ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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鍛錬のおかげ

 

 

 

 

 

 『ゼロ戦』騒動の翌日、タバサは幻想郷組の寮にいた。ルイズとキュルケもいっしょにテーブルを囲んでいる。同じくテーブルを囲む魔理沙、パチュリー、アリス。こあはパチュリーの傍らに。そして離れた椅子には、天子と衣玖、文が座っていた。

 

 テーブルの上にタバサが、一枚の手紙を広げる。内容はなんの変哲もない、ただの安否伺い。しかし、これは暗号文。シェフィールドからの指令書だった。

 まずはタバサが説明を始める。

 

「ルイズを連れてくる場所が決まった。ここから10リーグほど離れた場所。森の中の開けた草原。道も辺りにはない」

「ひと気がまるでないって訳ね。いかにも誘拐しますって場所じゃないの」

 

 ルイズの呆れた言いように、タバサは小さくうなずく。

 

「私はなんとかしてルイズを一人にして、シルフィードで連れて行く。草原にルイズを置き去りにして、私はその場を去る手筈」

「私はまるで知らない場所に、一人残されて、シェフィールドの相手をしないといけないのね」

 

 再びうなずくタバサ。いつも以上に引き締まった表情で。ただ当のルイズの方は、自分がターゲットとなっている割には少々余裕。もちろんここにいる人妖達が裏で動くのだから、実際には一人で立ち向かう訳ではないのもある。さらに今までの経験から、少々荒事に慣れてきていたのもあった。

 すると次は、アリスがタバサへ質問を一つ。

 

「シェフィールドは、どんな罠仕掛けるって?」

「書いてなかった」

「さすがにそこまでは書かないか……。タバサを信用してないのかしら?」

「いつもこの調子」

「いいように使ってるだけって訳ね」

「……」

 

 黙り込むタバサを、キュルケとルイズが憂いを漂わせつつ見つめる。

 ともかく、シェフィールドが、正面から来るとは誰も考えていない。彼女からすれば、相手にするのはルイズ一人だけだ。しかしそれでもルイズは虚無の担い手。手を打ってくるのは当然だった。

 

 それから一同は、一旦幻想郷組のアジトへ向かう。作戦を練るために。この流れも慣れてきたのか、作業はスムーズなもの。夕食前には全てが決まる。作戦参加者はルイズ、タバサ、パチュリー、魔理沙、アリス、こあ、文、天子、衣玖。キュルケは、今回、留守番。鈴仙も不参加。彼女はカトレアとオルレアン公夫人の治療に当たっているので、こちらに手を貸す余裕はない。

 そして翌日から、早速作戦は開始される。タバサがルイズを連れていくのはまだ先だが、下準備が必要なので。

 

 

 

 

 

 その日は虚無の曜日の前日、よく晴れた午後だった。青い空に一匹の風竜、いや風韻竜が飛んでいた。シルフィードだ。やがて森の中ほどに開けた場所に降り立つ。

 

 草地の中ほどで立ち尽くす二人。ルイズとタバサだ。ルイズがやけに大きく目を開けて、タバサへ問い詰めるような声を上げる。いかにも驚いたと言わんばかりに。

 

「何もないじゃないのぉ!?どういう事!タバサぁ!」

「……」

 

 やけに芝居かかったルイズの言いように、タバサ、笑いが出てきそうなってしまう。彼女らしからず。しかしここは堪える。

 しばらくして、問い続けるルイズの後ろ、森の境から声がかかった。

 

「静かになさい。大公爵家の令嬢ともあろうものが、みっともないわよ」

 

 思わず振り向くルイズ。

 

「あ、あなたぁ……!誰っ!?」

 

 ルイズの大げさなアクセントの問いかけ。相変わらず仕草が嘘くさい。今度はタバサ、少々冷や汗。演技とバレるのではないかと。やはりルイズに芝居させるなんて無理だった、と胸の内で溜息。

 だが離れているせいか、幸いシェフィールドは気づいていない様子。

 

