ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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号外!号外!

 

 

 

 

 

 ルイズがラ・ロシェールで、すでに乗船し作戦会議すら終えた頃。彼女の使い魔である比那名居天子は何をしていたかというと、在るべき場所、主の側にはいなかった。それどころかラ・ロシェールに向かってすらいない。いたのは幻想郷連中のアジト。廃村の寺院の地下である。そこの転送陣の前でウロウロとしていた。

 

「いったい、いつまで向こうにいるのよ~。ちょっと長すぎでしょ」

 

 彼女が待っていたのは、パチュリー達。いずれ戻ってくると言っていた、他のメンバー。何故かと言うと、ルイズを守るのに必要なものを受け取るためだ。それは、ガンダールヴのルーンを左手に投影するマジックアイテム。魔女たちが、幻想郷で用意すると言っていたもの。

 

 天子のガンダールヴのルーンは、デルフリンガーを掴んだ時を切っ掛けに徐々に消え始めていた。それは虫食いのようになってしまっており、今ではもう半分も残っていない。これまでは手袋で誤魔化していたのだが、戦闘となればそんなものすぐに千切れてしまう。たとえ鎖帷子で作られていたとしても、天子の膂力の前ではティッシュペーパーも同じである。だからこそ、ルイズ護衛にはマジックアイテムが必須だったのだが。

 

 いつもはいい加減な天子も、さすがに余裕がなくなって来た頃。ふと転送陣が青い光が放ち始める。するとそこに現れるいくつもの影。やがて影は形を持ち、本来の姿を見せる。ようやく戻ってきたのだ。パチュリー達が。さっそく魔理沙が第一声。

 

「ん?天子じゃねぇか。どうしたんだよ。まさか、出迎えか?」

「あんた……。もしかして何かやらかしたの?」

 

 らしくない行動を取っている天子を見て、アリスが不信な視線を向ける。だが今はそんな状況ではないのだ。天子が駆け寄ってきた。必死の形相で。

 

「マジックアイテムは!?」

「マジックアイテム?」

「ガンダールヴのヤツよ!」

「ああ、あれね。パチュリー」

 

 後ろにいた紫寝間着に声をかける人形遣い。するとパチュリーは従者のこあに手をさしだす。こあはたくさんの荷物の中から、対象のものを取り出した。

 

「えっと……これですね」

 

 手渡されたものを確認すると、パチュリーは天子に渡す。

 

「これよ」

「ベルト?」

「腹巻よ」

「腹巻ぃ~?」

「どんなものにするか、いろいろ考えたんだけど、この形が一番壊れにくいと思ってね。柔軟性もあるし、服の下につけとけば隠せるし。ただ、かなり壊れにくくしてはあるけど、それでも完全って訳じゃないわ。直撃は避けてよ」

「分かったわ。で、使い方は?」

「まずは……」

 

 それから魔女達の説明が始まる。ガンダールヴのルーンを左手に寸分たがわず投影するもの。オン、オフすら可能。逆に肌を投影し、ルーンを隠す事すらできる機能付き。なかなか便利なものだった。

 天子は説明をすぐに理解すると、早速身に着けだした。だが不似合な慌て振りに、魔理沙達は呆気に取られる。

 

「ここでやらなくてもいいだろ。部屋でやれよ」

「間に合わないからよ」

「何に?」

「出航に!」

「出航?」

「ルイズが戦争に行くの。もうそろそろ船が出る時間だし。あの子を守るって言っちゃったからね」

「ちょっと待て!ルイズが戦争って、なんだよそれ!?」

「誰かに聞いて。んじゃ!」

 

 そう言って腹巻を付け終わると、とっとと部屋の出口へ向かった。すると衣玖が彼女を追いかける。

 

「お待ちを。総領娘様。私もお供しましょう」

「うん!とにかく急ぐわよ」

「はい」

 

 衣玖は荷物を自分の部屋に放り込むと、天子と共にアジトを出て行った。

 残された、パチュリー、魔理沙、アリス、こあ、文。そして鈴仙。呆然としながら、二人が出て行ったドアを見つめる。アリスがまず口を開いた。

 

「どういう事?戦争って?やっぱり相手はアルビオンかしら?でも、なんでルイズが参加するハメになったの?」

「だいたい『アンドバリの指輪』の件があったから、戦争にはならないって聞いてたけど」

 

