ラ・ヴァリエールの居城が大騒ぎになる数日前、夜の帳が降り始めている夕暮れの空。街道沿いを、何やら黒いもの、いや白黒なものが飛んでいた。風竜並かそれ以上の速度で。それは、街道には沿って飛んでいるのだが、飛んでいる場所は街道から少しはなれた所。人目を避けるようでもあった。
飛んでいたのは、普通の魔法使いこと、霧雨魔理沙。トリステイン魔法学院から、ヴァリエール家までの道順と、待ち合わせの宿場町を確認していたのだ。
「見つかってもいいなら、もうちょっと楽なんだけどな」
ルイズに書いてもらった地図を手にして、ぼやく魔理沙。
ほうきに乗った、とんでも速度で飛ぶ魔法使い。なんてものが見られると騒ぎになると、ルイズから人目を避けるよう言われていた。こんな時間帯に飛んでいるのも、そのせい。そんな訳で、街道が見にくいような飛び方をせざるを得なかった。一方で、その街道が行先を知る唯一の道しるべなので、飛びにくい事この上ない。ぼやくのも無理なかった。
トリステインから南下する道と、ラ・ロシェールから東へ進む街道が交差する場所。大きな町が見える。ルイズが一日目の宿泊に使う予定の町だ。
それを確認すると東へほうきを向ける。後は一直線。速度を上げると、町はあっという間に小さくなった。
しばらく進み、そろそろ目的地に着く頃となる。速度を緩める。間違って通り過ぎてしまわないように。ハッキリ見えだす眼下の光景。ふと、魔理沙は後ろを振り向いた。
「やっぱ夕日ってのは、どこ行ってもいいもんだな」
緋色と藍色の混ざった光に照らされる森や山々、澄んだ空を見ながら、そんな事をつぶやいた。
前に向きなおすと、意識を先へ集中。視線の先にまた町が見え始めた。目を細める。
「あそこか?んー……、あそこだな」
地図と照らし合わせて確認。魔理沙はほうきの柄を握りなおすと、速度を上げる。目標達成したら、最高速度で帰ろうとか思っていた。
そんな彼女を、遠くから眺める者があった。山菜取りに来ていたコックが。そのコックには箒が本体に、箒に乗っている魔理沙のシルエットを翼と思ったようだ。後に、風竜並に飛ぶ翼人を見た、と口にする事となる。
トリステイン魔法学院の寮の門の前。三台の馬車が止まっていた。その前にずらっと並んだ、ルイズ一行。ルイズ、魔理沙、アリス、パチュリー、レミリア、フランドール、咲夜、こあ、天子、衣玖、文、鈴仙。総勢12名。
魔理沙達は最初から、ルイズ達と別行動の予定だったのだが、レミリアが馬車に乗りたいと言いだしこうなった。魔理沙達もそれに賛同。幻想郷には馬車がないので、物珍しかったのだ。
ちなみに、費用は半分以上魔理沙達が持った。アイスクリーム商売が軌道に乗り、余裕があるので。それにこの台数。ルイズだけで、これだけ揃えるのはさすがに無理だった。
ルイズが一同の前に立つ。
「えー。これから我が家、ラ・ヴァリエールの居城へ向かいます。すでに言ったように、四泊の予定です。行程は三日ですが、余裕をもって入城するのは五日後としています。また一泊目までは、みんなで一緒に行きますが、そこから私の班と魔理沙の班に分かれます。馬車の中はそんなに広くないので、中では暴れないようにしてください。それから……」
もはや修学旅行の引率。珍しく幻想郷メンバーが静粛して聞いているのも、なおさらそう思わせる。
やがて説明と注意事項が終わる。
「それでは、各人、決められた馬車に乗ってください」
と言った瞬間、レミリアとフランドールが駆け出した。すぐに馬車へ直行。ドアを開けて、文字通り中へ飛び込む。
「1番!」
「あー、もう!」
馬車の中からにぎやかな声。それをルイズ、何とも言えない顔で眺めていた。
「こ、子供……」
思わず、つぶやかずにはいられない。
この吸血鬼姉妹は年齢相応、500歳程度の威圧感を見せたと思ったら、見かけ相応の10歳程度のしぐさを見せたりする。この落差にときどきついて行けなくなる。ある意味、幻想郷の住人らしく、根に正直ともいうが。
ともかく、ルイズもレミリア達と同じ馬車なので、後から乗り込もうと馬車の扉を開ける。それはもう楽しそうな二人が、ルイズの方を見ていた。
「ほら、さっさと乗りなさいよ」
「その前に、羽なんとかならない?」
「羽?」
少し首をかしげるお嬢様達。
