ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

69 / 98
アルビオンの奇病

 

 

 

 

 

 幻想郷。広大な竹林の奥に、大きい日本家屋があった。永遠亭。誰もが知っている月人の屋敷で、幻想郷の総合医療センター。そこに珍しい訪問者が訪れていた。アリスだ。

 

 彼女は無遠慮に扉を開けると、さっそく中へ入る。すると、ここの住人と鉢合わせた。白い兎耳を生やした黒髪の少女に。

 

「あら、てゐ」

「アリス?珍しいうさね。あんたがここに来るなんて」

 

 妖怪としての魔法使いのアリスは、永遠亭の世話になるなど滅多にない。その彼女がここに来たのは、別件でだ。ここの住人達が関わる話について。

 アリスはてゐを探す手間が省けたと、頬を緩める。

 

「丁度よかったわ。永琳いる?」

「診療室にいるうさよ」

「そ。じゃあ、上がらせてもらうわ。後、てゐもいっしょに来て」

「なんで?指示板に沿って行けば、着くうさよ」

「あなたにも用があるの」

「え~」

 

 強引なアリスに、てゐは露骨に嫌そうな顔。

 ただ妖怪うさぎには、この人形遣いの話とやらはだいたい想像がついていた。おそらくはハルケギニアでの聖戦絡み。てゐの仕掛けが効果を出し、アリス達もとばっちりを受けているのだろうと。もっとも、どうやって彼女の仕掛けと知ったのかは、分からないが。

 ともかく、てゐにとって今回の件は頼まれ事。他人の都合。終わった今となっては無関係。なのに巻き込まれるのは、ごめんだった。

 

 玄関先で、人形遣いと妖怪うさぎの押し問答が続く。すると診療室にも聞こえたのか、永琳がやってきた。

 

「何、騒いでるのよ」

「あ、師匠。アリスがなんか用あるって」

「用?……分かったわ。アリス、上がって。客間を用意させるわ。てゐ、支度お願い」

「なんで私が!?」

「うどんげがいないんだから、しようがないでしょ。手下の兎に、やらせなさいよ」

「う~……」

 

 てゐはトボトボと、屋敷の奥へと進んでいった。その不満そうな背中に、アリスが声をかける

 

「てゐ、さっきも言ったけど、あなたにも用があるんだからね。準備終わっても、客間にいなさいよ」

「だって、てゐ」

 

 永琳も追い打ち。それに妖怪うさぎは、肩を落としながら小さく片手を上げるだけだった。

 

 八畳間ほどの客間の中央にある座卓。そこに三つの湯飲みと、茶菓子が置かれていた。アリス、永琳、てゐのものだ。向かい合う一同。さっそくアリスが話を切り出す。

 

「単刀直入に聞くわ。てゐを使って、ハルケギニアに何を仕掛けたの?」

「…………。ハルケギニアの住人が、幻想郷に突然現れるって現象があったのは知ってるでしょ?」

「ええ。紫やあなた達が、気にしてるのもね」

「その原因を見極めたいのよ。そのために、まずハルケギニアって世界の場所を、確かめたかったの」

「場所?」

「時空的な意味でね。最終的には突然異世界人が出現なんて現象が起こらないようにする、って所かしら」

 

 淡々と答える永琳。それをアリスは、表情を変えず耳に収める。

 

「目的は分かったわ。で、具体的には何をしたの?」

「ハルケギニアへの転送陣の周りに、検知用の術式を仕掛けたのよ。それで分かったのは、どうも虚無に関わる現象がハルケギニアで起こると、反応が大きくなるという事」

「……」

 

 永琳の説明に、アリスには思い当たるものがあった。例の地震を伴う現象だ。あの現象のほとんどが、虚無に関わるものだった。

 月の英知の説明は続く。

 

「ただね。反応がまだ弱くって、ハルケギニアの場所を特定するまでは行ってないの。そこで、もっと大きな反応を起こそうって話になってね。で、目を付けたのが聖戦」

「虚無の最大イベントを起こせば、一番大きな反応が起こるって?」

「おそらくね」

 

 顔をしかめ考えにふけるアリス。確かにその可能性は高い。だが地震現象は必ずしも、虚無絡みとは限らなかった。永琳の思惑通りに進むとも限らない。

 ともかく今は、聖戦のための仕掛けを知るのが肝心だ。人形遣いは、さらに質問を続けた。

 

「聖戦って、どうやって起こすのよ」

「てゐにね、幸運効果を掛けてもらったの。聖戦をやりたがってる人物に」

「その相手って、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド?」

「あら、よく分かったわね。どうして?」

「分かったもなにも、本人が始祖ブリミルのご加護があったって、言い触らしてるそうよ」

「あらあら」

 

