神隠し作戦がなんとか無事終り、オルレアン邸班は幻想郷組アジトに戻ってきていた。空には双月が煌々と輝いており、まさしく深夜。明日休みとは言え、さすがにルイズ、キュルケの二人は眠くてたまらない様子。一服した後、すぐに寮へと帰って行った。さらに天子、衣玖も自室へと戻る。
残ったアリスは、魔理沙達を待つことに。実は、予定より戻るのが遅れていた。失敗したとは考えていないが、少々気を揉んでいたのも確か。なんと言っても、彼女達が向かった先は、ガリアの中枢、ヴェルサルテイル宮殿なのだから。
紅茶はすでに飲み干し、茶菓子もなくなりかけた頃。アジトに入ってくるざわめきが耳に入る。ヴェルサルテイル宮殿班が、帰ってきたらしい。胸をなでおろすアリス。そんな彼女に、愚痴がいくつも届く。
「チッ!エルフと鉢合わせるなんて、思わなかったぜ」
「警備にまで顔出すなんてね。ラグドの話じゃ、嫌々手貸してるって感じだったのに」
「それはそれとして、二人とも私に感謝しないと。あの剣、魔法使いじゃどうしようもなかったでしょ。私がいなかったら、今頃三枚におろされてたわよ……ね!」
「「う……」」
鼻高々な烏天狗と、魔女達の嫌そうなぼやき。そこに入り込む玉兎の声。
「でも……よく考えたら、私が幻術使えばよかったんじゃない?」
「あ、それもそうね。あのエルフの障壁、光は通してたんだから。たぶん通用したわ。文がいなくても、なんとかなったんじゃないかしら」
「確かになそうだぜ!文じゃなくても、なんとかなったな」
「命の恩人に向かって、この人たちは……」
なんだかんだと、にぎやかな声がリビングへ近づいてくる。そして入ってきた一同。パチュリーとこあに、魔理沙、鈴仙、そして文。何やら落ち着きなさそうにおしゃべりしている彼女達を、アリスは変わらぬ態度で迎えた。トラブルが起こったらしいと察しつつも。
「お帰りなさい。上手くいったって雰囲気じゃなさそうね。どうしたのよ。まさか失敗したの?」
「神隠しについては成功したわ」
パチュリーは成果を報告するが、今一つ冴えない。疲れたように席に着く。アリスはとりあえず話を聞こうと、各人に紅茶を用意。
「でも問題なしって訳じゃなかったんでしょ。オルゴールもないようだし。見つからなかったの?」
「いえ、見つかったわ」
紅茶で喉を潤しつつ、紫魔女が答える。
「けど邪魔が入って、取り戻せなかったのよ」
「何よそれ。あれだけ下調べしてたのに。警備の隙を突いたんじゃなかったの?」
「イレギュラーが起こったのよ」
相変わらずの抑揚はない声だが、カップを置く手つきは少々荒い。不満が籠っているように。次に口を開いたのは魔理沙。渋い顔つきで。
「ガリアにエルフがいるって話があったろ」
「ラグドが言ってわね」
「見つかったのがそいつでさ。で、やりあった。これがかなり強くってなぁ」
「何人いたのよ」
「一人」
「一人!?五人がかりで、一人にやられたの?」
「やられちゃいねぇぜ。ヤツも結構ボコった。けど最後に、妙な魔法使いやがってな。それが、かなり手ごわいんだよ。結局、タイムオーバーって訳だぜ」
「五人でも手ごわいって、厄介そうな相手ね」
「ああ」
魔理沙が、光景を思い返すようにつぶやく。脳裏にはあの巧みに弾幕を捌く、剣の姿があった。超人的な動きをする剣が。
このメンツでたった一人を倒せなかった事に、アリスは驚きを覚えずにはいられない。魔理沙は原因も定かでない異変をいくつも解決しているし、他の顔ぶれを見ても実力は確かだ。そんな彼女達が、引き分けに終わるとはと。もちろん、エルフについて知識がまるでなく、対策のしようがなかったのはあるのだが。
