ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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砲弾

 

 

 

 朝食が終わった頃、校舎の出口に馬車が止まっていた。側にはシルフィードもいる。その前に立つのはキュルケとタバサ、そしてルイズ。

 これから二人はゲルマニアに向かうのだ。もちろん作戦の一環として。荷物は馬車に運ばせ、キュルケとタバサは、一足先にシルフィードでゲルマニアに行う手筈になっている。ちなみにベアトリスはすでに発っていた。

 

 キュルケが荷物を馬車に乗せつつ、ルイズに話しかけていた。

 

「ティファニアはどうするって?」

「魔理沙達が任せろって言ってたわ」

「何するの?」

「さあ。一応は大騒ぎにしないって言ってたけど」

「大騒ぎにしないねぇ。基準が私達と違うから、ただで済むかしら」

「それはあるかも」

 

 不安そうな台詞が並ぶが、その口ぶりには楽観した様子が窺える。常識外れの事をする幻想郷の面々だが、結局なんとかしてしまう連中だ。その意味では、彼女達を信頼していた。

 ところでティファニアの件とは、アルビオン親衛隊とどう話をつけるか。帰国するように催促されているので、ルイズ達と行動を共にするにはどうしても彼らをなんとかしないといけなかった。

 

 キュルケが最後の荷物を馬車に乗せ終えた。

 

「さてと、もう出発するわ」

「うん」

 

 ルイズの返事はどこか気弱そう。キュルケは鷹揚な態度で言った。

 

「何よ、暗い顔して。あんたなら上手くやれるわよ」

「私はなんとかなるわ。天子達もいるし。けど……」

「何?私の事心配してんの?」

「ち、違うわよ!」

「ま、こっちも上手くやるわ」

「だけど上手く行っても、その後、どうすんのよ」

「そこも上手くやるわ。それにいろいろやったのに、結局、戦争は起こらなかったなんてのも有り得るし。とにかくそんな先より、目の前を考えなさい」

「……うん!分かった。任せて」

 

 強くうなずくルイズ。自分自身を元気づけるためか、あるいはキュルケを励ますためかもしれない。やがてキュルケとタバサはシルフィードに乗ると旅立った。ゲルマニアに向かって。ルイズは小さくなっていく風韻竜を、見送る。トリステインと、この学院での繋がりを守るという決意を胸に。

 

 

 

 

 

 放課後。廊下で憂鬱そうな顔をした太った子がいた。マリコルヌだ。その理由は今朝の出来事。

 朝食の後の、合同朝礼でオールド・オスマンから重要な報告があった。周辺状況を考え、またも学徒動員があると。生徒達は薄々感づいていたが、嬉しい話ではないのは確か。さらにそのために、明日、指導教官が来るという。噂によるとミス・マンティコアは来ないようだが、彼女推薦の教官が来るらしい。直に指導を受けた二、三年生は同じような教練をされると考え、誰もが沈み込んでいた。

 

 そんな三年生の中で、最も暗い気分の生徒がここにいた。軍事教練では、落ちこぼれとしてしごきまくられたマリコルヌだ。あの日々がまた蘇るとなると、不安でたまらない。

 

「あ~……。また、走らされるのかなぁ……。やだなぁ……。だいたいメイジが、体力つけてどうすんだよ……。腕力じゃなくって、魔法使うのがメイジじゃないか」

 

 ぶつぶつと愚痴をこぼしながら、力なく廊下を歩く太った子。すると人影が前にあるのに気づいた。顔を上げると、そこにいたのは魔理沙。

 

「よっ!マリコルヌ。何、暗い顔してんだよ」

 

 やけに明るく話しかけてくる。あまり彼女とは接触する機会のないマリコルヌ。それが魔理沙の方から声をかけてくるとは。珍しいと思いつつ答える。

 

「ほら、また教官が来るって言うじゃないか。ミス・マンティコア推薦の。それに戦争だろ?暗くもなるよ」

「そっか、いろいろ大変だな」

 

 露骨に同情する白黒魔法使い。かなり白々しいが。

 

「なら、ティファニアの頼みは別のヤツにするか」

「え?ティファニア嬢の頼み?」

「ああ」

「その……まだ教官が来たって訳じゃないから、今なら僕も力になれるとは思うよ」

 

