ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

50 / 98
胡散臭い者の会

 

 

 

 

 幻想郷組が故郷に帰り、かなり静かになったトリステイン魔法学院。ルイズもようやく落ち着いた日々を取り戻しつつあった。

 いろいろと騒がしかった帰郷、学院に戻ってからはキュルケ達の一件。さらに、授業出席代わりの課題まで出される始末。

 だがそれも全て終わった。そして今、側にいる幻想郷の住人は天子だけ。トラブルメーカーの一人ではあるが、以前よりマシにはなっているし、他のメンバーがトラブルを起こす心配もなくなって気が休まったというのは正直な所だ。ただ多少さみしくなったものあるのだが。

 

 だが、当の学院自体は一変していた。学院から出られないのは鬱陶しい事この上ない。一体いつまで、こんな状態が続くのやら。

 

「もうちょっと、帰ってた方がよかったかしら」

 

 昼食後の昼休み。窓から学院を囲む兵を眺めつつ、そんな台詞を零す。すると脇に影が入る。何気なく顔を向けると、そこにいたのは褐色の美少女。キュルケだった。

 

「ま、いいじゃないの。これはこれで悪くないわ」

「どこがよって……やけに楽しそうね。なんかあったの?」

「別に。今の所はまだね」

「?」

「ちょっと聞きたい事があるんだけど、パチュリーっていつ戻ってくるか知ってる?」

「は?」

 

 意外な名前がいきなり出てきてルイズは、少しばかり呆気にとられる。

 

「聞いてないわ。久しぶりの里帰りだから、しばらくかかるかもしれないわね」

「そう……。彼女、よくジャンと会ってたらしいから、いろいろ聞こうと思ったんだけど」

「ジャン?」

 

 ルイズ、わずかに首を傾げた。

 ジャンという名前の男子生徒はそれなりにいるが、パチュリーがよく会っているとなると思い当たらない。実はあの無愛想な魔女にも、色恋沙汰が?などと一瞬考えたが、すぐにあり得ないと首を振る。

 

「ジャンって誰よ」

「ミスタ・コルベール」

「ぶっ!?」

 

 思わず前のめりに噴き出すルイズ。目が点になっている。

 

「あ、あんた!教師にまで手出すつもり!?っていうか、あんたの趣味から外れてる気がするんだけど。確かにメイジとしては凄いかもしれないわ。でも、頭の禿かかった中年よ?」

「それがどうかした?」

「……」

 

 ルイズ、絶句。自信ありげに返すキュルケに言葉がない。男好きとは思っていたが、ここまでとはと。男なら誰でもいいのかと、胸の内で呆れていた。もっともルイズは、コルベールとメンヌヴィルの戦いという大イベントでキュルケが何を思ったか聞いていないので、こう思うのも無理もないが。

 やがてキュルケは用が済んだとばかりに、この場を去ろうとする。

 

「とにかく、知らないのね。それじゃぁ、パチュリーが戻ってきたら教えて」

「……まあ、いいけど……」

 

 ルイズは頭の整理のつかないまま、背を向けるロングの赤毛を見送ろうとした。

 

 突如、爆発音、いや衝撃音が窓を揺らす。思わず窓に張り付いて、音の発信源を凝視する二人。兵達が強風に煽られたかのように、宙を舞っていた。

 キュルケは窓を開けると、身を乗り出す。

 

「何!?アルビオンの賊?」

「まさか正面から!?」

 

 ルイズの言う通り、音の発信源は正門からだった。あそこは一番厳重に警備されているにもかかわらず。

 ともかく異常事態。二人は思わず杖を握っていた。そして窓からフライで飛び、現場に向かう。トラブルに対し、逃げるより向かってしまうのは、これまでの経験が二人をトラブル慣れさせてしまったのだろうか。

 

 現場がよく見える距離まで近づいていく。だが、足が止まる二人。その表情は締まりのないもの。口も目も半開き。何故なら彼女達の目に入ったのは、ヴァリエール家の旗だったのだから。

 それだけではない。ヴァリエール家の後から、グラモン家の旗も持った騎士団も。さらにほどなくすると、空に騎士団らしき姿が近づいてくる。竜騎士ではない。マンティコアに跨った一団だ。どう見ても王家の親衛隊、マンティコア隊。そしてそれらの勇ましい集団の先頭を進のは、妙なマスクをした人物だった。

 

 キュルケは状況がまるで呑み込めず、ポツリと零すだけ。

 

「何よこれ……。どういう事?」

「…………」

 

 だがその隣で、ルイズだけはなんとなく事態が掴めてきていた。だが頭に浮かんだのは、あまりよくないものばかり。背中に流れる汗が、やけに冷たかった。

 

 放課後。全学院の生徒がアルヴィーズの食堂に集められる。ここは食事以外にも、全校集会がある時にも使われる。

 全生徒が席に座った先にある上座、いつもなら学院長や教師達がいる場所。そこに異質な人物が何人かいた。まずはヴァリエール家とグラモン家の旗を掲げる騎士が数人。さらに近衛兵マンティコア隊を掲げる騎士も見える。そしてその中心に立つのは、マンティコアの刺繍をあしらったマスクを被る女性と思わしき人物。もっと姿自体は男装だったが。あたかも出兵式典かというような緊張感が、壇上から伝わって来る。生徒達もそれに飲み込まれるように、妙な圧迫感に身を縛られ呼吸の音すら聞こえてこない。

