ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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二度目の契約

 

 

 

 

 

 ルイズは文と鈴仙を見送ると、一旦部屋に戻りすぐに風呂に入った。疲れを癒した彼女は、今、ベッドの上。もう日は落ちているが、就寝時間には少し早い。しかし、眠気が彼女を包み始めていた。無理もない。今日は何かと騒がしかったのだから。

 二人の妖怪のハルケギニア最後の日だったので、放課後から送別会として、いっしょに騒いでいたのだ。その疲れが、一気にでてきていた。

 

 ルイズは布団に潜り込む。すぐにまどろみが訪れた。しかし……。

 揺れた。ベッドが、棚が、床が、大地が。

 地震だ。

 

「地震!?」

 

 飛び起きるルイズ。ベッドの端を掴み、揺れに耐える。しかし、彼女が心配するほど揺れは大きくなく、すぐに収まった。

 

「びっくりした……」

 

 ルイズは辺りを見回す。物が落ちたりと言った様子もない。被害はないようだ。安堵の溜息を漏らす。そして寝直そうと、再び横になった。だが……。

 

「よぉ、娘っ子」

 

 声がした。

 またも飛び起きるルイズ。

 

「誰!?」

「俺だよ」

「俺って誰よ!?」

 

 どことなく聞き覚えのある声なのだが、名前が出てこない。だいたいさっき部屋を見回した時には、誰もいなかった。一体どういう事なのか。

 ルイズは灯りを付けると、杖を手に慎重にベッドから下りる。そして警戒しつつ、もう一度部屋中に目を凝らす。失くしものを探すように。やはり誰もいない。

 

「気のせい……」

「どこ見てんだよ。こっちだって」

「え!?ど、どこよ!」

 

 声はするのだが姿が見えない。以前に、魔理沙が言っていた熱光学迷彩とかいう物なのか、あるいは鈴仙の幻術のようなものか、タバサに聞いた不可視のマントとかいうマジックアイテムか。確かなのは、この部屋に何者かがいるという事だけ。

 

「卑怯よ!姿、見せなさいよ!」

「姿なら最初から見せてるぜ」

「見えないじゃないの!」

「全く……。右見ろ、窓の方だ。そのすぐ隣の壁、下の方」

「え?」

 

 ルイズは言われたまま、顔を向けた。すると見慣れないものが目に入った。やけに大振りな一振りの剣が。サビついてボロボロの。

 

「やっと見つけたな」

「え!?え~!剣がしゃべってる!」

「インテリジェンスソードってのだよ」

「あ、あぁ……。へー。初めて見た。本当にあったのね」

 

 感心するように、まじまじと剣に見入るルイズ。インテリジェンスソード。知性を持ったマジックアイテムが存在するのは知っていたが、見た事がなかった。だが考えるべきはそこではない。ルイズはすぐに気持ちを引き締める。

 

「で、誰がいつ、何のために、ここに置いたの?」

「俺の話、魔理沙とか、アリスとかから聞いてないか?デルフリンガーってんだが」

「デルフリンガー……」

 

 聞き覚えがあるような、ないような。ルイズは記憶の奥を探るが、霧に包まれたように今一つ思い出せない。もっとも、魔理沙達が研究内容をたまに話すが、専門用語もお構いなしに混ぜてくるため覚えてないものも多いのだが。

 ともかく、この剣が彼女達の名を出したのだから、連中関連の品で間違いないだろう。すると安堵したのか、肩から力を抜くルイズ。

 

「魔理沙が何かしようとして置き忘れた……、いえ、天子のヤツがいたずら半分で置いたとか……。とにかく、魔理沙達に知らせればいいのね」

「その前に、ちょっと話しねぇか?」

「何よ」

「『ガンダールヴ』についてさ」

 

 デルフリンガーの言葉を、奇妙に思うルイズ。何故ここで急に、ガンダールヴの話が出てくるのか。訝しげに、デルフリンガーを見る。サビた大剣は、話を始めた。

 

「娘っ子の使い魔、比那名居天子だけどな、もう、使い魔じゃないぜ」

「どういう意味よ」

「契約が切れたって話だよ」

「え!?まさか……死……」

 

 顔を青くし、最悪を脳裏に浮かべるルイズ。使い魔の契約は、主あるいは使い魔のどちらかが死亡しない限り、存在し続ける。だがルイズは生きている。となると相手、天子が死んでしまったと考えるしかない。迷惑極まりない使い魔だったが、それでもこんな別れ方はしたくなかった。

