ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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ルイズのために

 

 

 

 

 

 教皇執務室の扉が開く。そこにヴィットーリオの姿があった。礼拝堂から戻って来たのだ。ジュリオは紅茶を用意して彼を迎える。

 

「ずいぶんと長い、礼拝でしたね」

「ええ。今回はいくつも罪を重ねてしまいましたから」

「罪などと……」

「わたくしは多くの嘘をつきました」

「死後の世界……ですか。しかし、このハルケギニアが危機に陥っているのは、紛れもない事実です。さらに始祖の英知に頼るとおっしゃった事も、必ずしも嘘とは言えません」

「それでもですよ。ジュリオ」

 

 教皇は窓際に立つと外を眺めた。整然とした様子のフォルサテ大聖堂の中庭が見える。しかし少し耳を澄ますと、外から漏れ聞こえてくるのは、施しを乞う貧民たちの声、道にあふれ出た彼らを追い払う聖堂騎士の罵声。お世辞にもハルケギニアは楽園とは言い難い。それでも救わねばならない。ヴィットーリオは振り返ると、足を進める。たどり着いた場所には『始祖の円鏡』があった。そしてもう一度、祈りを捧げる。ハルケギニアの全ての民に祝福が下りるよう。

 

 

 

 

 

 トリステイン、アルビオン両艦隊の中央に、アルビオン外相ワルドの乗艦があった。得体のしれない敵に襲撃を受け、炎を上げていた。放っておけば沈みかねない状況にある。だが、甲板にいる水兵達は消火の手を止めていた。茫然とただ一点を見つめていた。得体のしれない敵、悪魔と称した半魚人のような怪物を。そして悪魔を囲む、これまた奇妙な恰好のメイジらしき一団を。

 メイジの中から一人が、一歩前に出る。黒い大きな帽子に白いエプロン、箒を肩にかけた魔法使い。魔理沙だった。

 

「お前には、聞きたい事が山ほどあるんだがな。デルフリンガー」

「……」

 

 黙り込むインテリジェンスソード。

 魔理沙達の視線の先にいる怪物。その正体は悪魔ダゴン。こあよりは上だが二級の悪魔だ。悪魔の左手にはガンダールヴのルーンが見える。デルフリンガーはその左手に握られていた。だが、その姿はもう以前のようなサビだらけのものではない。冴え渡る刃を持つ片刃の大剣となっていた。

 

 デルフリンガーは何も答えない。代わりに、いきなり右手をかざしてきた。魔理沙に向かって。悪魔としての力が放たれる。しかし白黒は全く平然としたもの。水兵やワルドのように、餓えに呑まれたりしなかった。鼻で笑う普通の魔法使い。

 

「そんなもん効くかよ。こっちは毎日、悪魔と顔会わせてんだ。悪魔の対処法くらい分かってるぜ。それに、そんな強い悪魔じゃないからなダゴンは」

「チッ……」

 

 インテリジェンスソードの舌打ちの後、今度はパチュリーが口を開く。

 

「さてと、質問タイムと行きましょうか」

 

 淡々としているが強気を匂わす紫魔女。さっそくとばかりに、ため込んだ疑問を並べ出した。

 

「まずは確認したいんだけど、あなた黒子の関係者?」

「さあな」

「地震を伴う一連の現象だけど、黒子の仕業よね?」

「どうかな?」

「そのダゴン、自我を感じないんだけど。あなたが操ってるの?」

「いや」

「それとも黒子?」

「どうだったかな?」

「虚無の秘宝とか、監視カメラ代わりに使ってない?」

「なんだそりゃ?」

「黒子の仕掛けは虚無絡みが多いんだけど、聖戦やりたいの?」

「知らないぜ」

 

 まともに答えないデルフリンガー。パチュリーは溜息を一つ漏らすと、問いかけを止める。隣のアリスが呆れた声を上げた。

 

「ごまかしてるつもり?天子がいるのよ。無駄だって分かってるでしょ?で、天子、今までの質問どう?」

「え?当たり、当たり、ハズレ、当たり、当たり、当たり」

「ふ~ん。三番目だけがハズレか」

「って言うか、何勝手に話進めてんの!」

「何よ?」

「あんた達の用は私の後!ここまで手貸したんだから。こっちの借り返すのが先!」

 