 

 学院長、オールド・オスマンがゆっくりと口を開く。

 

「あー……。君らに集まってもらったのは他でもない。重要な要件を伝えねばならないからじゃ。まず、学院を守ってもらっている騎士団じゃが、全軍撤収する事が決まった」

 

 生徒たちかの歓喜の表情。これで鬱陶しい学院生活とも、おさらばできると思っていた。

 オスマンは話を続ける。

 

「代わりにヴァリエール家とグラモン家の騎士団が、その役目を担当する事となった」

 

 次に漏れてきたのは生徒たちのためいき。やはり状況は変わらないと。

 

「次いで外出禁止令じゃが、これについても一考する事となっている」

 

 生徒たちから、わずかに歓喜の声が漏れてくる。今回の集会は状況の改善の報告かと、生徒達は一様に表情を緩めていた。だが本題はこれからだった。オスマンはメインイベントに入る。

 

「新たな警護任務を指揮するのが、この方じゃ」

 

 そう言って、オスマンは隣に立っている覆面女性を紹介した。

 

「あ~え~……。ミス・マンティコアじゃ」

「「「…………」」」

 

 オスマン達の方を向く、ズラッと並ぶ怪訝な生徒達の顔。なんと反応していいか困る。

 紹介されたマスクウーマンは、いかにも怪しげ。いや見た目だけではない。武門で鳴らしたヴァリエール、グラモン両家を引き連れ、しかも近衛兵のマンティコア隊まで連れてきたのだ。どう考えてもおかしい。だいたい、ミス・マンティコアという呼び名はなんのつもりなのか。

 誰もがよほどの大物なのではと考えた。正体を隠せねばならないほどの。ならばかなりの有名人という事になるが、男性ならともかく女性となると想像がつかない。あえて言うなら近衛銃士隊のアニエス。だが、アニエス自体はすでに学院に駐留中。あえてマスクをする必要はない。

 

 生徒達の疑問がいくつも湧く中、オスマンは最後の通達をした。

 

「加えて、この方は今後の軍事教官として、当学院に赴任する事となった。よいな。よくこの方の言われる事を聞くのじゃぞ」

「「「…………」」」

 

 またも無言の生徒達。ただただ、戸惑った空気だけが漂っている。

 すると、当のマスクウーマン、ミス・マンティコアが一歩前へ踏み出した。ここが最前線かのような雰囲気を漂わせながら。わずかな間の後、スパッと口が開く。

 

「一同、起立!」

 

 体中を貫く声が食堂に轟く。生徒達は一斉に立ちあがっていた。ケツでも蹴り上げられたかのように。彼らも何故自分が何故立ち上がってしまったのか、理解していない。とくかく体が動いていた。彼らを前にミス・マンティコアが口を開いた。よく通る声が耳に届く。

 

「私があなた達を今後指導する。ミス・マンティコアです」

「「「…………」」」

「我が国の状況は言うまでもないでしょう。あなた達が一兵として、戦地へ向かうのは遠い先の話でありません。そこで祖国を守り、無事帰還せねばなりません」

「「「…………」」」

「ですが、今のあなた達はあまりにも非力、貧弱。故に、私が力を授けましょう。技術のないものには技術を、知恵のないものには知恵を、覚悟のないものには覚悟を!」

「「「…………」」」

 

 つらつらと並ぶ物騒な内容。特に最後の覚悟という言葉には、鋭さすら感じられた。生徒たちの体は、何かに縛られたかのように余計に身動きできず。

 

「残された時間はそう多くはありません。しかし必ずあなた達を、一兵へと鍛えあげましょう」

「「「…………」」」

「私からは以上です」

「「「……」」」

 

 無言の返事に、ミス・マンティコアはわずかに眉の端を歪める。

 

「返答!」

「「「よ、よ、よろしくお願いします!」」」

 

 耳を抜くような響きに、全生徒は思わず返答。その顔は、石膏で固められたようになっていた。その中でも一番固まっていたのは、ちびっ子ピンクブロンドだったりする。

 

「よろしい」

 

 穏やかながらも、威圧的な響きが食堂の隅々まで届く。わずかな時間だったが、かのマスクウーマンは生徒たちの胸に刻み込まれた。いろんな意味で。

 

 学院集会も終わり、寮へと戻る生徒達。聞こえて来るのは、ミス・マンティコアの話題ばかり。しかも文句がほとんど。それはギーシュ達も同じ。マリコルヌがさっそく愚痴をたれている。

 

「なんなんだよ。あの人!偉そうだし、文句言うなみたいな態度だし。あんなんじゃ、言う事聞きたくなくなっちゃうよ!」

 

 大きく頷くモンモランシー。金髪縦ロールを不機嫌そうにいじりながら、彼女も文句。

 

「だいたいあのマスクはなんなの?役者か何かのつもり?勘違いしてんじゃないの?」

 

 だが、その横ではギーシュが顎を抱えてこぼす。

 

「でも、なんでウチの騎士団が来たんだろ?」

「実家から何か聞いてないの?」

 

 モンモランシーが尋ねても、ギーシュは首を振るだけ。

 

「全然。騎士団長に聞こうかと思ったけど、なんか聞くに聞けない空気でさ。そうだ、ルイズ。君の家も……」

 

