ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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歓迎の晩餐

 

 

 

 

 レミリア達が、村で戦いを繰り広げている頃。残りの一行はどうしていたかというと、まるで正反対。健やかな時間を過ごしていた。

 

 ヴァリエール公爵の居城に一番近い宿場町。その町の端に、自警団の駐屯所がある。そこの奥、普段なら休憩所にまずいないであろう人物がいた。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。公爵家の三女である。穏やかな寝息を立てていた。

 公爵家のご息女ともあろうお方が、こんな煩雑とした所に何故いるかと言うと、この町に来た時には、すでに宿屋が閉まっていたから。泊まる所がなかったのだ。

 

 ルイズの帰郷。幻想郷メンバーを連れた、大人数での旅行となった。途中、レミリア一行と別れ、ルイズ達はまっすぐヴァリエール領を目指した。ただ、少しばかり予定が変わってしまい、いつも使う宿場町についたのが深夜。そんな訳で、しようがなく自警団の駐屯所に泊まっている。使い古されたベッドしかない場所だが、旅行疲れもあってぐっすり寝入っていた。

 ともかく、なつかしの我が家まであとわずか。朝になったら、待ち合わせをしているレミリア達と合流、城に向かうだけある。

 その、はずだった。

 

 突如、外から耳を裂く音が連なる。

 しかも爆発音が。

 

 安らかな眠りの時間が、粉砕される。おかげで、ルイズは目を覚ましてしまった。

 

「ん……何なのよ……?いったい……」

 

 身を起すルイズ。寝ぼけた視線を辺りに回す。だが頭も寝ぼけているので、よく状況が分からない。すると……。

 また爆発音がした。先程と同じく三回。

 

「爆発!?なんで?」

 

 さすがにぼやけた頭も完全に起きた。すかさず、ベッドから飛び降りる。服を身に着け、外に飛び出ようとした。だが逆に、入って来る人影。藤色のロングに、良く目立つうさぎ耳。月の妖怪うさぎ、鈴仙だ。

 

「ルイズさん!起きました?」

「何よ、あの爆発音!?事故かなんか?」

「えっと……。とにかく来てください!」

 

 鈴仙はルイズの手を引っ張った。そして駐屯所の外に出る。外には、ルイズに同行した天子、衣玖、文もいた。

 

 宿場町のあちこちからざわめきが聞こえる。外に出ている者、窓から顔を出している者、この町のいる全ての人間が、起きたかのようだ。無理もない。これほど大きい音が、続いているのだ。

 そして彼らは皆同じ方向を見ていた。空を。ルイズも同じく見上げる。

 

 空には星型の光が舞っていた。宿場町の者たちは、思った事を口々に漏らす。

 

「なんだ?花火か?」

「迷惑なヤツだな。こんな夜中に」

「いいかげんにしろ!」

 

 拳を上げ、空に向かって怒鳴る者もいた。一様に浮かぶ不満そうな顔。怒りの顔すらある。だが、違う顔がここに一つ。青い顔が。ルイズである。

 それはそうだろう。見覚えがあったのだ。この光景に。というか知っている。魔理沙が良く使う弾幕だ。爆発音の方はおそらく『グラウンドスターダスト』などで使う爆弾だろう。

 ルイズの青い表情が、真っ赤に変わった。激高せずにはいられない。

 

「何やってんの!魔理沙のヤツ!」

「到着の合図かもねー」

 

 天子が頭の後ろに手を組み、呑気に言う。

 

「意味ないでしょ!」

「あー、でもレミリアさんならやりそうですけどね。派手な演出好きですから。……やっぱ写らないわね。このカメラじゃ無理か」

 

 文がカメラのファインダーを覗きながらつぶやく。こっちも無関係と言いたげな態度。

 すると天子の隣にいた衣玖が、ルイズの方を向いた。

 

「とにかく、止めさせましょう。宿場町の人達の気配が、かなり険悪になってきてますから」

 

 さすがは空気を察する衣玖か。ルイズも、同じ事を考えていた。むしろ、それが当たり前。

 

「そうね」

「では」

 

 と言って、人差し指を天に上げようとした。ルイズ、また顔が青くなる。

 

「ストップ!」

「どうかしました?」

「雷撃で撃ち落とす気!?」

「手っ取り早いと思いまして」

「こんな所で撃ったら、ダメでしょ!」

 

 衣玖は比較的常識人と思っていたのだが、やはり幻想郷の住人だったかと噛みしめた。

 

「あ~もう!私が止めてくるから、あんた達はここでじっとしてなさい。何もするんじゃないわよ!」

 

 これ以上、幻想郷のメンツが何かやり出したら、騒ぎはさらに大きくなる。いや、すでになっているが。とにかくここは、ルイズ自身が出て行かなければならない。彼女はすぐに駐屯所の奥に戻ると、杖を持って戻って来る。そして空へと飛んでいった。

 

 街道上空を往復しながら、弾幕と爆弾をばら撒き続けている魔理沙。その眼前に一つのが影が現れた。ルイズである。さっそく怒号炸裂。

 

「何やってんよ!魔理沙!すぐ止めなさい!」

「あ!やっと見つけたぜ!」

「今、夜中なのよ!常識がないにもほどが……」

「それどころじゃねぇんだよ!手、貸してくれ!」

「え?どういう事よ」

「他の連中は?」

「下にいるわ」

「連れてってくれ」

「え……?うん……」

 

 魔理沙のらしくない慌てように、気圧されるルイズ。一体何が起こったのかと。叱りつけてやろうとした意気込みは、どこかに吹き飛んでいた。

 やがて天子達の元に来た魔理沙。理由を説明しだす。弾幕をばら撒いていたのは、ルイズ達を見つけるためだったと。狭くはない宿場町を、イチイチ探している暇がなかったのだ。

 それからすぐに、一行は飛んでいった。白黒魔法使いに追い立てられるように。

 

 魔理沙に先導され、空を進むルイズ達。ルイズは、魔理沙の箒の後ろに乗っていた。途中、彼女の説明が始まる。それを耳にしてルイズは、思わず大声をあげていた。

 

「レミリアがやられたぁ!?」

「ああ」

「信じらんない……。いったいどうやって?」

「それが分からねぇ」

「そもそも相手は誰?」

「シェフィールド達だぜ。ロンディニウムの時のメイジもいた」

「え!じゃぁ、アルビオンの連中!?」

 