「はじめまして……かしら。でも、どうせヨーカイ共から聞いてるのでしょ?私がシェフィールドよ」

「あ、あなたが……!」

 

 大げさに驚きながらも、ルイズは頭の中で、初めてじゃないから、とかつぶやいていた。実はシェフィールドをアルビオンで何度も見かけている。もっとも望遠鏡越しではあったが。

 シェフィールドは、視線をタバサの方へ流す。

 

「ご苦労さま」

「約束は?」

「ええ、守るわ。クラスメイト売るような真似させたんだもの。さ、あなたは帰りなさい」

 

 タバサは小さくうなずくと、踵を返しシルフィードの元へ向かった。慌てて後を追うルイズ。

 

「ちょっと、待ってよ!タバサ!いったいどういう……」

 

 駆け出し、彼女を追おうとするルイズ。しかし彼女の前に、突然影が入り込む!足を止めるルイズ。影はルイズの前に立ちふさがった。目にはいったのは、一振りの剣を持った剣士だった。

 ルイズは愛用の長い杖を向け、叫ぶ。

 

「どきなさいよ!」

「……」

 

 剣士は何も答えない。代わりにシェフィールドが口を開いた。

 

「あなたを、ガリアに招待するわ」

「なんでよ?」

「私の主が、あなたをご所望なのよ」

「だから、その理由を聞いてんのよ!」

「それは行ってのお楽しみ」

「なら、行かないわ。だいたいこんな誘拐みたいな事して、ついてくハズないでしょ」

「そう。それじゃぁどうしようと言うのかしら?」

「帰るに決まってるでしょ!」

「そんなマネ、許すと思ってるの?」

「なんとかしてやるわよ!」

「なんとかね……。素晴らしい考えだこと」

 

 シェフィールドは、小バカにするように肩をすくめて笑う。

 ルイズの虚無の力は、確かに強力だ。だがメイジには違いない。しかも学生だ。打つ手ならいくらでもある。そして、主を守る使い魔との引き離しに成功している。さらにヨーカイ共も、近くにはいない。シェフィールドはヨーカイを警戒し、かなり広範囲に見張りの魔法装置を設置していた。それらには、なんの反応もなかった。そしてタバサはすでに去り、ルイズにはここから帰る術すらない。

 

 やがてシェフィールドは勝ち戦とばかりに、余裕をもって開戦を宣言。

 

「それじゃぁ、そのなんとかとやらを、見せてもらおうかしら……ね!」

 

 彼女の掛け声と同時に、剣士がルイズへ襲いかかる。杖を絡めとるように、剣を突き出した。

 しかし、逆に剣が杖に跳ね上げられた。

 同時に、ルイズは身を低くして……掃腿。ルイズの蹴りは、見事に剣士の足を払い、転がした。すかさず、ルイズは剣士の胸に杖を一突き。

 

「な!?」

 

 シェフィールド、目元を大きく開け、口を半開きにして固まっていた。驚きで動きが停止。

 想定外の光景だった。メイジが、虚無を除けばただの学生と思っていた相手が、剣士顔負けの動きをするのだから。いや、それだけではない。ルイズの動き自体が、見た事もないものだった。

 

 不敵な笑みのルイズ。

 

「フン。あんたの部下も、大したことないのね」

 

 すぐに光弾を杖の先から一発。剣士の胸に接射。剣士は動きを止めた。苦虫をつぶしたよう睨みつけるミョズニトニルン。

 

「貴様……いったい……」

「美鈴。あなたも会ったでしょ?紅魔館の門番。私、彼女に弟子入りしてたのよ。彼女って体術の達人なの。帰って来てからも、ずっと修行してたわ。組手も結構やったけど、かなり勝率高いわよ。美鈴の体術みたいのこっちにないから、対応できるのってあまりいなくって。おかげで相手探すのも、苦労したんだけど」

 

