ルイズは、帰路につくアニエスが乗った風竜を見送っていた。彼女がここに来たのは、もちろん王宮からの使者として。小さくなる風竜を見ながらルイズは、近衛隊隊長の話をどう受け止めていいか戸惑っていた。
マザリーニ枢機卿の交渉は成功し、宗教庁がエルフ探索を取り仕切るという手筈にはなった。ガリアも、エルフの件には関わらないという。それを裏付けるように、トリステイン周辺のガリア軍の増強がピタリと止まる。ただあまりに素直なガリア王に、不自然なものを感じずにはいられなかったが。さらに、アニエスは伝えた。またも学徒動員があると。
どちらかと言えば、順調に話は進んでいるように聞こえた。そのまま宗教庁による仲裁が上手く行き、トリステインの危機は去るかもしれない。しかし何故か、そんな気はまるでしなかった。
大きな溜息をつき、校舎に戻るルイズ。自然と不安がこぼれる。
「なんだろう。やな感じがするわ」
その時、不意に足を取られた。地面が揺れた。
「え!?」
思わず、四つん這いになるルイズ。次の瞬間には、何が起こったか覚る。地震だ。しかも大き目の。
「ちょっと、地震!?なんで!?」
なんという間の悪さか。気持ちが揺らいでいる今に地震とは。悪態の一つでもつこうかとした時、一つの言葉が脳裏を過る。魔理沙達から聞いていた、"黒子"という言葉が。つまり、記憶操作か転送か、何かが起こったのではと。
地震はわずかな時間で収まった。すぐさま立ち上がるルイズ。周囲を見回す。あれほどの地震だったのに、ガラスが割れたり、壁にヒビも入ってもいない。やはりおかしい。普通の地震ではない。
辺りを睨みつけるルイズ。どこかにいる黒子とやらに、不満をぶつけるように。
「全く……ホント!なんで、こんな時によ!」
だが彼女の文句に、何かが返ってくる訳もなく。ルイズは、すぐに気持ちを切り替えると走り出した。状況を確認するために。
それから学院周辺を見て回ったが、取り立てなにもなかった。時々会う生徒や使用人にも話しかけてみたが、記憶を失ったような者はいない。人が消えたという話もなかった。結局ルイズは、なんとも居心地の悪い気分で部屋へ戻る。何かがあればあったで困るが、何もないのも不気味だ。
やがて自分の部屋に到着。ドアを開けた。
「え!?何これ!?」
ようやく、何が起こったのか見つけた。ドアの先に。ルイズの部屋の床。円形にくり抜いたように、床板がなくなっていたのだ。
ちびっ子ピンクブロンドは、直ちに幻想郷組のアジトに向かった。魔女達を見つけると、奇妙な現象について話した。対する魔理沙とアリス。嫌な予感に襲われる。話に思い当たるものがあって。すぐさま彼女の部屋に向かう二人。さらにルイズは天子と衣玖にも声をかけ、いっしょに魔女達を追った。
部屋に到着した一同。
全員の目に入ったのは、ルイズの言葉通りのもの。部屋の中央から入り口寄りに、綺麗な円形の穴が空いていた。一時思考が停止する幻想郷の魔法使い達。最悪の予想が当たってしまった。一方のルイズ。不思議そうに穴を指さす。
「これなんだと思う?とても、いたずらには見えないわ。切り口がすっごく綺麗で、なんで切ったのか見当もつかないのよ。それに地震があったの。これって黒子の仕業かもしれないわ」
「あれ?ここって、最初に私達が出てきた所じゃなかったっけ?」
魔女達の代わりに出て来たのは、天子の返事。だがルイズも言われて気付いた。幻想郷から帰って来た時、まさしく円形に切り取られた場所にいた。しかし、その意味が分からないのは相変わらず。ルイズはあらためて魔女達に尋ねる。
「ねえってば、なんだか分かる?」
「「…………」」
しかし二人は無言。身を固めて穴を凝視。やがて魔理沙が、絞り出すように言う。苦々しげに。
「最悪だぜ……」
「どうするのよ……」
「どうするって……」
ルイズの質問など、全く耳に入っていなかった。呻くように話す魔理沙とアリス。少しムッとして、ちびっ子ピンクブロンドが声を上げた。
「ちょっと、聞いてる?」
「ん?ああ……」
「?」
ルイズ、怪訝な顔。いつも余裕を感じる異界の魔法使い達が、どういう訳か上の空。さすがに不安になってきた。
「ねえ、どうしちゃったのよ?これってもしかして、大ごとなの?説明してよ?」
「……分かったわ」
アリスは溜息をこぼした後、始めた。この穴についての話を。
穴のあった場所に幻想郷への転送陣があった。魔法陣自体は神奈子によって幻想郷と接続されたので、目に見える形で存在していなかったが、確かにそこにあったと。そしてこの穴は、その転送陣が消えてしまった証だと。つまりは、魔理沙達は幻想郷に帰れなくなったという訳だ。
ルイズ、二人と同じく青い顔になっていた。
「帰れないって……。どうすんのよ!」
「分かんねぇよ!」
声を張り上げる魔理沙。ルイズ、思わずたじろぐ。勢いに飲まれるように口を閉ざす。こんな彼女を見るのは初めてだ。アルビオンで敵に囲まれた時も、どこか太々しさを感じていたのに。しかし無理もない。気軽に行き来していた故郷に、いきなり帰れなくなったのだから。
衣玖が口を開く。不機嫌そうに。
