ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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参戦要請再び

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、なんで、走らないといといけないんだよ!」

「はぁ、はぁ、さ、さっきの話、聞いてなかったのか?」

「だ、だけど、ルイズの言う通りとは限らないじゃないか」

「たぶん、当たりだって」

「け、けど、けど……もうダメだ。限界だぁ」

 

 息切れ混じりの最後の言葉を零すと、マリコルヌは空へと飛んで行った。ギーシュは宙をフラフラと飛ぶ彼を、呆れ気味に見送る。同じく走っていたルイズ達は、太った子の将来像を予想した。きっと酷い目に遭うだろうと。

 

 今、ルイズ達は走っていた。学院の外周を。何故かと言うと、これが秋休み開け最初の軍事教練の課題だからである。

 授業が早めに終わり、カリーヌもといミス・マンティコアの最初の軍事教練を全生徒が受ける事となった。その注目の課題は行軍訓練。内容は、学院の外を周回後、魔法実践をするというもの。当然、周回には制限時間付。

 トリステイン魔法学院は広い。食堂に教室、各種施設、生徒の寮に、学院関係者の寮、さらに広大な広場。それら全て内包しているのだから。その広い学院の外周を回るのである。あいにく馬は生徒個人用がないため、使えない。使い魔の使用も禁止されていた。結果、ほとんどの生徒は魔法を使った。主にフライを。魔法実践を軽く見ていたのもあったが、そもそも日頃運動をしていない貴族のお坊ちゃまやお嬢様が、自らの足で進むなどというものを選ぶ訳がなかった。

 だがルイズは気づいていた。魔法実践は並のものではないだろうと。なんと言っても、あの母親の考える事なのだから。それに、この秋休みに学んだ知識のおかげでもあった。

 

 秋休み。カリーヌの計らいで、生徒達が学院から出られないという最悪の事態にはならなかった。各人の家の護衛の元、生徒たちは帰郷。残ったのはルイズだけ。もっともキュルケとタバサが、早々に戻ってきたのだが。タバサはその複雑な立場のため、実家に長居できずに。キュルケの方は両親との折り合いが悪いので。さらに、コルベールが学院に居たという事もあるのかもしれない。

 ともかくルイズは学院にずっといた。帰郷をすでに済ましていたのもあるが、カリーヌの言いつけだったのだ。その理由は、秋休み中のマンツーマンの教練。その話を聞いたとき、ルイズは死地に向かう覚悟をする。だが実際には座学が中心で、思ったより厳しくなかったのだが。内容は虚無という特殊な能力を持つ娘の事を思い、カリーヌが作り上げた特別メニュー。そこには、かつては無茶をして単独行動する事も多かった彼女自身の経験が生かされていた。しかしそのおかげで、ルイズはカリーヌの教練の方向性をだいたい把握していたのだった。

 

 学院外周を走るルイズ、キュルケ、タバサ、ギーシュ、モンモランシー。ルイズの言い分を一応納得して、こんな事をやっている。

 彼女のアドバイスはこうだった。精神力は温存しておいた方がいいと。だが理解はできていても、実際できるかは別の話。というか外周を走り通すという要求を果たせるのは、精々ルイズとタバサくらいだったりする。ルイズは美鈴のトレーニングメニューを日々積み重ねていたため。タバサの方は特務に当たる事が多い立場から、同じく密かに鍛錬を積んでいた。一方、残る三人はかなりへばり気味。

 

 キュルケの途切れ途切れの声が出てくる。

 

「ね、ねぇ、さすがに走り続けるのは無理よ」

「やめた方がいい」

 

 タバサ、すかさず解答。彼女の方はキュルケと違って、疲れを微塵も見せない。だが親友のそんな答えに、うなずかないキュルケ。代わりに別のものを提示。

 

「い、いい手があるのよ。ショートカットするってのはどうかしら?」

 

 重い足取りの中、出てきたのはイカサマだった。すると、色男のかすれた返事が届く。

 

「ど、どうやって?」

「ここはミス・マンティコアから見えないわ。か、壁を越えて学院内を突っ切るのよ」

「な、なるほど。それいいね」

 

 ギーシュも結構キツイのか、不正にあっさり賛同。モンモランシーもうなずいていた。こちらは、さらに一杯一杯。もはや不正なくしては、現状は乗り切るのは無理かのような三人だった。上手く進みそうな具合に、表情を緩める微熱の美少女。

