ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

62 / 98
羽衣

 

 

 

 

 

 翌日の午後。幻想郷組のアジトのリビングで、アリスと魔理沙が紅茶を味わっている。白黒魔女が、茶菓子を一つ口に放り込むと、食べ物をいれたまま話し出した。

 

「とりあえずエルフは、なんとかなりそうだな」

「食べてから話しなさいよ」

 

 アリスの嫌そうな顔。そんな彼女に構わず、続ける魔理沙。人形遣いは、露骨に視線を魔理沙から逸らしながら、ダルシニ達の村での事を思い返す。

 

 ルイズ達が村から離れた後に、一つイベントがあった。双子の吸血鬼、ダルシニ、アミアスと天子の決闘だ。もっとも中身は、決闘というほどのものではなかったが。涙目で必死に立ち向かう吸血鬼と遊び半分の天人の、ちょっとした見世物みたいなものだった。傍から見れば、じゃれ合いとも取れるほどのもの。

 もっともこの面白味のない決闘から、魔女達が見出そうとしていたのは戦いそのものではない。それは先住魔法、精霊の力への対処方法。つまりはエルフ対策だ。このため天子は緋想の剣を使い、精霊の気配を探りながら戦っていた。

 結果分かったことは、自分たちの弾幕が非常に効果的だという点。なんといっても精霊を一回休み、もとい一定時間休止状態に持ち込めるのだから。さらに属性付きの術より、単なる無属性の術の方が効果的なのも分かった。これでビダーシャルが出てきても、何とかなる。魔女達はそう確信していた。

 

 アリスが次の一杯を注ぎながら、もう一つの話題を口にする。

 

「残るはガンダールヴの件ね」

「だな」

 

 魔理沙はつぶやくように返す。

 

「そう言やぁ、天子のルーンはどうだった?」

「残ってたわよ。一応ね。もっとも汚れかルーンか、区別つかないレベルだけど。それからまた"減って"たわ」

 

 ガンダールヴとビダーシャルを守った剣。魔女達その二つに、何か関係があると睨んでいた。アリスの立てた仮説は、何者かが天子のガンダールヴを奪い取り、使っているというもの。この仮説には、いろいろと問題はあるが、とりあえず確かめようという話になっている。

 最初に手を付けたのが、天子のガンダールヴ。確認した所、結果はアリス達の予想通り。また減っていた。ただこれが奪われているのか、単に契約が解除されつつあるのかまでは判断できないが。

 

 二人が減ったルーンについて憶測を並べていると、リビングのドアが開いた。そこにいたのは、パチュリーとこあ。さらに一振りの剣、デルフリンガー。こあに抱えられていた。パチュリーが席にかけながら言う。

 

「参考人、連れてきたわ」

 

 参考人に注目する魔理沙とアリス。参考人とは、もちろん6千年もののサビ剣の事。空いた椅子の上に置かれる。

 

「もう俺に用なんて、なくなったかと思ってたぜ。また妙なネタ、思いついたのか?」

「話を聞きたいだけよ」

 

 パチュリーの淡々とした答え。当のデルフリンガーは、呆れ気味の声を出す。何故ならこのインテリジェンスソードは、ほとんど記憶がない。彼女達には周知の事実。

 

「おいおい。散々試しただろ?何にも出てこなかったじゃねぇか。今さら聞いた所で、変わらないぜ」

「ものは試しってヤツだぜ。話、聞いてて、思い出すかもしれないしな」

 

 今度は魔理沙。デルフリンガーに肩があったら、竦めていただろう。仕様がないとばかりに、口をつぐむ。そしてアリスが本題を告げた。

 

