ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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またまた奇妙な出来事

 

 

 

 

 

 トリステインとの会談から数日後。ワルドはロンディニムの城門を潜り、ハヴィランド宮殿へ向かっていた。視線の先にあるのは様々な動乱を潜り抜けた白の宮殿。この宮殿は、今、三人目の主を迎えていた。ティファニア・モード女王。彼女が宮殿の主として君臨している。もっとも当の本人は、君臨どころか未だその立場に戸惑ってばかりだが。

 

 ワルドは宮殿に入ると、自分の執務室へ足を向けた。休みをあまり取っていないが、その表情に疲れは見えない。むしろ生気がみなぎっていた。長年の念願へ向かっている実感があった。

 

 廊下を進んでいると見慣れた女性が目に入る。相手もワルドに気付いたようで、笑顔を向けた。ワルドは近づくと、厳かに礼をする。

 

「宰相閣下。ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。ただ今、トリステインとの交渉から戻りました」

「ご苦労さん。なんとかなったそうじゃないか」

 

 フランクに返事をする女性は、マチルダ・オブ・サウスゴータ。アルビオン王国モード朝の宰相であり、現女王、ティファニア・モードの後見人でもある。

 ワルドは国のNo.2直々の挨拶に、渋い表情。小声で話しはじめる。

 

「サウスゴータ卿。言葉遣いは立場を考えてなさってください。誰が聞き耳立てているか、分かりません。もう以前とは違うのですよ。だいたい、元々大貴族のご令嬢でしょうに。どうして、そのような物言いをされるのですか」

「一度、落ちちまうと中々抜けないもんだねぇ。ま、前の方が、性に合ってたってのもあるんだけどさ」

 

 実はマチルダ。ほんの少し前まで、平民に身を落として暮らしていた。政変に巻き込まれた結果、やむを得ずだが。しかし問題は、その平民時代の職業だ。それはなんと盗賊。ハルケギニアを騒がせていた、貴族専門の盗賊、"土塊のフーケ"とは彼女の事。そんな過去を知るのは、本人とワルドだけだ。共に暮らしていたティファニアですら知らない。だがそれも昔の話。今はモード朝の宰相として、忙しい日々を送っている。

 

 マチルダは酒場の女亭主のような、ざっくばらんな笑みを浮かべていた。ワルドは呆れ気味に一言。

 

「ですが、今は違います。陛下のためにも、どうか自覚を」

「まるで姑だね。分かってるさ。あ~、ご苦労様でした。ワルド卿」

 

 背筋をスッと伸ばすと、あっさりと宰相としての気品を纏う。この辺りは元々貴族として育った面もあるが、盗賊として様々な立場の人間に化けたという経験が生きているのかもしれない。

 

 宰相と外相という立場となった二人。するとマチルダが、空気を入れ替えるように言う。

 

「それにしても、よく話をまとめましたね。私たちは器と主こそ違えど、ほとんどが旧帝国出身の者ばかり。会談は厳しいものになると思ってましたけど」

「確かに厳しい会談でした。それに、友好条約への道は、まだまだこれからです」

 

 ワルドは言葉に力を込めつつ告げる。成果は出てないが楽観してかまわない。以後も信頼してもらいたいとばかりに。

 しかし何故かマチルダは、不思議そうな顔をしていた。腑に落ちないと言わんばかりに。

 

「友好条約締結に、時間がかかるかのような物言いですね?」

「はい。予断は許しません」

「おかしいですね。残すは、調印の日取りを決めるだけと伺いましたが」

「え!?」

 

 今度はワルドの方が、不思議そうな顔をしていた。こちらは驚愕を伴って。

 

「どういう意味ですか!?」

「あなたの伝令から、そう聞きましたよ。それにトリステインから、日取りについての提案も受けています。昨日、トリステインからの急ぎの使者が来ました。親書を受け取りましたよ」

「な、何っ!?ど、どういう事だ!?」

 

 立場も忘れて、マチルダに詰め寄るワルド。マチルダの方は、眉をひそめ彼の態度に戸惑う。

 

 やがて事情を説明するために、マチルダは自分の執務室へワルドを連れていった。部屋へ入ると、彼女は書類箱から親書を取り出す。そのままワルドに手渡した。個室だからか、その態度はいつのまにやら地のものになっている。

 

「ほら、トリステインからの親書だよ」

「これは……」

 

 ワルドが手にした親書には、トリステイン王国の紋章があった。封蝋の印璽もアンリエッタのものだ。さらに文面に目を通す。だが読み進めるうちに、彼の顔色は青くなっていった。

 

「な……!?い……いったい……これは……?そんな、バカな……!?」

 

 親書は、決定事項の確認とこれからの段取りを問い合わせるものだった。問題はその内容だ。

 

 近々に友好条約を結ぶ。

 条約妥結後、アルビオン王国はトリステイン王国に見舞金を贈呈する。

 さらにオリヴァー・クロムウェルをトリステイン王国へ引き渡す。

 加えて、トリステイン王国はアルビオン王国女王ティファニアI世を、留学生として受け入れる。

 ついては、友好条約を新学期が始まるまでに締結する。

 

