ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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二つの会談

 

 

 

 

 

 パチュリーがシェフィールドへの一言から、尋問はスタートした。

 

「さてと、せっかくだから話をしましょう」

 

 紫魔女の意外な言葉に、ミョズニトニルンは思わず顔を上げる。

 だが尋ねてくる内容は、だいたい察しがついた。おそらくはルイズを狙った訳。何も口にするものかと胸に誓う彼女だが、無駄な抵抗。パチュリー達は、ラグド、水の精霊を連れてきていたからだ。魔理沙がラグドに頼んでいたのは、この件。

 水の精霊の心を操る術に、抗うなどできはしない。シェフィールド自身が以前体験したように。これで彼女が口を噤む事など不可能になった。当然、嘘をつく事も。身体も縛られ身動きできず。もはや流れに任せるしかない。

 

 準備も終わり、さっそくパチュリーが第一の質問を口にする。

 

「幻想郷へどうやって行き来したの?」

「え?」

 

 予想外の質問に、呆気にとられるシェフィールド。ルイズ誘拐とは全く関係ない。ただ事情を隠す必要もないので、素直に答える。

 

「行ったのも帰ったのも、方法は分からない。だいたい帰ったのは、ヤクモユカリの仕業ではないのか?」

「違うわ。紫は家に招待するって言ってなかった?」

「確かに、そうだったわ……。だとすると、答えられるものは何もない。行ったときは気づいたらコウマカンにいたし、帰った時もいつのまにか陛下の私室にいた」

「そう……」

 

 パチュリーは抑揚のない言葉を返す。次の質問したのは魔理沙。

 

「『始祖のオルゴール』。どうやって手に入れた?」

「『始祖のオルゴール』?」

 

 これまた予想外の質問。異界の人妖達の意図が、今一つ読めないミョズニトニルン。

 

「別に手に入れた訳ではない。ゲンソウキョウから戻ったら、陛下の私室にあったのよ。持ってきたという報告も、受けてない」

「私らから盗んだ訳じゃねぇって事か」

「盗んだ?」

「ああ」

「やはりオルゴールを持ち去ったのは、お前達だったか……。しかしつまりは、盗人が盗品を、盗まれたという訳ね。無様な」

「よく言うぜ。お前だって、アルビオン王家から盗んだんだろうが。お前も、私らに盗られたんだから、人の事笑えないぜ」

「……」

「それにな。盗まれたのとは、ちょっと違うぜ。幻想郷に持ってこうとしてな。転送……ゲートを潜ったら消えてたって訳だ」

「消えた?」

 

 怪訝な顔つきで聞き返すシェフィールド。だが、魔理沙はふと別のものを思い出し、質問を変える。

 

「そうだ。兎耳の生えた、縮れた黒髪の子供に会わなかったか?目が真っ赤なヤツ」

「まさか……因幡てゐか?」

「知ってんのかよ?」

「ゲンソウキョウで会った。こちらに来てたとは……。一体何しに?」

「それが分かんねぇから、聞いてんだぜ」

 

 さらに魔理沙は話を続けようとしたが、そこにアリスが不満そうに待ったをかける。

 

「魔理沙、ちょっと。何、話してんのよ」

「何って?」

「何って、じゃないでしょ。こっちの情報は、教えないに越したことはないの。余計な話はしない事。いい?」

「へいへい」

 

 魔理沙は肩をすくめて、アリスの言う通り口を噤んだ。すると入れ替わるようにアリスの番。

 

「他に、何か説明不能な現象とか、覚えある?」

「説明不能?」

「そ。小さなことでも、なんでもいいから」

 

 しばらく考え込んだシェフィールドだが、おもむろに口を開いた。

 

「そう言えば……。お前達がロンディニウムで起こした騒ぎ……。後日どういう訳か、宮殿の者は皆忘れていたわ。捕縛の件も、浸水も。それどころか。『アンドバリの指輪』を奪われた事すら忘れていた。だが何故か、宿の主は騒ぎを覚えていたし、下水道の壁も残っていたわ」