 さっきまでの暗さはどこへやら。急に頼もしげに胸を張る太った子。『フリッグの舞踏会』以降、彼女には近づく事すらできなかったので、これはまたとないチャンスだ。

 対して、魔理沙はしてやったりの悪い笑顔。白黒は懐から、懐から小さな包み紙を取り出した。広げた包みには、お菓子が見える。魔理沙の感謝の気持ちという口ぶり。

 

「そうか、悪いな。ただ話自体は明日だ。これは前払いだぜ。取っといてくれ」

「なんだいこれ?」

「例の変身薬だぜ」

「え!?」

 

 魔理沙の言う意味がすぐに分かった。あの『フリッグの舞踏会』での薬だ。あの時、自在に変身できたのは、食べ物に薬が混ざっていたから。天子からそう聞いた。それが目の前にある。急に目を輝かせる太った子。

 

「い、いいのかい?」

「ああ。その代わり明日は頼むぜ」

「うん!任せてくれよ」

 

 マリコルヌ、内容も言わない上、いきなり前払いという魔理沙の不自然さ気づきもしない。欲望の前に、彼の眼は節穴状態。元々かもしれないが。

 

「そ、それじゃぁ、僕は用事があるから」

 

 薬を手にすると、そそくさと太った子は自分の部屋に戻って行った。悪巧みの笑みで見送る白黒魔法使い。

 実はこの変身薬。もちろんルイズが永琳からもらった万能薬だ。ただほとんどは『フリッグの舞踏会』の騒ぎで失っていた。だが実は、わずかだけ残っていた。『フリッグの舞踏会』の時、ルイズはスタイルを誤魔化そうとこの薬を使った。しかし効果時間の限られるこの薬。長持ちさせようと、予備を持っていたのだ。ただ騒ぎのせいで、使ったのは最初の一個だけだった。もっとも、おかげで全て失わずに済んだのだが。

 

 マリコルヌは部屋に戻ると、窓のカーテンをピッタリを閉める。さらにドアと窓にロックをかける。そして手にした。魔理沙から貰った菓子を。

 

「また、これが……」

 

 息を飲むマリコルヌ。下心に溢れかえった歪んだ顔で。辺りには誰もいない。当然だ。自分の部屋なのだから。マリコルヌは一気に菓子を飲み込んだ。内なる願望を声に出す。

 

「ティファニア嬢になれ!」

 

 一瞬の閃光。ゆっくり開けた目から見えたものは、自分の手ではない。すぐさま鏡に寄る太った子。

 

「おお……」

 

 歓喜の声が漏れてくる。鏡に映っていたのは、まさしくティファニアだった。

 

「ほ、本当に金髪の妖……」

 

 突然、別の閃光が出現。彼の体を貫く。衝撃で意識を失うティファニア(マリコルヌ)。床に倒れ込む。そんな彼女(彼)に近寄る小さな人影があった。上海、アリスの人形。

 さらにドアの鍵を開ける。開いたドアから、入って来る数人の足音。魔理沙にアリス、天子だった。アリスは倒れているティファニア(マリコルヌ)を、呆れて見下ろす。

 

「こうも予想通りだと、何も言えないわ」

 

 そんなアリスを他所に、魔理沙は彼女(彼)に薬を飲ませた。モンモランシーから買った睡眠薬を。次に天子がティファニア(マリコルヌ)を軽々と担ぐ。

 

「で、後は厩舎んとこに行けばいいだけ?」

「そうよ」

 

 三人と人形は、急いでマリコルヌの部屋から出て行った。

 

 アリス達は、ティファニア(マリコルヌ)を抱えながら厩舎の側まで来ていた。そこには彼女達を待っていた者達がいた。アルビオンの親衛隊だ。アリスは彼らに近づくと、声をかける。

 

「待たせたわね」

「これは申し訳ありません。ですが……ミス・ヴァリエールは?」

「今、手を離せないのよ。で、私達が頼まれた訳」

「そうですか……」

 

 腑に落ちないながらもうなずく、アルビオン親衛隊。この奇妙な恰好の彼女達が、ルイズの友人であり、ロバ・アル・カリイエの賓客であるとは知っている。それにガンダールヴも来ているのだ。彼女達がルイズの名代だとしても、不自然ではない。

 アリスはさっさと話を進める。相手に考える間を与えないかのように。

 

「じゃあ、彼女をお願いするわ」

 

 アリスの言うまま、天子は気を失っているティファニア(マリコルヌ)をアルビオン親衛隊達に渡した。彼女(彼)を慎重に受け取る親衛隊。

 