 パチュリーも眉をひそめて言葉を返す。すると文が口を挟んできた。

 

「ま、とりあえず聞いて回れば分かるでしょう。オスマンさんか、コルベールさんにでも聞きますか」

 

 来た途端の不穏なイベント。だが、文だけは何やら目を輝かせていた。さっそく取材のネタが来たという具合に。ともかく状況が分からないのは確か。一同は、とりあえず学院に向かう事にした。

 出てきた場所は、幻想郷メンバーに割り当てられているトリステイン魔法学院の寮。すでに日は落ちていた。一同は部屋から、ぞろぞろと出て行く。するとそこをたまたま通りかかった、青髪ちびっ子が目に入った。紫魔女が視線だけ向けて一言。

 

「丁度良かったわ。タバサ。聞きたい事があるのよ」

 

 タバサは久しぶりの顔ぶれを目にしながらも、表情を変えずにわずかにうなずいた。

 

 

 

 

 

 ノックもなしに、いきなり幻想郷組の寮のドアが開く。勢いよく。入ってきたルイズは、遅刻して慌ててきた学生のように興奮気味。その彼女の目に映ったのは幻想郷の面々。魔理沙、アリス、パチュリー、こあ、文、鈴仙。ただしレミリア達はいなかった。今回は来てないようだ。ルイズ、天子、衣玖合わせ総勢9人。ここの寮は広めの部屋だが、この人数ではさすがに手狭。だが今はそんな事より、全員揃っているのがありがたい。

 

「丁度良かったわ!あんた達の、手を借りたいの!」

 

 高いテンションの声が飛び出してくる。だがそんな彼女に届いたのは、なだめる言葉ではなかった。

 

「やっぱ、私らの勝ちだな。賭けときゃよかったぜ」

「ま、理屈で考えればこうなるわよね」

 

 魔理沙とアリスが、なにやら楽しそうにルイズの方を見ている。ルイズ、一気に気分が冷めていく。

 

「なんの話?」

「ルイズが、貴族らしいかって話だぜ」

「何よ。それ」

 

 怪訝として白黒魔法使い見るが、魔法使いのニヤけた表情は変わらない。そんな彼女を他所に、アリスがルイズに声をかける。

 

「その様子だと、戦争行く予定が中止になって、帰って来たって訳じゃないわよね?」

「あ!そ、そうよ!」

「で、何をするつもり?」

「神聖アルビオン帝国を消すのよ!それで戦争を終わらせるの!」

 

 ルイズは両拳を握りながら力説。するとパチュリーが疑問に表情を曇らせながら口を開いた。

 

「ルイズ。その前に事情がよく分からないのだけど、『アンドバリの指輪』の件はどうなったの?戦争にならないって話のハズでしょ?」

「それが私もよく分からないのよ。それは後で話すわ。とにかく今は、戦争を止めるのが最優先よ」

「ふぅ……。仕様がないわね。ま、それ自体はそう難しくないと思うけど」

 

 紫魔女は、戦争を止めるという難事業を、片手間でできるかのように言う。だが彼女達にとっては、それも当然だった。彼女の代弁するように衣玖が口を開く。

 

「アンドバリの指輪の話を、使うという事でしょうか?」

「そう、それよ!アルビオン中に広めれば、あの国は勝手に割れるわ!」

 

 だがそこにアリスが質問一つ。

 

「それはいいけど、具体的な方法はどうするの?」

「えっと……」

 

 そこから先は考えていなかった。とにかく戦争を止める考えが先に立ち、実質的なものは何も思いついていなかった。すると浮いていた烏天狗が、気軽そうにアイディア一つ。

 

「チラシ撒けばいいんじゃないですか」

「チラシ?」

「あの皇帝が、偽虚無だって書いた紙をあちこちにばら撒けばいいんですよ」

 

 号外をばら撒くのは、新聞作っている彼女ならよくやる手。新聞を日頃から扱っているだけに、どうやれば人に情報を知ら占められるか一番分かっていた。だがルイズは、少し考えて首を振る。

 

「簡単に言うけど、まともな紙は数揃えるだけで大変だわ。それに、それだけの紙に指輪の事書くのは、手間がかかり過ぎよ。お店に頼もうにも、今は夜だから開いてないし」

 