 だが彼女の不安は、あっさりと杞憂に終わる。サビ剣の答えによって。

 

「あいつが、そう簡単に死ぬか?」

「そ、そうよね。ん?じゃあ、契約が切れたってどういう事?」

「パチュリーから聞いてないのか?もうずいぶん前から、契約がだんだん解除されてたんだぜ。コルベールってヤツも知ってるはずだ」

「えっ!?ミスタ・コルベールも?」

「何にしても、『コントラクト・サーヴァント』の効果は、天人相手じゃ限界があったって訳だな」

 

 ルイズ、腕を組んで難しい顔。確かに、心当たりがなくもない。幻想郷で天子と契約する時、普通とは違い、何度もするハメになったのだから。パチュリーも言っていた。コントラクト・サーヴァントが、天人にどこまで効果があるか興味があると。そして結果が出たという訳だ。1年と持たないと。

 だが彼女は知らない。黒子の仕掛けたと思われる最初の現象が、契約解除の切っ掛けなどと。そもそもパチュリー達は、契約が解除されつつある事自体をルイズに教えていなかった。ルイズを無事、卒業させるために。

 

 考え込んでいるルイズに、デルフリンガーは声をかける。

 

「でだ、もう一度、使い魔を召喚したらどうだ?」

「え?」

「じゃないと、娘っ子、落第しちまうぜ。使い魔いないんだからな」

「!」

 

 使い魔を持つのは進級の条件だ。それがいないとなると、確かに落第しかねない。しかも三年生になったばかりというのに、一年生に戻るなど冗談ではない。

 さらにデルフリンガーは煽る。

 

「今なら、使い魔いなくなったってバレねぇぜ。どうせ、またあの天人が召喚されるんだろうしな。契約は、一年は持つんだ。卒業までは大丈夫さ」

「うん。そうね。確かにそうだわ」

 

 使い魔は、主に相応しい者が召喚されるという。ルイズは天子を召喚した。彼女にとっては不本意だが、あのわがまま天人が相応しいのだろう。しかも天子が生きている以上、また召喚しても出てくるのは彼女だ。契約にまた手間がかかるだろうが、そんなもの落第に比べれば些細なもの。

 ルイズはすぐさま杖を構えた。そして詠唱を開始する。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし、使い魔を召還せよ!」

 

 杖を振るった。だが一瞬、不安がよぎる。彼女の『サモン・サーヴァント』は、いつも爆発を起こしていた。部屋の中で爆発しては、いろいろとマズイ。しかしルイズの不安を他所に、爆発は起こらなかった。それどころか当然のように、鏡のような召喚ゲートが現れていた。

 

「あれ?成功した……」

 

 思わず顔を綻ばせるルイズ。あれほど召喚に苦労したのが、嘘のようだ。そして現れるハズの、天子を待つ。やがてゲートの中から一つの影が現れた。だがそれは天子ではなかった。

 

 いびつな人魚、あるいは半魚人とも言える何かがいた。

 

 形容しがたい姿。少なくともルイズは、おぞましいという感覚を持つのを押さえられない。この半魚人。妖魔に分類されて当然な見た目をしていた。だが、こんな妖魔は見た事はもちろん、聞いた事も、本で読んだ記憶すらない。さらに幻想郷の妖怪というには、何かが違う。あえて言うなら、聖典に載っている悪魔のよう。

 

 ルイズは引き気味につぶやいた。

 

「何よ……これ?」

「契約したらどうだ?」

 

 デルフリンガーの提案が耳に届く。すぐさま顔をしかめるルイズ。不気味な半魚人を指さして。

 

「これと!?」

「見かけは悪いが、仕様がねぇだろ。今、使い魔いねぇんだから。このままじゃ、落第しちまう」

「う……」

 

 確かに、サビ剣のいう通り。最優先事項は落第しない事だ。ルイズは諦めて覚悟を決める。再び杖を構えた。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。……」

 

 そして契約を行った。この禍々しい存在とのキスを。

 ほんの触れただけで、瞬時に離れるルイズ。すると、不気味な半魚人の左手にルーンが浮き上がる。『ガンダールヴ』のルーンが。

 

「上手くいった?」

「みたいだな」

「一回で、できちゃった……。天子の時は何回もかかったのに」

 

 なんとも複雑な気分だ。上手くいったのは嬉しいが、こんな気持ちの悪いものが使い魔だとは。それにしても、頭の痛い問題の発生だ。この使い魔について、明日、説明しないといけない。いきなり使い魔が変わった事情などを。