「お任せください。陛下がお気づきになられたら、必ず理由を伝えます。あなた方に、私達の無理を聞いていただいたと」

「頼むわ。それじゃ、私達は戻るから。ルイズにもこの話は伝えておくわ」

「はい。この度は、お手を煩わせ、ありがとうございます」

 

 アリスはただうなずくだけで、すぐに背を向けた。そしてこの場を去った。

 

 彼女達が何をやっていたかというと、要はティファニアの身代わりである。対ガリアの作戦で、ティファニアの協力が必要だったのだが、彼女はアルビオンの女王。無断で姿を消す訳にはいかない。しかも帰国を催促されている。そこで偽者を用意した訳だ。ちなみにティファニア直筆の手紙が、彼女(彼)の身に隠されていた。バレた時に、言い訳するために。

 

 

 

 

 

 同じ頃、ルイズがいたのは学院長室。だが部屋の主であるオールド・オスマンは、唖然とした顔をしていた。彼女の話を聞いて。もう一度聞き直す。

 

「今、なんと言ったかの?」

「ですから、ここから全員避難させてくださいと言ってるんです」

「その……なんじゃったか、妙なインテリジェンスソードの警告を理由にか」

「そうです。信じられないかもしれませんけど」

「う~む……」

 

 長い髭を弄りながら、意味を租借する学院長。彼の聞いた話は、まさしく藪から棒。ガリア王が学院を狙っているので、学院関係者全員を別の場所へ移して欲しいというのだ。しかもその情報源がデルフリンガーとか言う、得体のしれないインテリジェンスソード。

 オスマンは怪訝に、皺をさらに深くしていた。とりあえず浮かんだ疑問を口にする。

 

「避難しろと言われても、急にはできんぞ。だいたいどこに避難すると言うのじゃ?」

「どこでも構いません。ここから出てくれれば。そうです!なんだったら、私の実家に!」

「ヴァリエール家は、ここよりずっと国境に近いんじゃぞ。むしろ危険ではあるまいかの?」

「あ……」

 

 学院長の言う通り。ルイズは言葉に詰まってしまった。さらにオスマンは付け加える。

 

「どこに避難するにせよ、正当な理由が必要じゃ。それが得体のしれないインテリジェンスソードの予言などでは、どこも受け入れてくれんぞ?」

「そうかもしれませんけど……。と、とにかく、ここは危険なんです!」

 

 ルイズはもどかしそうに訴える。なんとしても学院を空にしたかった。

 確かに、デルフリンガーの伝言を魔理沙達は信じていない。今やっている事も、万が一も考えての策。ある意味保険のようなもの。しかしルイズには、どういう訳かあのうさん臭い剣の話が引っかかって仕方がなかった。

 

 当のオスマンには、一応ルイズの必死さが伝わってはいた。だが腑に落ちない点が多すぎる。黙り込み考えを巡らす学院長。しかし考えれば考えるほど、この話を受け入れるには抵抗があった。

 しばらくして、オールド・オスマンは噤んでいた口を開く。

 

「ミス・ヴァリエール。伝言によると、ガリア王の目的は学院自体ではなく、マホウジンとやらなのじゃな。しかも、そのマホウジンを守る必要はないのじゃろ?」

「はい。そうですが……」

「ならば、壊させればいいではあるまいかの?目的を果たせば、帰るじゃろうに」

「でも、それだとガリア王が敷地内に入って来るんですよ?やっぱり危ないです」

「確かにそうじゃが、幸いと言っていいのか、また学徒動員のための教官が来る。彼らに守りを依頼する事もできよう。しかもじゃ、ここは要塞かのように強化されとる。見かけほど軟ではないぞ」

 

 オスマンの言い分に、口ごもるルイズ。実はメンヌヴィルによる学院襲撃計画が知れ渡った結果、学院の防備はかなり強化された。壁はトライングルクラスのメイジでも、傷つけるのが難しい程。特に食堂は金庫かという程固い。他にも各種魔法装置が、未だ有効に働いている。

 学院長は授業でもしているかのように丁寧な口調で言った。

 

「つまり危険なのは寮だけとも言える。ならばしばらく寮は使わず、反対の校舎を寮代わりに使うのはどうじゃ?何、戦時を言い訳にすれば、教師も生徒達も納得せざるをえまい」

「はぁ……」

「それに事と次第によっては、ガリア王自身を捕らえる事ができるかもしれんぞ。もっとも、王ともあろう者が使い魔のみを伴い、たった二人で来るとすればじゃが」

 

