ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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悪魔顕現

 

 

 

 

 レミリア達一行が、マメに村の火元を消して回っている頃。村の畑の側、100メイルほど離れた森の中に、殺気を帯びた一団がいた。シェフィールドとメンヌヴィル達である。副村長を伴って、彼女たちの近くまで来ていた。

 彼らのいる場所は村落の風下。もちろん、気配を消すためとメンヌヴィルの鼻を生かすため。視線の先には、村の中で何やらウロウロしている一団が見えた。ただすっかり夜となっているので、ハッキリとは見えなかったが。

 

 風系統の使い手が、遠見の魔法で村を伺う。

 

「警戒してる様子はありあせん。ただ、あちこちの家に入っては出てるようですぜ。なんか探してんのか?」

「…………」

 

 顎を抱え考え込む白炎。こんな農村で何を探しているのかと。そもそも何しに来たのか。しかし、それは自分たちに関係ない。後で調べればいい事だ。

 

「で、数は?」

「あー、見えるのは7……ですね」

「どんな連中だ?」

「翼人が2、メイジっぽいのが3、その内一人はガーゴイル使いですぜ。なんか人形を動かしてる。後は、話にあった背中に妙な飾りを下げてる吸血鬼。残りはメイドが一人いやすね。こいつは屍人鬼かもしれねぇ」

「ガーゴイル使いか。あいつも来てるとはな。なおさらビンゴだぜ」

 

 メンヌヴィルはロンディニウムで、人形と少し戦った。水の精霊の仲間に、ガーゴイル使いがいる事は分かっていた。

 だいたい敵の様子は掴めた。白炎わずかに鼻で笑う。そして、副村長の方を向いた。

 

「ちょっと手を貸りてぇ」

「はい!できる事なら、なんでもいたします!」

 

 副村長である中年の男は、このいかにも粗暴な連中が村を助けてくれると信じ込んでいる。本気で、妖魔退治専門のメイジと思っていた。

 メンヌヴィルは、副村長の肩に手をかける。

 

「ありがてぇ話だ。で、やってもらう事だがな。人質になってもらいたい」

「は?人質というと……?」

「そのままだ」

「えっ?えぇー!?いや……、ですが……、私はあの妖魔達と無関係です!信じてください!絶対、仲間じゃありません!」

 

 半ばパニックになったように弁解する副村長。妖魔への人質なれというのだ。当然、連中の仲間と思われている、と考えるのも無理なかった。しかし、盲目のメイジの表情は緩いまま。

 

「そりゃぁ分かってる。人質のフリしてくれれば、いいんだよ」

「フリ?」

「いいな」

「は、はぁ……」

 

 意味が分からない、というふうに首を捻る副村長。結局、メンヌヴィルの押しの強さにも負け、聞き入れた。

 そして、白炎は部下の方を向いた。

 

「おい。手筈通りにな」

「へい」

 

 部下の力強い返事。それを見て隊長は、不敵な笑みを浮かべた。

 

「さてと、はじめるか」

 

 全員は静かにうなずく。やがて、一斉に森の外へ出た。人質として、副村長を抱えたメイジを先頭として。

 敵兵の死すら避けたがる連中だ。例え赤の他人だとしても、十分人質として使えるだろう。そう、メンヌヴィルは考えたのだった。

 

 さて、村の灯りを消し終わったレミリア達。村の広場の中央に集る。魔理沙が、ほうきで肩を叩きながら言う。

 

「んじゃ、ルイズの所にいくか」

「そうね」

 

 アリスが上海達を、鞄に仕舞いながら答えた。だが、そこにつぶやくような声が、入って来る。こあが村の外を指差していた。

 

「あれ……。誰か近づいてきますよ」

 

 一同は、一斉にこあの指差す方を見る。魔理沙、パチュリー、アリスや咲夜には、夜のせいもあって、何か集団がやって来るくらいしかわからなかった。しかし、レミリア、フランドール、こあ、夜目の利く彼女たちにはハッキリと見える。メイジの集団だと。

 

 しばらくして集団の足が止った。その中から、メイジが一人だけ出てくる。左手には首を抑えられた農民らしき男。やがて彼も、30メイルほどの距離になると足を止めた。

 そして大声を上げる。首根っこをおさえている男に杖を向けて。

 

「おい!てめぇら!こいつの命が惜しかったら、おとなしくしてろ!」

 

 夜の農村に響く、脅しの声。

 だが、当の幻想郷メンバーは首を傾げるだけ。何やってんのか、意味不明、という具合。レミリアが魔理沙の方を向く。

 

「知り合い?」

「いや、どっちも知らないぜ」

「あれって、私たちを脅してるつもりなのよね」

「そう見えるな」

「ハルケギニアでは、赤の他人を人質に取ったりするの?」

「聞いたことないぜ。そんな話」

「じゃあ、何やってんのかしら?」

「なんか、勘違いしてるんじゃないのか?私らを、村の住人と思ってとかさ」

「ふ~ん……そうかもね。さて、どうしようかしら」

 

 腕を組んで、どこか楽しそうにメイジを眺めるレミリア。なんかイベントが起こりそうな予感がして。すると、脇からパチュリーが意見を一つ。

 

「黙って見ておく、というのはどうかしら?彼、本気でやってるようだし」

「それはそれで、面白いわね」

 

 お嬢様は小さくうなずく。

 いかにも悪人面した盗賊らしきメイジが、人質を取って脅している。しかもこちらが何者か、全く理解していない。彼女たちにはそう見えた。この的のズレた小芝居がどうなるか、役者が何をしだすのか見るのも、また一興と考える。

 

 一方咲夜は、不安そうな表情を浮かべていた。それは、さっきから殺気を感じていたからだ。それもかなり強い。もちろん、レミリア達も分かっているだろう。ただこの行きつく先は、厄介事には違いない。すでにトラブルを起こしている一同。しかも旅の途中なのだ。これ以上の厄介事は、できれば避けたかった。

 

「お嬢様」

「何よ?」

「あんな連中は無視して、ルイズ様の所へ向かいませんか?お時間の都合もありますし」

「待ち合わせ場所は、ここからそんなに離れてないわよ。行こうと思えば、すぐ行けるわ。それに、今行っても、宿は開いてないんでしょ?いい時間つぶしじゃないの。私はこの寸劇を、見ると決めたのよ」

「そうですか……。分かりました」

 