 天人が緋想の剣をアリスに向けながら、怒鳴っている。珍しくもっともな意見を口にしながら。だが簡単には引き下がらない魔女達。魔理沙がすぐに反論。

 

「ボコって話聞けなくなったら、私らが困るだろうが」

「そっちの都合なんて、知る訳ないでしょ」

 

 まずは自分第一。譲らぬ両者。いかにもな幻想郷の住人達だった。しかし言い争いになりそうな場に、水を差す声が届く。空から。ルイズだった。突然、現れた幻想郷組を目にして、飛んできたのだ。

 

「ちょっと、一体何がどうなってんの!?」

「あら、ルイズ」

「何であんた達がここにいるのよ?」

「後で話すわ」

 

 パチュリーの有無を言わさないような強めの口調。ルイズは少しムッとしたが、とりあえず黙ったまま艦へ下りていく。すると視界に茫然としているワルドが入った。彼もルイズに気付いたようで、顔を向けてくる。不快そうに髭の侯爵を見るルイズ。

 国の裏切り者であり、アンリエッタを悲しませた相手であり、自分の子供の頃の思い出をズタズタにした張本人。恨みごとを上げればきりがないが、今はそれ所ではない。それにこの男は友好国の重臣だ。アンリエッタも自分の感情を殺して、助けろと命令したのだから。

 

 ルイズは甲板に足を付けると、気持ちを切り替えた。まずは天子に一言。

 

「天子。悪いけど、後にしてもらえない?」

「はぁ?なんで?」

「借りを返すのは後でもできるでしょ?手加減するって言うなら、先でもいいけど」

「……。んじゃ、一つ借り!あんた達も!」

 

 天人は不満そうに魔女達を順番に指さした。彼女達は仕方なしに了解。ルイズは疲れたように肩を落とす。天子に借りを作るハメになって。

 

「はぁ……。なんで、使い魔にいう事聞かせるのに、取引しないといけないのかしら。これじゃぁ、主従契約の意味がないわ。それとあんた!」

 

 不満を込めた指先が、デルフリンガーの方を向いた。

 

「よくも引っかけてくれたわね!」

「召喚の事か?」

「そうに決まってんでしょ!」

「あ~まあ、その……悪かった」

「悪かったじゃないわよ!だいたいなんで私と契約したのに、あんたの言う事聞いてんの!?その……えっと……」

 

 半魚人の呼び名に困っているルイズに、こあが名前を披露。

 

「ダゴンさんですよ。悪魔ダゴンさん」

「え!?悪魔ぁ!?」

「そうです。私よりは一応上位の悪魔です」

「……。天人の次は悪魔って……。どうして私の召喚するのって、天国とか地獄みたいなのばっかなのかしら……」

 

 なんとも言い難い気持ちに駆られる。あの世みたいな所に、こうも関わりがあると。ルイズは独り言のように愚痴をこぼした。

 

「しかも、まるで言う事きかないし。主の事なんて全然考えてないし。私の使い魔、ロクなのがいないわ」

「おい」

 

 突然、強く鋭い語気が耳に届く。インテリジェンスソードから。デルフリンガーから。呆気に取られる一同。さっきまでの強気はどこへやら。ルイズはもちろん、デルフリンガーとそれなりに話していた三魔女は特に。

 彼女達の知っているこの剣は、いつも気の抜けたような態度のいい加減な性格。苛立つなんてものから無縁と思っていた。それが何故か怒っている。しかも本気で。

 デルフリンガーは変わらぬ強い口調で話し出した。

 

「使い魔ってのはな、そりゃぁいう事聞かねぇ時もあるぜ。けど、それでも主をいつも想ってるもんなんだよ。自分の事なんて忘れちまうくらいな」

「そんな訳ないでしょ。私が使い魔でどれだけ苦労……」

「そうなんだよ!」

「?」

 

 気圧されるルイズ。さらに茫然とする一同。奇妙な程のデルフリンガーの憤り。何がここまで彼を怒らせているのか、まるで分からない。

 

「だいたい全部お前のため……」

「私の?」

「あ……いや……」

 

 インテリジェンスソードが急に言葉を切った。口が滑ったとばかりに。だがその瞬間、人妖達の態度は一変。刺すような視線を剣に向ける。パチュリーから鋭利な声がでてきた。

 

「ルイズのため……が何かしら?」

「なんでもねぇよ」

「なら話しても構わないでしょ?大した事じゃないんだから」

「……」

 

