ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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急変

 

 

 

 

 

 ビダーシャル誘拐から数日が過ぎた日の午後。ガリアの虚無の主従は礼拝堂にいた。もちろん祈りを捧げに来た訳ではない。ここの地下、元エルフの拠点に用があったのだ。使い魔であるシェフィールドが先頭となって、主を導いていく。

 

「陛下。こちらです」

 

 礼拝堂の地下を進む主従。しばらくしてある場所で足を止めた。そこには小さめな入り口があった。扉などはなく、そのまま隣の部屋へと通じている。少々不機嫌そうに入り口を見つめるジョゼフ。

 

「まさか、ビダーシャルのヤツが隠し事をしていたとはな」

 

 これは、隠し部屋へ通じる入り口。シェフィールドからこの部屋の存在を聞いたときは実感がなかったが、こうして目にすると受け入れざるを得ない。あのビダーシャルが自分を裏切っていたと。無論、エルフである彼がジョゼフと手を結んだのは、利害の一致からだ。しかしそれでも、不快なものが胸にあるのを否定できない。

 だが今、考えるべきはそれではない。攫われた彼の行方だ。ジョゼフはシェフィールドの方を向く。

 

「それで、これとヤツの行先になんの関係がある?」

「とりあえずは、中をご覧ください」

「うむ」

 

 ミョズニトニルンに言われるまま、隠し部屋へと足を踏み入れるジョゼフ。そこでは数人の石工が働いていた。本来なら、何人も踏み入れる事を禁じられているこの場所で。だがこれも必要な作業のためだ。瓦礫となった床を元に戻すために。

 シェフィールドが初めてこの部屋に入った時、床は木っ端みじんに破壊されていた。あたかも、残してはいけない何かを消し去るかのように。加えてここで見つけた図形の描かれた破片。彼女は全てを復元する事にした。そこでジョゼフに許可をもらい、王宮お抱えの石工に復元作業を指示したのだった。

 

 作業は2/3程終わっている。大分全容が分かるようになっていた。見えるのは、円形の複雑な図形。ガリア王は一旦それを目に収めると、不思議そうな視線を部屋中に流した。

 

「だいたいなんなのだ?この部屋は?」

「私が入った時には、床が完全に破壊されていました。ですが、他に変わった様子はなく、備品も家具も何もありません」

「つまり、目に付くようなものは、この床絵だけか」

「はい」

「なんだこれは?ただの飾り絵にしか思えんが……」

 

 ジョゼフは床絵に近づくと、膝を床につける。そして絵に触った。特になにも起こらない。やはり飾り絵にしか見えない。しかし、ハルケギニアでは近いものを見た覚えがない。もっともエルフの飾り絵だとすると、見覚えがないのも当然だが。そもそも、隠し部屋にワザワザ飾り絵を描く理由が分からない。

 シェフィールドは主の側に寄ると、同じく腰を下ろす。

 

「私はこれと似たようなものを見た事があります。その場所もここと同じく床絵以外、何もありませんでした」

「どこでだ?」

「ゲンソウキョウで」

「何!?どいう事だ!?」

 

 何気なしに床絵を眺めていたジョゼフの表情が、急にシェフィールドの方を向く。険しい顔つきとなる。彼女は主の疑問に、語り掛けるように答えた。

 

「ゲンソウキョウでは、これを『魔法陣』と呼んでいました。一種のマジックアイテムのようなものなのですが、メイジでないと使いこなせないそうです」

「どんな機能がある?」

「物質を瞬時に別の場所へ移動させる能力があります。ヨーカイ共は魔法陣で、ゲンソウキョウとハルケギニアを行き来しているとの話でした」

「まさか……ビダーシャルはゲンソウキョウへ行ったのか!?いや待て、ミューズ。以前、ハルケギニアの者がゲンソウキョウヘ行く方法は分かっておらんと聞いたぞ」

「はい。そのように申しました。私がゲンソウキョウで見た魔法陣は、これとは違います。似てはいますが。陛下、これは私の推測なのですが、魔法陣は作り方によって異世界間を行き来するようにも、単に場所を移動するのにも使えるのではないかと」

「何故そのように思う?」

「そうと考えるしかないヨーカイ共の動きを経験しました。ヨーカイ共は、テレポーテーションと言っておりました」

「……。詳しく申せ」

「はい」

 

