ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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断絶

 

 

 

 

 

 ヴェルサルテイル宮殿の玉座の間で、苛立ちを漂わせた人物が王と対峙していた。この国の者ではありえない態度だ。もちろんその人物はガリア人ではない。ロマリアからの使者、ジュリオ・チェザーレだった。その側には、アルビオン外相、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド侯爵の姿もあった。

 

 トリステインにエルフが潜んでいる。この報をロマリアが最初に耳にしたのは、トリステインからの使者、マザリーニ枢機卿からだった。その直後、ワルドが到着する。彼からはエルフ探索がロマリア承認の元、ガリアが行うという話が伝えられる。全く覚えのない内容。ヴィットーリオ達は、驚きを通り越して怒りすら浮かんでいた。

 ただちにロマリアからのジュリオが派遣される。ロマリアからの親書と称する偽書を各国に渡したガリアへ。ワルドも、エルフ逃走の実情を知るために同行した。

 

 しかし、二人はガリアに到着はしたものの、すぐにはジョゼフに謁見できず数日待たされた。ようやく今日、謁見が許される。ただでさえ宗教庁からの偽書作成という、大罪と言っていい行為についての問い詰めに来たジュリオ。この上、待たされたため余計に苛立っていた。

 普段は飄々としている彼だが、今のジュリオは感情を押さえきれずにいた。声に鋭さが籠っている。

 

「陛下。一連の行為について、説明していただきたいのですが」

「一連とは、なんだ?」

「御戯れを。トリステインにエルフが潜み、その探索をロマリア承認の元、ガリアが行うという件です」

「ああ、あれか」

 

 ジョゼフは、一昨日の夕食でも思い出すかのように答える。そして先ほどから変わらない、緊張感の欠けた顔つきで話しだした。

 

「トリステインにエルフがいるというのは、偽りではないぞ」

「ロマリアからの親書については?」

「ふむ。偽書を作ったのはマズかったか。うむ、悪かった。以後、気を付けるとしよう」

「な……!」

 

 罪の意識も後悔も感じられず、逆に隠そうともしない。ガリア王の呆れるほどの開き直りぶり。ジュリオには言葉なかった。

 次にワルドが問い掛ける。彼の方は、ジュリオに比べれば幾分落ち着いていた。

 

「陛下。トリステインに潜んでいるというエルフ。元々は、陛下の手元に置かれていたエルフではありませんか?」

「ん?」

「アルビオンもロマリアも、以前よりガリアがエルフと手を組んでいる事、存じ上げております」

「ほう。かなり注意深く、隠しておったつもりだったのだが。侮れんな。いや、大したものだ。うむ、その通りだ」

 

 ガリア王は、他人事のように言う。雑談でも交えるように。罪を暴露されているというのに、この態度。ワルドもジュリオも、ジョゼフという人物が今一つ理解できなかった。苛立ちよりも困惑に包まれる二人。

 

 ふと青髭の偉丈夫は、髭をいじりだした。すると急に、半ば遊びのような気配が消え失せる。ハルケギニア最大戦力を誇る国の主がそこにいた。今までとは違い、威圧するような声が届く。

 

「で、お前達二人は何しに来たのだ?」

「何しにですと!?」

 

 ジュリオは、怒りを抑えきれずに声を上げていた。

 

「先ほど申し上げたではありませんか!偽書作成の件!さらにエルフと手を結び、しかも取り逃がした件!どのような弁明を……」

「お前、バカか?」

「バ……!」

 

 口を半開きにしたまま身動きを止めてしまう、月目の美少年。険しさを増すジュリオの顔つき。だが、そんな彼を前にジョゼフは溜息をつく。ゆっくりと玉座に身を預けた。

 

「トリステインにエルフが潜んでいる。これは紛れもない事実だ。そしてこのエルフがサハラへ逃げおおせれば、聖戦をも危うくするのもな。このような火急の時に、わざわざロマリアへ探索許可を貰いに行き、そしてエルフを取り逃がした責を取れと言うのか?そんな暇があると言うのか?何を優先すべきか、少しは頭を働かせろ」