「だから潮時ではと、言ったではないですか」
「今更、言うな」
「これも付き合う所まで付き合うと言った結果ですから、甘んじて受けては?」
「この野郎……。引っかかる言い方するんじゃねぇよ」
魔理沙が苛立ちを吐き出すように衣玖を睨んだ。しかし衣玖、わずかも表情を変えず。ルイズが慌てて割り込む。
「ちょっとちょっと、二人共。そうカッカしないでよ。魔理沙も、ちょっと落ち着いてってば」
「…………。お前に、落ち着けって言われるとは思わなかったぜ」
ふてくされ気味につぶやく白黒。ルイズはそんな彼女が、どういう訳か少し可笑しかったが。そして今度は衣玖へ。
「衣玖も、どうしたのよ。滅多に怒んないでしょ。あなたって」
「…………。珍しく、頭に血が上ってしまいました。ですけど、もう大丈夫ですよ」
「うん。んじゃ、これからの話しましょ」
ルイズはやけ冷静に、話を進め出す。
「とりあえず……」
「ちょっと待って、ルイズ」
するとここでアリス。
「事が事だし、私達も少し頭冷やす時間が欲しいのよ。それと、正確に何が起こったのかも知りたいし」
「…………。うん、分かったわ。それじゃこの話は、後にしましょ」
「ええ」
うなずく一同。部屋に戻ろうとする。その時、天子が不意にルイズに声をかけた。不思議そうな顔つきで。
「ルイズ、なんかあった?」
「なんかって?」
「変に冷静だから。いつもは、こういう時って喚いてばっかだったのに」
「別に年中、喚いてる訳じゃないわよ。けど、一番悪さしてる天子には、そう見えたのかもね」
「そう?」
皮肉混じりの返しも、鉄面皮の天人には通用せず。だがアリスも、天子と同じような事を言う。
「トラブル慣れしてきたたんじゃないの?いろいろあったし」
「う~ん……。それはあるかも。あんた達の後始末散々やったし、国が関わるような騒動にも巻き込まれたし」
「いい経験になったじゃないの」
「そうかもしれないけど……。なんていうか複雑だわ」
褒められているらしいのだが、ルイズは微妙な気分。人妖達がかけた迷惑のおかげというのが特に。しかし、"なんか"は確かにあった。それも多くの難題が。もしかしたら、そのせいで逆に開き直っているのかもしれない。ルイズは自然に、アリス達へ向き直る。
「ただ天子の言う通り、こっちにもいろいろあった事はあったわ」
「何?」
「後で話すわ。私もちょっと考え整理したいから」
「……。やっぱ、なんか落ち着いてるわね」
「そう?」
アリスの言葉に、実感なさそうなルイズ。ともかく、話は一時中断。続きは夜となった。
四人の背中を見送るルイズ。いままで何かと引っ掻き回されたり、助けられたりした彼女達。ただ何をしても、いつも余裕を感じていた。しかし今は一転、故郷に帰れなくなってその余裕が霞んでいる。そして故郷と言えば、立場的にはルイズも似たようなものだ。今、トリステインは存亡の危機にあるのだから。誰も彼もが、追い詰められていた。
だが何故だろうか。彼女達にさらに近づけた気がする。そして上手く説明できないが、ルイズにはやる気が湧き出していた。高揚感すらあった。皆のために頑張らねばと。
魔理沙達とルイズが、突然空いた穴について騒いでいる頃。一人残ったビダーシャルは、相変わらず本を読んでいた。
聖戦阻止のために、ハルケギニアの社会についての本などは結構読んでいたが、それ以外は手にしていなかった。だが今、手にしているのは小説。蛮族の俗な代物とバカにしていたが、何気に悪くないと読み進めている。もっとも、暇なのが一番の理由だが。
「ん?」
ページをめくろうとしたビダーシャルの手が止まる。周囲を見回す。誰かから呼ばれたような気がした。
「気のせいか?」
目をつぶり、意識を長い耳に集中した。すると確かに声が聞こえる。だが聞き覚えのない声だ。だいたいここの住人ならば、用があれば直に部屋に入って来るだろう。さらに意識を集中するエルフ。
「ビダーシャル~……」
今度はハッキリと聞こえた。間違いなく自分の名だった。しかも聞き覚えのない声。本を脇に置くと、考え込むエルフ。
「誰が、私の名を……。だいたい、何故ここにいると分かった?」
自分を呼ぶ者がいる。無視すべきかどうか。結局彼は、せめて相手の確認をしようと考える。少なくとも自分の居場所を知る者が、ヨーカイ以外にいるのは確かなのだから。これは、あまり気持ちのいい話ではない。
ベッドから降りるビダーシャル。倦怠感はあるが、立てないというほどではない。そのまま廊下に出る。声は上から聞こえる。ここの上は廃墟となった寺院だ。カモフラージュのために、傷むに任せている。
ビダーシャルが一階への階段を上がると、外へ出る扉があった。声はその向こうから聞こえる。すぐ側にいるようだ。
「精霊は……大丈夫なようだな」
周囲の精霊の状況を確認する。ヨーカイ達と戦ったとき、いつも精霊達が眠らされていたので、彼女達の住処であるこの場所も同じかと考えていたが違うようだ。
ビダーシャルは戦えるよう気持ちを引き締めると、『カウンター』を発動させる。防御を固め、扉を開けた。その先に見えたのは、左手に剣を持った魚頭の何か。