 との事だった。それに加え、調印の日取り案がいくつか並んでいた。

 

 ワルドの視線は、親書にくぎ付けになっている。全く瞬きもせずに、なんども読み返す。だが見えるのは、同じ内容。まるで覚えのない条項ばかり。偽書かと、すぐにサインと印章に目を向けた。

 

「ま、まさか……」

 

 だが、本物だった。トリステインにいたワルドだからこそ分かる。間違いなく、王家の印章とアンリエッタのサインだと。しかし書いてある内容は、会談の場で一つとして合意してないのも間違いない。彼自身が、交渉の中心を担っていたのだから。

 様々な考えが、ワルドの頭を巡る。

 

(サインと印章を巧妙に似せた偽物?いや、いくらなんでも似すぎている。だが、我が国が一方的に譲歩したような内容……トリステイン側の工作か?しかしだとしても、アンリエッタが友好条約締結を考えなければ、この工作はできない。あれだけ怒りに我を忘れていた彼女を、誰が説得できたのか?そもそもだ。私の伝令は、何故、会議は上手くいったなどと報告したのだ?)

 

 ワルドは頭を抱え、全身から力が抜けるかの感覚に襲われる。貧血で倒れる寸前かのように。さすがに様子がおかしいと、マチルダが心配そうにのぞき込んだ。

 

「どうしたんだい?大丈夫かい?」

「あ、いや……その……」

 

 ワルドはすぐに平然を繕った。不信を抱かれないよう。

 

「あの……、宰相閣下はよろしいのですか?」

「何がだい?」

「この結果についてです」

「ある程度の譲歩は仕方がないって、最初から決めてたじゃないか」

「それはそうですが、さすがにティファニア陛下を、トリステインに留学させるのはどうかと。建前上はともかく、実質的にはついこの間まで戦争した相手に、預けるのですよ?」

「ん?妙な言い方するねぇ。最後は、あんたが決めたんだろうに」

「あ!いえ……その……。確かにそうですが……。その……確認といいますか……」

 

 動揺を押さえつけながらも、閣僚然として尋ねる。するとマチルダは、懐かしむような表情を浮かべていた。

 

「フッ……。あの子がね、前に言ってたんだよ。学校に行ってみたいって」

「…………」

「ずっと隠れ住んでいて、同い年の子とは付き合った事もなかったしね。できれば、あの子の望みを叶えてあげたいんだよ。本格的に、女王しないといけなくなる前にね」

「我が国の学校では、いけないのですか?」

「あんた、今のこの国がどんな状態だか知ってんだろ?」

「……」

 

 もちろんアルビオンにも、貴族向けの学校はある。しかし、長く続いた混乱のため、アルビオンの学校は十分機能していなかった。

 マチルダは続ける。

 

「それにティファニアは、これから女王として振る舞わないといけないじゃないか。でもあの子に、貴族の情操教育なんてやってないしね。これについちゃぁ、トリステイン魔法学院はうってつけだよ」

 

 マチルダはどこか嬉しそうに話していた。それは、あたかも母親のように。

 一方、ワルドの胸中には、納得しがたいものが渦巻いている。なんと言っても国の主を、敵対していた国に預けるのだ。人質も同然。それをどうして平然と受け入れられるのかと。この点についても尋ねたが、マチルダは、宗教庁の後ろ盾があるティファニアに、教義にうるさいトリステインが手を出せるハズがないと答える。逆に何かあれば、戦争の大義名分になりかねないと。結局、渋々引き下がるワルド。

 

 その後、御前会議が開かれ、会談内容は全閣僚の了承を受ける。ほぼアルビオン側の譲歩とも言える内容にもかかわらず、不満はそれほど出てこなかった。

 もちろん、早々に外患を収めたいというのはあっただろう。それほど今のアルビオンの立て直しは急務だ。加えて、今のティファニアでは、女王として椅子に座っている以上の事はできない。政務としては、いてもいなくても同じなのも確かだ。

 しかしワルドは、違和感を覚えずにはいられない。その時、胸中を巡ったのは、やはり聖戦のキーワード。

 

(もしかして始祖ブリミルの御業だろうか……。確かに聖戦のために、虚無の四か国がなるべく早く手を結ばねばならない。トリステインに工作をかけている暇などないと、お考えなのだろうか。それで、自ら奇跡を起こされたと……。手間が省けたと、捉えるべきかもしれない。しかし……)

 

 腑に落ちないながらも、奇跡とも呼んでもいいこの現象をワルドは受け入れる。むしろ、奇跡だからこそ。それに少なくとも、聖戦への事前準備、四つの虚無が一つになるという目的へ、一歩前進したのは違いないのだから。

 

 

 

 

 

 トリステイン王宮、女王の執務室に、眉間にしわを寄せた美しい女性がいた。トリステイン女王、アンリエッタ・ド・トリステイン、その人が。

 彼女を悩ましているのは数日前の出来事。今、思い返しても奇妙としかいいようのない出来事。

 

 

 

 アルビオンとの会談が終わった翌日の事だった。アンリエッタはマザリーニから予想外の言葉を耳にする。

 

