ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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 出口で立ちふさがるように、金髪長身の男があった。異質な姿にパチュリー達は眉をひそめる。そんな中、何かを思い出したかのように文がビダーシャルを指さした。

 

「あ!もしかして、エルフ!?」

「いかにも」

 

 余裕を漂わせつつも落ち着き払った返事をする、ビダーシャルと名乗る男。

 

 エルフ。ハルケギニアの妖魔の中で、最も強大な存在。そして最も恐れられた存在。まるで魔界の悪魔か何かのように言う者もいる。恐れられる理由の一つは、その優れた魔法。妖魔は程度の差はあれ、先住魔法を使う。その中でもエルフの使う魔法は突出していた。さらに大きな理由があった。エルフの住む土地は、ハルケギニアの西方、サハラと呼ばれる砂漠。実はそこにブリミル教徒にとって、最も重要な聖地がある。だが現在その地を占拠しているのがエルフ。エルフは人間にとって、不倶戴天の敵とも言えた。実際、聖地奪還のための戦争が何度かあった。しかし、優れたエルフの魔法の前に、人間達は惨敗。ブリミル教徒の念願は、未だ叶っていない。

 

 ハルケギニアの人間にとって、怖れの対象であるエルフ。しかし、エルフとは直接なんの関わりもなく、先入観もない幻想郷の人妖。恐怖の存在を目の前にして、気後れする様子はまるでなし。だいたい神すら、ゴロゴロしている幻想郷に住んでいるのだ。怯む訳がなかった。むしろ、何人かは好奇心の方が勝っていたりする。

 

 さっそく文が笑顔を作り出す。いつも記者モードにチェンジ。丁寧に頭を下げた。

 

「初めまして。私、新聞記者の射命丸文と申します。以後お見知りおきを」

「何?」

「それにしましても、エルフが実在していたとは驚きです。話で知ってはいたのですが、見かけたという方に会った事なかったもので。伝説の類かと思っておりました」

「……」

 

 ビダーシャル、微妙に呆気。調子が狂う。黒い羽根の翼人が、やけに親しげに話しかけてくるもんで。しかもエルフである自分を見て、怖がる様子がまるでない。さらに目の前の翼人だけではない。他の連中も、恐るべき妖魔に出会ったというよりは、幻の珍獣に出会ったかのような顔をしている。

 どう対応するか戸惑っている長身エルフ。なんとも言えない顔をしていた。

 

 幻想郷組の方も戸惑っていた。文はともかく。エルフという話でしか知らない存在が、いきなり目の前に現れて。さらに侵入中に見つかってしまった。いや、見つかる可能性は考えてはいたが、エルフに対する策はまるでなかった。知らないものには、対応のしようがないので。

 お互いの微妙な空気の中、次に気持ちを切り替えたのはパチュリー。

 

「文」

「はい?」

「また今度になさい」

「いや、ですけどこんな機会滅多にないですよ」

「手貸すって言うから、来るの許したのよ。目的を忘れないでよ」

「ふむ……まぁ、そうですねぇ。分かりました。今回は無理にお願いしたものでもありますし、引き下がりましょう」

 

 後ろに引っ込む文。ビダーシャルにまた会いましょうとか言いつつ。すると急に幻想郷組の空気が変わる。警戒感が滲みだしてくる。今度は、魔理沙が懐から八卦炉を取り出した。

 

「悪いな。ちょっと寝ててくれ」

 

 その一言と同時に、八卦炉から一筋の光が放たれる。

 直撃コース。距離もわずか。まず外れない。

 しかし、ビダーシャルの手前にまで来た瞬間。何故か、レーザーが反転。八卦炉へ戻ってくる。

 

「え!?」

 

 唖然とする魔理沙達。弾幕ごっこ用のレーザーなので、八卦炉が壊れたりはしなかったが。

 次にパチュリーがこあに指図。

 

「……。こあ、一発撃ってみて」

「あ、はい」

 