 ルイズがいろいろと頭を悩ましていると、このいびつな半魚人は勝手に動き出していた。ルイズは声をかける。

 

「ん?あ、そう言えば、名前聞いてなかったわね。あんた、名前なんていうの?」

「……」

 

 半魚人は答えない。ルイズを無視して、壁へと近づいていく。そして立てかけてあったデルフリンガーを掴んだ。次に側の窓を開ける。ルイズはその様子を、眺めるだけ。妙だと思いつつ。

 

「ちょっと、あんた。何してんのよ」

「…………」

 

 やはり答えない異形の存在。ルイズを無視したままこの化物は、開いた窓を潜り外へと出る。するとふわっと宙に浮いた。異形は空へと舞う。デルフリンガーを掴んだまま。

 呆気に取られるルイズ。だが、我に返ると、慌てて窓へ駆け寄る。

 

「あんた!待ちなさいよ!どこ行くのよ!」

「んじゃぁな、娘っ子。またな」

 

 デルフリンガーの声が届いた。別れの挨拶が。そのままインテリジェンスソードと半魚人は、夜の空へと飛んでいく。二つの存在は、闇の中へと姿を消した。

 

「え?ええ!?えええ~っ!!」

 

 双月が照らす校舎。その一角から、ルイズの叫びが響いていた。

 

 

 

 

 

 幻想郷組のアジトの廊下。そこにドアを激しく叩く音が響く。同時に大きな呼び声も。

 

「ちょっと!パチュリー!いる?」

 

 するとパチュリーが顔を出した。ただし部屋からではなく、リビングからだが。

 

「あら、ルイズ。どうしたのよ」

「良かった、起きてた」

「私は基本的に寝ないわよ」

「そうなの?いえ、いえ、いえ、それより、ちょっと聞いてよ!」

「……?」

 

 ルイズの興奮ぶりに、少しばかり驚いている紫魔女。すると魔理沙やアリスも顔を出す。

 

「何騒いでんだよ」

「ルイズ、悪いんだけど、ちょっと私達も立て込んでるのよ。明日じゃダメ?」

 

 アリスの言っている事は、当然、デルフリンガーについて。おそらくは黒子の関係者と思われる彼が、一体ここで何をしていたのか。そしてこれからどう対応するか。それを話し合っていたのだった。

 しかし、ルイズは止まらない。

 

「えっ?明日!?今じゃダメ!?お願い!」

「……分かったわ。入って」

 

 パチュリーは、あまりのルイズの混乱ぶりに、普通ではないものを感じた。彼女をリビングに迎え入れる。

 

 席に座る一同、落ち着かせるためか、こあがハーブティーを配った。一気にルイズは飲み干すと、ぶちまけるように口を開く。

 

「天子との契約が切れたって言われて、使い魔を召喚しちゃったのよ!そうしたら魚の化物で、勝手にどっか行っちゃったの!」

「「「は?」」」

 

 三魔女、停止。同じ顔をして。意味が分からないという具合の。それからルイズの頭を冷やすための、小芝居が始まる。しばらくして落ち着きを取り戻すちびっこピンクブロンド。そして、ついさっき起こった出来事を話し出した。デルフリンガーの件を。魔理沙達は、表情を曇らせる。

 

「クソッ!デルフリンガーのヤツ、ただじゃ逃げねぇってか。余計なマネしやがって」

「だいたい何なのよ?あのデルフリンガーって」

「インテリジェンスソードだぜ。後、虚無に関係してる。けどな、それ以上が分からねぇ。どうも、嘘ばっかついてたみたいでな」

「…………」

 

 ルイズは厄介そうな顔つき。この三魔女ですら手こずる相手らしい。そんな相手に、何かを仕掛けられた訳だ。頭をかかえる虚無の担い手。やがて気を取り直すと、もう一つの疑問を口にした。

 

「後、天子の契約が切れたって言われたんだけど。実際、召喚できたし」

「…………」

 

 黙り込む魔女達。やがてパチュリーが立ち上がる。

 

「なら自分で確かめたら?」

「え?」

 

 キョトンとしているルイズを置いて、パチュリーはリビングを出て行った。しばらくして、天子を連れてくる。天人は面倒くさそうにしていた。

 

「ルイズ。なんか用?」

「う、うん。天子。ちょっと左手見せて。手の甲」

「ん?ほら」

 