「あなた、ガンダールヴに使われてた、って言ってたでしょ。そのガンダールヴについて知りたいのよ」

「う~ん……。そう言われてもなぁ。あんまし覚えてねぇし。まあいいや。なんか思い出すかもしれねぇ。いいぜ。言ってくれ」

「ガンダールヴは武器を自在に使うそうだけど、その武器、遠隔操作できる?」

「は?そりゃぁどういう意味だ?」

「具体的に言うと、100メイル以上離れた場所から、剣を操れるかって話。レビテーションのようにとりあえず動かすんじゃなくって、剣士が使うようにね」

「さすがにそりゃ無理だろ」

「それって確か?」

「いや、普通そうだろうって思っただけだ」

「はぁ……そう」

 

 うなだれるアリス。つまり、今までと同じ。このサビ剣は、肝心な所は何も覚えていないという訳だ。次はパチュリー。

 

「話を変えるわ。ガンダールヴの契約を他者が解約できる?」

「できねぇんじゃね?」

「それも、一般論?」

「てか、想像かな」

「そう……。分かったわ」

 

 紫寝間着の表情は大して変わらないようだが、こちらもやや落胆気味。やはり何も出てこないと。

 やがて用はなくなったとばかりに、こあがデルフリンガーを部屋へ戻そうとした。すると今度は、サビ剣が話し出す。

 

「そうだ。言いそびれてたんだが、あんたらに教えておこうと思った事があってな」

「なんだよ」

 

 茶菓子に手を伸ばそうとしていた魔理沙が止まる。話を続けるデルフリンガー。

 

「前に、あんた達がアルビオンに行って、ここ留守にした時があったろ?」

「ん~、チラシ配りの時か?」

「そうそう。チラシだ。チラシ。そん時な、見かけないヤツが入ってきた」

「ここに入れた?誰だ?」

 

 魔女達は得るものがなく白けていた気分を、一斉に引き締める。何故ならここは結界で守られており、外から入るのは不可能だからだ。結界を破らない限り。しかしこのアジトに居ついて以来、結界が破られた形跡はない。

 インテリジェンスソードの話は続く。

 

「部屋に入ってきたのは小さな子供だったぜ。ただし、頭に兎の耳がついてた。けど鈴仙のねーちゃんとは大分違う感じだ。ずっと短い」

「子供に短い兎の耳だぁ?そいつ、短い癖っ毛の黒髪のヤツだったか?後、目が赤かったか?」

「おお、そうそう」

「てゐのヤツか……」

 

 顎を抱え、難しい顔をする魔理沙。他の二人も眉をひそめる。

 因幡てゐ。鈴仙と同じ、永遠亭の住人だ。ただし、一癖も二癖もある人物、もとい妖怪で、一筋縄でいかない相手だ。それがハルケギニアに来ていたとなると、何かあると勘ぐるのが当然というもの。

 

 アリスがまず口を開いた。

 

「いたずらしに来た、ってハズないわよね」

「だよな。何も起こってねぇし。いたずらのために、ワザワザ異世界に来るってのも考えにくいぜ」

 

 魔理沙はうなずく。パチュリーも同意。

 

「でも私たちは、彼女を見てないわ。幻想郷へ帰るには、ここを通るしかないのに。つまり、来てから大して間も置かず帰ったって話になるわね。しっかりした目的があって来た、って事かしら」

 

 すると魔理沙が、デルフリンガーに尋ねた。

 

「なぁ。てゐ……うさぎ耳の子供、様子はどうだった?」

「何か探してるようだったかな」

「探し物?けど、何かなくなったって話はないぜ。って事は見つからなかったって訳か?」

 

 白黒魔法使いは、難しい顔のまま。すると椅子に寄りかかり、反るように後ろを向いた。リビングの壁にある祠の方へ。

 

「ラグド。黒髪の兎耳が生えた子供見なかったか?」

 

 祠に祭ってある水瓶から、にゅうっと水で形作られた顔が現れる。ラグドリアン湖の水の精霊こと、ラグドだ。

 

「覚えはない」

「この部屋には入らなかったか……。何でだ?」

 

 ますます顔を顰める魔理沙。それはアリスとパチュリーも同じ。何かを探しに来たなら、全ての部屋を覗くハズ。それが何故か、リビングは外したらしい。今一つ、てゐの意図が読めない。

