ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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考察

 

 

 

 

 

 ロマリア連合皇国。国と名乗ってはいるが、その実態は都市国家群の連合体だ。ロマリアは、その盟主という立場にすぎない。そのため各都市国家は、ロマリアの意向に沿わないのも度々。ロマリアは、この国家群をまとめるのに苦労が絶えなかった。いや、自分たちの領内すら、満足に治めているとは言えないだろう。

 

 ジュリオ・チェザーレは、ロマリア市内を馬で進みながら、何気なく視線を流す。目に入るのは、行く当てもない流民達。群がる先は施しを与える騎士団の詰め所。そんな風景の脇を、豪奢な馬車が寺院へと向かっていた。行先の寺院も、また豪華な作り。ブリミル信者の心の拠り所、この光の土地は、露骨な光と影が混ざり合った混沌とした土地だった。

 

「どうしょうもないな。ここは」

 

 見慣れた光景ではあるが、それでも不快の念は消えない。

 

 ジュリオは、路上でボロを纏ったまま寝ている流民を目にする。ふとその姿に自分が重なった。今の彼は神官。ここでは光の側にいるが、元々は影の側の存在だった。流民にこそならなかったが、貧しい孤児院で、ただ鬱屈した日々を過ごす。それが元々のジュリオだ。しかしある日、始祖の奇跡が舞い降りる。虚無の使い魔に選ばれるという奇跡が。今こうしていい身なりをして、馬に悠々と乗っていられるのも、全ては奇跡があった故。ならばこそ、その始祖の御心に、主の願いを叶えなければという強い使命感が胸にあった。

 

 やがてロマリアの中心、フォルサテ大聖堂の正門を潜る。寺院の中に入り、廊下を進み、最後に行きついた先は雑然とした部屋だった。長いブロンドの若い男性が、忙しそうにペンを動かしていた。

 ジュリオは丁寧に扉を閉じると、厳かに礼をする。

 

「聖下。ジュリオ・チェザーレ、ただいま戻りました」

「ん?ああ、ジュリオ。お帰りなさい。この度は、ご苦労さまでした」

 

 部屋の主は、人が入って来たと今気づいたという具合に顔を上げた。

 この人物こそ、ブリミル教の最高位、聖エイジス32世教皇ことヴィットーリオ・セレヴァレ。その整った顔と姿は、黙って立っていれば、教皇らしい風格を放つだろう。しかし今は、まるで事務員のそれだった。

 

「すぐに仕事を終わらせます。少し待っていてください」

「はい。お気になさらず」

 

 ヴィットーリオはすぐに目の前の仕事を終わせると、机の上を整理しだした。しばらくすると、少しは部屋の見栄えが良くなる。ヴィットーリオは机から離れ、ジュリオの方へ近づいてきた。涼やかに足を進める姿には、もはや事務員の気配はなく、まさしく教皇のそれ。

 

「それでは、さっそくですが話を伺いましょうか」

 

 やがて二人は、部屋の端にあるテーブルを囲む。ジュリオは主の願いに、すぐに答えた。

 

「結論から言いますと、うまくいきました。二国はまもなく友好条約を結びます」

「おや、意外ですね。難航するかと思っていたのですが」

「アルビオン側が大きく譲歩したため、トリステインも条約締結を選ばざるを得なかったようです」

「つまりは、ワルド侯爵は自らの言葉を、早々に一つ叶えた訳ですか」

「はい。これほど早くとは思いませんでしたけど」

 

 虚無四カ国が手を結ぶ。それは聖戦の前提条件だ。その第一歩がスムーズに進んだというのに、ジュリオは煮え切らない表情を浮かべていた。

 ジュリオはふと思い起こす。初めてワルドが教皇、ヴィットーリオに謁見した日の事を。自分は始祖ブリミルの使いに会った、などとのたまった時を。

 

 

 

 アルビオン王国モード朝成立直後の頃。ワルドにとって初めての教皇謁見の時だ。彼はアルビオンの外務大臣として、宗教庁へ礼を言うため、来庁していた。

 最初にヴィットーリオを見た時、ワルドは唖然として戸惑う態度を見せる。仕事に追われる教皇を目にして。この姿の教皇と謁見すると誰でもそうだが、ワルドも例外ではなかったようだ。しかし、教皇と名乗り、さらに虚無の担い手である事を明かしたとき、ワルドは態度を一変させる。すぐさま跪いていた。

 

「聖下!ご尊顔を拝し、大変光栄に思います!」

 