 さらに驚きを増すルイズ。アルビオンの連中が何故こんな所にと。いや、今トリステインはアルビオンと戦争中なのだ。何をしに来ても不思議ではない。ろくでもない事には、違いないだろうが。

 ただそれにしても、相手がシェフィールド達とは言え、レミリアが倒されるとも思えなかった。その答えは、すぐに魔理沙から出る。

 

「けどシェフィールド達にやられた訳じゃないぜ。逆に捕まえた。だがな、その後、別の連中が来た。レミリアはそいつらにやられちまった」

「もしかして、村人が呼んできた軍か何かじゃないの?」

 

 眉をひそめるルイズ。魔理沙の話によると、村に到着した直後に一悶着起したようなので、そう考えたのだ。しかし、魔理沙の厳しい表情は変わらない。

 

「いや。先住魔法の使い手がいたぜ」

「先住魔法!?じゃぁ、まともな軍じゃないわね」

 

 ふとルイズは思い出す。シェフィールドは実はガリア王の使い魔。そしてガリア王はエルフと手を組み、何かを企んでいる事を。

 

「まさか……エルフがいる?シェフィールド達を助けに……とか」

「かもしれねぇ。とにかく急ぐぞ。今、パチュリー達が相手を引きつけてる。あいつらが耐えてる内に、方をつけねぇとならないぜ」

「うん!」

 

 ルイズは、杖を強く握り締める。異界の友人を助けるため、気持ちを引き締めた。そして飛びながら策が練られる。

 

 かなりの高速で飛んだおかげで、それほど経たずに目的の村が見えてきた。村の中心には、飛び交う光が見える。花火のように目立つ。弾幕だ。その光が、周りを飛ぶ竜騎士を露わにしている。さらに畑のなかほどに、何人かの兵も確認できた。

 魔理沙が安堵の声を漏らす。

 

「なんとか間に合ったらしいな」

「そうね」

 

 振り返ると魔理沙は、後に続く連中に声をかけた。

 

「んじゃぁ、頼むぜ!手筈通りにな!」

 

 素直にうなずく者、肩をすくめる者、不敵な笑みを浮かべる者。リアクションはバラバラだが、全員が一斉に散った。

 

 竜騎士を衣玖の雷撃が襲う。

 敵兵の足を、天子の地震が止める。

 レミリアを、鈴仙の魔眼が森の暗闇から探す。

 兵と先住魔法の使い手の両方に備え、文が森と村の間に位置する。

 そして魔理沙とルイズ。『エクスプロージョン』で賊を包囲した。

 

 撃ち落とされた竜騎士。動きを止めた敵兵たち。ルイズは彼らを、空から見下ろした。

 

「アルビオンの賊共!ウチの領内で、何やってんの!悪事なんて絶体許さないわ!ただじゃ、済まないから覚悟しなさいよ!」

 

 祖国の、友人の敵を、撃ち滅ぼさんとばかりに。

 

 だが、

 

 おかしなものが目に入った。どこか見覚えのある甲冑が。急に妙な違和感が浮かんでくる。何やら寒気を伴って。

 ゆっくりとパチュリー達の側に降りて来る魔理沙とルイズ。降下しながら、ルイズの嫌な予感は、益々強くなってきていた。敵兵の中心にいる騎士の姿に。

 

 この額に滲む汗はなんなのか。冷たさを感じる背筋はなんなのか。だが、異様な感覚ながらも、どこか覚えがある気がしていた。それが余計に気味悪い。

 

「そ、そうだわ。きっと、あの中身はエルフよ。うん。虚無の力が、宿敵を感じてるのよ。そ、そうに違いないわ」

 

 なにやら独り言をブツブツいいながら、自分を納得させているルイズ。しかし、肌が逆立つのは止まらない。

 

 箒は大地に着く。降り立つ魔理沙とルイズ。目の前に剣を構えたままの騎士達。まだまだ闘気は失っていない様子。だが、その中で一人だけ、違う態度の者がいた。剣を鞘に納め、戦う姿勢を見せない者が。その騎士こそ、まさしくルイズが悪寒を感じた相手。

 その人物はゆっくり足を進めだした。魔理沙達の、いや、ルイズ個人の方へ。

 

 ルイズ。ぐるんぐるんと視界が回りだす。近づくほどハッキリしてくる、相手の見覚えのある甲冑。そして体を刺すような気配。ルイズの全身が叫んでいた。間違いない。これは……。

 

 やがて騎士は足を止めると、兜を脱いだ。そこに現れたのは、ルイズによく似たピンクブロンドの中年女性だった。

 

「久しぶりね。ルイズ」

「か、か、か、か、か……」

 

 言葉がまともに出ない。口は呼吸困難にでもなったかのように、震えている。瞼がなくなったかのように目は見開き、汗腺という汗腺から冷や汗が湧き出て来る。背筋は固まり、石にでもなったかのよう。

 

「母さま!」

 

 破裂するように出てきたその言葉。肉親を指すその言葉。それに返って来たのは、周りからの一斉の驚愕。

 

「「「えーーーーっっ!?」」」

 

 魔理沙達も、カリーヌの部下達も同じく叫んでいた。

 

「どういう事だよ!ルイズ!」

 

 だがルイズ、石化を喰らったかのように動かず。次に魔理沙、彼女の耳を引っ張って怒鳴る。

 

「返事しろ!」

「え!?ええっ!?」

「かーちゃんなのか!?」

「あ、あの……その……。私の母さまよ……」

「マジか?」

「う、うん」

「……」

 

 魔理沙、停止。さらにパチュリーやアリス、こあも、この状況には誰もが唖然。一体、この状況はなんなのかと。どういう経緯で、こんな事にと。アリスはもちろん、そう感情を露わにしないパチュリーですら、間の抜けた表情を浮かべていた。

 

 一方のカリーヌ達。部下たちがカリーヌに言い寄る。

 

「隊長!やはり……ご息女……。ルイズ様なのですか!?」

「そうですよ。見紛おうはずもありません」

「なんと……」

 