 胸張って経歴自慢。どんなものだと言わんばかりに。日々の鍛錬の上、軍事教練の時には、カリーヌから直に鍛えられもした。今までの積み重ねの成果だった。

 ルイズは、マントを襷のように両肩に巻き付けると、長い杖を腰に構える。正中に重心を置き、半身に構えた。まさしく棒術使いの拳法家。その時、気づいた。さっき倒した剣士が、人形になっている事に。

 

「え?これガーゴイル?」

「そうよ。そのガーゴイルの名はスキルニル。血を与えたものと、そっくりになれるわ。能力もね」

「そっくり?」

「ええ。つまり同じ能力の人間を、何人でも揃えられるという訳よ」

 

 今度はシェフィールドが、不敵に笑う番。それと同時に森の中から、四人の剣士が現れる。しかも四人とも、さっきの剣士と同じ顔、同じ姿をしていた。

 

「一応、メイジ殺しと言われる剣士の複製なの。でもそれを、あなたのような小娘が素手で倒すなんて、さすがの私も驚かされたわ。けど、この人数ならどうかしら?」

 

 笑みを湛えたままシェフィールドは合図をする。一斉に駆け出す四人の剣士。

 だがルイズは慌てた様子を見せない。冷静に対応。まず右から二人目の剣士に杖を向けた。

 『エクスプロージョン』で吹き飛ばす。爆発で破片となった二人目。同時に両脇にいた二人は、爆風でバランスを崩した。すかさずルイズは右一人目に突進。杖の端を左手に持ち、槍のように突き出す。

 

 しかし相手もさすがはメイジ殺しの剣士。崩れながらもかわす。

 だがルイズ、もう一歩踏み込む。敵の脇に右掌底。さらに体ごと杖を回し、腹を叩く。同時に小さな爆発。右一人目も人形へと姿を戻した。

 

 だが残った二人がじっとしている訳もなく、すぐさま接近。一方のルイズ、さっき回したまま杖を、爆発の反動で逆回転に振りぬく。杖の先が残りの剣士へ向き、ピタリと止まった。目前で足を止めた二人の剣士。ルイズは、すぐに持ち手を杖の中ほどに変えると、杖を一回転。腰に添える。正中に重心を戻し、隙を見せず姿勢を整えた。

 

 シェフィールドは息を飲む。確かにルイズの動きは見た事もないもの。全身を使った流れるようで、柔軟性の高い技。こんなものが存在していたとは、さすがは異世界か。そうは言っても、相手はメイジの小娘。未知の技ではあるが、本業の剣士が対応しきれないとは。ミョズニトニルンの胸中には、信じがたいものがあった。

 ルイズは、ガンダールヴの主と調べがついている。ガンダールヴは武器を巧みに操ると言われるが、主にもその能力が備わっているのかと思いたくなるほど。

 

 シェフィールドは一旦二人を下がらせる。確かに想定外の状況だが、彼女には諦めの気配など微塵もない。予想より手間がかかりそうだという、煩わしい気分だけだ。ミョズニトニルンは一気に片を付ける事にした。

 

「それだけの動きをするメイジなんて、初めて見たわ」

「フフン、大したもんでしょ」

「ええ。褒めてあげるわ。だけど、これならなおさら主が喜びそうだわ。是が非でも連れて行かないとね」

「行かないって言ってんでしょ!」

「フ……。できれば無傷で捕らえたかったんだけど、こんなにダダこねるんじゃぁ仕様がないわね。少し痛い目に遭ってもらうわ」

 

 シェフィールドの合図と同時に、森の中からまた剣士が現れた。いや剣士だけではない。槍を持つ者、ハルバートを持つ者など、様々な使い手が姿を見せる。その数、数十。ルイズを包囲するように、四方八方から現れた。

 

「ええっ!?な、何よ?これ!?」

 

 ルイズ、唖然として周囲を見回す。部下を何人か連れてくるだろうとは考えていたが、この数は予想を超えていた。一方、余裕の表情のシェフィールド。

 