 まさしく神にでも会ったかのようなに、恐縮するワルド。一心に祈るような姿を見せる。

 一方で、ジュリオの方は驚きを隠せずにいた。ワルドがこうも感情を露わにする事に。アルビオンでは、もう少ししたたかな性分と感じていたのだが。

 

 やがて少々の会話の後、ヴィットーリオは告げた。自分たちの目的が聖戦にあると。その時もワルドは、感極まったという態度を見せる。まさしく敬虔な信者に相応しい反応を。さらに彼は、四人の虚無を一つにしてみせるとまで言い出した。ヴィットーリオは、意外そうな顔つきで彼に尋ねる。

 

「今のハルケギニア各国はバラバラです。それ所か、肝心の四つの虚無が存在しているのかすら、分からないのですよ?」

「その点は、ご安心を聖下」

 

 ワルドは自信ありげに答えた。

 

「聖下、そして我が国の主、ティファニア陛下が虚無の担い手と分かっています。さらに残りの二名も、すでに判明しております」

「判明している?」

「はい。まず一人は、トリステインのヴァリエール公爵家の三女、ミス・ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。そしてガリア国王、ジョゼフ陛下です」

「…………」

 

 ヴィットーリオもジュリオも言葉がない。実はその二人が虚無だとすでに掴んでいたが、極秘事項となっており、宗教庁のごく一部の者しか知らない。それを宗教庁とは関わりもない、後ろ盾もしっかりしてないワルドが知っているとはと。

 教皇は表情を変えず、穏やかに尋ねる。疑念をわずかも感じさせずに。

 

「それを……どこでお知りになったのです?」

「聖下を前にして、このような事を口にするのは憚られるのかもしれませんが……」

「かまいません。ここ場でのあなたの罪を全て許します」

「感謝いたします」

 

 ワルドは深く頭を下げた。やがて上がった顔には、喜々としたものが浮かんでいた。彼は弾けるように口にする。

 

「天使が降臨されたのです!」

「!?……今、なんと?」

「始祖ブリミルの御使いが私の元に降臨され、道を示してくださいました!虚無の担い手も、かの天使に教えていただいたのです。そして私は天使より、加護をいただきました。そもそも陛下とお会いできたのも、天使の加護があればこそ。私は、まさしく奇跡を体験いたしました!」

「…………」

 

 ヴィットーリオは表情を変えなかったが、ジュリオの方は不快感を覚えずにいられない。ワルドを食事に入り込んだ虫かのように、嫌そうに見る。

 確かに教皇、神官という立場だ。狂信的な人物など、いくらでも会った。だが、ワルドから感じるものは、それを上回るもの。

 しかし一方で、目の前の人物がアルビオンの重臣であるのも事実。関係を悪化させる訳にはいかない。むしろ狂信的ならば、操りやすいとも言える。

 

 ジュリオのそんな考えを他所に、主、ヴィットーリオは微塵も揺るがず、静かにうなずいた。

 

「なるほど。あなたがティファニア殿と出会えたのは、始祖のお導きだったのでしょう」

「はい!」

「ワルド侯爵。できれば、天使の啓示を受けた経緯など伺いたいものです」

 

 それから喜びに満ちた声で、天使との出会いを話すワルド。対する二人は、変わらぬ表情で静に耳を傾けた。だがジュリオの胸中には、複雑な思いが交錯する。この男を信頼していいのかと。世迷言にしか聞こえない物語を、喜々として話すワルドを。

 話が終わると、教皇はゆっくりとうなずく。

 

「なるほど、お話はよく理解できました。ともかくガリアについては重要な情報を得ました。こちらでも確認してみましょう。それにしても、まさかエルフと手を組んでいるとは……。」

 

 憂いを伴った態度で、視線を落とす。しかしそれもわずかな間。ヴィットーリオはすぐさま穏やかな表情へと戻ると、一言告げた。

 

「では、ワルド侯爵。あなたの手をお借りできますか?」

「全身全霊を持って、お力添えいたします!」

 

 ワルドは歓喜に身を浸したまま、抑えられない口を開いていた。

 

 

 

 ヴィットーリオとジュリオは、小さなテーブルに向かい合って座っている。二人の前には、空になったティーカップがあった。

 ワルドは最初の謁見での言葉通り、アルビオンとトリステインを早くも結ばせた。しかしジュリオの不信感は消えない。

 

「聖下はあのワルドを、お信じになるのですか?」

「結果は出してくれました」

「ですが……」

「確かに事前調査とは、大分違う人物だったのは意外でしたが」

 

 ヴィットーリオはジュリオからティファニアとワルドの報告を聞いた後、彼の調査をした。報告書は、聖戦を目指しているらしいが、一方で決して信仰心が強いとも言えないという内容。それが実際に会ってみると、もはや狂信者の域にあるのだから。

