「パチュリー!」
ルイズは帰ってくるなり図書館へ直行。開けた扉の先には魔理沙が何か口に頬張っていた。食事中だった。
「お、ルイズ。早かったな。もうちょっと苦戦してるかと思ったぜ。初日なのに上手くいったな」
「…………」
だが彼女の黙り込んだその表情で、魔理沙はすぐ気づく。トラブルを起こして、急いで帰って来たのだと。
「逆か……」
「うん……」
「で、どうした?」
「食い逃げされた……」
ぼそぼそと、うつむいて話す。それを聞いて首を傾げる魔理沙。
「なんで食い逃げされたんだよ」
「食べた後、お金払わなかった」
「金貰う前に、ヤツメウナギ出したのか?なんでそんな事したんだよ」
「え?品物先に出すのが当たり前でしょ」
今度はルイズが首を傾げる。
「いや、逆だろ?金貰ってから、物渡すだろうが」
「え~!?なんでよ!?」
「客が金持ってなかったら、トラブルになるだろ?あ!もしかして、ハルケギニアは逆なのか?」
「うん……」
「そっか……。そうだったか」
江戸から明治初期の習慣を色濃く残している幻想郷は、支払が先払いか信用払いのどちらかで、後払いはまずない。ハルケギニアでも先払いはなくはないが、貴族であるルイズが先払いを要求してくる店を使う事はほとんどなく、店側もまさか貴族にお金が足らないなんて考えてもいない。彼女が先払いに遭遇する事は滅多になかった。ルイズはこんな所まで違うのかと、またもや異世界というのを思い知らされ、常識を改変していくのだった。
その後、魔理沙は幻想郷での商習慣を説明する。一方、魔理沙自身もここまで違うのかと、少しばかりカルチャーショックを受けた。
ひと段落して、ポツリとこぼす。
「となると、借金は増えちまったのか」
いやな響き。昨日までのやる気が、すっかり萎むくらい。
椅子にぐったりと座りこんだルイズは、何気周りを見回す。図書館はいつも以上に人影がなかった。
「ところで、みんなは?」
「パチュリーは食事から戻ってない。アリスは総仕上げに入ってて、離れられないそうだ。私は夕食中。お前、食事は?」
「ううん。咲夜に後で頼む事になってるの」
「そうか」
その時、図書館の扉が開く。パチュリーが戻って来た。
「あら、ルイズ。早かったのね。上手くいった?」
すると、魔理沙が腕を交差してバッテン。やがてパチュリーは少々神妙な顔つきなまま椅子に座った。
そしていきさつを聞く。食い逃げ犯は6人である事。その姿や能力の事も。二人はすぐに犯人の見当がついた。金髪ツインテールのサニーミルクとつるんでいたのは、ルナチャイルドとスターサファイア。通称光の三妖精と呼ばれている妖精達。もう一方の三人は氷の妖精チルノ、金髪リボンの暗闇妖怪ルーミア、そして大妖精こと大ちゃん。
魔理沙は食い逃げ犯を思い浮かべながら、口を開く。
「いたずら三妖精に、チルノ達か。でも妖精相手じゃ商売できねぇぜ。あいつら金持ってないし」
「だって妖怪と妖精の区別なんて、つかないもん!」
こっちに来て一ヶ月も経っていないルイズに、その違いを見極めるのは難しい。幻想郷の妖怪や妖精は外見もあるが、やはり中身の差が基準。だから一見では区別がつきにくかった。
半端なアドバイスをしてしまった事に、二人は少々反省。だが、すぐに気持ちを切り替える。幻想郷の住人は基本的に前向きなのだ。
三人が対策を考えようとしていると、奥から人影が現れた。アリスだった。
「あ~、疲れた。あら、ルイズ帰ってたの。早かったのね」
その次に出てきそうな言葉を止めるように、魔理沙がまた×。そしてまたもやいきさつを聞く。そしてアリスもちょっとしまったという顔。
やがて四人はこあからお茶を出してもらう、それを口に含みながら頭を捻っていた。パチュリーがポツリとこぼす。