 しかし今度は、ルイズのキッパリとした声。こちらも疲れた様子なし。

 

「タバサの言う通りよ。やめといた方がいいって」

「な、なんでよ」

「だって……」

 

 彼女の言葉を遮る叫び声が、叩きつけるような衝撃音と共に聞こえた。先の方から。

 

「うわっ!」

 

 一斉に音の方を向く一同。目に入ったのは、空から落ちてくる生徒が数人。どうもキュルケと同じことを考え、学院の壁を越えようとしたらしい。だが、阻止されたようだ。何かに撃ち落とされ、落ちてくる。

 すると空から高らかな宣言が届いた。

 

「はっはっは。私の前で、不正をしようなんて1000年早いわ!」

 

 声の主は、仁王立ちで宙に浮いている天人。非想非非想天の娘、比那名居天子。

 ギーシュ達は唖然。何とも言えない微妙な表情で空を見上げていた。すぐにいくつもの疑問が発生。その行く先は主。あの天人の主、ルイズ。

 キュルケが、力の限りの疑問形をぶつけていた。

 

「どういう事よ!?ルイズ!天子、何やってんのよ!?」

「母さまと取引したのよ」

 

 ルイズ、どこか朗らかに答えていた。あっけらかんと。

 

「取引って何よ」

「天子が母さまと決闘したがってたんだけど、それを母さまが了解したの。条件付きで」

「何よ。条件って」

「天子が教練を手伝う事」

「え?」

 

 キュルケだけではない。ギーシュやモンモランシーもあからさまに顔を歪めていた。不吉な予感が浮かんで。ギーシュが、恐る々質問を一つ。

 

「て、手伝うってどういう意味だい?」

「そのままよ。今日はインチキする生徒を、かたっぱしから撃ち落す役目だって」

「撃ち落すって……あの光る弾でかい?」

「そうよ。言っとくけど、結構痛いから」

「…………」

 

 ギーシュ、返す言葉がない。いや、誰もが。

 天子の力はここにいる面子なら知っている。その強さも傍若無人さも。さらに教官は英雄カリン。しかもその憧れの英雄は、実はとんでも鬼教官という事を、身を持って知ってしまった。この二人がタッグを組んで、これからの軍事教練をやるというのだ。ルイズが秋休み前に言っていた、今に真逆な気分になるという意味を、この時理解する。最悪というキーワードが、各人の脳裏に描かれていた。

 キュルケが、半ば八つ当たり気味に文句を並べていた。

 

「ルイズ!使い魔、母さまに取られて、何平然としてんのよ!主のメンツ丸つぶれじゃないの!」

「あの子のわがままに、振り回されたくないの!正直、今の状態は大歓迎だわ!母さまがあの子の相手してくれるんだもん。予定が入ってたら、天子も勝手する暇ないしね。主のメンツなんて、二の次よ!」

「…………」

 

 あまりに的を射たルイズの答えに、さすがのキュルケも黙り込むしかない。ここにいる者はだいたい知っていた。天子だけではない。幻想郷組がハルケギニアに来てから、ルイズがいろいろと振り回されてばかりなのは。秋休み前も、徹夜の土木工事をやらされたとぼやいていた。

 それにしてもあのルイズが、メンツを保つ気がないと言い出すとは。キュルケ達は少しばかり驚いていた。幻想郷に行く前は、意地っ張りと気位の高さが、一番目についたというのに。だが、今ではかつての気位の高さが鳴りを潜めている。様々な騒動に巻き込まれたせいだろうが。もっとも、そんな彼女も悪くないと誰もが思っていた。

 

 結局、企みは断念。それからヘロヘロになりつつも、外周を2/3ほど過ぎる。会話はすでになく、呼吸音と足音だけが耳に届く。そんな時。

 

「「「えーー!」」」

 

 学院内から悲鳴が聞こえた。すでに魔法を使って先行していた連中が、ゴールである広場に着いているはず。おそらくはその連中の悲鳴だろうと誰もが思った。

 次に聞こえたのは、よく通るカリーヌの声。

 

「出発!」

「「「は、はい!」」」

 

 悲壮とも言えるような生徒達の返答が届く。ルイズ一同は息をのんでいた。モンモランシーが疲れた声を枯らしながら、学院の方を見た。

 

「はぁ、何?」

「はぁ、はぁ、ルイズの予想が……当たったんじゃないかしら?」

 