「な、なんだ"これ"は!?」
思わず一歩引いてしまうエルフ。
「おいおい、"これ"はねぇだろ。これは」
見かけに似合わず、相手の方はフランクに返してきた。おかげでビダーシャルの動揺は霧散。冷静さが戻ってくる。
エルフは、あらためて目の前の存在を観察。魚頭の何かというよりは、魚に腕が生えているという方が近い。そして左手の剣はやけに大振りだ。妖魔に分類するしかない姿だが、さすがの彼でも噂すら聞き覚えがない。
敵意は感じられないが、警戒を解く訳にはいかないだろう。一つ間を置くと、問い掛ける。この得体のしれないものに対し。
「…………私を呼ぶお前は何者だ?」
「覚えてないか?あんたを牢屋から助けたの俺だぜ」
「何?」
顎を抱え、脳裏を探るエルフ。すると、かすかな記憶が蘇る。ガリアの牢獄での朦朧とした意識の中、確かに魚のようなものを目にしたのを。
「あれは、あなただったのか」
「まあな」
「一応は礼を言おう。助かった。して、その姿……。もしかして、あなたもヨーカイなのか?」
「ちょっと違う。悪魔だ。異世界出身ってのは同じだけどな。で、俺はデルフリンガー、こいつは悪魔ダゴンってんだ」
「こいつ?」
あたかも二人いるかのような言い様。ビダーシャルは不思議に思ったが、すぐに気付いた。話していたのは左手の剣だと。つまり悪魔は魚の妖魔の方。剣は、口代わりに使役されているインテリジェンスソードらしい。
素性が知れたところで、本題に入るエルフ。
「して、異界の方が私に何の用だ?しかも呼び出すようなマネをして。直に来れば良かったものを」
「ここ、結界が張られてて許可されたヤツしか入れねぇんだよ」
「ゲンソウキョウ出身なのに、入れないのか?」
「連中の仲間って訳じゃないんでな」
「……」
警戒心を強めるビダーシャル。視線が厳しくなる。しかしダゴンの方は、デルフリンガーを背に隠し右手を広げ、無抵抗のポーズ。
「おいおい、こっちはやる気はないぜ。話をしに来ただけだ」
「……。恩もある。無碍にする訳にはいくまい。聞かせてもらおう」
「んじゃ、さっそく。あんた、この国の状況知ってるか?」
「蛮族共が窮地にあり、シャイターンの門に頼らねばならぬというのはな」
「人間全体じゃなくって、このトリステインって国がだよ」
「ん?いや、知らぬが……」
「実はな……」
それから話が始まる。トリステインが置かれている危機的政治状況。そしてその原因が、エルフがこの国に潜んでいると伝えられたからだと。
話が終わり、ビダーシャルは怪訝に表情を曇らせる。
「どうやってジョゼフは私がこの国にいると……。いや、それは問題ではない。いつまでもここにいるのは、マズイという訳か」
「ああ、その通り。それに何もガリア王だけが、あんたを狙ってる訳じゃないぜ」
「何?」
「こう言っちゃなんだが、魔理沙達だって結局はトリステイン寄りだ。最後の手段で、あんたを差し出すかもしれないだろ?」
「……」
考えが過る。だからアリス達は、エルフと人間が手を結ぶなどという話を持ってきたのかと。そうすれば一連の騒乱は全て収まる。自分を人間に渡す必要もない。
しかし今までの話、辻褄はあっているが、初対面と言っていいこの魚の悪魔を信用していいものか。しかも魔理沙達の仲間ではないと、断言している。ビダーシャルの警戒は未だ解かれなかった。
「一つ聞きたい。私を助ける目的はなんだ?」
「あんたにもう一度、ジョゼフと手を結んでもらいたい。で、元々の役目を果たしてくれ」
「聖戦阻止を?だいたいどうやってジョゼフと再度組むと言うのだ。できる訳がない」
「お膳立ては、こっちでやる。ジョゼフは今までの事、全部忘れてあんたを迎えてくれるさ」
「全部忘れる?そんな事が……」
「できるのさ。期待してくれていいぜ」
自信に溢れた口ぶりだが、魚の化物の表情もインテリジェンスソードの様子も全く変わらない。まるで真意が見えない。エルフの疑念は解けなかった。
「そもそも何故、異界の悪魔であるあなたが、この世界の聖戦に関わろうとする?」
「そっから先は言えねぇ。まあ、当面の目的は同じだから手を貸そうって訳だ」
「…………」
ビダーシャルは口を噤む。どうにも、計りかねるこの悪魔。見える悪魔の眼はまさしく魚の目で、何を考えているのかさっぱり分からない。手にしている大剣においては、言わずもがな。エルフは腕を組み黙り込んだ。少なくもと、意を決するには情報が少なすぎだ。やがて口を開くビダーシャル。
「すぐには答えられない」
「おいおい。あんた、自分の置かれた状況分かってんのか?」
「確かにあなたの言う事は理解できる。しかし……」
「しかし……なんだよ」
「私はあなたをよく知らない」
「信用できねぇって訳か」
「現時点ではな。故に、少し考えさせてもらいたい」
「……。分かったよ。手遅れにならなきゃいいが。じゃあ、その気になったら北の小川で、水の精霊魔法を使ってくれ。見ての通り水魔なんで、そうすりゃあ分かる」
「分かった」
小さくうなずくエルフ。踵を返しアジトへ帰ろうとした。だが、インテリジェンスソードの声がかかる。