「調印の日取り?」

「はい」

「待ってください。条約を結ぶ目途すら立ってないのに、どうして日取りを決めるなどという話になっているのです?」

「は?昨日の会談で、ほぼ合意できたではありませんか」

「合意?合意も何も、決まった事と言えば、今後も話し合いを続けるというだけではありませんか」

「あの……陛下。何を仰っているのか、理解しかねるのですが……」

「それはわたくしもです」

 

 その後、お互いが会談について述べるが、事実関係の認識が大きく違う事に気付く。アンリエッタは会談の内容について再確認するが、他の重臣達は皆、マザリーニと同じ認識だった。結局、アンリエッタの思い違いという話で落ち着く。もちろん彼女は納得した訳ではない。ただ、このまま重臣達とイザコザを続ける訳にもいかず、さらに会談では感情的になりすぎたと気に病んでいた。そのため、会談が丸く収まったと思われているなら、その方がいいと考えてしまった。

 結局、違和感を覚えつつも、アルビオンへの親書に、彼女はサインする事となる。

 

 

 

 アンリエッタは執務室で、机を凝視したまま口を開く。

 

「アニエス。今回の件、どのように考えています?」

 

 女王は最も近しい近衛兵に尋ねた。執務室の隅に控える彼女は、毅然と答える。

 

「私の記憶は、陛下と同じものです。あの反徒ワルドが、陛下のお心を乱し会談は紛糾。何も決まりませんでした」

「…………ええ。そのハズです。でも、皆が知っているものとはまるで違うわ。それともわたくし達が、どうかしてしまったのでしょうか?」

 

 さらに心痛を深めるアンリエッタ。しかし忠実な近衛は揺るがない。

 

「いえ。違います。さらに付け加えれば、今回の出来事については、心当たりがございます」

「心当たり?」

「はい。『アンドバリの指輪』の件です」

「!」

 

 アンリエッタは、アニエスの言う意味をすぐに悟った。

 かなり前の話だ。まだ神聖アルビオン帝国が存在していた頃。ルイズから、『アンドバリの指輪』を帝国から奪ったという報告を受けた。マザリーニや重臣達も、その話を知る。だがその後、何故か彼らは指輪の件を忘れてしまっていた。しかし帝国崩壊の経緯から、指輪を盗ったのは事実らしいと分かる。何故、指輪の件を皆が忘れていたのか。今でも原因は不明のままだ。

 

 顔を上げ、アニエスの方を見るアンリエッタ。応えるように、力強くうなずくアニエス。女王は活力を取り戻していた。そして、しっかりと言葉を発する。

 

「アニエス」

「はい」

「誰にも知られず会えるような場所を、用意してください」

「と言われますと?」

「ルイズや幻想郷の方々と、今回の件について話し合いたいのです。内密に」

「分かりました。なんとかしてみましょう」

 

 アニエスは、ただちに行動を開始した。

 

 

 

 

 

 授業も終わりみなが寮に戻った頃。ルイズは、広場に一人佇んでいた。視線の先にあるのは、緑の金属の塊。『ゼロ戦』と呼ばれる機械だ。パチュリー達の話だと、"ヒコウキ"と称する種類の機械らしい。なんでも空を飛べるとか。

 

 だが異界の機械を眺めているルイズの胸中にあるのは、好奇心や驚きではなかった。どういう訳か、なつかしさがあった。紅魔館の図書館で見たからだろうか。しかし、肝心の見たという記憶が何故かない。にもかかわらず、この『ゼロ戦』に馴染んだものが自分の中にあった。

 さらにもう一つ引っかかるものがある。シェフィールドと戦ったとき、何故サモン・サーヴァントを唱えたのか。確かに天子が来る手筈にはなっていたが、合図は別にサモン・サーヴァントではなかったハズだ。確かに窮地に追い込まれての咄嗟の行動とはいえ、その理由は自分でも分からない。

 別にこれらのため、何かが起こった訳ではない。だが、奇妙な居心地の悪さだけが、しこりのように残っていた。

 

 ゼロ戦を茫然と眺めていると、ルイズの後ろから声がかかる。

 

「そこにいるのはミス・ヴァリエールかな?」

「はい?」

 

 振り向いた先に見えたのは、変わり者の頭の薄い教師コルベール。コルベールはルイズと分かると、大げさに笑顔を向けた。

 

「丁度よかった。実は君に是非頼みたい事があるのだよ」

「なんでしょうか?」

「その……不届きな頼みかもしれないが、ミス・ヒナナイにガンダールヴの力を使ってほしいのだ」

「ガンダールヴの力?」

「つまりはその……このゼロ戦についてなのだよ」

 

 コルベールの頼みとは、ゼロ戦の使い方を知りたいという事だった。パチュリー達からゼロ戦は武器と聞いている。武器ならばガンダールヴが使いこなせるのではないかと。

 ルイズはすぐに答えた。

 

「はい、構いません」

「すまない。神聖なる虚無の力をこのような事に使って」

「別に、いいですよ。この程度なら、ブリミルもお許しになると思います」

「ありがとう」

 