 ハルケギニアの紙は高めの羊皮紙か、質がかなり低い植物繊維紙しかなかった。地球の古代以降の東洋や、現代社会で使っている質の高い植物繊維紙は存在しなかった。そのため紙問屋に置いてある紙の量も、たかが知れていた。

 すると意外な所から、解決法が出てきた。タバサである。

 

「全部、ここにある」

 

 ふと部屋の奥から出てきたガリアの留学生に、ルイズは少しばかり意外な表情。

 

「あれ?なんでタバサ、ここにいるの?」

「ミス・鈴仙と母さまについて話をしてた」

「ああ……」

 

 ルイズは思い出す。鈴仙に、正確には彼女の師匠に姉のカトレアと、タバサの母の治療を頼んでいた事を。さらに彼女には、始祖の秘宝を盗んだという、別の大問題を聞かないといけないのだが。だが、今はそれ所ではない。

 ルイズはあらためて、タバサに聞き直す。

 

「でも、ここって?」

「ああ、そういう事」

 

 またも意外な所から声。今度は天子。ルイズは脇の使い魔に、顔を向けた。

 

「何よ。分かったの?」

「あれ?何?分かんないの?あんた」

「え、あ……。そ、そんな事ないわよ!て、天子の言う通りね!」

「うん。で?それは何かなー?」

 

 ルイズを覗き込むような、憎たらしい使い魔の笑顔。だが答えの出ない主。だが遊んでいる場合ではないと言わんばかりに、タバサがあっさり答えを口にした。

 

「学院には印刷機も紙もある」

「そうなの!?」

「授業で使うものは全て、学院で刷られている」

 

 授業などで使う様々な印刷物。それらを用意するために、この学院には活版印刷機と用紙が揃っている。さすがはトリステインの最高学府だけの事はあった。

 ルイズは喜び勇んで手を叩く。

 

「そっか、学院ね!ワザワザどこかに行かなくてもいいじゃないの!じゃ、さっそくはじめないと!」

 

 すぐに動こうとするルイズに、タバサが首を振った。

 

「使い方が分からない」

「う……。そっか……。そうだわ……」

 

 部屋を出ようとしたルイズの足が止まる。手段は分かったが実行できない、そのもどかしさで一杯。少し苛立っているルイズに向けて、パチュリーがふとつぶやいた。

 

「心当たり、あるわよ」

 

 一同は一斉にパチュリーの方を向いていた。その表情はいつも通り、抑揚のない眠そうなもの。だがわずかに口元が緩んでいた。

 

 

 

 

 

 双月が上がる真夜中。学院の者がほとんど眠りについた頃。広場のはずれの小さな小屋に明かりが灯っていた。

 

「ミス・ツェルプストー。そろそろ部屋に戻ってもいいですよ。明日もあるでしょうし。後は私がやりますから」

「そういう、ミスタ・コルベールにも、明日があるじゃないですか」

「それは……そうですが……」

 

 眉を歪め困った表情で、褐色美人を見るコルベール。

 ここはコルベールの実験室。趣味の部屋とも言う。その彼の聖域に、最近助手が入った。いや、押し掛けた。その名はキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。何故彼女がこんな所にいるかというと、恋する相手との距離を、何とか縮めようとしていたのだ。なんと言っても、恋愛沙汰では百戦錬磨の彼女が、相手のファーストネームを呼ぶ事すらできていない。想像以上にコルベールの壁は固く高い。自慢のプロポーションも効果なし。ここまで生徒と教師の間は隔絶しているのかと、唖然とするほど。大怪我したコルベールを数日間看病し続けるなんて大イベントでもあれば、大きく前進できそうなのだが。そんなものはまるで起こる気配がなかった。なので、こうして地道な努力を積み重ねているのである。

 もっともコルベールにとっては、単に生徒と教師という理由から彼女の好意を受け入れない訳ではなかった。彼にとって教師である事は、贖罪の意味もあったのだから。キュルケが考えている以上に、生徒と教師という関係は彼にとって重いものだった。

 

 なんとも微妙な空気が漂っている実験室。そこに突如、割り込み発生。キュルケにとっては邪魔な。コルベールにとっては救いの。

 それはノックだった。コルベールは、すぐさまドアへ向かう。この場の雰囲気を変えるような急ぎ足で。そして、ドアを開けた。気分を刷新するような声を上げつつ。

 