 予想通りとは言え、あまりに見事な策のハマり具合に永琳は苦笑い。しかしアリスにとっては、笑うような話ではない。幸運などという、対応の難しい能力をワルドが身に着けているのだから。

 アリスは嫌味混じりに言う。

 

「けど、そう思い通りに行くかしら?もしワルドが心変わりして、聖戦やめるって言い出したらどうすんの?てゐの幸運効果って、目的を限定できないでしょ?」

「そんな下手打たないわよ。彼はね、聖戦実現を最優先に考えるようになってるの」

「なんでよ?」

「薬を飲ませたのよ。特製のね」

 

 組んだ手に顎を乗せる永琳。不敵な笑みを浮かべていた。

 てゐがワルドと会ったとき、彼女がワルドに渡した自白剤。これがその薬だった。単なる自白剤ではなかった。ワルドは行動も心も、すでにこの月の英知の手のひらの上。聖戦を起こすための、自動人形と化している。

 

「そんな訳だから、聖戦を止めるなんてできないわよ」

「なんで、私が聖戦、止めたがってるなんて思うのよ」

「私の仕掛けは聖戦絡みだけだもの。ハルケギニア関連で用があるとしたら、それ以外に理由はないでしょ?」

「少し違うわ」

「違う?」

 

 身を起こし、永琳は少しばかり意外な顔をした。アリスはゆっくりと話し出す。

 

「今、ハルケギニアで妙な現象が起こってるのよ。聖戦絡みとは別にね」

「初耳ね」

「大勢の人が記憶をなくしたり、ガンダールヴと思われる力が、ルイズや天子に関わりなく発動したりね。あなた達が気にしてる転送現象も、一連の現象の一つよ。検知用の術式が反応したのも、たぶんこれね」

「……」

「私たちは、それが意図的に起こされてるって考えてるわ。特定の存在に。その存在を、とりあえず『黒子』って呼んでるのよ」

「……。それで?」

「私たちとしては、この黒子を探し出したいの。ただ、あなた達の仕掛けが現象に混ざり込むと、切り分けに手間がかかるでしょ?だから、細かな話を聞いておきたかったのよ」

「なるほどね……」

 

 小さくうなずく永琳。それからアリスは各現象について、掻い摘んで説明した。月人は、咀嚼するように聞き入る。一通りの説明が終わると、少しばかり面白そうに永琳が話し出す。

 

「黒子か……。でもそれなら、私の仕掛けも役に立つんじゃないかしら。黒子の仕出かしたものは、虚無関連がほとんどなのも確かなんだし」

「かもね。でもベストは、その仕掛けを止める事よ。そうすればこっちも、現象の判別なんてしないで済むし。だいたい戦争なんて、ハルケギニアにとって大迷惑だわ」

「やっぱり聖戦を止めたいのね。フフ……、ハルケギニアに情でも移った?」

「なんと思われても構わないわよ。それで?」

「答えはNOよ」

 

 月人は即答した。考えるまでもないという態度で。

 

「私たちの目的は言ったでしょ?原因不明の転送現象なんて厄介事を止めたいの。そのせいで、異世界に何が起ころうが知ったことじゃないわ」

「……」

「なら、あなた達のやる事は一つだけ。聖戦が起こる前に黒子を見つけ出す。現象の原因が分かれば、幸運効果を止めてあげるわ」

「勝手な言い草ね。自分達の都合が、最優先って訳?」

「幻想郷って、そういう所でしょ?」

 

 永琳は笑みを浮かべながら答えていた。一方のアリスは憮然。こういう場合、幻想郷では弾幕ごっこで決着をつけるのだが、この話に絡んでいるのは永琳だけではない。紫や幽々子、守矢神社の二柱もいる。さすがに全員に勝つのは無理だ。

 アリスは溜息を一つ漏らすと、腹を決めた。

 

「はぁ……。そうするしかないみたいね。ただ、もう一度確認させて。仕掛けは"聖戦を起こす"ってものだけ?」

「ええ。そうよ」

「そう」

 

 アリスの表情が、わずかに緩む。幸運というやっかいな能力に、少しばかり付け入る隙を見出した人形遣い。

 

 今度はてゐの方を向くアリス。呼ばれたのに、まるで話に絡まなかった彼女は退屈そうにしていた。

 

「さてと、てゐ。さっきも言ったけど、あなたにも用があるのよ」

「待ちくたびれたうさよ。で、何?」

「ハルケギニアに来たとき、私たちのアジトで何探してたの?」

「は?何の話うさ?」

 