「何人でも揃えられるって言ったでしょ。五人だけと思ったの?」

「ぐぐぐ……!」

「さあ、今度はどうかしら?魔法で吹き飛ばそうにも、この人数。あなたに近づくまでに全部、破壊できるかしら?あなたの技も、この数相手じゃぁ無理でしょ?だけど、今なら間に合うわ。許しを乞いなさい」

「ふ、ふざけんじゃないわよ!」

「全く……諦めが悪い子。やはり仕置きが必要ね!」

 

 シェフィールドは腕を振るった。一斉にルイズに向かいだす剣士、いや、スキルニルの兵達。これだけの人数、美鈴直伝の体術でも、虚無の魔法でも相手にするのは無理だ。そんな事はルイズには分かっている。

 すると、ルイズ。杖を前へと向けた。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!五つの……」

 

 トリステインの虚無の担い手は、突然、サモン・サーヴァントを唱え始めた。

 

「えっ!?」

 

 呆気にとられるシェフィールド。意味が分からない。ルイズに使い魔がいるのは確認済み。剣を常に腰に差した青髪の少女と、報告を受けている。すでに契約が成立している以上、サモン・サーヴァントは効果がない。魔法学院の生徒が、それを知らないとは考えられない。だが、この窮地でこんなマネをするのだから、何か意味があるかもしれない。

 

 彼女に一つ考えが過る。もしかしたら、単に使い魔を転送するのに使えるのかもしれないと。だとしたら、今回の策は失敗する。どこにでも呼び出せるなら、森の奥地におびき寄せた意味がない。警戒感を上げ、ルイズを凝視するシェフィールド。

 

 しかし……何も起こらず。誰も現れず。当たり前の結果があるだけ。ルイズは歯ぎしりの後、一言二言、文句を言っていた。

 

「天子のヤツ……!何やってんのよ!」

 

 逆に表情を緩め、呆れかえるシェフィールド。

 

「何をするのかと思えば、全く……バカな娘」

 

 やはりサモン・サーヴァントには、転送機能などないようだ。ただ何故こんな状況で、ルイズがそんな行動を取ったのかは、今一つ理解できないが。

 

 虚無の担い手に迫るスキルニルの大群は、数メイルまで迫っていた。ルイズが睨みつける先にいる数十の兵達。構えは取るものの、この数を相手にできる訳もない。戦意は失っていないが、手だてがない。ルイズにできるのは、精々愚痴をぶつけるだけ。

 

「いったいどんだけ揃えたのよ!Lunatic級じゃないの!」

 

 その言葉を口にした瞬間、頭に現れたものがあった。光の群れが。ルイズ、急に気持ちが晴れ上がる。この窮地で。さらに口元を釣り上げていた。必勝の策が、懐にあるのを思い出していた。

 

 対するシェフィールド。ルイズの表情から、焦りが消えているのが分かる。しかし彼女も、変わらぬ余裕の態度。ルイズの手は読めていたからだ。

 この状況で、ルイズができる事があるとすれば、一つだけだ。それは光の魔法。ラ・ロシェールやロンディニウムで使ったものだ。あの規模なら、ここの全員を巻き込める。しかし、大規模な虚無の魔法は詠唱も長くなる。虚無の使い魔である彼女は、それを知っていた。だが、長い詠唱をする暇などある訳がない。腕利きの兵達の足は、それほど速い。

 

「フッ……。最後のあがき、見せてもらおうかしら」

 

 勝利まで後わずか。シェフィールドはそう確信していた。

 

 迫るスキルニルの大群。しかし、ルイズの覇気は増す一方。かかって来いと言い出しかねない程に。

 わずか数メイルまで近づいた兵。その時、ルイズは懐からそれを取り出し、颯爽とそれを高く上げる。天に向かった右手には、一枚のカードが握られていた。図柄が描かれたカードが。

 虚無の担い手は、高らかに叫ぶ。

 

「『爆符、エクスプロージョン』!」

 