アリスはカップをソーサーに置き、尋ねてくる。憂いを漂わせつつ。
「どんな能力持ち?」
「いろいろあったぜ。まず、なんでも反射する障壁。それがスゲェの。マスパすら跳ね返されたんだぜ。そりゃぁ、弾幕ごっこ用ってのはあるけどな」
「なんでも跳ね返すって……何よそれ」
「こっちが聞きたいぜ。他には、壁とか床が変形して手になった。それがしつこく追いかけてきてな。後、剣をたくさん飛ばせる。これも避けても戻ってくる」
「ちょっとした弾幕ね」
「まあな。ただ、こっちの方は密度も動きも大したことないから、かわせないって程じゃないぜ」
「そう」
壁や飛ぶ剣についてはともかく、なんでも跳ね返す障壁というは、幻想郷でも聞いたことがない。顔つきを重くするアリス。さらにパチュリーが付け加える。
「それだけじゃないわ。地震、起こせるのよ」
「地震も?」
「ええ。天子のほどじゃなかったけど」
「エルフってのは、手札がかなり多そうね。それとも、当人自体がすごかったのかしら」
「両方かもしれないわ」
パチュリーは再び、カップに口をつけた。そして今度は文。
「で、極め付けが、達人剣。と呼んでおきましょうか。あのエルフ、ビダーシャルとか言ってましたが、彼の必殺技かもしれません」
「さっきの飛ぶ剣と違うの?」
「飛ぶのは同じなんですけど、動きが全然違うんです。もう、透明の一流剣士が戦ってるような動き」
「妖夢みたいな?」
「妖夢さんを、一流って言うかは異論があるかもしれませんが、まあそうです。魔理沙さんの至近距離の弾幕、全部弾いちゃったんですから。ホント、私がいなかったら、みなさんどうなってたやら」
再び、恩着せがましく魔女たちに視線を送る烏天狗。魔理沙達はそれに投げやり気味に、感謝の言葉を返していたが。
アリスはその様子を眺めながら、エルフという存在に少なからず脅威を抱く。するとふと、引っかかりが脳裏を過った。違和感とでもいうものが。パチュリーが言った地震、文の言う達人剣。この二つのキーワードに、どういう訳か繋がりを感じていた。そして思い出した。ほぼ同時刻、オルレアン邸で起こった出来事を。次の瞬間、アリスの頭の中に、違和感への答えが浮かびあがる。彼女はハッとしたように、目を見開いた。
「ちょっといいかしら」
「何よ」
「実はこっちでも、おかしな事が起こったのよ」
「おかしな事?」
一段落つき落ち着きを取り戻していたパチュリーが、アリスへ視線を向ける。そこに見えたのは、やけに神妙な人形遣い。
「仕掛けが終わって帰ろうとした時なんだけど、天子が左手を痛がったのよ」
「左手?」
「そ。手の甲。ガンダールヴのルーンのある場所」
「デルフリンガー握った時と似てるわね。地震か何かあった?」
「なかったわ。それに痛みもすぐ治まったし」
「ルーン自体は、どうだった?」
「まだ確認してないわ」
ガンダールヴのルーンは、今、偽装されているので実際の状態は偽装を解いてみないと分からない。
次に魔理沙が、気持ちを切り替えるように尋ねてくる。
「時間帯的には、ウチらがエルフと戦ってた頃か」
「そう。両方とも同じ時間に仕掛けてたし」
「けどそれが……あ!地震か!」
「ええ。あなた達は地震をエルフの仕業って思ったようだけど、そうじゃないかもしれないわ。例の妙な現象が起こる時は、必ず地震が起こってたし。それにガンダールヴの能力は、確か武器を自在に操る力よね」
「例の剣も、ガンダールヴの仕業だっていうのか?おいおい、それじゃぁ天子がやった事になっちまうだろ。あいつが私等の邪魔する理由がないぜ。それにオルレアン邸とヴェルサルテイル宮殿は、かなり離れてる。そんな距離で遠隔操作できるなんて、考えられないぜ」