 考え込んでいる三魔女を余所に、デルフリンガーから場違いな声が出てくる。

 

「話は変わるけどよ、ちょっと聞いていいか?」

「なんだよ」

「あの水瓶の顔はなんだ?」

「ん?ああ、まだ紹介してなかったか。ラグドリアン湖の水の精霊だぜ。私らは、ラグドって呼んでるけどな」

 

 デルフリンガーが抜けた声を上げる。

 

「え!?ラグドリアン湖の水の精霊か?」

「あら?記憶がないって割には、よく知ってるのね」

 

 不思議に思ったパチュリーが、素直に疑問を口にしていた。濁すような声が、デルフリンガーから漏れる。

 

「あ……。まあ……な。最近の話ならな。武器屋にいたとき、おやじやら客やらと結構話したし」

「あらそ」

 

 相も変らぬ素っ気ない態度の紫魔女。

 

「にしても、水の精霊までいるなんてよ。ホントここは、化物屋敷だぜ」

 

 自分も話す剣という、付喪神まがいなくせに、そんな事をつぶやいていた。

 やがてアリスが、仕切り直しとばかりに話を戻す。

 

「とにかく、あの子がハルケギニアに用があるとは思えないから、永琳から何か頼まれた……って考えるのが妥当でしょうね」

「おそらくね。問題はその目的」

 

 パチュリーの返答に、うなずくアリスと魔理沙。

 てゐには厄介な能力がある。それは、他人に幸運を与える力というもの。幸運が訪れるというだけで、具体的に何が起こるか予想ができない。かなり対処のしづらい能力だった。もっとも幻想郷での彼女は、それをいたずらに使う事が多く、何が起きても些細なものでしかなかった。しかし永琳から頼まれたとなると、話は違ってくる。

 

 ぼやく魔理沙。

 

「永琳のヤツ、また何か企んでんのか?」

「というより神奈子達。あの連中がみんなかもね。紫も出てくるかもしれないわね」

 

 パチュリーは紅茶を一口含みながら、つぶやく。

 魔理沙達は、永琳も含めた神奈子達からハルケギニアの調査を依頼されている。転送陣の構築の代償として。しばらく様子見と聞いていたが、事態が変わったらしい。勝手に動きだしたようだ。自分たちに無断で。もちろん魔理沙達は連中とチームを組んでいる訳ではない。神奈子達が連絡する必要はないが、面白くないものは面白くない。

 アリスが何かを思いついたように、うつむいていた視線を上げる。

 

「もしかして……ガンダールヴの件も、てゐの仕業なのかしら?」

「間接的な可能性はあっても、直接的にはないでしょう。あの子の能力は、その手のものとは違うから」

「鈴仙にも妙な命令だしてたし……。何考えてんのかしら?」

「直接聞いてみる?」

「ごまかされるだけでしょ」

「それもそうね」

 

 肩をすくめる動かない大図書館。

 

「てゐが絡んでるとなると、想定外の何かがあるかもしれないわね」

「どっちにしても、事が起きてからじゃねぇと手の打ちようがないぜ」

「まあ、その通りだけど。頭の隅にでも置いときましょ」

 

 そう言って、パチュリーは立ち上がり、部屋を出て行こうとする。そんな彼女を目で追うアリス。

 

「どこ行くのよ」

「タバサ達とシェフィールドの件、少し詰めておこうと思って。そっちは手が付けられるし」

「ああ、あれね……」

 

 アリス達はうなずくと、後片付け始めた。魔理沙も立ち上がり部屋を出ようとする。しかし足を止めて振り返った。

 

「そうだ、忘れてたぜ。ラグド。頼み事が一つあるんだが、いいか?」

「聞くだけ聞こう」

「実はな……」

 