「へぇ。下水の壁、気付いてたの」

「宮殿だけが浸水したのは不自然、って言いだした者がいたのよ。その者が突き止めたわ。ただ彼も、全て忘れてたけど」

「ほとんどの人間が忘れて、一部の人間だけが覚えていたのね」

「ええ」

「ふ~ん……」

 

 人形遣いの頭に浮かぶものがある。いや、魔女達全員に。アルビオン出兵の時の現象が。

 『アンドバリの指輪』奪還後、その件はルイズからアンリエッタ、マザリーニ、アニエスに伝えられた。その時は、出兵する必要はなく、内部工作だけでアルビオン対応はできるとの話だった。ところが後日、出兵が決まる。大きな理由の一つが、マザリーニを含めたトリステイン王宮の重臣たちが、指輪奪還を忘れていたからだった。覚えていたのはアンリエッタとアニエスだけ。その原因は、未だ分かっていない。

 

 アリスは質問を続けた。

 

「そうそう、その時地震がなかった?」

「いや。私はガリアからアルビオンに戻って知ったのよ。何かあったとしても、その時にはいないわ」

「そう……」

 

 肘を抱え、黙り込む人形遣い。そして黙っていた七曜の魔女が、また口を開く。

 

「他には?」

「……。お前達がビダーシャルと戦ったとき、彼を守った剣があったと聞いたわ。その剣が何故動いたのか、何故そんな事をしたのかまるで分からない」

「あの剣って、エルフの魔法かなんかじゃないの?」

「彼自身が私に聞いてきたのよ。剣についてね」

「当然、あなたも関わりないって訳ね」

「ええ……」

 

 パチュリーはアリスの仮説を、思い浮かべていた。天子のガンダールヴを奪った何者かが、剣を操ったと。シェフィールドの証言から、人形遣いの説が真実味を帯び始める。

 魔女達はシェフィールドにさらに尋ねるが、これ以上、怪現象についての証言は出てこなかった。それから、シェフィールドを無視して話を始める三人。

 

 すると代わりとばかりに、今度は天子がシェフィールドに話しかけてくる。

 

「あんたさ、なんでルイズ攫おうとしたの?こういうトラブル持って来られると、私も出張るハメなるから正直迷惑。止めてもらいたいんだけどねー」

 

 自分の都合中心に質問を口にする天人。主の危機を、とばっちりを受けたかのように。使い魔なのに。傍で聞いているルイズも、一番に聞くべき事が今更出てきて、ちょっと頬を膨らましている。囮まで引き受けたというのに。それをそのまま、シェフィールドにぶつけた。

 

「そうよ!なんで私、攫おうとしたの!?」

 

 今更、シェフィールドが予想していた質問が出てきた。少々拍子抜け気味に彼女は答える。虚無を集めるため、最強の虚無を見極めるためと。だがそれになんの意味があるのかまでは、彼女自身も分からなかったが。

 

 その後も、人妖達の質問は続いた。

 ガリア王が、何を考えているかについても。直近の作戦などはもちろんだが、それ以上に人柄や考え方そのものについて丹念に。しかし彼の使い魔であるシェフィールドさえも、主の頭の中は図りかねていた。だがそんな中でも重要な情報も得られた。ジョゼフに"加速"の魔法がある点、ジョゼフが最近、『始祖のオルゴール』から『エクスプロージョン』を得た点など。

 

 一通りの質問は終わったが、ルイズにとっては心配の残る結果。ガリア王が虚無をあきらめない以上、今後も狙われる可能性があるのだから。ただシェフィールドが、どの程度呪いのブラフを信じ込むかにもよるが。

 対して、魔女達にとってはかなりの収穫。異常現象が、自分たちの周囲以外でも起こっていたのを、確認できたのだから。

 

 その後、魔女達は再び語り合い始めた。メインの要件が終わったとばかりに、文が出てくる。白々しい笑顔を浮かべて、シェフィールドの前にしゃがみ込んだ。取材のために。文がついてきたのは、これが理由。

 

「はじめまして。えっと……ミス・シェフィールド。私、射命丸文と申します。新聞記者を営んでおります。ああ、まず最初に言っておきますが、種族は烏天狗です。翼人とかいうものではないので、お間違えないように」