 天子は言われた通り、手を差し出した。ルイズは彼女の手を掴む。そこには確かにあった。しっかりと。ガンダールヴのルーンが。契約は切れていなかった。歯ぎしりするルイズ。

 

「ぐぐぐ……!あのサビ剣に、騙されたぁ!」

 

 床を踏みしだいて、苛立ちを紛らわそうとする。しかし、ふと我に返った。

 

「あれ?だったら、なんで召喚できたのかしら?」

「さあね。虚無の担い手は、普通のメイジと違うから何かあるのかもね」

 

 席に戻ったパチュリーからは、淡々とした答。大した話ではないかのように。

 

「ま、今すぐ、何かが分かる訳でもないし。今日はもう遅いから、あなたは寝なさい。続きは明日にしましょ」

「うん……。分かった」

 

 今日はいろんな事がありすぎて、さすがに疲れているルイズ。七曜の魔女の言葉にうなずくと、寮へと戻っていった。

 

 残った面々。パチュリーに、魔理沙、アリス、こあ、そして天子。まずパチュリーが天子に声をかける。

 

「天子。偽装解いてみて」

「ん」

 

 紫魔女の意図は分かっているとばかりに、天人は腰に手を当てた。するとガンダールヴのルーンが消えていく。このルーン。実はマジックアイテムによって、投影されたもの。実態ではない。現れた実際の天子を左手に見入る一同。アリスが代表するように言う。

 

「ないわね。ほんのちょっとも」

「そうね」

 

 パチュリーもうなずく。天子の左手の甲には、全く何もない。以前は、ルーンがほんのわずか、破片のように残っていたのだが、今はそれすらなかった。つまり、完全に契約は解除されてしまった訳だ。

 全員は席に戻り、考え込む。この意味を。まずは魔理沙が口を開いた。

 

「これでデルフリンガーが黒子の関係者、ってのは確定だな」

「そうね。でないと契約が切れたのが分かる訳がないわ」

 

 アリスは賛同の言葉と共に、残った紅茶を飲み干す。

 デルフリンガーは実際の天子の手を見ないで、契約が切れたとルイズに言ったのだ。黒子の関係者でない限り無理だ。彼女の契約が解除され始めたのは、黒子の仕掛けのせいなのだから。

 こあにアリスはお代わりを要求。待っている間にポツリと一言。

 

「あの子、黒子のスパイだったかもしれないわね。黒子は私たちに出す手が、限られるようだし」

「だろうな……。あ!」

「何よ」

「ゼロ戦も、デルフリンガーの仕業だぜ。たぶん」

「ゼロ戦?」

 

 魔理沙は話を始めた。

 ダルブ村で見つかったゼロ戦は、コルベールに預けられていた。しかしそれは無人のまま飛んでいき、行方不明となっている。問題なのはそのタイミング。魔理沙達が黒子調査のため、ゼロ戦に魔法陣を張ろうと言い出した、正にその直後だったのだから。だが、デルフリンガーが黒子と繋がっており、彼が聞き耳立てていたのなら、全ては説明がつく。さらにそれは、ここで話した全てが、黒子に知られている事も意味する。

 

 魔理沙の説明にうなずくアリス。すると彼女も思い出したように、話しだした。

 

「そうだ。忘れてたわ」

「何だよ」

「ゼロ戦の話。にとりにいろいろ教えてもらったわよ。一応、資料貰ったけど、私にはチンプンカンプン。魔理沙。あなたの方が、機械は慣れてるでしょ?後で資料渡すわ。明日でもいいから説明して」

「ああ、分かったぜ」

 

 一通りの話が終わり、言葉少なめになる彼女達。魔理沙は椅子にもたれかかると、宙を仰いだ。

 

「それにしても、やっぱイマイチ黒子が何考えてんのか分かんねぇぜ」

「ええ。それと、デルフリンガーがその話をしなかったのもね。彼はここに結構長くいたから、私たちがどんな連中かは、十分わかってるでしょうし。目的さえ合えば、エルフとだって手を組むってくらいは」

「って事は、黒子と私らの目的がぶつかるってのか?」

 

 今、幻想郷組はビダーシャルと対聖戦で密約を結んでいる。戦争は迷惑という共通した目的のため。ハルケギニア人の最大の敵でさえ、彼女達はパートナーにしてしまう。にもかかわらず、デルフリンガーは素性を明かさなかった。

 黙っていたパチュリーが、話し始めた。

 