 デルフリンガーは何も返さない。次にアリスが天子に声をかけた。半ば命令するように。

 

「天子。こいつに借り返しちゃっていいわ。ダゴンの方は私たちが処理するから」

「了解~!」

 

 天子は緋想の剣を鞘に納めると、手を組み、指を鳴らした。ぶちのめす気満々。剛腕の天人を怒らせたのだから、いくら剣と言ってもただでは済まない。一方、アリス達は対魔法陣を構築しようとしだしていた。

 異界の人妖に包囲され、絶体絶命のデルフリンガー。もし人間ならば、冷や汗が体中から滲み出ていただろう。

 

「ちょっと待った!分かった。分かったよ。全部話す!」

 

 大剣から降参の宣言。手を止める魔女達。ただ天子は無視しようとしたので、また少々イザコザがあったのだが。ともかく落ち着く一同。パチュリーが代表するように言った。

 

「それじゃぁ、始めてもらいましょうか」

「最初からするぜ」

「ええ」

「今から6000年前の事だ。まだハルケギニアなんて名前すらなかった頃さ……」

 

 それから長々とした話が始まる。静まり返り、耳を傾ける人妖達。しかし、しばらく聞いていたものの、話はダラダラと続く上に要領得ない。まるで話し下手な大学教授の講義を受けているかのよう。このインテリジェンスソードは何が言いたいのかサッパリ分からなかった。しかも黒子に関連するような話は、まるで出てこなかった。さすがに魔理沙がじれる。

 

「おいおい。黒子と全然関係ない話にしか聞こえないぜ」

「ものには、順序ってのがあるんだよ」

「にしても、余計な話が多すぎだろ。これじゃいつなったら終わるんだよ。時間かかりすぎだぜ」

「そうだな。結構時間が経ったよな」

 

 今までと違う重い声色。デルフリンガーの気配が変わった。瞬時にそれに気づく魔理沙達。緊張感が走る。同時にダゴンの左手のガンダールヴが輝く。

 ダゴンが真っ直ぐ向かってくる魔理沙達に。対する彼女達も、すぐさま障壁を展開。

 だが、悪魔は彼女達の脇を通り過ぎると、そのまま真っ直ぐ艦の縁に向かった。そして飛び降りた。

 

「逃げられると思ってんのか!」

 

 魔理沙は箒に乗るとすぐさま飛び立った。爆発するように急発進する。飛ぶ速度はこのメンツの中で一番速い。さらに魔法使い。悪魔に対応する術も知っている。簡単に捕まえられると考えていた。

 

 彼女は艦から出ると、すぐにダゴンを視界に捉えた。だが次の瞬間、別のものに視線が移る。真下に広がっていた海に。

 

「え?海?」

 

 白黒は思わず舌を打った。何故なら、悪魔ダゴンは元々水属性の悪魔だからだ。海中に逃げ込まれては、打つ手が限られる。だいたいいつのまに海に出たのか。少々当惑気味の魔理沙。

 

 艦隊はロマリアから大陸上空をずっと北上していた。眼下にあったのは大地ばかりだったはず。にもかかわらず海の上にいる。実は、デルフリンガーが襲撃した場所が理由の一つ。襲撃を受けたのは、両艦隊がまもなく別れようとした時。つまり大陸の際まで、あとわずかだったのだ。襲撃後も北上し続けていた両艦隊。いつのまにか海上に出ていた訳だ。デルフリンガーの長話は、その時間を稼ぐためだった。

 

 海面に水柱が出現する。ダゴンとデルフリンガーは減速せずに、そのまま海に突っ込んだ。もはや連中は海の中。魔理沙はすぐさま急反転、甲板に戻った。

 

「衣玖!」

「なんでしょう?」

「海に逃げられた!デルフリンガー追ってくれ!」

「ま、いいでしょう」

 

 衣玖はうなずくと、すぐに艦から飛び降りた。衣玖も水妖。水の中は自分のフィールドだ。それにしても、神の使いが悪魔を追うという構図はどこか皮肉めいていたが。

 竜宮の使いはまっすぐ海へと落ちる。大きな水柱を上げ海中へ突入。だが一歩及ばなかった。辺りにはすでにダゴンとデルフリンガーの姿はない。気配すらも。彼女達は、全ての謎を解く絶好の機会を逃してしまった。