「…………」

「それにしましても、散々な目に遭いましたね。私がこう言うのもなんですが、心中お察しいたします」

「……?」

 

 シェフィールド、今までの慇懃無礼な魔女達と態度の違う烏天狗に、少々面食らう。文の方は、ペンと紙を手にするとさっそく取材に入った。

 

「ガリア王の右腕だそうで」

「……」

「それにしましても主の願いを、御一人で叶えるのは、さぞ大変なお仕事でしょう。今回も御一人で、来られていましたし。お互いの立場は別にして、感心せずにはいられません。本当に」

「いや……それは……」

 

 なんとも調子の狂うガリア王の使い魔。目の前の烏天狗の人柄を、掴みかねる。だが、当惑気味なシェフィールドを目の前に、文の方はチャンス、とか思い始めていた。この手のアプローチには慣れてなさそうだと、これはチョロそうだと。

 文は笑顔を変えず、質問を口にした。

 

「申し訳ないのですが、一つ二つ、お話を……」

 

 その時、シェフィールドは腕が軽くなっているのに気づいた。脇を見ると、彼女を結び付けていたロープが切れている。いや、木から伸びた枝が、鋭利な刃物のようになり、ロープを切っていた。誰もが脳裏に共通の言葉を浮かべる。先住魔法だと。エルフが来ていると。

 

 一斉に、宙へと舞う人妖達。逆の方へ走り去るシェフィールド。

 すると彼女の逃げ去ろうとした先、森の奥から一人の男性が現れた。耳の長い金髪の男性が。シェフィールドは、思わず彼の名を口にする。

 

「ビダーシャル卿!」

「ここは私に任せ、逃げるがいい」

「……。恩に着ます」

 

 シェフィールドはエルフの言う通り、この場を急いで去る。このエルフの力が、どの程度ヨーカイ達に通じるか分からないが、ともかくこの場は逃げるしかない。

 

 対する異界の人妖達。ビダーシャルが何かする前に、一斉に弾幕を放つ。それもデタラメに。だが森の際に立つ男には一発も当たらない。またしても反射の障壁を張っていた。しかも今度は、身体を包める最小限のサイズ。以前のように障壁の内側から撃たれないよう、対策をしていた。しかし彼女達の方も、エルフを倒すために弾幕を撃ってはいない。むしろ周辺の精霊達を活動停止にし、先住魔法、精霊の力を使わせないためだ。目論見通り、周辺の精霊は力を失う。これでエルフはほぼ無力化した。

 ところが、全く動揺を見せないビダーシャル。

 

「何度見ても、恐るべき力だ。異界の方々よ」

 

 彼の余裕に警戒を強める人外達。他に切り札が、あるのではないかと。パチュリーが、淡々と、しかし威圧感を漂わせつつ声をかけた。

 

「異界ね……。私たちが何者か聞いてるのかしら?」

「いかにも。使い魔から聞いた」

「使い魔?シェフィールドね……。まあ、いいわ。それで、あなただけで私たちの全員相手をするつもりなの?」

「もちろん」

 

 精霊の力がほぼ使えなくなったというのに、揺らぎのない口ぶり。そこには落ち着きすらあった。怪訝に眉をゆがませる人妖達。するとビダーシャルは、歓迎するかのように両手を広げた。

 

「是非とも、あなた方全員の話の相手をしたい」

「話?」

「ここに来たのは、戦うためではない。話し合いをするためなのだ。異界の来訪者よ」

 

 想定外の言葉を口にするエルフに、人妖達は気勢を削がれる。警戒感は残しているが、ゆっくりと地上へと降りてくる。全員が下りるのを見届けると、ビダーシャルは丁寧に礼をした。

 

「この出会いに感謝を」

「話って、どういう意味?」

「以前は不幸な出会いをしてしまったが、私としてはむしろ好機と捉えている。お互いに」

「お互いに?」

「本題に入る前に、一つ伺いたい。ガリア王の使い魔から聞いた。この地に来たのは、観光と研究のためだとか」

「ええ。サボりとネタ探しに来てるのもいるけど」

 