 てゐは怪訝そうな顔で返す。それは隣に座っている永琳も同じ。しかし、アリスは強気のまま質問を続けた。

 

「とぼけないで。あなたがアジトで、何か探し回ってたのは分かってるんだから」

「何、その難癖」

「目撃者がいるのよ」

「んじゃぁ、その目撃者が嘘ついてるうさよ」

「あなたがそれ言う?」

 

 不機嫌な顔つきを返すアリス。

 てゐは趣味というレベルで、散々人を騙してきた。う詐欺と呼ばれるほどに。その彼女が他人を嘘つき呼ばわりするとは。気に障るやら、呆れるやら。

 だがそこに永琳が入って来る。不思議そうな口ぶりで。

 

「アリス。私がてゐに頼んだのは、ワルドとかいうのに策を仕掛ける事だけよ。何か持って来てなんて頼んでないわよ」

「それじゃぁ、てゐが勝手にやったのね。で、何を盗ろうとしたのかしら?」

 

 あくまで、てゐを窃盗未遂犯扱いのアリス。さすがの妖怪うさぎも、怒りが込み上げてきた。

 

「ちょっと頭に来たうさね。なら、何か無くなったうさか?」

「別に。見つけられなかったんでしょ?」

「そう来るうさか。んじゃぁ、その目撃者とやらは何人いたうさよ」

「一人よ」

「なら、その目撃者だけが、私を泥棒扱いする根拠うさね。で、その目撃者が信用できるって保証は、どこから来たうさ?」

「そりゃぁ……」

 

 突然、アリスの言葉が切れる。ふと奇妙な違和感に襲われて。

 てゐがアジトで何かを探していたと口にしたのは、デルフリンガーだけだ。だが、あのインテリジェンスソードの言い分を裏付けるものは何もない。アジトから何か無くなったり、おかしな現象が発生したなどもないのだから。さらにアジトに同じくずっといたラグドの方は、何も見ていないと言っていた。

 

 思い返せば、あの剣とは研究を通してしか会話していない。行動を共にしたこともなく、実の所、性格もよく分かってない。精々、フランクな口調というくらいだ。そもそも、ほとんど記憶を失ったと言っていたが、何故それが本当だと思ったのか。

 

 アリスはうつむいて腕を組むと、考え始めた。思考を巡らせた。蘇る数々の現象、デルフリンガーの言葉。すると何故か、引っかかるものがある。どこか不自然なものが。

 その時、不意に、一つの考えが浮かび上がった。

 

「あ」

 

 口から声が漏れ、目が大きく見開く。人形遣いは、思わず顔を上げていた。

 今、脳裏にあったのは、黒子が起こした最初の現象。天子がデルフリンガーを持った時に起こったもの。自分たちを虚無から遠ざけるため、と思われていた現象。それが今では、別の意味を持っていた。

 

 

 

 

 

 トリステイン魔法学院。新学期が始まり数日が経った。この日も午前中の授業が終わり、昼休みとなる。生徒達は思い思いの時間を過ごしていた。いつもの広場の光景。その一角に女生徒の一団がいた。新入生達だ。だがどういう訳か、女生徒達は皆不機嫌そう。

 

「全く、なんて失礼な子なのかしら」

「姫殿下に挨拶もないなんて」

 

 女生徒たちの、吐き捨てるような文句が並ぶ。そんな彼女達の輪の中心に、不満を顔に張り付けている少女がいた。背の低い、金髪ツインテールの女生徒が。

 彼女の名は、ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフ。クルデンホルフ大公家の息女。小国とは言え、独立国の王女だ。彼女こそ周りの女生徒たちが、姫殿下と呼んでいる当人。さらに裕福な家としても知られていた。おそらくティファニアがいなければ、最も注目を浴びていた新入生だったろう。

 

 広場を歩いていた彼女達。すると目の上のたんこぶを見つけた。ティファニアを。彼女は複数の男子生徒に囲まれている。ギーシュ達だ。

 ベアトリスは、肩を怒らせて早足で近づいていった。そして人垣を引き裂いて進み、ティファニアの前に立つ。威嚇するように。

 

「ごきげんよう。ミス・ウエスト……なんだったかしら……」

「あ、ウエストウッドって言うの。ティファニア・ウエストウッド」

「ティホニィ・ウエストドッド?」

「そうじゃなくって……。ティファニア・ウエストウッドよ」

「すぐ忘れちゃいそうな名前だわ。ごめんなさいね、田舎の家なんて、なかなか覚えられないのよ」

「そ、そう……なんだ。えっと……あの……。こんにちは。ベアトリスさん」

 