 

 この後、一連の様子を見ていたワルドが、いろいろとルイズに説明を求めてきた。しかし彼を嫌っている彼女。ぶっきら棒に適当な返事をしただけで、トリステイン艦に戻ってしまった。それは幻想郷の人妖も同じ。

 その後、艦の火災は消し止められ沈没は免れた。曳航されならが航海を続ける。やがて両艦隊は別れて行った。それぞれの故国に向かって。

 

 

 

 

 

 ルイズ帰国、翌日の放課後。幻想郷組のアジトのリビング。ルイズと幻想郷の人妖達が皆集まっていた。

 帰国当日は疲れのため、ルイズは夕食後すぐに寝てしまう。そのため一連の騒動の話ができなかった。さらに明日、王宮に登城し事情説明する予定になっている。事前に、詳しい話を人妖達から聞かないといけなかった。それに自分自身も知りたいものがある。あの剣はどういう訳か、全て彼女のためにやっていると言っていたのだから。

 

「結局、何があったの?なんであんた達、あそこにいたの?」

 

 ルイズの問に、魔理沙が答えた。デルフリンガーを捕まえるため、ティファニアもルイズすらもペテンにかけて罠を張ったと。呆れるルイズ。自分まで騙すとはと。一方で、連中らしいとも思ったが。もっともその罠も結局は失敗。ただ全く無意味だった訳ではない。貴重な情報をまた得たのだから。やがてはその話に移る。

 

「あのデルフリンガー……だっけ。私のためって言ってたわよね」

「ええ」

 

 パチュリーがルイズの言葉にうなずく。神妙な顔つきで。いや誰もがそうだ。あの言葉の意味が分からない。アリスが何か思い出したように言った。

 

「そう言えば、前に魔理沙が言ってなかったっけ?」

「何をだよ」

「騒動の中心に、ルイズがいるんじゃないかって。キュルケの件がひっかかるから」

「言った……かな。ああ、言ってたぜ。でもあん時は、記憶操作の話は知らなかったからな」

「でも、それが正解って事になるわね」

「まあ、そうだが……」

 

 しばらく考え込む魔理沙。おもむろにルイズに話しかけた。

 

「そういやぁ、お前の望みってなんだ?」

「いきなり何の話よ?」

「お前のためって言うなら、一番分かりやすいのはルイズの望みを叶えるって話だぜ」

「ああ……。だけどいきなり言われても……。とりあえずは学院を卒業する事かしら」

「そういうじゃなくって、将来なりたいもんとか、知りたいもんとかないのか?」

「う~ん……」

 

 腕を組み、首をひねるルイズ。頭の中をさらってみるが、大したものは出てこなかった。少なくとも、三魔女のように徹夜してでも没頭するようなものは何も。ルイズは仕方なさそうに口を開く。

 

「まあ、姫さまを助けられる程度の人間にはなりたいし、ヴァリエール家の名に恥じない貴族にもなりたいとは思ってるわ」

「望みってのはそんなんじゃないだろ。お前、渇望がたらないぜ!」

 

 大げさな身振りで、望みたるものを表現する白黒魔法使い。好奇心の塊の彼女なら、望みとやらはいくらでも持っていそうだ。だがルイズには、そんなものは思い浮かばなかった。

 ふと思う。キュルケも愛だの恋だのを口にしながら、今でもコルベールへのアタックを続けている。タバサは母親との平穏な暮らしを求めて、ゲルマニア皇后となる事を決意した。ティファニアも求めるものを持っている。だが今の自分にはない。元々魔法が使えなかった彼女。あえて言えば、魔法を使えるようになる事が彼女の望みだった。だがそれはすでに叶っている。しかも伝説の虚無という無二のものによって。しかし、その後は何も考えてなかった。いや、心を掴むものがなかった。結局は、川の流れのような平凡な日々を過ごすのみか……。

 その時、不意に脳裏に浮かぶものがあった。叩き付けるかのように。陽炎のようでいて力強い何かが。望むものと思える何かが。なんとかそれを引っ張り出そうとするが、手が届かない。掴めない。輪郭がはっきりしない。

 

「ルイズ」

「……」

「ルイズってば」

 

 自分を呼ぶ声に、たたき起こされたように意識が戻る。さっきの想いは夢だったかのように霧散していた。視線を上げると、あったのはアリスが怪訝な顔。

 