一応馬車は四人乗りなのだが、中はそんなに広くない。羽を広げたままだと、四人乗れないのだ。しかもこの馬車には、レミリアとフランドールの羽付きが二人。このままでは二人乗るのが精いっぱい。
ふと背中を見るレミリア。
「あー、これじゃ四人乗れないわね」
「うん」
「じゃぁ……」
ポツリと漏らす。すると、羽が霞むように消えていった。目を見開くルイズ。
「えっ!?レミリアって羽、仕舞えたの?」
「仕舞った訳じゃないわよ。霧にしただけ」
「霧?」
「私達は霧になれるのよ」
「へー……。なれるんだ……」
「こんなもの、大した能力じゃないわよ。フフン」
言っている事の割に、胸を張ってさも自慢げに仰るお嬢様。一方、ルイズはただただ感心していた。幻想郷の吸血鬼の能力は、聞いてはいたが、ほとんど見ておらず実感がなかったので。
しかし、どの吸血鬼もがそうとは限らなかったりする。ちょっと情けない顔をしている少女が、レミリアの前にいた。羽が手話でもしているかのように、奇妙な動きをしている。
「お姉さま、できない」
口をとがらせるフランドール。長らく表に出た事のない彼女は、そういう器用な真似はできなかった。
レミリアは、少しばかり困った顔を浮かべる。だが、すぐに明るい声を上げた。雰囲気を入れ替えるように。
「ほら、飛ぶのイメージして。羽ばたきながら」
「うん」
羽が狭い馬車の中で羽ばたいている。もっとも彼女のは羽には見えないので、飾りを振り回しているような感じだが。
妹のしぐさを見ながら、レミリアは大げさに身振り手振り。合わせてコメント。
「はい!先っぽだけ霧にして」
「うん」
すると羽の先から、霞んでいくように消えていく。しかもそれは先っぽだけではなく、羽を伝わるように霧となる。やがて、羽が全て見えなくなった。
「あ、できた。できたよ!お姉さま!」
「よくやったわね。フラン」
「うん!」
柔らかい笑みを浮かべるレミリアと、素直に喜ぶフランドール。
ルイズは、ふと思う。やっぱり姉妹なのだと。二人の過去の事情は、パチュリーからいくらか聞いている。いろんな事があったかもしれない。それでも姉妹は姉妹なのだと、あらめて感じる。彼女の脳裏に、家族の姿が浮かんでいた。
やがて、全員が場所に乗り込むと、三台の馬車は進み始めた。一路、ヴァリエール家へ向かって。
ガリアの街道沿いにある宿場町。その宿の一つに、身を隠すように大き目のフードを被った一団が入って来る。その十数人。徒党を組んだその姿は、どこか怪しげだった。
この一団を率いるのはシェフィールド。彼らは、ラグドリアン湖に向かっていたのだ。目的は『アンドバリの指輪』の奪還。
今、アルビオンとトリステインは交戦状態。お互い船の行き来ができないので、ガリアから向かっている。それにラグドリアン湖は国境沿い。ガリアから行くのに問題はなかったというのもあった。
宿屋に落ち着くと、傭兵達はさっそく酒を飲みだす。シェフィールドは、一人自室へと戻ろうとする。しかし、呼び止める声がした。
「おい。付き合えよ」
メンヌヴィルだ。
この一団は、メンヌヴィル率いる傭兵団と、シェフィールドがガリア本国から連れてきた部下からなっている。双方、折り合いがそれほどよくないので、彼女はこの集団をまとめるのに苦労していた。だから、せめて宿屋では休みたかったのだが。
不満を匂わせる顔で、メンヌヴィルを見るシェフィールド。
「遠慮します。まだ仕事が残っていますので」
「そうかい。付き合い悪い女だな」
「では、失礼」
白炎の嫌味を気にも留めず、そそくさと自室へ向かう彼女。
面白くなさそうに彼女を目で追うメンヌヴィルに、部下が話しかけて来る。
「なんなんすかね。あの女」
「ムカつく女だ。泣きわめくの見たくなったぜ」
下卑た笑みを浮かべるメンヌヴィル。一気に酒を飲み干す。そして次の酒を注いだ。すると表情が鋭いものに変わっていた。酒の席とは思えない表情に。わずかに部下の方へ顔を向ける。
「で、あの女が探してるブツ。なんだか分かったか?」
「いえ、それが、サッパリ。将軍クラスの連中でも、あの女が何しようとしてるか、わかんねぇらしくって」
今回の仕事は、メンヌヴィル達が水の精霊を引き付けている内に、シェフィールド達が目的のものを手に入れるというものだった。ただ、その目的のものをシェフィールドは彼に教えようとしないのだ。何かいいネタになりそうだと、メンヌヴィルは探りを入れているのだが、想像以上にガードは固かった。