「おやおや。どなたでしょうか?こんな夜更け……」

「久しぶりね。コルベール」

「お、お久しぶりです……。ミス・ノーレッジ……」

 

 目の前にいたのは、別の意味で厄介な相手。異世界の魔女だった。気分は刷新された。ただし悪い方に。

 

 少々の騒動の後、全員は小屋の外にいた。ルイズに幻想郷メンバー、コルベール、キュルケ、タバサ。ルイズの話を、コルベールは何度もうなずきながら聞く。

 

「なるほど」

「ミスタ・コルベール!お願いします!」

「もちろん手を貸しましょう。戦争などというくだらないもので、人が血を流す必要はありません。張り紙で戦争が止められるなら、安いものです。この学院の用紙を全て使って構いません!」

 

 コルベールは即断した。彼にとっても戦争は最も忌むべきものだ。それを止められるなら、考えるまでもない。

 

 やがて一同は、印刷室へ。キュルケやタバサも印刷を手伝う事となる。

 そして配る場所だが、さすがにアルビオン全土という訳にはいかないので、主要都市に絞られた。ダータルネス、ロサイス、サウスゴータ、ロンディニウムの四つである。さて、ここで最後の問題が残った。どうやってチラシを配るか。配る場所はアルビオンの北東端、南端、そして中央と、場所がバラけている上かなり距離が離れている。しかもそれを短期間にやらなければならない。主要都市を一斉に混乱にさせ、アルビオン全土を混沌の渦中に巻き込むためだ。だが、向かう先は主要都市。当然、防備もしっかりしているだろう。これら厳しい条件を、全てクリアしないといけない。

 ルイズが、さっそくアイディアを一つ。

 

「みんなで、手分けして配りましょうよ!」

 

 ここで言うみんなとは、もちろん幻想郷組の事。ハルケギニアの人間では風竜に乗るしかないが、それでは敵に見つかった時、振り切るのが難しい。その点、幻想郷メンバーには、風竜の何倍もの速度で飛べる者が揃っていた。

 その第一人者となる烏天狗が、すかさず手を上げる。ルイズ、表情をパッと明るくした。一番厄介と思っていたが、最速の彼女が率先して賛同してくれるなんて、と。しかし……。

 

「今回はパスで」

 

 あっさり協力拒否。ルイズ、表情が逆転。身を乗り出すように慌てて聞く。文の飛行能力は、何者にも代えがたいのもあって。

 

「な、なんでよ!」

「今回の騒動は、広範囲ですからね。取材に徹したいんですよ。それにこの前の村の件で、ルイズさんには十分借りを返したと思いますから」

「そ、それはそうだけど……」

 

 言葉の返せないルイズ。確かに文は、ダルシニ達の村復旧で中心的な役割を担っていた。建築の知識があったからだ。他にも、いろいろと彼女達の力を借りてはいる。もっとも、その彼女達が起こす日常的な後始末をやっているはルイズなのだが。一方で、文の方はというと、ハルケギニアに来てさっそくの大きなネタ。これを確実にモノにしたかった。こんな状況でも自分本位。幻想郷の住人らしい思考である。

 だが文は、言葉を続ける。もどかしそうにしているルイズを前に。

 

「ま、ただ何も手を貸さないというのも、気持的に引っかかるものがありますから。代わりと言ってはなんですが、一つアイディアを差し上げましょう。せっかく鈴仙さんがいますから」

「鈴仙?」

 

 ルイズも、名前を出された鈴仙も、首を傾げていた。しかし当人はすぐにうなずく。

 

「わ、私にできる事なら、なんでも言って!ルイズ!」

 

 始祖の秘宝の件で後ろめたさがあるのか、必死の態度の玉兎。そして文のアイディアは、彼女に任される事となった。

 

 やがて先行してチラシを配るメンバーが決まる。魔理沙、衣玖、鈴仙だ。彼女達の担当はサウスゴータ、ダータルネス、ロサイス。一方で、ルイズと他のメンバーはロンディニウム担当。第一作戦終了後の集合場所は以前、ロンディニウムに洪水を仕掛けた時の待機場所だった林。勝手知ったる場所である。一方で、コルベールは当然来るであろう、ルイズの所在の問い合わせを誤魔化すのに徹する。なんと言ってもルイズは、勝手に軍を抜け出したのだから。キュルケとタバサは、現場で手伝う事がないので居残り。もっともキュルケにとっては、コルベールが残っている方が大きい理由だったろうが。