 こあはビダーシャルに右手人差し指を向けると、光弾を一つ発射。だがその光弾も、彼の手前で反転、こあへ戻ってきた。指に直撃。

 

「痛っ!」

 

 指を握り、ぼやくこあ。

 

「突き指したかと思いましたよぉ」

「どういう事?」

 

 主は使い魔の様子を無視。探るような視線をエルフへ向ける。当のビダーシャルは、ため息を漏らしながらつぶやいた。

 

「全く……。いきなり攻撃してくるとは、蛮人は文字通り蛮人だな。一つ忠告しておこう。私に手を出すことはできぬ。もし無理にやろうとするならば、自らの技で自らを傷つける事となる。先程のようにな」

「これは、先住魔法なのかしら」

「お前たちは何故そう呼ぶ。大いなる意思の加護の元、精霊による力だ」

「精霊との契約行使か何か?」

「ほう……。意外に理解が早いな」

 

 感心するエルフを余所に、パチュリーは見極めるように目の前の男を凝視。しかし精霊の気配を感じる事はできなかった。パチュリーの魔法もまた精霊に関したもの。だが双方が同じものを指すとは限らない。例えば、ハルケギニアの系統魔法の属性が四系統なのに対し、彼女の使う属性魔法は七系統。ラグドリアンの水の精霊と呼ばれるラグドは、幻想郷基準なら妖精と見られる存在。言葉は同じだが、ハルケギニアと幻想郷では意味合いも違うものも多い。精霊もまた違うのかもしれない。少なくとも今この場で、しかも付け焼刃でどうにかなるような代物ではなかった。

 

 隣の魔理沙が肘で小突いてくる。

 

「おい、精霊だってよ。専門家だろ。何か分からないか?」

「全然。ちゃんと調べれば何か掴めるかもしれないけど、ここですぐって訳にはいかないわね。こんな事になるなら、あの吸血鬼姉妹に先住魔法の話、聞いておけばよかったわ」

 

 パチュリーの言う吸血鬼姉妹とは、当然レミリア、フランドールではない。ヴァリエール領に隠れ住んでいるダルシニ、アミアスの事。

 身構えながらも、手の出ない幻想郷組の中、鈴仙が口を開く。

 

「あのさ。オルゴール手に入ったんだから、戦う必要ないんじゃない?」

「だな。見られちまったのは、仕様がねぇが」

 

 魔理沙はビダーシャルへ向き直る。

 

「こっちは、あんたとやり合う理由はないんだわ。今日は帰らせてもらうぜ」

「手にしたものを、元に戻せば別に構わん」

「おいおい。元々これ、あんた等のもんじゃないだろが。ありえねぇぜ」

「そうか……」

 

 ビダーシャルは静かにつぶやくと、厳しい視線を彼女達に向けた。

 

「古き盟約に基づき命令する。石に潜む精霊よ。この者たちを捕えよ!」

 

 エルフの詠唱が終わると同時に、床や壁から手が出現。岩の質感を纏った手が。真っ直ぐ伸びる手は、指を一杯に広げ彼女達を捕まえようとする。

 驚いて、一斉に飛ぶ一同。

 

「な、何これ!?」

 

 鈴仙が慌てふためいて叫んでいた。しかし、全員が我を失っている訳ではない。数々の異変を経験した彼女達。この状況に平然としている。気分を高揚させている者すらも。異変の只中にいるような感覚が、彼女達に蘇っていた。

 

 宙に舞う人妖を追う、壁や床から伸びた手。ターゲットへと向かって行く。掴もうとする。しかし、ことごとくかわされた。石の手は空気を掴むのみ。賊の巧みな動きに、少々驚かされるビダーシャル。しかし慌てた様子はない。次の手を打つ。

 

「剣に潜む精霊よ。この者たちの動きを止めよ!」

 

 言葉と同時に、壁に飾られていた剣、装飾用鎧の持っていた槍が一斉に動き出した。命を得たように幻想郷組へと向かっていく。

 しかし、魔理沙達はそれすら安々と避けた。さすがのビダーシャルも、動揺を感じざるを得ない。

 