「ちょっと待ってくれ。伝言頼んでいいか?」
「伝言?誰にだ?」
「魔理沙達にだよ」
「……。いいだろう」
ビダーシャルは訝しげに思いながらも、デルフリンガーの言葉をその長い耳に収める。そして部屋へと戻って行った。違和感に表情を歪めながら。そもそも何故、そんな話を魔理沙達に伝える必要があるのか。悪魔と大剣への不信感は、増すばかりだった。
授業が終わって、自分の部屋に戻ったベアトリス。父からの手紙が届いていたのに気付く。軽い気持ちで封を切り、中身に目を流す。だが、次第にその手が震えるのを抑えられなかった。怒りで。
「父さま……な、なんという……」
手紙にこう書いてあった。トリステイン周辺が危機的な状況ある。迎えをよこすので、すぐに帰郷するようにと。娘の安否を心配する親の心遣い。しかし、ベアトリスはふと思った。帰郷する方が、むしろ危険なのではないかと。何故なら、クルデンホルフ公国は独立国と見なされているが、形式上はトリステインに属していた。しかも、ゲルマニアの国境に接している。
だが、手紙には続きがあった。ベアトリスの不安を払拭する内容が。なんと、ゲルマニアと繋がりを持ったと。つまり状況次第では、トリステインを裏切るという意味。実は元々、クルデンホルフ家はゲルマニア出身。それがトリステイン王家と縁を結んだおかげで、トリステインに属した。それを、元のさやに戻すと言うのだ。
トリステイン王家との繋がりを誇りにしていたベアトリス。親が決めたとは言え、その王家を裏切ると言うのは彼女にとっては許しがたかった。だが、学院中に不穏な噂が流れているのも知っている。戦争が始まると。すでに留学生の大半は、帰郷し始めている。決断しなければならなかった。
公国姫は悩みに気を取られ、虚ろなまま目的もなく広場で足を進めていた。気づくと、厩舎が目の前に。足を止めるベアトリス。すると、どこかで聞き覚えのある声が耳に入る。すぐに思い出した。あの最近来た、学院警固の竜騎兵達だ。誰かを問い詰めているように聞こえる。以前は、その相手がティファニアだったが。あの連中はやはりロクな連中ではないと、気持ちを高ぶらせ現場へ進む。だが近づくほどハッキリと聞こえてくる話は、奇妙なものだった。耳を澄ますベアトリス。
「陛下。宰相閣下もお心を大変痛めております」
「だ、だけど……」
「一時的でも、よろしいのです。どうか、陛下!御身についてお考えを!」
耳に入ったキーワードに、ベアトリスは眉をひそめる。
「陛下?」
この学院に"陛下"と呼ばれる人物はいない。いるハズがない。聞こえているこれはなんなのか。言葉の意味に考えを巡らせていると、突然押し倒された。右手をねじ上げられる。
「痛っ!」
「何者だ!」
「それはこっちの台詞よ!私を誰と思って……」
公国姫として大切に育てられていたベアトリス。こんな無礼を働かれたのは初めてだ。怒りで頭が沸騰。だが、不意に入る馴染の声。
「ベアトリスさんを離して!」
「しかし、陛下。この者は今の話を……」
「いいから!」
「……はい」
竜騎士はベアトリスから手を離す。すぐさま起き上がり、竜騎士を力の限り睨みつけるベアトリス。公国姫にこんな仕打ちをしてただで済ますものかと、頭の中に刑罰の目録が並ぶ。
だがその妄想が、一瞬で消え失せた。一つの疑問が湧いてきて。今さっき、"陛下"と呼ばれていたのは誰かだったかと。彼女はゆっくりと振り返る。視線の先にいたのは、親友のティファニアだった。思考停止の金髪ツインテール。
「えっと……、ティファニアさん……?」
「あの……その……」
「陛下って言うのは……その……」
「だ、黙ってて欲しいの!」
「何を……ですの?」
「私が女王って事!」
「え?」
頭が止まるベアトリス。ティファニアが女王?なんの話か?その時、一つのキーワードが繋がった。ティファニアという名前が。じわじわと後ずさる公国姫。おののきながら。
「ま、ま、まさか、あなたはティファニア・ウエストウッドじゃなくって……。アルビオンのティファニア・モード女王陛下……」
「……」
小さくうなずく金髪の妖精。
瞬時に平伏するベアトリス。ツインテールまでもが一緒になって、地面にペタリと張り付いている。
「い、今まで、大変なご無礼を働き!誠に申し訳ありません!」
「あ、あの……ベアトリスさん……」
「虚無の担い手であらせられる女王陛下を、異端などと呼び……」
「そ、それはもういいから」
「さらに……」
「ベアトリスさんってば、ちょっと待って!」
「は、はい?」
顔を上げる金髪ツインテール。見えたのは、ティファニアの憂いに滲んだ表情。やはりここにいるのは、自分の知っている同級生のティファニアだ。急に元気が湧きだすベアトリス。女王かどうか以前に、親友が困っている。それには違いない。ここは自分が力にならねばと、思い立つベアトリス。颯爽と立ち上がった。
「ティファニ……、いえ、陛下!学友として、お力添えできるなら……」
「ちょ、ちょっと、ベアトリスさん。その陛下っていうのは……やめてもらえないかな?私、まだこの学院にいるし、その間は学生だから。いつも通りでいいの」