 宣言と同時に、独特な響きを伴って巨大な光弾が出現。その数四つ。

 地面を舐めるようにルイズの周囲を回りながら、だんだんと離れていく。さらに小さな光弾が、ルイズから全方位に放たれた。その上、巨大な光弾はある程度進むと爆発。周囲に小さな光弾をばら撒いていく。それは、まさしく地上の花火。

 この術、幻想郷で霊夢相手に使ったルイズのスペルカードだ。密度はもちろんLunatic。初めての者に、とても避けられる代物ではない。これこそルイズの必勝の策。長らく使っていなかったので、すっかり忘れていたが。

 

 シェフィールドの目に無数の光弾が映る。さっきまでの余裕の態度が、霧散していた。

 

「こ、これは!?」

 

 驚きを漏らしながらも、不快な気持ちが蘇るのを否定できない。この光景にデジャヴを感じていた。それも当然だ。幻想郷にいたとき、彼女はチルノやリグル達に弾幕で追い立てられ、紅魔館の庭を逃げ回ったのだから。

 

 ルイズの周囲を満たす光弾の群。兵達はルイズに突進していたため、最も密度の濃い場所に突っ込んだ。

 巨大光弾に巻き込まれる者、小型光弾を何発も受ける者。さらにこれらを何とか避けても、背後から巨大光弾爆発後の光弾に襲われる。空へ飛びでもしなければ、かわすのはまず不可能。それは長篠の戦のように、並ぶ銃の斉射に騎馬で突っ込んでいくようなものだった。

 兵達は、全方位から弾幕でタコ殴り。無数の弾幕に翻弄され、バタバタと倒れていく。次々と本来の姿、人形へと戻っていく。

 

 光の群れの中心にいるルイズが、調子づいている。満点の笑み。余裕ありげにシェフィールドへと杖を向けた。

 

「どう!驚いた?幻想郷で習ったの、体術だけと思ってた?ねぇ?実は、弾幕ごっこもやってたのよ。言っとくけど、スペルカードはまだまだあるわよ!」

 

 いい気になって勝ち誇るルイズ。憎らしいほどにニヤついている。どんなものだと言わんばかり。もっとも残るスペルカードは、『想郷ヴァリエール』の一枚だけだが。

 

 平原に溢れかえる弾幕。何十人もいた兵は、もうほとんど人形に戻っていた。そしてついにシェフィールドにも、光弾が直撃。彼女がもんどりを打って倒れる。

 

「やった!」

 

 ルイズ、杖を強く握って振り上げる。勝利のポーズ。まさしく絶好調。しかし、倒れたシェフィールドは、形を変えながら縮んでいく。そして人形へと戻った。彼女もスキルニルだった。

 

 やがてスペルカード終了。この場にいたスキルニルは、全て人形に戻っていた。見事な大逆転。しかし肝心のシェフィールドが見当たらない。

 

「あいつは……。どこまで卑怯なの?少しは正々堂々と戦おうとか思わないのかしら」

 

 辺りを睨みながら、文句を零すルイズ。もっとも彼女も、裏で動いてシェフィールドの策を散々台無しにしてはいたが。そんなものは思考の外。

 ともかく、敵を見失ったのは確か。逃げたのかまだ策があるのかも分からない。せっかくいい気分だったが、ルイズ、気持ちを引き締める。

 

 本物のシェフィールドが潜んでいたのは、草原からやや離れた森の中。護衛のガーゴイル兵達に守られ、ルイズの方を睨んでいる。実は、身代わりを用意していた。ルイズの周りにはヨーカイ達がいる。万が一を考え、保険をかけた訳だ。もっともそれが、ルイズ一人に破られるとは予想外だったが。

 

「おのれ!まさかあの小娘一人にやられるなんて……!」

 

 怒り任せに、傍の木の枝をへし折る彼女。だが、ここで冷静さを失う訳にはいかない。一呼吸入れ、気持ちを落ち着かせると、小瓶を取り出した。

 

「残るは、この手か……」

 