 魔理沙はラグドから了解を取ると、パチュリーの後を追った。アリスも彼女に続く。そしてデルフリンガーは、こあが魔理沙の部屋へ戻した。

 一人、いや一振りポツンと残される6千年の年代物。

 

「ホント、厄介だよなぁ全く。餅は餅屋ってか?これで、なんとかなるのかねぇ……」

 

 デルフリンガーは、ぼやくように独り言を漏らしていた。

 

 

 

 

 

 三魔女がアジトで頭を悩ましている頃、ルイズは解放感に気持ちを緩めていた。もっともその理由は、今日の授業が終わったというだけだが。

 寮への廊下を進むルイズ。すると後ろから、キュルケの呼ぶ声が聞こえた。振り向くピンクブロンド。タバサがいっしょに目に入る。

 

「ん?何か用?」

「パチュリー達に頼みがあるのよ。で、あなたに間に入ってもらおうと思ってね」

「何よ」

「さっき考えたんだけど、転送陣、あちこちに置けない?」

「なんで?」

「便利だからに決まってるでしょ。一瞬で移動よ?馬も、馬車もいらない。私だって、タバサにシルフィード出してもらわないで済むし。タバサも、母さまに簡単に会えるわ。あなただって、実家に一瞬で移動できれば、姉さまいつでも見舞えるじゃないの」

「そっか……。悪くないわね」

 

 腕を組んで考え込むルイズ。

 幻想郷組は神隠し作戦で、携帯用の転送陣を使っていた。設置も簡単な優れもの。ならば良く行く場所に置いておけば、これほど便利ものはないという訳だ。しかし問題があった。ルイズが口にする。

 

「それはいいけど、転送陣どうやって動かすのよ。あれって、弾幕で発動するのよ。キュルケ、使えないでしょ。弾幕」

「だから出かける時に、ルイズに付き合ってもらうの」

「何、勝手言ってんのよ」

「いいじゃないの。少しくらい」

「だいたい、あんた使う必要そんなにないでしょ」

「あるわよ~。だってトリスタニアにも仕掛けるんだから」

「はぁ!?じゃぁ……遊びに行く度に付き合えって言うの?」

「そうなるかしらねぇ」

「あんたねぇ……」

 

 ルイズの目つきが鋭くなる。タバサに世話をかけたくないと言いつつ、自分にはいいのかと。しかしキュルケは余裕の態度。

 

「あら、いいのかしら。あたし、ヴァリエール家が吸血鬼匿ってるって、知ってんのよ」

「お、脅す気ぃ!?」

 

 トリステインの大貴族、ヴァリエール家が妖魔を匿っているなどがバレたら、スキャンダル所ではない。しかも、教義にうるさいトリステインではなおさらだ。しかしそこに、威圧感を漂わせた声が挟まれた。なんとタバサから。

 

「バラしたら、キュルケを嫌いになる」

 

 タバサがジッとキュルケの方を見ていた。相変わらず乏しい表情だが、眼鏡の奥の視線だけは突き刺すよう。身動きできず、引きつった笑いを浮かべるしかないキュルケ。

 

「じょ、冗談よ……」

「……」

 

 雪風少女はとりあえず、視線に宿らせた矛を収める。ルイズはタバサにとっては、もう大切な人間の一人になっていた。これまでの出来事もあるが、母親を助けてもらったのが何よりも代えがたい。

 その彼女が、ルイズの方へ向く。

 

「だけど、私も出来れば頼みたい」

「え……」

 

 彼女の意外な言葉に、今度はルイズの方が固まってしまう。キュルケと同じ事を言ったからではない。タバサが頼み事をしてきたからだ。母親の治療のような切実なものを除けば、タバサは頼まれる事はあって、誰かへの頼みを口にするなどまずなかった。

 ルイズは思わず、うなずいてしまう。

 

「え……ええ。うん……。パチュリーに聞いてみる……」

「ありがとう」

「……うん」

 

 呆気に取られるルイズ。タバサの無表情ながらも、どこか喜んでいる仕草に。今度はキュルケが、唖然としている。

 