「商売の事はよく分からないのだけど、コツコツやっていくしかないのかしらね」
「はぁ……」
ルイズから重い溜息が漏れる。
そこに不敵な声。アリスだった。
「でもないわよ。うまくいけば一発で借金返せる手があるわ」
「何だよ」
「チルノに弁償させるの」
「あいつが、何も持ってないのは知ってるだろ」
「あの子、氷精よ」
「どういう意味だよ」
イマイチ、理解しかねている魔理沙。ルイズもすぐ解答が聞きたいのか、アリスに尋ねる。
「あいつ何かできるの?」
「氷を作れるのよ」
「え?もしかして氷を売るの?今の季節でも売れるの?」
「売れないわ。温かくなっては来たけど、まだまだね」
ルイズは何を言われているのかさっぱり分からない。だが魔理沙の方はようやく意味が分かった。すかさず、ルイズに話かける。
「ハルケギニアじゃ、氷はどうしてる?夏とかさ」
「そりゃメイジは作れるけど、売ってるの見た事ないわよ。貴族がそんな商いするとは思えないし」
「魔法を使えるヤツじゃなくって、普通の連中だよ」
「平民じゃどうしようもないわよ。夏じゃ、氷なんてどこにもないし」
「それが幻想郷じゃ、売ってるんだよ。夏に氷。もちろん魔法なんて使ってないぜ」
「え?どうやって?」
思わず身を乗り出すルイズ。魔法を使わず、夏に氷を売るなんて想像がつかない。
「冬の間にな、雪や氷を溜めて大きな地下室や洞窟にしまっとくんだよ」
「そんな事しても溶けちゃうでしょ」
「ああ、だけど量が多いと全部は溶けないんだ。地下は温度が変化しにくいしな」
そんな方法があったとは、ルイズ、少しばかり唸る。そしてすぐアリスのアイディアを理解した。
「つまりあの妖精に、氷を作らせるのね。沢山。それでミスティアの借金を返す」
「その通り」
アリスは静かにうなずく。だがルイズは問題を一つ思いついた。
「でも、あの妖精。いう事聞くかしら?」
「聞かないわ」
「じゃあ、どうするの?」
「もちろん、力づくよ」
「え?なんとかしてくれるの?」
「何言ってるのよ。ルイズ、あなたがやるの。一人で」
「え、ええ~っ!?ちょ、ちょっと無理に決まってるでしょ!」
脳裏に浮かんだのは最初にチルノと出会ったときの、氷の魔法、止まらぬ氷の弾幕。あの時は逃げればよかったが、今度は倒さねばならない。その上相手は飛び回る。それに対する自分の武器は失敗爆発魔法だけ。無理ゲーだった。
するとパチュリーが納得顔で言葉を挟む。
「ふふ、そういう事ね」
そして、キョトンとしたルイズの方を振り向いた。
「まあ、この続きは明日にしましょう。じっくり休息を取ってね」
と言ってニコっと笑った。なんとも不安なものしか感じないルイズだった。
「これは何?」
いつも実験していた広場で、ルイズは露骨な不満顔を浮かべている。
「リリカルステッキに、マギカスーツだぜ」
「で?」
「魔法少女だぜ!」
ビシッ!というぐあいに魔理沙が親指立てて答えた。ルイズの眉がピクっと動く。
今朝の事。いつも通りの朝食の後、こあに言われる。この服を着て、広場に来て欲しいと。用意されたものにルイズは唖然。フリルがちりばめられた、微妙に露出度の高いピンクの服。これまたフリルなピンクの靴。そしてハートと羽のついたピンクの杖。以前採寸された事があったが、これを作るためだったのかと気付いた。
ピンクセットを指さすと、すかさずこあに文句を言う。だが、とにかく着てくれと言うばかり。ルイズはやけくそ気味に着る。そしてここにいるのだった。
「その魔法少女って何よ!」
「魔法を使う少女だぜ」
「そのままじゃないの!」
「そうなんだけど、なんか違う感じがしないか?」
「しないわよ!」