「し、しかし……!」

「全ては、エルフを捕らえてからではないか?なあ、ロマリアの神官よ」

「ぐ……」

 

 返答は歯ぎしりが精いっぱいだった。ワルドもこのジョゼフの対応に憤りを感じたが、彼がいう事も一理ある。ガリア王の落ち度があったとしても、最優先させるべきはそれではない。それほどエルフの存在は重大だ。アルビオンの外相は一つ深く呼吸をすると、小声で教皇の腹心に話しかけた。

 

「ジュリオ。真の目的は聖戦だ。それを忘れるな」

「…………」

 

 苦虫を潰したようなジュリオの表情が、冷静さを取り戻していく。気持ちを押さえつける。やがて姿勢を正し、ジョゼフへ顔を向けた。

 

「…………陛下のおっしゃりよう、ごもっともです。ですが、いずれにしても今回の件は、エルフ、異教徒に関するもの。エルフ探索は当事国、トリステイン、そして宗教庁の手によって行います。他国の方々は、この件についてお心を煩わせる必要はありません。これは聖下の御心でもあります」

「そうか。ならば、トリステイン探索はロマリアに任せよう」

「…………」

 

 またも戸惑うジュリオとワルド。こうもあっさり引き下がるとは。偽書まで作り上げたのだから、ガリアによるエルフ探索に拘ると考えていたのだが。無能と呼ばれる王の腹が読めない。

 その後、ジョゼフはトリステインでのエルフ探索について、教皇の命がなければ関わらないという書面すら用意する。ジュリオもワルドも、ガリア王に何かあると思いながらも、全て任せると言われては追及する事はできなかった。

 

 二人の使者は去り、静まり返った玉座の間。ジョゼフは、脇のテーブルに置いてある人形を手にした。女性の人形を。その人形に勝ち誇ったような表情で話しかけた。

 

「ミューズ。こちらは適当にあしらってやったぞ。だが、それほど時間は稼げまい。開戦は、ここ一週間以内となろう」

「…………」

「そうか。ならば余も出陣の準備を始めねばな」

 

 ジョゼフは人形を置く。この人形、実は遠隔通信を可能とする魔法人形であり、シェフィールドが操るマジックアイテムの一つだ。つまり今話していた相手は、シェフィールド。

 

 策は順調に進んでいる。満足げに玉座の間から出ようとしたジョゼフ。だが足を止め、もう一度人形を手にした。

 

「ミューズ。一つよい知らせがある。実はな、新しい魔法を手に入れた」

「…………」

「お前の魔法陣の話をヒントにしてな。まさしく瞬間移動の魔法だ。かなりの距離を移動できる。どうも余の力は、移動の傾向が強いらしい。それに聞いて驚け。その魔法の名、『テレポート』だと。異界のヨーカイ共が口にした"テレポーテーション"と似たような響きだ。正直、何かを感じずにはおれん」

「…………」

「ともかく、これで策はかなり楽になった」

「…………」

「ミューズ。では、共に本会場へ向おうではないか。『トリステイン魔法学院』へ」

 

 ガリアの虚無は不敵に口の端を釣り上げると、人形を愛おしそうにテーブルの上に置いた。

 

 

 

 

 

 幻想郷組のアジト。四人の人妖が廊下を歩いていた。目的の部屋に向かって。アリスがポツリと言う。

 

「上手くいけばいいけど」

「まあな。けど成功すれば、トリステインのトラブルも、ハルケギニアが無くなるって話も、聖戦もなんもかんも全部解決だぜ」

「とにかく、やってみましょ」

 

 アリスに気負った様子はないものの、力の籠った返事をしていた。

 そしてたどり着いたのは、ビダーシャルが看病を受けている部屋。ノックの後、扉を開けた先に見えたのは、半身を起こして本を読んでいるエルフだった。暇を潰していたらしい。