 

 ジュリオの問いは終わらない。

 

「加えてお聞きしたいのですが……。あの者の言う、"天使"をお信じになるのですか?」

「はい」

「せ、聖下!?」

「少なくとも、ワルド侯爵にとっては"天使"だったのですよ」

「……」

 

 ジュリオは納得する。ワルドがそう信じているなら、そうなのだろう。すると問題は別の所にある。ヴィットーリオがそれを口にした。

 

「注目すべきは、その天使が何者かです」

「はい」

「それに、彼については他にも気になる点があります。神聖アルビオン帝国が崩壊してわずか十日あまりの間に、アルビオン王家の生き残りを見つけ出し、しかもその場で虚無の担い手との確認ができた。そして新王朝の大臣に抜擢。少々できすぎています」

「彼の言い分を信じるなら、まさしく天使の御力という話になるのでしょうけど」

「本当に天使ならば、始祖が私たちにも加護を与えてくれている、という話にもなりますね」

 

 だがヴィットーリオは、その台詞を口にした後、絞るように厳しい顔つきとなる。

 

「ですが私たちは知っています。"始祖ブリミル"を」

「はい」

「"天使"が降臨するはずが、ありません」

「……」

 

 主の言葉に、強くうなずくジュリオ。二人は固い表情のまま、この部屋の隣の書斎へ目を向ける。そこにはある秘宝が置かれていた。ロマリアの始祖の秘宝、『始祖の円鏡』が。それは語っていた。大いなる6000年の歴史を。

 

 二人はやがて向き直った。教皇は忠実な僕に言い聞かせる。

 

「彼を操っている何者かがいると、考えなければなりませんね」

「はい」

 

 ヴィンダールヴは強くうなずいた。

 今のハルケギニアでは、ガリアが不穏な動きをしているのは分かっている。さらに他の者がいる可能性も出てきた。もし自分たちの目標の障害となるならば、手を打たなければならない。取り込むのか、あるいは排除するかのいずれかを。

 

 

 

 

 

 アンリエッタ達を送り返した幻想郷組のアジトでは、それぞれが思い々の時間を過ごしていた。パチュリー、魔理沙、アリスの三魔女はリビングに残り、紅茶と茶菓子を囲んでいる。

 魔理沙はクッキーを一つ摘まむと、独り言のようにつぶやいた。

 

「また記憶操作が起こるなんてな」

「記憶"操作"?」

 

 パチュリーはティーカップをソーサーごと手に取ると、何の気なしに、魔理沙の方へ視線を送る。

 

「誰かの仕業って考えてるの?」

「だろ?」

「自然現象って可能性は?」

「そりゃぁ、無理があるぜ。共通項が多すぎる。なんか企んでるヤツがいるんだろ」

「…………」

 

 紅茶を味わいながら、パチュリーは黙って耳を傾けるだけ。やがてカップをテーブルに置くと、ポツリとつぶやいた。

 

「ねぇ、大分情報も集まったようだし、ちょっと整理してみない?」

「例の現象をか?」

「ええ」

 

 三人の魔女は一斉にうなずく。その表情はどこか楽しげ。やはり魔法使い。物事の探求には、心躍らずにはいられないのだろう。

 口火を切ったのはパチュリー。

 

「まずは、大前提から。魔理沙は人為的と思ってるようだけど、それでいい?」

「私もそう思うわよ」

 

 アリスの賛成の声。アンリエッタには何もわかっていないなどと言っていた彼女だが、原因がハッキリとした訳でもないのでごまかしたのだった。

 パチュリーは話を続ける。

 

「現象自体だけど、地震が起こったのは全て含めるわ。いいわね」

「後、シェフィールドの言ってた、『アンドバリの指輪』忘れてたって件も含めていいんじゃない?あれも記憶操作だし」

「じゃぁ、それも」

 

 紫寝間着は小さくうなずいた。次に魔理沙が、身を乗り出して話しだす。少しばかりテンション高めに。

 

「となると最初は、天子とデルフリンガーだな」

「ええ。あの現象のせいで、天子のガンダールヴは解除されはじめたわ」

 

 天子のガンダールヴのルーンは、今ではかなり小さくなってしまっている。全ての始まりは、天子がデルフリンガーを握ったとき走った痛みだ。

 ここでアリスが、この件には思う所があるとばかりに口を開いた。

 