 嬉しそうに感謝を口にするコルベール。さっそくルイズは、天子を呼びに行く。ほどなくして、ルイズ、天子、コルベールの三人はゼロ戦の前に集まった。天子が緑の機体を眺め、不満そうに一言。

 

「分かる訳ないでしょ」

「なんでよ」

「機械なんて興味ないし。その手の本、あんま読んでないから」

「そういう話してんじゃないわよ。あんたガンダールヴでしょ?ガンダールヴは、あらゆる武器を使いこなすって言うわ。その力で分かんないかって、聞いてんの」

「ガンダールヴの力使うって、どうやんの?」

「え……?」

 

 ルイズ、停止。予想外の質問をされて。

 だが考えてみれば、天子がガンダールヴの力を使った事など一度もなかった。天人としての力と緋想の剣の力は便利で強力だったので、今まで他の力など必要なかったからだ。

 それどころか、天子はルイズと共にいた時、決闘以外では前線で戦った事が一度もない。裏方ばかりやらされていた。前線での戦いは、ルイズの方が多いくらいだ。主と使い魔の在り様としては、間違っているのだろうが。

 

 キョトンとしたまま、続けざまに尋ねる天人。

 

「ルイズみたいに、なんか呪文でも唱えんの?」

「知らないわよ」

「知らないって、あんた虚無の担い手でしょ」

「そりゃそうだけど……。そうだわ、始祖の祈祷書!あれに何か書いてあるかもしれない」

 

 ルイズは急いで寮に戻り、始祖の秘宝の一つ、始祖の祈祷書を持ってくる。ルイズが得た数々の虚無の魔法も、この祈祷書に載っていた。

 さっそく祈祷書を広げるルイズ。しかしどこを見ても、ガンダールヴの使い方など書いていない。

 

「ないわね……」

「こりゃ、どうしようもないわ」

 

 あっさりと諦めムードの天子。露骨にどうでもいいという態度。ゼロ戦なんかに、興味ないのもあって。一方のルイズは、ガンダールヴの力が使えないんじゃ、天子がガンダールヴである意味って何?とか疑問形の表情。もちろん、今の状態でも十分強い事は分かっているが。

 するとコルベールが一つ案を出す。

 

「とりあえず、コックピットに乗ってみてはどうかな?」

「こっくぴっと?」

「ミス・ノーレッジ達から聞いたのだよ。あそこだとか」

 

 そう言いながらガラスのフードを指さす。いかにも人が乗るかのような場所が見える。ルイズはすぐに天子に命令。天人は渋々その場所へ。ガラスのキャノピーをスライドさせると、各種計器と操縦桿が見えた。そして狭苦しい椅子も。

 嫌そうな顔の天子。

 

「すっごい狭いんだけど」

「いいから入りなさいよ。文句言うほど、あんた大きくないでしょ」

「ルイズがそれ言う?」

「どうでもいいから、乗れって言ってんの!」

 

 ブツブツ言いながら座る天子。そして、あちこちを触る。最後に操縦桿を握りしめた。

 するとその瞬間……。

 何も起こらなかった。

 古臭いゴムの感触が、天子の手に伝わるだけ。操縦席で降参の天子。

 

「ダメダメ。な~んにも分かんない」

「こんな事なら、シェフィールドに虚無の使い魔の力の使い方、聞いとくんだったわ」

 

 ルイズ、項垂れる。確かに彼女の言う通りではあったが、あの時、思いつく訳もない。

 傍でやり取りを聞いていたコルベールも、気落ちしていた。

 

「分からないか……。仕様がない。地道に研究する事にするよ。二人とも、手を貸してくれてありがとう」

「いえ、この程度何でもないです。でも動かし方分かったら、これ、動かせるんですか?」

 

 素朴な質問をするルイズ。このゼロ戦は燃料なるものが必要と、魔理沙達から聞いていた。それがなければ、動かないと。

 もっともな問いかけにコルベールは、自信ありげに表情を浮かべる。

 

「心配無用だよ。ミス・ヴァリエール。実は、動力源の燃料の方は、もう作れたのだ。燃料を入れてた場所に、少し残っていたおかげでね。それをなんとか再現できた。なかなかの火力だよ。そうだ!これから見てみるかね?」

「えっと……その……、またの今度という事で……」

 

 コルベールの嬉しそうな笑顔に対し、引き気味のルイズ。

 

 要件が終わりお開きムードの中、ルイズは天子へ視線をずらす。実質的に、ガンダールヴがただの肩書きと分かった天子。このままでいいのかと。

 だがその思考を中断させる声が、飛び込んできた。

 

「ミス・ヴァリエール!ここにいたのですか」

 

 一斉に振り向く三人。見えたのは小走りに駆け寄ってくるふくよかな女性。教師の一人、ミセス・シュヴルーズだ。彼女は近くまで駆け寄って来ると、息を整えながら言う。

 

「はぁ、はぁ……。ミス・ヴァリエールとミス・ヒナナイ。学院長がお呼びです。急いで学院長室へ行ってください」

「あ、はい」

 

 ルイズは素直にうなずくと、すぐに動きだした。また人妖の誰かが何かやらかしたのかと、いやな予感を抱きながら。

 