「それ以前に、もうかなり消えてしまったガンダールヴが機能してるかの方が怪しいわ。それで、ちょっと思いついたんだけど」
「なんだよ」
「天子のガンダールヴ、誰かに吸い取られてるんじゃないかしら?」
あまりに突拍子もない事を言い出すアリスに、パチュリーと魔理沙は目を剥いていた。半ば固まり気味に。
「吸い取る?なんだそりゃ?使い魔を乗っ取るなんて、できんのか?」
「使い魔じゃなくって、この場合は契約自体ね。できるかできないかは、コルベール辺りにでも聞いてみたらいいんじゃないかしら」
「けどなぁ……」
腕を組んで考え込む魔理沙。腑に落ちないという具合に。するとパチュリー、紅茶の最後の一口を飲み干し、落ち着いた声で聞いてくる。
「それは後でするとして、ガンダールヴの方はどうするの?機能してるか確認するなんて、方法がないわよ。この世界の武器だったら、天子がそれなりに使えても不思議じゃないし。ガンダールヴのおかげかどうか、判断つかないわ」
「学院の宝物庫に、何かないかしら。場合によっては、幻想郷に一旦帰るってのもあるわ。河童なら、得体のしれない武器とか持ってそうだし」
「手はない訳じゃないって事ね。分かったわ。飛躍しすぎな気もするけど、検証してみる価値はありそうね。とりあえず朝になったら、コルベールに使い魔について聞いてみましょ。まずはそこからね」
「ええ」
話は一旦お開きとなり、各人は自分の部屋で休む事にする。特に人間である魔理沙は、眠くて仕方がなかった。
朝となり、彼女達はコルベールの元へと向かう。しかし、彼は朝から出張しており不在だった。なんでもタルブの村に災害が起こったそうで、呼び出しがかかったとか。災害のために何故教師が呼ばれたのか、今一つ腑に落ちなかったが、ともかく今はいない。帰ってくる予定も、決まっていないと聞く。あきらめるしかない魔女達。結局、別件を先に進める事にした。タバサの母親の件を。
「誠に、誠に申し訳ございません!」
シェフィールドがジョゼフの前で跪いている。態度にも表情にも、恐縮したものが窺えた。しかしジョゼフは、気にしたふうもない。
「まあ、良い。オルゴールは無事だったのだ。それにお前は、警備担当ではないからな。最も、散々な有様の余の部屋を見た時は、笑うしかなかったが」
私室がボロボロにされ、自慢の模型も壊されたというのに、怒りを浮かべる様子がない。他人事のように茶化している。執着というものが感じられないガリア王。
ここはヴェルサルテイル宮殿の敷地内にある礼拝堂。その地下。ビダーシャルに与えられた研究施設だ。ここでは様々なものが開発されている。アルビオンに持って行った試作段階の特殊ゴーレムや火石も、元々はここで開発したもの。それらを作り上げたのが、エルフのビダーシャル。最強の妖魔の力があってこその、特殊なマジックアイテムだった。
ジョゼフ、シェフィールド、ビダーシャルはこの部屋で、たまに会合を持つ事がある。ビダーシャルについては、ガリアでも一部の者しか知らないので、堂々と宮殿内で会う訳にいかないからだ。内容は、エルフの秘術に関するものがほとんど。だが、今回は違っていた。話の中心は『始祖のオルゴール』を狙った賊についてだった。
ジョゼフは椅子に身を預けると、雑談をするように尋ねてくる。
「まず賊について聞こうか」
「うむ」
ビダーシャルは淡々と話を進めだした。
「これは推測だが、この地の者ではない」
「ではなんだ?お前の故郷の者か?いや、ロバ・アル・カリイエの可能性もあるな」
「そのいずれでもない。見たことのない魔法を使っていた」