 そしてチラシが揃った深夜。各人は一斉にアルビオンへと向かった。

 

 

 

 

 

 アルビオン、サウスゴータ上空。魔理沙担当。暗視スコープを通し、辺りを見回す。

 

「思ったほどじゃないぜ」

 

 内陸と言う点もあってか、想像よりは防御は固くなかった。直掩の竜騎士も上がっていない。もっとも、チラシさえ配ってしまえば見つかっても、構わないのだが。彼女には追手を振り切るだけの速力があった。

 

「さてと、さっそくやるか」

 

 魔理沙は箒を握りしめると、サウスゴータ市内へとすっ飛んで行った。

 

 

 

 

 

 アルビオン、ダータルネス上空。衣玖担当。空気の流れから、敵を察する。

 

「ふむ……。やはりしっかり守られてますね」

 

 連合軍の目標候補とされているだけあって、防御は固い。直掩の竜騎士も何騎か上がっている。さらに、フクロウが何匹か飛び交っているのが気になった。動きの不自然さから使い魔と察する。このフクロウ達も見張りの一つだろう。

 

「少しやっかいですが、なんとかなるでしょう」

 

 衣玖はつぶやくと、さらに空気を綿密に探っていく。上空を飛び交うそれらの隙間に狙いを定め、市内へと入っていった。

 

 

 

 

 

 アルビオン、ロサイス近郊。鈴仙担当。こちらも連合軍の目標候補とされているので、防御は当然固い。だが鈴仙は、この町へ地上から近づいていた。しかも堂々と正面から。やがて正門まで来ると、鈴仙は一度大きく深呼吸。気持ちを落ち着かせる。そして声を上げた。

 

「門を開けなさい!」

 

 見張り達は何事かと、声の主を見る。すると慌てたように動きだした。やがて跳ね橋が降り、なんの躊躇もなく門が開く。中から見張りの隊長が出てきた。

 

「このような時間に、何用でしょうか?」

 

 鈴仙を目の前にして兵達は、不思議となんの違和感も覚えていない。玉兎は落ち着いて要件を言う。

 

「これを今晩中に、町中に配りなさい」

 

 そして手渡されたチラシを見て、隊長は動きを止めた。目を見開いたまま。チラシに視線が釘付けになっていた。その内容はとんでもないものなのだから。戸惑った顔つきで鈴仙に尋ねる。

 

「こ、これはまことなのですか!?」

「内容については何も言えません。高度な極秘作戦です。あなた達は指示通りにすればいいのです」

「は、はぁ……」

 

 納得いかないながらも、密命とあれば従うしかない。隊長は部下に命令し、さっそく行動に入った。一方の鈴仙は、来た道を悠々と戻って行く。

 さて何故こんな事ができたかというと、当然彼女の幻術能力の効果である。見張り達には、鈴仙が皇帝直属の特使に見えていたのだ。

 仕事を終えた鈴仙は、脇道に入ると一休み。

 

「はぁ……、緊張した。やっぱ慣れないなぁ。こういうの」

 

 実は荒事がそう得意ではない彼女。愚痴をこぼして、集合地点へ向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 アルビオン、ロンディニウム郊外。以前、野宿した林の外。文が暗視スコープで、市内を見ていた。

 

「思ったほど警備は固くないですね。少なくとも、前、来たときほどじゃないですよ」

「ホント?」

「見てみます?」

 

 烏天狗はそう言って、暗視スコープをルイズに手渡す。使い方を教えてもらいながら、白黒画面に映った先にはロンディウム市内。だが以前のように哨戒の龍騎兵が飛んでいたり、城壁に見張りが多数いたりという様子はない。ルイズは、最前線に力を集中しているせいだろうかと考える。

 一通り見ると二人は、他の連中がいる林へと向かって行った。その時、先に進む文の背中にルイズは声をかける。

 

「その……文」

「はい?」

「えっと……ありがとう?」

「ん?何がでしょうか?」

「だって……今回パスするって言ってたのに、ついて来てくれたから」

 