 言葉のない部下たち。実はルイズの姿が見えた時から、なんとなく気付いてはいた。彼らは、ヴァリエール家の選りすぐりのメイジ達。一家の顔は知っていた。だが妖魔と共にいるという点が、彼らを困惑させ、見た物を信じさせずにいた。

 

 カリーヌはルイズの方に向き直る。ルイズが見上げたその顔は、いつもの怒る時とは違う。やけに冷静。だが、それが余計に恐ろしい。

 

「ルイズ」

 

 母親から掛けられた自分の名前。だがそれは、金縛りの呪文かのよう。ピンクブロンドのちびっこは、直立不動の姿勢で動かず。

 

「は、はい!」

「説明してもらおうかしら。何故あなたが、ここにいるのかを」

「そ、それはその……。戦ってるメイジ……アルビオンの間者を懲らしめに、友人と共に……」

「アルビオンの間者?なんですかそれは?」

「えっと……」

 

 見上げる先には母達しかいない。その間者とやらを探そうとした目線は、辺りを舐めるばかり。肝心のシェフィールドを探すが、どこにも見当たらない。もちろんフランドールが吹き飛ばしたので、見つかるはずないのだが。

 カリーヌは相変わらず感情を抑えて語る。

 

「戦ってるメイジとは私達の事かしら?」

「いえ、その……」

「あなたはアルビオンの間者である母達を退治するために、妖魔を率いてやってきたという訳ですね」

「ち、ち、違います!母さまがアルビオンの間者ではありません!そのシェフィールドがいるって、聞いてたんで……。あ、後、か、彼女達は妖魔じゃなくって、妖怪です」

「シェフィールドやら、ヨーカイやら……。一体何を言っているの?」

 

 意味不明な説明に、聞き覚えのない単語の羅列。娘の言葉に、カリーヌの視線は厳しさを増す。

 

「ルイズ。まさか、はぐらかそうとしているのではないでしょうね。母に向かってそのような真似は許しませんよ」

「あ、いえ、その……」

 

 ルイズ、すでに頭の中が沸騰状態。何も思いつかない。整理がつかない。もはや言葉すら思い浮かばない。一方のカリーヌ。娘が大きな過ちを犯してしまったのではという想いが過る。少なくとも、妖魔の集団を伴って来たのだから。

 月夜の中。当人の二人はもちろん、周りの幻想郷メンバーもカリーヌの部下たちも、困惑するばかりだった。

 

 そんな中にふらりと近づいてくる影一つ。七曜の魔女、パチュリー・ノーレッジ。さっきの驚きはどこへやら。動じた様子はもうなかった。

 

「一つ聞きたいのだけど、そういうあなた達は何しに来たの?」

 

 カリーヌの顔がパチュリーへ向いた。敵意を含んだ視線が、飛んでくる。

 

「お前たちが、村人を襲い、さらに村を救いに来たメイジ達を倒したからだ。土地を収める者として、そのような集団を許す訳にはいかない」

「村を襲ったとは、なんの事かしら?」

「とぼけるつもりか?吸血鬼に襲われたとの証言を得ているぞ」

 

 言い分を耳にしたパチュリー、わずかに眉を伸ぶ。すると雑談でも始めるように口を開いた。

 

「ああ、その事。それは連中が、勘違いしたのよ」

「何?」

「ウチの子が吸血鬼かって聞かれたから、冗談半分にうなずいたの。そうしたら、勝手にパニックになってね。武器持って向かってきたのよ。そこからは、売り言葉に買い言葉。けどそこまでよ。ちょっと脅かしたら、全員逃げちゃったから。死んだり、怪我した村人はいなかったでしょ?」

「…………」

 

 言われてみればその通り。だが、こんな説明で、カリーヌの不信が消えるはずもない。

 

「単に逃げ切っただけの話。取り立てて不思議ではない」

「あなた達、レミリアと遣り合ったんでしょ?逃げ切れると思うの?」

「…………」

 

 確かに、あの尋常ではない速度で飛ぶ妖魔から、ただの村人が逃げられるとは思えない。

 厳しかったカリーヌの表情が変わっていく。何やら、腑に落ちないという顔つきに。そして一つ咳払い。

 

「では、誤解を解こうとしなかったのは何故だ?」

「旅の途中だったからよ。所詮は一見。面倒だもの」

「…………」

 

 筋の通る説明だった。

 それにしても、相も変らぬ紫寝間着のメイジらしき少女。この状況で、緊張感も動揺もまるで感じさせない。ひどく落ち着いた仕草。見た目の年齢とは、かけ離れた態度。

 

 ふとカリーヌ。少々異質なものを感じ始めていた。妖魔かどうかは別にしても、何かおかしい。奥へと目を向けた。後ろにいる妖魔と思われた連中に。よく見れば、かなり変わった格好をしている。ハルケギニアではあまり見ないような。いや人間だけではない。吸血鬼や翼人、服を着ている妖魔達ともまるで違う。"ヨーカイ"。ルイズが言った言葉が、カリーヌの脳裏に浮かんできていた。

 

「お前たち……一体何者だ?」

 

 見定めるような目が、変わった姿をした連中に向かった。

 するとまた一人前に出てくる。赤いカチューシャをした、商家の娘らしき少女が。これまた、かわいらしい容姿らしからぬ落ち着きがある。

 

「魔法使いよ」

「魔法使い?メイジだとでも言うのか」

「似たようなものね。ただしハルケギニアじゃないわ。東方、ロバ・アル・カリイエのね」

「何?ロバ・アル・カリイエ!?」

「それに、こう見えても王家の賓客よ」

「な!?なんだと?」

 

 さすがのカリーヌも、これには驚かずにはいられない。妖魔と思っていた連中が、まさか王家と繋がりがあるとは。

 

 彼女のそんな驚きを他所に、アリスは鞄から書類入れを取り出す。そして広げた。

 アリスと魔理沙はトリスタニアによく行くので、トラブルを避けるため常に携帯していたのだ。

 

「王家の証書よ。なんなら王宮に問い合わせてもいいわ」

「……!」

 

 カリーヌは渡された書面を目にし、言葉がない。

 証書の書式は王家のもの、サインは見覚えのあるアンリエッタのもの、印章も王家のものだった。紛れもない本物である。さらに貴族と同等に扱う事が記されている。やがて部下たちも目にするが、ただただ唖然とするだけ。ペテンにかけられたかのような、惚けた表情が並ぶ。