「どのような魔法だ?」
「部屋中を満たす程の、光を放つ魔法」
「ん?聞き覚えがあるな。確か……トリステインの虚無の使った魔法が、そのようなものだとか」
「いや、それとは違う」
エルフはキッパリと断言。光の魔法は『カウンター』に反射された。もし虚無の魔法ならば、『カウンター』を破綻させたはずだからだ。
話をビダーシャルは続ける。
「さらに言えば、その賊の者ども、得体が知れん。全うな生き物かどうかもな」
「どういう意味だ?それは」
「心臓に剣が突き刺さり、倒れた者がいた。にも関わらず、ほどなくして再び起き上ってきた。文字通り、生き返ったかのように」
「スキルニルの類ではないのか?」
「だがその者、剣が刺さった後、血を流していた。そして倒れて動きを止めた。戦闘中にも関わらずな。人形ならば術者を窮地に落とす行為だ。それに機能を止めた後、元の姿に戻るはず。だが、そんな様子はなかった。さらに言えば、その者を気遣う連中の態度も、人形だとしたら不自然だ」
「ガーゴイルとは考えづらいか……」
ジョゼフは青い髭を弄りつつ、思案に暮れる。不死身の存在がいるかのようなエルフの言いように。しかし、そんなものが実在するのだろうか?一方で、この理知的なエルフが、戯れを口にするというのも考えづらかった。いずれにしても、今ここで考えた所で答えは出そうにない。ガリア王は、話題を変えた。
「その話は、後にするか。ミューズ。お前からも報告があるようだな」
「は、はい……」
弱々しく返事をするシェフィールド。これからするのは、またもや失態の話なのだから無理もないが。
「その……オルレアン公夫人を……攫われてしまいました」
「何?」
「申し訳ありません!陛下!度重なる失態、いかなる処罰も……」
ミョズニトニルンは深々と頭を下げる。しかしジョゼフは相変わらず、気にしてない様子。
「ほう、攫われたとは。あの屋敷は碌に警備もしていなかったからな。なんだ、盗賊共にでも襲われたか?」
「いえ、攫ったのは盗賊などではありません。以前お話しした、ゲンソウキョウの者です」
「何だと?」
「賊はヤクモユカリと名乗るヨーカイ。実験体に必要と言い、連れ去ってしまいました」
「実験体?それにしても、賊がその者だとよく分かったな」
「本人が私の元へ来て、宣言していったのです」
「ハハ!ふてぶてしいヤツだ」
膝を叩きつつ、笑うジョゼフ。だがすぐに表情が元へ戻る。
「しかし、お前ともあろう者が、目の前に来た賊を捕えられなかったのか?」
「申し訳ありません。ですが……あえて申し開きさせていただくなら、ヤクモユカリを捕えるなど、何人にも不可能かと……」
「なんだそれは。ヨーカイとはそういうものなのか?」
「いえ、ヨーカイの中でもヤクモユカリは異常でした。ともかく私には理解不能な存在です」
「神の頭脳が理解不能ではな。他の者に分かる訳もないか……」
渋い顔つきのジョゼフ。大きなため息をつきつつ、顎髭をいじる。一方の小さくなったままのシェフィールド。すると二人に、ビダーシャルの怪訝な声が挟まれる。
「先程からなんなのだ?ゲンソウキョウだのヨーカイだの」
「おお、お前には言ってなかったか」
「うむ」
「なんとな、異世界なるものが存在しているのだと。その異世界の名が"ゲンソウキョウ"と言うのだそうだ。もっとも、余は未だ半信半疑だがな」
「異世界……」
ビダーシャルの顔がわずかに歪む。なんとも信じがたい響きに。
「なんだ?その異世界とやらは」
「余が話すよりミューズに聞いた方がよかろう。なにしろ体験したのだからな」
「体験?」