 主にこう言われてしまっては、従者は黙るしかない。

 幻想郷メンバーはそれぞれに思いを浮かべながら、この微妙な空気の小芝居を眺めていた。

 

 対するシェフィールドとメンヌヴィル。妖魔達が動きを止めたと分かる。思惑通りという考えが浮かぶ。自然と表情が緩んでいた。

 もし今が昼だったら、そうは思わなかったろう。彼女たちの嘲笑が、見えたはずだから。しかし、今は夜。さすがにどんな顔しているかまでは、分からなかった。

 

 メンヌヴィルは吊り上った口元を開ける。

 

「ハッ!実際こうなっても、やっぱ信じられねぇ。赤の他人の命を気にしてるなんてな!」

「想定通りなんでしょ。さっさと仕事を始めなさい」

 

 少々、高揚している彼を抑えるシェフィールド。メンヌヴィルはつまらなそうな顔を彼女に返した。そして、部下の方を向く。もう仕事にかかる傭兵の面構えだ。

 

「おい。一人、引っ捕まえてこい。そうだなぁ……。先頭の翼人にしろ」

「へい」

 

 部下も、少しばかり高揚していた。意気揚々と妖魔達の方へ向かう。もはや勝った気分であった。

 

 だが、

 だんだん彼女たちの表情が見えてくると、違和感が頭に浮かんでくる部下。人質を取られて、手を出せずに焦燥している顔ではないと。おかしいと思いながらも、近づいていく。

 ついに、目の前まで来てしまった。もうハッキリとわかる。全然想定と違う。まるで怖気づいてない。気を揉んでいる様子もない。むしろニヤついて小馬鹿にしていると。額に冷や汗が浮かぶ彼。背筋に寒いものすら走る。しかし、今戻れば、怒る隊長にどんな目に遭わされるか。結局、半ばやけくそに命令を実行した。

 

「お、おい!てめぇら!動くんじゃねぇぞ!こっちには人質があるんだからな!」

「で?」

「そ、そこのお前!こっちに来い!」

「お前じゃないわ。レミリア。レミリア・スカーレットよ」

「どうでもいいから、来いって言ってんだよ!」

 

 部下は先頭の翼人と思われる、レミリアと称する少女を指差した。しかし、彼女は不敵な顔のまま動かず。

 

「嫌だと言ったら?」

「てめぇ……!人質があるって言ってんだよ!」

「同じ事、二度やらないでよ。もっと他の芸を見せなさい」

「げ……芸!?」

 

 頭に血が上った。恐怖がすっ飛ぶ。思わず部下は、レミリアの胸倉を掴んでいた。つまらなそうな表情を浮かべる彼女。

 

「結局、こういうオチなのね」

 

 そう呟いた。

 

 瞬間、男の腕があらぬ方向にへし折れる。

 

「ぎゃぁぁーー!」

 

 夜の畑に響き渡る悲鳴。

 さらに妖魔は、彼を片手で持ち上げると、思いっきりぶん投げた。はるか上空へ、大砲でもぶっ放したような速度ですっ飛んで行く。

 レミリアはすぐさま、人質を取っているメイジの所まで飛んでいった。まさしく風竜が飛んだかのごとく、瞬時に。彼が目の前に妖魔がいたと気づいた時には、彼自身はもう吹っ飛んでいた。男はボールのように、7回くらい飛び跳ねて止まる。かすかなうめき声をあげて、うずくまる。放り投げられた部下も、辛うじてレビテーションで降りたが、歪んだ手を抱えたまま悲鳴を上げていた。

 

 メンヌヴィルとシェフィールド達は、固まったまま動かない。手も足も、顔も視線も。一体何が起こったのかと。一斉に頭に飛び込んできた光景が、うまく整理できない。

 

 茫然としている彼らを前に、レミリアは5メイルほど浮かぶ。そして、大きく手を広げた。月光を十分浴びるかのように。

 

「ほら、化物がお前達の前に現れたわ。戦う準備をなさい。ボーっとしたら全員食べちゃうわよ」

 

 まさしく尊大。彼らが会った今まで妖魔と、何かが違う。

 

 彼女の言葉で我に返った、メンヌヴィル達。顔をゆがませる。脳みその血がたぎってくる。ロンディニウムでいいようにあしらわれ、ここでもコケにされて、黙っているはずもなかった。

 

「ざけんじゃねぇ!やっちまえ!」

「「「おお!」」」

 

 一斉に、詠唱が始まる。風に炎、水に土。さまざまな系統の魔法が、一直線にレミリアに向かった。だが、彼女に焦りはまるでない。むしろ喜んでいた。

 

「人間はそうでなくっちゃ」

 

 笑みと共に、そうつぶやいた。

 

 さて、レミリアと盗賊らしきメイジ達との戦いを、村の広場から眺めている幻想郷メンバー。予想通りの展開となったが、特に動く様子はない。むしろ考え込んでいる。魔理沙がパチュリーの方を向いた。

 

「どうする?私らも行くか?」

「そんな事したら、レミイが怒るわよ」

 

 流れ弾の魔法をさばきなら、パチュリーは抑揚なく答える。

 すると後ろ楽しそうな声が、飛び込んできた。

 

「お姉さまだけずるい~。私もやる」

 

 フランドールが頭の上をかすめ、メイジ達へとかっ飛んでいく。残った魔理沙達、それを半ば呆れ気味に見るだけ。悪魔の姉妹相手では、メイジ達は酷い目に遭うだろうなと想像しながら。

 

 しばらく、観客気分で見ていた彼女たちだが、一人だけ神妙な顔つきをしている者がいた。アリスだ。目を凝らしながら、一点を見ている。しかし、特に夜目が利く訳でもない彼女。よく見えないらしい。やがてあきらめると、魔理沙の方を向いた。

 

「ねぇ、暗視スコープ持って来てる?」

「あるぜ」

「ちょっと貸してよ」

「あんまバッテリーないんだよ。勘弁してくれ」

「少しだけだから」

「……分かったよ。ちょっとだけだぞ」

「ええ」

 

 渋々、暗視スコープを手渡す魔理沙。手に取るアリス。これで夜でもよく見える。魔法使いが文明の利器に頼るというのも、何か妙な感じだが。

 

 アリスはスコープを、頭にかぶった。電源をON。視界に白黒の映像が入る。レミリアとメイジ達が戦っている光景が、まるで昼間のように。アリスはスコープを操作しながら、メイジ達を凝視。すると思わず声を漏らした。

 