 ルイズは、まさか文がいっしょに行動するとは思っていなかった。自由行動をすると宣言した、この新聞記者が。すると文は、笑って返す。

 

「騒動が起こるとしても、チラシが配られた後ですからね。それまで学院でじっとしてても暇なので、ついでですよ」

「それでもよ」

「そうですか。じゃぁ、今度、なんかで返してください」

「うん」

 

 大きくうなずくルイズ。

 確かに日々の生活では、幻想郷メンバーに引っ掻き回されてばかりだったが、一方でこんな時には頼りになる。だいたい彼女達がいなければ、あのラ・ロシェール戦で勝てたかどうか。もうそうなっていれば、今は学院生活どころではなかっただろう。領民と所領と家族を守るため、両親と共に戦っていたかもしれない。ルイズは胸の内で、もう一度この異界の友人たちに感謝していた。そして、この奇妙な出会いにも感謝していた。ただその相手は何故か、始祖ブリミルではなかった。ルイズの脳裏に浮かんだのは、どこか見覚えのある人物。とても身近にいたはずの……。

 

 やがて、二人は林の奥まで来る。天子やパチュリー、こあ達が暇を持て余していた。そして、チラシ配り担当のアリスに町の様子を伝える。

 

「警備は前の時ほどじゃないわ」

「ふ~ん、そう。まあ、前と同じでも関係ないけどね」

 

 するとアリスの足元からぞろぞろと人形たちが出てきた。それぞれがチラシの束を持っている。

 

「さ、みんな配達してきて」

 

 アリスの掛け声と共に、人形達はロンディニウムへと向かった。以前、かなり調べた町だ。さらにラグドの話から、ハヴィランド宮殿の構造、下水道の中すら分かっている。しかも役目を担うのは小柄な人形達。市内に入り込むのは造作もなかった。

 

 

 

 

 

 ロンディニウム、ハヴィランド宮殿。神聖アルビオン帝国の中枢である。

 もう日は昇り朝となっていた。そろそろ誰もが職務に入る頃、皇帝執務室では、この所よくある光景が展開されていた。皇帝と秘書の言い争いが。

 

「どうされるおつもりですか!?ミス・シェフィールド!」

「だから、何度も言った通りだ!策はある!」

「ですから、その策をお示しくださいと言っているのです!何も提示されないので、将軍達にも疑念を持つ者が出てきています!今日の会議は如何にするつもりですか!?」

「お前が黙らせればいいでしょ!演技力だけが、お前の特技だろうに!」

「な、なんという言われようか……!」

「私は戻る!こっちは連合軍に当たる準備で、忙しいのよ!こんなつまらない用で、呼び出すな!」

「くっ……!は、はい……。分かりました……」

 

 捨て台詞と共に、皇帝秘書シェフィールドは執務室を後にする。残された皇帝、オリヴァー・クロムウェルは、怒りを肩に溜めシェフィールドが出て行った扉を睨み付けていた。

 

 『アンドバリの指輪』が行方不明となったと分かってから、上手くいっていた皇帝と秘書の関係は、かなり険悪なものに変わっていた。クロムウェルにはあのガリアの密偵に、不信しかなくなっている。確かに以前は、シェフィールドを心底信じていた。彼女の態度は不愉快なものばかりだったが、彼女の後ろ盾であるガリア、そして彼女自身の能力は確かなものだったのだから。だからこそ、ただの平民司祭が皇帝などという分不相応な立場になれている。

 

 だが指輪がなくなった時を境に変わってしまった。そのそもそも指輪がなくなった理由を、シェフィールドはハッキリと言わない。というより、クロムウェルにとっては、デタラメを口にしていたようにしか思えない。そしてなくなった『アンドバリの指輪』の代わりを用意すると言っていた割に、未だそれは用意されていない。さらに、トリステイン魔法学院襲撃失敗の不始末。それ以後の態度の変わりよう。以前は不遜ではあったが落ち着きもあった。しかし学院襲撃以降は、端々に落ち着きのなさが感じられる。今回の戦争についてもだ。何か得体のしれないものを恐れている。クロムウェルは、彼女にそんな雰囲気すら感じる時があった。

 あの女はもう当てにできない。

 彼の脳裏に、そんな言葉が浮かんでいた。

 

「ん?」

 

 ふと、執務室の窓に影を落とすものに気づく。凝視するクロムウェル。窓に一枚の紙が張り付いているのが見えた。

 