「タバサ……。あなた……なんか変」

「……。そうかもしれない」

 

 口元わずかに緩めると、タバサは先へと進む。颯爽とした雰囲気を漂わせつつ。そんな後ろ姿を、奇妙な目つきで見つめる虚無と微熱。

 

 だがそんな三人の微妙な空気を吹き飛ばすものが、耳に入った。外から。

 

「みなさん、どいてください!危険ですから!とにかく、寮に戻ってください!」

 

 コルベールの叫ぶ声が届く。キュルケの表情が急に明るくなった。なんと言ってもここ数日、彼は出張のため不在だったのだから。

 

「ジャン!帰ってきたのね!」

 

 すぐさま走り出していた。声のした方へ。それをルイズは、生暖かい目で見送る。

 

「相変わらずだわ。あの色ボケは。ミスタ・コルベールのどこがいいんだか。私にはサッパリ」

 

 呆れてはいたが、足の向きはキュルケと同じく声の方へ。何故なら、彼女もやはり興味があったから。実は彼の他に、生徒たちのざわめく声も聞こえていた。騒ぎというほどではないが、イベントがあるのは確からしい。つまりは野次馬である。ルイズはタバサも誘うと、キュルケの後に続いた。

 

 騒ぎの震源地はアウストリの広場。そこでは人垣が、衛兵達によって散らされていた。文句をつぶやきながら、建物へと戻っていく生徒達。開いた人垣の隙間から見えたものは、奇妙な形をした緑の物体だった。風竜ほどの大きさがあるが、どうも、鉄で出来ているように見える。

 

 先に向かったキュルケは、異様な物体などに目もくれず、コルベールに向かった。数日ぶりに見る愛する相手に、愛想を振りまく。もっともコルベールの方は、相変わらず困った仕草をするばかりだったが。

 ルイズとタバサはそんな二人を一瞥すると、物体の方へ目を移す。筒状の本体に薄い板が、計五枚出ている。特に本体の中心辺りから伸びる板はかなり長い。そして本体の太い方の端には、三枚羽の風車がついていた。

 

 タバサは茫然として物体を見つめる。無理もない。今まで見た事もないものだ。それはルイズも同じ。いや同じはずなのだが、どういう訳か、初めて見た感じがしない。異質感を覚えない。この居心地の悪い感覚に戸惑っていると、上から声が届いた。

 

「おいおい、なんだよこれ」

「なんで、こんなのがあるの?」

 

 見上げた先にいたのは三魔女、魔理沙にアリスにパチュリーだった。タバサ達と話をしようと、学院に来た彼女達だが、騒ぎの方が気になりここに飛んできた。

 三人はすぐにコルベールの元に下りる。やけに楽しそうに迎える禿教師。新しく手にしたおもちゃを、見せびらかせる子供のよう。

 

「これはみなさん」

「どうしたんだよ、これ」

「ダルブの村に、あったのですよ。実は先日、村周辺で地震があり、その調査中にたまたま見つかったのです」

「地震?」

 

 地震というキーワードに、顔を顰める魔理沙。それはアリスとパチュリーも同じ。この所の怪現象の共通項だけに。

 コルベールは話を続ける。

 

「はい。ただタルブ周辺は、アルビオン軍が本陣を置いていた場所。領主も神経質になっており、騎士団を派遣したのです。そして、これを発見したという訳です」

「って事は、隠されてたのか?」

「いえ。寺院にありました。村人は、これが何か分からず安置していたようです。確かに寺院に置きたくなるような、変わった形をしていますしね」

「ふ~ん……」

「その場で、これの簡単な分析がされました。村人の話では空を飛べる道具という話でしたが、マジックアイテムではありませんでした。結局、判明したのはせいぜい機械らしいという事だけ。領主は、アカデミーに問い合わせたのですが、あそこは魔法の研究機関。この手の機械については、詳しくありません。そこで、回りまわって、私の所に来たという訳です」