「どうかしたの?」

「えっと……。ちょっと考えごと……」

「そう。ちょっと聞きたいんだけど、あなたってカリーヌに憧れてる?」

「え?なんでそんな話になってんの?」

「ヴァリエールの名にふさわしい貴族になりたって言ってたでしょ?だから、実は母親に憧れてるのかなって」

「尊敬はしてるわ。けど、憧れてるかって言われるとなんか違う」

「そう?実は、英雄願望があるかと思ったんだけどね」

 

 カリーヌは烈風カリンと云われた英雄だ。その娘であるルイズ。性格もよく似ているので、アリスがそう思うのも無理はない。するとパチュリーが、閃きを覚えたようにつぶやく。

 

「英雄……か」

「どうかした?」

 

 アリスが尋ねる。すると紫魔女は、少し楽しげに話し出した。

 

「一連の現象がルイズを英雄にしたいって話なら、辻褄が合うって思ったの」

「ルイズを英雄に?」

 

 一同は怪訝に眉をひそめる。パチュリーはかまわず続けた。

 

「最初の天子の件は、たぶんデルフリンガーの嘘を隠すためって読みでいいと思う。問題なのはそれ以降」

「シェフィールドが助かったって現象からか?」

 

 白黒の返答にうなずく七曜の魔女。

 

「これまでのルイズの活躍って、神聖アルビオン帝国との絡みが多いでしょ?逆に言うと、神聖アルビオン帝国がないと活躍しようがない」

「そりゃそうだ」

 

 魔理沙はとりあえずうなずく。パチュリーは話を続ける。

 

「神聖アルビオン帝国っていうのは、シェフィールドとアンドバリの指輪があって形を保っていられた国よ。でも前者はフランに殺されかける。後者は私たちに盗られてしまった。けど、シェフィールドは幻想郷に転送されて助かったわ。指輪の方は、帝国家臣全員が盗難事件を忘れたおかげで、最悪の事態にはならなかった」

「黒子は、帝国崩壊をなんとか防いだって訳か」

「さらに帝国があっても、ルイズが戦いに参加しないと意味がない」

「戦わないと、活躍も何もないものね」

 

 アリスは一言いうと、カップを手に紅茶を飲んだ。パチュリーの話は先に進む。

 

「帝国を潰した私たちのチラシ作戦だけど、あれって誰でもできるものよ。実際、ルイズが王宮に指輪の件を話した時は、その方向で進みそうだったし。もし何もなければ、ルイズは学院で帝国敗北を知る事になったんじゃないかしら。ルイズの活躍は、精々知る人ぞ知る止まりだったでしょうね」

「英雄には程遠いわね」

「でも黒子のせいで、トリステインの重臣達が指輪の件を忘れてしまったから、本格的な戦争になってしまう。そしてルイズも参加するハメにもね」

 

 黙って聞いていたルイズがポツリと零した。

 

「あの時は敵地に侵入して敵の大艦隊をかく乱するって任務だったから、もし上手くいけば確かに大手柄だったわ」

「そして将軍達は思うでしょうね。さすがは虚無の担い手って」

「…………」

 

 口元を強く結び、重い顔つきのルイズ。ここでアリスの質問が一つ。

 

「それじゃぁ、ずっと引っかかってたキュルケ達の件はどうなるの?」

「英雄の仲間たち。なんだかんだでキュルケとタバサは、ルイズに付き添ってたじゃないの。実際、助けにもなったし」

「ついでに聞くけど、ビダーシャルの件は?黒子が彼、助けたの何故?」

「次の敵になる予定だったんじゃないかしら。虚無対エルフっていかにもでしょ?」

「英雄には、強大な敵と仲間が付きものか……。まあ、確かに辻褄は合うわね」

 

 腕を組んで、意味を租借する人形遣い。するとルイズが急に怒り出した。

 

「私を英雄にするのが私のため?誰もそんなもん頼んでないわよ!だいたい、そんなインチキみたいなので英雄だなんて、ふざけてるわ!」

「だよな。確かにペテン臭いぜ。ワザとトラブル大きくして、それを解決させて英雄とかな」

 

 魔理沙は、ルイズとは対照的に鼻で笑っていた。するとアリスが根本的な疑問を口にする。

 