二人の横で、アリスが笑いを漏らす。
「似合ってるわよ。ルイズ。そういうの作ってみたかったのよ。着たくはないけど」
「あ、あんたねぇ」
杖を握る拳がより硬くなった。
ただ一人、大して表情を変えないパチュリーがなだめに入る。
「まあまあ、ルイズもあきらめなさい。これから魔法を使うのに必要なんだから」
「あきらめろって……。えっ!?魔法を使う?」
「そうよ。あなたは魔法を使うの」
「失敗魔法?」
「そうじゃないわ。チャンとした魔法よ。つまりあなたは魔法使い、いえ、間違いなくメイジという事よ」
急にルイズの顔が明るくなる。この魔法使いは自分がメイジだと断言した。ゼロではないのだと。なんだかんだでその能力に感服していた相手が、魔法の才能がある事を保証してくれた。待ち焦がれたその瞬間がとうとうやってきた。さっきの不機嫌さはどこかへ吹っ飛び、かわり期待がムクムク膨れ上がる。その目はキラキラと輝いていた。
パチュリーはそんな彼女を少しばかり楽しげに見る。
「さてと。説明するわね。いろいろ調べて分かった事を話すわ。まず、あなたはメイジ、しかもかなり能力の高いメイジよ」
「ホ、ホント?でも何で爆発しか起きないの?」
「それはあなたの能力が、封印されてるから」
「封印!?」
「そ。ただその封印は、解けるようにはなってるの。封印を解く鍵があればね」
「もしかしてそれが手に入ったの?」
「いいえ。鍵はまずこっちにはないでしょうし。なんとか封印解けないかって考えたけど、結局細かな点までは分からなかったわ。だから完全に解くにはハルケギニアに戻るしかないわね」
「え?それじゃ、今、封印解けないじゃない。どうやって魔法使うのよ」
希望があるんだかないんだかよく分からない返事に、少々もどかしげに尋ねる。だがパチュリーは相変わらず。
「そのためのコスチュームと杖よ」
「これ?」
ルイズはその恥ずかしい格好に目をやる。
「まずその服だけど、魔力、あなた達の言葉でいうと精神力?それを溜め込むものなの」
「精神力を溜めてどうするの?」
「あなたの魔法が爆発するのは、その封印から魔力が漏れてるからよ。そうでなかったら、爆発すら起こらないわ」
「なんで漏れてるのかしら……」
「封印が不完全なのか、それともその能力を示唆させるためにワザと漏れてるのか……まあ、分からないわ」
パチュリーはお手上げとばかりに、手のひらを返す。
「それともう一点。ルイズ、あなたの魔力は純粋魔力なの。だから私達の技術が使えるのよ。逆に系統魔法?だったかしら、それは属性付きの魔力なんでしょうね。だからその技術では、あなたはうまく魔法が使えないの」
「へぇ……」
「この杖と服で魔法を使う仕掛けはこうよ。あなたがいつものように魔法を唱える。ハルケギニアの魔法ね。それが爆発に転化される前に、この服に蓄積。溜め込んだ魔力を、この杖を使って使う事になるわ。杖を媒介させた方が、あなたに使いやすいと思ってね」
ルイズは説明を受けて、もう一度このピンクなフリルを見つめる。それがもう輝いているように思えた。妙な仮装衣装から、未来を切り開くマジックアイテムに見えた。
そこでアリスの声が挟まれる。
「ただまだ試作なんで、いろいろ不便なのよ。今はそのピンクの杖しか持ってないけど、実際使うときは今までの杖も使うわ」
「え?杖を二本も?」
「そう。つまりさっき言っていた魔力を服に溜めるのと、魔法を使うのは同時にできないの。魔力を溜めて、魔法を使って、また魔力をためて……ってやり方になるわ」
「それじゃ何?例えば『錬金』を唱えて、こっちの魔法を使って、また『錬金』を唱えてってやり方になるの?」