 学院長室に入ると、他の幻想郷メンバーも揃っていた。てっきりいつもの幻想郷組への苦情が来るかと思っていたが、どうやら違うらしい。それを確信したのは、とある人物が目に入ったから。

 近衛の一つ銃士隊、その隊長のアニエス。彼女がこの場にいた。

 彼女はカリーヌが教官として来る以前、学院警備の事務的な部分を担っていた。会ったのはそれ以来だ。それ以外でも何度か会った事があるので、面識はある方。アニエスは厳しい表情のまま告げる。

 

「急に呼びたててすまない。実は陛下が内々に相談したいとの仰せだ。あなた方には、私に付いてきてもらいたい」

「陛下が!?一体何を?」

「それは陛下のお口から、直に聞いてもらいたい。ともかくお急ぎだ」

「分かりました。ただちに出立します」

 

 アンリエッタの頼みと聞いて、ルイズはすぐさま了解。もっとも、人妖達が文句言い出す前に、事を決めてしまおうとしたのもあったが。しかし意外にも、アニエスの頼みを彼女達はあっさり受け入れる。そして一同は、アニエスと共に密会の場所へ向かった。

 

 

 

 

 

「ここがみなさんのお住まいですか……」

「ああ」

「窓がありませんね」

「灯りはあるからな。問題ないぜ」

「それはそうですが……」

 

 トリステインの女王と、普通の魔法使いが並んで広い廊下を歩いていた。

 ここは幻想郷組のアジト。一旦はアニエスの用意した場所に向かった彼女達だが、内密な話をするという訳でパチュリーが思いついた。自分たちのアジトほど、都合のいい密会場所はないと。ここは基本的に転送陣を使って入る。後のつけようがない場所だ。

 もっともアンリエッタの第一印象は、あまりいいものではなかったが。作りこそしっかりしているものの、窓のないこの空間は、神殿の地下にある墓地のような印象すらあって。ただ人外だらけのこの場所。ハルケギニアの人間からすれば、当たらずとも遠からずかもしれない。

 

 全員が集まったのはアジトのリビング。メンバーは、ルイズ、パチュリー、魔理沙、アリス、こあ、天子、衣玖、文、アンリエッタ、アニエス。そしてここには、ラグドリアン湖の水の精霊、ラグドもいる。さらに鈴仙も、急遽、ヴァリエール家から呼び出された。

 

 こあが一同に紅茶を配る。各々が一口含み、場が落ち着きを見せ始めた。さっそくアンリエッタが第一声。

 

「みなさん。この度は、わたくしの頼みを聞いていただいて、ありがとうございます」

「礼を言われるようなものじゃないわ。むしろ是非話を聞きたいくらいよ」

 

 パチュリーの相変わらずの淡泊な対応。しかし抑揚のない声色に、わずかに好奇心が漂っている。実は事前に話の概要を聞いていた。不可解な現象について相談したいと。魔女達は例の怪現象関係と予想。その時、揃って目元と口元が緩む。それに気付く者はいなかったが。

 

 さっそく話に入る一同。まずアニエスが、現象について説明。

 以前のアンドバリの指輪の一件と同じく、アルビオンの会談の内容を自分たち以外の重臣が覚えていないと言い出したと。三魔女は興味深そうに聞き入る。文もメモを走らせていた。

 シェフィールドの話を入れると、これで三件目だ。人の記憶が、以前と変わったというのは。しかも関係者全員ではなく、一部の者だけが覚えているのも同じ。

 

 まずはアリスが確認の質問を一つ。例の現象の共通点についての。

 

「重臣達が忘れる前、地震が起こらなかった?」

「地震……ですか?」

「そ、地震」

「地震……地震……」

 

 考え込むように、顔を伏せたアンリエッタだが、急に頭を上げる。

 

「あ!ありました!地震!そうだわ……。確かに……。どちらも前日の深夜でした」

「やっぱり……」

「地震が何か関係あるのですか?」

「この所、奇妙な現象がアチコチで起こってるのよ。あなたが言った現象も含めてね。しかも、それがトリステイン以外でも。で、共通する事後現象が地震なの」

「あのようなものが他でも……。何かの予兆でしょうか?」

「さあね。誰かの仕業なのか、それともただの自然現象なのか、吉兆か凶兆か、何もかもがサッパリ」

 

 アリスは腕を組みつつ、肩をすくめる。すると今度はアニエスが尋ねてきた。

 

「相談に乗ってもらって失礼だとは思うが、ゲンソウキョウの者の仕業という可能性はないのか?」

「可能性という意味ではあるわ。実際、私たちの知らない所で動いてるのがいるし」

「知らない所?裏切り者がいるというのか?」

「裏切り者?幻想郷出身だからって、別にみんな仲間って訳じゃないわよ。どこでも、そんなもんでしょ?」

「それは……確かにな……」

 

 異世界という言葉から、アニエスは一括りに捉えていたが、よく考えてみればトリステインの中ですら様々な勢力がいる。一つにまとまるなど、簡単にはいかない。異世界と共通点がそんなものだとは、苦笑いするしかないシュヴァリエ。

 