「けど何でルイズを英雄にしたいのかしら?」

「黒子が得するからだろ?」

「得ねぇ……。ありえないとは思うけど、実は黒子の正体がルイズの両親で、娘が英雄になった名声を利用して権力を手にしたいとか?」

 

 アリスの答に、すかさず文句を言おうとしたルイズ。だが天子が先に言葉を挟んだ。

 

「それ、ないから」

「なんでよ」

「緋想の剣はね、そういうのも分かるの。ルイズを利用して、どっかの誰かが得するってのが真相だったら、ルイズのためって反応はでないって話」

「だったら、本心からルイズ自身のため?」

「そうなるねー」

 

 天子の言葉に、益々頭を悩ませる一同。

 ただルイズのためと言っても、それがルイズを英雄にするという意味なのかは分からない。勝手に自分達が考えただけだ。しかし次々に起こるトラブルにルイズは巻き込まれ、それを解決する事によって一目置かれつつあるのは間違いない。

 

「ホント、ありがた迷惑だわ」

 

 ルイズは独り言のように零した。だが次の瞬間、飛び起きたようにいきなり顔を上げる。

 

「あ!」

「どうした?」

「聖戦もそうかも!」

「聖戦?」

「聖戦が起こるかもしれないのよ!」

 

 それからルイズは、ロマリアでの会議の内容を話す。ハルケギニア全土が崩壊の危機にあると。そのために『虚無条約』という条約を、ロマリア、トリステイン、アルビオン、ガリア、ゲルマニアの間で結んだと。これも仕組まれたもので、黒子が風石を作ったのではとルイズは言う。そして全ては、聖戦で自分を活躍させるためではと。だが、この話を聞いて、パチュリー達は首を傾げた。

 

「さすがに、それはどうかしら?」

「何でよ?」

「今までの現象からして、黒子がそこまで大きな力を持ってるって考えづらいのよね」

「…………」

「だいたいそれ本当なの?大地を持ち上げるほどの風石があるって」

「分かんないわ。聖下は、まずはそれぞれの国で確認してみて欲しいって仰ってたから。でも自信ありげだったわよ」

「その結果待ちね」

 

 パチュリーは椅子に身をうずめると、紅茶を一口含む。

 それからは言葉少な目になっていった。これ以上は話が進まない。そろそろお開きか。そんな雰囲気の中、衣玖が天子に声をかける。

 

「総領娘様。調べてあげたらどうですか?」

「ん?」

「総領娘様なら分かるのでは?風石の件」

「まあねー」

 

 一斉に天子の方を向く一同。ルイズが身を乗り出すように尋ねた。

 

「分かるの?」

「地面の事は専門だからねー。すぐ分かるわよ」

「今やって、お願い」

「……。ま、いっか」

 

 天子は立ち上がると、緋想の剣を肩にかけリビングを出て行った。人妖達も彼女の後に続く。一同は地上へと向かった。

 

 すでに日は落ち、双月が浮かんでいる。廃墟となった寺院が、月明りに照らし出されていた。ここの地下が幻想郷組のアジトとなっている。

 ここに7人の人影が現れた。ルイズと幻想郷の人妖達だ。彼女達は寺院から離れ廃村の中央に立つ。天子を中心に。彼女は緋想の剣を鞘から抜いた。辺りが緋色の光に照らされる。

 

「んじゃ」

 

 天子は剣を地面に突き立てた。目を閉じ意識を地面に集中している。珍しく真面目そうな顔の天人。他のメンバーは彼女を囲み、答を待つ。しばらくして天子は結果を披露。

 

「あるわね。かなりでかいのが」

「どんぐらい?」

「トリステインの半分くらいが持ち上がりそうなの」

「そんなのが!?」

「あれ?これだけじゃないみたい。アチコチある」

「え!?ええええ~!」

 

 素っ頓狂な声を張り上げるルイズ。まさかヴィットーリオの話が事実だったとは。まさしくハルケギニア全体の危機だ。こうなると聖戦は避けられない。重い表情で考え込むルイズ。ふと視線を異界の人妖達に向けた。もし聖戦になったら、助けてくれるのだろうかと。彼女達が手伝ってくれたら心強い。しかし、戦争はごめんと言い続けている彼女達。状況によっては、幻想郷に帰ってしまう可能性もある。それに、聖戦は完全に自分たちの都合だ。こちらの事情とは関わりない異界の住人に、戦争に参加してくれなど言えるのか。