「そういう事。ただその服の許容量はそれなりにあるから、あらかじめ魔力を溜め込んでおくって方法もあるわ。そうは言っても限界もあるから注意してね」
「限界超えるとどうなるの?」
「服が破裂するわ。死ぬようなものじゃないけど。まあ裸になるくらいかしら」
「裸……。き、気をつけるわ」
なにやらいろいろと扱いに注意しないといけないらしい。少しがっかりなルイズ。未来を切り開くマジックアイテムが、不恰好な工作器具に思えてきた。しかし心の高揚感は失ってない。
「うん。まあいいわ。魔法が使えるんだもの」
「ま、改良はしていくわよ」
「うん」
納得げにうなずくルイズ。三人の魔女はそんな彼女に表情を緩めていた。
ルイズはふと感じる。
「だけど……その……なんで私にいろいろしてくれるの?」
思い切って聞いてみた。こっちに召喚されてから、ずっと彼女達は自分についていろいろしてくれている。この所なんて泊り込みで、徹夜までしている。召喚してしまった責任というのはあるだろう。一方で友人とも言ってくれた。だけど友人だからと言って、そこまでしてくれるのだろうか。あまり友人関係を持った事のないルイズは、少しばかり戸惑う。
しかしそう聞かれた三人はキョトンとしている。そして最初に魔理沙が口を開いた。
「そんなの面白いからに決まってるだろ」
「面白い?」
「異世界の外来人だぜ。放っておく手はないだろ」
「私は実験動物じゃないわよ!」
「はは、分かってるぜ。だけど、魔法が使えれば幻想郷にはもっと馴染めるぜ」
「それはそうだけど……」
なんともどう受け取っていいか困る答え。
「お互い得してるんだから、気にする事ないのよ。まあ……その……同じ魔法使い仲間が増えるのは、悪くはないしね」
ぽそりとパチュリーがこぼす。ルイズはわずかに目を逸らす彼女をちょっとばかり驚いて見ていた。ハルケギニアにいた時とは違う感覚が流れる。ふと暖かい気持ちになっていた。
すると突然、魔理沙が箒にさっそうとまたがった。
「それじゃ、さっそく始めるか。練習」
「今から?」
「ああ。急がないといけないからな」
「何でよ」
「チルノを倒さないといけないだろ」
そんな事を言われたのを、ルイズは思い出す。だが何故急がないといけないのか分からない。もちろん早いに越したことはないが。
「急がないと、あいつら忘れちゃうぜ。バカだから」
その言葉に、心当たりがいくつもある。主に紅魔館の妖精メイド相手で体験して。実は、幻想郷の妖精はあまり賢くなかった。
「分かったわ。急ぎましょう」
気合を入れた顔で、ぎゅっと拳を突き出す。羽の生えたハートピンクの杖を握り締めて。
それから一週間ほど。
昼は魔法の練習、夕方から晩にかけてはミスティアの屋台と、スケジュールいっぱいの日々が続いていた。しかもそれだけではない。ルイズはこの世界では体力自体も必要と痛感して、早起きしてトレーニングに励んでいた。専門家にいろいろ指導されながら。
「今日はここまでにしましょうか」
「はぁ、はぁ、はぁ……。ありがとう、美鈴」
「いえいえ」
美鈴は、ニコニコしながら答える。
トレーニング指導の専門家とは彼女の事。早起きしたルイズが、走りこみをしようとしたら声をかけられた。まだ門番に立つまで時間があるので、付き合うと。さらに彼女は体術が得意なので、運動の指導者としては適任でもあった。ついでにその体術も教えてもらっている。導入編程度だが。そして今は彼女と共に運動するのが日課となっていた。
ルイズは汗を拭きながら、尋ねる。
「でも、なんで付き合ってくれてんの?」
「う~ん……。強いて言えば、好奇心でしょうか」
「好奇心?」