 すると、ルイズが何の気なしに口を挟む。

 

「来てたのって因幡てゐ……だっけ。私、会った事ないんだけど。どんな妖怪?」

 

 だが彼女の問への返答は、アリスではなく鈴仙の驚き。

 

「え!?てゐ、来てたの!?」

「うん。そうなんだって。でも何しに来たか、分かってないそうよ」

「う~ん……。てゐの事だから、ろくでもない事しに来たと思うけど……。何もなかった?」

「そう聞いたわ。あれ?でも確か鈴仙って、その妖怪といっしょに住んでるんじゃなかったっけ?何か聞いてないの?」

「全然」

 

 首振る玉兎。ただ、その脳裏には、嫌な予感しか浮かばない。幻想郷では、いたずらの一番の被害者は彼女。ネガティブな予想も当然だった。ルイズは鈴仙の重そうな面持ちを、窺うように尋ねる。

 

「なんだか……厄介そうな妖怪みたい」

「その通りよ。いたずら大好き妖怪。人に迷惑かけてばっか。何度もひどい目に遭った事か……。尻ぬぐいさせられたりもあったし……」

「なんか、天子以上に酷そう」

「うん!」

 

 力強く鈴仙はうなずく。正しい認識と言いたげに。一方、てゐとの比較に使われた天子は、ルイズの頭を小突いていた。鋼の手刀チョップで。そこからちょっと茶番が一コマ発生。最後は、衣玖の電撃で収まったが。

 話を戻すように、魔理沙が口を開く。

 

「ただな。今回は、いたずらしに来たってのは考えづらいんだよ。すぐに帰ってるしな。結果見ないで帰るなんて、てゐらしくねぇし。たぶん永琳に、何か命令されたに違いないぜ」

「また永琳って……。始祖のオルゴール盗むように命令したり……。一体何、考えてんのかしら?そりゃぁ、ちい姉さまの事で助けてもらったけど」

 

 実は、カトレアがほぼ完治したと鈴仙からルイズは聞いていた。その意味では、永琳には感謝してもしきれない。しかしそれはそれとして、幻想郷の有力者が、ハルケギニアに何か仕掛けていると思うと不安になるのも無理はない。

 一連の話を聞いていたアニエスが、疑問を口にする。

 

「そのイナバ・テヰとかいう者、一体何ができるのだ?」

「他人に幸運を与える事ができるぜ」

「幸運を与える?なんだそれは!?その者も天使か何かか!?」

 

 アニエスもアンリエッタも、驚きに身を固めていた。信じがたい話だ。つまり、人の運、不運を操る事ができると言っているようなものだ。ハルケギニアからすれば、まさしく奇跡。すでに天子や衣玖が天使と説明を受けているとは言え、そんな事ができる者までいるとは想定外。ゲンソウキョウの住人達への印象を、さらに変える二人。もはや人知の外の存在と思うほどに、二人は息を飲む。

 しかし、そんな二人の心情など全く察しない魔理沙は、茶化すように答えていた。

 

「そんな大したもんじゃねぇよ。ただの妖怪うさぎだぜ」

 

 少しばかり表情を緩める二人。しかし、そこに文から一言。情報通を自慢したげな、颯爽とした顔つきで。

 

「そうとは言い切れませんよ。てゐについては、妙な話を耳にしましたから」

「なんだよ」

「妖怪うさぎではなく神だと」

「は?なんだそりゃ」

「白兎の兎神……。それが彼女の正体だとか」

「ハハッ。あのいたずらうさぎが?ありえねぇぜ」

 

 魔理沙が笑って返す。同居人の鈴仙すら、的外れな冗談だと笑っていた。

 だがこの話を聞いていた、アンリエッタとアニエスの表情は重い。幸運を与える神。天使すら実在する世界なら、ありうるかもと。すると二人の脳裏に、一人の人物の顔が浮き上がっていた。

 トリステイン女王が、憂いを漂わせ話しはじめた。

 

「一人……心当たりがあります」

「「「?」」」

 

 なんの話だと言う具合に、全員がアンリエッタの方を振り向いた。

 

「幸運を与えられた者に」

「誰?」

 

 あまり話していなかったパチュリーが、真っ直ぐにアンリエッタを見ていた。

 

「ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。元トリステイングリフォン隊隊長です。ですが祖国を裏切り、レコン・キスタに参加。その後、神聖アルビオン帝国の竜騎士隊を率いていました。そして今では、アルビオン王国モード朝、外務大臣。さらに爵位を上げました。その上、以前より遥かに広大な所領を得ています」

「ワルドって確か……元、ルイズの婚約者よね」

 

 尋ねられたルイズはうなずく。不機嫌そうに。祖国を売り、実家の期待と自分の子供の頃の思い出を汚した人物。悪印象しかないのも当然だ。

 紫魔女は続けた。

 

「その彼が、どうして幸運を受けたと思うの?」

 

 問いに答えたのはアニエス。

 

「ワルドは神聖アルビオン帝国では、よそ者だ。だいたい帝国では竜騎士隊隊長止まり。トリステインでは近衛隊隊長だった男が、裏切りまでしておいて降格してしまっている。さらに帝国崩壊で、完全に拠り所がなくなった。それが今ではアルビオン王国の重臣だ。あまりに不自然な、変わり様とは思わないか?」