 キュルケも同じく壁の方を向きながらぼやく。

 ルイズの予想は、魔法実践はかなり厳しいというもの。行軍訓練というのだ。その後の戦闘も想定しているだろうと。そして、それはどうも正解だったらしい。

 

 やがて一同は、やっとゴールの広場に到着。悠然と構えているミス・マンティコアが中央に見える。

 

「あなた達が最後です。時間ギリギリでしたが、なんとか間に合ったようですね」

「「「は、はい」」」

 

 結局、最後まで魔法を使わずに来たのはルイズ達だけ。だが体力の続かないキュルケ達に合わせたので、ギリギリになってしまったが。

 疲れ切っている彼女達の姿を気にも留めてないように、ミス・マンティコアは次の指示をあっさり出す。

 

「次の課題に入ります」

「ええっ!?」

「今すぐですか!?」

 

 キュルケ、ギーシュ、モンモランシー、前のめり。確かにずっと走っていたので、精神力は温存している。魔法を使えない事はないが、今の体力では詠唱すら辛い。予想はしていたとは言え、キツイものはキツかった。だがそれに対し、マスクウーマンから鋭い視線が飛んでくる。

 

「敵がこちらの都合に合わせて、戦ってくれるとでも?」

「あ、いえ……はぁ……」

「それが返答のつもりですか」

「「は、はい!分かりました!」」

「よろしい」

 

 穏やかながらも、鋭利な刃物を感じさせる響き。体力空っぽながらも、やるしかない。覚悟を決めるキュルケ達であった。

 一方、ルイズとタバサはまだ余裕がある。様々な騒動の経験と、日頃の鍛錬の積み重ねのおかげだろう。ルイズとしては、幻想郷の連中に振り回されたのが役に立ったようで、なんとも微妙な気分だったが。

 

 ところで他の生徒達はというと、ほとんどが回るのに精神力かなり使ってしまい、魔法実践をこなせなかった。そして罰は、さらに外周を一周してくる事。初日からしてこの訓練。多くの生徒達は、気持ちを入れ替えざるを得なかったという。

 

 翌日。筋肉痛で遅刻する生徒、疲れで居眠りをする生徒が多発。午前中は授業にならなかった。このため教師達の苦情がオスマンへ殺到。ようやく各貴族の騎士団が帰って行って一安心と思ったら、今度は烈風の英雄殿との間を取り持たないといけない。まだまだオスマンの気苦労は続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 今日の最後の授業が進んでいた。しかも残り時間は後わずか。だが生徒達の顔つきは暗い。それを代弁するかのように、モンモランシーがつぶやく。

 

「はぁ、次は軍事教練ね……」

「だね……」

 

 隣に座っているギーシュもぼやき気味。

 

 ミス・マンティコアの教練は、それまでの教官とは段違いの厳しさだった。以前の教官は、生徒達の親の爵位や立場を気にしていたのか手を抜いていた所があったのだが、彼女はそんなものには頓着なし。耐えきれず文句を言った生徒もいたが、説得されてしまう。主に力づくで。さらに天子が訓練補助の時には、調子にのって弾幕をぶっ放す。こちらもあまり容赦がない。しかも早朝の体力訓練が義務化されていた。以前は、朝走っていたのはルイズだけだったが、今は誰もが走っている。こんな中、せめてもの救いは、たまに教練が座学となる事くらいだった。しかし今日は違う。実技訓練な上、天子参加が分かっていた。軍事教練の中ではワーストの組み合わせ。誰もが溜息をもらすしかない。

 

 いよいよ授業が終わりにさしかかろうとしている時、教室の扉が空く。姿を現したのはコルベール。

 

「授業中、申し訳ありません。え~、ミス・ヴァリエール!」

「はい?」

 

 ルイズは呼びかけに立ち上がる。

 

「すぐに来てください。それとミス・ヒナナイも同行させてください」

「天子をですか?」

「そうです。是非」

「はい。分りました」

 

 聞きたい事はいくつもあるが、とりあえず教師の指示なのでルイズは教室から出て行った。一方、残った生徒達は天子が教練に参加しないと分かって、少しばかり胸をなでおろしていたりする。

 

 ルイズと天子が揃って学院長室へ案内される。待っていたのはアニエスだった。

 

「ミス・ヴァリエール。陛下がお待ちだ。ロバ・アル・カリイエの方々と共に来てほしい」

「陛下が?どんな理由でしょうか?」

「それは、王宮で話す。とにかくお急ぎだ。竜騎士を待たせている。準備をして欲しい」

「は、はい」

 

