ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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親切な人たち

 

 

 

 

 紅魔館の朝は遅い。主が吸血鬼なので当然なのだが。もっとも今はその主もいない。それでもこの館に流れる時間は変わっていなかった。

 

 この時間の流れに、ついていけない異邦人が一人。シェフィールドである。

 紅魔館の花壇で気絶していた所をチルノに拾われた。いや、むしろ殺されかけた。しかし、八意永琳のおかげか危篤状態から一気に回復。翌朝には、もう普段通りに体を動かせた。さらにハルケギニアに帰る目途も立っている。問題は全てクリアしたかのようだが、その割には彼女の憂いは抜けていない。というのも、彼女が故郷に帰るには、レミリア達の帰還を待たないといけないからだ。そして彼女達とシェフィールドは戦った仲なのである。レミリア達と顔合わせせずに帰る。この難問をクリアしないといけなかった。

 

 ともかく今の所は穏やかなもの。彼女は今、客間で朝食を取っている。当人にとっては遅めの朝食を。それを口にしながら、当主代行の紅美鈴を質問攻め。というのはここの主、レミリア達がハルケギニアに絡んでいるのを知ったので。もちろん、追求するかのようにではなく、それとなくやっている。哀れな外来人のメイドが、不安を解消したいがためのごとく。

 

「……そうなのですか。ところで、こちらのご方々は、何故ハルケギニアに行かれたんです?」

「それはですね、向うに知人がいるものですから。遊びに行かれただけです」

「知人?昔から行き来があったのですか?」

「そうじゃなくってですね。実は前に、ハルケギニアの人がやってきてたんです。シェフィールドさんと違って、パチュリー様が召喚失敗して呼び出しちゃったんですけどね。もうその子は、帰っちゃいましたけど。行き来できるようになったのは、その後からです」

「そうですか。その……その方のお名前を、よろしかったら教えていただけないでしょうか?」

「あ、はい。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールさんです」

 

 一応、これでも元メイド長。美鈴は、ルイズの名前がやたら長い名前をしっかり覚えていた。

 対して、それを聞いたシェフィールド。驚かずにはいられない。思わず顔に出てしまうほどに。ルイズという名は知らないが、ヴァリエールの名なら当然知っている。トリステインの大貴族、公爵家。おそらく幻想郷の連中は、そこに世話になっているのだと推測できる。今まで起こった異質な騒動が、全てトリステイン有利に働いたのも当然だ。だがこれは、かなり厄介な連中を相手にしなければならないという事。今までの計画を、見直さねばならないほどに。

 

 美鈴は表情が一変した彼女に、少し意外な顔をする。

 

「ご存じなんですか?ルイズさんの事」

「あ、いえ、個人的には存じません。ですが、ヴァリエールの名は知っています。大きな貴族ですからね。ハルケギニアの者なら誰でも知っていますわ」

「あー、なんかそんな事言ってましたね」

 

 当主代行は懐かしげに表情を緩める。

 

 談笑は和やかに進む。ただ美鈴は自分の口にしてしまった事が、目の前の女性にとって得難いものであり、ルイズにとっては危険なものであるなどと知りもしなかったが。

 

 一通りの話も食事も終わると、美鈴は一緒に持ってきたカートから一着の服を取り出す。そしてシェフィールドに差し出した。不思議そうな表情の彼女。何故なら、その服はメイド服だったのだ。

 

「あの……これはいったい?」

「えっとですね。シェフィールドさんの服は、今洗濯中なので別の服を用意しました」

「はぁ……。ですけどこれって、メイド服ですよね」

「はい」

 

 相変わらずの人懐っこい表情の中華妖怪。シェフィールドに妙な予感が浮かぶ。すると急に頭を下げだした美鈴。腰の角度は90度。手まで合わせている。

 

「実は、折り入ってお願いがあります!」

「え?その……なんでしょうか?」

「メイドやってくれません?」

 

 上げた顔には、何やら悲壮な瞳があった。一方シェフィールドは、頬が引きつっている。ガリア王の虚無の使い魔、裏の世界に通じ、様々な謀略を指揮する自分を、ただのメイドとして使いたいと。メイドと自己紹介したのは失敗だったかと、頭のなかでつぶやいた。

 

 うなずかない彼女に、美鈴は立て続けに言葉を並べる。

 

「実は、当家のメイドは使える者がほとんどいないので、是非本職だったあなたに手を借りたいんです!」

「ですが、私はハルケギニアのメイドですし、しかもすぐいなくなる身ですよ。」

「それでもかまいません。せめて滞在中だけでも!」

「はぁ……」

「そ、それにこう言っては何ですが……、シェフィールドさんはお客様と迎えた訳ではありませんし……。お世話するにしても、費用がかかりますし……」

 

 なんとも言いづらそうに懐刀を出す当主代行。これを言われてしまうと、シェフィールドも言葉に詰まる。

 

「そ、それもそうですね。分りました、御引受けしましょう」

「ありがとうございます!」

 

 当主代行はシェフィールドの両手を握って、頭をさげていた。その上にあったのは、女性の諦め顔だった。

 

「それから、昼に永琳さんが来るそうですから。なんでもその後の容態を見たいようで」

「はい。分りました」

 