 話かけられたルイズだが、何か考え込んでいるかのように俯いている。目は見る事を忘れているかののように、止まったまま動かない。ここに非ずという雰囲気だ。すると今度はキュルケが話し出す。何か気づいたかのように。

 

「そう言えば、ミス・マンティコアの髪ってピンクブロンドだったわね。あまり見ない色よね」

「!」

 

 反射的にルイズは顔をあげていた。そこにあったのは、隠していた黒歴史ノートが見つかったかのような顔つき。目元が引きつっている。

 

 彼女は分かっていた。ミス・マンティコアの正体を。自分の母、カリーヌである事を。歩く姿を遠目にしただけですぐに分かった。声を聞いて確信した。だが、マスクをしているのだ。正体を知られてはならない理由があるのだろう。ルイズは平静をなんとか維持。取り繕って答える。

 

「そ、そう?珍しいけど、見ない訳じゃないわ」

「いいじゃないの。言いなさいよ。誰だか分かってるんでしょ?黙っとくから」

「全然、わ、分からないわ。い、一体、誰かしらねぇ?」

 

 ルイズは腕を組みながら首を大げさに傾げる。さも見当がつかないと言いたげに。だがそれを見て、相変わらず嘘をつくのが下手だと思うしかないキュルケとタバサ。

 だがそんなルイズの努力を、台無しにする存在が現れた。

 

「ねえ、ルイズ。あんたの母上来てたけど、何しに来たの?」

 

 唯我独尊の天人、天子である。一同の前から近づいてくる。

 ルイズ、すぐさま天子に突撃。口を手で封印。小声ながらも、怒声を耳にねじ込んでくる。

 

「言うんじゃないわよ!」

「なんでよ」

「マスクしてたのよ!隠そうとしてんのが分んないの?」

「あれ隠してるつもり?」

「だいたいなんで、母さまって分かったのよ。緋想の剣、使ったの?」

「いらないわよ。見れば分かるでしょ」

「…………」

 

 ルイズ、返しようがない。

 カリーヌの纏う雰囲気は独特だ。しかも戦っている彼女を、天子は見ている。ルイズと同じく、歩いている姿を見ただけですぐに分かった。

 とにかく、ここはなんとか天人を黙らせないといけない。だが、すでに遅し。微熱の声が後ろから届く。

 

「やっぱり、あなたの家族だったのね」

「え!?」

 

 思わず振り向いた先には、様々なリアクションをする一同。その中で、ギーシュは納得顔で頷いている。

 

「だから、ヴァリエール家とグラモン家の騎士団が来てたのか」

「なんでグラモン家も?」

 

 モンモランシーの問いに答えるギーシュ。

 

「ルイズのご両親と、父上は旧知らしくってさ。手紙のやりとりよくしてるんだよ」

「そうだったの……。知らなかったわ。でも、マンティコア隊は?」

「それは分からないなぁ。ルイズ、知ってるんだろ?」

 

 ルイズ、顔が神経痛でも起こしているかのよう。言うべきか言わざるべきか。だがこれも無駄な迷いであった。またも天人がペラペラ。

 

「ルイズの母上が、元親衛隊長だったからでしょ」

「「「え!?」」」

「烈風カリン?とか呼ばれてたんだって」

「「「えーーーー!?」」」

 

 ギーシュやモンモランシー、マリコルヌは顔を突き出して驚いていた。無理もない。烈風カリンと言えば、演劇の題材となるほどの人物だ。それがまさかルイズの母親とは。すぐに、質問攻めに会うルイズ。その当人は、苦虫を潰しながら天子を睨んでいた。だが天人の方はいたって涼しい顔。

 その脇ではタバサが、あまり驚いた様子のないキュルケに尋ねる。

 

「知ってた?」

「知らなかったわ。けど、ヴァリエール家の当主夫婦の人柄は、ウチの親から聞いてたもの。納得はいくわね」

「そう」

 

 一言返すタバサ。

 やがて観念するルイズ。完全に開き直った。

 

「あーっ、もう!分かったわよ!あなた達の言う通りよ!ミス・マンティコアは私の母さまで、烈風カリンよ!」

「え?でも、烈風カリンて男性じゃなかったっけ?」

 

 誰もが思いつく質問をギーシュがぶつける。実際演劇でもカリンは男優のする役だった。ルイズは渋々、真相を口にする。

 

「えっとね、役職にあった頃は男装してたそうよ。父さまから聞いたわ。女性じゃ騎士になれないからって」

「そうだったのか……。まさか女性だなんて。それじゃぁ引退されてから、行方が知れないのも当然だね」

 

 色男は納得顔で何度もうなずく。

 

「でも、あの英雄が指導教官だよ。すごいじゃないか!役者じゃなくって、本物だぜ!」

 

 マリコルヌが小躍りして喜んでいた。ギーシュも明るい声を上げて同じリアクション。ついさっきまで高圧的で、気に入らないと言っていたのはどこへやら。その前でルイズは、二人を不憫そうに見ていた。

 

「気楽なもんね。今に真逆な気分になるわよ」

 

 不穏なルイズの言葉に、神妙な顔つきの一同。喜びはあっさり冷却。すると全く違う色合いの声が挟まれた。天子だった。不敵な笑みが浮かんでいる。

 

「へー。カリーヌって教官としてやってきたの」

「……天子、何考えてんのよ」

 