「まさか……全て当たらぬとは……」

 

 宙を踊るように舞う賊に、目が釘付けとなる。

 ハルケギニアのメイジならば、これだけの密度の攻撃をかわすことはほぼ不可能。だいたい空を飛ぶ魔法"フライ"は高機動では飛べない。しかし幻想郷の住人にとっては、溢れる弾幕をかわしていくのは日常茶判事。機動力もフライのはるか上。この程度をかわすなど苦ではない。

 ただし、ビダーシャルへ手を出すどころではないのも確かだった。こんな中、業を煮やした者が一名。普通の魔法使い、霧雨魔理沙。白黒魔女は、イラついて八卦炉を前へ突き出した。

 

「チッ!面倒くせえ!」

「待ちなさい!魔理沙!」

 

 パチュリーが止めに入るが、言葉は届かない。

 

「恋符『マスタースパーク』!」

 

 極太の閃光がビダーシャルへ一直線。部屋が光に包まれる。一瞬でエルフへ届く。飲み込む。耳長の金髪男が、光の奔流に押しつぶされた。誰もがそう思った。しかし……。

 光の束は反転。逆に魔理沙達へと向かってきた。そして……直撃……。

 

 『マスタースパーク』すら跳ね返す、エルフの恐るべき魔法。さっきから彼女達の攻撃を退けるこの魔法は、『カウンター』と呼ばれるもの。ありとあらゆる攻撃を跳ね返す。魔理沙の魔法もまた例外ではなかった。

 

 全くの無傷のビダーシャル。指一本すら動かさず、敵の攻撃を退けた。部屋中を光で満たすほどの魔法を。しかし彼の表情は冴えない。それどころか驚きに支配されていた。脳裏に浮かぶ言葉がいくつもある。

 

(なんだ、今のは!?あのようなもの蛮人の地で見たことがない。いや、我らの地でさえ……)

 

 その時、ふとこの部屋に入った時からの出来事が思い起こされる。彼女達の姿が。

 

(見れば……この者たち、杖を持っていない。蛮人なら杖がなくては、力が使えないはず……。しかも、詠唱すらしていなかった。それに……翼人が二人ほどいたが、蝙蝠羽に黒い翼……。そんな翼人も見たことも聞いたこともない。そしてあの巧みに空を飛ぶ動き……。この者達はいったい……。いや、それは後だ。今は秘宝を取り戻すのが先決。シャイターンのな)

 

 シャイターン。エルフの言葉で悪魔の意。同時にそれは、ハルケギニアでの虚無を意味する。かつてサハラの地は虚無の力によって、崩壊したと伝わっている。エルフにとって虚無の力を持つものは、打ち倒すべき文字通りの悪魔と言えた。

 

 ビダーシャルは、魔理沙が落としたオルゴールに余裕で近づくと、拾い上げた。そして部屋を出ようとする。その時、声がかかった。

 

「あら。どこへ行こうというのかしら」

 

 思わず振り返るビダーシャル。視線の先に、紫寝間着に身を包んだ少女が立っていた。何事もなかったように。

 

「反射したはずだが……。まさか無事だとは……」

「障壁が間に合ったのよ。跳ね返されるのは予想できたもの。それに、なんだかんだで弾幕ごっこ用のだしね」

「弾幕ごっこ?」

「とにかく返してもらおうかしら。預かりものなのよ。それ」

「渡せぬ理由は、最初に話したはず。失礼させてもらう」

 

 踵を返すエルフ。求めるものは手に入った。戦う必要はないし、『カウンター』の効果により彼女達は彼を止める事ができない。そのまま足を出口へと進めた。

 

 がん。

 

 ところが、壁にぶつかったように体が止まる。

 

「な!?」

 

 扉は開いていた。しかし何故か、部屋から出ることができない。手を伸ばすと、壁に触れた感覚がある。見えない壁に。すると後ろから、またあの少女の声がかかる。紫寝間着の。

 