「それだけじゃないわ。あれ以来、天子がデルフリンガーに近寄らなくなったし」

「天子がデルフリンガー使ってたら、何かあったって言うのか?」

「うん。思ったんだけど、デルフリンガーってサビてるでしょ?けど6千年も経ったら、普通の剣なら粉になっちゃうわ。少なくとも、あんなにしっかりと形を残さないわよ。あのサビって、封印じゃないかしら?それでガンダールヴが使うと、封印が解けるとかね。今、いろいろ忘れてるけど、封印解けたら虚無関連の話、思い出すって考えられなくない?」

「ありうるな。そうだ!今から試してみようぜ。天子にデルフリンガー握らせて」

「望み薄だと思うわよ。ルイズから聞いたでしょ?あの子、『ゼロ戦』乗って何も起こらなかったって。実質、ガンダールヴは、もう効果なくなってると思うわ」

「呪文がいるとかなんとか言ってなかったか?」

「普通の使い魔は、そんなものいらないわよ。ガンダールヴも同じでしょ。だいたい契約した時点で、ガンダールヴの力、使えなかったら、使い魔の意味ないわよ」

「そう言やぁ、そうだな」

 

 納得しつつ、腕を組みなおす魔理沙。するとパチュリーが、念を押すように尋ねた。

 

「つまり仕組んだ相手は、虚無の秘密を隠しておきたかったってことかしら?」

「たぶんね。デルフリンガーが実はすごい武器って可能性もなくはないけど、天子の強化を防いでも、意味があるとは思えないし。ハルケギニアじゃぁ、今のままでも十分強いしね」

 

 言い終えると、アリスはカップを手に取り、紅茶を一口含む。

 七曜の魔女は話を進めた。

 

「その次は、シェフィールドが幻想郷に行き来した件」

「だな。あれ、どういう事だ?」

 

 魔理沙、クッキーを割りながら聞いてくる。それにパチュリーの淡々とした答え。

 

「もし転送されなければ、シェフィールドは死んでたわ」

「ああ」

「そうなると、神聖アルビオン帝国の崩壊はもっと早かったでしょうね。それからガリア王も、しばらく身動きできなくなるわ」

「けど、使い魔はまた召喚できるぜ」

「ええ。でもすぐにはしない。シェフィールドが死んだの気づくのに、時間がかかるから。彼女、かなり自由に動けてたようだし。シェフィールドから知らせがなかったら、ガリア王は彼女がどこでどうしてるかも、分かんないんじゃないかしら?しかも次の使い魔を召喚したとしても、それからも時間がかかるわ」

「なんでだよ」

「ミョズニトニルンの力は、マジックアイテムに依存するからよ。ガリアにあるマジックアイテムを、全部把握しないといけないもの」

「新人の修行期間がいるって話か」

「シェフィールドが死んでれば、少なくともハルケギニアの混乱は、結構早く収まったんじゃないかしら。それからは、しばらくは平穏が続くわね」

「けど、そうはならなかった訳だぜ」

 

 魔理沙の言葉に、黙ってうなずくパチュリー。するとアリスが口を開いた。

 

「そうすると仕組んだ相手……まどろっこしいわね。呼び名付けましょ」

「んじゃぁ、黒子ってのはどうだ?」

「なんでよ」

「舞台裏で、こそこそ動いてるみたいだからだぜ」

「まんま……」

「んじゃぁ、他になんかあるのかよ」

「……。それでいいわ。んじゃぁ、黒子で」

「よし、決まりな」

 

 魔理沙が楽しそうにうなずく。すぐにアリスは話の続きを始めた。

 

「話を戻すけど、その黒子はガリア王を助けたって訳?」

「シェフィールド自身かもしれないけど。少なくとも、ガリアの虚無の弱体化を防いだのは確かね。ただ他に気になる事があるんだけど、それはキュルケの件の時話すわ」

 

 パチュリーは淡々と答える。アリスは丁度いいとばかりに、話を進めた。

 

「それじゃぁ、ついでにキュルケの件もしちゃいましょ。彼女も死にそうになった瞬間に転送されたわ。メンヌヴィルに襲われてね。私には、これが一番よく分からないのよ」

「何が引っかかるの?」

「キュルケ自身は、何か特別な存在って訳じゃないし。魔法的にも政治的にも。こう言っちゃなんだけど、いてもいなくてもハルケギニアに大して影響はないわ。キュルケがいなくなって困るのは、ホント、タバサやルイズとかの個人レベルだけ。一連の怪現象の中じゃぁ異質よ」

「そうとも限らないわよ。彼女の実家はゲルマニアの大貴族だし。メンヌヴィルはシェフィールドと関係してたから、彼女が死んでたら、ゲルマニアとガリアの戦争が起きてたかもしれないわよ」