 パチュリーの答えと同時に、天子が一言ありそうに魔女を睨む、脇の衣玖は大きくうなずく、文はペンで頭を掻いている。そんな彼女達の前で、笑みを浮かべるビダーシャル。

 

「ならばあなた方にとっては、この地が平穏である事が望ましいのでは?」

「そうね」

「できれば私も、そうでありたい」

 

 だがこのエルフの言葉に、すかさずルイズが反応。

 

「ふざけんじゃないわよ!あんた、ガリア王と組んどいて、何言ってんのよ!」

「全ては我が同胞のため。お前のようなシャイターン……虚無の動きを、封じるためだ」

「私が何か企んでるって言うの!?勝手な想像するんじゃないわよ!」

 

 怒声を浴びせるルイズの横で、パチュリーが納得顔を浮かべていた。

 

「つまりは聖戦対策?」

「さすがは、研究を志す方々だけはある。察しがいい。言われる通りだ」

 

 満足そうなビダーシャル。パチュリーと魔理沙は、虚無関連を研究テーマとして選んでいる。もちろん聖戦についても、調べていた。

 二人のやり取りに、ルイズは不思議そうに尋ねる。

 

「パチュリー、どういう意味?」

「この所、虚無の担い手が次々出てるでしょ?ルイズに、ガリア王。後アルビオンの新しい女王も、そうだっけ。こう何人も出てきたら聖戦に繋がるかもって、彼、考えてるのよ」

「だからって……アルビオンで戦争起こして……。あ、ハルケギニアが混乱してたら、聖戦するどころじゃないから?」

 

 ちびっ子ピンクブロンドの言葉に、うなずく紫魔女。ルイズは、すかさずエルフに言い返そうとするが、パチュリーに止められた。

 

「けど私たちのおかげで、それが上手くいかなくなってきた。だから抱き込みに来た訳?」

「そういう訳ではない。だが、蛮族共のいう”聖戦”などというものは、お互いにとって不利益以外の何物でもないのでは?」

「そうね。どんなものだろうが戦争なんて、迷惑なだけだわ」

「我々は、協力し合えると考えている」

「条件しだいね」

「というと?」

「まず手を組むと言うなら、信用の証を見せてもらいたいわ。そうね……。とりあえず、トリステイン周りで騒動はやめてもらえないかしら。足元を落ち着かせたいのよ」

「……よかろう」

 

 うなずくビダーシャル。意外にあっさりと。

 それからお互いの連絡方法まで、決めてしまう。その脇でルイズは、戸惑うしかない。ブリミル教徒の宿敵エルフと、妖怪達が手を結ぶ光景を目にしているのだから。

 確かに幻想郷の住人は、ブリミル教徒でもなんでもない。さらに自己中心的で打算の傾向が強いのも知っている。利益のために、敵と組む事もあるかもしれない。しかしだ。一方でルイズはブリミル教徒であり、虚無の担い手なのも確かだ。

 

「ま、待ってよ。パチュリー」

「何?」

「エルフと組んで、宗教庁と戦うっていうの?」

「逆よ。その戦い自体が、起こらないようにするのよ」

「け、けど……」

「ルイズ。あなたは聖戦起こしたいの?」

「それは……」

 

 言い淀むルイズ。

 以前なら、一も二もなく返事をしていただろう。もちろん起こしたいと。聖地奪還は信者としての務めと。しかし、幻想郷でハルケギニアとは違った考えに触れた。さらにアルビオン戦で戦争の空気を感じ、命令無視までして被害を抑えようとした。そして彼女は、座学で聖戦を学んでいた。さらにそれが、大きな被害だけで、何の成果もなかった事も知っている。

 いくら虚無の担い手とは言え、今では以前の答えを出せなくなっていた。

 

 黙り込んだルイズを他所に、魔理沙がビダーシャルに話かける。

 