 

「これは……。では、お前……あなた方は本当に王家の賓客なのですか」

「そうよ」

 

 あっさりうなずくアリス。

 しかしまだ納得いかないカリーヌ達。大きな問題が残っていた。

 

「羽が生えていた者がいました。あれはなんなのですか?まさか、ロバ・アル・カリイエでは、あれも人間と言うのではないでしょうね」

「あれは飾りだぜ」

 

 次に白黒魔法使い、魔理沙が答える。こっちはふてぶてしい表情で。

 

「な、レミリア」

 

 と、魔理沙が声をかけた先、そこにはレミリア、フランドール、咲夜、鈴仙の姿があった。ゆっくり飛びながら、パチュリーの側まで降りてくる。レミリアはパチュリーに声をかけた。

 

「終わったの?」

「だいたいね。それで、ちょっと頼みがあるのよ。レミィ、羽消して見せて」

「何で?」

 

 疑問を口にしたレミリアだが、すぐに得心顔になる。パチュリーの向こうに見えるルイズが、祈るような懇願した表情になっていたので。

 吸血鬼は肩をすくめると、仕方なくうなずいた。するとフッと霞むように、彼女の蝙蝠羽が消えた。

 

「な……!」

 

 またも驚きの声を上げるカリーヌ達。さっきからずっとこの調子。

 しかし、まだまだ疑問は残っている。特に、この目の前の少女には。

 

「彼女は、首を落とされたのに再び繋がりました。それは、どう説明するつもりです?」

「あー、それはだなぁ……。幻術だぜ!」

 

 魔理沙、箒を槍の様に突っ立てて答える。堂々と。自信あり気に。カリーヌ、目を細め眉間に皺。またも受け入れがたい理由。やけくそなこじつけ理由にしか取れない。

 

「幻覚だとでも、いうのですか?」

「そうだぜ。と、言っても信じられないよな。論より証拠だ。鈴仙」

 

 白黒魔法使いは、月うさぎに声をかける。

 

「何?」

「幻覚が見たいんだってさ。なんか適当なのかけてくれ」

「う~ん。何か見たいものがある人!」

 

 うさぎ耳の少女は、手を上げて呼びかける。返事に困るカリーヌ達。お互いの顔をみやって、黙り込む。なかなか話が進まないので、月うさぎは勝手に一人を指さす。

 

「では、あなた!」

「お、俺が!?」

「こんなのは、どうでしょう」

 

 鈴仙の瞳が赤く光る。視線を囚われるカリーヌの部下。すると、突然叫びだした。

 

「な!何故、あなたがこんな所に!?どうしたと言うんです!?いや、待て……。そんな馬鹿な!?」

 

 うろたえる部下。だが周りの者達には訳が分からない。彼の視線の先には、誰もいないからだ。だが、それはすぐに収まる。何かを見失ったかのように、彼は周囲を見回した。

 

「え……?あの人は……?」

「どうでした?初恋の人に出会った感想は?」

「初恋!?では……、今のは……」

「ええ。幻です」

「な……」

 

 茫然とするしかない。カリーヌ達は仲間の様子を見て、幻術の存在を信じるしかなかった。

 

「どうやら、方はついたようですね」

 

 空から軽い声がする。文だ。その脇に二人の少女を抱えていた。ダルシニとアミアスだった。文は地上に降りると、二人を離す。ダルシニとアミアスは立ち上がると、文に頭を下げる。

 

「どうも、ありがとうございます。それじゃ後の事、お願いします」

「任せてください。そちらも取材の件、後でお願いしますよ」

「あ、はい」

 

 いつのまにか、戦っていた相手と懇意になっている文。さすがは新聞記者と言うべきか。

 カリーヌ達の方も、この様子を見て、どうにも全身から力が抜け落ちる感覚に襲われる。今となっては、長らくあった闘気はすっかり抜けていた。カリーヌ側に、死人も重傷者もいなかったのも理由の一つだが。

 

 だがまだ疑問がある。いや、そもそもの話が。カリーヌは、あらためてルイズへ向く。

 

「ルイズ。どうやら多くの誤解があったようね。でもまだ疑問は残ってるわ。あなたの言った、アルビオンの間者とやらは何?」

「詳しい事は後で話しますが、彼女達と戦ったメイジの中にアルビオンの間者がいたのです」

「それでは……妖魔退治の専門家と言っていた者達が、アルビオンの間者?だとしても何故、あの方達と戦う事に?」

「それは……ちょっと分りません」

 

 こう答えたが、ルイズにはなんとなく想像はついていた。おそらくアンドバリの指輪からみではないかと。だが所詮は推測。それにあの件はアルビオン戦に関係する事もあり、極秘事項になっていた。簡単には話せないのだ。

 

「では最後に。そもそもあの方達と、あなたが共にいたのは?」

「えっと、彼女達が、我が家へお招きするお客様だからです」

「それじゃ、あなたがお世話になったという……」

「はい」

 

 うなずくルイズを目に収めると、あらためてカリーヌはパチュリー達を見た。新たな驚きと共に。

 つまり、ここにいる連中は、ロバ・アル・カリイエどころか、さらに遠く異界の住人達なのだと。それが分かると、カリーヌの表情が緩む。ようやく納得がいったと。今まで感じていた異質さに。

 

 やがてパチュリーが口を開く。

 

「後で詳しい事は説明するわ。えっと……」

「カリーヌ・デジレ・ド・マイヤールと申します」

「私はパチュリー・ノーレッジ。それでアルビオンの間者だけど、全員捕えてあるわ」

「そうですか。この国の臣下として、感謝を申し上げておきます」

「とにかく、あの連中を連れて行ってもらいたいのよ。放置しておく訳にもいかないし。たぶん抵抗はしないわ。術を掛けてあるから」

「分りました。いずれにせよ、今回の件については、もう少し落ち着いた場所で、話しましょう」

 

 カリーヌは部下に指示を出す。撤退準備と、メイジ達、捕虜の移送を。部下たちはさっそく動き出す。幻想郷メンバーも動きだした。ただ違う態度の者が一人。こあだった。神妙な顔つきで村長宅を見ている。

 