 

 ビダーシャルはまだここにいる。身を起こせる程度には回復したが、故郷サハラへの旅に耐えられるかと言われると十分とは言えない。トリステインからサハラまでは、ハルケギニアを横断すると言ってもいい程の距離なのだから。ちなみにこの部屋で彼を診ていたラグドリアン湖の水の精霊、ラグドは、後は自然回復を待つだけとリビングに戻っている。

 

 開いた扉からゾロゾロと、人妖達は入る。

 

「お邪魔するわ」

「調子はどうだ?」

 

 アリスと魔理沙のそれぞれの挨拶。さらに天子、衣玖も姿を見せる。ビダーシャルは本を置くと、顔を向けた。

 

「大分、調子は戻ってきている。もうしばらくすれば完全に回復するだろう。大変世話になった。この礼は必ずする」

「そうか」

 

 白黒魔法使いの、らしくない淡泊な返事。何か含みでもあるかのような。エルフにわずかな違和感が浮かんだ。

 人妖達は椅子を各々持ってきて、ベッドの脇に座る。益々何事かと訝しがるビダーシャル。そして、アリスが話を始めた。

 

「さてと、少し話がしたいのよ」

「世間話の類ではないようだな」

「ええ。大事な話」

 

 アリスの緊張感漂う気配に、ビダーシャルの側も気持ちを引き締める。人形遣いはおもむろに口を開いた。

 

「単刀直入に言うわ。『シャイターンの門』、人間達に使わせてもらえないかしら」

「何をバカな。蛮族を門へ近づける訳にはいかない理由は、以前話したではないか」

 

 ビダーシャル、呆れ混じり答える。

 実はアリス達。聖地にある『シャイターンの門』について彼から聞いていた。食事を持ってきた時などの雑談の中で。エルフがシャイターンの門から出た悪魔によって、半数を失うほどの大惨事にあったという6000年前の話も。ビダーシャルは言う。だからこそ、シャイターンの門に人間を近づける訳にはいかないと。ましてや、虚無の担い手など論外と。

 

 だが人形遣いは、エルフの予想外の事を言い出した。

 

「開かなければいいのね」

「それはそうだが……。ともかく、シャイターンの門を蛮族に渡す訳にはいかん」

「別に渡さなくっていいわ。少し貸すだけだから」

「渡さなくてもいい?」

 

 ビダーシャルは眉をひそめる。人間達はシャイターンの門を聖地と崇め、聖地奪還のため戦争すら辞さないのだ。それが渡す必要はないとは、どういう意味か。

 エルフが理解しかねているのに構わず、アリスは続けた。

 

「開かないまま、中のものを利用できないかしら」

「開かないで利用?そんな事が…………。私には分からん。だいたい、シャイターンの門の全容を知っている者はいない」

「え?分からないのに、開けちゃいけないなんて話になってんの?」

「言わば禁忌なのだ。シャイターンの門は。そして開けた結果は、歴史が物語っている」

「…………。なるほどね。これは厄介だわ」

 

 アリスは弱ったと、溜息一つ。聖戦関連は、どうも大昔の話を根拠にした信仰、思い込みとでも言うべきか、その類のようだ。ならば理屈は通用しない。幻想郷ならばこんな場合は弾幕ごっこで片を付けるのだが、こっちはそうもいかない。

 それにしても恐ろしいからと言って、未知のものに手を出さないとは。愚かとしか思えない。幻想郷の魔法使いは、研究者でもある。未知のものは、恐ろしかろうがなんだろうが、とりあえず手を出してみるのが当たり前。

 

 一方、ビダーシャル。今、門を人間に使わせろとの話を持ってきた理由が分からない。しかも、使わせるのであって渡すのではない。聖戦の完遂を目指すなら、聖地を手にしなければ意味がない。

 異界の者達の話、彼女達の立ち位置、ハルケギニアに来てから知った事、渡す必要のない聖地、シャイターンの存在。それらがビダーシャルの頭の中で繋がり出す。やがて一つの答が出てきた。