「結界を張らせてもらったわ。もう、この部屋からは出られない。私を倒さない限りね」

「結界だと……?貴様たち……何者だ……?蛮人かと思ったが違う。それに翼のある者共も翼人ではないな」

「魔女に悪魔に烏に宇宙獣よ」

「ふざけた物言いを……」

 

 まともに聞くのもバカバカしい戯言。しかし不気味な違和感が、ビダーシャルの胸にせり上がるのを否定できない。

 彼をそんな気持ちにさせたのは、彼女達の術や動きだけではなかった。気づいたものがある。石や剣の精霊との契約が切れているのだ。壁や床の石は手の形をとったまま止まり、剣は床に落ちている。いや、それだけではない。『カウンター』の障壁の向こう、賊側の精霊との契約が全て切れていた。実はこの部屋に入る前、この部屋の精霊と契約を結んでいる。だからこそ彼は精霊の力を自在に使えていたのだが。今それができない。しかも契約を結びなおそうとしたが、反応がない。あえて表現するなら、精霊達が気絶しているという状態。ビダーシャルには、信じがたい現象だった。

 

 だが幻想郷の人妖を相手にしたならば、これもあり得る話。彼女達の弾幕は、自然の顕現、妖精すら昏倒、一回休みさせる力がある。ハルケギニアでの精霊も、自然に由来するもの。例外ではなかったのだろう。しかもこの部屋全体が、『マスタースパーク』をモロに食らってしまった。もはやこの部屋の精霊は、単なる物質と同じである。

 

 紫魔女以外の幻想郷組は、相変わらず寝ている。まずパチュリーはこあを起こした。弾幕でケツを撃って。

 

「痛っ!」

「起きた?こあ」

「え?あ……。痛ぁ……。パチュリー様ぁ~。どうして起こす時、お尻ばっかりなんです?ゆするとかで、いいじゃないですかぁ」

 

 以前気絶した時も、アリスに槍で突かれた事があったこあ。ふくれっ面の使い魔に、主は笑みを漏らす。

 

「さ、こあ。他の連中も起こして」

「え!?あ、はい」

 

 こあはさっそく魔理沙、文、鈴仙を起こす。ケツに弾幕ではないが。

 

「ん……?あ?くそぉ……。自分のマスパ喰らうなんてなぁ」

「あ~……。マスパ、もらったの久しぶりですねぇ。でも、やっぱ痛い」

「い……。あたたた……」

 

 三人は首を振ったり、肩を動かしたり、腰を擦ったりしながら身を起こす。そして部屋の出口に佇むエルフへ視線を向けた。

 

 部屋は惨状と化していた。『マスタースパーク』のため、窓という窓は吹き飛び、部屋はアチコチが壊れ、ジョゼフ自慢の模型もボロボロ。外からは月明りが差し込み、まだまだ寒い風がわずかに吹き込んでいる。

 お互いが狙うは『始祖のオルゴール』。宝は今、ビダーシャルの手中にある。だが魔理沙達は、エルフの得体の知れない魔法『カウンター』の前に、手をこまねいている。一方のビダーシャルも、精霊との契約がほとんど切れてしまった上、結界とやらのせいで部屋から出られない。お互いにとって未知の存在同士が、対峙していた。緊張が舞っていた。

 

 しかしそれもわずかな間。パチュリーが最初に動きだす。

 

「ウィンターエレメント」

 

 突如、ビダーシャルの足元から、水流が吹き上がる。

 だが、寸前で彼は避けた。足元の精霊の動きに違和感を察し、本能的に動いていた。もはや知的な彼らしくない動きが、その身を守る。だが彼の驚きは収まらない。相手は『カウンター』の壁の内側に、直接、術を放ってきた。系統魔法は杖を起点に魔法を放つ。このため防御の障壁があると、それを打ち破らねばならない。その意味では『カウンター』まさしく無敵の魔法だろう。だが、彼女達の術は、守っている対象へ直に攻撃してくる。これでは『カウンター』の意味がない。焦りの表情がビダーシャルに浮かぶ。