 それからシェフィールドは、ルイズ捕縛の時に起こった出来事を話す。ルイズを人里離れた森へ誘い出し、彼女を攫おうとした件だ。罠を張った場所には魔法装置を多数配置し、ヨーカイ共の接近を警戒していたにも関わらず近づかれた。正確には突然現れた。なんの前触れもなしに。魔法陣を使い、瞬時に移動したとするとこれも説明がつく。

 

「となると、牢を破った魚の化物とやらは、やはりヨーカイか」

「おそらく」

「……」

 

 ますます厳しくなるジョゼフの表情。彼女の意味する所を理解する。つまり元々ビダーシャルはヨーカイ共と通じており、これを使ってヨーカイ共がビダーシャルを助け出したという訳だ。

 一方、こうは言ったが、シェフィールドには腑に落ちない点もあった。何かが戦ったように荒らされた礼拝堂だ。やはり戦闘跡などではなく、火石などを探そうとした跡なのだろうか。確かにヨーカイ共は、エルフの秘術によるマジックアイテムの存在を知っている。シェフィールドの記憶を、ラグドリアン湖の精霊によって全て覗き見たのだから。

 

 黙り込んでいたガリア王が、苦々しげに零す。方法が分かったとしても、未知の魔法で移動されたのではビダーシャルの探しようがないだから。

 

「では、もはや手立てはない、という訳か」

「いえ、行方の見当はついております。ビダーシャル卿はかなり弱っていました。まずは治療に専念するでしょう」

「あのヨーカイ共にはその力もあるのか?」

「確かにゲンソウキョウには、その力を持った者がいます。しかし、ハルケギニアには来ておりません」

「何故分かる」

「シャルロット様に縁談の話を伝えた折、トリステイン魔法学院にてヨーカイ共について聞き取りをしました」

「それで?」

「現時点でハルケギニアにいるヨーカイは6人。その中に治療の能力のある者は、おりませんでした」

 

 シェフィールドがトリステイン魔法学院に訪れたのは、何もタバサにゲルマニア皇帝との縁談話を持って行くためだけではない。ヨーカイの本拠とも言える場所に、堂々と入れるのだ。何かと敵対していた彼女達の情報を集めるためでもあった。教師や生徒、使用人達との雑談の最中に、探りを入れていたのだった。そして彼女の言う治療能力のある者とは、もちろん永遠亭の関係者。これは美鈴から説明を受けていたので、知っていた。特に永琳の力は、身をもって経験したくらいだ。

 

 ミョズニトニルンは続けた。

 

「今いるヨーカイ共には、治す力はありません。しかしかの者共は、ラグドリアン湖の水の精霊と手を結んだ過去があります」

「例の『アンドバリの指輪』が奪われた件か」

「はい。あの精霊ならば、ビダーシャル卿の治療に最適かつ唯一の存在です」

「確かにな。人間ならばその力があったとしても、エルフを治そうなどとはしまい。だが精霊ならば、手を貸しても不思議はないな」

 

 ジョゼフは顎髭に手をやると、シェフィールドの話を咀嚼するように考えを巡らす。そしてスッと立ち上がった。シェフィールドも同じく腰を上げる。視線は魔法陣に留めたまま、ジョゼフは口を開いた。

 

「ミューズ」

「はい」

「まずは、ラグドリアン湖周辺を徹底的に洗え」

「はい。見つからなかった場合は、どうされます?」

「そうなると行先は一つしかない。ヨーカイ共の住処だ」

「トリステイン魔法学院ですね」

「うむ」

 

 返事と共にジョゼフは踵を返した。隠し部屋を出て行く。彼に続くミョズニトニルン。

 

 ほどなくして、ガリアの虚無とその僕は、玉座の間にいた。ジョゼフはその玉座に腰を下ろす。重々しく。今、ジョゼフの脳裏には一つの考えがあった。いつになく冷徹な口調で話し出す。

 

「ヨーカイ共……目障りになってきたな」

「はい」

「トリステインの虚無に組する故、聖戦では心強い味方になると考えていたが……エルフを匿うとなると話は違う。だいたい連中が余の邪魔をしたのは何度目だ?」

「片手では収まりません」

 