「私たちの目的と言えば、せいぜいこの世界を研究する事くらい。世界をどうこうしようなんて、考えてないわ。対立する点があるとしたら、一つは戦争のようなトラブルは迷惑って所かしら」

「確かに黒子は、虚無集めてるように見えるな。聖戦したがってるのかもしれないぜ。けど、だったら何もしなけりゃいい。ワルドに永琳とてゐが仕掛けたの、デルフリンガーは知ってんだから」

 

 パチュリーは淡々と返す。

 

「ワルドが望む形とは、違う聖戦かしら?」

「だったら、記憶操作でもして黒子の考える状況を作ればいいだけだぜ。ワルドは聖戦が起これば構わねぇし。形はどうでもいいだろ」

「たぶん、ワルドの幸運効果の方が強いのよ。彼の意思を妨害するのは、無理なんでしょうね。もしかしたら黒子は、思ったほど強くはないかもしれないわ。少なくとも、永琳やてゐほどにはね。だからこそデルフリンガーは、てゐの話なんかしちゃったんだろうし」

 

 紫魔女の言い分に、不思議そうな顔をする人形遣い。

 

「どういう意味?」

「バレたのって、てゐの話が切っ掛けよ。あんな話、しなければ、デルフリンガーはずっと正体を隠したままでいられたのよ。にもかかわらず話をした。つまり永琳とてゐの仕掛けが、黒子達にとってかなり邪魔って事。だけど、手に負えない」

「なるほどね。だからこそ、同郷の私たちになんとかしてもらおうとした訳か」

 

 アリスと魔理沙は納得顔。さらにパチュリーは続けた。

 

「もう一つ利害がぶつかる可能性があるとしたら、私たちがやってるそのものかも」

「そのもの?」

 

 魔理沙は一瞬、意味が分からなかった。その答えはすぐ出てくる。

 

「この世界の探求よ。虚無を含めてね」

「それがどうかしたか?」

「世界の在り様について、知られちゃ困るんじゃないかしら。異世界人の私たちに」

「知られるだけで困る?何だよそれ?」

 

 白黒の疑問で一杯の視線が、紫魔女に向く。しかし彼女は、黙って肩をすくめるだけ。さすがに大図書館の主も、その意味する所までは分からないようだ。だが一言だけ付け加えた。

 

「何にしてもデルフリンガーについては、悪い話でもないわ」

 

 意外な言い分に、アリスが疑問を口にする。

 

「黒子のスパイを追い出したから?」

「それもあるけど、もっと根本的な意味で。だいたい黒子については、雲を掴むような話だったのよ?それが、あのサビ剣が手がかりって分かったんだもの。今までからすれば、ずっとマシ。あの剣、捕まえてみれば、いろいろと分かるわ」

「捕まえるとか簡単に言うけど、どうするのよ。妙なもの召喚して、どこかに逃げちゃったのに」

 

 アリスの疑問に、パチュリーはわずかに口元を緩めていた。

 

「ワルドよ」

「ワルド?」

「彼を餌にするの」

「「?」」

 

 アリスも魔理沙も、首をかしげるだけ。すると七曜の魔女は話し出した。

 

「さっきも言ったけど、ワルドは黒子達の邪魔には違いないわ。だから彼に、必ず何かしてくる。そこを捕まえるの」

「おいおい、ワルドが手に負えないから、私らにてゐの話したんだろうが。話が矛盾してるぜ」

「手が出せるようにするのよ」

「どうやって?」

 

 魔理沙の疑問に、アリスもうなずく。しかし、パチュリーの態度は変わらない。

 

「アリスが言ってたじゃないの。ワルドの幸運には打つ手があるって」

「私が?」

「ワルド自身が、聖戦が起こると思えばいいって」

「ああ、言ったわね」

「あの話。デルフリンガーも聞いてるわ。だから一時的にでも、聖戦が事実上成立したと、ワルドに思い込ませればいいのよ」

「なるほどね。で?具体的には」

 

 アリスの問に、パチュリーは紅茶を一口飲んだ後答える。

 

「さすがに即興で、出るもんじゃないわよ。どっちにしても、聖戦実現が近づくのは避けられないんだし。何か手を打たないといけないのは、確かだわ。それが私たちにとって迷惑なのもね」

「まあ……そりゃそうだが。となると、ワルドにペテン仕込む訳なんだが……。幸運持ち相手にどうやるんだ?」

 