 ルイズは探るように天子を見る。疑念一杯に。当の使い魔の顔は、いかにも楽しそう。だがギーシュ達とは違い無垢な笑顔でなく、腹に一物あるかのような顔つき。

 

「その授業、私も参加するわ。使い魔との連携とか、どうせやるんでしょ」

「あんた……。母さまと、決闘するつもりでしょ!」

「決闘じゃないわよ。訓練よ、訓練」

「あんたってヤツは……!」

 

 歯ぎしりしながら睨みつけるが、相も変らぬ天人は涼しい顔。

 最近大人しくなったと思っていた使い魔が、また暴走しそうになり始めている。衣玖には残ってもらうべきだったかと、後悔が一つ頭を過っていた。

 

 ただ何にしても、教練が始まるのはまだ先の話である。何故なら、生徒達が待ちに待った長期休暇が始まろうとしているのだから。もっとも本来の夏休みに比べれば、ずっと短い。それでも休みは休み。やがて一同の話題は、休みの事へと移っていく。だがルイズだけは、母親の事が頭から離れずにいた。嫌な予感を伴って。

 

 

 

 

 

 うっそうと茂った竹林の中に足を進める四人の姿があった。魔理沙、パチュリー、アリスの魔法使い三人衆と竹林の案内人、藤原妹紅である。妹紅はこの広大な竹林に住んでいて、ここの案内人を担っている。

 彼女の元を訪れる者の目的は大抵同じだ。永遠亭への訪問。ここの竹林は迷いやすい事でも有名だったので、妹紅はありがたい存在だった。一方、彼女は、幻想郷の住人らしく能力持ちだが、その中でも特異な能力を持っている。その意味でも存在感のある人物だった。

 そして今彼女の後ろから付いてきている連中の目的も、やはり永遠亭。ただし、ほとんどの者が医療目的で屋敷を訪れるのに対し、彼女達の目的は違う。それは窃盗物の奪還。だが今、魔理沙達の頭にあるのは別のものだった。

 

 白黒魔法使いが、腕を組んで神妙な顔つきで話だす。

 

「まさか、シェフィールドが来てたなんて信じられないぜ」

「だいたい、どうやって生き残ったの?フランの"どかん"喰らったはずでしょ?」

 

 アリスも納得いかない様子。パチュリーも黙り込んで知恵を巡らすが、現状、答えを出すには情報がなさすぎた。

 

 それはハルケギニアから戻ったばかりの時。片づけを済まし一段落ついたレミリア達の耳に、奇妙な話が入る。話の主は美鈴。彼女は、シェフィールドというハルケギニア人が来ていたと言う。しかも、一日も経たない内にいなくなったとも。それを聞いて一同、目が点。あのガリア王の虚無の使い魔は、フランドールが吹き飛ばしたはずだったからだ。どうやって幻想郷に来られたのか、何故、死ななかったのか、いなくなった理由は何か。疑問は次から次へと湧いてくる。美鈴はシェフィールドから、幻想郷に来た経緯を聞いたのだが、彼女自身も分かっていなかったと言う。

 すでにパチュリー達は、トリステイン学院でキュルケ達が幻想郷に行って戻って来たという話も聞いていた。さらにルイズは召還された訳ではなく、原因不明な現象で幻想郷に来たという事も分かっている。幻想郷に来たハルケギニア人はこれで三組。どれもが謎の現象と言っていいものばかり。魔女達には、嫌な胸騒ぎがあるのを意識せずにはいられなかった。

 

 ともかく今は、ルイズに頼まれた始祖の秘宝奪還が最優先。実行犯は鈴仙と分かっている。だが大きな問題があった。おそらく主犯である永琳に、どう対処するかが決まってない事。荒事になるかもしれない。三人にはそんな覚悟も半ばあった。もっともそれも、幻想郷の日常とも言えるが。

 

 長らく続く曲がりくねった小道を進むと、急に竹林が開ける。差し込む日の光に照らされた大きな館。月人達の住居、永遠亭である。すると妹紅が足を止めた。

 

「着いたよ。それじゃぁ、私はここで待ってるから」

「挨拶しないのか」

「昨日したから、十分」

 

 そう言って、屋敷を囲む壁に寄りかかる妹紅。彼女はここの主で永琳の主人、蓬莱山輝夜といろいろと因縁がある。その意味で魔理沙は口にしたのだが。ちなみにここで言う挨拶とは、別名、殺し合いと言う。じゃれ合いと言う者もいるが。

 

 関心ないという態度の妹紅を残し、三人は屋敷へと入って行った。無言で戸をノック。ほどなくして、戸が開いた。

 

「はいはいは~い。なんの御用で……」

 

 玄関口にいたのは鈴仙。当然である。ここの雑務は彼女が担当。客を迎えるのも当然彼女。だがその玉兎は、顔を引きつらせていた。マズイという言葉が張り付いている。

 そんな彼女の内心を見透かすように、魔理沙が開口一番。

 

「何しに来たかは、分かってるよな」

「いや……その……あの……、ご、ご、ごめんなさい!悪いとは思ってるけど、仕方なくって……」

 

 必至になって頭を下げる月うさぎ。だが三人は意に介すつもりなし。次にパチュリーが口を開いた。

 

「どうせ、永琳の指示なんでしょ?」

「え……まあ……、そうなんだけど……」

「なら、永琳と話をつけるわ」

「えっと……師匠は……」

 