「そっか」

 

 生返事をしながら、機械を眺める魔理沙。見極めるような顔つきで。コルベールはそれに気づかず、意気揚々と話を続ける。

 

「村人はこれを『竜の羽衣』と呼んでいたのですが、そこに鍵があると考えているのですよ。私はこれを、ある種の……」

「これ『竜の羽衣』じゃないぜ」

「え?分かるのですか?」

「本物の『竜の羽衣』なら、衣玖が持ってるぜ。いつも着けてるヒラヒラしたの」

「あれが!?」

「ああ」

 

 衣玖は天界に住む竜宮の使いだ。竜ではないが、竜神に仕える立場。彼女の羽衣はまさしく『竜の羽衣』と言っていいものだった。一応、人が纏うと飛べるらしい。

 

「だいたいこれ、羽衣に見えないだろ?」

「まあ、確かに……。いえいえ、名前はともかく、これの正体こそが重要なのです。私は『竜の羽衣』と呼ばれていた事から、この物体を……」

 

 コルベールは掘り出し物を前にして、高めのテンションのまま続ける。しかし、そんな彼の思案を無駄にする、魔理沙の答え。

 

「これ、『飛行機』だぜ」

「え?なんですって?」

「飛行機。"ひ・こ・う・き"だ」

「なんですか?その"ヒコウキ"とやらは」

「空飛ぶ機械だ。横に伸びてる板が翼だぜ」

「これが飛ぶ?翼で?ですが、羽ばたくように見えませんが……。しかしまさか、これについてご存じだとは……。是非、詳しく教えていただけないでしょうか!ミス・キリサメ!」

 

 何かスイッチが入ったのか、コルベールは子供のような無邪気さで尋ねてくる。いつも彼を翻弄している魔女達だが、彼女達の方が少々引き気味。魔理沙は、頭をさすりながら苦笑いを浮かべる。

 

「いやぁ、悪いけど、よく知らないんだわ。本でチラって見ただけだしな」

「本で?その本、見せていただけませんか?」

「見せろったって……、あれはにとり……幻想郷に行かなきゃ見れないぜ」

「え!?ゲンソウキョウの?というとこれは、ゲンソウキョウのものなのですか?」

「違うぜ。こいつは外の世界のもんだそうだ」

「外の世界?」

「う~ん……。別の異世界、って思ってくれ」

「なんと!ゲンソウキョウの他にも異世界が!?しかし、何故そんな所のものが、ハルケギニアに……?」

 

 好奇心で溢れていた表情に、影が落ちる。どうにも、厄介な曰く付きのものらしい。まさか異世界の機械とは。単に空飛ぶ機械では済まなそうだと、コルベールは神妙に『飛行機』を見つめる。

 そんな彼に、いつのまにかパチュリーが近づいてきていた。『飛行機』を一瞥すると、コルベールに向き直る。

 

「地震があったって言ったわね。何か奇妙な事なかった?」

「奇妙……と言われますと?」

「説明つかない現象よ。例えば、人が消えたとか」

「いえ、特に聞いてません。被害もそう大きくなかったですし」

「そう……。ただの地震だったのかしら……」

 

 独り言を漏らすと、もう一度、飛行機を見るパチュリー。

 魔理沙やパチュリー、アリスは魔法使いだ。機械には、そう興味を持っていない。だがそれでも、さすがに飛行機の存在くらいは知っている。問題は、何故そんなものがハルケギニアにあるのか。そして、これが見つかる切っ掛けが地震。どうにも、引っかかりを覚える魔女達だった。

 

 すると彼女達の後ろから声が届いた。自然と口をついて出たような言葉が。

 

「『ゼロ戦』?」

 

 一斉に振り向く一同。彼女達の視線の先にいたのは、キョトンとした顔つきのピンクブロンド、ルイズだった。

 パチュリーが怪訝そうに尋ねてくる。

 