「裏がありありか。ますます泣かせてぇ」
「それにしてもなんすかね。ラグドリアン湖の次は、すぐに学院に行けでしょ?顎でこき使いやがって。あのアマ」
「フッ、まあいいさ。金はたんまり貰うしな。それに……」
今度の笑いはさっきのものとは違っていた。どこか無邪気で、それでいて殺意がにじみ出てくるような笑い。殺戮者の本性、とでもいうのだろうか。白炎の本来の姿の一旦が、見えるよな笑いだった。
部下は、思わず身を縛られたような感覚に襲われる。何度見ても、慣れない笑みを目にして。身の毛もよだつとは、こういう事かと実感する。
「そ、それに……ってと?」
「何かありそうな予感がするんだよ。おもしれぇヤツに会えそうな……な」
「って……事は、隊長が、会いてぇって言う……あのメイジが?」
「かもな」
酒をわずかに口に含んだ。楽しそうに。そして立ち上がると、ジョッキを高く上げる。
「今日は飲み明かすぜ!どうせあの女のおごりだからな!」
「「へい!」」
メンヌヴィルの掛け声に部下たちも、ジョッキを高く上げた。
いつもの酒の席の顔に戻っていた。機嫌のよさそうに口元が緩む。彼は何故か確信があった。この先に、今までになかった闘争が、待ちに待った闘争があると。
予感は半分当たって、半分はずれるのだが。
ルイズ一行が最初の宿泊予定地に着いた頃には、もう日が落ちる寸前だった。これは予定通り。だが予定とは違う、というか想定外の光景が目に入っていた。まもなく暗くなるというのに、町は人で溢れていたのだ。
馬車の中から外を覗くルイズ。
「どうなってんの?」
「何かのお祭りでしょうか……」
咲夜も不思議そうに外を見る。
確かに、人が溢れているだけではなく、かがり火があちこちで焚かれ、音楽すら聞こえる。
「この時期、祭りなんてないはずなんだけど……」
首を捻るルイズ。
するとフランドールが、横から顔を突っ込んできた。
「何、何?お祭りなの?行きたい!」
「そうね。庶民の祭りも、たまには悪くないわね。私はどうでもいいんだけど」
などとレミリアは言いながらも、窓の外から目を逸らせずにいた。瞳をキラキラさせながら。
「ダメよ」
だが、ルイズ。あっさり却下。顔色が変わる吸血鬼姉妹。
「なんでよー!」
「ブーブー!」
分りやすい不平不満。口を膨らませている吸血鬼姉妹。すると咲夜が冷静に訊ねてくる。
「ルイズ様。どういう訳ですか?」
「まずは宿屋を手配しないと。正直、これだけ人が集まってると、部屋が空いてるかどうか……。宿屋探すだけで、結構時間取られると思う」
口元に手をやり、考え込むルイズ。しかしレミリアは、そんな彼女の都合などお構いなし。
「そんなの後でいいじゃないの。空いてなかったら、夜通し遊べばいいのよ」
吸血鬼からの素晴らしい提案。夜行性の彼女らしいともいう。
だがルイズは人間。体力無尽蔵の妖怪とは違うのだ。寝ないと明日に響く。まだ旅行は始まったばかりというのに。一方で、せっかくいいタイミングで祭りをやっているのを、見過ごすのもどうかと思った。幻想郷からせっかく来ているのだから、彼女達を案内するのも悪くないと。
一つうなずくルイズ。
「分かったわ。じゃ、明日、祭り見物しましょう。だから、今日は宿屋でゆっくり休むって事で、いいわね」
「ならルイズ、休んでなさいよ。私達は外に出てるから。どうせ夜寝ないし」
「迷子になったら、どうすんのよ。まだ来て日が浅いんだし、ハルケギニアの事良く知らないでしょ?」
「大丈夫よ。咲夜が、なんとかしてくれるわ」
全く憂いなしという態度で、胸を張るお嬢様。それに咲夜、苦笑い。一方のルイズ、渋い顔。いくら咲夜とは言え、この姉妹を一人に任せていいものかと。
すると瀟洒なメイドは、ポンと手のひらを叩く。
「それではこうしましょう。大通りのみ見物という事で」
「えー」
「お嬢様。ほどほどにしておきませんと、翌日見るものがなくなってしまいますよ。ルイズ様との見物も、退屈になってしまいます」
「う~ん……。しようがないわね。それじゃ、夜の出し物限定ってのはどう?」
「それでしたら、かまわないと思います。それでよろしいですか?ルイズ様」