 

 一方、吹き上がった水柱はすぐに四散。はじけ飛んだ。これに表情を曇らすパチュリー。『ウィンターエレメント』は相手を水流で、真上へ吹き飛ばす魔法。だがそれがかわされた上に、途中で破綻した。彼女には何が起こったのか理解できない。疑問を残したまま、続けて魔法を放つ。

 

「ドヨースピア」

 

 今度は、床から槍が飛び出した。またしても、ビダーシャルの足元から。しかし、これも彼はかわす。さらに『ドヨースピア』の槍も、途中で弾けるように霧散する。またも不可解な現象に、目を細めるパチュリー。

 

 彼女の魔法が途中で破綻したのは、ビダーシャルが精霊と契約していたため。『カウンター』の内側は、まだ契約が持続されている。このためパチュリーの魔力による術の構築が終わり、水流や槍が放たれ彼女の魔力の呪縛から離れると、精霊の契約が発動。水流や槍を形作っていた物質の精霊達が、術を崩壊させたのだ。そもそもパチュリーの魔法の多くが、属性を持つ魔法という点も理由の一つだ。つまり彼女の魔法は、この場ではかなり限定される事となる。もっとも今の彼女には、それに気づく術はないが。

 

「いったい……どういう事かしら?」

 

 怪訝に顔を歪め、つぶやく紫魔女。だがそれは、ビダーシャルも同じ。攻撃を避けるのに成功はしたものの、胸騒ぎが胸中から消える事はない。

 

(遠距離に直接、術を発生させるとは……。精霊の力を借りたかのようだが……しかし違う……。何なのだ?この者達は?)

 

 敵対しているのは、理解の及ばない相手。しかも、ほとんどの精霊との契約は切れてしまっている。さらに結界により、部屋から出られない。彼の背中に、冷たいものが伝わり出す。この土地に来て、はじめて不安というものが湧き上がるのを感じていた。

 

 難しい顔で眉間の皺を深くするパチュリーの脇から、声がかかる。白黒魔法使いの。

 

「お前の魔法が破綻したり、マスパが跳ね返されたり、どうなってんだ?」

「一目で分かるような代物じゃないようね。さすがエルフって所なのかしら」

「後な、石の手やら剣やらが止まったのは何故だ?」

「マスパが効いたのかしらねぇ……」

 

 パチュリーは首を傾げつつ、つぶやく。なんとか分析しようと紫魔女は頭を巡らすが、出てくるのは根拠のない思いつきだけ。だがそこに、魔理沙の余裕の声が耳に入る。顔を向けた先に、いつもの不適な笑みが浮かんでいた。

 

「訳がわからねぇが、一つ手を思いついたぜ」

「何よ?」

「ま、見てな。試しだ」

 

 魔理沙、今度はスペルカードを一枚、高々と上げた。

 

「光撃『シュート・ザ・リトルムーン』!ただし後ろだけ」

 

 奇妙なスペルカードの発動の仕方をする魔理沙。パチュリーは何のつもりだと、眉をひそめる。それはビダーシャルも同じ。なぜなら、魔法を使ったらしい白黒少女からは、何も発せられてないからだ。

 

「何をしたのだ?変わった事は……」

 

 突然、ビダーシャルの背中に衝撃が走る。何かが当たった痛みが。

 

「いっ!?」

 

 背中を抑えつつ振り向く。目に映ったのは……。

 無数の光の弾だった。

 

「なんだ?いつのまに!?一体どこから!?」

 

 光弾はデタラメに、襲い掛かってくる。しかも、彼の周辺は未だ精霊との契約が持続中なのに、そんなものはまるで無視。ビダーシャルは光弾の群れ、弾幕を、身を固め防ぐしかない。

 

「な、なんなのだ?これは!?」

 

 体中を叩きつけてくる弾幕に耐える中、なんとか理解しようとするが、手掛かりすら思いつかない。

 

 一方魔理沙の方は、してやったりと満点の笑み。

 