「それじゃぁ、これもガリアを守ったって言うの?ちょっとしっくり来ないわね。メンヌヴィルがキュルケ達襲ったのって、個人的理由でしょ?誤解がいくつも重ならないと、そうはならないと思うわ」

「ま、それは……あるわね」

 

 七曜の魔女も、さすがに口を濁す。目的の分かりづらい現象に。アリスは、逆に聞き返した。

 

「で、パチュリーの方は何が引っかかってんの?」

「私が気にしてんのは、タバサやメンヌヴィル達までが転送された点」

「転送範囲が、広かったんじゃないの?」

「シェフィールドの時には、彼女だけ飛ばされたのに?」

「う~ん……」

 

 腕を組んで考え込む人形遣い。さらに話を続けるパチュリー。

 

「そもそも、何で幻想郷に飛ばすのかしら?助けるつもりなら、ハルケギニア内の方がよっぽどマシだわ。幻想郷じゃぁ、ハルケギニアに帰って来れない可能性もあるのに」

「幻想郷を見せたかった……から?」

「何故?」

「さあ」

 

 アリスは肩をすくめるしかない。そこに魔理沙が言葉を挟む。

 

「けどキュルケの件は、地震もあった、転送もされた。別ものって訳にはいかないぜ。とりあえずこの話は置いとくぞ」

「そうね」

 

 うなずく人形遣い。これにはパチュリーも賛成。そして次の話を、また彼女が切り出す。

 

「この後に起こったのは、記憶操作ね。『アンドバリの指輪』の件。トリステインでもアルビオンでも起こったわ」

「あれって、忘れたから戦争になったんだよな。となると、黒子は戦争を起こしたかったって話になるぜ」

「しかもアルビオンの存続とは関係ない。『アンドバリの指輪』がない以上、クロムウェルの素性がバレるのは時間の問題だし。戦争があろうがなかろうが、神聖アルビオン帝国は崩壊するわ」

「これ、さっきから出てるガリアを守るためってのとは違うよな。となると、何がしたかったんだ?」

 

 アリスが難しい顔で、つぶやくように話し出した。

 

「もし戦争にならなかったら……、少なくとも死人は出なかったわよね」

「実際にも出てないぜ」

「そりゃぁ、私たちが手出したからよ。チラシばらまいて」

「ん?」

 

 魔理沙が何かを思いついたのか、顔を顰める。

 

「記憶操作がなかったら、私ら無関係で済んだんじゃねぇか?」

「そう言えばそうね。ルイズも戦争行かずに済んでたわ」

「それじゃぁ、私らを巻き込むためか?」

「ルイズを戦争に行かせるためかも……」

「ルイズを?」

 

 二人の会話を聞いていたパチュリー。意外なものが脳裏を過る。瞼を大きく開いていた。

 

「もしかして……アルビオンの虚無を見つけるため?」

「何だよ、そりゃ?」

 

 話が飛んで、意味が分からないとばかりに怪訝な魔理沙。アリスも同じく。だが構わず紫魔女は続けた。

 

「今のアルビオンの女王って、本物の虚無よね。ルイズが、彼女が出てくる切っ掛け作りするハズじゃなかったのかしら。ルイズは、アルビオンで虚無の魔法を使う予定だったし。刺激されて、って可能性はない?アルビオン側も指輪の事忘れてるから、動きがスムーズにいかないでしょうし。ルイズは、余計、魔法が使いやすかったんじゃないかしら」

「同じ虚無だからって、無理やりすぎない?」

「けど、実在すら信じられてなかった虚無の担い手が、ここ数年で何人も出てきてるのよ?虚無同士が無関係っていうのも、考えづらいわ。ついでに言うと、ガリアの虚無も、どういう訳か他の虚無に興味持ってるようだし」

「無意識に、引かれ合うって言うの?」

「あるいは、黒子が仕組んでるとか」

「…………」

 

 七曜の魔女の言い分に、今一つ腑に落ちないように黙り込む人形遣い。ほどなくして、白黒魔法使いがおもむろに話を進めた。

 

「とりあえず次に進むぜ。今度は、鈴仙が持ち出そうとした虚無の宝の話だな」

「黒子は、ハルケギニアから持ち出されるのを防いだ事になるわ。これも虚無絡み」

 

 パチュリーが、空になったカップをいじりながら言う。

 さらに話を進める魔理沙。

 

「これの次は、ビダーシャルのヤツだな。アイツを守った剣」

「『始祖のオルゴール』もね」

「後、こいつは今までとパターンが違う。記憶操作でも転送でもないぜ。後、私らに直接手を出してきたのも、違うしな」

「それと、天子のルーンも絡んでるわ。この時、痛がってたもの。この点も違う。剣って武器とガンダールヴってのも、何かありそうな気がするし」

「そういやぁあの剣って、誰かが使ってるみたいだったよな。飛ばして操ってるって感じじゃぁなかったぜ」

「ええ」

 