話を振られたルイズは、首を左右に振りながら考え込む。間を置いて返事。
「う~ん……、まあ……。それならいいけど」
「ありがとうございます」
メイドは間髪入れずに、ルイズが了承してくれた事に頭を下げる。しかし、ルイズ。念には念を。人差し指をビシッと突き立てて、注意事項。
「脇道に入ったりしないでよ。それから、騒ぎはくれぐれも起こさないように。決闘とかバトルとか絶対ダメ!」
「了解しました」
咲夜は、ハッキリと返事。胸を張って、ルイズのいう事は十分理解したと言わんばかりに。
だが横でそれを聞いていた、レミリアとフランドールは、もはや注意事項は頭にない。気持ちはもう、これから向かう祭りの方に行っていた。お嬢様、颯爽と宣言。
「んじゃぁ、宿を決めたら早速町に出るわよ!」
「はい」
少し笑みを浮かべてうなずく咲夜。姉妹は、子供のようにはしゃいでいた。
それから、どれほど時間が経っただろうか。レミリア達は、今はいない。もう祭り会場に行ってしまっていたのだ。というのも、宿屋探しに想像以上に時間がかかったので。思い当たる場所全てが、満室だったのだ。さすがに我慢の限界だった姉妹は、先に祭りへ向かってしまったのである。もちろん従者も付いて。ただそれだと迷子になるので、宿屋が決まったら、パチュリーが屋根に魔法で目印を付ける予定。
それからさらに、時間が経つ。ようやく宿屋を見つけた。場末の安宿を。ルイズは最初こそ論外と思っていたが、結局ここしかなかった。腹をくくって諦める。
フロントで、手続きをしながら辺りを見回す。外観もボロボロだったが、中も外に負けないくらいボロボロだった。
「大丈夫なの?この宿」
「すいやせんね。ご覧の通り安宿なんで。貴族の方々には申し訳ないんすが、少々の不便は我慢してくだせぃ。元々、そういう方々を相手にしてる宿じゃないもんで」
「しようがないわね。これだけ人がいるんだもの。けど、いくら祭りだからって、集まりすぎでしょ」
「この所、戦争だの暗い話が多かったもんすから。みんな憂さを晴らしたいんすよ」
「ふ~ん……。じゃ、部屋、案内して」
「へい」
宿屋の主は、ルイズの荷物を持つと、部屋へと向かった。
借りた部屋は全部で三つ。一部屋四人の相部屋だ。貴族としては、一人一室と行きたいところだが、12部屋どころかわずかしか空いてなかったので。ルイズは、魔理沙、アリス、パチュリーと同室。他は、レミリア、フランドール、咲夜、こあが同室。後は残り、天子、衣玖、文、鈴仙である。
夜も更け、祭りに当てられて騒いでいた宿泊客も静かになった。ルイズと魔理沙は、旅の疲れもあり、もはや夢の住人。一方、レミリア達はまだ戻っていない。遅いとはいえ、他の人外達もまだ起きている時間。だが、レミリア達以外は、どこにも出かけず部屋にいた。
衣玖が総領の娘に、小声で話かける。祭りから戻り、ベッドにつっぷしている天子に。
「戻って来るの早かったですね。レミリアさん達は、まだ戻ってないようですけど」
「夜の祭りは、前にトリスタニアで見たからねー。それと大して変わんなかったから、いいかなって」
遊び周り過ぎて、騒ぎにも慣れてしまったのかと、衣玖の感想。だが、それほど頻繁に主の元を離れて、使い魔がそれでいいのかとも思った。だが以前よりは、人の言うことを聞くようになった、とも感じている。今もこうして、天子が小声で話しているのだ。以前では滅多にない事。衣玖は少しばかり、天子を見直していた。わずかだが。
隣で座っている鈴仙の目の前は文。人目がないので、翼は出したまま。彼女は目の前のパパラッチに話しかける。時間帯を考えて、小さな声で。
「文さんは、お祭り行かないんですか?」
「電池が、乏しくなってきたのよ」
「え?」
「夜間だから、フラッシュ焚かないといけないし」
「あー、カメラって、そういう仕組みがあるんでしたね」
「フィルムも沢山あるって、訳じゃないから」
文は持ってきた、フィルムの本数を数えながら答えた。そろそろ一度、幻想郷に戻らないと、と思いながら。
「本番はやっぱり、ヴァリエール家。あなたも病気診るんでしょ?どうやって治すの?」
「治すのは師匠です。薬師の秘術を使うかも、って言ってたんですけど。とにかく患者の家に乗り込むんですから、準備は万全にしてます」