「あれ?」

「どうかした?こあ」

「あの……メンヌヴィルって人……いなくなってますよ」

「え?」

 

 思わず声を上げるパチュリー。魔理沙が急いで、家の中を覗き込む。振り返ると声を張り上げた。

 

「いねぇ!逃げられた!」

 

 渋い顔の面々。盲目のメンヌヴィルは、一人だけレミリアのチャームが、かからなかったのだ。この騒ぎの中、逃走に成功したらしい。辺りをこあ、レミリアや鈴仙、夜目が利くものが見渡したが、すでに姿はなかった。やむを得ず、彼は手配書で対応する事になる。

 

 準備が終わった頃。カリーヌはルイズに声をかけた。

 

「ルイズ。あなたは日が昇ったら、お客様をご案内しなさい。いいですか、正門から入るのですよ。ヴァリエール家として、正式に迎えなければなりませんからね」

「はい」

 

 つまり、一旦ここで別れて、あらためて顔合わせという訳だ。

 いよいよ出発かと、ルイズは天子達の方へ向かおうとする。するとカリーヌは、最後に一つ。

 

「ルイズ。私はあなたの手紙に、自分がホストとなってお客様をお連れすると書いてあったわね」

「はい」

「今回の騒ぎ。あなたが全員をしっかりお連れすれば、起こらなかったのではないの?」

「えっ……」

 

 すっかり安心していた所に意表。しかも、こればっかりは言い返せない。レミリア達が別行動をとる事は、ルイズ自身も勧めてしまったからだ。アンリエッタの謁見を阻止するため、レミリアのマナー勉強時間を削ろうとして。

 カリーヌは、ルイズのよく知った顔になっていた。怒る時の顔に。

 

「城に帰ったら、その話も聞くとしましょう」

「は、はい……」

 

 厄介事も終わり、ゴタゴタから解放されたと思ったのも、わずかな間だけだった。ルイズ、さっきの気分はもう消え失せていた。

 

 

 

 

 

 日が傾きかけた夕刻。宿場町から、ヴァリエール家の居城へ向かう、数台の馬車。ルイズと幻想郷メンバー御一行様である。城下に入り、しばらく進むと、緋色に染まった城壁と巨大な門が見えてきた。

 フランドールが窓に張り付いて外を見る。

 

「すごいよ!お姉さま。紅魔館よりずっと大きい」

「そ、そう見えるかもしれないわね。ひ、光の加減じゃないかしら?」

 

 レミリア、ほほを引くつかせる。しかも、あえて外を見ない。いや、時々瞼を開けてチラッと見ているが。そのわずかな間に見えるもの。湾曲しているせいもあるが、どこまで続いているのか分からない壁。少なくとも、紅魔館とは比較にならない。レミリアも話には聞いていたが、まさかここまで大きいとは思わなかった。精々一、二回りくらいだろうと。見栄っ張りなお嬢様には、少々ショックな光景である。

 

 すると助け船が出て来る。咲夜だ。笑顔を絶やさず、優しい声で。

 

「お嬢様、これはきっと、城下町を囲む第二の城壁ですよ。そうですよね。ルイズ様」

「…………」

 

 フォローを頼むような咲夜の問いかけ。しかしルイズ無反応。というか、手を組んで神妙な顔をしていた。レミリア達も彼女の方を見る。

 

「ルイズ?」

「え!?な、何?レミリア」

「どうしたのよ、さっきから黙り込んじゃって」

「だ、だって……」

 

 言葉を途切り、外を見る。よく知った正門が目に入る。ついでに、緊張で眉間がかすかにざわめく。

 ますます訳が分からないレミリア達。咲夜が心配そうに尋ねる。

 

「お加減がよろしくないのですか?昨晩は、何かと騒がしかったですし」

「そうじゃないわよ」

 

 ルイズの顔は、相変わらずの余裕がない。レミリアが不思議そうに尋ねる。

 

「じゃぁ、何よ」

「母さまよ」

「それがどうかした?」

「絶対、怒られるわ!母さま、ホント、怒ってたもの!どんなお叱りされるのか……」

「そんなの言い返せばいいじゃないの。そうだわ、決闘で白黒つけましょう。こっちの決闘はまだ見てないし、それも面白そうだわ」

 

 お嬢様、ルイズへの助言がいつのまにやら、自分の希望にすり替わっていた。

 

「出来る訳ないでしょ!あ~、なんであんなしょぼくれた村に、寄ったのよ!」

 

 ルイズ、半ば八つ当たり。しかしレミリア動ぜず。

 

「気が向いたからに、決まってるでしょ」

「う……」

 

 何言い返そうとしたが、やめた。レミリアの相変わらずの態度に気が削げた。それに、ここで喚いた所で状況は変わらないし、彼女が悪いという訳でもない。あえて言うなら、運が悪かったのだ。少なくともルイズに取っては。一応咲夜が、とりなしてみるとは言っていたのがせめてもの救い。

 

 やがて城門をくぐり、居城の正面玄関で馬車は止まる。降りる一行。それを執事のジェロームが迎える。各々は部屋に案内され、これからの晩餐を待つことに。その間、テキパキと動くヴァリエール家の使用人たちを見て、レミリアはちょっと羨ましかったりする。自分所の妖精メイドは、使い物にならないので。もっとも口には出さなかったが。

 

 さて、一方、迎える方のヴァリエール夫妻。妻の無事な帰還に、頬を緩ませる公爵だったが、その後語られた経緯に顔をしかめていた。

 

「皆が無事だったのは何よりだが……。例の異界の者の上に、アルビオンの間者か……」

「間者の方は、牢獄に捕らえ部下に訊問をさせています。ただ間者というには、拍子抜けするほど素直に話してますけど」

「手ごたえのない相手だな。本当に間者なのか?」

「ルイズはそう言ってます。それに、彼らには魔法がかかってるようですよ。そのせいもあるのでしょう」

「異界の客人のか……」

「はい」

 

 ますます難しい顔の公爵。

 異界の住人と直に戦ったカリーヌの話は驚くべきもの。しかもそれが王家の賓客とは。おとぎ話かと思いたくなる。しかし、事実なのだ。仮にも愛妻が体験した事なのだから。

 ヨーカイと呼ばれていた客人、アルビオンの間者、他にもワルドの件などもある。これからの晩餐は、少々気の重いものになりそうだと公爵は頭を抱えた。

 