 何の気なしにうなずくシェフィールド。この時点で、永琳の印象は悪くなかった。

 

 それからシェフィールドはメイド服に身を包む。やがて美鈴に連れられ、紅魔館を案内された。当主の部屋に、美鈴の自室、キッチン、風呂など。ただ回った場所は最低限。案内してない場所は危険だと言われ、立ち入り禁止と厳命される。もっとも今はフランドールがいないので、それほど危険でもないのだが。

 そして地下の図書館。大きな扉の前。

 

「ここが、当家の図書館です」

 

 美鈴は、自慢げに両開きの扉を開ける。その先にある光景に、シェフィールドは言葉がなかった。見たものを頭に刻み込むかのように見入っている。はるか奥にまである部屋、聳え立つ本棚の群れ。ガリア王宮の図書館にも負けないくらいの蔵書。館のサイズに不釣り合いなほど、大きいものだった。

 

「ここはパチュリー様の管轄となってます。実質的には、自室みたいなもんですけど」

「メイジの方……でしたよね」

「はい」

「……」

 

 シェフィールドは思い起こす、ハルケギニアでの出来事を。寝間着を来たような少女の姿を。すると急に腹が立ってきた。こんな目に遭っているのが連中のせいだと、頭の中で悪態を付く。

 その時、ふと声がかかった。

 

「なんか用?美鈴」

 

 見上げた先にいたのは翼人。いや、少し違う。蝙蝠の羽がある。またもシェフィールドは、パチュリーに寄り添っていた従者の姿を思い出す。

 そんな彼女を他所に、美鈴がシェフィールドを紹介。ちなみに目の前にいるのは、パチュリーからここあの愛称で呼ばれている小悪魔。

 

「ちょっと、新人さんの案内をしてるの」

「新人?」

 

 ここあ、シェフィールドの鼻先まで近づいて、目を細めて凝視。質屋が質入れ品を品定めするように。

 

「人間じゃないの。大丈夫なの?」

「これでも専門家なのよ」

「ふ~ん……。ま、妖精メイドよりマシかもね。がんばってね」

 

 すぐに背を向け、手をひらひらと振りながら元へ戻っていく。その行先では他の小悪魔たちがお茶して、くっちゃべっていた。

 シェフィールド、なんとも面白くなさそうに連中を見る。

 

「あの方は?」

「ここあと呼んでます。種族は悪魔です」

「あ、悪魔!?」

 

 思わず、美鈴の方に首が急旋回。目が一杯に開いていた。悪魔がいると説明を受けてはいたが、さすがに目の当りにして冷静ではいられなかった。悪そのものと言ってもいい存在を、実際に目にするとは。さすがのシェフィールドも、少々恐怖感を覚えていた。

 一方美鈴は、呑気に話を続ける。

 

「ここにいるのは、みんな悪魔なんです。そしてパチュリー様の使い魔なんですよ」

「あ、悪魔を使い魔に!?しかもあれほどの数を!?」

「はい」

「……」

 

 言葉がない彼女。悪魔という神話の世界の存在を使い魔にするだけではなく、これだけの数を使役するとは。シェフィールドの中で、パチュリーというメイジの見方が改まる。

 美鈴の脇で、緊張した面持ちで口を噤み続けるシェフィールド。すると中華妖怪が、なだめるような笑顔を浮かべていた。

 

「安心してください。悪魔と言っても、そんなに強くはないんで。役割もただの司書ですしね」

「そ、そうですか……」

「身内の恥を晒すようですが……。パチュリー様がいないのもあって、あの有様ですし」

「……」

 

 当主代行の向いた先、そこにはくつろぎを通り越して、だらしのない悪魔たちがいた。昼寝をしている者、菓子を片手に同僚とおしゃべりに浸っている者などなど。シェフィールドも落ち着いてくると、この悪魔たちが躾のなってない平民女の集団に見えてきた。蝙蝠の羽がなかったら、まさしくそれだ。いつのまにやら、さっきの不安感は萎んでいた。

 その時ある重要なキーワードが、彼女の脳裏に浮かぶ。

 

「そう言えば、ここでしたよね。ハルケギニアに帰る魔法陣とやらがあるのは」

「あ、はい。奥の方に大きな扉があるの見えます?」

「はい」

「あそこにあります」

「ほう……」

 

 わずかに頬を吊り上げる虚無の使い魔。

 やがて美鈴は彼女を連れ、外に出る。

 

「まあ、ここには帰る時以外では用はないと思います。図書館は彼女達の管轄なので。そんな訳で、危険という訳ではないですが基本的には入らないでください」

「はい」

 

 その後も、シェフィールドは美鈴の後について行く。案内されながら、館の構造を頭の中で反芻する。その内役に立てるために。だが次に気になったのはこの館の様子。人外である事は置いといて、妖精メイドにしても図書館の悪魔達にしても、あまりいい使用人とは思えない。妖精メイドは、ちょっと見かけただけでもミスがあったし。悪魔たちは主がいないのをいい事に自堕落そのもの。これでは臨時でのメイドが欲しくなるのは無理ない。紅魔館の主はあのレミリアという吸血鬼だが、能力はともかく主としての器を疑ってしまっていた。

 

 そして最後に案内されたのは花壇。さっそく最初の依頼である。

 

