きなく礼をした。

 

「御無沙汰しております。旦那様、奥様」

「ああ、アミアス」

「久しぶりね。アミアス」

 

 ヴァリエール夫妻は、その名を口にした。どこか懐かしい表情で。

 アミアスと呼ばれた少女。実は人間ではない。妖魔である。それも最悪と呼ばれる妖魔、吸血鬼であった。だが二人にとっては、忌むべきものでは全くない。むしろ、戦友と言っていい少女だった。

 アミアス、それに彼女の姉、ダルシニ。二人はかつて公爵とカリーヌの仲間達と共に、ハルケギニアを所狭しと駆け回った仲であった。言わば烈風カリンと騎士達の裏方が、彼女達だった。さらにこの姉妹は吸血鬼でありながら、人を殺す事を忌みしているという珍しい妖魔である。

 とある事情から、姉妹を預かる事になった夫妻。公務を離れてからも、面倒を見る事にした。大スキャンダルになる危険性が、あるにも関わらず。その二人が生活していた村の村長が、今来ている老人だ。ダルシニ、アミアスの姉妹は、身元を一部の人間にだけ打ち明け、メイジの医者という肩書で暮らしている。実際、先住の魔法は医療にも役に立ったので、二人は村から歓迎されていた。姉妹は、汗やまれに血を少々分けてもらいながら、村で平和に暮らしていた。

 それが慌てた様子で、ここに駆け込んできている。

 

 ヴァリエール夫妻は、気持ちを整えると二人に向き直る。公爵が、まず村長に問いかけた。

 

「それで何があった?」

「む、村に吸血鬼が現れたのです!」

「吸血鬼!?」

 

 険しい表情になる夫妻。公爵は続けて問う。

 

「それは間違いないのか?」

「はい。確かに牙を見ましたし、自ら名乗っておりました!」

「自ら吸血鬼と名乗る?」

「はい。それは堂々と」

 

 怪訝な表情の二人。吸血鬼退治も経験した事のある二人は、こんな露骨な吸血鬼に聞き覚えがなかった。そもそも吸血鬼は、魔法や腕力自体はそう強い妖魔ではない。だから、正体を明かす事は自殺行為なのだが。

 村長は話を続ける。

 

「実は、村民皆で逃げる途中、十数人程のメイジの方々と出会いました。その方々が快く、吸血鬼退治を受けてくださったのですが……。皆、返り討ちに……」

「十数人のメイジが返り討ち?吸血鬼相手にか?信じられん……」

「ですが、事実なのです。メイジとしては、珍しい奇特な方達だったというのに……。残念でなりません……。盲目の方や女性もおられたというのに……」

「しかし……十数人ものメイジが、何故そんなところに……?」

 

 吸血鬼の話もそうだが、どうにも腑に落ちない所がある。公爵は顎に手をやりながら、首を傾げる。すると脇から厳しい声が挟まれた。カリーヌだ。

 

「あなた。その話は後です。それで、ダルシニはどうしたの?」

「ダルシニは……。わしらを逃がすために、一人残りました……」

 

 村長は力なく返し、うなだれる。吸血鬼とはいえ、村人全員を守る事を、たった一人の少女に背負わせたのだ。

 すると今度は、彼の隣から必死の声が出て来る。アミアスからだ。手を組んで訴えかけるように、真っ直ぐ夫妻を見ていた。

 

「違います!あれは吸血鬼なんかじゃありません!」

「どういう事かしら?」

「系統でも精霊でもない、見た事ない魔法を使ってました!しかも、力はオーク以上、速さは風竜以上、あれが吸血鬼のはずがありません!」

「では、なんだと?」

「分りません。そもそも妖魔なのかどうか……。何か……得体の知れないものです」

「得体の知れないもの……」

 

 カリーヌの表情が重くなる。何か訳の分からないものが領内にいる。それは昨日からあった話。頭に浮かんだのは、エレオノールから始まった一連の話。

 

「どのような姿をしてたのかしら?」

「見た目は子供のようですが……そう!翼がありました!」

「翼……。色は覚えてる?」

「はい。赤黒かったです。しかも翼人のような鳥ではなく、蝙蝠のような翼です!」

「!」

 