 晩餐に選ばれた部屋に、一同が集まっている。

 ヴァリエール家からは、公爵、カリーヌ、エレオノール、カトレア、そしてルイズ。一方、幻想郷メンバーは、魔理沙、アリス、レミリア、フランドール、パチュリー、咲夜、こあ、天子、衣玖、文、鈴仙。合わせて16人。さらに執事ジェロームをはじめとした使用人たちが、周りに控えている。相当な人数がこの部屋にいた。

 だがこの部屋、人数にしては少々手狭だった。

 

 ともかく晩餐は始まる。家族構成と名前のみの簡単な自己紹介にはじまり、次々と並べられる料理、他愛ない雑談が続く。母親に怒られるとビクビクしていたルイズも、いたって温和な表情をしているカリーヌに一安心。もちろんカリーヌの笑顔は社交辞令。少なくとも幻想郷の面々は、ヴァリエール家の賓客として迎えているのだから。

 

 ところで、エレオノールとカトレアは、幻想郷メンバーは遠方から来たルイズの恩人で、変わった客としか聞いていない。そのため客を迎える普通の対応をしていた。もっともエレオノールは、いかにも怪しい彼女達に、不信感を抱かずにいられなかったが。カトレアの方はというと、久しぶりに会ったルイズに質問攻めだったりする。

 一方、ヴァリエール夫妻。談笑に交えながらも、観察するように彼女達を見ていた。得体の知れない力を持った異界の者。村人の言った吸血鬼という言葉。だが彼女達は、態度や性格の問題はあるもののいたって普通。吸血鬼と言われたレミリア達も、平然と食事をしている。吸血鬼の友人を持っている二人。この光景を、どう受け止めるべきか正直戸惑っていた。

 

 時間も経ち、一通りコースも終わる。楽しい晩餐もここまで。最後に紅茶が配られた。

 公爵は紅茶を飲み干すと、軽く右手を上げる。それにジェロームが反応。わずかにうなずく。それが合図となって、使用人達のほとんどが、部屋を出て行った。残ったのはジェローム他、わずかなメイド。しかも長年勤めた者ばかり。

 

 部屋の空気が変わっていた。歓迎の空気は霞み、奇妙な緊張感が漂っていた。さっきまで朗らかに会話を進めていた公爵の顔つきも、わずかに引き締まったもとになっている。

 

「ルイズの恩人の方々。父親として、あらためて礼を言わせていただこう」

「気にする事ないわ。私も、ルイズとの付き合いは何かと楽しかったし」

 

 レミリアが代表とばかりに言葉を返す。紅茶を口にしながら。

 

「そう言っていただけると、ありがたい。ただ、一つお聞きしたい事があるのだが、よろしいかな?」

「かまわないわよ」

「ルイズは、どのような恩を受けたのかな?この子は、ハルケギニアに連れ帰ってもらった事は言うのだが、彼の地でどのような恩を受けたのか話さないのでね」

 

 公爵の問いに、思わずルイズは立ち上がった。少し慌て気味に。

 

「と、父さま!えっと……それは……その……!」

「ルイズ。周りをよく見なさい」

「え?」

 

 カリーヌの言われるまま、辺りを見回す。少なくなった使用達。だが誰もが、長年勤めこの家に忠誠を誓ったという者ばかり。すなわち、ここで話した事は外には出ないとい事だ。手狭な部屋を選んだのは、これが理由だった。

 ルイズ。息を飲む。彼女としては、なんとか無難にこの場はやり過ごしたかったのだが。幻想郷では、確かに貴族としてみっともない事もした。しかしそれよりも、彼女達の素性が明らかになる方が不安だった。

 残されたエレオノールやカトレア。こちらは、なんの事情も知らない。彼女達は、余計に混乱していた。

 

 公爵に問われた幻想郷のメンツ。もちろん彼女達も、この部屋の妙な緊張感は感じていた。するとレミリアはカップを置くと、スッと立ち上がる。

 

「回りくどい話し方するのね。それとも、それがこっちのマナーなのかしら?」

「では、話してくれるのかね?」

「と言うより、まずはこれが知りたいんじゃないの?」

 

 言葉が途切れた瞬間。

 少女の背中に羽が現れた。形を成した。赤黒い蝙蝠の翼が。

 

「こあ。あなたも背負ってる物、置きなさい」

「でも……」

「置きなさい」

 

 こあは晩餐の最中でも、なんだかんだと理由をつけてリュックを下してなかった。こあは主の方へ顔を向ける。パチュリーはわずかにうなずいた。

 下されたリュック。そこから出てきたのは、またしても蝙蝠の翼。

 さらにレミリアは文にも注文。

 

「烏天狗。あんたもよ」

「私もですか?まあ、いつもご贔屓にしていただいてるレミリアさんの頼みですから」

 

 今度は現れたのは黒い翼。まさしく烏の羽。

 目を剥く長女と次女。エレオノールは思わず立ち上がる。青い顔をして、レミリア達を指さしていた。

 

「と、父さま!よ、翼人です!こ、この者達は妖魔です!ルイズ!なんてものを招き入れたのよ!」

「ルイズ!これはどういう事なの!?」

 

 猛獣にすら接してきたカトレアも、この異形の存在には不安を抑えきれない。

 しかし動揺している二人に、静かに制止が入る。母親、カリーヌだった。

 

「落ち着きなさい。エレオノール」

「で、でも!」

「席に戻りなさい」

「その……は、はい……」

 

 全く動じない両親。エレオノールは不安げながらも座りなおす。カトレアも気持ちを落ち着かせる。

 カリーヌは、少しばかり口元を緩めると、レミリアの方に視線を送った。

 

「やはり飾りでは、なかったようですね」

「ええ。見えなくできるだけよ」

 

 こうもあっさりレミリア達が正体を明かしたのは、実はルイズから説明を受けていたからだ。ラ・ロシェール戦直後、行軍中の両親に会った時に、つい幻想郷の事を話してしまった事を。実家に招待する以上、その話がおそらく出ると。

 

 カリーヌは娘たちの慌て振りを他所に、落ち着いて問いかける。

 

「ルイズは、あなた方をヨーカイと言いました。それはなんなのです?」

 