 苦笑いでごまかしつつ、言葉を濁す鈴仙。この怒っている魔法使い達を、永琳に会わせていいものか。どう考えてもトラブルの予感しかしない。そしてとばっちりを受けるのは、おそらく自分とすぐに予想がつく。

 だが……。

 

「うどんげ。上がってもらって」

 

 意外な声が背から届く。当の永琳がそこにいた。何事もないかのように。

 

「客間を用意させておいたわ。案内して」

「客間に……ですか?」

「そうよ」

「はい……」

 

 鈴仙は首を捻りながら、魔理沙達の方を向く。

 

「それじゃぁ、どうぞ」

「「「……」」」

 

 魔法使い達も、この対応に違和感を覚えずにいられない。何しに来たかは、当の永琳も分かっているはず。屋敷の奥に下がった宇宙人が、何を考えているか想像もつかない。だが、どのみち彼女に会うつもりだったのだ。渡りに船とも言う。

 

 鈴仙に案内されつつ客間に到着。支度は、使用人の妖怪うさぎがやったそうだ。

 日本庭園が望める客間に、腰を下ろすアリス達。しばらくすると永琳がやってきた。座卓を挟み魔法使い達の対面に座る。後から、鈴仙がお茶と茶菓子を持ってきた。和室らしい光景だが、客間は妙な緊張感に包まれていた。当然と言えば、当然だが。

 

「んじゃぁ、さっそく『始祖のオルゴール』と『風のルビー』を返してもらうぜ」

 

 単刀直入に要求を口にする魔理沙。やや威圧的な雰囲気を漂わせ。それに永琳は、お茶を飲みつつ相も変らぬ態度で返す。

 

「ぶしつけねぇ」

「それが目当てだからな」

 

 次にアリスが要求をぶつける。こちらも面白くなさそうな表情。

 

「できれば理由も聞かせてもらいたわ。なんで、始祖の秘宝に興味持ったの?」

「別に始祖の秘宝じゃなくても良かったのよ。ハルケギニアの貴重品だったら」

「貴重品?何?宝物収拾にでも目覚めたの?」

「あの転送陣を見た時に、少し違和感があってね。それを調べる切っ掛けにしようと思っただけ」

「違和感?」

 

 アリスは永琳の言葉を繰り返すが、その疑問に当人は答えず。代わりに質問を一つ。

 

「先に聞かせてもらうけど、魔理沙が返せって言うって事は、あなた達は始祖の秘宝を持ってないのね」

「おいおい、盗んどいて何言ってんだよ。持ってりゃ、来る訳ないぜ」

「そうよね。でも、ここにもないわよ。始祖の秘宝」

「あ?どういう意味だ?」

 

 思わず顔をしかめる魔理沙とアリス。パチュリーも細めた疑念の目を向ける。当の月人は、何事もないかのように説明しだした。

 

「うどんげは秘宝を箱の中に入れて持ってきたんだけど、開けてみたら何も入ってなかったのよ。あの子はあなた達のトラップに引っ掛かって、転送の時に奪い返されたと思ったようだけど」

「そんなトラップ、仕掛けてないぜ」

「でも、転送の時に地震が起こったって、言ってたわ」

 

 するとパチュリーの表情が変わる。神妙な顔つきに、研究者のものへと。

 

「地震?」

「そうよ」

「……」

 

 俯いて考え込む紫魔女。ほどなくしてアリス達の方を向いた。

 

「確か、フランがシェフィールドを吹き飛ばした後にも、地震が起こったわよね」

「そう言えば、そうだったわ」

「それにキュルケ達も、幻想郷に来る前に、地面から突き上げられたって言ってたわ」

「言われてみれば……。どういう事かしら?幻想郷、ハルケギニア間を行き来した余波?」

 

 アリスは思いつきを口にするが、魔理沙がそれに疑問を返す。

 

「私らが転送陣使うときは、地震なんて起こらないぜ」

「それに例外もあるのよ。実は天子がデルフリンガーを持った時にも、妙な地震があったんだけど、転送現象は発生してないわ」

 

 パチュリーの話に、アリスは口を閉ざしてしまう。それらを繋ぐ要因が思いつかない。するとそこに永琳が入り込んだ。

 

「ルイズとシェフィールドって子の他にも、ハルケギニアから来てたの?」

「ええ。ルイズの知り合いが五人ほどね。今はハルケギニアにいるわ」

「行き来できた原因は?」

「それがどちらもよく分からないのよ。帰った方には、紫が絡んでるらしいんだけど」

「そう。でもそうなると、始祖の秘宝もハルケギニアにあるんじゃないかしら?」

「……可能性はあるわね」

 

 パチュリーは永琳のいう事に、わずかにうなずく。地震という共通現象が発生している以上、考えられる事だった。だが仮にそうだったとしても、行方不明には違いない。キュルケ達もハルケギニアに戻った時は、元居た場所ではなかった。始祖の秘宝が戻っていたとしても、おそらく同じだろうと。

 

 ともかく、始祖の秘宝奪還は不可能。ブツがないのでは仕方がない。それにしても、少々のトラブルは覚悟していたが、最終的には取り戻せると思っていた。それがまさかの展開。魔理沙は不機嫌そうに憮然として口を開く。

 