 ヴェルサルテイル宮殿での光景が、二人の脳裏によみがえる。剣の動きは、まさしく剣士。正面切って戦っていた文は、一時は透明の相手が操っていると思ったほどだった。ただ、その"誰か"に当たるものは、まるで思いつかない。

 次に最新の現象へと話は移った。パチュリーが始める。

 

「最後は、トリステインとアルビオンの条約についてね。これは記憶操作。おかげで、長引きそうだった二国間の交渉が、あっさりまとまったわ。しかもアルビオンの女王は、トリステインに留学」

「これ、さっき言った、虚無が引かれ合うパターンでもあるわよね。二国の和平よりも、そっちが狙いかしら」

 

 アリスが、新しい紅茶を全員のカップに注ぎながら言う。魔理沙はすぐさま、新しい紅茶を一口味わうと、力を抜いて背もたれに身を沈める。

 

「にしてもなぁ。なんで、前の記憶、覚えてるヤツがいるんだ?」

「確かに、そうね」

「全員忘れてんのが、いいに決まってるよなぁ」

「…………」

 

 魔理沙の言葉に、何も返さないパチュリー。代わりにアリスが口を開いていた。

 

「覚えてるのって、誰だっけ?」

「アンリエッタ、アニエス、シェフィールドに、ロンディニウムの宿屋の主……。後は、私らとルイズ達だな」

「つまり……私たち自身も含めて、私たちに直に関わった相手?」

「そうなる」

「つまりこういう事?黒子は私たちに手が出せないって。ビダーシャルの時みたいに、武器を直接操るとかじゃない限り」

「かもな」

 

 つぶやくように答える魔理沙。するとパチュリーが、思いついたように口を開いた。

 

「ちょっと待ってよ……。もしかして、さっきのシェフィールドとキュルケが飛ばされた件の違いも、そのせいかも」

「どういう意味?」

 

 人形遣いが、不思議そうに七曜の魔女へ顔を向ける。白黒魔法使いも、食べていたクッキーを置いて耳を傾けた。パチュリーは話を続ける。

 

「シェフィールドの時、私が彼女、結界内に閉じ込めてたじゃないの。飛ばそうにも、結界の外まで効果出せなかったんじゃないかしら?」

「なるほどな。逆にキュルケの時は、私らがいないんで自由に飛ばせたって訳か。ま、キュルケ以外の連中まで飛ばす必要があった理由は、分かんねぇけど」

「単に、緻密な転送が、できないだけかもしれないわよ」

「それはあるかもな」

 

 魔理沙は食べかけのクッキーを、再び手にしていた。

 

 一通りの話が終わり、一連の現象を各人が租借する。天子とデルフリンガー、飛ばされたシェフィールドとキュルケ達、虚無の秘宝の持ち出し阻止、記憶操作されたトリステインとアルビオン両国、そして剣によるパチュリー達への直の攻撃。

 しばらく考えを整理するために、黙り込んでいた魔女達。しばらくして最初に口を開いたのは、またパチュリー。相変わらずの淡泊な態度で。しかし、どこか力の籠った口調。

 

「一連の現象を見てみると、虚無をどうにかしようとしてるのは間違いないわね。しかも、集めようとしてる素振りもある」

「素直に考えれば、目的は聖戦で、黒子の正体は始祖ブリミルって話になるんだけど……」

 

 アリスが宙を仰ぎながら答えた。しかし、魔理沙が反論。

 

「それにしちゃ、妙なものもあるぜ。キュルケの件は、どう考えても聖戦と関係ないし、ビダーシャルなんかはブリミル教徒の敵だぜ。そいつを守った」

「剣はオルゴールを守ろうとして、結果ビダーシャルも助けちゃったんじゃないの?」

「いや、あいつはあの時、何もできなかった。先にビダーシャル始末しても、オルゴールは守れたと思うぜ。私らは剣だけに、苦戦してたんだからな」

「そっか……」

 

 またも考え込むアリス。するとパチュリーが淡々と口を開いた。

 

「そうね。ただ、私たちは虚無について、完全に分かってるって訳じゃないわ。未知の目的があるかもしれない。ただ最終目的は他にあるとしても、過程として聖戦が組み込まれてる可能性もあるんじゃないかしら」

「どっちにしても聖戦は、絡むって考えてるの?」

「虚無がそろった場合の最大イベントだもの」

 