 ルイズは、遠慮がちに口を開く。

 

「えっと……」

「何が言いたいのかはだいたい分かるわ。でも、今すぐじゃなくてもいいでしょ?事も大きいし、頭冷やしてからにしたら?」

 

 彼女の胸の内を察したのか、パチュリーは穏やかに言った。確かに彼女の言うとおり。ここ数日はいろいろあり過ぎで、少々頭が過熱気味。しばらく時間を置いた方がいいだろう。ルイズはうなずいた。

 

「うん。そうね。私一人の考えで、どうこうなるって話じゃないし。今日はここまでにするわ」

 

 ルイズを先頭に、人妖達はアジトへと戻っていった。しかし天子だけは何故か戻らない。衣玖が足を止める。

 

「どうされたのです?」

「なんかね、変なの」

「何がです?」

「う~ん」

 

 難し顔をして答えない。代わりという訳ではないが、地面に突き立てていた緋想の剣を深く刺す。ずぶずぶと突き進み、ついに柄を残すのみとなった。しゃがみ込んだ天子は、剣を両手で握りしめる。すると緋想の剣の輝きが増した。地面と剣のわずかな隙間から、強い緋色の光が漏れてくる。

 しばらくその状態が続いたが、急に光が弱くなった。そして天子は立ち上がると同時に、緋想の剣を抜いた。だが天人は浮かない顔。腕を組み、何度も首を左右に傾けている。衣玖が不思議そうに尋ねてきた。

 

「何か、分かりましたか?」

「う~ん……。なんだろ?」

「だから、何がです?」

「ちょっと待って。もうちょっと調べてみる」

 

 天人は場所を変えると、また同じことをやり始めた。

 

 

 

 

 

 ルイズが寮に帰った後。魔女達はリビングに集まっていた。こあが全員に紅茶を入れなおす。一口飲んで落ち着いた所で、魔理沙が話し出した。

 

「で、どうする?」

「何の話?」

 

 アリスが不思議そうに返す。魔理沙は渋い顔で答えた。

 

「いやな。黒子がルイズのためって言うなら、この件から手を引くかって話だぜ」

「黒子探しを止めるって?」

「まあな。こっちは単に趣味でやってるだけだしな」

「魔理沙、前に言ってたじゃないの。ルイズ達放っておくの後味悪いって。行ける所まで行くって。けど止めるの?」

「ルイズにメリットあるってんなら話は違うぜ」

「…………。ま、私はあんた達に付き合ってるだけだから。別に反対はしないわ」

 

 人形遣いは任せたとばかりに淡々と紅茶を飲む。だが、ここで七曜の魔女の切るような一言が入った。

 

「意味ないわね」

「何がだよ?」

「てゐの幸運効果がまだあるんだから、黒子の思い通りには絶対にならないって話よ。今回のワルド襲撃も結局失敗したでしょ?てゐには及ばないって、証明したようなもんよ。私たちが手を引いても、結果は変わらないわ」

「そりゃそうだが……」

 

 魔理沙は言葉に詰まる。パチュリーは少々表情を引き締めると話を続けた。

 

「紫達の目的は、幻想郷への転送現象の原因究明と防止よ。てゐの幸運も、そのための仕掛けにすぎない。そして転送現象の犯人が分かってる以上、どの道、黒子にたどり着くわ」

「私らがやんなくても、紫達がやっちまうって訳か」

「ええ。けど、私達なら連中よりはこっちの事情を知ってるわ。ルイズの事もね。黒子がルイズのためって言うなら、事を穏便に収められるは私達の方じゃないかしら」

「……。だな。分かった。んじゃ、今まで通りでいいぜ」

 

 白黒魔法使いは腹をくくったかのように、一気に紅茶を飲み干した。パチュリーの方は、とりあえず肩から力を抜く。そしてお代わりの紅茶をこあに要求した。時間をかけてカップを空けた後、彼女はおもむろに口を開いた。

 

「私、一度幻想郷に帰るわ」

「なんで?」

 

 アリスが尋ねる。

 

「ダゴンよ。なんか妙に感じたのよ。確かに見た目は、そのものなんだけど」

「あ!私もです!」

 

 こあが声を上げていた。

 

「悪魔にしては、気配が変でした」

 