 それに答えたのは七曜の魔女。

 

「まずその前に。世界がいくつもある。という概念は分かるかしら?」

「異界ですか」

「分かるなら話は早いわ。私達は、ハルケギニアとは全く繋がりのない幻想郷という土地からやってきたの」

「幻想郷……」

「そこでは、こっちで言う妖魔のようなもの、妖怪から、妖精、神、悪魔、天人……天使のようなもの、そして人間が共存してるの」

「……なんというか、童話のような世界ですね」

 

 そう考えるのは公爵やエレオノール、カトレアも同じ。いや、彼女達の力を直に見てないだけに、余計にそう思った。

 カリーヌの問いにパチュリーが、独り言のように答える。

 

「ま、口で言っても、すぐには理解できないでしょうね」

「ええ」

「実物を見たほうがいいでしょう」

「実物というと……」

「ルイズの言った通りよ。ここにいる私達のほとんどは、人間ではないの」

「……!」

 

 またも妙な緊張感が、この場を包む。それにかまわずパチュリーは話を続けた。わずかに笑みを湛え。

 

「あらためて自己紹介といきましょうか」

 

 彼女達の口から出てきたものは、ルイズを除いた一家には驚くべきもの。吸血鬼に、人外のメイジ、人間のメイジとメイド、悪魔に天使、烏の妖怪、さらに宇宙妖怪。驚きを通り越して、バカバカしいくらい。特にエレオノールは一番奇妙な顔をしていた。驚いているのか呆れているのか表現しづらいもの。顔面神経痛かというように、眉やら頬やらが引くついている。

 一方、それをレミリアは楽しそうに眺めていた。人外と聞いて、ここまで驚く人間を見るのは久しぶりなので。

 

「なんなら余興で、何か見せてもいいわよ」

「うん。それ面白そうじゃないの」

 

 何故かその話に乗る天子。こっちも楽しそう。レミリアは口元を不敵に緩ませた。

 

 ぶわっ。

 

 突如、霧化。姿が見えなくなった。そしてすぐに元へと戻る。

 天子はというと、軽く上を指さした。

 

 どん。

 

 頭の上に2メイルほどの要石が、突然出現。

 

「う、うわっぁ!」

「き、きゃぁぁ!」

 

 さすがの年期の入った使用人達も、いつもの落ち着きはどこへやら。部屋の端へと逃げ出す。だが部屋の中で、一番落ち着きをなくしていたのはエレオノール。椅子からずり落ちると、部屋の端へ脱兎。

 

「と、と、父さま!母さま!あ、あ、あ、あれ!」

 

 叫びなら体を探るが、晩餐なので杖は持ってきていなかった。余計に血の気が引いていく。もっともおかげで、芸を見せたお嬢様と天人は、ますます大喜び。

 動揺と混乱で溢れる晩餐の間。さすがにルイズが立ち上がった。

 

「だ、大丈夫です!姉さま方!レミリア!天子!やめなさいよ!」

 

 彼女の怒声。わがまま人外を放っておいては、収拾がつかなくなる。

 それに合わせるように閃光と轟音。

 天子、電撃で煙を上げて、突っ伏していた。もちろん衣玖の雷。

 

「総領娘様。戯れもほどほどに」

 

 しかし衣玖の電撃は逆効果。余計騒ぎが大きくなっていた。喚くエレオノール、怯えているカトレア、少々引きつり気味な顔の公爵、壁に張り付く使用人達。そして頭をかかえるルイズ。

 幻想郷メンバーの引率者は、喚きたてる。

 

「もう!能力禁止!」

「あら、悪くない余興じゃないの」

「レミリア!」

 

 揺るがぬお嬢様。歯ぎしりするルイズ。状況は余計悪化。

 すると、すかさず咲夜がレミリアに耳打ち。

 

「ホストを不快になさるのは、スカーレット家当主としての品格が疑われますわ」

「うっ……」

 

 お嬢様の表情が急に冷めていく。やがて落ち着いた風情を見せた。席にゆっくり座る。額に汗を浮かべ、ごまかすように紅茶を一口。

 

「ちょ、ちょっとはしゃぎすぎたかしら。失礼したわ」

「…………」

 

 あきれる他の幻想郷の面々。対する、わずかばかりに落ち着きを取り戻すヴァリエール家一同。その中で、最初に公爵が口を開いた。

 

「いや、その……十分伝わったよ。幻想郷とやらは。うむ」

 

 なんとも微妙な笑みを浮かべている。無理矢理、場を和ませるような。

 しかし、それで治まらなかった者が一人いた。落ち着きを取り戻したエレオノールだ。

 

「と、父さま!あのような者たちを、客人として迎えていいのですか!ヨーカイだかなんだか知りませんが、人間でない事は確かです!トリステインの公爵家として……」

「もう決めた事だ」

「でも!」

 

 引かないエレオノール。彼女自身は特に信心深いという訳ではないが、それでも人外を公爵家が迎えるというのには抵抗があった。むしろ一般的なハルケギニアの人間の反応だった。だが、そこに薄ら笑いを浮かべる烏天狗。

 

「おや?こちらでは、人外を迎えないのですか」

「あ、当たり前よ!王家に繋がる我が家が、訳のわからない者たちを迎え入れる訳にはいかないわ!」

「おかしいですねぇ。先ほどまで……」

 

 文がそこまで言いかけたところで、公爵の強い声が届く。

 

「ミス・シャメイマルアヤ」

「何でしょう?」

「ここは控えてもらえないかな」

「……。ま、いいでしょう。借りを一つという事で」

「うむ。娘が失礼した。あなた方は我が家の客人だ。出来うる限りもてなそう」

 

 公爵は両手を大きく広げ、歓迎すると言いたげな態度を取る。不満そうだが、黙り込むエレオノール。当主である父が言うなら、従うしかなかった。

 文が言い出そうとしたのは、ダルシニとアミアス、双子の吸血鬼について。公爵夫妻は、彼女たちについて娘達に話していなかったのだ。弱みを突いてくるのは、さすがはパパラッチか。

 

 今度はレミリアが口を開く。

 

「じゃぁ、非礼の詫びという訳ではないのだけれど、さっそく一つ頼みを聞いてくれないかしら?」

「何かな?」

「血をいただけない?」

「!」

 