 パチュリーの言い分を、二人の魔法使いは黙って受け入れる。異論はないという具合に。さらに続ける紫魔女。今度は、警戒の色合いすらある声色だった。

 

「それともう一点。たぶん黒子は、私たちを邪魔だと思ってるわ。剣で直に私たちを狙ってくるくらいだものね」

「あん時、こあが悪魔じゃなかったら、死んでたもんな」

 

 魔理沙が珍しく真面目な顔つき。ハルケギニアに来て、今の所、身の危険を感じたのは指輪奪還騒動と、言われているビダーシャルの件くらいだ。厳しい表情も無理はない。パチュリーも、締まった表情を浮かべていた。

 

「後、天子のガンダールヴが解除されつつあるのも、デルフリンガーがサビ剣のままなのも、始祖の秘宝が幻想郷に持ってかれるの防いだのも、その一環だと思うのよ」

「虚無関連に、私らを関わらせたくないって訳だ」

 

 するとそこに、アリスが言葉を入れてくる。二人とは違い、迷っているような態度で。

 

「黒子が私たちを邪魔って思ってるってのは、私も同じよ。で、ちょっと話は変わるんだけど、これ以上ハルケギニアいる?」

「どういう意味?」

 

 パチュリーは少しばかり呆気に取られる。アリスは姿勢を正すと、話し始めた。

 

「元々ここに来たのは、研究のためでしょ?けど、こんな厄介事に付き合ってまで、ここに居続けるかって話よ」

「そう言えば、あなたの研究はどうなったの?ガーゴイル研究」

「終わったわ。結論から言うと、あまり使える要素はないわね。パチュリー達の虚無研究は?」

「正直言うと、あまり進んでないわ。確かな資料が少なすぎるのもあるし。実験しようにも、虚無の魔法は頻繁に使えるもんじゃないから」

「なら、ほとぼりが冷めるまで幻想郷に戻る、ってのも選択肢の一つと思うわよ。トラブルがなくなれば、虚無の魔法、使いやすくなるでしょ?」

 

 アリスは諭すように言う。だが、そこに魔理沙の不敵な声が挟まれた。

 

「なしだな」

「何でよ」

「トラブルなら最初からあったぜ。こっちに来たら、トリステインとアルビオンが戦争してたじゃねぇか。あん時決めたろ?手に負える内なら、やり合うって。それに厄介事が起こりそうなの知ってて、ルイズ達放っとくってのも後味悪いぜ」

「……。パチュリーは?」

 

 質問を向けられた七曜の魔女は、何故か笑みを浮かべている。

 

「私も魔理沙と同じよ。それにね……」

「それに?」

「実は、黒子の仕掛けを探ってくのも、面白いと思ってるのよ。どこの誰だか知らないけど、勝負するってなら受けてもいいわ」

「…………」

 

 パチュリーの答えに、アリスは何も返さない。やがて肩をすくめて、あきらめ顔を浮かべていた。

 

「分かった。私も付き合う」

「あら?どうして?」

「戻っても暇だしね。それにパチュリーの言うとおり、この謎かけ探るの悪くはないから」

「魔理沙が心配だからじゃないの?」

「なんで、そうなるのよ」

「別に」

 

 無表情だが、どこか皮肉めいた言い草の紫寝間着。そんな彼女を、人形遣いは不満そうに睨んでいた。妙な雰囲気が漂うリビング。

 そこに突然、魔理沙の大声。場の空気を変えたいかのような。

 

「あー!そう言えば、剣って言えば、例のゼロ戦!」

「ゼロ戦?剣となんの関係があるっていうのよ?」

「どっちも武器だろ?それにゼロ戦が見つかったのって、地震が切っ掛けだぜ?」

「そう言えばそっか……」

 

 アリスが腕を組んで考え込む。

 

「気にした方が、いいかもしれないわね」

「なら、あれ結界で囲って、ついでに魔法陣で反応見ないか?何か出てくるかもしれないぜ」

「うん。いいかも」

 

 アリスと魔理沙は、同時にうなずく。阿吽の呼吸の見せる二人に、パチュリーはわずかに肩をすくめていた。その時、ふと思い出したように言う。

 

「そうだわ。この話、ルイズにも言っとく?」

「だな。あいつは虚無だから、巻き込まれる可能性大だぜ。話した方がいいだろな。ただ、天子のガンダールヴは、卒業まで黙ってた方がいいだろ。召喚、またできるか、分からねぇし」

 