「えっとですね、まず庭を掃除してもらっていいですか?花壇周りを中心に。本来は私の管轄なんですけど、今は代行なんでいろいろ忙しくって」

 

 人懐っこい笑顔を浮かべながら、頼み込む美鈴。もっとも実際忙しい。当主代行という立場ながら、実は使えない妖精メイドのフォローに駆け回っていた。できれば暇そうな図書館の小悪魔達に手を借りたいのだが、連中はいろいろ言い訳して拒否。所詮、悪魔だった。

 

「ちょっと広いですけど……。それに、手伝いを呼んでおきます。では、お願いします」

 

 その言葉を残し笑顔で、中華妖怪は去って行った。

 庭に残されたシェフィールド。紅魔館はハルケギニアの貴族からすれば、比較的小さい屋敷だ。小さいと言っても、そこは貴族の屋敷。一人の人間からすれば、広すぎる。当然庭も。

 

「どうしろって言うのよ……」

 

 茫然と、庭を眺めながら零すだけ。とは言っても何もしない訳にはいかない。しようがなく、掃除道具を取り行く虚無の使い魔。

 用具入れの倉庫の側まで来ると、ふとピンクのワンピースを着た子供を見つけた。いや、ただの子供ではないだろう。何故なら頭にうさぎの耳が生えていたから。自然と身構えるシェフィールド。すると子供が彼女に気づいた。

 

「ん?もしかして、あんた?ハルケギニアから来た外来人って」

「え……ええ……。そうですけど」

「名前は?」

「シェフィールドです……」

「人間?」

「……はい」

「人間ウサか……」

 

 顎を抱え考え込むうさぎ子供。曰くありげな顔つきで。ともかく、シェフィールドにすれば目の前の少女は、どう見ても人間ではない。彼女もヨーカイなのだろう。それにしても、どこか無礼だ。シェフィールドは少々不愉快。

 

「そちらは、どなたです?ここにお住まいなのですか?」

「私?私は因幡てゐ。こことは関係ないウサよ。今日は、お師匠様の手伝いに来ただけ」

「師匠とは……?」

「腹黒いエイリアン」

「は?」

 

 意味が分からない。シェフィールドは眉を寄せるだけ。しかしてゐは、そんなものは気にしない。

 

「あんた、何か困ってない?」

「なんですか、唐突に」

「妖怪だらけの館で苦労してると思ったウサよ。で、あんたに幸運を授けようと思ったウサ。」

「それは有難い話ですが……」

 

 困惑している彼女。幸運をさずけるなどと、どこか詐欺紛いな異端宗教にしか思えない。だがここは異世界。ついさっき実在する悪魔に会ったのだ、幸運を授ける天使のような存在がいても不思議ではないかもしれない。

 てゐの方はというと、子供らしい屈託のない表情で話を続ける。

 

「ま、おまじない程度に考えればいいウサ」

「それでしたら……」

「んじゃ、やるウサよ」

 

 そう言うと指先に、光弾を一つ浮かび上がらせた。

 殺気とは違う嫌な予感に襲われるシェフィールド。咄嗟に身構える。そのまま、じりじりと後ろへ下がろうとする。だが自慢のマジックアイテムもなしでは、さすがの『ミョズニトニルン』もただの女性と変わらない。てゐの光弾を防げる訳もなかった。

 光弾が直撃する。しかし、何も起こらなかった。針を刺した程度の痛みが一瞬あっただけ。

 

「え?」

「これであんたは、しばらく運が向くウサよ」

「今ので?」

「うん。んじゃ、私は帰るね」

 

 そう言って、てゐはふわっと空に浮かび、どこへとも飛び立って行った。それを唖然として見つめるシェフィールド。一体あのヨーカイは何しに来たのかと。言葉通り、自分に幸運をさずけに来たのか。どこか腑に落ちないが。

 ただ短い間ではあるが、ふと思う所がある。確かに幻想郷のヨーカイ達はハルケギニアの妖魔に近いものを感じるが、それほど悪意を感じないと。

 

 その時、背中から声がかかった。

 

「お~い。何やってんだ~」

 

 振り向いた先に見えたのは、例の氷精。それと透明な羽の翼人に、触覚のある子。さらに見覚えのない金髪赤リボンの少女。水色ワンピースは露骨に不満を口にする。

 

「手伝いがあるって言われたから来たんだぞ。待ってても来ないし。何モタモタしてるんだよ」

「手伝い……」

 

 シェフィールドは記憶の底を攫いだす。そして思い出した。美鈴が手伝いを寄越すと言っていたのを。

 

「あなた方は?もしかして、ミス・美鈴が言っていた手伝いの方ですか?」

「はい。私は大妖精。みんなからは大ちゃんって呼ばれてます。それで右から、チルノちゃん、リグル、ルーミアです」

「私はシェフィールド。臨時のメイドとして雇われてます」

「ところで、こんな所でどうしたんです?」

「掃除道具を取りに来たら、うさぎの獣人がいたもので。子供のような……」

「てゐかな?」

 

 首を傾げる大ちゃん。他の面子も同じことを考えていた。するとルーミアが一言。

 

「さっき見たよー。屋敷から出て行くの」

「どろぼうだな!捕まえないと!」

 