 学院長室を後にすると、慌てて寮へ戻る。戻りながら、ルイズは何度も首を捻っていた。

 普通、王宮に向かうときは馬か馬車で向う。それが竜騎士を用意しているとは。よほどアンリエッタは急いでいるのだろう。ただその緊急な用というのが、思いつかなかった。何にしても、行けば分かる事である。

 

 アニエスは竜騎士に乗り、ルイズは天子の要石に乗って、王宮へと急いだ。馬なら数時間かかる道のりが、わずかな時間で到着する。謁見をあっさり済ますと、アンリエッタの執務室へと向かった。そこは以前、アンドバリの指輪の件を話した場所でもあったが、今執務室にいるのはその時とは違う。アンリエッタ、アニエス、ルイズに天子。女王の真剣そうな眼差しから国に関わる事らしいとルイズは考えるが、何故か宰相のマザリーニがいない。なんともしっくりこない気持のまま、アンリエッタの言葉を待つ。すると彼女が、それを察したかのように口を開いた。

 

「よく来てくれました。ルイズ、ミス・ヒナナイ」

「いえ。陛下のお呼びとあれば、いつでも登城いたしますわ」

「ところで、他のロバ・アル・カリイエ方々は?」

「あ、今、帰郷しています」

「帰郷!?帰ってしまわれたのですか!?」

 

 思わず立ち上がり、身を乗り出すアンリエッタ。ルイズはそこまで驚く事だろうかと思いながら、事情を説明する。

 

「はい。彼女達は、時々帰郷してるんです。でも近々、戻って来ると思いますから。ご用件がありましたら、その時あらためて登城したいと思います」

「え?」

 

 アンリエッタとアニエス、今度は怪訝な顔つき。眉間に皺が寄っている。対してルイズの方は、二人のリアクションの理由がさっぱり分からない。微妙な表情をお互い向け合う。やがて女王は座りなおすと、少し戸惑い気味に尋ねてきた。

 

「ロバ・アル・カリイエは遥かかなたと聞いていますが、そんなに頻繁に行き来していたのですか?というかできるのですか?」

「あ」

 

 ルイズの態度がガラッと豹変。失敗したという具合に。

 実はラ・ロシェール戦直後、アンリエッタに対して、幻想郷メンバーはロバ・アル・カリイエの出身のメイジという説明をしていた。だが久しぶりに会ったのもあって、すっかりそんな設定を忘れていたのだった。

 疑念一杯の声が、上座から届く。あからさまに狼狽えているルイズに対して。いつも通りピンクブロンドの子のごまかしは、あっさりバレていた。

 

「ルイズ……。何か隠していますね」

「え、えっとですね……」

 

 頭がグルグル回りだす。何かいいアイディアはないかと、脳の隅をひっくり返す。しかし無駄な思考だった。隣の椅子の天人が、あっさりネタばらし。

 

「ああ、それね。ルイズの言ってた事、嘘だから」

「ど、どういう意味ですか?」

「だから、私達はロバ・アル・カリイエのメイジなんかじゃないって意味よ」

 

 天子の言葉を聞き、さらに驚きをヒートアップさせるアンリエッタとアニエス。開いた口から、次から次へと質問が飛んでくる。結局、ハルケギニアに来てから何度もあった、幻想郷の説明を開始。当惑する二人をなだめながら、なんとかルイズはあの異質な世界について伝える。ただ何度も経験したせいもあって、ルイズの説明は手際がよかった。こんなものに慣れても仕様がないのだが。そして最後は、深々と詫びを入れていた。

 

「その……申し訳ありません!姫……じゃなかった陛下を、騙すつもりはありませんでした!でも、あの時はまだいろいろ落ち着いてなかったので、あんな説明をしてしまい……」

「いえ……。分かりました。確かに当時は、まだまだ混乱していましたから、その上異世界などという突拍子もない事を言われても益々混乱しただけでしょう。ですが、真相はそうだったのですね。でしたら今の状況を知る上で、助けになるかもしれません」

「今の状況?」

 

 アンリエッタの言葉に、ふと顔を上げるルイズ。そして気づいた。そもそも、王宮に呼ばれた理由を聞いていなかったと。今の状況とは、その話に関係した事かもしれない。すると女王に変わりアニエスが口を開いた。引き締まった表情で。

 