 小瓶には、赤い液体が入っている。実はこれはタバサの血だ。これでスキルニルをタバサに化けさせ、ルイズを騙し討ちする策だ。ただ、一度彼女を騙したタバサを、ルイズが警戒しないはずない。ここをどうクリアするかという問題があった。しかしルイズは、今ヨーカイ達から離れている。こんなチャンスはそうそう訪れない。やはりここで、始末をつけるしかない。

 そう決意し、小瓶の蓋に手をかけようとした時、後から声がした。

 

「ねぇ。まだやんの?いー加減、終わりにしない?」

 

 驚いて振り向くシェフィールド。目に入ったのは、黒い大きな帽子をかぶった青い髪の少女。やけにカラフルなエプロンをしている。腕を組んで、つまらなそうな顔をしていた。

 

「お前……。どこから……?魔法装置の反応はなかったはず……」

「テレポーテーションしたからねー」

「な、何?」

「だから、テレポーテーションだってば」

 

 少女は面倒臭さそうに、訳の分からない事を言う。一見ただの少女だが、その纏う雰囲気に、シェフィールドは嫌悪感を抱かずにいられない。何故だか分からないが。

 その時、ふと少女の腰の物が目に入る。一振りの剣が。すると、この少女に思い当たるものが浮かんだ。青い髪をした剣を差した少女……。報告を受けていた、ルイズの使い魔だ。

 

「貴様!ガンダールヴ!」

「うん」

 

 あっけらかんと答える少女。その態度は、無邪気そのもの。しかしシェフィールドにとっては、それどころではない。一転、窮地に落ちたのだから。この至近距離で、ガンダールヴとの遭遇。勝利はおろか、逃げるのも至難の業。だが、白旗を上げる訳にはいかない。

 

「やれ!」

 

 瞬時に命令を発する。同時に、護衛のガーゴイル達が一斉に刃を立てた。少女に向けて。

 だが何故かガンダールヴは反応せず、避けようともしない。シェフィールド、窮地を脱したとわずかに口元が緩む。次の瞬間には、ガンダールヴの身を、幾重にも剣が貫くと。

 

 しかし……ガンダールヴは平然としたものだった。何故なら、剣は刺さっていなかったから。避けたのではない。文字通り刺さらなかった。刃が皮膚で止められていた。素肌を、傷つける事もできなかった。あたかも鉄の板に、刃を立てたように。

 

「な!?」

 

 唖然とするシェフィールド。理解不能な状況。

 少女の方はというと、相変わらずつまらなそうにしている。すると、突き立てられた全ての剣を素手で鷲掴み。そして一つにまとめて、捻り潰してしまった。まるで、粘土細工をいじるかのように。

 ガンダールヴは、うんざりしたように言う。

 

「ほらほら。もう、おしまい、おしまい」

 

 しかし彼女の声は、シェフィールドの耳に入らず。訳の分からない状況で、頭にあるのははただ逃げるだけ。しかし無駄な足掻き。直後、少女、非想非非想天の娘の光弾が、シェフィールドを貫いていた。

 

 ちなみに天子が言ったテレポーテーションとは、転送陣の事。あらかじめ魔女達が、この周辺にいくつも配置していた。作戦の下準備とはこれだった。転送陣で瞬間移動されては、魔法装置がいくらあっても察知できる訳がない。

 

 

 

 

 

 

 気が付いたシェフィールドに、見下ろすピンクブロンドが目に入った。

 

「あら、目、覚めた?」

「…………」

「残念、残念。私を捕まえようとして、返り討ちになっちゃったわね。ま、虚無の力の上に、拳法とスペルカード使いこなす私相手だもん。捕まえるには、ちょぉっと手が足らなかったわ」

 

 ルイズ、嬉々として語っていた。目障りなくらいに。一人でシェフィールドの罠を食い破ったものだから、調子に乗りまくっている。挙句に長い杖を操り、演武まで始める始末。

 するとパチュリーの声が、入ってきた。

 

「ルイズ。ちょっと鬱陶しいから」

 

 オブラートもなしにズバリ一言。急に気恥ずかしくなるルイズ。しかし魔理沙のフォロー。

 