「あ」

「なんかあったか?」

「やっぱり……。どこかで見たと思ったのよね」

「だから、なんだよ」

 

 尋ねてくる魔理沙に、アリスはスコープを返しながら答える。

 

「あそこにいるの、シェフィールドよ。それに衣玖と戦ったメイジもいるわ」

「え!?」

 

 魔理沙、驚きの声。彼女自身も、スコープを使って確認しだす。するとパチュリーが口を挟んだ。相も変わらず淡々と。

 

「確か、アルビオンの連中、って言ってたわよね」

「そうよ」

「なんでこんな所に、いるのかしら?」

「さぁね」

「聞いてみましょうか」

 

 紫魔女は次に、メイド長の方を向く。

 

「咲夜。レミィとフランに、連中を殺さないように言って。話を聞きたいから」

「はい。分りました」

 

 咲夜はわずかに頭を下げると、フッと消えた。

 アリスはそれを横目に、ポツリとつぶやく。思案に巡らせているように。

 

「なんだか、妙な事に引っ掛かったみたいね」

「だな」

 

 魔理沙も同じく、難しい顔をしていた。

 

 その頃。この騒ぎから逃げ出した男性が一人。副村長である。民家の側まで近づいていた。一番端にある家の裏口を、静かに叩く。

 

「ダルシニ!アミアス!いるか!?」

 

 小声で、中にいるはずの住民を呼ぶ副村長。すると、ゆっくりと戸が開いた。見えたのは、二人の吸血鬼姉妹。だが、ここの村の大切な仲間だ。二人は副村長の顔をみると、パッと明るい声をかける。

 

「副村長さん!無事だったんだ!」

「ああ。早く逃げよう!」

「でも……」

「妖魔なら、あの人たちがなんとかしてくれる!なんでも、妖魔退治専門のメイジなんだそうだ」

「……。分かったわ。逃げる!」

 

 ダルシニとアミアスは強くうなずくと、副村長と共に家を後にした。

 

 さてアリスが、シェフィールド達に気づく少し前。当の彼女達はどうしていたかというと、半ばパニックに陥っていた。想定とまるで違う状況に。

 メンヌヴィル達、傭兵団は、もはややけくそ気味に戦っている。最初の集中砲火は、レミリアにあっさりかわされた。次の攻撃を当てようにも、その文字通り目にも止まらぬ速さで、狙いが定まらない。さらに、同士討ちすら起こっていた。

 

「くそっ!くそっ!」

 

 メンヌヴィルは悪態をつきながら自慢の炎を放つが、まるで手ごたえがない。避けられているのが分かる。そもそも盲目の彼が頼りにする熱や匂いは、伝わる速度が速くない。素早く動くレミリアを捉えるには、不向きだった。

 しかもそれだけではない。この妖魔は、あり得ない飛び方をしていたのだ。直角に曲がる、急に反転する。ジグザグに飛ぶ。鳥もドラゴンもできない飛び方。ゆっくりならば、フライの魔法でもできるかもしれない。しかしそれを、風竜並の速度でやっていた。例え目が見えても、当てるのは至難だった。

 さらに、また一人の傭兵が、弾き飛ばされる。川に投げた小石のように跳ねていく。その力も尋常ではなかった。あたかも、オークのごとし。

 吹き飛ばした当人は、宙に浮いたまま嘲笑を浮かべている。

 

「ほら、また落ちてしまったわ。残機は後いくつかしら?」

「こ、この……!」

「もっと努力なさい。全滅したら、全員ディナーいきよ」

「ふ、ふざけやがってーーっ!」

 

 罵声を浴びせながら、半ば恐慌状態で魔法を放つメンヌヴィル達。月夜に飛び交う、様々な魔法。だが、状況が良くなるような気配は、まるでなかった。笑う悪魔にかするものは、一つもない。

 

 その様子を、少し後ろから見ていたシェフィールド。部下と共に、戸惑ったまま動かず仕舞い。

 

「なんなの……?あれは……」

 

 そう、つぶやかずには いられない。

 怪我させる事すら嫌がると言っていたのは、いったいなんだったのか。目の前の妖魔はまるで逆。すでに何人も、うずくまって動けずにいるのだ。このまま、いたぶりつくされた上で、殺されかねない。そんな予感が、彼女の背筋に走る。

 そもそもここには、ロンディニウムにいた雷撃を使う妖魔がいない。実は無関係な連中に喧嘩を売ってしまったのではないか、という考えすら浮かぶ。完全に裏目に出たと。

 エルフと共に策に当たるなど、ハルケギニアでは裏の世界にかなり通じている彼女。それでも目の前で起こっている光景は、信じ難かった。

 

 シェフィールドは一つ歯ぎしりをすると、吐き出すように言った。

 

「撤退する!」

「し、しかし、傭兵共は?」

「見捨てる。もうあの連中とは、ここまでよ。行くぞ!」

「は、はい」

 

 部下は慌てて了解。そして、この場から去れると、少しばかり安堵。

 

 すぐに全員が踵を返し、来た道を戻ろうとした時、一人の少女が目に入った。ニコニコして、彼女達の方を向いていた。

 背中に宝石をぶら下げたような、目立つ飾り。真っ赤な双眸、そして開いた口から漏れる牙。村人が言っていた吸血鬼だが、どこか異質。それが楽しそうに笑っていた。

 

 ゾッとした。

 

 シェフィールド達は、氷漬けにでもなったように動かない。かわいらしい少女が、何故か悪魔のように見えた。

 少女は無邪気な笑顔で、話かけてきた。

 

「私はフランって言うの。あなたは?」

「シェ、シェフィールド……」

「うん。じゃあ、決闘しよう」

「え!?」

 

 意味不明。ただただ唖然。

 次の瞬間、隣から叫びが聞こえた。少女のいう事を、理解する間もなく。

 

「ぎゃぁぁー!」

 

 少女、フランが部下の右拳を掴んでいた。杖を握った手を。いや、握り潰すに近かった。手がいびつに歪んでいる。子供に手を掴まれて、大の大人が身動き一つ取れず、悲鳴を上げていた。しかも、瞬時に部下の前に移動したのだ。シェフィールド達は目の前で見ていたのに、まるで動きが掴めなかった。

 

 部下は思わず杖を落とす。するとフランも手を離した。呻きながら倒れる男。そして少女は杖を拾い上げると、高々と上げた。

 

「勝ったぁ!けど、あんまりおもしろくないなぁ。天人、何が楽しかったんだろ?」

 