「ま、何にしても、失くしちまった落とし前は付けてもらうぜ。あれは預りもんだったからな」

「そうね。それじゃ、お詫びとして薬を進呈する、というのはどうかしら?」

「薬?」

「私は薬師よ。出せる物の中で、一番のものと言ったらやっぱり薬ね」

「それ、ハルケギニアの人間に効くのかよ。まず、侘びを入れる相手はルイズ達だぜ」

「もちろんよ。しかも万能薬。病気から怪我からなんでも治すわ」

「いつのまにそんなもの作ったんだよ。だいたいなんだよ、万能薬って?」

「ほら、ルイズの姉を治してほしいって頼まれてたでしょ?その薬を作ってる最中にできたのよ。効果は確認済みよ」

「確認した?どうやって?」

「それは企業秘密。もし不都合があったら、文句を言いに来ていいわよ。ちゃんと対応するから」

「そう……か」

 

 これほど自信ありげに永琳に返されると、さすがの魔理沙も言葉に詰まる。だが、あの月の英知がここまでいうのだ。それはあるのだろう。企業秘密というキーワードが、少々気にかかるが。

 やがてパチュリーが腹を括ったようにつぶやく。

 

「分かったわ。とりあえず、それで手を打ちましょう」

「そうしてくれると、ありがたいわ。そうそう、今更だけど、一応謝っとくわね。悪かったわ。それと、ルイズにも詫び入れといて。私も一筆したためとくから」

「…………」

 

 パチュリー、無言。永琳が進んで謝罪を口にするとは。何かあるとしか思えない。だがそれを聞いたところで、何も返ってこないのも分かっている。やがて紫魔女は諦めたかのように項垂れると、月人の言い分を受け入れた。

 

 用も終わり、三人の魔法使い達は永遠亭を後にした。一同は、次々浮かぶ疑問について、あれやこれや語り合いながら帰路につく。しかし、結論は出ずじまい。

 消えた始祖の秘宝。地震と転送現象の関係。さらに、あまりに誠実な永琳。どうにも嫌な予感ばかり、浮かぶのだった。

 

 

 

 

 

 二、三日後。

 大きな社を構えた神社の社務所に、幻想郷の大物達が集まっていた。神と大妖と亡霊と宇宙人が。

 ここは守矢神社。集まっているメンツは、八坂神奈子、洩矢諏訪子、八雲紫、西行寺幽々子、八意永琳。それぞれが幻想郷においては、大きな意味のある存在。もっとも一同は、それほど広くない客間でちゃぶ台を囲んでいるという有様だったのだが。見る者によっては、年寄りもとい、年長者の茶飲み会に思えなくもない。

 

 ちゃぶ台の中央には茶菓子、各人の前には湯呑が置かれている。幽々子が煎餅を一枚とってぼやく。

 

「前回も茶菓子、煎餅じゃなかった?次はお饅頭にしましょうよ。おいしいお店知ってるわよ。教えてあげましょうか」

「ここは茶屋じゃないんだがな」

 

 神奈子が憮然と返す。そう顔を合わす事もないメンツが度々、この神社にたむろしているのだ。とりあえず客として迎える手間をかけているのに、文句を言われるのは面白くない。こうまでしてこのメンツが揃うのには、もちろん理由がある。それはハルケギニアに関わる問題だった。

 

 つい先日、紫から一同に、三組目のハルケギニアからの来訪が告げられる。それについての会合だった。

 つまらない雑談の後、最初に諏訪子が話を切り出した。

 

「これで三組目だねぇ」

「それも二組目から、ほんのわずかしか経ってないわ。しかも人数まで増えてる」

 

 紫はぼやくように答えた。ちなみに一組目とはルイズの事、二組目はシェフィールド、そして三組目はキュルケ達である。

 すると神奈子が、腕を組んで宙を仰ぎながら言う。

 

「この調子で続かれると、さすがにマズイな。幻想郷がいくらなんでも受け入れると言っても、限度はあるからな」

「そうね。今までは居なくなったからいいものの、居なくならない可能性も考えておかないと。なのに、来る仕組みも消える仕組みも分からず仕舞い。少なくとも、ここのまま放っておくって訳にはいかないわ」

 

 スキマ妖怪の視線がわずかに厳しくなった。幻想郷を作り上げた彼女。場合によってはそれを揺るがしかねない今の事態は、頭を抱える要件となりつつあった。

 その隣で幽々子が煎餅をかじりながら、つぶやく。紫の胸の内を明かすように。

 

「人間が増えすぎると、バランスの問題が出て来るものね」

「逆よ」

 

 不意に差し込まれた永琳の言葉に、幽々子は不思議そうに返す。

 

「逆?」

「人間じゃなくって、人外の方が増えすぎる事になるわ」

「ああ、そう言えば、ハルケギニアにも妖魔とかいうのがいるんだったわね」

 

 亡霊姫は以前見たハルケギニアの資料の事を思い出す。パチュリーが幻想郷に戻る度に、神奈子達に渡すものだ。今回の分も、もちろん来ている。もっとも届けに来たのはこあだったが。

 だが月人は、お茶を一口飲むとわずかに首を振る。

 

「そうじゃないわ。ハルケギニアから来る者に、人間はいないわ。つまりハルケギニアには人間は、いないという意味よ。もちろん、私達が言う人間という意味でね」

「ほぉ。面白そうな話だね」

 