「ふ~ん……。その時は、是非取材させてください」
「私じゃなくて、師匠に聞いてください」
あっという間に新聞記者の顔に切り替わる文。それに少々呆れながら、鈴仙は返す。
それかしばらくは小声の雑談が続いた。やがて話すネタもなくなり、明日に備えとりあえず横になる事にする。人外達の部屋は、灯りが消え静まり返った。
だがその頃、隣の部屋はやけに慌ただしかった。深夜だというのに、宿屋を出るらしい。文達の部屋の隣には、ルイズ達と同じくやむを得ずここに泊まった貴族がいた。それも大貴族のご令嬢が。そのご令嬢、実は文達の話を盗み聞きしていたのだ。小声で話していた彼女達の声は、断片的にしか聞こえなかったが、彼女にはこう聞こえたと言う。
文:「……やっぱり、ヴァリエール家。……」鈴仙:「……。薬師の秘術を……。……家に乗り込む……」
↓
「……《う゛ぁりえーるけ》…………くす《しのひ》じゅつ……いえにのり《こむ》……」
↓
「……ヴァリエール家……忍び……込む……」
と。
翌日。
予定通り、祭り見物。ルイズ達は、朝から散々町を周り、祭りを満喫。午後、レミリア達と合流してからは、侯爵の城へ向かった。嫡子誕生祝という事で、城の一部を開放していたのだ。
ルイズ自身は、頻繁ではないものの、他家の城を訪問した事はある。ここは入った事のない城だが、そこそこ楽しめた程度。しかし、幻想郷の面々は違う。特に魔理沙や文達、ヨーロッパに住んだことない連中。彼女達が見た西洋風の建物なぞ、紅魔館だけ。そんな彼女達が城内を見物する姿は、まさしくお上りさん。ルイズは城内を、それはもう、自慢げに案内するのだった。
やがてほとんど見終わった頃には、もう日が落ちていた。
町はずれ。道から逸れた林の中。ここに全員がいる。ルイズが魔理沙に一言。
「本当に泊まっていかないの?」
「さっさとケリつけたいからな。それに泊まっても、日中は飛んでけないしな。目立つし」
「それもそうね」
うなずくルイズ。
魔理沙達なら飛んでいけば早いが、さすがに日中は難しい。見られたら、どんな騒ぎになるやら。それを避けるためにも、夜飛んだ方がいいのだ。もちろん、手早く用事を済ましたいものあるが。
魔理沙は箒に跨ると、軽く手を上げる。
「ん、じゃ、行くぜ」
「待ち合わせ、忘れないでよ!期限厳守よ!」
「分かった、分かった」
なんだか投げやり気味な返事をして、魔理沙はフワッと飛んでいった。それにアリスやレミリア達も付いて行く。
地上では本当に大丈夫かと、不安そうな顔でルイズが彼女達を見送っていた。しかし、すぐに気持ちを入れ替えると、町へ戻ろうとする。
「さてと、宿屋に戻るわよ」
すると、文が待ったを掛ける。
「ルイズさん。私達も飛んでいきませんか?急ぐ旅ではありませんが、待ち合わせの場所に着くのは、早くてもかまいませんしね」
「なんでよ」
「馬車に揺られるのは、少々飽きました。宿も、ろくでもないですし」
「荷物はどうするのよ」
「なんだったら、持ちますよ」
「う~ん……」
少し考えたが、すぐに答えが出てきた。
「ダメよ」
「何故です?」
「お城に入る時、馬車じゃなかったら、妙に思われるでしょ?」
「でしたら、馬車は空のまま行かせましょう。着いた先で、あらためて合流すればいいですし」
「空のままって、変に思われるわよ」
「別にいいじゃないですか?どうせ雇った馬車なんですから」
腕を組んで考え込むルイズ。
確かに、馬車はヴァリエール家のものではない。旅が終われば、それっきりだ。だいたい何か不思議な事が起こっても、平民は魔法のせいだと思うだろう。魔法に詳しくないので。
ルイズは顔を上げた。
「分かったわ。またボロボロな宿に泊まるのも、嫌だしね」
「では早速」
希望が叶って、露骨な笑顔な文。
やがて一同は、宿屋に戻り荷物をまとめる。雇った馬車には、空のまま街道を東へ向かうように指示。御者達は当然不思議そうな顔をしたが、予想通り、それを追及する者はいなかった。そしてまた、林に戻って来た。
ルイズは荷物を置くと、使い魔の方へ向いた。
「天子、要石出して。そうね。三つくらい」
「どうするのよ」
「荷物結びつけるの」
「あ~、なるほどね」
天子が軽く、手を泳がすと、1メイルほどの要石が三つ出てきた。ルイズはそれに荷物を、しっかり結びつける。