「ミス・ヴァリエール。本題に入る。心して聞いてもらいたい」

「はい」

「あなたには、アルビオン出兵に参加してもらう。もちろん虚無の担い手としてだ」

「えっ!?どういう事ですか!?前にお話しした時は、戦争にすらならないとおっしゃっていたではありませんか!?」

 

 以前、出兵依頼をされた時には、出兵しなくてもいいという話だったはず。アルビオン皇帝クロムウェルが虚無を騙るための鍵、アンドバリの指輪をルイズ達が奪取してしまったという事を知って。彼が偽りの虚無である事を、アルビオン中に知らせれば勝手に瓦解すると。

 さらに質問を続けようとしたルイズに、今度はアンリエッタからの声が届く。どことなく戸惑いを感じさせる声色だった。

 

「ルイズ、それについてはわたくしから説明します。実は先日、奇妙な出来事があったのです」

「奇妙な出来事?」

「…………。マザリーニ枢機卿が、アンドバリの指輪の件を覚えていないと言うのです」

 

 思わず席を立つルイズ。うわずった声を上げていた。

 

「ええっ!?どういう事ですか?だって、あの場に同席してらしたではないですか!」

「はい。わたくしもそう問いただしました。ですがやはり、そんな記憶はないと言われるのです」

「でしたら、ラグド……ラグドリアン湖の精霊に、もう一度確認を取ってください。事実はすぐ分ります」

 

 確実な物証であるアンドバリの指輪をラグドが持っている以上、あの出来事は間違いなくあった事だ。証明するのは簡単である。だがその答えは、すぐに帰って来た。

 

「実はもう水の精霊に使いを出しています。確かに精霊は、アンドバリの指輪は持っていましたし、あなたが話してくれた出来事の証言も得られました」

「では何故私が参加……というか、そもそもアルビオンに攻め込む話になったのです?」

「マザリーニ枢機卿が指輪の事を覚えてないというのを知ったのは、つい先日なのです。その時点ですでにアルビオン対策は、ほぼ決まっていました。我が国だけの問題でしたら、わたくしの勅命で対策を変える事もできます。しかし、アルビオンについては同盟国ゲルマニアも関係する話。わたくしの一存では、どうにもならないのです」

 

 ゲルマニアとの折衝に女王自ら赴く事はまずない。将軍や役人に任せ、要所要所で報告を受けるだけだ。会議の推移を一応確認はしていたが、なんだかんだでマザリーニを信頼していた彼女。こんな事態になるとは、想像していなかったのだ。

 

「ルイズ。本当に、ごめんなさい」

「姫さま……」

 

 重苦しげに語るアンリエッタに、ルイズはつい慣れ親しんだ呼名を口にしてしまう。彼女の気持を察したように。

 マザリーニがどういう理由で、記憶がないなどと言ったのかは分からない。だが、今となってはどうにかなる話ではないようだ。それに、祖国を助くはこの国の貴族としての務め。そして、たった一人の幼馴染からの頼みなのだ。ルイズはすぐさま腹を決めると、すっと胸を張った。

 

「陛下。このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。陛下のご要望に応えたいと思います」

「ルイズ……。ありがとう」

 

 アンリエッタはわずかに頭を下げると、唇を噛んだ。戦争にしない手段があったにも関わらず、こんな事態になってしまった自分のふがいなさを悔やんでいた。それはルイズにも伝わっている。しかしだからこそ、さらにルイズは決意を強くした。お互いの思いが一つになったかのような、空気がアンリエッタの執務室を包もうとしていた。

 

 だが、そこに空気を壊すような一言。だらけた天人の声が入ってくる。

 

「あのさー。そういう話なら、私来なくてよかったんじゃないの?ルイズが決めればいい話だし。ハイスコア更新したかったのあきらめて来たってのに、無駄足だったわ」

 

 憮然とルイズが振り向いた先には、退屈そうにしている天人の顔。相も変らぬ使い魔に、気分は台無し。

 

「あんたってヤツは……だいたい何よ、ハイスコア更新って」

 

 少々語気を荒げて尋ねるが、そんなもの天子は意に介さず。あっけらかんと答えた。

 

「撃ち落す生徒の数」

「……。ホント、そういう所は変わらないわね」

 

 この天人にとっては軍事教練もしょせん遊びなのかと、ルイズはあきれるしかない。もっとも、だからこそ幻想郷の住人らしいとも言えるが。

 するとそんな二人に対し、あらたまったような声が届く。アンリエッタだった。

 