 魔理沙は難しい顔で、独り言のようにいう。他の二人も、今は答えられなかった。だが三人は気を取り直す。少なくとも暗中模索ではないのだから。

 それから話が終わり、お開きとなる。それから魔女達は、各々の部屋へと戻っていく。ちなみに天子だが、興味がないのか途中で抜け出していた。誰も気に留めなかったが。

 

 

 

 

 

 翌日の教室、ルイズがいろいろと頭を悩ましていた。授業の内容ではない。デルフリンガーのせいで、気持ちの悪い半魚人を召喚してしまい、しかもそれを奪われた事だ。どう考えても悪い予感しかしない。パチュリー達も何やらいろいろと問題を抱えているようで、あまり相談に乗ってもらえなかったのも気掛かりだ。

 

 そうやって考えていると、隣からブツブツとした声が耳に入る。キュルケだった。鷹揚な彼女らしくなく、文句ありげに何かをつぶやいている。ルイズは珍しいものを見たと、少しばかり驚いていた。

 

「どうしたのよ?」

「え?……ジャンの事よ」

「ミスタ・コルベール?ああ、フリッグの舞踏会が滅茶苦茶になっちゃって、ダンスどころじゃなかったから?」

「そうじゃないわよ!彼の好きな相手が分かったって話よ!」

 

 必死なキュルケ。それから愚痴が並びだす。マズイ時に話しかけてしまったと、後悔するルイズ。だが、最後にコルベールがミス・ロングビルに化けたという話を聞いて、ふと頭に浮かぶものがあった。

 

「それって、もしかしてサウスゴータ卿じゃない?あの方、ミス・ロングビルにそっくりなの。それが気になってたんじゃないかしら」

「サウスゴータ卿って誰よ?」

「ティファニアの……あ」

「ティファニアの?」

「えっと……」

 

 答えに詰まるルイズ。マチルダはティファニアの姉代わりで、さらにアルビオンの宰相などと言ったら、ティファニアが女王である事がバレてしまうかもしれない。だが知られる訳にはいかない。アンリエッタからの密命でもあるのだから。しかし事は、キュルケの想い人に関わる話。彼女の追及が収まる訳がなかった。

 

「ルイズ!言いなさいよ」

「うんとね……」

 

 その時だった。

 窓を叩く音が、教室に響き渡る。一斉に窓の方を向く教師と生徒達。ルイズとキュルケの会話も、一時中断。

 

 全員の視線の先にいたのはドラゴンだった。だが誰も慌てない。このドラゴンが何者なのか、全員が知っていたからだ。教壇のギトーから声がかかる。

 

「ミス・タバサ。使い魔をなんとかしたまえ。授業の邪魔だ」

「……はい」

 

 窓を叩いていたのは、タバサの使い魔、シルフィードだった。タバサは少々ムッとしながら、窓を開ける。叱りつけようとしたが、先にシルフィードの方が口を開いた。一応小声で。

 

「おねえさま!大変なのね!」

「何?」

「シェフィールド!シェフィールドが来てるのね!」

「え!?」

 

 さすが顔色が変わるタバサ。まさか、学院に直接やってくるとは。まず思いつくのは以前の命令だ。ルイズを捕まえろという。だがあれは何とかなったと、ルイズから聞いた。もうシェフィールドは、手を出さないと。だとすると、別の指令を伝えに来たのか。しかし、今まで直接来た事は一度もない。ガリア王の使い魔の意図をはかりかねる。

 タバサは念のための指示を出す。

 

「魔理沙やパチュリー達に伝えておいて」

「分かったわ!きゅい」

 

 シルフィードはうなずくと、すぐに飛び立った。タバサは警戒心を抱きつつ席へと戻る。そしてルイズ達に小声で知らせた。

 

「シェフィールドが来てる」

「「えっ!?」」

 

 思わず声を上げてしまうルイズとキュルケ。直後にギトーに怒られ、黙り込んだが。だがもう授業の内容など、頭に入らない。今まで散々やり合った相手が、自分たちの本拠に直に乗り込ん出来たのだから。

 

 その直後、教室の扉が開いた。顔を出したのはシュヴルーズ。またも同じ方向に視線を向ける生徒達。

 

「失礼します。ミスター・ギトー。ミス・タバサ。あなたにお客様がいらしています。学院長室まで来てください」

「?」

「急いでくださいね」

 

 シュヴルーズの言葉に、緊張感を増すタバサ達。客と言われているのは、おそらくシェフィールドだ。こんな形で来るとは。キュルケが声をかける。

 