 落ち着きかけた空気が一斉に、張りつめる。しかし、それに平然と答える少女が一人。ルイズだ。雑談でも交えるように語る。

 

「なら、私の血あげるわよ」

「ル、ルイズ!あなた何、言い出すの!」

 

 カトレアが慌てて、止めに入る。無理もない。ハルケギニアに住んでいる者なら、吸血鬼が血を貰うという意味は、誰もが分かっていた。だが、ルイズに慌てる様子はまるでない。

 

「大丈夫よ。ちい姉さま。レミリア達は、人に牙立てたりしないし」

「え?」

 

 呆気にとられるカトレア。ヴァリエール一家も皆、同じ。咬みつかずに、どうやって血を吸うというのかと。そんな一家を余所に、レミリアは首を振る。

 

「悪いけど、相手はこっちで指名させてもらうわ」

「何でよ」

「ちょっと、確かめたい事があるのよ」

 

 レミリアに、いつものいたずらっぽい仕草が見えない。ルイズは少し首を傾げた。彼女の知っているレミリアらしくないと。

 当の吸血鬼は、目線を探るように動かす。使用人達やエレオノールやカトレアは少々、怯え気味。そして目当てを口にする。

 

「まずは魔理沙」

「おいおい、なんで私なんだよ」

「いいじゃないの。散々ウチに迷惑かけてきたでしょ。たまには借りを返しなさい」

 

 不満そうにうでを組む魔理沙。パチュリーからも文句を言われ、諦める。一方、一安心のヴァリエール一同。しかしそれで終わりではなかった。

 

「次にカリーヌ」

「私?」

「頼めるかしら?」

 

 一瞬、ルイズの方へ視線を向けるカリーヌ。娘の顔に不安はない。すぐにレミリアの方へ戻した。

 

「いいでしょう」

「か、母さま!」

 

 エレオノールやカトレアが慌てて叫ぶが、それを軽く制止。

 吸血鬼の指名はまだ続いた。

 

「最後にあなた」

 

 指差した先にいたのは、ただの中年メイド。すかさず公爵が声を挟む。

 

「待ってくれ。どういう理由からかな?」

「メイジじゃないからよ」

「メイジじゃない?」

「ええ。ともかく安心していいわ。別にどうかなる訳じゃないから。少なくとも死にはしないわ」

「……。信じよう」

 

 うなずいたものの、公爵には今一つレミリアの意図が見えない。

 しかし、パチュリーやアリスには分かった。シェフィールド達を尋問していた時、彼女の血をフランドールが飲んだ。彼女はそれを吐き出したのだが、その時は毒を仕込まれたと思った。だが、よく考えればそんな隙はなかった。そこで、レミリアは何か別の理由を察したのだろう。彼女はそれを確認しようとしているのだと。

 

 レミリアは、わずかに忠実な従者に顔を向ける。

 

「咲夜。お願い」

「かしこまりました」

 

 紅魔館のメイド長はおごそかに礼をした。すると一瞬姿が消える。次に現れた時には、小さなケースを持っていた。またもや長女と次女、使用人は騒ぎ出す。しかしここまで来ると、もう目の前の存在を受け入れざるを得ない。人間とか妖魔とかいう括りとは、別の存在があるのだと。

 

 そして咲夜は注射器で採血を粛々と進める。まずは魔理沙、そしてカリーヌ、最後にメイド。従者の作業はスムーズに完了。吸血鬼が血を吸うというハルケギニアの住人にとっては恐怖の儀式だというのに、あまりにもあっさり終わってしまい、今度は拍子抜けの一家。

 

 やがて、お嬢様の前に三つのグラスが置かれた。魔理沙、カリーヌ、メイドの血である。レミリアは見極めるように、それぞれのグラスに見つめる。

 

「見た目はそう変わらないわね」

 

 やがてグラスを一つ手に取った。まずは魔理沙の血の入ったものから。一口含むと、すぐにいかにも嫌そうな顔。

 

「魔理沙……、あんたいつも何食ってんのよ。妙なきのこ食べてんでしょ」

「健康になるきのこだぜ」

「健康ねぇ……」

 

 お嬢様、二口ほど飲むと、グラスを置いた。するとすかさず妹が、それを横取り。

 

「お姉さま、もらっていい?」

「いいわよ。口に合わないから」

 

 一気に飲み干すフランドール。そして笑って一言。

 

「魔理沙。不味いね」

「うるせぇ」

 

 憮然と返す白黒魔法使い。

 次にレミリアが手にしたのはカリーヌの血。同じく口に含む。

 

「うっ!?」

 

 さっきよりあきらかに顔をしかめていた。抹茶ジェラードと、わさびの山を間違えたくらいに。

 すぐに手を従者の方へ差し出す。その上に置かれたのはハンカチ。レミリアは、血をすべてハンカチに吐き出した。そして口直しとばかりに、水を飲み干す。

 最後に残ったメイドの血。口にした彼女のリアクションはまたも同じ。水のお代わりをメイド長に要求する。

 

 その様子を見ていた、公爵一家一同は誰もが首を傾げるばかり。訳が分からない。カリーヌが口を開いた。

 

「何をなさっているんです?」

「ちょっと確認をね」

「血に何か問題でも?」

「つまり、あなた達、ハルケギニアの人間の血は飲めたもんじゃないって事よ。そうね、牧草食べさせられてる気分とでもいうのかしら。不味いどころではないわ」

 

 どう受けて止めていいか困る答え。自分達、人間の血がマズイとは。吸血鬼が血を飲めないというのは、ありがたい事なのかもしれないが。

 レミリアは口元をハンカチで拭きながら、話を続ける。

 

「こっちの吸血鬼も私達と大分違うようだし。存外、人間も違うのかもしれないわね」

「…………」

 

 人間が違う。いや、人間すらも違う。異世界とはそういう事なのかと、公爵とカリーヌは息を飲む。

 

 パチュリーはその脇で目を細めていた。同じく人間も違うというキーワードに反応して。

 その時、何故か思い出した事があった。ルイズが幻想郷に現れたのは、召喚されたという訳ではない事を。七曜の魔女は、同時に浮かんできた奇妙な疑問に、戸惑いを覚えていた。

 

 

 

 




描写少し修正しました。

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