 ティファニアは笑みを浮かべ挨拶をした。ぎこちない笑顔を。頭の中は、少々混乱気味。露骨に向けられる嫌悪感に、困惑して。

 だが周りの少年たちは、笑みなど浮かべていない。我らがアイドルをバカにしたなと言わんばかりに。さっそくマリコルヌが、口を開く。

 

「失礼だな、君は!」

「待て!マリコルヌ!」

「なんだよ!ギーシュ!」

「あの紋章を見ろ!」

 

 そう言ってギーシュが指さした先、ベアトリスのシャツには、見せびらかすように編み込まれた紋章があった。クルデンホルフ大公家の紋章が。

 急におとなしくなる太った子。

 

「ク、ク、クルデンホルフ大公家……!」

 

 他の男子も、一気に威勢が失せていく。実は、このクルデンホルフ大公家は、財力に物を言わせ、多くの貴族に資金を貸し付けていた。つまり、家格もだが、それ以上に実利的な理由で頭の上がらない家が多かった。ここにいる少年達の家々も例外ではない。

 ベアトリスは鼻で笑うと、ギーシュの方を向く。

 

「お久しぶりですね。ギーシュ殿」

「これは……その……姫殿下……。お久しぶりです……」

 

 恐縮するギーシュ。下級生相手なのにこの口ぶり。対するベアトリスは、これが当然と言いたげな態度。そして改めて、ティファニアの方へ向き直る。

 

「ミス・ウエストウッド。あなた、挨拶の仕方もしらないのかしら?」

「え!?あ……その……」

「今、ギーシュ殿が手本を見せたのに、気づかなったのかしら。……全く、田舎者はこれだから」

「え……あの……その……。ごめんなさい……」

 

 何が悪いのか、さっぱり分からないティファニア。とにかく間違ったらしいと、頭を下げる。しかしベアトリスは憮然としたまま。むしろ不機嫌そう。

 

「それで謝ったつもり?あなた、謝罪もできないのかしら?人に謝罪する時は、礼儀ってものがあるんじゃないかしら?」

「え?」

「公国姫である私に向かって、帽子をかぶっての謝罪は無礼と言っているのよ!」

「え!?」

 

 今一つ、分かっていないティファニア。ますます混乱している。

 家格については、事前にいろいろとマチルダから教わってはいる。とは言っても、あまり時間がなかったせいで、かなり大雑把にしか覚えられなかった。分かっているのは"王家"である自分の上は、"教皇"しかいないという点。ただ、学院では"王家"ではなく、下級貴族として振る舞うという事となっている。ただ、その下級貴族とやらが、どんな立ち位置なのかよく分かっていない。この二重の立場のせいで、余計に理解が中途半端になっていた。そもそも、長らく平民暮らしをしていたおかげで、貴族という感覚自体が身についていなかった。

 

 何をすればいいか戸惑っている金髪の妖精。するとふと思い出した。ルイズ達との歓迎会を。ハーフエルフである事を、まるで気にしなかった彼女達を。懐の広さを。

 

 ティファニアは、気持ちを入れ替えるように深呼吸すると、あっさりと帽子を取った。心を開けば、相手も迎え入れてくれるだろうと。

 そんな彼女に返って来たものは……。

 

「エ、エルフ!?」

「エ、エルフだわ!」

 

 悲鳴だった。

 

「!?!?」

 

 混乱するティファニア。混乱するベアトリス。混乱するギーシュ達とその他。

 

 蜘蛛の子を散らすように、ティファニアの周りから、一斉に人が逃げ出した。無理もない。エルフと言えば、人間の10倍は強い最強の妖魔と言われている。そもそもブリミル教徒の宿敵だ。

 

「エルフだ~!」

 

 広場に響き渡る悲鳴、校舎へと逃げ惑う生徒達。

 そんな混乱の中。颯爽と現れる者たちがいた。彼らはベアトリス護衛のため、派遣されたクルデンホルフ空中装甲騎士団。ベアトリスと取り巻きの女生徒達を守るように、周りに降り立つ。隊長の声が響いた。

 

「各自!抜杖!」

 

 一斉に杖を抜く騎士団。最強の妖魔を前にして、臨戦態勢。一方、何が起こっているか理解できないティファニア。身を縮め、なんとか声を絞りだそうとする。

 

「あ、あの……」

 

 だが彼女の声など、誰も耳に入らない。ベアトリスも杖を抜き、ティファニアの方へ向ける。

 