 

「もしや……蛮族共は、現在、抜き差しならぬ危機にあるのではないのか?」

「…………」

「単なる信仰ではなく、実質的な意味でシャイターンの門の力に頼らねばならぬと」

「…………」

「答えたくなければそれで構わない。私も追及しない。あなた方には、恩義があるからな。ここで聞いた話も、口外するつもりはない」

 

 アリスはビダーシャルの話を耳に収めると、わずかに天子と衣玖の方を向いた。天人と天空の妖怪は、わずかにうなずく。つまりビダーシャルは嘘を言ってはいないと。実は天子達がいるのはこのため。隙を見せようとしないのは、彼女達なりにルイズ達を思っての事だった。

 一つ息をすると、人形遣いはうなずいた。

 

「その通りよ。で、その解決法が聖地、あなた達が言うシャイターンの門にあるらしいのよ」

「何があると言うのだ?シャイターンの門に」

「死後の世界への入り口だって」

「何!?」

 

 呆気に取られるエルフ。聞き間違いでもしたのかと、その長い耳に届いた言葉を脳裏に呼び起こす。しかしその必要はなく、魔理沙がさらに付け加えた。

 

「教皇が、そう言ってたんだそうだぜ。死んだもんの意識が、行きつく先だって」

「バカな……。死後の世界が、シャイターンの門の向こうにあるだと?世迷言にも程がある」

「けど何があるのか、知らないんだろ?」

「調べるまでもない」

「だって悪魔が出てきたんだろ?魔界に繋がってるかもしれないぜ」

「魔界などと……。確かに悪魔とは言ったが……。いや、そうか。あなた方の世界には悪魔がいるのか」

 

 彼は約定を結んだ時の事を思い出す。パチュリーがこあ、悪魔の眷属を使役していた事を。

 

「しかし、我々の世界には悪魔と呼ばれる者はいても、悪魔そのものはいない。ましてや死後の世界など、行けるはずもない」

「って事はなんだ?教皇は出まかせ言ったのか?」

「嘘には違いないだろうが、自らの窮地に無意味なものを吹聴するとは思えん。おそらくは、聖戦に皆を巻き込むための方便だろう」

 

 死後の世界ではないだろうが、門には彼らが必要とする何かがあるのだろう。つまりいずれにしても、人間達はシャイターンの門を求める。ビダーシャルはこの考えを噛みしめた。

 ここでアリスが彼に再び話を戻す。

 

「ここまで聞いて、だいたい察しはついてると思うけど、あなたに仲介をしてもらいたいのよ。エルフと人間の間をね」

「ありえん」

「なんとかならない?だって門の中身、分かんないんでしょ?」

「確かに門について正確な事は分からないが、危険なものには違いない。ならば、触らぬのが一番よい。ましてや蛮族達のためになど論外だ。あなた方に恩義はあるし、私としても礼はしたい。だが、それとこれとは話が別だ」

「門の解明に、私達が手を貸すって言ったら?」

「…………」

 

 ビダーシャルは黙り込む。異界の人外達の力。実際経験した彼だから分かる。その力をもってすれば、もしかしたら門の実態が分かるかもしれない。そうすれば、開けることなく力を利用する事もあるいは可能かも。人間達に使わせるかどうかは別にして、より緻密な危機管理ができるかもしれない。だがしばらく考えて、首を振るエルフ。解明できるか以前の話だと気付いた。

 

「いや、やはり無理だ」

「なんで?私達の能力、全部知らないでしょ?」

「そういう話ではない。言わば……政治の話なのだ」

「ん?」

 

 首を傾げるアリス。ビダーシャルは続ける。

 