「そういやぁ、いいタイミングで出てきな。シェフィールドとの話、聞いてたのか?」

「いかにも。興味があったのでな。だが……あの話からすると……、我々の他にもこの地で活動している者がいるようだな」

「あんたもそう思うか?」

「うむ」

「今の所、大した手がかりはないぜ。ただ現象が起こるとき、一つだけ共通点がある。現象の後、地震が起こる」

「それで地震について聞いたのか」

「まあな。ま、あんたも気に留めてといてくれ」

「うむ。それについて話す事もあるだろう。我らの妨げになるかもしれんからな」

「そうしてくれると、ありがたいぜ」

 

 エルフとざっくばらんに話す魔理沙。ついこの前やり合ったというのに、馴染かのよう。この点の切り替えの早さは、やはり幻想郷の住人か。

 

 やがて話し合いは何事もなく終わり、双方は別れる。文は取材したがっていたが、ビダーシャルはもっともらしい言い訳をして断る。次の機会にはすると約束してしまったが。

 ほどなくして、ビダーシャルは森の奥へ足を進める。残ったパチュリー達は転送陣を片づけると、空へ舞い、帰路へと着いた。

 

 幻想郷組と共に、飛ぶルイズ。シェフィールドもビダーシャルもいなくなった森を見つめながら、複雑な思いが巡っていた。

 無意識の内に彼女達は、トリステインの味方だと思い込んでいたが、あくまでルイズ個人の友人というだけだったと噛みしめる。文にいたっては、それすら怪しい。つまり彼女達は、トリステイン、ましてやブリミル教徒の味方だとは限らない。エルフとなんの抵抗もなしに手を結ぼうとする彼女達を見て、あらためて異界の住人である事を思い知る。

 

 その内この異界の異能者達は、この世界での大きなイレギュラーとなるかもしれない。全てが台無しになるかもしれない。一瞬、そんな奇妙な考えが、ルイズの脳裏を過った。

 

 

 

 

 

 ルイズがシェフィールドと戦っていた頃。王都トリスタニアの王宮では、この国を左右する会談が行われていた。トリステインとアルビオンの会談だ。双方は戦争に終止符を打ちたいと考えてはいたが、思惑は微妙にズレていた。トリステインは戦勝したという形と、実質的な成果を得たかった。一方、アルビオン側は、神聖アルビオン帝国とは無関係な形で、友好条約を結びたかった。

 

 ところで、アルビオンはすでに落ち着きを取り戻している。ティファニアの虚無の威光と武闘派貴族が王家へついたため、モード朝への抵抗はほどなく収められた。抵抗していた旧帝国派の貴族は、所領をかなり減らされる事となった。

 王朝成立の結果、王家は旧帝国直轄地のほとんどを貰い受けた。サウスゴータ家も復活。旧領を取り戻す。さらにレコン・キスタ、神聖アルビオン帝国の興亡と混乱の続いたアルビオンでは、多くの貴族が没落。できた空白地は、モード朝臣下へと下げ渡される。その中でも、多くの所領を得たのがジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド侯爵。モード朝発足の足掛かりを作った事が、大きく評価されたからだ。彼はトリステイン時代の何倍もの所領を得ていた。これも、妖怪兎、因幡てゐの幸運効果のおかげかもしれない。

 

 長机を挟み、向かい合うアルビオンの代表とトリステインの代表。トリステイン側には、女王アンリエッタ、宰相マザリーニ、重臣たちが並ぶ。さらに近衛兵である銃士隊隊長のアニエスの姿も、部屋の隅にあった。

 彼らの対面にあるのは、もちろんアルビオン王国モード朝の面々。その中心にいるのはワルド。トリステインの裏切り者。一度は国を滅ぼしかけた張本人。それが爵位を上げ、所領も増やし、あまつさえ外相として目の前にいる。トリステイン側は、憤りを覚えずにはいられなかった。特にアンリエッタは。彼が恋人、ウェールズ・テューダーを殺し、恋文を奪った当人と知っているのだから、無理もない。

 

 しかし、それが辛うじて抑えられていたのは、上座に座っている人物、金髪月目の少年のため。女王すらいるこの席で、一番若い彼が、一番の上座に座っていた。彼の名は、ジュリオ・チェザーレ。ロマリアの神官だ。当然ただの神官ではない。驚くべき事に、この少年は教皇の名代の肩書を持っていた。二国間の仲介役として、この場にいる。