「騎士団長!あの妖魔を討ち取りなさい!」

「ハッ!全団員!二列横……」

 

 戦闘指示を出そうとした団長。

 しかし……命令は遮られた。轟音によって。

 何かが落ちてきた。大きな塊が。ティファニアと騎士団の間に。土煙がもうもうと上がる。エルフの攻撃かと、身構える者もいる。さらに緊張感が増していく広場。

 

 やがて掻き消える土煙。その中から、一人の少女が姿を現した。巨大な岩に乗った、カラフルエプロンの少女が。天空の天人、非想非非想天の娘、比那名居天子。

 

「やっとトラブった」

 

 嬉しそうな笑みを浮かべ、そんな事をのたまっていた。

 緊張感は臨界点。突然現れた、得体のしれない少女。しかもエルフを守るように、立ちふさがっている。

 ベアトリスが叫ぶ。

 

「あ、あなた、誰よ!」

「あんた達、この子に手、出そうとしたでしょ」

「当然でしょ!エルフなのよ!」

「お。やる気十分。うんうん」

「え!?」

「んじゃぁ、あんた達の相手は、この天人様だから」

「エルフを守るって言うの!」

「エルフとかいいから、さっさと始めよ」

 

 微妙に会話がかみ合わない双方。ハッキリしているのは、どちらもやる気だという事だけ。

 

 広場の騒ぎを、ギーシュ達は遠巻きに見守っていた。全員、茫然と突っ立ったまま。マリコルヌがポツリとこぼす。

 

「まさか、金髪の妖精がエルフだったなんて……」

「けどなんで、あの岩壁暴君が、ミス・ウエストウッドを守ってんだ?」

 

 レイナールが眼鏡を直しながら言っていた。ちなみに岩壁暴君とは天子のあだ名。軍事教練でのわがままぶりや、岩を使う技、剣も通さない硬さから呼ばれた。ついでに、スタイルが絶壁という意味も含まれていたりする。

 

 ギーシュも同じ疑問を口にする。首をひねりながら。

 

「そう言えば……なんでだろ?」

「ルイズに命令されたんじゃないか?って事は、ミス・ウエストウッドはエルフじゃない?」

「え?」

「虚無の担い手が、エルフを守るハズないじゃないか」

「なるほど!」

 

 ギーシュ達はレイナールの言い分に、一斉にうなずく。

 ルイズが虚無である事は、将校達に広まっていた。もちろん口外してはならない事項だが、つい口を滑らした者もいる。それが子に伝わり、友人に伝わり、今ではそれなりの数の生徒に知られていた。

 

「よし!僕はミス・ウエストウッドを守って、彼女の英雄になる!」

 

 マリコルヌが杖を握りしめ広場へ向かおうとした。しかし、彼の手を掴む者がいる。ギーシュだ。

 

「落ち着けよ。行ってもロクな目に遭わないぞ。あの岩壁暴君がいるんだぞ」

「う……」

 

 足が止まる太った子。

 天子の強さは、全ての在校生に刻まれていた。並のスクウェアクラスでは、歯が立たないと思わせるほどに。

 

 広場の中央では、二つの力が対峙していた。一方は、ベアトリス率いるクルデンホルフ空中装甲騎士団。もう一方は、カラフルエプロンに大きな帽子を被った、たった一人の少女。しかし威圧していたのは少女の方。

 

「んで、決闘スタイルで行く?それとも模擬戦スタイル?」

「は!?あ、あなた……、一体、何を言ってんの!」

「だから、ルール決めないと始められないでしょ」

「な……!遊びのつもり!?」

「遊びでしょ」

「クルデンホルフの騎士団を、ここまで愚弄するなんて!ただじゃ、済みませんわよ!」

「騎士団か……。って事は、みんなまとめて来るって訳ね。うん、じゃあ模擬戦スタイルで」

 

 天子が大きくうなずくと同時に、乗っている3メイル程の岩が宙に浮き、周囲には湧くように6個程に岩が現れ回り出す。さらに無数の光点が浮き上がった。詠唱もなく、杖もなく全てが発生していた。

 

「な、な、なんなの!?あ、あれは……!?」

 

 ベアトリス、目が点。それは、取り巻きの少女達も、騎士団も同じ。目の前に広がる光景が、なんなのか理解している者はここにはいなかった。メイジはもちろん、吸血鬼などの妖魔を相手にした事のある騎士団すら、言葉が出ない。

 誰もが未知の存在を相手に、思考を停止させていた。身動きできずにいた。

 