「あなた達の知らない後ろ盾が、あったのかもしれないわ」

「だが、あの不届き者はこう言っていた。この立場にあるのは、始祖ブリミルの導きと」

「ブリミルの導き?」

「身を潜めていた、現国王ティファニア陛下と宰相サウスゴータ卿を、偶然見つけたのだと言っていた。さらに教皇聖下と引き合う切っ掛けも、偶然だと。全ては始祖が導いてくれたと。今の立場にあるのも、それらの功績からだそうだ」

「偶然にしては、出来すぎって訳ね」

「ああ」

 

 ワルドの言い分を信じれば、確かに出来すぎだ。ただ、あくまで可能性が高いというだけの話。断定するのは早計と、魔女達は思っていたが。

 

 その後も話し合いは続いた。しかしこの場で結論が出る程、簡単な問題でもなかった。結局はこの件に関しては魔女達が、引き受けるという事となる。

 

 やがてアンリエッタとアニエスは幻想郷組のアジトを後にする。送迎としてルイズと衣玖が付き添った。本来なら使い魔の天子が付き添うべきなのだが、ゼロ戦に続きアンリエッタの相談の件もあり、これ以上の用事はパスと駄々をこねた。おかげで衣玖が尻拭いするハメに。

 

 

 

 

 

 転送陣を使い、一瞬でトリステイン近郊へ。出現した場所は銃士隊練習場。その施設の一つ。実は元々はここが密会の場所だった。アニエスは自分の管轄下なら、機密を守れると考えここを選んだ。結局は使わなかったが。

 アンリエッタは衣玖に礼をすると、この場を去ろうとする。しかし、思い出したように足を止めた。

 

「そうだわ。ルイズ」

「はい?」

 

 転送陣を片していたルイズが、手を止める。アンリエッタと向かい合った。

 

「何でしょう?」

「一つ話しておくのを忘れてました」

「はい」

 

 女王は、真剣味を帯びた目でルイズを見る。

 

「この話はまだ正式に決定していません。内々の話ですから、他言しないようお願いします」

「はい。陛下」

「まもなく、我が国はアルビオン王国と友好条約を結びます」

「先ほどの話ですね」

「はい。条約締結にあたり、いくつかの合意をしたのですが、その一つに、アルビオン女王ティファニア殿が、我が国に留学するという条項があります」

「え?留学ですか?ですけど、トリステインはちょっと前まで戦争してた相手ですよ。しかも女王自らって……。おかしくないです?」

「ええ、奇妙な話ですけど。とにかく、決まった事なのです。さらに言うまでもないですが、相手は一国の女王。何かあれば、外交問題となります。最悪、再び戦争にも」

「……。はい」

 

 息を飲み、引き締まった声色で答えるルイズ。そして女王は伝えるべき内容を口にした。

 

「そこで、学院での彼女の接待役を、あなたにお願いしたいのです」

「ええっ!?私に!?何故ですか!?もっとふさわしい方が、王宮におられると思うんですけど」

「まず、ティファニア殿は身分を隠した形で留学となります。ですので、あまり目立つような事はできません。もちろん内密に護衛はつきますが」

「という事は、私は接待役というより護衛、という話なんでしょうか?生徒ですから、不自然じゃないという訳で」

「確か生徒であるというのは理由の一つです。ですが、ルイズなら務まると考えたのです。あなたは、今まで多くの難事に当たり、解決してきました。その点を考えて、この件をお願いしようと思ったのです」

「陛下……」

「ごめんなさいね。厄介な頼み事で。いつか必ず、今までの貢献に答えたいと思いますから」

「いえ。そのようなお気遣いは無用です。私は陛下の臣下です。なんなりと仰せつけください」

 

 厳かに、臣下らしい礼をするルイズ。見た目こそ小さいが、そこには頼もしさと喜びが窺える。

 幻想郷の者たちやキュルケ達の助けを借りたのは確かだが、それでも身を危険にさらした今までの経験が、彼女にいつのまにか自信を持たせていた。また、これらの行為は内密だったため、その成果にまともな見返りはなかった。だがアンリエッタが、こうして気に留めてくれている。少なくとも今のルイズにとっては、それで十分だった。

 

 さらにアンリエッタは、言葉を付け加えた。

 

「実はあなたを選んだのは、他にも理由があるのです。もちろん、虚無の担い手同士というのはあります。それにね、ルイズ。義理とはいえ、あなたとティファニア殿は遠縁の親戚なのですよ」

「え?そうなんですか?」

 

 ルイズは、少しばかり驚いて顔を上げていた。

 ヴァリエール公爵家はトリステイン王家と血が繋がっている。そのトリステイン王家はテューダー家と親戚関係。ティファニアのモード家はテューダー家ジェームズI世の弟筋に当たる。直接血は繋がっていないが、一応親戚関係にはあった。

 アンリエッタは顔つきを緩めると、ルイズに語りかけた。

 