「そもそも私がこの地に来たのは、シャイターンの出現が予想されたからだ。実際、現れた。そして次に行うべきは、聖戦とやらの阻止」

「だから、ガリア王と手を組んだって訳ね」

「その通りだ。シャイターンでありながら、この地を混乱させる気だったからな」

「それで仲介が無理な理由は?」

「実は聖戦を防ぐ別の方法を考えた者達がいる。先にエルフから攻め、人間共を滅ぼしてしまえという連中だ。私がこの地に来たのも、彼らを牽制する意味でもある」

「そうなの」

「その私が、工作に失敗しサハラに逃げ帰るのだ。話を聞く者などいる訳がない。むしろ蛮族の窮地を知った彼らが、今こそ攻め時だと中立派を抱き込みにかかるだろう。戦争を早めるだけだ」

「…………」

 

 黙り込む人形遣い。政治について幻想郷組は皆疎いが、ハルケギニアの生活で、この世界では単に力があれば何でもできる訳でもないのを知っている。少なくとも人間とエルフが手を結ぶには、かなりハードルが高いという事だけは理解できた。

 

 その後、いくつかの案が出たが、ビダーシャルからは心良い返事は出てこなかった。ただ今後とも、戦争回避のために連携は取るという最低限ものだけは確認された。

 やがて一同は部屋を出て行く。廊下を歩きながら、魔理沙が零した。

 

「まいったぜ。必殺技だと思ったんだけどなぁ。ハルケギニアの連中もエルフも、こっちのヤツらは面倒くさいのばかりだぜ」

「で、どうする?手がなくなったわよ」

「パチュリーから何か届いてないか?」

「さっき転送陣見たけど、空っぽよ」

 

 アリスのぼやくような言葉。合わせる様に魔理沙も渋い顔。

 ともかく、最大の決め手がなくなった以上、次を考えないといけない。しかも時間がない。ハルケギニアの危機はともかく、トリステインの危機は、目前まで迫っているのだから。

 

 

 

 

 

 学院の廊下をうつむいて唸りながら歩く少女が一人。心なしかそのピンクブロンドも、色合いが淡い感じがする。ルイズだ。今の所、王宮から知らせもなく、魔理沙達からの全てをひっくり返す奇策も出てこない。かと言って、自分も何か思いつく訳でもない。祖国の危機だというのに、何をすればいいのか分からない。焦る気持ちだけが、積もっていく。

 

 歩いていると、視界の中に影が入ったのに気づいた。前を向くルイズ。視線先にあったのは、キュルケの一言いいたげな顔。ルイズ、頬が引きつっていた。

 

「キュ、キュルケ……。何かしら?」

「何かしらじゃないわよ。あなた、あたしの事避けてない?」

「え?そ、そう?」

 

 無理に笑顔を作るルイズ。むろん彼女がキュルケとギクシャクしているのは、今回の動乱が絡んでいる。気持ちがすぐに態度に出るルイズ。いつもと変わらぬよう接していたつもりだったが、隠し切れなかったようだ。キュルケは大きなため息をつくと、呆れるかのように言った。

 

「ゲルマニアの先陣がウチだから?」

「え!?あんた、知って……あ、いえ……」

 

 なんと答えていいか言葉に困る。以前は不倶戴天の敵だったが、今では友人の一人と言ってもいいキュルケ。だがアンリエッタから、ツェルプストーが出陣準備をしていると聞いてから、彼女にどう接していいか分からない。しかしキュルケの方は、ルイズに構わず話を始めた。こちらは、いつもと変わらず。

 

「ちょっと前にね、あたしとタバサに遣いが来たのよ。ゲルマニアからね」

「ゲルマニアから!?やっぱり……」

「勘違いしないでよ。スパイしろとかじゃないから。あたしには理由も言わずに実家に帰れって話、タバサん所には宴をするからヴィンドボナに来いって話」

「トリステインから離れろって事?」

「そうね。で、おかしいと思って、シルフィードにちょっと遠出をしてもらったのよ。そうしたら、トリステイン周り、軍隊だらけじゃないの」

「…………」

「一体、何が起こってんのよ?」

「…………」

 