「天子、気を付けて飛んでよ。荷物落とさないように」
「えー、面倒ぉ」
「面倒でもやるの」
「はいはい」
「文も、あんまり速く飛ばないように」
「了解しました」
文、大げさに敬礼。
やがてルイズが要石の一つに乗ると、全員がフワッと浮き上がる。ルイズ、天子、衣玖、文、鈴仙は、森の上に出た。やがて、街道から少し離れた場所を飛び始める。彼女達にしては、そう速くない速度で。日はすっかり落ちており、空には双月が上がっていた。このままヴァリエール城下まで、一直線である。だいぶ早く着くが、その分トラブルに会う可能性も低くなる。何事もないなら、それに越した事はない。
確かに当人達には、何もなかった。なかったが、そんな空飛ぶ異様な集団を、森のきこり達が見ていた。ルイズ達は、そんな出来事を知らなかったりする。
ラグドリアン湖近郊。
着いたのは、正に深夜。空には満天の星空と双月があった。
湖への道を進む、魔理沙、アリス、パチュリー、レミリア、フランドール、咲夜、こあ。人の気配がまるでしないので、レミリア、フランドール、こあは羽を隠していない。
魔理沙が、空を仰ぎながらつぶやいた。
「くそ。中途半端な時間に着いたな」
「何がよ。散歩にはいい時間帯じゃないの」
いかにも吸血鬼らしい返事のレミリア。双月の光を、踊るように浴びている。祭りの余韻が残っているのか、気分がいいらしい。一方魔法使いは、ほうきを肩に乗せながら、ぼやくように返す。
「あんまり眠れねぇって話だぜ」
「だったら起きてれば?」
「明日に響くだろ」
「人間は不便ねぇ」
「お前だって、昼は寝てるだろうが」
「うっ……。あれは……瞑想してるのよ」
なんとも苦しい言い訳をする、お嬢様。作ったような毅然とした態度で。それを後ろから咲夜が、どこか楽しそうに眺めていた。
すると、パチュリーの面倒くさそうな声が入って来た。
「はいはい、茶番はいいから、さっさと用事を済ませましょ」
「茶番って何よ」
「その話は後。レミィのいう、散歩の時間がなくなるわよ」
「うー……」
いいようにあしらわれて、不満そうなレミリア。ふくれっ面で、足を進める。その横には、茶化すフランドールと、なだめる咲夜がいた。
しばらくして、湖畔にたどり着く一同。彼女達の眼前には、ラグドリアン湖。その穏やかな湖面に双月が映っていた。深夜の湖は人影どころか灯りもなく、静まり返っていた。
パチュリーが使い魔を呼ぶ。
「それじゃ、こあ。お願い」
こあが樽を担いで持って来た。少女が大きな樽を軽々と持っているのには、人間が見たら違和感あるもの。しかしここにいる連中にとっては、なんの不思議もないものだった。
波打ち際に、ドカッと置かれた中身が満タンの樽。そしてこあは振り向くと、主に尋ねた。
「このまま流しちゃっていいんですか?」
「ええ。かまわないわ」
「では」
樽のふたを開け、そのまま倒すこあ。中の水が一斉に、湖へ流れていく。単に流れていくというより、吸い込まれるように。懐かしの故郷に、戻るかのようでもあった。やがて樽の中は一滴もなくなる。
すると、湖面にさざ波が一つ。やがてそれは、だんだんと大きな波紋を作り出す。ついには伸びる様に、水柱が立ちあがった。それはだんだんと人の形を作っていく。その姿は女性だが、どこかで見たようで見た事ないものだった。いろんな人物を、組み合わせたかのようにも見える。
魔理沙が笑みを漏らした。
「オリジナルデザインか。悪くないぜ」
「…………。また機会があれば、いずれ会おう」
「いいぜ。とは言っても、アジトに分社があるから、いつでも会えるけどな。ま、面白うそうな事がありそうなら、誘うぜ」
「……」
その言葉を聞いても、ラグドは変わった様子がない。だが魔理沙達には、笑みを浮かべたようにも感じた。
次の瞬間、人の形が崩れる。湖に吸い込まれていく。ラグドが立っていた場所は、ただの湖面となった。再び双月が映っていた。
アリスが一つ呼吸。
「さてと、用も済んだし。どうする?」
「私は寝たいぜ」
「って、言ってもねぇ」
「あ、タバサの家が近いじゃねぇか。泊めさせてもらうか」
「今、何時だと思ってんのよ。それに、あそこは隠れ住んでるようなもんでしょ。気軽に行けるような所じゃないわ。迷惑よ」
「そうか……。しゃーねぇなぁ……。じゃあ……あ!」