好奇心。魔理沙も似たような事を言っていた。この幻想郷の連中を動かす原動力なのかもしれない。ハルケギニアの貴族が、誇りや立場、信念、自分の立ち位置で動くのとまるで違う。ここはただ妖怪やら悪魔やら妖精やらがいる別の世界というだけではなく、根っこから違う。異世界とはこういう事か、なんてルイズはすっと理解してしまった。
「ルイズ様とパチュリー様達が楽しそうに何かやってるのが、少しうらやましかったんですよ。ルイズ様ともう少しお話しできないかなぁ、と思いまして」
「楽しんでる訳じゃないわよ。パチュリー達は楽しいかもしれないけど」
「そうですか?ルイズ様も楽しそうに見えましたよ」
あっけらかんと言われると、否定しづらい。少し顔を赤くして口ごもる。
ふと美鈴が聞いてくる。
「ここに落ち着く気はないんですか?」
「…………。ないわ。やっぱりトリステインが私の世界だから」
「そうですか」
少しばかり残念そうな彼女。
ここの世界に馴染むほど、ルイズの中にはトリステインというものがハッキリと形作られていた。好む好まない以前に、あそこが故郷だと。
ただすぐにでも帰ろうという気も、最初に比べれば薄くなったが。
「だけど、なんか私の魔法に夢中で、帰る方法見つけんの忘れてんじゃないの、って気もするんだけど」
「大丈夫ですよ。チャンと覚えてますよ」
「でもどのくらい研究が進んでるのか、教えてくれないのよね。あ、そう言えば、使いたくない手段があるって言ってたっけ。美鈴何か知ってる?」
「ルイズ様を帰すのにですか?」
「うん」
美鈴は少し考えてから答える。
「たぶん八雲紫に頼むんでしょう」
「八雲紫?」
「幻想郷を作った張本人で、管理人です」
この世界を作った本人と聞いて、驚くルイズ。もっとも誤解しているのだが。
とにかくルイズ本人は、悪魔がいるくらいなのだ、世界を作り出す存在がいても不思議じゃないと思ってしまった。そして、それを表す言葉は一つしか浮かばない。
「その……神様?」
「いえ、違いますよ。妖怪ですよ」
「妖怪!?妖怪ってそんなとんでもないのまでいるの!?」
「まあ、ピンキリですからねぇ」
「それにしたって程度ってものがあるわよ。でも世界を作る妖怪ならなんでも出来そうね。でもどうして頼むのいやなの?実は悪い妖怪とか?」
「あまり会ったことないのでよく知らないのですが、うさんくさいそうです。借りを一番作りたくない相手といいましょうか……」
「確かに、それだけすごい妖怪だと、借りを作ったら何されるか分からないわね」
神妙にうなずくと、ルイズはトレーニング道具をしまい出す。
それからルイズと美鈴は他愛のない話を続け、やがてルイズは朝食へ、美鈴は門番の仕事へと向かった。
「大分さまにはなったけど……」
「まだまだ厳しいわね」
魔理沙といっしょに飛んでいるルイズを見て、アリスとパチュリーはつぶやく。
今は弾幕ごっこの練習中。弾幕ごっこ。もといスペルカードルール。幻想郷の決闘のルールだ。人間や妖精、妖怪と言った種族や力も大きく違う者同士のトラブルを解決する方法。お互い弾幕を打ち合い、用意した相手の術式、スペルカードを全て攻略した方の勝ちとなる。
ルイズはこのルールを身に着けるために訓練を受けていた。と言ってもまだルイズは弾幕と言える様なものは撃てず、なんとか火のような光弾を出すのが精一杯。ましてやスペルカードなんて組めっこない有様だった。
「それでも一週間程度で、ここまで来たのは大したものよ」
「あれほどあっさり飛ぶとは思えなかったものね」
二人は初めて魔法少女コスチュームを着た日の事を思い出す。ルイズは最初の難関。空に浮くという事をなんなく成し遂げた。魔法はハルケギニアも幻想郷もイメージが大事。ハルケギニアでなんとか魔法を使おうと、イメージトレーニングをしていたのが、役に立ったのだろう。