「なんと、その"ゲンソウキョウ"とやらに行ったと言うのだ」
「まさか……信じられん。だいたいどのように行ったのだ?」
「まあ、ともかく話を聞いてみるがいい。ミューズ。全て話せ」
「御意……」
それからシェフィールドは全てを話した。ヴァリエール領でレミリア達と戦った話に始まり、紅魔館でチルノ達に追い回されたり、幽香にボコボコにされたり、永琳に弄ばれたり、そして最後に紫に得体のしれない術をかけられ、ハルケギニアに帰って来た所まで。過ぎた出来事ではあるが、思い返せばなんて酷い目にあったのだと、噛みしめるシェフィールド。
「……と言うのが私の体験した出来事でした」
「…………」
「どうかされましたか?ビダーシャル卿」
「…………間違いない。私が会ったのも、そのヨーカイ共だ。貴様の言う光弾の魔法などは、まさしく私が見たものと同じ。そして確かにいた。彼の者達の中に、悪魔と称するものが。道理で心臓に剣が刺さっても、死なないはずだ。しかし神や悪魔、妖精、ヨーカイがおり、しかもその者達が支配している世界など……。信じがたいが、信じざるを得ないか……」
ペテンにでもかかっているかのような収まりの悪さを覚えつつ、顔を硬くするビダーシャル。
話を聞けば聞くほど、血の気が引いていくのを感じずにはいられない。彼女達がエルフにとって、大きな脅威である事は身を以て理解したからだ。ハルケギニアの虚無は、確かに精霊の力による術を崩壊させる。だからこそ、シャイターン、悪魔と呼ばれていた。ただ、それが可能なのは最大でも四人。一方のゲンソウキョウの住人は、全員それができる。彼らが放つ光弾は、精霊を行動停止にする力があるのだから。さらに今、ハルケギニアとゲンソキョウは繋がっており、行き来可能だと言う。その上、ゲンソウキョウのヨーカイ共と縁を結んでいるのが、なんとトリステインのシャイターン。エルフにとっては悪夢のような話だった。
ビダーシャルを鎮痛な表情を浮かべたまま、シェフィールドに尋ねる。
「だいたい、そのヨーカイ共は何しに来ているのだ?」
「私の聞いた話では、この世界の研究や観光のためだとか」
「研究と観光……か」
急に表情が緩むサハラの住人。声色には、好奇心すら漂っていた。
異質な能力に意識が奪われていたが、思えば彼女達は彼を殺すような技を出していなかった。さらに、できれば手荒な事はしたくなかった、とも言っていた。ビダーシャルは、意外に話の通じる相手かもしれないと、考えを改める。
するとふと、思い出した台詞が一つ。
「そう言えば、ヨーカイ共……、妙な事を言っていた。オルゴールは預かりものだとか」
「なんだそれは?アルビオン王家とも関わりがあったとでも言うのか?いや、それはおかしかろう」
わずかに首をひねるジョゼフ。
元々、『始祖のオルゴール』はアルビオン王家のものだ。預かりものとなると、王家から彼女達は借りる約束をしたとなる。しかし、そうなる奇妙な点が出てくる。アルビオン王家が滅ぼされるまで、異界の者たちが助けに入った様子がまるでない。一方のトリステインに関しては、手助けした形跡が見られるのに。
「訳が分からんな。どういう意味だ?まあ、よい。捕えてみれば全て分かる」
「捕える?ヨーカイをか?」
「興味が湧いたのでな」
「こう言ってはなんだが、かなり困難だろう。いくらシャイターンの主従と言えどもな」
「ならばお前が、手を貸せ」
「私が加わろうとも、大差ない」
「そこまで、厄介な相手なのか?ヨーカイとやらは」
「うむ」