 シェフィールドは、憤りを纏った声を発する。アンドバリの指輪強奪に始まり、トリステイン魔法学院襲撃頓挫、タバサの母親誘拐、ルイズ捕縛阻止、そしてビダーシャル誘拐。他にも関与が疑わるものがある。実際そうだった。彼女は知らないが、ラ・ロシェール戦敗北、神聖アルビオン帝国崩壊も幻想郷の人妖達の仕業だ。さらにこれらが必ずしも、ジョゼフ達の邪魔をするつもりではなかったのだから、性質が悪い。

 

 ガリア王は、睨みつけるような視線をシェフィールドに向けた。もちろん彼女に不満があるからではない。ここにはいないヨーカイ共に対してだ。

 

「ミューズ。連中を排除……いや、ゲンソウキョウの連中がこの世界に関われないようにできるか?」

「手立てはございます」

「申せ」

「トリステイン魔法学院に、幽霊部屋と噂される部屋がございます。その部屋こそ学院が貸し与えたヨーカイ共の寮の一室。しかし6人以上のヨーカイがいるにも関わらず、ずっと一室のみだそうです」

「手狭すぎるという訳か」

「それだけではありません。部屋に入る事を許されてるのは一部の者のみ。他の者は、魔法によって入る事ができないとか。さらに全く気配がなかった部屋から、突然何人ものヨーカイ共が出てきたり、その逆で何人も入っていったはずなのに、気配が消え去るという事があるそうです」

「まさしく幽霊部屋だな」

「その部屋は隠し部屋と繋がっており、その場所こそヨーカイ共の住処、ゲンソウキョウとハルケギニアを結ぶ魔法陣の在り処と考えております」

「ふむ……。だとして、どうする?その魔法陣とやらを封じる術があるのか?」

「はい。トリステイン魔法学院を、ヨーカイ共の住処ごと吹き飛ばします」

 

 ミョズニトニルンは抑揚なく、だが決意を込めた言葉で主に提言した。学院を魔法陣ごと消し去ると。当然、その中には学院の関係者、教師や生徒、使用人達も含まれる。だがこの案に、ガリア王は渋い表情。

 

「それは不味い。息子や娘を殺されたトリステインの者共が、黙っている訳がない。トリステインとの不要なイザコザは、聖戦に支障が出る。だいたいトリステインの虚無も生徒だ。ヤツまで吹き飛ばしては、本末転倒だ」

「陛下、ご安心を。策が上手くいけば、むしろトリステインは自ら進んで聖戦に参加する事となりましょう。他の学院関係者が死亡しても、ルイズ・ヴァリエールだけは無傷な上、彼女も聖戦に一命を捧げるでしょう」

「ほう……」

 

 口元を釣り上げるジョゼフ。先ほどまでの冷徹さは、歪んだ喜びへと変わっていた。しかしシェフィールドは、引き締めた態度を緩めない。

 

「ですが、策は大がかりなものとなります。また、心苦しいのですが、陛下のお力添えを必要とします」

「かまわん。そんな面白い策なのだ。余も参加させろ」

「お気持ち痛み入ります。では……」

 

 そしてミョズニトニルンは秘策を口にする。自らの命も顧みない策を。

 その後、ラグドリアン湖周辺を捜索したが、ビダーシャルは見つからなかった。この結果により、目指すものが決まる。トリステイン魔法学院に全てはありと。

 

 

 

 

 

 その日、トリスタニアの王宮は騒然となっていた。御前会議では当惑と怒りの声がいくつも上がっている。女王アンリエッタも戸惑いを隠せない。重臣達が喚くように発言した。

 

「ガリアは一体何を考えておるのだ!」

「全くだ!こんなふざけた言いがかりがあるものか!」

 

 彼らの言うガリアからの要求は次のようなものだった。"トリステインにエルフの密偵が忍び込んでいる。ついては、探索のため、ガリア軍によるトリステイン領内での調査許可をもらいたい。"と。

 

 あまりに無礼な要求に、重臣達の剣幕は収まらない。

 

「エルフが忍び込んでいるなど、戯言にも程がある!何の証拠も示されておらんではないか!」

「だいたい事実としても、我が国領内の話だ。我が軍が当たればいいだけの事。何故ガリアが出てくる必要がある!」

 

 一斉に賛同の声を上げる。そして女王へと顔を向ける。同意を促すように。アンリエッタも憤りを露わにしていた。

 