「いいじゃねぇか。なんたって完勝だしな。少しくらいいい気になったって、構わないぜ」

「そう思う!?やっぱ今日の私って、すごかった?」

「おう!なかなか良かったぜ」

 

 親指立てて、グッジョブの魔理沙。余計に調子に乗るルイズ。

 今度はアリス。うんざりした声色が届く。

 

「どうでもいいけど、作業始めましょうよ」

 

 しかし、なかなか落ち着かないルイズ。囃し立てる魔理沙。それを抑えようとする、アリスとこあ。ため息つくだけのパチュリー。ついさっきまで、激しい戦闘をしていたとは思えない光景があった。遊びの後のような。

 

 そんな人妖達の様子を、唇を強く結びながら見つめるシェフィールド。今の状況はかつてと同じだ。ゲンソウキョウの吸血鬼姉妹に敗れた時と。違うのは、縛られているのが椅子にではなく、木である事くらい。

 視線の先に並ぶ、見覚えのある顔。パチュリー、魔理沙、アリス、こあとか言う名前が頭に浮かぶ。確かメイジと悪魔だ。そしてルイズと先ほどのガンダールヴ。さらに見覚えのない顔が二つあった。奇妙な衣を纏う女性と、黒い羽根の翼人。いかにもヨーカイの雰囲気を漂わせている。思った以上に、ヨーカイはハルケギニアに入り込んでいたらしい。

 

「…………」

 

 大勢の人外に囲まれ、強い敗北感がシェフィールドを襲う。同時に過る落胆。また失敗したと。

 

 ほどなくして、人妖達のくだらないバカ騒ぎが終わった。ようやく彼女にパチュリーが声をかける。

 

「さてと、久しぶりね。シェフィールド」

「……。あの小娘……裏切っていたのか……」

「タバサの事?」

「そうだ!でなければ、お前達がここにいる訳がない!」

 

 タバサが全てを漏らしたと彼女は考えた。しかし母親が人質となっているのに、裏切るとはシェフィールドにとっては予想外。母親を治すには、ガリア王家を頼るしかないというのに。

 しかし、パチュリーは呆れ気味に返す。

 

「それ以前に、ルイズを一人でここに連れてくれば、私たちが見失うってどうして思ったの?」

「何!?逆にどうやったら、どうやったら見つけられるって言うのよ!?」

「あなた……私たちをちょっと舐めすぎよ」

「な……」

「『アンドバリの指輪』。私たちが奪ったのは、もう分かってるでしょ?」

「やはり……そうか……」

 

 シェフィールドはほぼ確信していたが、あらためて言われると怒りが込み上げてくる。全ての躓きの始まりなのだから。パチュリーは淡々と話を続けた。

 

「どうやって指輪の在り処、特定したと思う?」

「それは……」

 

 言われて初めて気づいた。ロンディニウムにあると、どうやって見出したのか。そもそもクロムウェルが持っていると、何故分かったのか。

 視線を落とし思案に暮れている彼女に、パチュリーが回答を披露。

 

「万物には"気"というものがあってね、常に発しているの。それを感じる事ができるのよ。それで水の精霊に近い気を探したら、ロンディニウムにあったという訳」

「何だそれは?信じられるか!」

「あらそう?ロンディニウムでも使ったのよ。その力。あなた達に、夜襲受けたときにね」

「あの時……!こちらの動きが、分かってたと!?」

「感じたのよ。気を察してね」

「……」

「だから、ルイズを本気で隠したいなら、サハラの端にでも連れて行かないと無理ね」

「な……」

 

 言葉がないシェフィールド。

 事実だとしたら、恐るべき能力だ。常に、相手の動きが丸見えという事を意味する。しかもパチュリーの言う通り、ロンディニウムでの賊の対応は、動きが知られていたと考えなければ説明がつかない。シェフィールドは、この信じがたい能力の存在を、受け入れるしかなかった。

 