 ブツブツと独り言をいい、子供らしいしぐさで首を傾げる。

 

 対するシェフィールド達。一連の出来事から目が離せない。瞬きもせず口を半開きにして、茫然と見つめるだけ。異様な腕力と素早さ、対して全くの子供の容姿。そのアンバランスさが、彼女達に恐怖を抱かせた。いったい目の前にいるのは、なんなのかと。彼女達の背に、びっしりと汗が湧き出していた。冷たい汗が。

 その恐怖の主が、くるりと首を彼女達の方へ向ける。

 

「そうだ。弾幕ごっこしよう。あっちの方が面白いよ。私がボスで、あなたが自機ね」

 

 また無邪気に笑うフラン。

 シェフィールドには、一体何を言われたのかさっぱりわからない。状況に付いて行けず、うろたえるだけ。今、妖魔と敵対している事すら、頭から消えていた。

 

 フランはそのまま、スーッと空へと上った。そしてカードを一枚取り出す。

 

「一枚目!禁忌『クランベリートラップ』!」

 

 シェフィールド達の周囲、前後左右に、無数の光弾。しかも、それは彼女達に迫って来た。思考の外の事態に、頭が止まる。光の玉に視線が囚われる。

 だが、すぐ側まで光弾が近づくと、さすがに我に返るシェフィールド達。

 

「と、飛ぶわよ」

「は、はい!」

 

 慌てて、フライを唱える。メイジ達はシェフィールドを抱え、ともかく光弾のない空へと逃げ出した。

 しかし、そうはいかなかった。光弾の群れは、自分が飛んでいる位置と同じ高さを追って来たのだ。元々フライは、高機動に飛べる魔法ではない。しかも人を抱えては。

 迫る光の群れ。額に汗を浮かべながら、無数の光球に見入るしかない。成す術なし。逃げ場なし。まるで壁に押しつぶされるような感覚。それが現実となるのも、後わずかだった。

 

 一方、ご機嫌なお嬢様。スカーレットデビルこと、レミリア・スカーレット。少しばかり、気分を高揚させて飛び回っている。弾幕も使わず、速さと打撃だけでメイジ達を翻弄。

 だがその時、突然、視界からメイジ達が消えた。気付くと、彼女はメイジから離れた場所。さらに隣にはフランドールもいる。遠くに見えるメイジ達は、突然消えた二人に慌てふためいている。

 

 もちろん何が起こったか、レミリアは分かっていた。別に、敵の術に引っ掛かった訳ではない。従者、十六夜咲夜が運んだのだ。時間を止めて。ここまで。

 まずは、不満そうな第一声。

 

「何よ。咲夜。楽しんでるのに」

「そうだよ」

 

 吸血鬼姉妹は、少々不機嫌。側に佇んでいたメイド長は、整然と詫びを入れる。

 

「申し訳ございません。お嬢様方」

「で、何?」

「パチュリー様から、あの者達を殺さないように、とのご伝言です」

「何で?」

「見知った者のようで、話が聞きたいと」

「痛めつけるのはいいの?」

「それは、伺っておりません」

「そう」

 

 つまり、話ができる状態にしておいてくれ、と理解する。がっかりなお嬢様。もっとも、今一つ歯ごたえがないので、少々飽きてきたのだが。フランドールの方は、端から弾幕ごっこをしているつもりなので、命を取る気はなかった。

 

 やがて用件が終わると、また咲夜はスッと消えていなくなる。残されたお嬢様方は、自分達の遊び相手の方へ直行。

 いきなりいなくなったレミリア達が、横から飛んできて、メンヌヴィル、シェフィールド達は動揺を隠せない。どうやったのか、なんのつもりでやったのか、まるで意図が読めないので。戸惑って立ち尽くしていた彼らだが、気づくとレミリアとフランドールに挟まれていた。二人は彼らにお構いなし。事を始める。そして、カード1枚取り出した。

 

「用ができたわ。余興はおしまいよ。天罰『スターオブダビデ』!」

「こっちも行くよー。禁忌『カゴメカゴメ』!」

「「「!?」」」

 

 突如、彼らの周りに無数の弾幕が溢れかえる。しかも前後左右、上からも。もはや避けようがない。さらに、これまでの戦いで、精神力も尽きかけていた。茫然と迫る光の群れを、見つめるしかない彼ら。メイジの一団が、全員確保されるのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 森の中を村民の所へ向かっていた、ダルシニ、アミアス、副村長の三人。

 今いる場所は、思ったほど村から離れていない。妖魔達と戦いを避けるため、大回りしたのだ。そのせいで時間が結構かかっていた。だが今の場所から真っ直ぐ行けば、仲間の所にたどり着ける。もう後は、一目散に逃げるだけであった。

 しかし、ダルシニが足を止める。アミアスが不思議そうな顔を向けた。

 

「どうしたの?おねーちゃん」

「あのメイジの人たち……。みんなやられちゃったわ」

「え!?」

 

 思わず、村の方を見るアミアス。

 確かに全員倒れている。立っているのは妖魔達だけ。息を飲む二人。

 逃げている途中、チラチラと村の方を見ていた。十数人のメイジと戦っていたのは、わずか二人。その二人に、みんな倒されてしまったのだ。

 普通の妖魔ではないとは思っていたが、まさかここまでとはと。背筋が寒くなるのを抑えられない。

 

「に、逃げよう!おねーちゃん!」

 

 思わず、アミアスはダルシニの手を引っ張る。しかし、ダルシニは動かない。

 

「どうしたの!?」

「ここに残るわ」

「何で!?」

「あの連中が、みんなを追っかけて来たら、私が防ぐから」

「できっこないよ!あれだけいたメイジが、みんなやられちゃったんだよ!」

「でも時間を稼ぐくらい、できると思う。その間に、旦那様と奥様に知らせて」

「でも……」

「急いで。私は今からここの"場"と契約するから」

「…………。分かったよ。でも、無茶しないでよ!」

「うん」

 

 アミアスは少し涙目になりながらも、走り出した。逃げた村人達の方へ。副村長と共に。それを目にしたダルシニは、少しばかり安心した表情で見つめていた。とりあえずは、妹に危険が及ばないと分かって。だが、すぐに緊張感を身に纏う。気持ちを引き締める。強力で得体のしれない妖魔。彼女は、その相手をする覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 村で一番大きい屋敷。村長の屋敷。その一階のフロアは、かなり大人数が集まっていた。レミリア、フランドール、咲夜、パチュリー、こあ、魔理沙、アリスと、捕まった十数人のメイジ達。