「方々の言われよう、わたくしも考えを同じくするものです。かの国は近年、ハルケギニアを騒がしてばかり。しかも"虚無条約"が結ばれて、舌の根も乾かぬ内にこの要求。何を考えているのか、想像もつきません。この親書を、額面通りに受け取る訳にはいかないでしょう」

 

 いつになく敵愾心の籠った話しぶり。もちろんガリアの要求が、一方的過ぎるという面はあるだろう。だが、それだけとは言えなかった。こうも彼女が憤懣を抑えられないのは、やはりウェールズをレコン・キスタに討たれたというのが、まだ心に影を落としているのだろうか。その裏にいたガリアに対して、感情的なものが湧き上がるのを否定できない。

 女王の言葉に強くうなずく重臣達。さらにこのガリアからの親書、何かのブラフで別の狙いがあるという可能性もある。場合によっては敵対するもやむなしという空気が、この会議室に溢れていた。

 

 ところが、ここで宰相マザリーニからの落ち着いた言葉が挟まれる。他の面々と違い、苛立ちは見えない。むしろ腑に落ちないという態度。

 

「陛下、意外にこのエルフの件、事実かもしれませんぞ」

「このような唐突な話、信じるというのですか!?しかも、あのガリアからの話なのですよ?」

「理由はございます。それは例の巨大風石の件です。我が国でも確認できました。ハルケギニア全土の危機なのです。それはガリアも例外ではありません。侵略などに、うつつを抜かしている場合ではないのでは?」

「それは……確かに……そうかもしれませんが……」

 

 急に気勢が削げていく女王。重臣達も同じく。ハルケギニアが滅んでしまえば、領土も何もない。ただそうは言っても、ガリアの主はあの無能王。何も考えていないかもしれない。

 宰相は言葉を付け加える。

 

「さらに言えば、聖戦後を考えての可能性もあります。聖戦が成功すれば、ハルケギニア自体は救われます。しかし各国とも戦力を大きく減じているでしょう。戦争はしばらく無理でしょうな」

「できる内に、領土を増やそうという訳ですか?」

「そういう考えも、有り得るという話です」

「…………」

 

 口を強く結んで、視線を落とすアンリエッタ。いずれにしてもここで頭を悩ました所で、ガリア王が何を考えているか分かる訳もない。それからしばらくは重臣達の間で話が続いたが、何も決まらなかった。ここでまたマザリーニが発言をする。

 

「陛下。ここはいつでも対応できるよう軍の態勢を整え、国境を強化。さらに同盟国であるゲルマニアにも、もしもの際の支援要請を打診します。また名目上はエルフ、異教徒に関するもの。宗教庁と共に国内を調査するとし、ガリア介入の理由をなくすのはどうでしょう?」

「……。そうですね。いい考えです。みなさん、この案はどうでしょうか?」

 

 女王の問の後、重臣達の短い論議があったが、やがてマザリーニの案が採用される。会議は一旦の結論を見たが、誰もが胸の内にある重いものを抑えられないという顔つきだ。虚無条約により、少なくともハルケギニア内での戦争はなくなったと考えていた矢先の出来事。しかも相手はガリアだ。神聖アルビオン帝国とは訳が違う。最悪の事態が、脳裏に過るのを否定できなかった。

 

 

 

 

 

 トリステイン首脳部が騒然している同じ頃、アルビオン王国の宰相執務室では、呆れた声を上げる部屋の主がいた。マチルダだ。その前に外相、ワルド侯爵がいる。マチルダは、ガリアからの親書をワルドに渡した。

 

「トリステインにエルフが潜んでいるから、備えろだってさ」

「トリステインにエルフが?」

「だそうだよ。向こうの言い分からするとね。しかも、ガリアが自分達で探索するんだとさ。そんなもん、トリステインが許す訳ないだろうに」

「…………」

「しかもご丁寧に、ロマリアからの親書も同封されてたよ。ガリアに協力しろってね」

「……」

「けど、こっちは偽書だね。こんなもんまで用意して、急に戦争したくなったのかね。あの無能王は」

 

 長らく盗賊をやっていた彼女。文書の偽造はお手の物だった。逆に言えば、見破れるという意味でもある。ただトリステイン侵攻が目的だとしても、神聖アルビオン帝国での策に比べかなり雑なのが気になったが。