 もっともロンディニウムでの真相は、パチュリーの説明とは違う。つまりは嘘。

 アルビオン側の動きを察したのはタバサの機転のおかげで、別に気を読んだ訳ではなかったりする。しかも動きを掴んでいたのは、衣玖の空気を読む力。だいたい気を読める天子も、今語っているパチュリーも現場にいなかった。その上、今回この場に人妖が集まったのも、シェフィールドの読み通り、タバサが裏切っていた。

 だがそんな真相を、彼女が知るはずもない。タバサが疑われないために、ペテンにかけたのだった。

 

 気丈さは失っていないものの、覇気の乏しいガリア王の僕に、紫魔女は悟らせるように話しだした。

 

「そもそも、あなたには勝ち目がないのよ」

「何ぃ!」

「だってあなたは、私たちを調べようがないでしょ?どんな力を持ってるのかも、何人いるのかも。けど、こっちはあなたが『ミョズニトニルン』って知ってるし、マジックアイテムについても調べようがあるわ」

「……」

「つまりあなたは、目隠しして戦ってるようなもんよ。けど、こっちは目が見えてる。これで勝負になると思う?」

「う……」

「後、ルイズの使い魔、ガンダールヴだけど、人間じゃないわよ。天使だから。幻想郷のだけどね」

「て、天使だとぉ!?ふざけるな!」

「あら、悪魔に会ったのに、天使は信じないのかしら」

「……!」

 

 言葉のないシェフィールド。さっき会ったガンダールヴ、黒い大きな帽子をかぶった、青髪の少女に目を向ける。相変わらずの退屈そうな態度の。

 当然シェフィールドは、このだらしのなさそうな使い魔を、自分と同じ人間だと思っていた。しかし、まさか天使だとは、さすがの神の頭脳も予測できる訳がない。だが素手で剣を握りつぶしたのを、この目で見たのも確かだ。

 しかし天使だとすると、ガンダールヴの能力に加え、天使としての能力も兼ね備えているのだろう。合わせた力がどの程度なのか、想像のしようがない。そしてパチュリーの言葉通り、それを調べるなど不可能だった。

 

 パチュリーは忠告とばかりに言う。

 

「これに懲りたら、ルイズ周りには手を出さない事ね。じゃないと死ぬわよ」

「……今までは、手加減していたと?」

「そういう意味じゃないわ。実を言うとね。あなたが寝てる間、呪いかけたのよ。こっちに手を出したら死ぬ呪いを」

「の、呪い!?何をバカな……!」

「こっちには悪魔がいるのよ。ほら、あなたの目の前に」

「……!」

 

 彼女の視線の先に、にこやかに笑う少女がいた。黒い蝙蝠の翼を生やした悪魔が。呪いという普段なら戯言に過ぎない言葉が、真実味を帯びてきていた。血の気が引いていくシェフィールド。

 しかし実は、これもペテン。こあには死に繋がるような、強力な呪いをかける力はなかったりする。腹芸ばかりの幻想郷の住人達。

 

 絶望感に苛まれるシェフィールド。体中から力が抜け、うつむいて地面を見つめるしかない。パチュリーはそんな彼女にかまわず、作業開始とばかりに気持ちを入れ替えた。

 

「さてと、せっかくだから話をしましょう。実を言うとね。こっちもあなたに用があったのよ。聞きたい事がいくつもね」

「聞きたい事……?」

「ええ。前回はあなたが幻想郷に飛ばされたから、できなかったけど。今回はじっくりやれそうだわ。まだまだ日も高いし」

 

 人外達の好奇心を帯びた視線が、シェフィールドに向けられる。そこには不思議と敵意はなかった。ついさっき、ルイズを攫おうとしたと言うのに。逆に不気味なものを感じるミョズニトニルン。

 

 パチュリー達にとっては、誘拐の一件はむしろ彼女を罠に嵌めるための策。むしろルイズ誘拐阻止よりも、シェフィールドと話す方が主目的だったりする。一連の謎を解くカギを、この女が提供してくれるかもしれない。魔女達の期待度が上がってきていた。

 

 

 

 


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