 

 会談は遅々として進んでいなかった。トリステイン側の態度は固く、アルビオン側も同じく譲らず。なかなか態度を緩めないトリステイン側に、ワルドは親しみを込めて語り掛ける。

 

「アンリエッタ陛下。お互い、始祖ブリミルの血統、虚無の担い手を抱く国同士。条約を結んでいただけないでしょうか?」

 

 アルビオンはティファニアが虚無である事を公言していた上に、ルイズが虚無である事もすでに知っていた。ルイズが虚無である事は明らかにされてはいなかったが、連合軍のアルビオン出兵の時にかなりの将校に知られてしまい、ほとんど公然の秘密となっている。

 

 憮然としたままのアンリエッタを前に、ワルドはジュリオの方へ顔を向けた。

 

「教皇聖下も、この二ヶ国がいつまでも仲違いする状況を望んでおられないのでは?」

「はい。ワルド侯爵の言われる通りです。聖下は、虚無同士はお互い手を結ぶべきとお考えです。それそこが、始祖ブリミルへの信仰の証となるでしょう」

 

 ジュリオは神官の態度を崩さず、厳かに告げる。ワルドの調子に合わせるかのように。

 トリステインの方は、信仰と言われてしまうと黙るしかない。元々教義に厳しいだけに。しかも第一の重臣、宰相マザリーニは枢機卿でもある。神官である彼は、ロマリアの使者からの発言に抗しづらいものがあった。トリステイン側で一番有能と言われる彼が、ジュリオのおかげで身動きできずにいた。

 だが女王だけは、黙っていない。

 

「信仰の証を立てる資格があるのですか?外務大臣殿」

「と言われますと?」

「あなた方は、テューダー王家を滅ぼしているのですよ。始祖ブリミルに繋がる家を」

 

 各王家は始祖ブリミルの血統と、捉えられている。その一つ、テューダー王家を滅ぼしたのは、他でもないワルドが所属していたレコン・キスタ、神聖アルビオン帝国だ。そしてモード朝重臣のほとんどが、旧帝国の臣下だった者ばかり。

 

 しかし、女王の嫌味にも聞こえる一言に、どういう訳かワルドは嬉しげに顔を崩す。

 

「はい。仰る通りです。我々は、その行いを誇りに思っております。私もウェールズを討ち、テューダー王家を断絶させた功を名誉に感じています」

「な……!」

 

 思わず立ち上がるアンリエッタ。

 

「ウェールズを手にかけておいて、誇るなどと……!」

「ええ。私にとっては、感無量と言っていいものでした」

「何という、言いようですか!」

 

 さらに前に出ようとするアンリエッタ。それこそ、ワルドに掴みかかりかねない勢いで。だが、さすがにマザリーニから止める声が入る。

 

「陛下!どうか、お気をお静めください」

「……!」

 

 表情を歪ませたまま、席に戻る女王。口を噤んだ彼女の代わりとばかりに、マザリーニが尋ねた。

 

「しかしワルド侯爵。テューダー王家を滅ぼした事を誇るとは、どういうおつもりですか?未だ心は、神聖アルビオン帝国にあるという訳ですかな?」

「おや?ご存知ないのですか?」

 

 ワルドの言いように眉を潜める宰相。それはトリステインの重臣達も同じ。ワルドは落ち着いて口を開く。

 

「テューダー王家は、宗教庁より異端として認定されたのですよ」

「え……!?」

 

 驚きがトリステインの重臣たちを包む。すると上座から声が届いた。若い声が。ジュリオだった。

 

「ワルド侯爵の言われた話は事実です。聖下はテューダー王家を、異端とお認めになられました。枢機卿への連絡が遅くなったのは、こちらの落ち度です。その点につきましては、ロマリアの代表として、お詫びします」

 

 若輩らしからぬ落ち着いた態度で頭を下げる。困惑するトリステイン側。突然の知らされたというものあったが、そもそも理由がまるで想像がつかないと。すると、ワルドが大仰に話しだした。