 マチルダは半ば憤慨しつつ、文句を並べる。彼女にとってガリア王は、アルビオンの混乱を助長した黒幕という悪印象。確かにレコン・キスタは、彼女とティファニアの仇であるテューダー朝を討ったが、それも単に連中の思惑からだ。恩義を感じるものではない。

 

「やっぱりあのジョゼフってヤツは信用できないよ。散々、アルビオンを引っ掻き回しておいて、今度はトリステインに手を出すって?しかも虚無条約結んでから、そう経ってない……」

「……」

「ん?どうかしたかい?」

 

 先ほどから全く返事をしないワルドに、不思議そうに声をかける。当のワルドは、射貫くようなまなざしで、親書を睨みつけていた。怒りを込めたような、苦々しげな様子がうかがえる。ポツリと小声を漏らす髭の侯爵。

 

「ガリア王め……何という失態だ……!」

「え?なんだって?」

 

 眉をひそめ、少々身を乗り出し尋ねるマチルダ。すると急にワルドが、親書を握りしめ迫ってきた。鬼気迫る表情で。

 

「宰相閣下!すぐにでも、ティファニア陛下を帰還させてください!さらに、トリステイン包囲の準備を!」

「ちょっと待ちなよ。まさかこの話、真に受けてんのかい?」

「早急に確認いたしますが、おそらく真実です」

「なんで分かるんだい?」

「ガリアはエルフを飼っていました。そのエルフの力を利用していたのです。かつて神聖アルビオン帝国に、ガリア王の手の者が不可解なマジックアイテムを持ち込んでいたのをこの目で見ました。それこそエルフが作り上げたものかと。加えて申せば、ガリアのエルフついてはロマリアも知っております」

「なんだって!?」

「おそらく、ガリアの聖戦参加が決まり、ガリア王はこのエルフが邪魔になったのでしょう」

「それで始末しようとしたけど、逃げられたって言うのかい?で、行先がトリステインって突き止めたと……」

「だと思われます」

「全く……」

 

 頭をかかえ、椅子に身をうずめるマチルダ。どうも手立てが杜撰だと思ったが、それが理由かと。要は、真相が明らかになる前に、全てガリアの手の内で収めたいという訳だ。確かにガリアからすれば、エルフとの関係がバレるのは非常にマズイ。策が慌てて作ったようなものになるのも、無理はない。しかもこれは、ガリアはすぐにでも動き出すという意味でもある。

 マチルダは、ガリアはなんて事をやらかしたのだと、溜息を漏らすしかない。もっとも、これが真相と決まった訳ではないのも確か。何にしても事が厄介なだけに、間違った判断で下手を打つ訳にはいかない。慎重に進めねばならなかった。しかし、できるだけ早く。

 

 マチルダは姿勢を正すと、宰相の空気を纏う。引き締まった声を発した。

 

「外相。まずは事実の確認してください。分かり次第、対応を決めます」

「はい」

「そして、ホーキンス国防大臣を呼び出してください。早急に」

「はっ!」

 

 宰相からの命を受け取った外相は、ただちに執務室を出た。しばらくしてマチルダの下へ来たホーキンスは、緊急命令を受ける。トリステイン国境ぎりぎりへの偵察艦隊の派遣と、ティファニア警備強化の名目で、トリステイン魔法学院への竜騎士隊一個小隊の派遣。この竜騎士隊は学院では素性を隠し、トリステインの竜騎士として振る舞う。さらにこの竜騎士隊には、状況によってはティファニアを救出、派遣した艦隊へ避難させるよう厳命が下った。

 

 

 

 

 

 残る大国のゲルマニア。こちらでもガリアからの親書への対応が考えられていた。アルブレヒト三世はテーブルに置かれた二つの親書を、頬を緩めて眺めていた。一通はガリアから、もう一通はロマリアから。どちらもトリステインにエルフが潜んでいるので、警戒せよという内容だった。

 重臣から声がかかる。

 

「陛下。いかにいたします?我が国でも、例の巨大風石は確認できました。聖戦を急がねばならぬこの状況。ハルケギニアの混乱は、避けねばならぬかと……」

 

 皇帝は重臣の言葉にうなずく。

 

「その通りだ。無駄に時間を浪費している暇はない」

「では……ガリアを説得するのでしょうか?」

「説得も時間がかかるではないか。手っ取り早いのは、強い方に付く事だ」

「陛下……?」

 