「あ、いえ、ミス・ヒナナイに来ていただいたのは、別件についてです」

「ん?そう。で、何?」

「まずは、こちらをご覧ください」

 

 そう言って、アンリエッタは引き出しから一つの指輪を取り出した。そして机に置く。二人は席を立つと、近づいて指輪を覗き込んだ。指輪がはっきりと見えた時、ルイズは目を剥いたまま固まってしまった。

 

「これって……!姫さま……!」

「『風のルビー』です。間違いありません」

「ですが、これは……」

「あなたにしばらく預けていた物です。それが何故か私の宝石箱の奥に入っていました。気づいたのは今日ですが、いつからあったのかは分かりません」

「……」

 

 ルイズ、息を飲む。

 ロンディニウムで手に入れた始祖の秘宝、『風のルビー』と『始祖のオルゴール』。それらは鈴仙が幻想郷へ持って行ってしまった。彼女の書置きに、そう残されていた。それが何故かここにある。では、鈴仙が書置きの内容とは違い、ワザワザここに持ってきたのか。幻術を操る彼女ならそれが可能だと想像はつくが、理由が分からない。そもそもそれならば、何もしなければ良かっただけである。ルイズは頭を巡らすが、答えに繋がるものは何も出てこなかった。

 

 アンリエッタは二人を見上げると、問いかける。

 

「ルイズ、ミス・ヒナナイ。心辺りはありませんか?」

「これって、鈴仙に取られたんじゃなかったっけ」

 

 天子は指輪を舐めるように見ながら、つぶやいた。魔理沙達が騒いでいたのを思い出す。一方のルイズは青い顔。次の瞬間には、頭を下げていた。

 

「その……陛下!大変、申し訳ありません!実は私が預かっていた始祖の秘宝を、取られてしまったのです!」

 

 『風のルビー』は始祖の秘宝というだけではなく、アンリエッタの恋人、ウェールズの唯一の形見というべきもの。それを彼女の好意で借りていた。幻想郷のメンバーには世話になったからと。それを取られたというのは、失態どころではない。ルイズは詫びを入れつつも、それを噛みしめていた。

 アンリエッタの方も、大きく目を見開いていた。

 

「と、取られたとは、どういう事ですか!?」

「……。鈴仙・優曇華院・イナバという妖怪が、幻想郷へ持って行ってしまったのです。本人は、必ず返すと言っていたのですが……」

「何故そんな事を……?」

「分かりません……」

 

 パチュリー達は、鈴仙が師匠である永琳に命じられたのではないかと言っていたが、その永琳が何を考えているかまでは予想もつかない。

 だが今のルイズはそんなものより、ただただ幼馴染の大切なものを手放してしまった事を悔やむだけ。

 

「その……本当に、本当に、申し訳ありません!」

「……」

 

 無言のままアンリエッタは、ルイズを見つめる。ルイズは非難の声を覚悟する。どんな言葉を浴びせられても仕様がない。だが幼馴染から聞こえてきたのは、まるで違うものだった。

 

「ふぅ……。ルイズ」

「は、はい!」

「こうして戻って来たのですから、気に病む必要はありません」

「ですが……」

「わたくしも、あなたに無茶をお願いしてるもの。戦争に行って欲しいって。わたくしがもっとしっかりしていれば、防げたのに……。お互いさまよ」

「姫さま……」

 

 幼馴染の二人は、柔らかい笑みを向け合っていた。喧嘩もしたが許し合える関係でもあった、かつてのような笑みを。

 

 しばらくして、アンリエッタの表情は、女王へと戻っていく。ルイズも気持ちを切り替える。

 

「話を戻しますが、それでは、そのレイセンという方が返しに来たという訳ですか?しかし、何故こんな所に?しかも黙って……。ですが、だとすると『始祖のオルゴール』もどこかに、置かれているのでしょうか?」

「かも……しれませんけど……。ただ彼女が、そういう事をしたとは考えにくいです。黙って返すというのも、鈴仙らしくありませんし……」

 

 鈴仙との付き合いはそれほど長い訳ではないが、ルイズは彼女の人となりはそれなりに分かっていた。天子もルイズの言葉に続く。

 

「だねー。あの子なら、正面切って土下座しながら返しに来るだろうし」

 

 二人の会話を聞き、アンリエッタは難しい顔つきで視線を落とす。すると今度はアニエスからの問いかけ。

 