なんと言っても、精霊の力を無効化する魔法を使う相手。しかも自在に素早く飛び回る。実はビダーシャルとの戦いの後、宮殿から逃げ出すヨーカイ共を竜騎士が追ったのだが、あっと言う間に引き離されたそうだ。風竜すら及ばない速さ。さらに先日会った者だけではなく、他にもヨーカイがいるという。
しかしそこに、シェフィールドの落ち着いた声が入ってきた。
「陛下。確かに直に相手にするには、相当厄介な相手。ならば、直に相手にせねばよいのです。加えて申し上げれば、すでに手を打っております」
「ほぉ。さすがは私のミューズだ」
笑みを浮かべるガリア王。使い魔も主の賛辞を、嬉しげに聞いていた。
満足そうな主従を前にし、ビダーシャルはまるで違う考えを脳裏に描いていた。ゲンソウキョウのヨーカイとの出会い。エルフにとって、虚無以上の脅威となるかもしれない存在。この凶事とも言える出来事に対し、浮かぶものはまるで逆のもの。凶事が吉事に転じるかもしれないと。
やがて虚無の主従は、礼拝堂の地下を後にしようとする。すると、シェフィールドをビダーシャルが呼び止めた。ジョゼフはかまわず先に進んだが、彼女に残ることを許す。足を止めるシェフィールド。
「まだ何か?」
「貴様はシャイターンの僕ではあるが、私は礼節を重んじる。一応、礼を言っておく。昨晩は助かった」
「昨晩……?一体なんの話でしょう?」
シェフィールドは、眉をひそめながら踵を返す。
基本的に人間を見下し、虚無の主従である彼女達への嫌悪感を隠さない彼が、礼を口にする。滅多にない事だが、彼女には礼を言われる理由が思い当たらない。対するエルフ。やりたくもない礼をしたのに、意図を察せない虚無の使い魔に少々不満。
「ヨーカイ共から我が身、いや貴様にとってはオルゴールを守っただけかもしれんが。それでも、助けられたには違いないと言っているのだ」
「……?ビダーシャル卿。何を言われているのか理解できないのですが……。ヨーカイと卿が戦っている頃、私はオルレアン邸に向かっており宮殿にはおりませんでした」
「何!?」
驚きを露わにするビダーシャル。
「あの剣を操ったのは、貴様ではないのか?」
「あの剣とは?」
「ジョゼフの部屋に飾ってあった剣だ。マジックアイテムと思っていたのだが……」
「いえ。陛下のお部屋にあったもので、マジックアイテムと呼べるのは『始祖のオルゴール』だけです。確かに装飾品は全て一流の職人が作ったものではありますが、マジックアイテムなどではありません」
「では……あの剣は一体……?まさか、ジョゼフか?」
「陛下が何かなされたなら、先ほどおっしゃっていたかと」
「確かに、そうだな。すると……どういう事だ?」
「何があったのですか?」
「うむ……。昨夜、ヨーカイ共と遭遇して……」
それからビダーシャルは昨晩の出来事、ヨーカイ達との戦いについて話した。聞き入るシェフィールド。固くなる表情と共に、這い上がるような不気味な異質感を覚えずにはいられなかった。なんと言っても、あのヨーカイ共を退けるほどの剣だ。しかもその正体を、相手のヨーカイ共はもちろん、シェフィールド自身、そして最強の妖魔と称されるエルフすら知らない。ではその剣は、なんなのか。マジックアイテムでない事は確かだ。では何者が操ったのか。その何者とは何か。一体この世界に、何が"いる"のか。
ハルケギニアで暗躍し、様々な謀略を動かしたシェフィールド。さらにそれらを、同じく裏で動いて破綻させたゲンソウキョウのヨーカイ共。その上、まだ何かがハルケギニアで蠢いているらしい。ジョゼフの願いを叶えるため、邁進して来た彼女。だがジョゼフが考えているほど、この世界は底が浅くはないようだ。奇妙な悪寒が彼女に走っていた。