「ゴミか?」

 

 風にでも飛ばされたのだろうか?ともかく、ゴミを取り除こうと窓に近づく。だが近づくにつれ、だんだんと目が大きく開きだしていた。そこに書いてある文字が見え始めて。

 クロムウェルは、思わず駆け寄る。すぐさま窓を開けると、その紙を手にした。紙にはこう書いてあった。

 

 『アルビオンの貴族達よ民達よ。今こそ真実を知る時だ!神聖アルビオン帝国皇帝、オリヴァー・クロムウェルは、あなた達を騙していたのだ!彼の者は、虚無の担い手などでは断じてない!指輪のマジックアイテムで、虚無を詐称していたただの平民詐欺師だ!信じぬというなら皇帝に問うがよい!虚無の魔法を見せよと!だがクロムウェルは使えぬ。何故ならマジックアイテムを、失ったからだ!あの男は、魔法を全く使えない!アルビオンに住まう全ての者よ。今こそ目を覚ます時!平民詐欺師に騙されてはならぬ!さもなくば天罰が落ちるだろう。何故なら、これは宗教庁にもすでに露見している。それにも拘わらず、あの偽帝を奉じるというならば、等しく破門となるであろう!』

 

 クロムウェルの顔から、一気に血の気が引いた。意識を失いかねないほどに。

 

 朝日の中、ロンディニウムの正門傍にかなり大きい馬車が何台も並んでいた。中は完全に見えないようになっている。さらにそれらを操るのは、ロンディニウムでは見かけない連中。いかにも怪しげな集団だった。その一団の中に、フードをかぶったシェフィールドが速足で近づいてくる。

 

「状況は?」

「いつでも出発できます」

「そう」

 

 ミョズニトニルンは、落ち着きなさそうに小さくうなずいた。

 

 ここにいる一団は、ガリアでの彼女直属の部下である。アルビオンの危機的状況に対応するため、連れてきたのだ。そして馬車の中身は、特殊装甲を持つゴーレムに、火石など他では見られないものばかり。これを前線に持っていこうというのだ。

 

 だがいくつもの問題があった。まず、これらは全てガリアで実験開発中のもの。これを前線で使えば、存在が明らかになってしまう。例え戦争に勝ったとしても、その後の処理に困る。さらに、トリステインの虚無の存在。ラ・ロシェール戦、そして彼女しか覚えていないロンディニウム襲撃。それらを切っ掛けに、トリステインに虚無の存在を確認した。これへの対処をどうするか。

 しかもそれだけではない。これが虚無以上の問題を生んでいたのだ。その虚無の担い手は『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』なのだ。この名がどんな意味を持つか。それはハルケギニアでの意味ではない。あの幻想郷と、繋がりのある人物だという事だ。最悪である。シェフィールドはハルケギニアではレミリアやフランドールと、幻想郷では風見幽香、八雲紫といった大妖と対峙した。あの得体のしれない連中が戦争に参加してきたら、どうなるか予想もつかない。だいたい幻想郷の連中が、どれだけハルケギニアにいるのかも不明。なんと言っても、行き来可能な状態にあるのだから。加えてヨーカイ自体が謎の存在。これでは作戦の組み立て様がない。正直な話、今すぐアルビオンから撤収したい気分だった。だが、主であるジョゼフからは、未だ方針変更の命令はない。

 

「くっ……!何でこんな事に。あの指輪……!おのれ、幻想郷の者共め!妖魔にも等しいヨーカイ共が!」

 

 愚痴をこぼさずにいられないシェフィールド。

 そんな彼女に直属の部下たちは、不安を覚えずにはいられない。幻想郷とかヨーカイとか、訳の分からない言葉を苛立ちまぎれに吐く上司を見て。どこか精神を病んでいるのかも、とすら感じてしまう。しかし当の本人は、そんな視線にまるで気づかず。

 

 ウロウロと歩きまわりながら、唇を噛みつつ思案に暮れているシェフィールド。すると、足元に一枚の紙きれが引っかかった。何気なく目に入る。紙きれに書かれてあった事が。

 

「な……なんだ……これは……」

 

 その意味が脳に届いたとき、ミョズニトニルンは目を見開き、口を半開きにして、石造のように動かなくなった。

 

 

 

 

 


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