「お!上手くいってるぜ!おい、手伝えよ」

「何するのよ」

 

 鈴仙がキョトンとして反応。魔理沙は術を維持しつつ、楽しげに答える。

 

「ケツから殴るヤツを、出すんだよ」

「ああそういう事。それじゃぁ」

 

 玉兎が高々とスペルカードを振り上げる。そして宣言。

 

「生神停止『アイドリングウェーブ』!こっちも後ろだけ」

 

 するとビダーシャルの正面、『カウンター』の障壁の反対側に、魔法陣らしきものが突然出現する。そこからまたも無数の弾幕。

 スペルカードは基本的に術者から発せられるものが多いが、中には挟み撃ちをするように放たれるものもある。魔理沙と鈴仙が使ったスペルカードは、その挟み込むタイプのものだ。突然相手の背後に弾幕が発生するので、前に障壁を張っても意味がない。しかも魔理沙の弾幕は純粋魔力、鈴仙にいたっては宇宙妖怪由来のもの。属性のついた精霊の影響を受けなかった。

 

 必死に弾幕に耐えるエルフ。二人のスペルカードの重ね掛けなので、高密度。さらに始末が悪いのが、外れた弾幕が『カウンター』の障壁に当たり跳ね返ってくる。障壁の内側は、まさしく弾幕の豪雨。360度配置されたピッチングマシーンから、次々ボールが撃ち込まれているかのよう。サンドバックのビダーシャル。

 

「い、石に潜む精霊よ!壁となれ!」

 

 慌てて壁を作り出そうとするエルフ。ドーム状の壁で身を包もうというのだ。床が盛り上がり出す。しかし……ドームが作られる途中で止まってしまった。

 

「な、何!?どうなっている!?」

 

 だがすぐに気づいた。弾幕の当たった場所の精霊との契約が、片っ端から切れているのだ。さっきの光の魔法と同じく、今、溢れ返っている光弾も、精霊を気絶させる効果があるらしい。エルフには猛毒とも言える術だった。

 

 中途半端な壁で、この弾雨が防げるはずもなく、さすがに倒れこむビダーシャル。

 

「ううっ……」

 

 こらえきれず、『カウンター』を解除。弾幕は部屋中へ放たれた。それを防壁であっさり受け止める、幻想郷の人妖達。弾幕の持続も止める。

 荒い呼吸の中、体を動かせないビダーシャルに、パチュリーがゆっくり近づいてきた。

 

「あまり強情張るからよ。こっちとしては、手荒な事は避けたかったんだけど」

「く……」

 

 見上げる先に、相も変わらず抑揚のない寝間着姿の少女の顔があった。

 

「返してもらうわね」

 

 ビダーシャルの手元に落ちているオルゴールに、手を伸ばす少女。エルフはそれを、口惜しそうに見つめるしかない。

 だが、その時……。

 

 地面から鈍い音が響いた。同時に、床が揺れ出す。地震が起こる。

 バランスを崩すパチュリー。オルゴールに伸ばした手が、思わず引っ込む。だがすぐに宙へと上がり、地震から回避。

 

「全く……そんな体で、まだ抵抗するとはね。それにしても、まさか地震まで起こせるなんて。けど、飛んでれば意味ないわよ」

 

 魔女は余裕をもってエルフを見下ろす。だが視線の先にいるエルフは、最後の抵抗が徒労に終わり、無念を噛みしめているかの様子はまるでなかった。というよりは唖然とした顔つきだった。何故なら彼は何もしていない、命じていないからだ。そう、彼は地震など起こしていない。

 

 パチュリーの方は、彼に構わずオルゴールに手を伸ばす。

 すると突如、叫び声。

 

「パチュリー様!」

 

 振り向いた先に、飛び込んでくるこあ。その向こう、真っ直ぐ向かってくる一振りの剣。こあが、パチュリーと剣の間に入る。

 こあの胸に剣が突き刺さる。わずかな悶絶の後、胸をおさえ前に倒れ込んだ。顔を青くするパチュリー。すかさず抱えようする。

 