「えっと……そうなのですか?でしたら、その……失礼して……。ティファニアさん。何かご相談があるのでしたら、話してください。力になりたいと思いますから。いえ、力になります!」
「…………。それじゃぁ、ちょっといい?」
「はい!」
ティファニアから頼られる。喜々として勇ましげになるベアトリス。『フリッグの舞踏会』の一件以来、こんな事は初めてだったので。
待ったをかけるアルビオン親衛隊をなんとか宥め、二人は広場の中央、辺りに人がいない場所まで来た。金髪の妖精は、全てを打ち明ける。女王や虚無の担い手であるのはもちろんだが、自分がハーフエルフである事も。さらにアルビオンから帰国しろと、せっつかれている事も。特にマチルダから。ベアトリスにとって、彼女がハーフエルフである事実は、少々ショックだったが、それ以上にトリステインで戦争が始まりそうという話が、さらに真実味をもったのがショックだった。
ティファニアは俯きながら口を開く。
「マチルダ姉さんのいう事は分かるけど、ここを見捨てるみたいでいやなの。初めての学校だし、友達ができた所だし……」
「ティファニアさん……」
答に困るベアトリス。自分も同じ事を親から言われているのだから。帰郷すれば安全だろう。しかしベアトリスの周りにいた取り巻き連中は、トリステイン出身。もし戦争が起こったら、再び彼女達と会えるとは限らない。トリステイン王家を裏切った上、自分の身だけ助かる。彼女にとって、受け入れがたいものがあった。それはティファニアも、同じなのだろう。
その時ふと、奇妙なものが脳裏に浮かんだ。どういう訳か、あの『フリッグの舞踏会』のバカ騒ぎが。ある意味、彼女にとっては屈辱的なものだったが、同時にティファニアと自分を結んだ思い出の出来事でもある。その時、思いついた。あのバカ騒ぎの最後。奇妙な魔法が全てを黙らせた事を。その魔法を使った連中についてを。
「ティファニアさん!」
「何?」
「あの、ロバ・アル・カリイエの方々に相談してみるのは?」
「天子さん達に?」
「はい!あの方々は留学生ではありませんが、異国の方ですし。立場は似たようなものですわ。頼りになってくれるかもしれません!」
「……。うん!相談してみる!」
二人はさっそくとばかりに立ち上がと、校舎へ向かった。ただ幻想郷組とはそれほど面識はないので、まずはルイズの所へと足を運ぶ事となった。
幻想郷組のアジト。学院から戻っていた人妖達に、部屋から出てきたビダーシャルから声がかかった。振り返る魔理沙。
「ん?大分、調子よくなってきたじゃねぇか」
「あなた方の看病のおかげだ。感謝している」
「礼してくれるってなら、大歓迎だぜ」
「いつか必ずする。それはともかく、話があるのだ」
「ん?」
珍しい事もあるものだと、魔理沙は不思議そうな顔。彼から話題を振って来るなど、まずなかったので。
エルフは二人を自分の部屋へ誘う。とりあえずビダーシャルに続く魔理沙とアリス。天子と衣玖は、任せたとばかりに部屋へと戻った。
彼の部屋に入った二人。ベッドの側で聞いた話は、デルフリンガーからの伝言だ。それは奇妙な話だった。トリステイン、ガリア間の戦争を起こすつもりだが、本当の目的は別にあると。戦争を囮にして、トリステイン魔法学院を襲撃するというのだ。その狙いは自分達。幻想郷組であり、幻想郷とハルケギニアの繋がりを断つことにあると。しかも、それが可能な強力なマジックアイテムを、すでに用意していると言う。
魔理沙は聞いたインテリジェンスソードの話を、素直に受け取らなかった。しかも転送陣の騒ぎがあった後なので、なおさら。
「仕掛けてきやがったか、あのなまくら。次から次へと、ロクでもないぜ」
「どういうつもりかしらね」
アリスも渋い顔。
「単純に考えれば、黒子が連中の話、デルフリンガーに教えたって事になるんだけど。虚無の担い手と使い魔の会話は、黒子に筒抜けだもんね」
「だよな」
これは以前、デルフリンガーを尋問した時に確かめた。虚無関連と黒子には、繋がりがあると。ともかく話を頭に刻み込むと、魔理沙達は部屋を出ようする。するとビダーシャルが声をかけた。
「少しいいだろうか」
「なんだよ」
足を止め、振り返る白黒。エルフは尋ねてくる。
「あのダゴンとやらから、この国が危機にあると聞いたのだが、本当なのか?しかも私が原因だとか」
「まあな」
「なら何故、私を蛮族共に差し出さない?いや、そもそも何故、私を治療しようなどと思ったのだ?」
「そうだな……。借りを作るのが好きだからか。ま、そんな所だ」
「……。納得がいった」
わずかに頬を緩めるビダーシャル。一つ大きくいきを吐くと、真っ直ぐ二人の方を向く。
「以前聞いた話、少し考えてみよう」
「前の話って……。聖地の話か?」
「ああ。蛮族共と手を組むのは厳しいだろうが、門の正体を見極めるという話なら進められるかもしれん」
「お!頼むぜ!」
エルフの意外な言葉に、魔理沙達の表情も少し明るくなっていた。必殺の一手が、復活したとばかりに。
それからリビングでくつろぐ二人。紅茶の一杯でも飲んで、落ち着こうとする。その時、リビングの扉が開く。現れたのは衣玖。