魔理沙はそう言って、指差す。その先には何軒かの家が建っていた。ラグドリアン湖が増水したときに、逃げ出したここの住民の家だ。今は水位が元通りなので、住民も戻ってきたらしい気配はする。しかし、それでも全てという訳ではないようだ。
「あそこの空いてる家、借りようぜ」
「ああ、なるほど。そうしましょう」
一同は、魔理沙とアリスの後についていく。
予想通り、全ての住民が戻ってきたという訳ではなかった。空き家を探し、勝手に入り込む魔理沙達。まだまだ家の中は湿気が残っているが、屋根があるだけマシである。やがてそれぞれが、思い々に過ごす。湖畔の時間は、ゆっくりと流れて行った。
翌日。当に正午は過ぎていた。レミリア達に合わせたのだ。魔理沙自身、起きるのが遅かったのもあるが。
空き家のリビングに集まっていた一同。保存食を口にしている魔理沙が、まずは一言。
「で、これからどうする?」
「なんか観光地とか知らないの?この辺りの」
レミリアも、携帯食を口にしながら尋ねてくる。同じものをフランドールも、口の中で転がしている。
吸血鬼姉妹が口にしているのは、血をブロック状に固めたもの。遠出用の携帯食だ。これを幻想郷から、いくらか持ってきている。
レミリアの質問に、アリスが答えた。
「それほど観光って、盛んじゃないのよ。知られてるのは、大きな所ばかりだしね。この辺りじゃ、ラグドリアン湖だけよ」
「じゃ、とりあえず、ここには用はないのね」
そう言って、テーブルに突っ伏した。するとパチュリーが、読んでいる本を閉じて提案。
「別に計画立ててた訳じゃないんだから、行き当たりばったりでいいんじゃないの?」
「ま、そうだな。街道周りを適当に見てみるか」
こうして、いい加減な旅行計画が決まった。反対意見はなし。侯爵の祭りを十分堪能したので、皆、後はおまけ程度に考えていたのだ。
やがて太陽が水平線に沈むと、ラグドリアン湖から離れる一同。人影がなくなると、魔法使いと人外の一団は、北の空へと向かった。
魔理沙達が、ラグドリアン湖を離れた丁度その頃。入れ替わるように湖に来た一団がいた。馬車と数頭の馬に乗って。
彼らは湖の傍まで来ると、馬、馬車から降りる。その内の一人がフードを上げた。出てきたのは、妖艶な女性。シェフィールドである。目的の場所に着いたのだ。その後ろから近づく影が一つ。メンヌヴィルだ。
「ここか」
「ええ。では手筈通りに」
「ああ」
白炎は踵を返す。
「おい!野郎共!仕事にかかるぞ!」
「へい!」
一斉に動きだすメンヌヴィル手下。シェフィールドの部下も、同じく準備を始めようとした。
だがその時、湖が突然、波立つ。
全員が、動きを止め、湖面に視線を釘づけにする。
湖面の一か所が、まるで竜巻でも起こったかのように、水柱を作り出す。その様子から目が離せない、シェフィールド達。
やがてその柱は一つの形を作り出した。シェフィールドの姿を。月明かりに輝く、水の像がそこにあった。
「これは……」
彼女は怪訝な表情で、つぶやく。
これが水の精霊である事は、シェフィールドにも分かっている。妙に思ったのは、水の精霊の方から姿を現した事だ。水の精霊が自ら姿を現すなど、まずないと聞いていたので。
予想外の状況に、戸惑う彼女。その脇から、メンヌヴィルが声をかける。
「おい。なんだありゃぁ」
「……。水の……精霊です」
「って事は、これがターゲットか。おい!おめぇら!こいつが相手だ!」
部下に向かって戦闘態勢の合図を送る、白炎。しかしシェフィールドは、その合図で落ち着きを取り戻した。
「お待ちください」
「なんだよ」
「ここは任せてください」
シェフィールドはメンヌヴィル達を抑えると、前へと出た。水の精霊の視線はまるで動かず、彼女が視界に入ってないかのよう。しかし、どこか意識しているふうでもあった。シェフィールドは、水の像を見上げると、口を開いた。
「そっちから出てくるとは思わなかったけど、手間が省けたわ」
「…………」
「私の欲しい物は分かってるわよね。返してもらうわよ。抵抗は無駄だと忠告しておくわ。前回よりも用意はいいから」
彼女は、挑発するように笑みを浮かべる。自信に溢れた表情で。実際、シェフィールドの言っている事は、ハッタリでもなんでもない。前回『アンドバリの指輪』を奪取した時以上の、マジックアイテムを揃えていたのだから。