 対する天子は、これから始まる闘争に、少しばかりテンションが高い。春休みにカリーヌとやり合った時の高揚感が、まだ残っていたのかもしれない。口端を釣り上げた天人は、どちらかというと魔王の様。というかラスボス。

 

「ほらほら。そっちもさっさと構える。モタモタしてると、こっちから行っちゃうぞー」

 

 無数の弾幕と、大小の要石を浮かせ、すぐさま襲い掛かろうかという天人。

 だが……。

 双方の真上に爆音が響き渡った。鼓膜を引き裂くほどの。

 

「な、何なのだ!?」

「団長!なんとかして!」

「きゃぁぁ!」

 

 続けざまに起こる理解不能の現象に、パニックに陥るベアトリスと騎士団。取り巻き少女達などは、とっとと逃げ出していた。

 

 だが天子の方は、何が起こったかすぐに理解。急にやる気が削げ、下りてくる。弾幕も要石も消えていった。

 

 すると、この集団に近づいてくる少女が一人。ルイズだ。眉間に皺を寄せ、大股で歩いて来る。

 

「天子!大騒ぎにするなって言ったでしょ!」

「騒ぎにしたのは、連中の方なんだけど」

「一体、何が、どうなってんのよ!」

「なんかねー、あのツインテールの子と取り巻きが、ティファニアに因縁付けてたの。それからいろいろあって、ティファニアやっつけろーってなってね。で、この騒ぎって訳」

「……」

 

 ルイズは、混乱したままのベアトリス達に、厳しい目を向ける。しかし、すぐに顔を戻した。

 

「けど、そこまで知ってたって事は、様子は見てたけど、こうなるまで放っといたんでしょ」

「まあねー」

「あんたってヤツは……!」

 

 つまり天子は、騒ぎが大きくなる前に収められた訳だ。だがその場合、戦うような状況にはならなかったろう。それではつまらないので、傍観していたのだった。自分を中心に置く、相変わらずの使い魔。

 ひとこと言っておかねばと、ルイズは天子を睨みつける。だが、背後から声が届いた。

 

「あ、あ、あなた達……、エルフの仲間!?」

「エルフ?」

 

 ルイズが振り向くと、ちびっこ金髪ツインテールがティファニアを指さしていた。一瞬、何を言っているのかと思ったが、すぐに気付く。ティファニアは帽子を取っていたのだ。長い耳が露わになっていた。マズイというという具合に頭を抱える。まずはこっちの方を、なんとかしないといけない。ルイズは一呼吸すると、ベアトリス達の方へ向き直った。

 

「えっと~……。彼女の耳は、病気なのよ」

「え!?」

「長耳病っていう、アルビオンの一部でしか見ない風土病なの。だからティファニアは、エルフじゃないわ。普通の人間よ」

「な、長耳病!?そんな病気聞いた事、ありませんわ!」

「だって、田舎の病気だもん。アルビオンでだって、ほとんど知られてないわ」

「…………」

 

 納得いかないベアトリス。どう聞いても、デタラメとしか思えない。

 

「それで、ごまかしたつもり!?」

「証明できるわよ」

「…………。診断書でも持ってくるって言うの?」

 

 突拍子もない話を聞いたせいか、さっきまでパニックはどこへやら。ベアトリスは、もうすっかり元のクルデンホルフ公国姫の態度に戻っている。しかしルイズの方も、平然としたもの。実は、いつかこうなるとは想定していた。彼女なりに対策を練っていた。

 ルイズは胸を張って言う。

 

「違うわ。魔法を使えばいいのよ」

「魔法を使う?」

「そうよ。妖魔は系統魔法、使えないでしょ?もしティファニアが系統魔法を使えれば、人間って話になるわ」

「え……?」

「そうじゃない?」

「え……まあ……それは……そうなりますわね」

「その時は、詫び入れてもらうわよ。いいわね」

「う……」

 

 ベアトリス、口ごもる。急に立場逆転の状態に陥って。だが反論のしようがない。

 ルイズはティファニアの方を向くと、合図を送るかのように声をかける。

 

「んじゃぁ、ティファニア。あれ、やってみて」

「え?う、うん!」

 

 ティファニアは、緊張した面持ちで杖を取り出した。やや太めで長めの杖。魔理沙が作った、ティファニア用のリリカルステッキだ。使い方の初歩はもう教えてある。

 彼女は杖を両手で握りしめると、なにやらブツブツと小声で言う。すると……ポンという具合に、ホタルの光のような弱々しく小さな光の玉が現れた。光はふらふらと飛ぶと、わずかな時間で消えてしまった。