 さっそくチルノ、門の方へ走り出そうとした。しかし、リグルが彼女の手を掴む。

 

「追っても無駄だよ。もう逃げちゃったんだから。それより言われた事しよ」

「くそ!門番隊長から逃げるとは、生意気なヤツ!」

 

 悔しそうに左手を拳で叩くチルノ。

 彼女達を見ていて、なんとも微妙な表情のシェフィールド。どう見ても子供の集団にしか見えない。これが手伝い。こんな連中を率いてどうしようというのか。しかし、あの広い庭を一人でやるのは無理だ。彼女は項垂れあきらめる。意外に使えるかもしれないという可能性に期待して。

 シェフィールドは四人に向き直った。

 

「では、さっそく掃除に取り掛かりましょう。花壇を中心にお願いします」

「うん。分かった」

 

 リグル達はうなずく。やがて一同は掃除道具を手にし、花壇へ向かった。

 

 ほどなくして到着。シェフィールドは全員を前にして一言。

 

「それでは私は奥の方をやりますので、みなさんは手前の方をよろしくお願いします」

「よーし、やるぞ!」

「おー!」

 

 なんかチルノとルーミアはやけにやる気。一方、少々不安になるシェフィールド。遊びか何かと勘違いしているようで。綺麗になるより、余計散らかるような気がする。ともかくかまわず彼女は奥へと進んで行った。さっそく箒で掃こうすると、籠った空気の抜けるような音がした。後ろから。

 

「うわっ!」

 

 一緒に叫び声も。

 振り向いた先にあったのは、穴から這い出ようとするチルノ。大ちゃんが慌てて近づいている。

 

「大丈夫?チルノちゃ……きゃっ!?」

 

 同じく彼女も、突然現れた穴へ落下。

 その様子を見て、目を細めるシェフィールド。どうも落とし穴が仕掛けられていたらしい。だが何故こんな所に。まさか美鈴が自分を嵌めようとしていると?すぐに謀略か何かと思ってしまうのが、彼女のさが。だがこの考え方は、あながち間違ってはいなかった。

 やがてチルノも大ちゃんも穴から這い出る。その手には、握りつぶされた紙切れ。しかも何やら怒り顔つき。もっとも、落とし穴に引っ掛かったのだから、当然とも言えるが。だが、何故かチルノは指さした。シェフィールドを。

 

「よくもやったな!」

「え!?私が……何か?」

「お前がやったんだろ!」

「は!?何、言ってんですか!」

 

 訳が分からない。少々こめかみに不満が浮き出ている臨時メイド。こんな子供のような連中を連れているのだけでも気疲れするのに、さらになんの根拠もなしに犯人呼ばわりされれば怒るのも無理ない。

 すると、チルノの握っていた紙をリグルが取る。広げて中身を見た。

 

「ふ~ん……そういう事。あのさ、ここにあんたがてゐと組んでやったって書いてあるんだけど」

 

 そう言って、リグルはクシャクシャだった紙を、シェフィールドに差し出した。

 

「はぁ?そんなもの知らないわよ!」

 

 ちょっとばかり地が出始めた虚無の使い魔。

 一方、二人のやり取りなど、まるで耳に入ってないチルノ。宙に浮くとすでに戦闘態勢。チルノの周りに無数の氷の粒が浮かび出す。キレかけていたシェフィールドの頭が、急に冷めていく。代わりに出てきたのが警戒警報。頭の中で鳴り響く。ただちにこの場を逃げろと。しかし遅かった。チルノ、攻撃開始。

 

「これでも喰らえ!」

 

 チルノから発射される弾幕の嵐。シェフィールド、180度反転。頭を抱え、姿勢を低くて走り出す。

 

「ふ、ふざけんじゃないわよ!知らないって言ってるでしょ!」

 

 罵声を叫びながら、ひたすら逃げる。塹壕戦中の歩兵のように。だが、この庭は開けた場所。隠れる所もない。空も飛べない彼女。かわすのには無理がある。さらにただの人間だ。弾幕ごっこ用の弾とは言え、当たればただでは済まない。

 

 しかし、何故かチルノの弾幕は一発も当たらず。無数の弾が、わずかな所で外れていた。ルーミアが横で思いっきり笑っている。

 

「ははは。下手だなー。チルノは」

「うるさい!」

「代わりに当ててあげるよ」

 

 と言って、ルーミアはふわふわとチルノの前に出る。

 だが、 金属音。

 上からたらいが落ちて来た。そしてルーミアの頭頂部に直撃。パタリと地面に落ちる。そしてまたもやメッセージが添えられていた。たらいの底に。シェフィールドとの連携プレイかのような内容の。

 一斉に顔色が変わる妖怪&妖精。空に上がると臨時メイドを追撃。一斉の弾幕。まさしく弾雨。シェフィールド、ますます混乱。なんで怒っているのかまるで身に覚えがない。

 

「なんなのよ、アイツ等は!何がヨーカイよ!所詮は妖魔と同類だわ!下等な連中の考える事なぞ、訳がわからない!」

 