 ルイズはキュルケの顔をまっすぐ見た。一年生の時から変わらない、どこか太々しいが、同時に揺るがぬ信念のようなものがある。ゲルマニアのキュルケ以前に、ただのキュルケなのだと、なんとなく分かってしまった。口元がつい緩むルイズ。

 

「うん。いいわ。ここじゃなんだから、私の部屋……いえ、魔理沙達の部屋に行きましょ」

「ええ。後、タバサはどうする?」

「あ、彼女も連れてきた方がいいわね」

 

 やがて 二人はタバサと合流、幻想郷組の部屋へと入って行った。

 

 幻想郷組の部屋は結界で囲まれており、密談するには打ってつけだった。今、人妖達はアジトにおり、ここには誰もいなかった。勝手知ったる他人の部屋とばかりに、三人はテーブルを囲む。

 ルイズは気持ちを整えると、話し始めた。トリステインに潜むエルフについてと、その探索をガリアがすると言い出した事、さらにゲルマニア、アルビオンが動きだしている点も。アリスには、すでに伝えてあるとも話した。そしてトリステインがすでに手を打っている事も。最初、驚きと呆気が撹拌されたような顔の二人だったが、全てが終わった時には重い表情に変わっていた。キュルケが尋ねてくる。

 

「本当にエルフがいるの?」

「分からないわ」

「言いがかりかもしれないって訳ね。にしても、頭のおかしいガリア王はともかく、ウチの皇帝も何やってんだか。本気で戦争するつもりかしら」

 

 キュルケは祖国の主に、全く敬意を払わない口ぶり。キュルケらしいとも言えたが。ここでタバサが、重い顔つきのまま言う。

 

「今は時間を稼ぐのが大事。トリステインが宗教庁との話をまとめるまで、事が大きくならないようにする」

「それしかないわね……」

 

 宙を仰ぎながら、タバサに賛同するキュルケ。ふと、ルイズの方へ顔を戻す。

 

「王宮からはまだ何もないの?」

「うん」

「アリス達からは?」

「そっちも」

「う~ん……。さすがの彼女達も、手に余るのかしら」

「それに今、パチュリーいないのよ。天子はこの手の頭使うのは、やりたがらないし。衣玖はあまり関わろうとしないし。考えてるのは、魔理沙とアリスだけだと思う」

 

 なんだかんだで知識豊富なパチュリーは、作戦を組む時のキーマンの一人ではあった。彼女がいないのは、この意味でも痛かった。

 するとタバサが口を開く。心を決したかのような固い表情で。

 

「なら、ここにいる人間でなんとかするしかない。少なくとも、ゲルマニアは私がなんとかしてみせる」

「え?どうやって?」

「私は、ゲルマニア次期皇后」

「タバサ……」

 

 ルイズは、タバサの覚悟の宿った瞳から目を離せない。異国の留学生、政治の翻弄され続けた彼女が、こんなにもトリステインのため……いや違う。この学院にいる友人たちのために、体を張ろうとしているのだ。ルイズも奮い立つように、胸の内に言い聞かせる。自分も持てる力を、全て尽くすと。

 ここでキュルケが、和ませるような声色が二人の耳に届いた。

 

「タバサ。気合い入れるにはまだ早いわよ。私達もアリス達と話してみましょ。何かまた妙なアイディアが、浮かぶかもしれないわ。なんてたって、私達は10人程度で神聖アルビオン帝国を引っ掻き回して、最後は潰しちゃったんだから。意外にあっさり片が付いちゃうかもしれないわ」

「…………。うん、分かった」

 

 タバサの厳しい表情も多少緩む。ルイズは釣られるように、頬を綻ばせていた。キュルケの言う通り。自分達は、奇策の上に奇策を重ね、神聖アルビオン帝国の大軍も、ガリアのミョズニトニルンも手玉に取ったのだから。きっと今回も何とかなる。そんな気持ちが、湧いてきていた。

 さっそくとばかりに、ルイズは立ち上がる。そして、小気味良く言い出した。

 

「んじゃ、行きましょ!魔理沙達ん所に」

 