「こあ!」

 

 だがこあを刺した剣は、抜き取られるように下がると、再びパチュリーへと向かってきた。魔女の目前に迫る剣。

 しかし、するどい金属音と共に剣は弾かれた。パチュリーの傍に立っていたのは、文だった。

 

「魔法使い。これで、今回の借りは返したわよ」

 

 さすがは幻想郷最速。離れていたにも関わらず、一瞬で接近、剣を蹴り飛ばした。そのわずかな隙に、パチュリーはこあを抱き、剣から離す。

 文は天狗の団扇を取り出し、パチュリー達の前に立った。団扇に風を何重にも纏わせる。鉄のような硬さをもつほどに。

 

 一方の剣、弾き飛ばされ、壁か床にでも打ち付けられたかと思われたが、空中で止まっている。わずかな間の後、薙ぐように彼女達の方へ切っ先を向けた。またもパチュリーを狙いだす。

 

「狙いは引きこもり魔女か……。結界を解こうって訳ね!」

 

 向かってくる剣を、団扇で対応する文。まさしく剣士同士の戦いのよう。

 

 ビダーシャルはその様子を、痛みに耐えながら見ていた。

 

(何故、今頃になって剣が動いた!?だいたい私は命じていない。契約も切れている。それに……この動き……精霊のものを超えている……)

 

 確かに彼の考えていた通り。剣は複雑どころか卓越した動きを見せていた。連続突き、切り返し、薙ぎからの戻し、打ち落し。あたかも透明の剣士が、技を駆使しているかに見える。しかもその剣士はかなりの手練れ、一流と言って差支えないもの。

 だがそんな剣に文も見事に対応していた。幻想郷最速は動体視力も半端ではない。さらに妖怪としての高い身体能力。技としては拙いが、高スペックな地力で剣に相対する。

 

 剣戟を交えながら、文がぼやく。

 

「妖夢と戦ってるみたい。本体が見えないだけで、実はいるのかしらねっ!」

 

 団扇を振るい、暴風を起す。吹き飛ばそうと。効果があったのか、剣が打ちあがった。すかさず剣士の体があると思われる所に蹴り。

 だが……みごとに空振り。やはり透明の剣士などいない。すぐさま剣は、中段の構えの位置へと降りてきた。合わせるように、距離を取る烏天狗。

 

 この二人、いや、剣と文の戦いに目を奪われる一同。その最中、ビダーシャルは自らの体の精霊に命じ、体力を回復させていた。体の中の精霊も気絶しており契約を結べるのはわずかだったが、それでもしないよりマシだ。ある程度回復すると、気づかれないようオルゴールへ近づく。そして手に収めた。そのまま、潜むように部屋の出口へ。しかし相変わらず出られない。あの寝間着の少女を倒さねば、どうにもならないようだ。するとふと気づいた。さっきから剣が、その少女を狙っている事に。

 

(私を逃がそうしている?いや、オルゴールをか?だが、何者の仕業だ?)

 

 頭を探り出て来た答えは、一つしかなかった。

 

(シャイターンの使い魔か……。シェフィールド……とか言ったな。それしか考えられん。だとするとあの剣は、マジックアイテムという訳か。それにしても……まさかこの私が、シャイターンの手の者に助けられるとはな……。全く……エルフの名折れだ……)

 

 苦虫を潰すような表情を浮かべるビダーシャル。

 エルフや『始祖のオルゴール』を守るシャイターン、虚無と言えば、確かにガリアの虚無以外にはありえない。彼はガリア王と盟約を結び、協力体制にあるのだから。筋の通った考えだ。

 だが、ビダーシャルは知らなかった。目星を付けたシェフィールドは、今この宮殿にはいないという事実を。

 

 激しい剣戟の中、ネフテスのエルフは、なんとか精霊との契約を結ぼうとする。わずかずつではあるが、精霊の反応が戻りつつあった。そうやって辺りの精霊の気配を探っていると、思わぬものが目に入る。なんと、先ほど胸に剣を突き刺された蝙蝠羽の翼人が、むっくりと起き上った。完全に心臓を貫かれ死んだと思われた、そうでなくても重傷は間違いないと思われた翼人が。