 神奈子が興味ありげに目を細め、身を乗り出す。永琳は落ち着いた仕草で話を始めた。

 

「シェフィールドって子が来てたでしょ?あの子にいくつか薬を処方したのよ。渡した薬は四種類。怪我を治す薬に、身体能力を上げる薬、姿を変える薬に、緊急回避の薬」

「それで、効いたのかい?」

「ええ。全部ね。致命傷が数秒で完治、身体能力が五倍になり、変身の薬じゃぁ完全に姿を変えたわ。もちろん緊急回避の薬も効果があった」

「さすが蓬莱の薬師って所か。けど、人外の話とは関係ないように聞こえるよ」

 

 風神はやや皮肉気味に尋ねる。しかし月人の表情は変わらず。

 

「四つの薬の内ね、最初の三つは同じものよ。しかも中身はただの栄養剤。にもかかわらず効果があった。すなわち人間じゃないという事よ」

 

 シェフィールドに彼女がやけに気を配っていたのも、これを確認したかったのだ。ハルケギニアの人間というものがなんなのかを。

 その切っ掛けは、シェフィールドを蘇生した時の事。彼女がチルノのおかげで瀕死の状態に陥った時、蘇生後の体力回復のため永琳が使ったのが手持ちの栄養剤。だがシェフィールドはそれで、あっさりと全快してしまう。月の英知ですら、予想しなかった結果。その原因が知りたかったのだ。だからてゐを使い、幽香まで策に巻き込んで、シェフィールドにぶつけたのである。

 

 永琳の言葉に、諏訪子わずかに眉をひそめる。やがて茶化す言葉を一つ入れる。

 

「プラシーボ?」

 

 薬師は呆れ気味に、手のひらを返した。

 

「プラシーボで、致命傷が治ったり、強さが五倍になったりしたら、私は廃業よ」

「でも、ハルケギニアで商売すれば、大繁盛だよ」

 

 相も変わらず茶化す諏訪子。すると今度は紫が口を開く。こちらは神妙そうに。

 

「私もハルケギニアの人間には、違和感があったわ。キュルケって子達が来た時に、大やけどを負った男がいたんだけど、最初上手く治せなかったのよ」

「あら、怪我の治療なんて事もできるのね」

 

 医療の話とあって、永琳は興味ありげ。表情を緩めている。

 

「健康と怪我の境界をいじってね。でもその男は、それで治らなかった。だから通常状態に戻すようにしたの。それで一応治ったわ」

「通常状態……ね」

 

 そこで言葉の意味を租借するように黙り込む永琳。取り立てて思い当たる事があった訳ではないが、謎を解くヒントとなりそうな予感があった。

 その対面で、神奈子が思い出したかのようにつぶやく。

 

「そう言えば、魔法使いが言ってたな。ハルケギニアの人間で、魔法が使えないのはいないんじゃないかって」

「ああ、言ってた、言ってた。貴族と平民の違いは、魔法の有無じゃなくって、杖を作る技術の有無じゃないかって。ハルケギニア人って存外、種族としての魔法使いなのかもね」

 

 諏訪子は相方の言い分にうなずく。すると幽々子が新しい煎餅を手で弄びながら、つぶやく。

 

「ま、人間のいない世界なんて珍しいものじゃないじゃないの。地獄も天界も。ウチの所だって、妖夢くらいしかいないもの。あってもかまわないでしょ」

「なんのトラブルも持ち込まなければね」

 

 紫も煎餅を弄びながら、一言添える。ウンザリしているかのように。そして煎餅を自分の小皿へ置くと、やや締まった顔つきで話し出した。本題へとさし戻す。

 

「ハルケギニア人が人外かはともかく、まずは、あの連中がどうやって来るかを突き止めないと」

「というか、博麗大結界でなんで防げないの」

「あれは、別次元用にできてないもの」

「なら、できるようにすればいいじゃないの」

「相手はどこから来るのか分からないのよ?幻想郷中を結界で包むなら別だけど」

「手はあるじゃない」

「冥界も遮断しちゃっていいなら」

「ああ、それは困るわね。人里に行けなくなっちゃうもの」

 

 冥界の亡霊が、都度々人里に行くほうがおかしいのだが、そんな異常もここでは日常だったりする。やがて神奈子が一つ提案。

 

「ならば、ハルケギニアがどこにあるか確認するのから始めたらどうだ?」

「そうね。けど、あなたがあの転送陣完成させたんでしょ?なんで場所が分からないの?」

 

 ここで紫のいう場所とは、時空的な意味である。

 

「私はルイズって存在に、線を繋いだだけだからね。そうだねぇ……、穴を北に向かって掘っていたら目的地についたけど、具体的な場所は分からないと言った感じかしら」

「頼りにならない神様ね」

「時空は専門じゃないから、しようがない」

 

 手の平を天に向けて、肩をすくめる神奈子。八百万神のそのほとんどは専門職だ。もっともだからと言って、手をこまねいている彼女でもなかった。脇から一冊のノート取り出し、ちゃぶ台に乗せる。

 

「けど手がかりがないって訳じゃぁない。まずはこれだ」

「何よそれ」

「烏天狗の取材ノート。魔法使いとは、また別の視点から書いてあるから、これも参考になると思うよ」

「よくあのパパラッチが貸したわね」

「大天狗殿に頼んだんだよ。文が、泣きそうになりながら渡しに来た」

「組織人は苦労するわねぇ」

 