「ルイズ。何故これの名前知ってるの?」

「えっと……。なんでだろ?なんか、そんな名前のような気がしたのよ」

「……。ルイズの言う通りよ。これは『ゼロ戦』って言うの。戦闘機……空飛ぶ武器よ」

「武器……」

 

 ルイズは、言葉を漏らすようにつぶやく。ふと納得した自分に、違和感を覚えながら。そこにアリスが口を挟んだ。

 

「パチュリーこそ、なんで知ってんの?」

「図書館の本で見たのよ」

「あら、意外ね。機械に興味あったなんて」

「別に興味があった訳じゃないわ。たまたま手にした本に、載ってただけよ。後、別に魔導書ばかり読んでる訳じゃないから」

「ふ~ん……。それじゃぁ、ルイズも紅魔館で知ったんじゃないの?」

 

 アリスはルイズの方へ顔を向ける。首を傾げ思い出そうとする虚無の担い手。

 

「そうかも。図書館で暇つぶししてた時も、結構あったし」

 

 ただそうは言いながらも、どんな本を手にしたかまでは思い出せなかった。

 

 コルベールは『ゼロ戦』が異世界由来のものと聞いて、少々気分を曇らせる。しかし、すぐに開き直った。異質なものではあるが、全く得体のしれないものではない。由来も分かり、この『ゼロ戦』について、多少なりとも知識がある人物がいるのだから。なんだかんだで、好奇心の方が勝っていた。

 さっきのような無邪気な顔が表に出てくる。早速コルベールは、パチュリーに楽しげに尋ねた。

 

「ミス・ノーレッジ!是非お願いしたいのですが、その『ゼロ戦』とやらについて、教えていただけないでしょうか?」

「私は魔法使いよ。機械なんて専門外だわ」

「しかし、先ほど本で読んだと、言われてました」

「暇つぶしに読んでただけよ。まともに理解してないから」

「それでもかまいません!分かっている事だけ十分です!」

「はぁ……分かったわ。まあ、あなたにはなんだかんだで、借りがあるものね」

 

 寝間着魔女の返事に、明るい表情を浮かべるコルベール。頭部のテカリと合わせ、よけいに明るく感じてしまう。それからコルベールは三人の魔法使いを伴って、研究室へ。

 

 その後、コルベールはパチュリー達へいろいろと質問を並べたが、出てきたのはわずかなもの。『ゼロ戦』を動かすのには燃料が必要という点と、内燃機関なるもので動いているという点くらい。だが彼女達は、燃料や内燃機関がなんなのか分かっていなかった。さらに動かし方については、まるで見当もつかないありさま。それでも手掛かりを掴んだとばかりに、コルベールは喜んでいたが。

 一方のパチュリー達も、ガンダールヴについて聞いたが、こちらは得るものがなかった。コルベールは、外部から契約を盗み取るなど不可能という。もっとも一般的な契約に関しての話で、虚無についてはなんとも言えないとの答だった。ましてや、異界の天使との契約では、言わずもがなと。

 

 さて、残されたキュルケ達。

 

「やっと帰って来たのにぃ~」

 

 コルベールが自分を気にせず、魔女と共にとっととこの場を去ったので、ふくれっ面の微熱。そこにタバサの落ち着いた一言が入る。

 

「しばらく『ゼロ戦』に夢中になると思う」

「でしょうねぇ……。あのひと、趣味の事になると周り見えなくなるし」

 

 溜息こぼしつつ、うなだれるしかないキュルケ。しばらくは彼女の事など、目に入らなくなりそうだと。やがて、二人は校舎の方へ戻ろうとする。しかしルイズだけは、この『ゼロ戦』と称する機械に気持ちを奪われていた。そこにキュルケの声がかかる。

 

「ルイズ、帰るわよ」

「え、あ、うん」

 

 二人の後に続くルイズ。だがもう一度彼女は、『ゼロ戦』の方を振り向いた。わずかに首をかしげた後、小走りにキュルケ達の元へ向かった。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。