 憎まれ口を叩くが、それがせめてもの彼女の反撃。神の頭脳『ミョズニトニルン』の力も、ここでは役立たず。全くの無力。

 しかし、何故か彼女は無事だった。追って来るチルノ達が撃つ弾幕は全く当たらず。それ所か次々と罠に引っ掛かっていく。落ちてくるたらいに花瓶、壁から飛んでくる泥弾、地面から突然起き上がる竹格子。おかげでシェフィールドは、地面を走っているにも関わらず飛んでいるチルノ達に捕まっていなかった。

 実は、シェフィールドがまるで被害に会わないのは、てゐが掛けた幸運効果のおかげ。意識せずに、巧みに罠を避けていたのだ。だが当のシェフィールドには分かるはずもない。つまり謀略の主は美鈴ではなく、てゐだった。ただ彼女の能力には問題があった。期間限定の代物なのだ。

 

「あえ!?」

 

 いきなり、まぬけな声を上げる臨時メイド。つまり幸運効果が切れた。

 シェフィールドは見事に穴の底。尻を押さえながら穴の底で呻いている。窮地となっているのも知らず。

 

「痛たた……。落とし穴!?」

「自分の罠に引っ掛かるなんて、バカだなぁ」

 

 上の方から声が聞こえる。見上げた先にあったのはリグルのざまあみろと言わんばかりの笑顔。その周りからチルノ、大ちゃん、ルーミアも穴を覗き込む。嫌らしい笑顔が並ぶ。リグルは顔を上げると議題を一つ。獲物の処理について。

 

「ねえ。こいつどうしようか」

「食べる」

 

 ルーミア、即答。当然とばかりに。シェフィールド、血の気が引いていく。顔が蒼くなる。やはり妖怪は妖魔と似たようなものだと、噛みしめる。生簀の鯛状態の虚無の使い魔。

 

「た、食べるって……。ま、待ちなさい!私は関係ないわ!」

「だったらなんで、あんただけ罠に引っ掛かんなかったんだよ」

「し、知らないわよ!偶然よ!」

「そんなの信じると思うの?罠の場所知ってたんでしょ」

「ち、違うわ!私だって分んないのよ!」

 

 しかし妖精&妖怪は鼻で笑うだけ。異界の地で皿に並べられるのが人生の最後かと、そんな想像すら浮かんでくる。だが訴えは無駄ではなかった。来たばかりの外来人を不憫に思ったのか、大ちゃんが助け船を出してくれた。

 

「さすがに、食べるのだけは許してあげない?外から来たばっかりだから、ここの事よく分かってないんだよ」

「だったらこうしよう」

 

 チルノ、すっと立ち上がると両手を上に上げた。シェフィールドには、いったい何をしようとしているのか分からない。だがそれもわずかな間。みるみる内に巨大な氷の塊がチルノの頭上に現れた。直径3メートルほどの氷が。

 

「えい!」

 

 氷の巨魁はそのまま穴の上に落とされた。蓋をされた。つまりシェフィールドは落とし穴の中に密閉。

 

「ちょーえき刑!」

 

 チルノ、高らかに宣言。腰に手を当て、胸を張りながら。いっしょにみんなも大笑い。

 

「人間のくせにいい気になってるからだよ。反省するんだね」

「だねー」

 

 氷の屋根の向こうから、リグルとルーミアの声が聞こえる。だんだん笑い声が遠ざかる。残された虚無の使い魔。

 

「ふ、ふざけんじゃないわよ!私は知らないって言ってるでしょ!これをどけなさい!」

 

 切実に不当を訴えた。必死な形相で。しかし氷が動く様子はない。そしてどかそうにも、人間が動かせるサイズではない。ついに、辺りに人の気配がまるでなくなった。つまり完全に閉じ込められた。

 

「ちょっと、誰かいないの!」

 

 叫びはこの小さな空間にむなしく響くだけ。しかも氷で蓋をされているのだ。冷気が穴に満ちてくる。寒気が肌を刺してくる。彼女の脳裏に、一瞬嫌な予感がよぎった。落とし穴で凍死。思いついたのはミイラのような構図。たちの悪すぎる未来像。

 

「じょ、冗談じゃないわよ!」

 

 すぐにでも脱出しようと、穴の端を手で掘り出した。だが人ひとりが通る穴が簡単にはできるはずもなし。頭の中は怒りと混乱。悔し紛れに喚き散らす。

 

「マジックアイテムさえあればあんな者共!」

 

 そう口にして、ふと思い出す。服は確かに汚れていたかもしれないが、マジックアイテムはそうではない。メイド服を渡された時に、いっしょに返してもらえばよかったと。そして、自分のミスはそのまま、チルノ達への怒りに転化。

 

「アイテムさえ!アイテムさえ戻れば、あのような者共蟻のように始末してくれる!神の頭脳『ミョズニトニルン』の力を思い知らせてやる!虚無の使い魔を舐めるな!」

 

 途切れぬ悪態をつきながらも、土を掘り続ける虚無の使い魔。しかし、地上に近い所は氷の側。氷が直に触れてしまう。手がかじかんでくる。さらに、彼女自身は土仕事に無縁。慣れない作業はなかなか進まない。この土も決して柔らかくはない。

 しかし諦めない。こんな所で終わってたまるかという意地だけが、彼女を支えていた。裏の世界で生きてきた彼女。肝だけは据わっていた。

 