 魔理沙達、三魔女は何やら話し合い中。レミリアは、ついさっきの厄介事の始末のせいで、少々気疲れ。フランドールは、部屋の隅で杖を並べて楽しそうに眺めている。後で天子に、自慢でもするのだろうか。咲夜は主の指示にいつでも対応できるよう、レミリアの側に控えていた。

 

 メイジ達の方は、杖は取り上げられ、結界内に確保されている。一応、怪我の酷いものは、応急手当くらいしていた。話せないと困るので。シェフィールドだけは、別格あつかい。椅子に縛られて、別の結界で拘束されている。彼女の正体を、皆知っているのだ。この集団も、おそらく彼女が率いている、そう考えていた。

 

 しばらくは、何やら話していた三魔女だが。その中からアリス出て来る。

 

「パチュリー、お願い」

 

 パチュリーは本を開くと、わずかに詠唱。シェフィールドの拘束結界を縮め、首から上の結界の外に出した。これで一応、話す事はできるようになった。ただ、意識はないようで、首が下へと向く。

 

 アリスは人形、上海に指示。上海は槍を突き立て、シェフィールドの頬を突く。しばらくして、彼女は呻きながら、瞼を開けた。そして目に入ったのは上海。目を細め、不思議そうに見る。まだ、よく状況が掴めていないらしい。無理もないが。

 人形遣いは、そんな彼女に構わず話かけた。

 

「目が覚めたかしら?シェフィールド」

 

 思わず、アリスの方を向く彼女。その目には当惑と書いてあるかのように、唖然とした表情。

 

「……。お前は……誰だ?」

「さあね。それより聞きたい事があるのよ」

「聞きたい事?」

「アルビオン皇帝の秘書が、何しにトリステインの奥地に来てるのかをね」

「!?」

 

 目を剥いて驚くシェフィールド。いきなり自分の素性が出てくるとは、思いもよらなかったので。そもそも、何故名前を知っていたのか。

 

 だが、少しずつ意識も覚めはじめる。頭がしっかり動きだす。すると辺りの状況が理解できてきた。つまり、妖魔に敗北し捕まったという事だ。さらに目の前の町娘に見える少女、ガーゴイルを使っている所を見るとメイジかもしれない。その彼女が口にした、自分の立場。するとふと思いついた。理由を。彼女を睨みつけ、口にする。

 

「そうか……。やはりお前たち、水の精霊の仲間か。それで、私の素性を知ってる訳か」

「まあね」

「くっ……」

「で、最初の質問に移るけど、何しにこんな所に来たの?」

「…………」

「だんまりか。吐かせる方法は、いくつかあるのだけど」

「拷問でもするつもりか?それで口を割るとは思わん事だ」

「他の方法もあるわよ。例えば、ああいうの」

 

 アリスはそう言って、顎で左を指す。横を見ろと言わんばかりに。

 シェフィールドの目に入ったのは、姿勢を正し、正座する傭兵と部下達だった。その表情はどこか無邪気。彼らの視線の先にあったのは、戦いの相手、レミリア。彼女の前での彼らは、よく調教されたペットのよう。さらに部下だった彼らに、隊長のメンヌヴィルが抑え込まれている。

 彼女の瞼が大きく開いて固定。らしくないを通り過ぎて、もはや喜劇。一体何が起こったのか。あの下品で不遜な傭兵達に。シェフィールドは、アリスに向かって激高する。

 

「な、何をした!?」

「さあね。で、ああなりたい?」

「お、おのれっ……!」

 

 歯ぎしりをするしかないシェフィールド。

 

 実は、傭兵と彼女の部下達にかかっているのはチャーム。吸血鬼の能力の一つである。レミリアが掛けた。あまりに悪態をつく彼らに、彼女がムカついたのだ。その手のものへの対策がないのか、あっさりとかかる。しかもレミリアのものは、こあより強力。彼らは、まるで憧れの舞台女優か、あるいは女神でも見るかのように、レミリアに熱い視線を送っていた。ただし、メンヌヴィルだけはかからなかった。盲目なので。しかし、チャームにかかった彼の部下に押さえられて、身動きすらできない。

 

 アリスは、顔をシェフィールドへ戻す。

 

「あいつらにも聞いたんだけど、ラグドリアン湖訪問とトリステイン魔法学院襲撃については分かったわ。狙いは想像つくけど、その確認をね。それと、そもそもガリア王が何を考えてるのか。むしろ、こっちの方を聞きたいわ」

「何故、妖魔であるお前たちが、人間の国の事を気にする」

「はぁ……質問で質問を返すの。あなたも面倒なのね。分かったわ」

「ちょ、ちょっと待て」

「言う気になった?」

 

 腕を組んで、彼女を見下ろすアリス。別に勝ち誇っているという訳でもないが、淡々したその仕草に、シェフィールドはいらだちを覚えていた。単に事務処理対象のように、自分の事を見ている。どうでもいい存在かのように。

 何にしても、この状況を打開する術はない。いくつかのマジックアイテムを、服のあちこちに仕込んでいるが、今動くのは首から上だけ。なんとか手だけでも、動けば別だが。頭の中で、いろいろと考えを巡らせる。

 

 すると、明るい声が飛び込んできた。

 

「お姉さま。あの人の血、飲みたい」

 

 全員が向かった視線の先にあったのは、楽しそうなフランドール。無邪気な笑顔で、シェフィールドを指さしていた。新しいおもちゃを見つけたような、そんな目をして。

 レミリアが、さっそくうなずく。彼女の方は、厄介事始末からの気分転換のつもり。

 

「それは悪くないわね。こっちの人間の血、飲んでみたいと思ってたし。いいアイディアだわ、フラン。うん。咲夜、お願いするわね」

「畏まりました。お嬢様」

 

 咲夜はさっそく作業に取り掛かる。荷物の中をゴソゴソと漁り始めた。

 だが、それに不満そうな顔。パチュリーだった。

 

「レミィ。全部終わってからにしてくれない?」

「いいじゃないの。今回、一番働いたのは私よ?」

「楽しんで、やってたじゃないの」

「そ、そんな事はどうでもいいの!とにかく、ここにいる連中は全部、私とフランの成果。なら、私達がどうしようと勝手よ!」

 

 椅子の上にスクッと立ち、堂々と胸を張って所有権を主張。魔女達は半ば呆れ気味に、お嬢様の御姿を見ていた。そして紫魔女が、溜息一つ。

 