 主は使い魔に視線を送っただけだったが、やはりという感じの顔つき。パチュリーは続ける。

 

「あのダゴンって自我を感じなかったんだけど、悪魔の自我を消し去るなんて事できるかしら?」

「強力な契約結んでるんじゃ……。いや、ないな。思い通り使役するってならあるぜ。けど、ただの人形みたいにするなんてもんは、知らないぜ」

 

 魔理沙は顎を抱え、頭を巡らせながら答える。アリスもそれにうなずいた。

 

「それで一旦帰って、ダゴンについて調べてみるって訳ね」

「ええ。だいたい、ルイズがダゴンを召喚できたってのも変だし。それに天子の時と違って、ハルケギニアで召喚したのよ?」

「確かに……天子よりはずっと変よね」

 

 人形遣いの納得顔。ここで白黒が、思い出したように言い出す。

 

「そうだ。聖戦あるって言ってたよな」

「うん」

「んじゃ、ビダーシャルのヤツ、どうしてんだ?」

「あ……。そう言えばそうね。ロマリアの会議って新聞に載ってたくらいなんだから、知らないハズないわ。あの顔ぶれじゃ、聖戦、疑ってもおかしくないし」

 

 確かに、新聞には虚無条約も聖戦の文字もなかったが、虚無の担い手がいる国が三つも関わっているのだ。聖戦の会議と推理しても不思議ではない。しかもビダーシャルならなおさらだ。彼は聖戦を防ぐために、ハルケギニアにいるのだから。

 彼女達は、そのビダーシャルとは密約を結んでいる。聖戦を止めるという目的のため。もちろん双方の意図は、まるで違うが。この密約によれば、状況によってはお互い連絡を取り合う事となっていた。だが未だ連絡はない。

 

 アリスの言い分に、魔理沙は身を乗り出す。

 

「だろ?連絡あってもよさそうなもんだぜ」

「どうしたのかしら?まさか始末された?」

「おいおい」

「だって、ガリアも聖戦参加するんでしょ?ビダーシャルはそのままって訳にはいかないじゃないの。もう手を打ったんじゃないの?」

「う~ん……」

 

 うつむいて唸る魔理沙。パチュリーが提案を一つ口にする。

 

「様子見てみる?ガリアの状況確認の意味でも」

「だな。まあ、あいつとはそう関わりがある訳じゃないが、気になるっちゃぁ気になるぜ」

「分かったわ。幻想郷に帰るのは、それからにする」

 

 紫寝間着の意見に、二人は同意。やがて話も終わり、皆、リビングを出ようとする。ここで、入って来る天子とかち合った。

 

「ん?もうお開き?」

「ああ」

「ちょっと戻ってよ。話したい事あるから」

「なんだよ」

「いいから」

 

 強引な天人に、渋々席に戻る三魔女と悪魔。すぐに天子は話を始めた。

 

「さっき風石調べたでしょ」

「ええ」

 

 パチュリーは少々投げやり気味に返事をする。

 

「それが何?」

「あの後、なんか気になったんで、風石の下も調べたの。大本の原因は何かなって」

「で?」

「そうしたら……」

 

 天人の次の言葉に耳を傾ける一同。天子はもったいぶるようにして言葉にした。調査結果を。

 

「何もなかった」

「原因不明って事?」

「そうじゃないって。空っぽって意味」

「え?」

 

 このカラフルエプロンが、何を言っているのか分からない。誰もが理解しかねていた。怪訝な顔つきで、聞き返す魔理沙。

 

「どういう意味だよ。それ?」

「頭悪いわね。そのままの意味だって。何にもないの。ハルケギニアの下の下は、空っぽって話」

「…………」

 

 言葉のない魔理沙。口を半開きのまま停止。どう捉えればいいか戸惑っている。次にアリスが確認するように聞いてきた。

 

「つまり……地底空間、いえ……地下世界があるって言うの?旧地獄みたいな」

「地獄みたいなのがあるかは知らないけど、とにかく何もないのよ」

「……」

 

 またも口をつぐむ一同。天人の言いたい事は分かったが、それの意味する所が分からない。ハルケギニアの下に地下世界がある。風石と何か関係あるのか。そしてこれも黒子と関係あるのか。どうも想像以上にハルケギニアという世界は奇妙なようだと、考えを改める人妖達だった。

 

 

 

 


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