ただそこから先が問題だった。ルイズの空を飛ぶというイメージは、学院で見かけるようなフライの魔法の印象が強かった。とてもじゃないが幻想郷で飛び回るには及ばない。さらに弾幕。火でも氷でも風でもない、なんとも言いがたい光の弾。これがイメージしづらい。結局、皮肉な事にあのムカツク火のメイジのイメージを流用するハメに。おかげでルイズの弾幕は火のような形になっている。だが、それでも山のように、さらに幾何学的に弾を撃つというスペルカードのそれとは大きく違っていた。
やがて二人が降りてくる。自然と降りてくるルイズ。こういう単純に飛ぶという動作については、彼女は本当にスムーズだった。
「どうかしら?」
ルイズの質問に、一瞬顔を見合わせる三人。最初にアリスが口を開いた。
「まだ始めたばかりにしては、かなり上達したわ。正直早いと思う」
「ホント!?」
彼女自身も感じていたが、上達が手に取るように実感できるのは本当に気持ちがいい。それを認めてくれた。顔を綻ばせるルイズ。
しかし人形遣いの顔は少し厳しめ。
「ええ、ただそれでもまだまだ足りないわ。弾幕ごっこで勝つにはね」
「なら、もっと練習する」
ルイズ、あくまで前向き。なんだかんだで楽しいからだ。こんなに自在に魔法を使えるなんて、当然初めての感覚。むしろずっと続けたい気分だ。
ただそんな気持ちに、パチュリーから冷や水が。
「そういう訳にはいかないの」
「何でよ」
「時間がないのよ。明日には挑まないとマズイわ。これ以上延ばすと、本当に忘れちゃうんじゃないかしら」
「ええっ!?どうするのよ!何か方法はないの?」
「何か切っ掛けがあれば、ぐっと伸びそうな気はするんだけど……」
実はこれまでも、魔理沙とパチュリー、パチュリーとアリスの弾幕ごっこをいくつか見た。それを元にイメージしようとしたがどうにも上手くいかない。
やがて練習時間が終わろうとしていた。
ルイズに焦りが浮かんでいる。チルノがどの程度の相手かは、ちょっと模擬戦で見せてもらった。さすがにさっきの三人の戦いに比べれば、大したことはないものの、それでも今のルイズでは相手にできるレベルではなかった。
一同が頭を悩ましていると、魔理沙が声を上げる。
「しゃーない。別の手で行くか」
「何?」
「チルノと初めて会った時、弾幕の途中で逃げたろ?」
「うん……。訳分んなかったから……」
「その勝負の続きをするんだよ」
魔理沙達はルイズが紅魔館に戻って来た後、それまでのいきさつを聞いていた。チルノとのやりとりも当然。座学が優秀なルイズは記憶力もよかった。彼女との勝負内容も結構細かく覚えていた。その中で出てきたキーワードが勝利の鍵。
魔理沙は不敵にそのキーワードを口にする。
「アイシクルフォール」
「それが何?」
首をひねるルイズだが、他の二人は小さくうなずく。アリスが納得顔で答えた。
「Easy勝負に持ち込むのね」
「そういう事。あいつバカだからな」
それから魔理沙達はルイズに秘策を説明した。アイシクルフォールというスペルカードはEasy勝負に限って、安全地帯がある。それはチルノのすぐ傍。しかも目の前。勝負が始まったら、チルノにすぐ近づき、真正面に陣取ればそれで勝ちなのだ。さらに勝利を確実にするために、うまく口車に乗せて、弾幕ごっこは1枚勝負にしてしまう。半分だまし討ちみたいなもの。今のルイズでは仕様がない。本人は少々気が引けているが。もっともそもそもの原因が、お金を払おうとしない向うのせい。そう自分に言い聞かせると、開き直った。ともかく勝利を確信し、拳をギュッと握るルイズだった。
もっとも、だまされやすいのはバカだが、イレギュラーを起こしやすいのもバカだったりする。