 これがルイズの考えた、ハーフエルフトラブル対策。ルイズ自身、弾幕を使って火系統のメイジと称し、虚無である事実を隠している。ティファニアにも、同じ事をさせようとした訳だ。

 

「今のは、火の系統魔法"ファイアー・ボール"よ」

 

 ルイズに満足げな笑みが浮かんでいた。自分の策が上手くいった、どんなもんだと言わんばかりに。しかし、ベアトリスは唖然。あれは何だったのかという顔つき。

 

「今のが!?あんなものが、"ファイアー・ボール"の訳ありませんわ!いえ!魔法と呼ぶのも、おこがましい。手本を見せてあげますわ!」

 

 ツインテールの姫殿下は、騎士団員の一人に命じた。彼は見事な火球を発生させる。自慢げなベアトリス。しかしルイズは引き下がらない。

 

「ショボくても魔法は魔法よ!」

「いえ、あれは魔法とは言えません!」

 

 意地をぶつけ合う、ピンクブロンドと金髪のちびっ子。どちらも引き下がる様子はない。すると脇から、声が挟まれた。艶っぽい声が。

 

「だったら、第三者に判定してもらうのはどうかしら?」

「「ん?」」

 

 二人のちびっ子は釣られるように、声の方へ顔を向ける。見えたのは赤毛の褐色美少女、キュルケだった。ルイズは怪訝そうに尋ねた。

 

「どういう意味よ?」

「全校生徒に判定してもらうのよ。ティファニアの今の術が、魔法かどうかをね」

「全校生徒?だいたいどうやって、生徒全員集めるのよ?」

「丁度いいイベントがあるじゃないの」

「?」

「『フリッグの舞踏会』よ。あの場で、判定してもらうの。そうね……支持する方のダンスの相手になる、ってのはどう?」

「はぁ?」

 

 ここで何故ダンスが出てくるのか、今一つ繋がらない。ルイズは眉をひそめるだけ。しかし、すぐにこの考えに脊髄反射した者たちが現れた。駆け寄って来た。ギーシュ達だ。

 

「すばらしいよ!キュルケ!その考えに大賛成だよ!」

「うん!それなら公平に、判定できる!さすがはキュルケだ!」

 

 マリコルヌも続く。他の男連中も。やけに興奮している彼らの勢いに乗り、キュルケは悠然とうなずいた。

 

「それじゃぁ、決まりね」

 

 勝利の笑みを浮かべる微熱。しかし、全く逆、憤怒の少女がいた。もちろんベアトリス。

 

「お待ちなさい!何、勝手に決めてるの!」

「お互い引き下がらないんだから、第三者に決めてもらうのよ。真っ当な話でしょ?」

 

 キュルケは余裕を持って答える。

 だが、収まらないちびっこ金髪ツインテール。クルデンホルフ公国姫である自分を無視して、話が進んでいるのが気に食わない。何よりも、突然割り込んできた二人に、言いくるめられたようで我慢ならない。

 彼女は、紋章を見せびらかすように胸を張ると、高らかに宣言。聞いて驚けと言わんばかりに。

 

「あなた達は、誰に向かってものを言ってるか分かっていないのかしら。私はクルデンホルフ公国姫、ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフですわ」

「あら、そう」

「え?そうって……」

 

 想定外のキュルケの淡泊なリアクションに、ベアトリス、停止。こんなハズではないと。名前を聞いて、手のひら返す姿が拝めると思っていたのだが。何故か無反応。しかしお姫様、もはや意地を貫き通すしかない。

 

「そ、そう言えば、まだ聞いていませんでしたわね。あなた達は、一体どこの誰なのかしら?」

「ん?あたし?あたしはキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ」

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」

 

 キュルケとルイズが、聞かれるまま簡単に自己紹介をした。今日の日付を聞かれるように淡泊に。だがベアトリスは一変。凍りつく表情。

 

「ヴァ、ヴァリエール家とツェルプストー家って……。まさか……トリステインとゲルマニアの……」

「それ以外に、何があるって言うのよ」

「……!」

 

 言葉のないお姫様。

 ゲルマニアの有力貴族のツェルプストー家、そしてトリステイン王家に連なり、場合によっては王位継承権も発生するヴァリエール家。喧嘩を売る相手を間違えた。というか何故、こんな大貴族が、アルビオンの田舎貴族の娘に肩入れするのか。

 またもパニック気味の、金髪ツインテール。理解不能という言葉が、頭をぐるぐる回りだす。冷や汗が背中に流れ出す。頬が強張り、体中が固まって動かない。

 対するキュルケは、さらなる追撃。

 

「それじゃぁ、今度の『フリッグの舞踏会』で、ケリをつけましょ。決まりね」

「え、ええ……」

 