「気を付けてよ。何してくるか分かんないわよ」

「先に魔理沙達に、声かけといた方がいいわ」

 

 ルイズも助言を一つ。

 

「それはもうしてある。大丈夫、油断はしない」

 

 タバサは、二人を安心させるように強くうなずく。そして杖をしっかりと掴み、教室を出て行った。

 

 

 

 

 

 シュヴルーズに案内され、タバサは学院長室に入る。そこで意外なものを目にした。驚く雪風。彼女らしからず。

 予想通りシェフィールドがいた。しかしその姿は、予想の外。いつもの妖艶で怪しげなものではなく、地味ながらもどこかの貴族夫人かのような姿。ごく普通に着飾っていたのだ。オールド・オスマンが、タバサへ話しかける。

 

「ミス・タバサ。いや、あえて言わせてもらうが、ミス・オルレアン。ガリア王国から使者が参られておる。ミス・シェフィールドという方じゃ」

 

 紹介された彼女は、笑みを見せる。

 

「御無沙汰しております。シャルロット様」

「…………」

 

 厳かに礼をするシェフィールドには、違和感しかない。以前会った時は、高圧的で王族への敬いなど微塵も感じられなかったものが、全くの逆。もちろん、表向きなものではあるだろうが。だからそこ、裏に隠れているものに、不穏なものを感じずにはいられなかった。タバサはテーブルを挟み、シェフィールドの正面に座る。

 するとシェフィールドが、学院長へ声をかけた。

 

「学院長。実は、内々のお話をしたいので、できればシャルロット様と二人きりになれる場所を用意していただけると、ありがたいのですが」

「左様ですかな。ん~、では、客間を用意させましょう」

「お手数をお掛けします」

 

 丁寧な礼をするシェフィールド。

 やがて準備もでき、二人をシュヴルーズが案内する。そして客間までわずかという場所に、立ち塞がる者がいた。魔理沙とこあだった。魔理沙が不適に口を開く。

 

「よぉ。シェフィールド久しぶりだな」

「…………」

 

 一瞬顔をしかめるミョズニトニルンだが、すぐに笑顔を作った。

 

「ええ。お久しぶりです。お二方」

「余裕ですねぇ。ま、呪いの話を忘れてなければ、別に何してもいいんですけどね!」

 

 こあは腕を組んでふんぞり返った、威圧的な態度。少々、鼻息も荒い。一応は脅し。以前、こあはシェフィールドに死の呪いをかけていた。ルイズ周辺に余計な事をすると死ぬ、という呪いを。実はそういう内容の、ハッタリなのだが。少なくともシェフィールドは、信じ込んでいた。

 だがそんな呪いがあるにも関わらず、ガリア王の使い魔の仕草は変わらない。

 

「私はシャルロット様に、よい話を持ってきただけですわ」

「よい話……ね。ま、いいか。んじゃぁな」

 

 魔理沙とこあは一言残すと、シェフィールド、タバサ一行の脇を通り抜けていく。何かあれば手を貸すとばかりに、タバサに目配せしつつ。彼女の方も魔理沙達に、小さくうなずいた。シュヴルーズは、一連の奇妙な会話に違和感を覚えたが、シェフィールドが上手くはぐらかせてしまった。

 やがて二人はとある客間に案内される。そこには二人以外誰もいない。シュヴルーズもここを去り、護衛も扉の外で警備に当たっている。だがタバサは知っている。遠くから、シルフィードがこの部屋を見張っている事を。さらにアリスの人形達が、部屋のあちこちに潜んでいた。

 

 シェフィールドは周りを見回しながら、一言もらす。

 

「さすがはハルケギニアでも知られるトリステイン魔法学院。客間も悪くない作りですね」

「用件は?」

 

 タバサは隙を見せないとばかりに、鋭い声を発していた。視線も目の前のミョズニトニルンを捉えたまま。シェフィールドは、力を抜くといつもの態度を見せる。

 

「せっかちね。せっかく気を使って、敬ってあげてたのに。もう少し王族気分に浸っていたら?」

「そんなものはない」

「フッ……。でしょうね。あれほどこき使われたんじゃ、自分が王族だなんて思えないものね」

「用件は?」

 

 同じ質問を繰り返す雪風。するとミョズニトニルンの顔つきが変わった。含みのあるいつもの表情に。

 

「さっきも言ったけど、私はあなたにいい話を持ってきたの。ガリア王家の干渉がなくなるほどのね」

「!?」

 