しかし、水の精霊は特に動じた様子はない。もっとも、元々感情豊かな存在という訳でもないのだが。
シェフィールドは鼻で笑うと、宣戦布告とばかりに一言告げる。
「では、始めさせてもらうわ」
踵を返し、行動開始の合図をしようとした。その時、水の精霊が声を発した。
「分かった」
意外に思うシェフィールド。足を止め振り返る。今度は彼女の方に、水の精霊の視線が向いていた。表情は変わらないのだが、どこか笑っているようにも感じた。むしろ小馬鹿にしてるような。
「好きなだけ、湖の底をさらうがよい。邪魔はしない」
それだけいうと、水の像は一気に崩れる。あっというまに湖に消え去る。残ったのは、大きな波紋だけだった。
水の精霊がいた場所を、怪訝に見つめるシェフィールド。
「どういう意味?」
予想外の精霊の言動。らしくない。あれは本当に水の精霊なのかと、疑問を持つほどに。眉間にしわを寄せ、なんとか状況を理解しようとする。
すると後ろからため息一つ。メンヌヴィルだ。
「つまり、あんたの欲しがってるブツは、ここにはねぇって事だろ」
「何!?ここ以外の、どこにあるっていうの!?」
「知るか。精霊の態度見りゃ、そう考えるしかねぇって話だ。精霊は、嘘つかねぇらしいしな」
「そんなバカな……。隠す場所なんて、ここの他には……」
ラグドリアン湖の水の精霊は、ここにしかいない。何百年も、そう伝えられている。他にあれば、伝承が残りそうなものだ。だが精霊は、ここに『アンドバリの指輪』がないとでもいうような態度。気位の高い精霊が、他の人間や妖魔に、預けるとも思えない。
唖然として、視線を泳がすシェフィールド。思いっきり当てが外れ、頭が蒼白の状態。失態を帳消しにできると勇んで来てみれば、まさかの展開。想定外。彼女は湖畔で、石化でも受けたかのように、固まっていた。何もない砂浜に、視線が釘付けになっていた。
ちなみに、『アンドバリの指輪』の在り処だが、もちろんラグドリアン湖ではない。幻想郷の連中のアジト、廃村の寺院にある。リビングにある祠に祀られているラグドが入った水瓶。そこに置いてあるのだ。シェフィールドの記憶を読んだラグドは、指輪を取り返しに来る事を当然予想した。そこで、最も安全な場所に移したのである。盗みに来ると分かっていて、同じ場所に仕舞うマヌケはいなかった。
メンヌヴィルは座り込むと、うんざりしたような表情を浮かべる。
「勘弁してくれよ。また無駄足かよ」
皇帝護衛では、結局、賊は来ず、指揮を取った当人はトイレで気絶。そして今回の仕事も、この有様。気分の晴れない、モヤモヤした仕事ばかり。
相変わらず、茫然自失しているシェフィールドの方へ、白炎はわずかに顔を向けた。
「お前……、無能だな」
ズバリ、露骨に一言。
急に我に返った彼女は、思わず怒鳴りつける。
「な、何っ!こ、この傭兵風情が!」
「ムカついてんのは、こっちなんだがな。報酬が安かったら、あんた……とうの昔に炭になってるぜ」
「くっ……!」
ただただ、歯ぎしりをするしかないシェフィールド。全てを振り切るように、馬車へと向かった。荒っぽい足取りで。
「学院へ向かう」
「今からかよ」
「そういう依頼のはずよ!」
さっきまであった、皇帝秘書の丁寧な態度はもうない。すっかり地が出ている。
ただの平民司祭を皇帝に祭り上げ、背後から操る間者。奸計に長けた、ガリア王の有能な使い魔。その姿はどこへやら。歯車が一個ずつずれたように、何もかもが上手くいかない。
やがてメンヌヴィルは、しようがないという態度で、立ち上がる。いかにも嫌そうに。
「確かにそうだったな。ただなぁ、あんたの仕事ぶりを見てると、不安でしようがねぇんだよ。行っても、学院は休み、生徒は一人もいねぇ、なんて目に遭いそうでよ」
「……!」
足が止まり、思わず振り返る。シェフィールドは、この盲目の傭兵に、殺意すら抱き始めていた。しかし、歯を食いしばり我慢。ここで仲たがいして、全てを台無しにしてしまっては、それこそ恥の上塗りだ。
屈辱になんとか耐え、そのまま馬車へと入っていった。彼女に続くように一同は、馬車や馬に乗る。そして、重い足取りで北へと向かった。
エレオノールの聞き間違いの所で、やけに苦戦してしまいました。都合のいいセリフが思いつかなくて。