「はぁ……。分かったわ。好きにして」

「ふふん」

 

 なおさら得意げなレミリアだった。茶番劇はお嬢様の勝利で終わる。

 

 しかし、そのやり取りを聞いていたシェフィールドは。彼女にしてみれば、茶番劇どころではない。いきなり、死刑執行を言い渡された気分。吸血鬼がいるというのを、すっかり忘れていた。しかも抵抗しようにも、首から上しか動かない。顔から血の気が引いていくのが、肌で感じられる。こんな恐怖を味わったのは、いつ以来か。

 

 死ねば、彼女の持つ情報を聞き出せなくなるが、この場合に限っては違う。ハルケギニアの吸血鬼は吸った相手を、屍人鬼にする事ができる。屍人鬼は生前の記憶も持っているので、情報を聞き出すのは造作もないのだ。つまり彼女が死ぬ事に、なんの障害もない。もっとも、レミリアがハルケギニアの吸血鬼だとすればだが。

 

 この所の失敗続きの結末が、これなのかと、シェフィールドは絶望感で一杯だった。主に貢献するどころか、足を引っ張って終わってしまうとは。

 

 やがて、咲夜が小さなケースを持って近づいてくる。その後ろにフランドールが、ワクワクしながら付いていた。

 シェフィールドは最後の抵抗とばかりに、咲夜を睨みつける。

 

「私の肌に、牙など突き立ててみろ!ただでは済まんぞ!」

「そんな事する訳ないでしょ。あなたの汚い肌に口付けて、お嬢様方がご病気になられたらどうするのよ」

 

 メイド長は、そんな事を言っていた。

 

 シェフィールドには意味が分からない。牙を立てないで、どうやって血を吸うと言うのか。そんな吸血鬼は、聞いた事がない。というか、吸血鬼って病気になるのか。

 

 すると不意に、何かが上がって来た。胸の奥から違和感が、異質感が。

 そう。目の前にいる連中は、本当に妖魔なのかと。見れば見る程、違和感は大きくなる。やがてそれは確信に変わっていた。この連中は、自分達の世界の住人ではないと。

 

「お前たち……。いったい何者だ?妖魔ですらないな?」

「…………。パチュリー様。お願いします」

 

 しかし、メイド長。無視。自分の仕事を続ける。紫寝間着の魔女は読んでいた本を閉じ、面倒臭そうに答える。

 

「分かったわ」

 

 パチュリーは閉じた本をまた開いた。そして何やらつぶやくと、わずかに結界陣が光る。

 ふとシェフィールドは、右手、肘先が動くようになったのを感じた。しかし椅子に縛られた状態なので、大して動けないのだが。

 咲夜は注射器を取り出すと、シェフィールドの腕を消毒。

 

「へー、血管の場所は変わらないね」

「どういう意味だ?」

「少し痛いけど、我慢なさい」

 

 相変わらず答えないメイド長。イラつくシェフィールドを無視して、注射器を腕に刺した。手際よく。ほどなくして、血で満たされる。そして注射器を抜くと、簡単な止血。

 

「さて、終わりと」

「終わり?これで?吸血がか?」

「言ったでしょ。血はしばらくしたら止まるわ。じっとしておくことね。ま、それじゃ動けないでしょうけど」

 

 そう言って、咲夜は踵を返す。

 残されたシェフィールドは呆気に取られたまま。あんな吸い方をする吸血鬼など、聞いた事がない。だいたい、血を取るのに使った小さな筒はなんなのかと。ハルケギニアには注射器がないので、彼女には特殊な工芸品にしか見えなかった。益々、違和感を強くするシェフィールド。

 

 さて、お待ちになっているお嬢様方。フランドールなんかは、荷物から勝手にグラスを持ち出し、すでに待ち構えていた。

 

「咲夜。早く早く」

「少々、お待ちを。フランドールお嬢様」

 

 咲夜は、レミリアとフランドールのグラスに、それぞれ均等な量を分ける。レミリアはグラスを手にすると、楽しそうに血を泳がす。

 

「ふ~ん……。色は悪くないわね。そう違わない感じだわ。香りはどうかしら?」

 

 そして彼女は、グラスに鼻を近づけようと……。

 

「ぶーーっ!!」

 

 っと横から不快音、いや、声。一気に興が削がれる。横を見ると、フランドールが血を吐き出していた。

 

「ぺっ!ぺっ!ぺっ!ぺ!」

 

 四つん這いになって、口の中のものを全て吐こうとする。咲夜が慌てて、コップに水を注いできた。

 

「お嬢様、お水です」

 

 咲夜に背中を摩られながら、フランドールは一気に飲み干す。さらに水を要求。それに応えるメイド長。

 そんな二人のやり取りを、機嫌悪そうな顔で見ながら、レミリアはシェフィールドの側まで近づいた。

 

「この期に及んで、やってくれたわね。最後の抵抗……という所かしら?」

「い、いや!何もしてない!だいたい、身動き一つできないのに、どうやるって言うのよ!」

「足掻く人間は、嫌いじゃないわ。でも、代償は高くつくわよ」

「違う!本当よ!何もしてない!」

 

 レミリアの双眸が赤く輝きだす。口元がゆっくり開く。シェフィールドには、ただの少女にしか見えなかった彼女が、まるで違ったものに変貌したように感じた。もはや悪魔。そう呼ぶしかない気を、纏っていた。

 

 だが、その気が打ち破れる。背後の声で。

 振り向いた先にいたのは、フランドール。

 

「よくもやったなぁ!」

 

 久しぶりに見た、怒りの表情の妹だった。彼女は広げた右手を、突き出していた。

 

「きゅっとして」

 

 その言葉に幻想郷のメンバーの全員に、一斉に緊張が走る。頭の中に警報が鳴り出す。フランドールの言葉。何を意味するか、誰もが分かっていた。

 

「フラン!待ちなさい!」

 

 しかし、姉の言葉は届かない。

 

「どかん」

 

 その時、シェフィールドは心臓の裏側から、体が握りつぶされるような感覚に襲われる。しかし、それも一瞬だけだった。

 爆発音。村長の家、一階のフロアの一角が吹き飛ぶ。爆風が吹き荒れる。塵が舞い、視界を遮る。

 