「おのれ!おのれ!妖魔の出来損ないが!」

 

 冷たい穴の中で、闘志だけが燃えていた。

 それにしても振り返れば、ここの連中がハルケギニアに絡んでからがケチの付き始め。トリステインに出兵した大部隊が一夜で壊滅。ロンディニウムでの異質な賊。トイレで溺れ、『アンドバリの指輪』を奪われる。そしてレミリア達との直接戦闘。さらに異世界に飛ばされ、こんな狭い穴に閉じ込められている。

 なおさら怒りの、憤怒の気持ちが頭頂部に溢れかえる。

 

 するとその時、頭の上から破裂するような音。

 思わず頭を抱え、身を縮めるシェフィールド。やがて、ゆっくりと開けた瞳に光が入ってくる。見上げた先には、覗き込むような表情があった。彼女の命を救った薬師、八意永琳。

 

「大丈夫?」

「……」

 

 呆気に取られながら見上げた先。氷の蓋はなく、あったのは伸びてくる手。どこか温かそうな手。

 

「立てる?」

「…………。はい……」

「さ、手出して」

「……ええ」

 

 永琳はシェフィールドの手を掴むと、彼女を穴から引っ張り上げた。メイド服から泥汚れをはたき落す。それを戸惑いつつ眺めているシェフィールド。

 

「あの……ありがとうございます」

「どういたしまして。少し怪我もしてるわね。丁度いいわ。診てみましょう。付いてきて」

「あ、はい」

 

 シェフィールドは言われるまま、永琳と共に館の中へと入って行った。

 

 紅魔館の一室。小部屋に二人はいた。小さなテーブルの側、椅子に座り向き合っている。永琳はシェフィールドに尋ねる。指先や、擦ったらしい傷口を治療しながら。

 

「何?チルノにやられたの?」

「はい。後、他の三人にも」

「ああ、リグル達ね。いつもつるんでる妖怪と妖精よ」

「なんなんですか!あの連中は!」

「いたずら好きな子たちよ。まあ、気にしない事だわ。懲りない子達だし」

「いたずらの限度を超えてます!」

「今回のは確かにやりすぎね。今度会ったら言っておくわ」

「…………」

 

 釈然としないながらも、少しずつ気持ちが落ち着いてくるシェフィールド。さっきの四人のように何を考えているか分からないヨーカイもいるが、永琳のような人物もいるのだとふと思い入る。よく考えれば、美鈴も良識があるように感じる。ハルケギニア同様。人外だからと言って一括りにするものではないと、考えを改める。

 やがて治療は終わった。

 

「怪我は大した事ないわ」

「その……いろいろ、ありがとうございます」

「さてと、今日来たのはあなたの経過を見るためだったんだけど、今いい?すぐに終わるから」

「はい。かまいません」

 

 シェフィールドの返事を受け取ると、永琳はさっそく準備を始める。持ってきた鞄から出て来る様々な道具。その中から一つを手にした。透明の器具を。それを見て、シェフィールドは眉をひそめる。

 

「それは……。血を取るんですか?」

「そうよ。注射器ってハルケギニアにもあるの?」

「いえ、ありませんが。その……そんな気がしたもので……」

「そう」

 

 薬師は淡々と作業を進めた。一方の虚無の使い魔、ハルケギニアでの事が思い出される。咲夜に注射器で血を取られた事を。あれは吸血鬼のための作業だった。不安に襲われる彼女。

 

「その……、もしかして……血を飲まれるのですか?」

「私は、吸血鬼じゃないわよ」

「では一体何故?」

「検査のためよ。ハルケギニアでは、治療のために血を取らないの?」

「そんな事はしません」

 

 ハルケギニアではもっぱら水系統のメイジが治療を行うが、彼らは外から体に流れる血などの液体を感じ取り状態を見極める。直に検体を採取する事はなかった。

 永琳は違いに感心しながらも採血。咲夜の時と同じくあっさり終わる。検体と注射器を仕舞う。

 すると今度は、四種類の袋を取り出した。それをテーブルの上に並べる。

 

「さてと、後は薬ね」

「特に体調に問題はないですが」

「そうじゃないわよ。あなたがここで暮らすのに不便しないようにと思ってね。まあ、プレゼントよ」

「え……。あ、ありがとうございます」

 

 恐縮しつつ、気後れした言葉が漏れる。わずかに頭を下げて。あまり親切にされた経験の少ない彼女。今の状況はどこかこそばゆかった。

 テーブルに並べられた袋の中。中身を永琳は取り出す。それは四種類の色の薬包紙。袋には丸薬が包まれていた。数はそれぞれ数個ずつ。

 

「説明するわね。それぞれ役割が違うわ。まずこの青い袋は治療薬。怪我ならなんでも治すわ」

「なんでもですか?それは、すごいですね」

「大したことないわよ。で、赤いのが身体強化剤」

「え?身体強化剤?」

「ええ。もう経験済みでしょ?妖怪や妖精がどれだけ強いか。連中を人間がまとに相手にするのは無茶だわ。だからこの薬で体を強化するの。力と耐久力が5倍程度になるわ」

「ご、5倍!」

 

 思わず声が上がる。オークレベルではないかと。薬でそれを可能にするとは、目の前の薬師の腕に驚かずにはいられない。しかし永琳は、少し厳しい口調で続けた。

 