「こちらに居たのですか」
「なんだよ。紅茶か?今、お湯沸かすところだぜ」
「いえ、これを届けに来たんですよ」
「「ん?」」
二人は上げた衣玖の手元を見る。そこには一通の手紙があった。
「転送陣を覗いたら、これがありました。寸断される直前に、送られて来たんでしょう」
「誰からだ?」
「魔法使いからです」
「お!パチュリーのヤツ、なんか見つけたか?見せてくれ」
「はい」
魔理沙は、瞳を期待に膨らませ手紙を受け取る。アリスと共に、読み進めた。その内容は、黒子を見つける目途が立ち、さらにハルケギニアがどこにあるかも判明するというもの。二人の表情が自然とほころぶ。帰れるのはもちろん、今まで以上に簡単に双方を行き来できる可能性がでてきたのだから。
ビダーシャルの話といい、急に好転し始めた事態。上手くやればトリステインの危機も、あっさり解決するかもしれない。ただしデルフリンガーの話だけが、どうにも引っかかるが。
夕食も終わり夜の帳もすっかり落ちた頃。幻想郷の寮には、この部屋の広さに合わない人数が集まっていた。幻想郷の人妖の四人。ルイズにキュルケ、タバサ。そしてティファニアとベアトリスもいる。ちなみにティファニア達の参加を、魔理沙達は嫌がっていた。これ以上、幻想郷について知る者が増えるのを避けたかったので。だがあまりの熱意に渋々受け入れる。ただし不必要な質問はしない、ここでの話を口外しないという条件で。
アリスが話の口火を切る。
「トリステインの現状だけど、どうなってんの?」
「えっとね、王宮から聞いた話だと……」
ルイズは、アニエスからの最新の情報を伝えた。南はガリアの大群がひしめいている。ガリア自慢の両用艦隊も、ラ・ロシェールを狙うように配備。ただし、軍の増強は止まっており、特別な動きもない。むしろ東のゲルマニアの方が活発だった。ツェルプストー家を先陣に、軍が集まりつつある。北のアルビオンは偵察艦隊のみで、とりたてて動きはない。一方トリステインは、グラモン家をはじめ、ほぼ全ての貴族が出陣。艦隊もガリアの両用艦隊と対峙している。ルイズの実家、ヴァリエール家は東の要として、ガリア、ゲルマニア両軍に睨みを利かせている。さらにここの生徒達が、また兵として招集されるという。
トリステインはガリアの動き自体は収まったが、戦力差は圧倒的。危機的状況は変わっていない。しかし悪い話ばかりではない。吉報もあった。マザリーニのロマリアでの交渉が上手く行ったと。まもなく宗教庁から、使者が訪れる手筈になっている。
現状が分かった所で、今度は幻想郷からの吉報が出てくる。
「パチュリーから手紙が来たわ。もしかしたら、全部、丸く収まるかもしれないわよ」
「ホント!?」
ルイズが少し身を乗り出す。期待を滲ませて。だが人形遣いの方は、慎重な口ぶり。
「彼女の言い分だとね。でも結果が出るまでは、トラブルを抑えて欲しいそうよ」
「トラブルって?」
「死者を出すなって」
「そりゃ、誰も死なないのがいいに決まってるわよ。けど、最悪戦争になるかもしれないないのに、誰も死なすなって……。だいたいなんで、そんなこと言い出したの?」
「死にそうになった連中が、全部飛ばされたら幻想郷が大騒ぎになるからよ。これまでみたいに、数人って訳にはいかないでしょ?もし何百人も飛ばされたら、紫が一番怒るかもって言ってるわ」
難しい顔で黙り込むルイズ。今までも死にそうになったキュルケ達やシェフィールドが、黒子の仕業で幻想郷に転送された。それは数人単位だったが、戦争ではそんな人数では済まないだろう。大騒ぎになるのも当然だ。しかも、八雲紫とやらが怒ると言っている。キュルケやタバサ、魔理沙達から、紫がどれほど得体の知れない妖怪かは聞いていた。これ以上、ハルケギニアに訳の分からない者が介入して来ては、この世界がどうなるか見当もつかない。
さらにアリスは、もう一つのイベントを持ち出した。
「そうそう。デルフリンガーがアジトにやってきたわ。で、妙な事言ってたわよ」
「え!?デルフリンガー?なんで今、出てきたのよ?」
「こっちが聞きたいわよ」
「それもそうね。で、なんて?」
「えっとね……」
人形遣いからの説明は、困惑を呼ぶもの。ガリアはやはり戦争をする気だが、実は囮。それに紛れガリア王が使い魔と共に、たった二人でトリステイン魔法学院を襲撃するというのだ。
ちなみにキュルケ達はデルフリンガーを知らなかったので、黒子と共に簡単な説明がされた。前者はルイズと魔理沙達を騙した、素性の知れないインテリジェンスソード。後者はその主らしき存在で、キュルケ達を転送した張本人。地震を伴う怪現象を起こすとも教えられる。心当たりのあるキュルケ達。すぐに理解した。ティファニアとベアトリスの方は、全く理解できなかったが。
話は伝言に戻る。このタイミングでの、得体のしれないインテリジェンスソードからの奇妙な警告。どう受け取るべきか、誰もが戸惑っていた。ルイズは記憶を確かめるように言う。
「シェフィールドって、私に迷惑かけると呪いで死ぬって話じゃなかった?」