太陽が地平線に触れ、辺りの森が緋色と青に染まっている。そんな森の上を飛ぶいくつもの姿があった。ルイズ達だ。パチュリーとこあに、アリス、魔理沙、天子、衣玖。ルイズ、キュルケ、そしてタバサ。キュルケとタバサはシルフィードの背中に乗っていた。向かう先は、タバサの母親が治療のためにいる場所。いわば療養所。ちなみに文は留守番。病人の治療など、大した記事にならなそうだと言って。
タバサが、自分の母親が誘拐されたと知った翌日、彼女はさっそく心当たりへと向かう。その心当たりとは幻想郷の人妖達。皮肉な事に、これを思いついたのは、シェフィールドのおかげ。彼女が誘拐の件を口にした時出たキーワード、"ヨーカイ"、"ヤクモユカリ"。この二つですぐに事情を理解する。異界の人妖達が、自分のために動いてくれたのだと。タバサの母親については、ルイズと彼女達に頼んでいたのだから。
さっそくパチュリー達に尋ねると、予想通りの答えが返ってきた。全ての仕掛けは、彼女達の仕業だと。ただどういう訳か、母親と会うのはしばらく待ってもらいたいとの話だった。もっとも待つと言っても、ほんの数日だが。
そしてついに、その日がやってきた。タバサは、湧き上がるような高揚感を抑えずにいられない。珍しく表情がコロコロ変わる彼女を見て、キュルケも頬が緩むのを止められなかった。
多少雲はあるものの、よく晴れた空を進む一同。すっかり日も落ち、もはや夜となっている。しばらくして森が開け、広がる畑が見えてきた。その畑の中心に、ちょっとした集落がある。小さな村だ。街道から離れた農村。どこにでもありそうな村に見えた。
双月の空の下、人妖達は村のはずれに降り立つ。
シルフィードから降りるタバサの表情に、わずかに緊張が覗いていた。その様子は、嬉しさで溢れんばかりだった先ほどまでとは違う。同じくキュルケも若干固い態度。彼女の方も、さっきまでのニヤけっぷり消え失せていた。
「まさか……こんな所に、タバサの母さま預けるなんて……」
「ヴァリエール領内だし。ウチもそう遠くないわ。街道からも離れてるから、目立たないし。こんな都合のいい場所って他にないわよ」
二人の態度に対し、ルイズはあっけらかんとしたもの。微熱の少女は勢いよくちびっ子ピンクブロンドの方へ振り向き、一言。
「そういう話じゃないわよ!」
「言いたい事は分かるわ。とにかく……」
ルイズの続き言おうとした矢先、馴染みの声が横から入った。
「みんな~、いらっしゃい」
やけに明るい声。そして表情。声の主は月の妖怪兎、鈴仙だった。広場の中央で手を振っている。
「さあ、こっち、こっち」
気分よさそうに全員を手招きする玉兎。ルイズは話を区切り、彼女に平然とついていった。もちろん魔理沙達も。一方のキュルケ、タバサは少々気後れ気味。
ほどなくして着いた場所は、村の端にある一軒家。この村の中では大き目の家だ。家の前に立ったタバサは息を飲む。引き締まった顔つきで。様々な感情が、渦巻いている面持ちがあった。
「ここに母さまが……」
「ここが……ね……」
隣にいるキュルケも、背筋に強張っているのを否定できない。一方のルイズ達は、鈴仙に案内されるまま気安く家へと入っていく。しかし、足が重い雪風と微熱。すると中から二人の少女が現れた。明るい表情と明るい声が、セットで二人に届く。
「どうぞ、入ってください」
「娘さんですね。待ってましたよ」
出迎えてきたのは、やけに色白で鮮やかな黒髪の少女達。ところが歓迎する彼女達に、思わず身構えてしまうタバサとキュルケ。何故なら……少女達の口元から二本の牙が覗いていたから。
タバサの母親が世話になっているこの家。ここの主は、吸血鬼だった。