 タバサの表情に戸惑いが現れる。シェフィールドは、タバサをガリア王家の頸木から解き放ってもかまわないと言っている。今までの扱いからは考えられない。ガリアで、何か大きな変化があったと思うしかないのだが。それがなんなのか、想像もつかない。

 なんとかタバサは冷静さを取り戻すと、次の問を口にする。

 

「条件は?」

「話が早くて助かるわ。やっぱりあなた優秀ね」

「それで?」

「フッ……」

 

 鼻で笑うシェフィルード。

 

「条件はたった一つ。ゲルマニア皇帝、アルブレヒト三世の皇后になりなさい」

「!」

 

 思わず目を剥くタバサ。一応は様々な条件を想像していたが、これは予想外だった。どう捉えるべきか、困惑するしかない。そんなタバサを前に、シェフィールドは悠然と話しだした。

 

「ガリアはゲルマニアと手を結びたいのよ。その手土産があなたという訳。あの皇帝が、始祖ブリミルに連なる血を欲しがってるのは知ってるでしょ?以前は、アンリエッタ女王に手を出そうとしてたくらいだし。そしてあなたは、やせても枯れても王族」

「……」

「あなたとっても悪い話じゃない。ゲルマニアに嫁げば、ガリア王家の干渉から逃げられる。イザベラ様からの意地悪も受けずに済むわ。そうそう、婚約が正式に決まれば、オルレアン家の名誉も回復されるわ」

「何故?」

「おかしな話じゃないでしょ?結婚する相手が、不名誉印を押された家じゃマズイもの」

「…………」

 

 次々と並べられる話を、どう捉えていいか戸惑っているタバサ。厳しい条件の下、さらに困難な目的を果たせという話はいくつもあったが、今、言われている事は全く逆なのだ。すると追い打ちとばかりに、シェフィールドは懐から小瓶を取り出す。

 

「そう。これを渡して置くのを忘れていたわ」

「これは?」

「あなたの母親を正気に戻す薬」

「え……!」

「前払いと思ってもらっていい。無条件であげるわよ」

「な……!?」

 

 あれほど厳しい任務をいくつこなしても手に入らなかったものが、こうもあっさりと手渡されるとは。驚愕を通り越して、茫然とするしかない。しばらく黙り込むタバサ。彼女は考えを巡らせる、いや、落ち着きを取り戻そうとしていた。やがて、ゆっくりと口を開く。

 

「母さまは……行方不明」

「そうだったわね。でも、当てはあるわ。さっき廊下で会った連中に、聞いてみなさい」

「母さまの事を?」

「ええ。ヤクモユカリに攫われた、って言えばわかるわ」

「……」

「それから、もしオルレアン公夫人が戻ってきても、いっしょにゲルマニアに連れて行って構わない。これで完全にガリア王家の手を離れるわ」

「……!」

 

 あまりの好条件に、裏があると考えざるを得ない。雪風は視線を鋭くする。

 

「もし断ったら?」

「そうね。まずあなたの地位は全て剥奪。さらに資産も全て没収。地位も収入もないじゃぁ、学院も辞めないといけないわ。後はどこかの使用人でもして、暮らしていくしかないわね。ただし母親の地位はそのまま。仮に彼女が戻ってきても、ガリア王家の預かりとなる。そして幽閉。もしあなたが連れていけば、罪人よ」

「……」

 

 すでに母親はガリアから取り戻している。つまり、この話を断れば、即罪人という訳だ。

 またも口を閉ざしたタバサを前に、シェフィールドは、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「結果は天と地の差。考えるまでもないでしょ?」

「…………。すぐには答えられない」

「何故?」

「考えを整理したい」

「…………。まあ、いいわ。ここには二日居る予定だから、それまでに答えをもらえれば」

「二日居る?」

「ええ。せっかくハルケギニアでも名高い、トリステイン魔法学院に来たんだもの。見学しようと思ってたのよ」

「……」

 

 見学というより、敵情視察と言った方が近いだろうとタバサは考える。なんと言っても、ここは幻想郷組の本拠地と言ってもいいのだから。

 

 その後、わずかな会話の後、全ては終わる。二人は何事もなかったように部屋から出た。そしてタバサは教室の方へ、シェフィールドは学院が用意した来客用の部屋へと案内されていった。だんだんと小さくなる、ガリア王の使い魔を見ながら、タバサは胸の内がざわめくのを感じていた。大きく一変した自分への扱い。地の底で何かが動き出した、というような感覚があった。

 

 

 

 


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