「でもペテンだったからな。バレたんだぜ。たぶん」
魔理沙は肩をすくめる。彼女にはそれしか考えられないので。だが真相は違う。自由気ままな幻想郷の住人には、まさか死すら厭わないほどの強い気持ちがシェフィールドにあるなどと、思いつく訳がなかった。
ここでキュルケが、腑に落ちないという口ぶりで、話しだした。
「ガリア王とシェフィールド、二人だけで来るってのも変よね」
「魔理沙達がいるって分かってて、たった二人だもんね。しかもシェフィールドって、何回も負けてるし。私にだって勝てないのよ」
「え?ルイズって、シェフィールドと戦ったの?」
「ほら、私を誘拐するってのがあったでしょ?あの時」
「ああ、タバサが持ってきた話ね」
キュルケは思い出すようにうなずく。誘拐の件は聞いてはいたが、直接絡んでないので忘れていた。次はアリス。彼女も、違和感を抱かずにいられないという態度。
「それにしても、返り討ちに合うかもとか考えないのかしらね?だって、ガリアの王様よ?負けたら、ただじゃ済まないわ」
「強力なマジックアイテムがあるって話だったろ?それで、なんとかするつもりじゃねぇの?」
魔理沙は思いつきを口にしたが、本人も納得していない様子。ルイズも彼女の答に、首を傾げる。
「でも、そんなマジックアイテムがあるなら、シェフィールドだけでいいんじゃないの?」
「それもそっか……」
訳が分からないと言いたげに、白黒魔法使いは椅子にもたれかかり天井を見上げた。他のメンツも、冴えない表情。少なくとも、デルフリンガーの伝言を額面通り受け取る者はいなかった。ここで天子が、考えるまでもないと毅然と言い出す。
「嘘に決まってるでしょ。嘘、嘘」
「嘘……か。かもな」
「だいたいあの剣、信用できないの分かってんじゃないの」
彼女はガンダールヴを通して、直接痛い目にあっているので、デルフリンガーへの印象は最悪。ただ、これが嘘である可能性は、誰もが有り得るとは考えていたが。しかしだとすると、次の疑問が当然出てくる。アリスが腕を組みつつ、つぶやく。
「嘘だとして……目的は何かしら?」
その問に、キュルケが何の気なしに答えた。
「魔理沙達をここにくぎ付けにしたいとか?幻想郷への転送陣、守んないといけないでしょ?そうなるとあなた達、トリステインのために動けないわ」
「キュルケ、それはないから」
すぐに首を振る人形遣い。
「なんでよ」
「転送陣はもう、壊れてるの。というか連中に壊されたのよ」
「えっ!?ちょっと待ってよ!じゃ、帰れなくなったの!?」
「それはパチュリーが、なんとかしてくれるみたいなんだけどね。とにかく、デルフリンガーはそれを知ってるわ。だから転送陣をエサに、私達の動きを止めるってのはないのよ」
「そう……。でもだとすると……」
言葉が続かない微熱。ここでルイズが、うつむいたまま呟くように言い出す。どこか確信めいた響きを纏って。
「この話……本当かも」
「おいおい」
魔理沙が呆れた声を上げる。だがルイズは止まらない。
「あの剣は、私のためって言ってたわ。それは天子が確かめたもの。もしこの話が本当なら、私のためになる。ガリア王を捕まえるチャンスだし、学院もトリステインも救える。逆に嘘だったら、私は困るわ」
「そりゃぁ……そうだが……」
筋は通るが、不満そうな白黒。天人も同じ。どうにも受け入れ難かった。ここにいる誰よりも、幻想郷のメンツはデルフリンガーを信じていない。
アリスがルイズに返す。
「これが本当なのと、あなたのためってのが同じ意味とは限らないわよ」
「どういう意味よ?」
「例えば、戦争は本当だけど、ガリア王が来るのが嘘とかね。そうすると、あなたは学院を守るためここに残って、最前線に出ない。おかげで危険な目に合わずに済む、とかね。もっともこれだと、トリステインは虚無の力が使えないからピンチになるかもしれないけど」
「トリステインがピンチになったら、意味ないじゃないの!それって、私のためじゃないでしょ!」
「だから、ルイズの考えと、デルフリンガー達の考えが同じじゃないかもって話よ」
「……」
さらにキュルケや魔理沙も、今までの上がった不自然な部分を繰り返す。皆の言い分に、何も返せないルイズ。
やはり嘘なのか。だとしても、どういうつもりでこんな話を残していったのか。インテリジェンスソードの腹の内が見えない。
その時、タバサがようやく口を開く。いつも通りの淡々とした調子で。だがルイズ達には分かっていた。危険に対する時の緊張感漂う声だ。
「両方を考えて対応する」
「あなたもデルフリンガーとかいうの、信じるって言うの?」
キュルケの問いかけに、タバサは首を振った。
「そのインテリジェンスソードを信じるだけのものはない。でも、ガリア王も信じられない」
「そっか。剣が嘘言ってるってなると、ガリア王が本当言ってる話になるものね」
「どちらが本当か、決めつけない方がいい。確かなのは二つ。宗教庁のエルフ探索が始まれば、ガリアは手を出せなくなる。パチュリーの成果が出れば、デルフリンガーの目的も分かる。打つ手も増える」
「つまり?」