 紫はお茶をひと口。頭にその時の文の様子を思い浮かべ、薄笑いを浮かべていた。さらに神奈子は言葉を続ける。

 

「それと私自身、転送陣を観察していて気づいたんだが、ハルケギニア人がこっちに来るときには反応が強くなる予兆がある。パチュリー達の時には、それは見られない」

「その反応で、ハルケギニアの在処は掴めそう?」

「もう少し強ければ」

「そう。私も紅魔館周りに術式を仕掛け終わったから、こっちも探ってみるわ。けど次の現象待ちってのも、心もとないわね。それに、強い反応が来るとは限らないし」

「まあ、確かに……それはそうだけど」

 

 神奈子と紫が難しそうな顔でうなずく。するとパチュリーの報告書と、文のノートを読んでいた永琳が口を開いた。英知の頭脳に何かが閃いていた。

 

「まだ手がかりはあるわ」

 

 一同が一斉に月人に注目する。

 

「まずは地震、そして虚無よ」

「地震に虚無?」

 

 永琳の言葉を繰り返す神奈子。

 

「転送が起こる時は、ハルケギニアで地震が起こるそうよ。さらにルイズは虚無の担い手、シェフィールドは虚無の使い魔。それと転送は起こらなかったんだけど、天人が虚無に関わりのあるマジックソードを掴んだら地震が起こったと、魔法使いから聞いたわ。後、ウチのうどんげが始祖の秘宝を盗んだ時にも起こったわ」

「ああ、あの反応はそのせいか。鈴仙が帰って来た時に、いつもと違う反応があったんで不思議に思ってたんだけど」

「それも観察してたのね」

「まあね。だがキュルケってのが来た時には、虚無関連はいなかったんじゃないの?」

「実はいたんだけど、まだ覚醒していなかったとは考えられない?」

「うむ……」

 

 風神はうつむくと考え込む。確かにその可能性はあると。そもそも何が虚無と関わりがあるかは、パチュリー達からの報告で知っただけで、彼女達自身はその判別がつかないのだ。

 次に、その隣にいる諏訪子が尋ねた。

 

「つまり虚無関連を突けば、何か出て来るって訳?」

「おそらく」

「また始祖の秘宝でも取って来る?」

「それならうどんげの時に、ハルケギニアの場所が分かってるはずよ。だから同じ事をしても結果は同じでしょ」

「もっと派手なのが必要と……。けど、何をすれば……」

 

 諏訪子が唸るように零した。他のメンツも永琳の言う事は理解できるが、その方法が思いつかないのか黙り込んでいる。だがここで話を進めたのはやはり永琳。

 

「実は方法も思いついてるのよ」

「何だい?」

「聖戦よ」

 

 月の英知はそうつぶやいた。文のノートに書かれている、その言葉を指しながら。だがカエルの神様は渋い顔。

 

「聖戦ねぇ。そんなもん、肩書でしょ。ただの戦争と変わらない」

「肩書には違いないわ。でも、ただの戦争にはならない。なんと言っても、虚無の担い手が実在してるんだから。しかも二人も。聖戦が実現すれば参加する事になるでしょ?場合によっては、四人揃う可能性もあるわ」

「そうなれば、何かの反応があるかもと」

「揃った時点で、こっちから手を出して反応を起こしてもいいわ」

「それにしても、ハルケギニア人には迷惑な話だね」

「神としては、許しがたいかしら?」

「ハルケギニア人に、ウチの信者がいればね」

 

 祟り神はちゃぶ台によりかかると、鼻で笑っていた。対する永琳も似たような顔つきで、ゆっくり瞼を閉じる。だがそこに、紫の嫌味そうな声。

 

「そう言うあなたも、随分物騒な方法思いつくのね。命を助ける薬師にしては」

「私としては、幻想郷のバランスに関わるような騒動は御免なのよ。ここに身を預けてる店子としてはね。それはあなたも同じでしょ。大家さん」

「……その通りね。ま、だからこそ月人のあなたと、ちゃぶ台囲んでるんだけど」

 

 紫はお茶に手を伸ばすと、言葉を切った。実は紫自身は、月人とそう相性がいい訳ではない。彼女が以前、月で失態をやらかした事が絡んでいるのだが。だが、そんな二人がこうして度々顔を合わせているのだ。それほどハルケギニアの件は、大きなものになりつつあった。

 やがて神奈子が腕を組み、ゆっくりと口を開く。話をまとめるかのように。

 

「で、聖戦を起す方法ってのは何?少なくとも私達は、ハルケギニアに行けないでしょ?お互いそう簡単には、幻想郷を離れられない事情がある」

 

 神奈子、諏訪子の二柱は神として、易々と幻想郷から出る訳にいかない。紫には幻想郷の管理、幽々子は冥界での立場、永琳も永遠亭の実質的な管理者というだけではなく、無二の医者としての存在があった。転送陣があるとは言っても、立場的に行く訳にはいかなかった。

 だが永琳は、どうという事でもないという態度。

 

「わざわざ私達が出向くまでもないわ。それに大した策でもないのよ。少しばかり手を出すだけ」

 

 そう言って、文のノートを指さした。その先にはある人物の名前があった。

 

 

 

 




描写不足を一部書き足しました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。