 だが、やがてそれも収まる。爆発は一瞬だけだった。その中心点に残ったもの。粉砕した椅子とボロボロの床だけ。シェフィールドと名乗った女性の姿は、影も形もなかった。

 レミリアは残骸を一瞥すると、フランドールの方へ向き直る。その目は先ほどの悪魔のようなものとは、まるで違っていた。厳しさと、悲しさと、優しさが混ざったような複雑な光。そんな光を漂わせていた。

 

「フランドール・スカーレット」

 

 フルネームで妹の名を呼ぶレミリア。妹の方は今にも泣きそうな顔をしていた。

 実は彼女。この能力のため、長い間閉じ込められていた。その能力は、あらゆるものを破壊するという危険極まりないもの。しかし、以前あったある出来事を切っ掛けに、ようやくこの力を操る事ができるようになった。そして外に出られるようになったのだ。今の彼女は、当時を思い出しているのだろう。

 フランドールは小さくなって、祈るように言う。

 

「ご、ごめんなさい。もうしないから。絶対しないから!」

「…………」

 

 レミリアの表情は変わらない。すると横から、親友の言葉が届く。諭すような響きの言葉が。

 

「いいじゃないの、レミィ。今回は、対象だけしか破壊してないし。十分力を制御してるわよ。動機も、無茶なものじゃないわ」

「怒るつもりはないわよ。悪いのはアイツだしね」

 

 姉は涙目の妹の側までやってきた。何かを言おうとした妹を、ふと抱きしめる。

 

「怒ってるんじゃないって、言ってるでしょ。でも、これだけは覚えておいて。あなたの力は、十分強いという事を」

「うん……」

「ならいいわ」

 

 レミリアはパッとフランドールの体を離すと、明るい笑顔を浮かべた。その場の空気を、入れ替えるように。

 

「さ!もう、この騒ぎはお開きしましょう!メインイベントは、これからなんだから。寄り道なんて……」

 

 だが、その時だった。レミリアの体が揺れた。何かに押された訳ではない。足元が揺れていた。大地が揺れていたのだ。

 

 地震。

 

 この揺れは、まさしくそれ。人が揺れ、家具が揺れ、家々が揺れていた。

 しかし、それもすぐに収まる。揺れの程度も、そう大きくなかった。被害もなし。意表を突かれたが、むしろありがたかった。この場の微妙な空気が、霧散したので。

 

 倒れた椅子を戻しながら、魔理沙がつぶやく。

 

「天人が何かやったか?」

「ここであの揺れじゃぁ、震源地は大地震よ。さすがに、そこまではしないでしょ」

 

 アリスも倒れた小物を直しながら、答える。

 

「じゃあ、ただの地震か」

「それしか、ないじゃないの」

「だな」

 

 すぐに気にしなくなる二人。だが、パチュリーは眉を顰め、顎に手を添える。何かを見出すように。今の地震に、奇妙な不自然さを感じていた。

 

 

 

 

 

 レミリア一行が、シェフィールド、メンヌヴィル達を訊問している最中。新たな一団が、村に近づきつつあった。森を進むその姿、彼女達とは違いまさしく騎士といった風情。甲冑を纏ったメイジの一団。カリーヌ直属の妖魔討伐隊である。

 本来メイジは、甲冑など着込まない。だが、どんな状況でも戦えるようにと、カリーヌの方針でこの姿となっている。このため彼女の部下は、魔法はもちろん、剣術も磨かれていた。杖は皆、剣と兼用。もちろん予備の杖も持つ徹底ぶり。さらに今の彼らは、自分達の使い魔まで連れてきていた。総勢、21人と21匹の使い魔。

 

 そんな勇ましい彼らに、付きそう少女が一人。アミアスだ。カリーヌの側で道案内をしている。だがその表情には、焦りが浮かんでいた。一人残した姉の事で。十数人のメイジを手玉に取る妖魔の前に、残してきた事のだから。彼女の胸は、今にも潰されそうに締め付けられている。

 

 しかし、それも稀有に終わる。アミアスの視界に一人の少女が入った。

 

「おねーちゃん?」

「え?アミアス?」

「おねーちゃん!」

 

 走り出すアミアス。見慣れた姉の顔が、ハッキリ見えて来る。飛び込むように、ダルシニへ抱き着くアミアス。不思議と目元が熱くなっていた。あの頃を思い出したからか。かつて人間に捕まって、ダルシニはアミアスのためにいいように使われていた。ダルシニが外で辛い仕事をこなし、アミアスはただただ牢獄で待つ。あの暗い日々を。

 

 その暗い日々から、助け出した当人が近づいてくる。カリーヌだ。

 

「無事だったようね。ダルシニ」

「奥様!来てくれたんですか!ありがとうございます!」

「掛け替えのない友人だもの。行くなと言われても、助けに来ますよ」

 

 "烈風カリン"とかつて呼ばれていたとは思えない、柔和な笑みを返す。それに引き寄せられるように、ダルシニも自然と顔が緩む。

 だがそれもわずかな間。カリーヌの表情が、スッと厳しくなった。任を負った騎士の顔に戻る。

 

「それで、状況は?」

「あ、はい。妖魔退治のメイジは、全員捕まってしまいました」

「捕まった?殺されたんじゃなくて?」

「はい。一人も死んでません。というか、二人の妖魔はまるで遊んでいるようでした」

「…………。メイジの腕の方は?」

「トライアングルクラスもいました。戦い方も、慣れてる感じがしました」

「それを、たった二人で弄ぶ……」

 

 カリーヌは腕を組んで考え込む。やや重い顔をして。

 ダルシニとアミアスは、カリーヌ達と共に、いろんな戦いを経験している。その経験があるからこそ、戦いを見誤ったりはしない。彼女の目に、カリーヌは全面の信頼を置いていた。そのダルシニが言うのだ。これはさらに気持ちを締めていかなければならないと、強く思う。

 

 しばらくして、顔を上げるカリーヌ。

 

「アミアスは、その連中を吸血鬼ではないと言っていたのだけど」

「あ、それは私も思います」

「詳しく教えてもらえないかしら?」

「はい。あの連中は……」

 

 それからダルシニは事の経緯と、戦いの様子を話だす。それはカリーヌにとって、驚くべきもの。見た目は羽をはやした少女姿。しかし能力は常軌を逸していた。無数の光弾を撃つ詠唱なしの魔法、オークかというような腕力、風竜かというような飛行速度、あり得ない飛行軌道。どれもが、吸血鬼のそれはとは違っていた。では何かと言われると、困る。多くの冒険と言っていい旅を経験したカリーヌだが、記憶の中に当てはまるものが何もなかった。