「最悪なのはデルフリンガーの言う通りになる事。だから、それを防いで時間を稼ぐ。つまり戦争も起こさせない。学院のみんなも守る」
毅然と言うタバサ。しかしキュルケは、納得していない様子。
「そりゃぁ、できればいいけど、この人数じゃ無理じゃない?」
もっともな問いかけ。もちろんルイズの虚無、そして幻想郷組の力は十分に知っている。それでも、今回は数が多いのはもちろん、場所もバラバラだ。
だが雪風は変わらぬ様子で、滔々と話し始めた。
「学院自体は守る必要がない。転送陣も壊れている。学院の人たちは別の所に逃げてもらって、ここを空にする」
「ガリア王には手を出さないの?」
「もし来なかったら、無駄になる。人手が限られてる以上、それは避けたい」
「なるほどね。でも学院に人を置かないで済むんだったら、少しは楽になるわ」
キュルケは小さく二度うなずいた。
次に戦争に対してだが、それにもタバサにはアイデアがあった。それから彼女の案をベースに、手直しが入り、だいたいが決まる。ただこの作戦は、ティファニアの参加が不可欠だった。ルイズが真剣な眼差しを彼女に向けた。
「怖いかもしれないけど、あなたが必要なの。お願いできる?」
「その……」
ティファニアの返事はすぐには出てこない。無理もない。今まで隠れ住んでいたとはいえ、平和に暮らしてきた少女が、わずかな人数を伴って大軍へ向かうというのだから。
その時、ベアトリスが席から立ち上がった。
「みなさん本気ですの!?」
「何がよ」
ルイズのキョトンとした顔。構わず金髪ツインテールは、興奮気味に大げさな身振りで言い出す。
「話を伺っていましたが、できると思ってるのが信じられません!確かに虚無の担い手や、ロバ・アル・カリイエの方々がいますけど、それでもこの人数です。なのに両用艦隊やゲルマニア軍を止めるとか、ガリア王を迎え撃つとか、絵空事にしか思えませんわ!自殺行為です!」
「だって経験済みだし」
「え?」
一時停止のベアトリス。ティファニアも同じく呆気に取られていた。トリステインの虚無の担い手の言った事が、今一つ理解できない。するとルイズの代わりに、キュルケが真相を明かす。世間話でもするように。
「ほら、ラ・ロシェールで神聖アルビオン帝国の大軍が負けたり、最後内紛起こして滅んじゃったりしたでしょ?あれやったの私達なのよ」
「ええっ!?」
」
「いろいろあって公表されてないけどね。他にも、数百人のアルビオンの軍隊相手に包囲されて、5人で逃げ切った事もあったわ」
「な……。一体何者なんですか……あなた方は……」
「学生よ」
「……」
何も言えない金髪ツインテール。隣にいたティファニアもそれは同じ。だが、何故か自分の中に湧き上がるものがあった。目の前にいるルイズ達を、ゆっくりと見渡す。覚悟をすでに決めている表情が並ぶ。伝わるものがある。胸の内が熱く震えている。田舎育ちのハーフエルフの心に、勇気という言葉が浮かんでいた。
「分かったわ。手伝う。私も学院、守りたいから」
ティファニアの力強い声。ルイズも同じく、強くうなずいた。ティファニアが応えると、ベアトリスも急に態度を一変。手を上げて叫んでいた。
「あ、あの!私も役に立ってみせます!」
ところが彼女については、どうしたものかという具合のルイズ達。修羅場経験なしの生粋のお嬢様に、何かできるようなものがあるとは思えなかった。だがその時、キュルケが「あ」っと一言。そしてベアトリスの方を向く。
「あなた、お金、どれくらい持ってる?」
「え?何の話ですか」
「いい手があるのよ。クルデンホルフ公国って、ゲルマニアのすぐ隣でしょ?」
「そうですけど……。でも、お金となんの関係が?」
「つまりね……」
出てきた彼女のアイデアは、そう大したものでもなかったが、支援という意味では効果のあるものだった。ベアトリスは、この策を受け入れた。そしてティファニアの方を見る。お互い声を掛け合い、励まし合う。
何もかもが決まった後、最後にティファニアが一言。
「えっと、一つだけ聞いてもいいかな?ずっと気になってたんだけど、ゲンソウキョウって何?」
ベアトリスも同じ質問をする。それに苦笑いするだけのルイズ達。ここで魔理沙が席を立ち、ティファニアの方へ近づいた。肩を軽くたたく。
「この騒ぎが終わった教えてやるぜ。常識変わるかもしれねぇけどな」
「常識変わる?」
「そんなもんがあるから、この人数で大軍相手にできるって話だぜ」
「そう……なんだ……」
何やら煙に巻かれたようで、納得いかないハーフエルフ。ただ一つ確信を持った。少なくともここにいる人たちは、ただ者ではないらしい。再び気持ちを強くするティファニア。
そして一同は胸の内を決めた。この苦境を切り抜けると。
全てが動きだしていた。
聖戦を自らの思うがままに進めようとするガリア王、後手に回るトリステイン、ロマリア。翻弄されるアルビオン。尻馬に乗ろうというゲルマニア。異界で活路を見出した魔法使い。急に活発な動きを見せるデルフリンガーと黒子。そしてルイズ達。
トリステインにという小さな国に、何もかもが集まりつつあった
いい切りどころがなくって、やたらと長くなってしまいました…。