「でも基本的には、戦おうと思わない事。そう多くはないけど、強いのはとんでもなく強いから」

「はい。分かりました」

 

 シェフィールドは静かにうなずいた。そして永琳は次に黄色袋を指す。

 

「これは変わり身できる薬」

「変わり身?」

「つまりは変身ね。基本的には相手の目をごまかして、逃げるために使って」

「はい」

「それと持続時間だけど、さっきの薬もこの薬も持続時間が半時ほど。そこは忘れないように」

「はい」

 

 身体強化の次は、なんと変身の薬。薬でそんな事ができるとは。もはや何でもありか。臨時メイドの胸の中に、薬師に対して感服の気持ちすら浮かんでくる。

 最後残った緑の袋を永琳は差し出した。

 

「これは一回だけ、あなたを見逃してもらえるわ。これはまあ、最後の手段。緊急用ね」

「はい。分かりました」

 

 永琳はそれらをまとめると、一つの袋に入れた。そしてシェフィールドに手渡す。彼女はそれを見つめつつ両手で大切そうに受け取った。その手に不思議と熱を感じる。怪我のせいか、それとも……。

 袋を手にしつつ、おずおずと顔を上げた。遠慮しがちな声が出る。

 

「あの……。いろいろと、ありがとうございます。命を救っていただいた上、このような物まで頂いて。ですが、何故ここまでされるのでしょうか?」

 

 シェフィールドの素直な疑問。打算と謀略の中で生きて来た彼女。もちろん主であるジョゼフだけは違う。そうは言っても、主従の契約があるのもまぎれもない事実。しかし、この目の前の人物は違う。何もないのに手を貸してくれる。一方、シェフィールドには彼女に与えるものが何もない。『ミョズニトニルン』の力があると言っても、マジックアイテムがなくては今の彼女は平民と変わらない。そもそもその事自体を伝えていない。目の前の薬師の姿勢、その胸の内、それはシェフィールドには理解しづらいものだった。

 

 永琳はというと、腕を組んでわずかに宙を仰ぐ。そして口を開いた。

 

「そうね。異世界人だから……かしら」

「異世界人?」

「ええ。そんな、滅多に会わない存在と、仲良くなっていても損はないでしょ?」

「それは、そうかもしれませんけど……」

「あえて言えばの話よ。まあ。気にする事ないわ。私が好きでやってる事だから。とにかく、困ったら相談に乗るわ。あなた自身は、そんなに長く幻想郷にはいないでしょうけどね」

「…………。その……あの……。本当にありがとうございます」

 

 シェフィールドは気づくと、頭を下げていた。それを永琳は変わらぬ表情で見つめていた。

 やがて薬師は帰り支度をしようとするが、その手がふと止まる。

 

「そうそう。美鈴はしばらくいないわ。出かけてるから」

「そうですか。分りました」

「少し時間が空くわね。怪我もしてたから、しばらく休んでれば?」

「いえ、お陰様で怪我はすっかり治りました。それに、花壇の掃除を任されているので」

「そう。でも花壇って、穴だらけよ」

「あ……。そう……でしたね」

 

 思い出した。誰の仕業か分からないが、落とし穴やらなにやらで花壇周りは悲惨な事になっているのを。疲れたようにシェフィールドは言葉を返す。

 

「埋め戻します」

「だったら、あの子達にやらせれば?」

「誰です?」

「チルノ達よ。いい償いにもなるでしょ」

「でも、私の言いつけなんて聞かないでしょう」

「でも美鈴のいう事なら、聞くんじゃない?」

「しかし、彼女は……」

 

 そこまで言いかけて言葉を止める。ふと思いついた。シェフィールドはさっき貰った薬を手にしていた。変身の薬を。永琳はわずかに笑みを浮かべた。

 

「それじゃ、そろそろお暇するわ」

 

 永琳は席を立つと、鞄を手にする。シェフィールドは館の出口まで彼女に付き添った。そして門から出て行くまで、天才的な薬師を見送った。

 

 門から姿を消す永琳。その後をずっと見つめながらシェフィールドは再び手にした。黄色の袋、変身の薬を。

 ふと視界をずらすとチルノ達が目に入る。連中は門を離れ、別の所で戯れていた。自分達の仕事もさっき彼女にした事も、すっかり忘れてしまったかのように。頭の隅に燻る怒りが蘇る。借りは必ず返すとの思い。その方法もある。美鈴に成り替わり命令すると。

 だがすぐに、別の考えも浮かんだ。美鈴の姿のままなら、図書館の魔法陣とやらを確かめられる。当主代行なら、咎めもないだろうと。そして魔法陣が『ミョズニトニルン』の力で操れるか、確認しないといけない。少なくとも、レミリア達と顔を合わせる訳にはいかないのだから。彼女達が戻って来る前に、ハルケギニアに帰らないといけないのだ。

 その時、この世界に来て初めて湧き上がるものがあった。間諜として数々の策を編み出した時の気宇が。本来の彼女のそれが。自然と口元が緩んでいた。

 

 紅魔館から伸びる道を、ゆっくりと進む薬師の姿があった。一見、帰路を味わっているようなのんびりとした歩み。だが目の前に突然、影が飛び出した。

 