 予想外の答に、重臣は眉をひそめる。アルブレヒト三世は不敵に口元を釣り上げた。

 

「ガリアの同盟国として、我が国もエルフ探索に加わる。そしてトリステイン国内に駐留する。聖戦が終わった後もずっとな」

「陛下……!」

「アルビオンでは軍を右往左往させただけで、一辺の土地も手に入れられなかったのだ。今度は上手くやるぞ」

「……」

 

 重臣の額に冷たい汗が流れる。このハルケギニア全土の危機においても、野心を優先する皇帝に。彼は溜息を一つもらすと、忠告を一つ。

 

「しかし、次期皇后陛下、シャルロット・エレーヌ・オルレアン姫殿下が、トリステインにはおります」

「その通りだ。ようやく手にした至宝の玉だ。失う訳にはいかん。何か理由をつけて、ここヴィンドボナに呼び出せ」

「はい」

 

 淡々と返事をする重臣。さらに皇帝は命令を発した。

 

「全軍に出陣準備をさせろ。状況次第で、トリステイン領内へ兵を進める。先陣はツェルプストーだ。トリステインはよく知っておるだろう」

「はい」

 

 重臣は深く頭を下げ、皇帝の御前を後にした。

 

 

 

 

 

 トリステイン魔法学院の昼休み。ベアトリスが広場を歩いていると、ティファニアの姿が目に入った。声をかけようとしたが、雰囲気がいつもと違う事に気付く。ティファニアは、数名の衛兵らしき男たちと共にいた。しかも彼女は困っている仕草を見せている。

 憤慨して駆け寄るベアトリス。

 

「こら!そこの者共!ティファニアさんに何したんですの!だいたい、衛兵の分際で、貴族と軽々しく話して……」

 

 身分が口の先から出て行くのは相変わらずだったが、衛兵と思っていた男たちがそうではないと気付く。服に竜騎士の印があったのだ。しかも昨日来た、トリステイン王家からの者達だ。なんでも学院護衛のためだとか。ただトリステインの竜騎士にしては、違和感が少しあったが。

 

 剣幕は凪ぐように収まる。ベアトリスは傍までくると、ティファニアに話しかけた。

 

「あの……困ってたように見えたんですけど……どうされたんですの?ティファニアさん」

「あ、その……なんでもないの!ちょっと話ししてただけで……。え、えっと……む、向こう行きましょ!」

「え?あ、はい……?」

 

 ティファニアがあまりに強引に手を引っ張るので、腑に落ちない気持ちのままベアトリスはここから離れた。彼らの妙な緊張感に気付きもせず。

 

 同じ頃。キュルケは実家の馬車を、一言いいたそうに見送っていた。収まりの悪いものが頭の中にある。実家からの話に、不穏なものを感じたので。いや、それだけではない。ここ数日、妙な来訪が立て続けにあった。昨日来た竜騎士一個小隊もそうだ。そして今日は、ツェルプストーからの使いが来た。しかもタバサへの客も同伴して。

 

 褐色少女は整った顔を歪め、首を捻りながら校舎の中に入る。すると親友と鉢合わせた。

 

「見てたの?」

「……」

 

 うなずくタバサ。二人は並んで、次の授業の教室へと向かう。

 

「実家に帰って来いって言われたわ」

「理由は?」

「それが詳しい話は帰ってからって。しかも、いつ学院に戻れるか分かんないって言うのよ?なんか変でしょ?」

「……」

「で、そっちは?皇帝んとこの使い?」

 

 タバサの客は身分を隠していたが、その仕草やツェルプストー家の馬車に同伴していた点などから、キュルケはすぐに察した。普通の立場の者ではないと。しかもその人物がタバサの客となると、皇帝の使者しか考えられなかった。卒業までは公表されないが、タバサはゲルマニア帝国次期皇后なのだから。

 キュルケは何かを思いついたのか、顔色を変えて急にタバサに迫る。

 

「まさか……もう結婚の日取りが決まったとか!?あの皇帝、卒業待てなかったの!?」

「違う」

 

 雪風は、あっさり否定。

 

「宴に誘われただけ」

「宴?」

「今度、ヴィンドボナで宴を開くので、是非出席して欲しいと」

「ゲルマニアの首都で?あんな遠くに呼び出し!?だいたい、宴ってなんの宴よ」

「親睦を深めるためと言っていた」

「え?親睦?それだけ?そりゃぁ、婚約したって言っても、まだ赤の他人みたいなもんだけど……。それにしたって……」

 