 

「当然ではないですか。ティファニア陛下は、宗教庁に認められた真の虚無の担い手。その聖なる父母の御命を奪ったのが、テューダー家なのです。彼の者たちを、異端と呼ばずして何と言うのです」

「今、侯爵が言われた点が、異端認定の理由です。我々もワルド侯爵の上奏を受け、決定を下しました」

 

 さらにジュリオが言葉を添える。ワルドがさも自慢げに大きくうなずいた。

 だが、ワルドの上奏という言葉に、アンリエッタの表情が変わる。

 

「ワルド侯爵が上奏?」

「はい」

 

 淡々とうなずくジュリオ。

 上奏。すなわち、異端認定はワルドが提案したという訳だ。アンリエッタは、すぐさま憎悪を込めたような顔をワルドへ向ける。

 

「あ、あなたという人は……!」

「…………」

「ウェールズの命を奪った上に、名誉まで……!」

 

 アンリエッタは飛び掛かるように立ち上がると、手を伸ばしていた。ワルドへ向かって。

 

「へ、陛下!」

 

 重臣達が慌てて、アンリエッタを止める。すぐさま我に返り、手を引っ込める彼女。しかし、ワルドへの視線は鋭いまま。ワルドの方は、怒りを向けられるのはお門違いかのように被害者顔。さらに追い打ちとばかりに、テューダー王家の墓を全て破棄したと言い出す。アンリエッタの反応は、会議を一度中断させる程のものだった。

 

 その後も会談は続く。するとワルドは態度を急に軟化、散々拒否していたトリステインからの賠償請求も、見舞金という形である程度応じると言い出す。さらにクロムウェルを引き渡すとまで言い出した。

 実は神聖アルビオン帝国皇帝、オリヴァー・クロムウェルは、アルビオン王国にすでに捕らえられていた。彼は金品を持ち出して逃走していたが、足手まといとなる宝物を金に換えようとして足がつき、捕まっていた。

 

 様々な譲歩を提示したワルドだったが、頭に血が上ったアンリエッタに悉く拒否される。結局は物別れに終わる。決まった事は精々、今後も話し合いを続けるというものだけだった。

 

 会談が終わり、王宮から離れるアルビオン代表とジュリオ。ワルドとジュリオは同じ馬車に乗り、港へと向かう。ジュリオがいつもの表情へと戻っていた。飄々とした態度に。

 

「あれで良かったのかい?打ち合わせ通り、女王陛下を怒らせたけど。でもさ、美人を怒らせるのは、あまりいい気分がしないよ。ああいう役は、もうごめんだね」

 

 アンリエッタを怒らせたのは二人の策だった。ジュリオが仲介を担いながら、アルビオン側に肩入れしていたのも全てこのため。

 

 実はワルド。すでに教皇、聖エイジス32世ことヴィットーリオ・セレヴァレと会っていた。モード朝成立後、真っ先に向かったのがロマリアだった。もちろん王朝成立に尽力してくれた礼を言うためというのもあったが、ブリミル教の最高位がどのような人物か知りたかったのが真意。そして謁見で教皇は告げた。自分が虚無であり、さらに聖戦を目指していると。ワルドは意を得たりとばかりに、聖戦を自らの手で実現すると決意する。同時に教皇も、彼への支援を惜しまないと約束した。ジュリオが彼と共にいるのは、その一環だった。

 

 進む馬車の中、ワルドは窓の外を漫然と眺めている。しばらくしてジュリオの不満に答えた。

 

「すまなかった。だが必要だったのだ。両国が手を結ぶためにな」

「逆にしか思えないよ」

「私は、トリステイン重臣からウケが悪い。今のままでは、両国を取り持つのは難しいだろう」

「そりゃぁ、裏切り者だからさ。仕方ない」

「その通りだ。だから私の不評を、アンリエッタ陛下との個人的な不仲に、すり替えてしまいたかったのだ。さらに、外交を滞らせる元凶も担っていただく」

「けど最後の決定をするのは女王だよ。その女王から嫌われちゃ、話はまとまらないんじゃないの?」

「そうだ。だから彼女には下りてもらう。女王の座からね」

 