 

 ますます厳しい表情を浮かべる彼女。眉間の皺が深くなる。

 

「他には何かいた?」

「はい。それと吸血鬼らしい妖魔と似た姿の妖魔が一人。後、メイジらしい人物が三人。他には、吸血鬼のメイドが一人です」

「全部で7人か……。その連中は、戦いに参加しなかったの?」

「遠目に見てただけです」

「十数人のメイジを相手にしても、二人で十分という事ね。その連中の能力、分かるかしら?」

「えっと……メイジの一人はガーゴイル使いです。何体か人形を操ってました。後、信じられないかもしれませんけど、メイドは瞬間移動ができます」

「瞬間移動!?なんですかそれは?」

「パッと消えて、全然違う場所に現れるんです」

「…………」

 

 またも信じがたい話。瞬間移動などというのは、単なる言葉遊びの代物と思っていたが、それが現実に存在するとは。しかも、そんな力を持った者がメイド。だとすると主の方は、どれだけの力を持つのか想像がつかない。悪魔が地上に現れた、とすら思いたくなる。

 

 唇を強く結んだまま、考え込むカリーヌ。そこに副隊長が一つ提案を告げる。

 

「隊長。村人は全て無事ですし、こうしてご友人も無事発見されました。その得体のしれない妖魔と、無理に戦う必要はないのでは?」

「そうはいきません。妖魔の目的が、ハッキリしてない。また、我らが領内で不埒を働く者を、見過ごす訳にもいかない。それに、領民のために体を張ってくれたメイジ達が、捕まっているのよ。見捨てる訳にはいかないでしょう」

「仰る通りです。お耳汚しをしました」

「いえ、あなたの考えは悪くないわ。状況によっては、逃げも一つの手です」

「はい」

 

 副隊長は下がる。

 ただカリーヌはそうは言ったものの、攻める糸口が見つからない。今までの経験から、知恵を絞りだす。そしてふと思いついた。

 

「ダルシニ。メイジ達を相手にしていた、二人の妖魔。連携して戦っていたの?」

「いえ。バラバラに好き勝手に戦ってました」

「……。もう一度確認するけど、他の連中は全く参加する気配はなかったのね」

「はい。野次馬という感じでした」

「なるほど。それともう一つ。人柄はどうだった?」

「え?」

 

 意外な事を聞かれて、ダルシニは首を傾ける。

 

「人柄って言われても……。私、妖魔と話してませんよ。遠目に見てただけですし……」

「その遠目で見て、どんな相手と感じた?」

「う~ん……。あ、そうそう。蝙蝠の翼を持った吸血鬼は、とても偉そうでした。村のみんなが向かって行ったとき、なんか宣言してましたし。この私に向かってくるとは~みたいな」

「そう……。もう一人は?」

「宝石ぶら下げた方は、子供のようでした。無邪気っていうか……」

「残りは?」

「メイドは忠義者って感じでしたよ。背筋もピシッて、してましたし」

 

 ダルシニとアミアスは、貴族の家に居ついていた事もあったので、メイドの質も見分けられた。

 

「後は、ちょっとよく分かりません。何か会話をしてたみたいなんですけど、聞き取れなくって」

「その時、残りの連中は見入ってた?それとも傍観してた?分かりづらいかしら……。そうね、興奮して見てたのかそうでないか、という方がいいかしら」

「ああ、そういう意味でしたら、傍観してましたよ」

「なるほど。ありがとう」

 

 話を聞き終えたカリーヌ。そこには最初のような厳しさが、薄れていた。それにダルシニが気づく。

 

「何か思いつきました?」

「ええ、まあ。上手くいくかは、やってみないと分からないけど」

 

 カリーヌは若い頃、"烈風カリン"と呼ばれだす頃までは、力任せの戦いが多かった。自らの魔法への自信もあった。しかし、個人の力の限界を知ってからは、戦い方が変わった。いや、広がったと言うべきか。王家の近衛であるマンティコア隊を率いる頃には、戦士としても指揮官としても円熟したものを見せていた。今のカリーヌは"烈風カリン"ではなく、むしろマンティコア隊隊長の表情をしている。

 

 その場で、対策を考えるカリーヌ達。やがて仕上がった作戦に、光明を見出す彼女達。

 方針が決まると、カリーヌは後ろを向く。力強い数々の瞳が、彼女の方を向いていた。

 

「各々が自負する力、そして忠義を示すときが来た!敵は想像を超えた存在だが、完全無欠など存在しない。私の策に従い、義務を果たせ!」

「「ハッ!」」

 

 強くうなずく部下達。覚悟を決めた騎士。戦意に満ち溢れた集団が、未知なる戦地に向かおうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 花薫る大地に、一人の女性が倒れていた。長い黒髪のしなやかな女性。その黒髪に隠れた額には、文字らしきものが描かれていた。

 やがて女性は、ゆっくりと瞼が開く。意識を取り戻す。半身を起こし、頭を二,三度振った。だんだんと頭が動きだす。彼女の名はシェフィールド。ガリア王ジョゼフの使い魔。

 

 ぼやけた頭の中から、記憶を掘り起こす。出てきたのは最後の瞬間。妖魔ともなんとも言えない連中に敗北し、捕まった。そしてその内の一人に、妙な術を掛けられ、心臓の裏から鷲掴みにされるような感覚に襲われた。だが、憶えているのはここまでだった。

 

 辺りを見回すと、花壇に花が咲き誇っている。中には見覚えのない物もある。だがどこか心地いい。この香のせいだろうか。

 

 ふと思う。自分は死んだのだろうと。

 それにしても、主のためとは言え、あれだけ人の命を奪ったのだ。地獄に落ちると思っていたが、どうもここはそうではないらしい。意外だが。自嘲気味な笑みが浮かぶ。ただ口惜しいのは、主の助けにならず、世を去った事。それだけは心残りだった。

 

 何気なく見上げた空。真夜中らしい。星々が満天を埋め尽くしていた。そして月が上がっている。

 たった一つの月が。

 

「あ!どろぼう!発見!」

 

 どこからともなく声をかけられた。子供のような声を。

 シェフィールドが思わず振り向いた先にいたのは、青いワンピースを着た少女。背に氷のような飾りを、背負っていた。羽のように。彼女は、天使なのかと思った。

 

 

 

 




 ちょっと長くなってしまいました。ただシェフィールド、幻想入りまで1話にしたかったもので。

 描写少し加筆しました。

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