 

「あ~。服に穴、開いちゃったよぉ」

 

 などと呑気に胸元を見ている。重傷どころか、怪我した様子すら感じさせない態度で。

 

「き、貴様……!?な、何故、生きている!?」

 

 ついビダーシャルは、驚きの声を漏らしてしまう。一斉に振り向く人妖達。目に入ったのは、オルゴールを手にしたエルフ。魔理沙が八卦炉を向けながら、怒声を上げた。

 

「あっ!この野郎!いつのまに!」

 

 すぐさま弾幕発射。またも彼に襲い掛かる無数の光弾。だが『カウンター』を発生させられるほど、精霊は復帰していない。万事休すか……。

 直撃を覚悟したエルフの耳に、鋭い金属音が響く。全ての弾幕が弾き飛ばされていた。あの剣によって。

 

「な……!」

 

 さすがの魔理沙も言葉がない。瞬時にビダーシャルの前にたどり着き、雲霞のごとくの弾幕を巧みな剣捌きで防いでしまった。

 わずかに遅れて、文が来る。魔理沙達も、今までにない厳しい顔つきを剣に向けていた。そして、ビダーシャルを背後に、剣は幻想郷の人妖と対峙。

 

 宙に浮く鋼の剣。ただの剣だ。だがそこに、気迫を感じずにはいられない。妖夢という冥界の剣士と、何度かやりあった事のある彼女達。確かに剣の構えは彼女とは違うが、その整然とした在り様は、一流剣士と言う他ない。彼女達の脳裏には、一つのイメージが浮かんでいた。中段の構えを取る、日本刀を握った剣士の姿が。

 

 魔理沙がぼやき気味に言う。

 

「まいったぜ。こりゃ……。エルフってのは多芸だな」

「下がってた方がいいわよ。魔法使いには、厄介すぎる相手だから」

 

 文が一番前に立ち、臨戦態勢。いつもの彼女らしからぬ態度。それほど、この剣に脅威を感じているのか。

 

「ブチ折るしか、手はないみたいね」

 

 口元を吊り上げる烏天狗。新聞記者ではない、妖怪本来の気性が沸き立ちだす。

 しかし、そこに鈴仙の緊張した声が飛び込んできた。

 

「ちょっと待って!人の声がする。集まってきてるみたい」

 

 釣られるように耳に意識を移す彼女達。確かにざわめきが聞こえた。警戒するような声が。どうもこの騒ぎを聞きつけ、警備の兵達が動きだしたらしい。さすがに派手に暴れすぎた。

 パチュリーがあきらめ混じりにこぼす。

 

「時間切れね。仕方ないわ。引き揚げましょ」

「チッ……。クソッ!」

 

 魔理沙は捨て鉢に吐き捨てると、すぐさま箒に乗り窓へ向かいだした。他のメンバーも同じく窓へと向かう。

 

「そいつはいつか、返してもらうぜ!大事にしてろよ!」

 

 白黒魔法使い達は捨て台詞と共に、窓から出て行った。まるで風のごとくあっという間に。

 溜息を漏らしつつ、その様子を目で追うビダーシャル。

 

「ふぅ……。なんとか……助かったのか……」

 

 ふと、気づくと足の一部が部屋から出ていた。どうも結界は解除されたらしい。そしてもう一つ。彼を守った剣。いつのまにか床に落ちている。

 ビダーシャルは立ち上がると、その剣を手にした。

 

「この剣は一体……」

 

 こうして見えるものは、なんの変哲もない装飾用の剣。マジックアイテムだろうとは考えているが、取り立てて特別な気配はない。

 居心地の悪さを感じるビダーシャル。背筋に不気味な寒気が走るのを、否定できなかった。

 

 

 

 




 神隠しの話に今回でケリをつけたかったんですが、長くなってしまったので一旦ここまでです。

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