「ルイズ。そう固く考えないで。お友達になっていただければと考えてるの」

「友達……ですか」

「二人の友情が、二国の将来を明るくするかもしれません。彼女を、いろいろと手助けして欲しいのです」

「はい。お任せを。陛下」

 

 胸を張り、再びよく通る返事をするルイズ。その態度に小さくうなずくアンリエッタ。

 やがて彼女は窓に近づくと、空を見上げる。だんだんと緋の色合いが、濃くなりはじめていた。もう夕暮れだ。

 

「正直言うと、ティファニア殿には複雑な気持ちがあります」

「複雑……と言われますと?」

「だって、彼女のご両親を手にかけたのが、ウェールズの父上なのですから」

「あ……」

 

 ルイズは思わず声を漏らしていた。

 ウェールズはティファニアにとって、仇の一族の一人だ。これはまぎれもない事実。レコン・キスタはクロムウェルなどという偽の虚無によって起こされた不当な戦争だったが、もしティファニア本人が起こしていたらどうだったろう。正当な虚無の起こした、仇討ちの戦争だったら。アンリエッタは、どうしただろうか。そして今、彼の死をどう捉えているのだろうか。

 ルイズに、そんな考えが浮かび上がる。

 

 アンリエッタは背を向けたまま、独り言のように呟く。

 

「いつかティファニア殿とは、いろいろ話してみたいと思ってます」

「話を……ですか」

「はい。何を話すかは、決めてませんけど」

「……」

 

 背を向ける彼女に、ルイズはなんと声をかけていいか戸惑う。窓際に立つ女王の背は、やけに小さかった。ふと思った。目の前にいるのは、この国の主ではなく、幼い頃から知っている女性だと。幼馴染だと。

 気づくと口を開いていた。力強く。

 

「姫さま!私はずっと、姫様のお友達です!」

「え?」

「あ、えっと……その……なんていうか……。ご相談があるなら、いつでも聞きますっていうか……」

「ルイズ……。ふふ……、ありがとう。そうね。こんな抜け道ができたんですもの。隠れて会おうと思えば、いつでもできるわね」

 

 振り向いた彼女の表情から、影が消えていた。ルイズはアンリエッタに次に会う時は、何かイベントを用意しておくと調子のいい事を口にする。それからしばらく二人は、他愛のない話を交わす。笑顔のまま。

 

 もう空は、鮮やかな緋色となっている。やがてアニエスが、区切りをつけるように声をかけた。

 

「陛下。そろそろ、お帰りになりませんと」

「そうですね。では、ルイズ。今日は、いろいろありがとう」

「いえ、この程度なら、いつでもお引き受けしますわ」

 

 悠然と自信ありげに答えるルイズ。もっとも今回の彼女の疑問に答えるのは、実はパチュリー達なのだが。

 次にアンリエッタは衣玖の方を向く。さっきから二人のやり取りを、何の気なしに眺めていた竜宮の使い。アンリエッタの真っ直ぐな視線に、姿勢を整える。女王は丁寧に礼を告げた。

 

「ミス・ナガエ。みなさんに、よろしく言っておいてください。この度は、相談に乗っていただき感謝していると」

「伝えておきましょう」

 

 衣玖は淡々と答える。いつもの彼女らしいが、どこか穏やかなものも感じられた。

 そして双方は別れる。アンリエッタ達は王宮へ、ルイズは衣玖に抱えられ学院へと。

 

 空を風竜並の速度で飛びながら、ルイズは幼馴染の事を思う。共に過ごした幼い頃は、もうかなり昔。今の自分は多くの近い歳の連中に囲まれ、何かとにぎやかな日々を過ごしている。しかし王族であり、ただ一人で王宮にいるアンリエッタは、どうなのだろうかと。

 その時、衣玖がふと話しかけてきた。

 

「ああいう空気は悪くないですね」

「空気?」

「友人同士の密な空気です」

「…………。私と姫様との付き合いは、子供の頃からだもん。今はそう簡単には会えないけど、それでもやっぱ一番の友達だわ」

 

 気持ちよく答えるルイズ。それを聞いた衣玖は一瞬、口元を緩めるが、すぐにいつもの表情に戻った。真っ直ぐに前を見る。

 

「私たちは長く生きます。そのような感覚が一時期あったとしても、やがて薄れていくのを知ってるんですよ。ですから、あのような空気を抱けるのは、羨ましい気持ちもあります」

「そういうものなんだ」

「妖怪の最大の敵は、退屈なんて言う者もいますし」

「長生きは長生きで、考えものなのね」

 

 人間の誰もが望む長寿。だが実際に手に入れてみても、そうありがたいものではないらしいというのは、意外だった。ルイズは彼女達をあまり人外と意識せずに付き合ってきたが、やはり違うのだと思い直す。

 

 しかし少なくとも今のルイズにとっては、異界の人外との日々は悪くない。いろいろと騒動にも巻き込まれるが、この騒がしい連中のおかげ多くのトラブルを潜り抜けられてもいる。少なくとも退屈なんてものとは、無縁なのは確かだ。

 

 二人は地平線に沈む太陽を眺めながら、学院へと帰っていった。

 

 

 

 

 


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