「では、質問を変えよう。そのゲンソウキョウとやらに、このような事ができる者がいるのか?」

「う~ん……。スキマは当然として……、鈴仙もできるだろうし、私もできるかな。でも、私も妖怪とかそんなに詳しくないからねー。魔女連中なら、結構知ってるだろうけど」

「そう……か。だとすると方法からは絞れそうにないか……」

 

 アニエスも俯いて考え込む。さらに動機の方はと問いかけるが、自由気ままな連中の多い幻想郷。そちらの方がなおさら分からなかった。

 それからいくつかの考えが出たものの、全て憶測。結局、理由は分からずじまい。話はここまでとなる。やがてルイズと天子は、アニエスに見送られ、王宮を後にした。

 

 学院へ帰路の途中。出兵を決めたというのに、ルイズには別の事柄がずっと引っかかっていた。何故マザリーニは『アンドバリの指輪』の事を忘れたのか。何故『風のルビー』が、アンリエッタの手元にあったのか。それは理由が分からないだけではなく、奇妙な違和感と纏って、ルイズの脳裏にこびりついていた。

 

 

 

 

 

 

 鬱蒼とした竹林を歩く女性が一人。左手に手提げを持ち、歩いていた。周りはどこも似たような風景。他の者なら遭難しかねないほどの竹林を、なんの躊躇もなく進んでいる。それも当然。ここは彼女の庭と言ってもいい場所なのだから。この月人の薬師、八意永琳にとっては。

 そんな彼女を見つめる存在があった。永琳も気づいたのか、歩みを止める。彼女はその存在に視線を向けた。面白くなさそうに。だが、永琳の見つめる先には何もない。

 すると空中に一本の線が現れる。やがて宙は割け、広がり、別空間への入口となった。そこから金髪の女性が身を乗り出してくる。そんな彼女に永琳は、疲れたように声をかけた。

 

「何の用かしら?紫」

「確認をね」

 

 姿を現したのは八雲紫。スキマとも称される妖怪で、幻想郷の管理人代表。最近の奇妙な事件のせいで、ハルケギニアをあまり快く思ってない者の一人。

 紫の質問に、永琳は言葉を返す。

 

「確認って何の?」

「例の聖戦のよ。誰を送り込むかは決めたの?」

「まあね。了解も取ったわ」

「大丈夫なの?」

「おそらくね。私の薬も持って行ってもらうし」

「薬って……」

 

 紫は思案を巡らせながら、以前、八坂神社での会合を思い出す。永琳がシェフィールドで試した薬を。

 

「確か、ハルケギニア人にとっては万能薬だったわよね。それじゃぁ、使おうにも効果が予想できないわ。あっても不便なだけでしょ」

「持っていくのはその薬じゃないわ。ちゃんとハルケギニア人にも、想定通りの効果があるように調合したものよ」

「ハルケギニア人に、想定通りの効果が出る?」

「あら?説明しなかったかしら?」

「何の話よ」

「シェフィールドって子に渡した薬よ。四つの内、三つは確かに栄養剤だったけど、最後の薬は違うわ」

 

 再度、会合の事を思い出す紫。確かに永琳はそう言っていた。

 

「ああ、そうだったわね。緊急用の薬だったかしら。でも、それがどういう物かまでは聞いてないわ」

「あの薬はね、実は土下座をする薬なのよ。彼女、幽香に酷い目に遭った時、使ったんだけど、効果も持続時間も想定通りだったわ」

「緊急事態に土下座ってのは、確かに万能薬としての効果とは思えないわね」

 

 スキマ妖怪はうなずきながらも、別の疑問を浮かべていた。薬の効果があまりにも違う点に。もっとも薬については専門外。考えた所で分かる訳もなし。ともかく、この月人に任せておいても問題ないようだ。それを納得すると、紫は隙間に戻ろうとする。だが帰り際、もう一度永琳の方を向いた。

 

「一つ聞いてもいいかしら?」

「何?」

「その土下座の薬って何で作ったのよ」

「あなたに飲ませようと思って」

「……。やっぱり月人の冗談は、笑えないわね」

 

 紫は皮肉交じりの笑みで、そう告げると、隙間の中へと身を沈めた。やがて入口は消え失せ、何もない竹林の小道に戻っていく。永琳はわずかに肩を竦めると、何事もなかったように帰路を進みだした。

 

 

 


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