 だが、ここでタバサが突然、外を向いた。様子を窺うような姿勢で一言。

 

「王宮の使者が来た。たぶんルイズの客」

 

 彼女の言葉を合図に、ルイズとキュルケは窓の側へと寄っていく。窓の外に、降りてくる伝令の風竜が目に入った。トリステイン王家のものだ。キュルケがつぶやくように言う。

 

「何か進展があったみたいね。いい方か……悪い方か……。とりあえず聞いてからにしましょ」

「うん」

 

 うなずくルイズ。アンリエッタ達の思惑通り事が運んでいればいいが、そうでなかったら……。ルイズは、肌が強張っていくのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 幻想郷。紅魔館の大図書館。パチュリーの書斎。動かない大図書館の顔つきが、珍しく動いていた。驚愕と当惑で。

 

「え?え?え?ちょっと待ってよ。何よそれ?どういう事?」

「知らないよ。文に説明してくれって、頼まれただけだから」

 

 魔女の目の前にいる河童は、他人事のように返した。

 

 黒子の謎解きに手を貸すと言った文。パチュリーの研究ノートを読んでいて、何かに気付いた。一旦、外に出た彼女が連れてきたのが、鈴仙とにとり。そのにとりが、見かけない本を広げ説明し終わった結果がこれである。読書の権化である彼女にすら馴染のないキーワードが、にとりからポンポン出てきた。科学技術に関する用語の群れが。おかげで頭の整理がうまくいかない。

 眉間の間に谷を作り、何度も疑問符付の言葉をつぶやくパチュリーに、文が声をかけた。

 

「鈴仙さんが確認したので、ものが確かなのは間違いないです。もっとも、単なる偶然かもしれませんが」

「…………」

 

 パチュリー、黙って聞くだけ。さらにここで鈴仙が、新たなものを差し出す。数枚の資料が机の上におかれた。

 

「これ、師匠が渡してくれって」

「ん?」

 

 軽く目を通す魔女。だが、またも瞼が一杯に広がって固まる。この資料の内容も、考えもよらなかったものだった。その内容とは、以前、カトレア達から採取した血の分析結果だった。

 

「何よこれ!?ルイズ達が人間じゃない?」

「こっちの世界の基準で、って話だったけど」

「そう言えば……。レミィもハルケギニアの人間の血は、飲めたもんじゃないって言ってたわね……」

「でも、異世界人だからルイズ達って。異世界人は人外って、話なだけでしょ?」

「だけど……この分析結果は……」

 

 言葉が途切れ、射貫くような視線を並ぶ資料に落とす。新聞屋に、医者に、科学技術者。魔法使いとは全く違うジャンルに属する連中から出された資料。ジャンルが違うからこそ、彼女には思いもよらなかった見方。

 パチュリーは急に研究ノートを手に取ると、かたっぱしから目を流していく。それは速読でもしているかのような速さ。脳裏を過ぎていく、ハルケギニアで起こった今までの出来事、そして知った知識。全て読み終わると、最後に古びた本を手に取った。それはあの悪魔ダゴンを召喚の元となった資料、『王の天蓋 絹の章』。何百年も前の痛みが目立つ本。そしてまたダゴンのページを開いた。挿絵がそこにあった。こちらもまた、アチコチにしみや痛みが見える。

 

「こあ」

「はい?」

「この絵、ダゴンにそっくりね」

「それ話したじゃないですか。召喚に成功したから、そっくりに描けたんだって。パチュリー様が言ってたんですよ」

「ええ。けど、違うかもしれないわ」

「何がです?」

 

 パチュリーはこあに説明せず、本をゆっくりと閉じた。突然、一枚の紙を取り出すと、ペンを走らせた。一気に書き終えると、封筒に収める。

 

「こあ。これハルケギニアに送って」

「はい」

「それが終わったら、几帳面な子、10人……。いえ、司書全員集合。それと、図書館中央、広場に全員分の机と椅子用意して。後、筆記用具も」

「は!?何始めるんです!?」

「黒子探しに決まってるわ」

「はぁ!?」

 