「お師匠様。随分待ったウサよ」

「悪かったわ。てゐ」

 

 出て来たのはうさぎ耳の小さな子供のような妖獣。因幡てゐである。実は永琳とは住まいを同じくする間柄。というか永遠亭の一員。永琳は予定通りとばかりに足を止める。そして、左手を腰に当て最初の質問。

 

「で?あなたの見立ては?」

「異常あり」

「具体的には?」

「予定より早く、幸運が切れたウサよ」

「そう……」

 

 腕を組み、月人はわずかにうつむく。

 つまりシェフィールドに幸運効果をしかけたのは、彼女の指示だったのだ。数々の罠も。もちろん、てゐがシェフィールドに言った腹黒いエイリアンとは、永琳の事。

 てゐは側の石に座り込むと、怪訝そうに尋ねてきた。

 

「あの女、なんなのウサ?本人は人間って言ってたけど」

「虚無の使い魔だそうよ」

「使い"魔"?それじゃぁ人外?」

「さあね。そこまでは分からないわ。もっとも異世界人だから、人外と言えばそうかも。私達月人も、ここじゃ人外カテゴリーだしね」

「異世界人ねぇ……」

 

 拳で軽く顎を支えつつ、難しい顔をする妖怪うさぎ。

 ちなみに永琳が、シェフィールドが虚無の使い魔と知ったのはついさっき。実は彼女がチルノに閉じ込められた後、穴の側で聞き耳立てていたのだ。救いを求める彼女を、すぐ助けずに。つまりは、シェフィールドをずっと見張っていたのである。

 やがててゐは腕を下すと、永琳の方を向いた。

 

「で、お師匠様の方は?」

「次の試験次第かしら」

「そ。けど、いいウサ?ただじゃ済まない所じゃないかもウサよ」

「無理はしないわよ。せっかくのハルケギニア人だもの。大事にしたいわ」

 

 そう言いつつ、紅魔館の方へ視線を向ける。わずかに不敵な表情で。その視線の先には一人の人物がいた。館に近づく女性が。

 

 さて一方、臨時メイド、もとい虚無の使い魔、ガリア王の片腕は、花壇の側に居た。辺りには誰もいない。口元を手を添え目線を落とし思案に更けていた。

 まずは図書館に行って、魔法陣とやらの確認からだ。チルノに対する意趣返しはその後。どちらにしても美鈴に化ける必要がある。意を決して黄色の袋を開く。中に丸薬が三つ。その一つを口にした。すると……。

 

「あ……これは……」

 

 体に異変は感じない。異変はないが、ふと見た手は自分のそれとは違っていた。いや、それだけではない。服装まで変わっていたのだ。さっきのメイド服はどこへやら。美鈴がいつも着ている、チャイナドレス風の服装となっている。そして窓を覗く。言葉のないシェフィールド。何故なら、映っていた顔は明らかに違っていたのだ。まさしく美鈴そのものに。思わず言葉が漏れる。

 

「本当に……変身してしまうなんて……」

 

 さらに彼女はもしもを考えて、赤い袋の薬も飲む。身体強化剤だ。そして試しに足元の石を握り締めた。

 力を込めると、まるで蒸かしたジャガイモでも潰したかのように簡単に石が砕けた。一瞬、言葉も発せず茫然とするシェフィールド。しかし、次第に顔つきが変わっていく。知らず知らずに笑いがこぼれる。

 

「フッ……ハハ……ハハハハ!全く、冗談のようだわ。でもこれで、手の伸ばし様はいくらでもある。あの薬師には本当に感謝しないと」

 

 今の彼女の顔は、まさしくガリアの間諜、虚無の使い魔、神の頭脳『ミョズニトニルン』シェフィールドそのもの。策謀という策謀が、頭に溢れようとしていた。

 

 ともかく、まずは帰る事が最優先。魔法陣のある図書館に向かわないといけない。帰ることができると確認できれば、後はいくらでもやり様がある。特にここの連中はハルケギニアに手を出している。できれば、可能な限り情報を集めたい。

 様々な考えを巡らせながら、玄関へ向かった。

 

「あら美鈴」

 

 ふと脇から声がかかる。足を止めシェフィールドが向いた先に、女性が一人立っていた。

 

「前言ってた花の種。持ってきてあげたわよ。ついでに、あなたの花壇も見てみようと思ってね」

「…………」

 

 視線の先。門に女性が立っている。日傘をさした女性が。赤を基調としたチェックのベストにスカート。貴族ほど着飾っている訳ではない。あえて言えばマシな恰好をした平民。さらに羽が生えていたり、触覚があったり、鋭い歯があったりという訳でもない。つまりは人間らしい。

 シェフィールドは花屋の娘が、わざわざ品物を届けに来たのかと思った。ここは貴族の屋敷らしいから、平民が足を運ぶのは当然だろうと。

 

 だが何故だろうか。このただの花屋の娘を前にして、体中から警報が発せられている気がする。その映える緑の髪とどこか底が知れない赤い双眸が、シェフィールドの心中を騒めかせていた。

 

 

 

 

 




 てゐは二次準拠のウサてゐです。文章だけだとどうしても、キャラ差付きにくいもんで


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