 黒い翼。その答えを聞いた公爵の眉間に、皺ができる。心痛な面持ちとなる。歪んだ口から言葉を漏らした。

 

「まさか、エレオノールの見間違いでは、なかったのか……。そうだ、その妙な者。数は?」

「5か……6?くらいだったかな……。何体かいたのは分かるんですが、全部見れなかったんで……。それと、種類もバラバラでした」

「種類がバラバラ……。そう言えばあの娘は、うさぎの耳をした獣人らしきものもいた、と言っていたな……」

「あ、そうだ!思い出しました!あの連中、"ヴァリエール"って口にしてました!確かに聞きました!」

「な、何!やはり、そうか……!」

 

 ヴァリエール夫妻の頭に一本の線ができる。エレオノールは黒い翼の翼人を見たと言った。だが、鳥の翼とは言ってなかった。さらにヴァリエールへ忍び込むとの話。コックが見た、風竜並の速度で飛ぶ翼人。きこり達が見た、東へ向かう翼人の群。そして、村長とアミアスの話。全てが、一つの意味を導いているように感じた。

 

 その時、アミアスの叫びが二人の耳に入る。祈りのような声が。

 

「お願いします!おねえちゃんを助けてください!」

 

 目に涙を湛え、両手を組んで、ただかしずいていた。

 カリーヌは、意を決したように夫の方を向く。その表情はまさに"烈風カリン"。

 

「あなた。わたくしは、ダルシニを助けに行こうと思います。相手を探るついでに」

「いや、危険すぎる」

「ですが、ダルシニは放っておけません。それに、こちらに向かってくるというなら、正体が分からないままの方がよっぽど危険です」

「しかし……」

「引き際なら、見極めていますわ。もう、騎士見習いではありませんのよ」

「そうか……うむ、分かった。ダルシニ救出と偵察の任、まかせよう。直属の兵を連れて行きなさい」

「はい」

 

 静かに礼をするカリーヌ。するとすぐに颯爽と、部屋を出て行った。

 それを見送る公爵。ふと昔に戻ったような感慨に囚われる。だが、ある意味その感覚は間違ってない。同じく、今も危機が迫ってきているのだから。少なくとも、夫妻はその心持ちで、事態に構えることとした。

 

 残った公爵は、村長と逃げてきた他の村人をかくまう。さらに城の防備を固めるため、城下の兵に招集をかけた。アミアスは案内役として、カリーヌと同行する事となった。

 

 深夜の城内の広場。マンティコアに跨った騎士甲冑の女性が一人。カリーヌである。だがその姿は、まさに往年の"烈風カリン"。アミアスを後ろに乗せ、威風堂々とした姿を見せていた。その前に二十騎ほどの整然とした竜騎士。ラ・ロシェール戦以後、カリーヌが領内の兵から選りすぐった者達だ。戦争の気配冷めやらぬ中、非常時に備え鍛え上げてきたのだ。

 "烈風"は、士気を多いに高めた兵達を前に、よく通る声を放つ。

 

「我らが城に、妖魔の群が近づきつつある。今こそ、我らヴァリエールの力、見せてやる時!始祖ブリミルのご加護を!」

「おおおーーーっ!」

 

 カリーヌの歯切れいい宣言と、部下たちの雄叫び。歴戦の勇者を先頭に騎士達は、目的地へと向かって行った。

 

 ところで残りの関係者はというと……。ルイズの頭にあった事。自分の成績の事で、どんなお叱りを受けるか、どうごまかすか。旅の最中、こんな事ばかり考えていたりした。他の連中は、言わずもがなである。

 

 

 

 

 




 ヴァリエール夫妻が主役の話でした。ルイズ、出番なし。
 エレオノールとかの体験談、どう書こうかっていろいろ考えていたんですけどね。心霊体験再現ドラマ風とか、アメリカのドキュメント番組風とか、稲川淳二の一人語り風とか。でも結局、普通にしてしまいました。



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