 こあ、一時停止。意味が分からない。しかし主は何も言わず、颯爽とした軽い足取りで部屋を出て行った。

 

 それからしばらく後。大図書館の中央。ずらっと並んだ机と椅子に、小悪魔達が座っている。そして並ぶ筆記用具に山積みにされた書類の束。こあがパチュリーの元にやってきた。

 

「準備、終わりました」

「そう。ご苦労様」

 

 パチュリーは揃った司書達の前で、軍の指揮官のように悠然と立った。

 

「今からとても大事な作業をするわ。集中して気を抜かない……」

 

 ここで脇から文句乱入。レミリアである。

 

「ちょっと、パチェ!黒子探しなんてもんより、トリステインはどうするのよ!」

「そうね。誰か送った方がいいわね」

「なら、私が行くわ」

 

 胸を張り、勇ましさ披露のお嬢様。どこか、お遊戯のようにも見えるが。パチュリーは自信満々の吸血鬼を見ながら、しばらく思考を巡らせる。そしてうなずいた。

 

「ええ、レミィに行ってもらおうかしら。だけど、お目付け役を付けるわ」

「何?私を信用しないっての?」

「だって、あなたやり過ぎ……」

 

 その時だった。

 奥の方から大きな音がした。何かが倒れたか、落ちてきたかのような音が。一斉に発生源に視線が集中。そこは魔法陣の実験室だった。ハルケギニアに向かう転送陣がある部屋だ。

 パチュリーはすぐさま実験室へと向かう。大きな扉を開くと、真っ白で空っぽの部屋があった。その中に魔法陣が一つ。転送陣だ。だがあるのは、それだけではなかった。転送陣の上に円形の板が乗っていた。正確には、並んだ板が円形を形作っていたものが。

 パチュリーは側まで寄ると、厳しい目つきで板を見つめる。レミリアが不思議そうに覗き込んだ。

 

「何これ?」

「ルイズの部屋の床板よ。つまり転送陣のハルケギニア側の出口」

「え?どういう事?」

「ハルケギニア側の出口は、初めて向こうに行った時からずっとルイズの部屋だったのよ」

「だって、私、アジトに出たわよ」

「あれはルイズの部屋から、転送してたから。出口の周りに転送陣を組んでたのよ。ハルケギニアに出た瞬間に、アジトに飛ぶようにね。実際には流れるように発動するから、ルイズの部屋にはわずかも出現しないわ」

「なんで、そんな面倒なもんにしたのよ。直にアジトに繋げちゃえばいいじゃないの」

「この転送陣。神奈子が絡んでたでしょ?さすがに神が絡んだ魔法陣じゃ、私にはどうにもできなかったのよ。だから、妙な仕組みになった訳」

「ふ~ん……」

 

 レミリアは、単にちょっとしたトリビアでも聞いたかのようにうなずく。鈴仙は丸い床板を見つめながら、ふとつぶやいた。

 

「でも……どうしてこんな物が……」

「黒子の仕業よ。それしか考えられないわ」

「けど、なんで?」

「私の読みが当たったのかもね」

 

 紫魔女はそれ以上言わず、踵を返すと図書館へ戻り始める。お嬢様も後に続く。

 

「で、トリステインに行くメンツはどうすんの?」

「意味がなくなったわ」

「何がよ」

「メンツ決め。トリステイン……ハルケギニアに行けなくなったのよ。向こう側の出口が、なくなったんだから」

「え?」

 

 一瞬、呆気に取られるレミリア。それは他の妖怪達も同じ。すると、文が疑問を一つ口にした。

 

「あれ?ちょっと待ってください。だとすると、ハルケギニアにいる魔理沙さん達はどうなるんです?」

「帰ってこれないわ」

「「「…………」」」

 

 無言の文達。かなりマズイ状況らしいという空気だけが、漂っていた。

 

 

 

 


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