 魔理沙の答えに、二人も同意。

 とりあえずは、一連の話を終えた魔女達。やがて一同はリビングから出る。そして転送陣へと向かった。学院への入り口に。転送陣を潜った先にあるのは、見慣れた風景。学院寮の幻想郷組の部屋だ。

 

 三人はさっそくルイズに話を持って行こうと、部屋を出ようとする。すると先にドアの方が開いた。ドアの先にいたのはルイズ。魔理沙がさっそく声をかける。

 

「お!丁度いいぜ。ルイズ、話があるんだよ」

「ここにいた!って話!?」

「実はな……」

「後で聞くわ!ちょっと来て!」

 

 ルイズは慌てた様子で、魔理沙の手を引っ張った。

 

「おいおい!?なんだよ!」

「いいから来て!」

 

 訳も分からず、ルイズに付いていく魔女達。たどり着いた場所は、学院の広場だった。そこに狼狽えているコルベールがいた。辺りを見回したり、空を見たりと様子がおかしい。そんな彼をキュルケがなだめているようだが、効果はなし。すると駆け寄って来るルイズに気付く。

 

「ルイズ!見つかったの!?」

「うん!ほら、急いで」

 

 ルイズは、後ろから歩いて来る魔女三人を急かすが、彼女達の足は早くならない。キュルケは励ますように、コルベールへ声をかけた。

 

「ミスタ・コルベール!彼女達、来ましたわ!」

「えっ!?お!ありがたい!」

 

 なんだかんだで、魔理沙達はコルベールの傍までやってきた。こちらも困惑したまま。コルベールが弱り切った態度で、話かけてきた。

 

「みなさん、突然、お呼び立てして申し訳ありません!」

「何か、トラブったみたいね」

 

 パチュリーの溜息気味の第一声。コルベールの様子から、こう思うのも当然。その時、アリスが気づく。

 

「あれ?ここにあった『ゼロ戦』は?」

 

 彼女の言う通り、ここはゼロ戦が置いてあった広場だった。しかし今は影も形もない。コルベールは察しがいいとばかりに、アリスの方へ身を乗り出す。

 

「そ、そうなんです!ミス・マーガトロイド!」

「な、何がよ……」

 

 思わず引き気味のアリス。ますます訳が分からない。禿教師はパニック気味に話しだした。

 

「ゼ、ゼロ戦が……」

「ゼロ戦が?」

「ゼロ戦が飛んで行ってしまいました!」

「「「飛んでった!?」」」

 

 魔女三人の言葉が重なる。

 それから詳しい話を、コルベールがしだした。

 ゼロ戦の動かし方を調べていた彼だが、いくつか考えはあったものの確実と言える程のものはなかった。そこで実際に試してみる事に。実験のためにまずは、ゼロ戦に燃料を入れた。それから案を全て試してみたのだが、結局どれも失敗。彼はうなだれて、研究室に戻る。それからしばらく籠っていたが、突然、外から轟音が聞こえる。慌てて研究室を出てみると、ゼロ戦が勝手に動いており、飛んで行ってしまったという訳だ。

 

 コルベールの慌てた様子は、収まらず。

 

「燃料を入れた後、何をやっても反応はなかったのです!なのに勝手に動き出して……」

「誰かが乗ってたとかは?」

「いえ、誰も。乗ったとしても、どうやって動かしたというのです!?」

「そうよねぇ。誰も動かし方しらないし……」

 

 アリスが腕を組んで考え込む。その後、魔理沙、ルイズも加わって話始めた。一方、パチュリーは彼らを他所に、ゼロ戦のあった場所を歩き回っている。本を広げつつ。そこには魔法陣が展開されていた。しばらくして戻って来る。

 

「コルベール。ゼロ戦が飛んでった時、地震、起こらなかった?」

「地震?あ!起こりました!おかげで足をすべらせて、何もできませんでした……」

「やっぱりね……」

「やっぱり……とは?」

「……」

 

 パチュリーは彼に答えず、魔理沙達の方を向いた。何を聞きたいか分かっているとばかりに、口を開く魔理沙。厳しい顔つきで。

 

「ゼロ戦に魔法陣仕掛けようって言ったの、ついさっきだぜ」

「そうね。このタイミングで動くだなんて。ゼロ戦がよほど重要なのかしら」

「あれって鉄砲仕込んでるハズだ。あれなら、私らに直に手が出せるぜ」

 

 魔理沙の言葉に、アリスの表情が重くなる。

 

「何にしても、いつも聞き耳は立ててるって訳ね」

「覗き見も、してるかもしれないわよ」

 

 パチュリーは黄昏時の空を、探るように見つていた。ゼロ戦が消えて行った空を。そこには、双月が上がろうとしていた。

 

 

 

 

 


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