 タバサとアルブレヒト三世が顔を合わせたのは、婚約を決めた時だけ。それ以来、顔を合わせていない。手紙すらない。絵に描いたような政略結婚だった。だから、人としてお互い分かり合いたいというのは、キュルケにも一応納得できる理由。しかし時期が引っかかった。呼び出すなら、国家行事を口実にすればいい。その方が自然だ。なのに何もない今の時期に、何故慌てるように呼び出すのか。

 

 考えを口にしようと、タバサの方を向くキュルケ。すると、窓の向こうに降りてくる風竜が見えた。竜騎士ともう一人後ろに誰か乗っている。その人物に見覚えがあった。銃士隊のアニエスだ。風竜が地に着くと、彼女はすぐさま飛び降りる。そして早足で、校舎へ向かっていった。

 キュルケがポツリと漏らす。

 

「今度はルイズに客かしらね」

「たぶん」

 

 タバサはうなずく。アニエスが学院に来たときに向かう相手と言えば、大抵ルイズ。そして用件は、王家や国に関わるものばかり。二人はまたあのちびっこピンクブロンドが、王家から無理難題を押し付けられるのかと少々不憫に思っていた。

 だが一方で、何とも言えない嫌な予感が二人を包む。奇妙なほどの最近の千客万来ぶりに。タバサはもちろん、キュルケもルイズや幻想郷組に付き合い策謀の最前線にいた。その経験が訴えている。何かの導火線にすでに火が付き、終着点に向かって進み始めているのではないかと。

 

 

 

 

 

 幻想郷。紅魔館の大図書館。パチュリーは本の山に囲まれていた。もちろんハルケギニア関連、つまり黒子の調査のために、これらの本をひっくり返していたのだった。現在は、まずはダゴンに関しての調査中。

 手元には、そもそもの切っ掛けとなったダゴン召喚に関する魔導書『王の天蓋 絹の章』を開かれていた。実はこの魔導書は『王の灯篭 真昼の章』とセットで使わないといけないのだが、パチュリー達は間違って『王の天蓋 絹の章』だけで召喚陣を構築してしまった。結果は失敗。だが本来なら何も起こらないはずなのに、どういう訳かルイズが召喚されてしまった。未だにこれは謎のまま。

 

 開いた『王の天蓋 絹の章』をこあが覗きこむ。そこには挿絵があった。ダゴンの姿を描いた絵が。

 

「やっぱりダゴンさんって、こんな姿でしたね」

「違ってたら、実は召喚成功させた事ありません、って言ってるようなもんじゃないの。見た事あるから、描けたんだもの」

「ああ、そうですね」

 

 一瞬舌を出し、かわいらしい仕草でごまかすこあ。だが魅入られたように挿絵を眺める。あまりにも、出来がいいからだろうか。実物そっくりだ。すると、またも雑談でもするように尋ねてきた。必死に頭を悩ましている主人に構わず。

 

「それにしてもダゴンさんて、神出鬼没でしたよね。なんで、あんなに都合よく出て来たんだろ?」

「ああ、それ?」

「なんでダゴンさん、この場合はデルフリンガーさんかな?虚無条約の話知ったり、ビダーシャルさんが捕まったって分かったのかなって。そうだ。パチュリー様達もワルドさんの時とか、なんで来るって思ったんです?」

「ワルド襲撃の時、デルフリンガーに確認とったでしょ?」

「えっと……何でしたっけ?」

 

 またも笑いでごまかすこあ。デルフリンガー尋問の現場にはいたが、一連の会話は頭に入ってなかった。溜息をつくパチュリー。

 

「虚無関連を、監視カメラ代わりに使ってるのよ。虚無の秘宝とか、担い手や使い魔もね」

「え~!?そんな事できるんですか?」

「たぶん、使い魔契約の感覚共有と似たような効果だと考えてるわ。黒子が虚無関連だから、できるんでしょうね」

「へー……」

 

 感嘆を上げるこあ。しかし、すぐに疑問の表情に様変わり。顎先に人差し指を添え、宙を仰ぐ。

 