 不敵な笑みを浮かべ、ジュリオへ向く。厳しい面持ちの月目の少年。

 ジュリオにはワルドを支援するのとは、別の役目があった。ワルドを見張れと、教皇から言いつけられている。

 

 ワルドはさらに言葉を付け加えた。

 

「そもそも、アンリエッタ陛下は王の器ではない上、宰相は人望薄い外国人。私の件がなくとも、退場してもらうつもりだった。今のトリステインでは、聖戦の足手まといだ。だいたいロマリアもアルビオンもガリアも、虚無を主として頂いてる。トリステインだけがただの人間だ」

「という事は何かい?トリステインの主となるべき人物は……」

「言うまでもないだろう。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。彼女しかない」

 

 さも当然とばかりに、笑みを浮かべるワルド。ジュリオの方は一言あるような顔つきで、黙っていた。そのオッドアイには、不信の色が浮かんでいる。

 

 やがて二日ほどで、一行は港、ラ・ロシェールにたどり着く。すでに日は落ち、暗くなっていた。だが天候はいい。出港に大きな支障はない。

 二人はこれから、一旦それぞれの国へと戻る。各船はすでに準備を終え、船出を待つばかりだった。桟橋の上で、しばしの別れの挨拶を交わすワルドとジュリオ。

 

「では、次はガリアでだな」

「うん。けど一番、厄介な相手だよ」

「ああ。だが必ず成就させる。何、我々には、始祖ブリミルの加護があるのだ」

 

 子供のように目輝かせ、満ち溢れた笑顔を見せるワルド。ジュリオには、まさしく狂信者の顔に見えたが。

 彼は、白けた口ぶりで返す。

 

「そりゃ、頼もしい」

「いくらでも頼ってくれよ。では、聖下によしなに」

「そっちも、女王様によろしく」

 

 ワルドは軽く手を上げて返事。そしてアルビオンの船に乗り込んだ。ジュリオはその背中が消えるのを見届けると、ロマリアの船へと身を潜ませる。複雑な心中のまま。

 

 出港したアルビオンの船の中で、ワルドは最後の仕事を終えようとしていた。部下に一通の書簡を渡す。

 

「これは会談結果の概要だ。先に宰相や重臣の方々に、お伝えしておきたい。伝令を飛ばしてくれ」

「はい」

 

 部下は書簡を手にすると、すぐさま伝令の竜騎士に命令した。すぐさまロンディニウムへ向かえと。

 

 船の窓から風竜が飛び立つのを、見守るワルド。自然と笑みを零していた。ここまでは全て思惑通り。次は最大の難関ガリアとの交渉だが、始祖ブリミルの使徒である自分に不可能はない。完全に、そう信じ込んでいた。

 

 全てが終わると疲れが出てきたのか、急に眠気が襲ってきた。ワルドはアルビオンまでに着くまでの間、眠りにつくことにする。

 

 それから一時ほどが経った頃。

 

「ん……!?な、何だ?」

 

 地響きのような音に、目を覚ます。

 揺れていた。船が大きく揺れていた。船底から突き上げるように。

 

「一体、何が!?」

 

 ワルドは飛び起き、身構える。

 揺れは激しく、棚や机に置いていたものを跳ね飛ばし、椅子をも倒した。

 

「なんなのだ!?乱気流に突っ込んだか!?」

 

 用心のため身近においている携帯用の杖を、急いで手にするワルド。

 しかし、揺れは次第収まっていく。そして何事もなかったように、静まっていった。

 

「全く……。酷い乱気流だ。嵐が近いのかもしれん」

 

 ワルドはそんな事をつぶやきながら、ベッドに戻る。部屋は荒れたが、今は眠くて片す気分ではなかった。やがてまどろみが襲ってくる。そのせいか、ふと浮かんだ違和感は霧散してしまった。

 乱気流にしては、不思議な揺れ方をしていたと。それはまるで、地震かのようだったと。

 

 

 

 


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