 訳も分からないまま、うなずいてしまうベアトリス。この返事に後悔するのは、四半時ほど後の事だったという。

 

 ルイズとキュルケ、ティファニア、天子は並んで校舎へ向かう。ルイズがキュルケに聞いてきた。

 

「なんでダンスなのよ。っていうか女生徒はどうすんの。女相手じゃ、ダンスなんてできないわ」

「なら女生徒は、参加しない決まりにしましょ」

「何よそれ」

「でも、そうすれば、ティファニアの勝ちは決まったようなもんでしょ?」

 

 キュルケの勝利宣言。それにルイズは渋い顔。

 確かに彼女の言う通りだが、それは別にティファニアの術が魔法かどうかではなく、単に彼女のわがままボディに引き寄せられているだけ。もっともそれを狙っての、ダンスなのだろうが。ただルイズには、気に食わない。特に身体的特徴を、武器にしている所とか。自分には不可能な手というのが。

 だいたいこの所、キュルケがやけにティファニアに男をくっ付けたがっているのも気になる。

 

 不満げなルイズに、キュルケの落ち着いた声が届く。

 

「もうティファニアの件は、終わったようなもんなんだから、あなたはもう少し自分の事考えなさいよ」

「何よ、私の事って?」

「『フリッグの舞踏会』よ」

「?」

「今まで、あなた恋人いなかったでしょ?」

「そ、それがどうしたって言うのよ!」

「もう私たち、三年生なのよ。最後の学年なの。このままじゃぁ、恋しないで卒業しちゃうわ。そんな学生生活なんて悲しすぎじゃないの。チャンスは生かせって言ってんの」

「う……」

 

 反論できないルイズ。だが確かに言われる通り。このままでは、色気のまるでない学生生活となってしまう。とは言うものの、今、好きな男性がいる訳でもない。またキュルケがやってきた、つまみ食いのような恋をする気もない。ともかく、あまり意識をしていなかった気持ちが、急に膨れ上がっているルイズだった。

 

 

 

 

 

 学院長室では、二人の教師が胸をなでおろしていた。オールド・オスマンとコルベールだ。二人の前には『遠見の鏡』があった。この鏡には、ついさっきまでの出来事が映っていた。広場での騒ぎが。

 コルベールが疲れたように零す。

 

「なんとか大事にならず、済みましたね」

「じゃな。少々、肝が冷えたわい」

 

 同じくオスマンの言葉も、緊張をようやく解いたかのよう。何と言ってもアルビオン女王、ティファニアが騒ぎの中心だったのだから。下手をすれば、外交問題になりかねない代物。しかし一方で、ティファニアを一般学生として扱って欲しいとの要望もある。どの程度で手を出していいものか、さじ加減が難しい。

 

「しかし親衛隊も、よく我慢したものじゃ」

「そうですね。騎士団まで出てきたというのに」

 

 学院長と教師は、しみじみとうなずいた。実は学院の衛兵の中に、アルビオンの親衛隊が紛れ込んでいる。もちろん、ティファニアを守るために。一般生徒のように扱われるとは言っても、彼女は女王なのだから。アルビオンが目を離す訳がない。ただマチルダからは、可能な限り、動かないようにと命令されてもいたが。

 

 ともかく、トラブルは無事に終わった訳だ。そしてルイズが、しっかりとティファニアを守った様子も確認できた。コルベールは話題を変える。

 

「これで『フリッグの舞踏会』の準備に、集中できますな」

「じゃが、そっちも厄介じゃのう」

「確かに言われる通りですが、王宮からの通達では仕方ありません」

「分かっておるわ」

 

 ぼやくオスマン。

 王宮からの通達とは、舞踏会のその日、同時に戦勝祝いをしろというもの。神聖アルビオン帝国との戦争は、建前上では勝利という形で終結した。国家の勝利を知らしめるため、トリステイン全土で戦勝祝いが行われる事となっている。トリスタニアでは、戦勝パレードもあるそうだ。

 

 しかし学院にとっては、これが面倒な話になっていた。大きな行事である『フリッグの舞踏会』の日に戦勝祝いが重なっては、準備が大ごとになるのは明らか。すでにマルトー辺りからは、文句というか要望が出ている。人手が足りないので、何とかして欲しいと。

 だがこれも、ティファニアの件に比べれば些細な問題。所詮は祭だ。トラブルが起きても想定内だろう。二人は、心配そうな口ぶりの割には、明るい表情だった。

 もっとも、トラブルとは想定外の出来事だから、トラブルと言のだが。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。