「あれ?だったらキュルケさんとタバサさんの転送の時は?虚無関連って何もないハズ……」

「コルベールが『火のルビー』を持ってたのよ」

「えっ!?なんで?だってコルベールさんって、虚無と全然関係ないじゃないですか!」

「経緯は話してくれなかったわ。言いたくないみたいでね。それに、こっちも由来はどうでもよかったもの」

「へー……。そうなんですか……」

 

 またも感心してなんどもうなずく。

 

 実はコルベール。かつては"魔法研究所実験小隊"という特殊部隊に所属していた。特殊部隊と言えば聞こえはいいが、実態は汚れ仕事専門の部隊だった。とある不可解な任務の最中、ある人物より『火のルビー』を託されたのだ。以来、ずっと手元にあり、未だ本来の持ち主に返せずにいる。ちなみにパチュリーがこれを知っているのは、デルフリンガー訊問の後、学院周辺の監視カメラ、もとい虚無関連の所在を確かめるため天子と魔理沙が探したので。二人の異界人に問い詰められ、さすがのコルベールも吐かざるを得なかった訳だ。

 

 さらに質問を続けるこあ。主は忙しいというのに。

 

「それで、ワルドの時どうやってデルフリンガーさん、来るって分かったんです?」

「……。ティファニアとルイズに、嘘教えて誘導したの」

「けど、その時は虚無関連が監視カメラって、分かってなかったんですよね」

「見当はついてたのよ。どうやってデルフリンガーと黒子が、情報集めてたかはね」

「なるほど……。さすがはパチュリー様です。監視カメラを逆手に取るなんて!」

「もう疑問は解けた?なら少し黙っててくれない?目通さないといけない本が山ほど……」

 

 突然、七曜の魔女が言葉を途切る。同時に表情が驚愕へと変わっていた。目を見開き、視点は宙を漂い、口を半ば開いたまま止まっている。まるで石化にあったかのように動かない。あまりの変わりにこあが、不安そうに声をかけた。

 

「えっと……パチュリー様?」

「監視カメラ……」

「は?」

「監視カメラ」

「はい?」

「監視カメラよ!」

 

 紫寝間着は使い魔に掴みかかった。鬼気迫った目つきで。こあの方は、謝ればいいのか、いっしょになって連呼すればいいのか、戸惑うだけ。

 

「え!?あの!?ハハハハ……」

 

 やっぱり笑ってごまかした。眉毛はハの字だが。しかり主は構わず叫ぶ。

 

「そうよ!なんで監視カメラって分かったの!?」

「いやぁ……ご自分で考えたのに、分かんないって……」

「私の話じゃないわよ!デルフリンガーよ!」

「え?」

 

 こあはキョトンとして停止。しかし主の口は止まらない。

 

「あの時、虚無関連を監視カメラにしてるかって聞いたわ。けどデルフリンガーは反応してた」

「えっと……何にです?」

「『緋想の剣』によ!監視カメラって言葉を知らなかったら、反応はなかったハズだわ!」

「じゃぁ、監視カメラって言葉知ってたんですね」

「そうよ!」

「えっと……それがおかしいんでしょうか?」

「近世文明以下のハルケギニアで、なんで"監視カメラ"なんて言葉知ってんの!?」

 

 近世以前。つまり地球でいうと18世紀以前。そんな時代に”監視カメラ”なんて言葉が、あるハズない。一瞬、驚くこあ。確かに、なんとも言い難い奇妙な話だ。しかし、すぐに答を思いつく。

 

「デルフリンガーさんは、ずっとアジトにいましたから。みんなの会話聞いて、覚えただけじゃないですか?」

「…………。そうね。有り得る話だわ」

「そうなんですよ。きっと」

「なら確かめる」

「確かめるって?どうやって」

 

 こあの問にパチュリーは答えない。代わりに要求を口にする。

 

「こあ。几帳面な子、四人五人集めて」

「はぁ……。でも、何するんです?」

「文んとこに行くわ」

「え?何しに?」

「……」

 

 紫魔女は答えない。スッと立ち上がると、宙を仰ぐ。スコープ越しにターゲットを探すような視線が、そこにあった。黒子の尻尾を掴んだ。そんな確信が魔女にはあった。

 

 

 

 




コルベールが『火のルビー』持ってるってのは原作にあるんですが、本作では書くの忘れてました。おかげで今さらに…。

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