 やはりオスマンは、ルイズの言い分、いや、デルフリンガーの話を信じていない。ルイズ自身もオスマンの言葉の前に、自分の直観を信じられなくなっていた。杞憂にすぎないのではと。祖国の危機を前に、神経質になっているだけなのだろうかと。

 結局は、オスマンの考えを受け入れざるを得なくなる。ルイズは彼の案にうなずいた。

 

 

 

 

 

 ベアトリスは居城に帰ると、部屋をひっくり返していた。彼女の側には商人らしき姿が何人もある。驚いた両親が、何事かと尋ねた。出てきたのは、金髪ツインテールの楽しげな答。

 

「儀式をやるのですわ。父上、母上。もちろん私主催で」

 

 対する両親は意味不明という顔つき。そんな彼女達を他所に、商人の方から質問が飛んできた。

 

「お嬢様、本当によろしのですか?これ全て売っていただいて」

「ええ、構いません。買ってください」

 

 ベアトリスは自分の家具やイミテーション、装飾品を、全部売ると言い出していた。娘がどうかしたのではと、慌てふためく両親。しかしベアトリスは笑顔のまま。

 

「ご安心を。私、貴族として一つ成長したのです。何が一番大切か、分かったのですわ」

 

 そうは言うが、両親の方はまるで分からない。ともかく、ベアトリスは当惑する二人をなんとか宥め、部屋へと追い返した。その後出てくるのは、大きなため息。だがすぐに気持ちを強くし、拳を固く握る。

 

「ティファニアさん。私、できる事をしますわ!」

 

 今は彼方にいる親友へ向かって、誓いを口にしていた。

 

 

 

 

 

 キュルケ、実家のツェルプストー家へ到着。共に来たタバサは、次期皇后という事でツェルプストー家当主、つまりキュルケの父親直々の挨拶を受ける。ささやかながらも宴を開こうとした彼だが、タバサは断った。そして直ちに、シルフィードでヴィンドボナへと飛び立つ。戦争が始まるかどうかすら分からないが、時間の余裕はあるに越したことはない。

 

 タバサの見送りが終わると、キュルケは父親の方を向く。彼の方は明らかな不満顔。さっきまでのタバサへ向けていた表情とは逆。すぐに帰って来るように伝えたはずなのに、こんなに遅くなったのはどういう訳かと。そんな様子が見て取れる。しかしキュルケ、毅然とした態度で話し始めた。

 

「父さま。遅くなり大変申し訳ありません。しかし、無為に時間を過ごしていた訳ではありません。トリステインの状況を、確認していたのです。戦争の噂、聞き及んでいましたから。そして各地を見、思う所あります。父さま。あたし……私もこの戦争に、加わりたいと考えております。できれば先陣に」

 

 突然の提案に、目が点になるキュルケの父親。さらにキュルケは続けた。

 

「いい機会です。宿敵ヴァリエール家との決着を、付けてやろうではありませんか!」

 

 唖然とする父親。微熱の二つ名の通り、娘は熱にでも冒されているのではないかと思う程。しかしキュルケの顔つきは、冷静さを欠いているようには見えない。むしろあるのは決意。

 彼の驚きは、次第に歓喜に変わる。あれほど手のかかる娘が、こんな殊勝な事を言い出すとはと。見合いから逃げるためにトリステイン魔法学院入学したが、それは無駄ではなかった。貴族の心得を、しっかりと会得して帰って来たのだから。キュルケの父親は感じ入っていた。

 彼はキュルケの要求を満足げに飲むと、さっそく部隊を用意すると城へと戻って行った。小躍りしているかのように。

 恥しいほど喜んでいる親の背を見送りながら、キュルケの額に冷や汗が一つ流れる。

 

「やっちゃった……。もう先に進むしかないわね」

 

 不安が彼女を包む。喉に渇きを覚えるほどに。だが気を引き締め直すと、ここからが勝負と自分に言い聞かせていた。

 

 

 

 

 

 シルフィードが半ば、不時着するように降りて行った。ゲルマニアの首都のヴィンドボナの宮廷外れへ。

 

「お姉さま……、もう限界なのね……」

「よく、がんばった。ありがとう、シルフィード」

「これも、お姉さまのためなのね。でも、もう……休ませて」

「うん」

 

 タバサが珍しく、頬を緩めている。心から感謝していた。この使い魔に。なんと言っても、学院からほぼぶっ通しでここまで飛び続けてきたのだから。おかげで学院を出発してから、まだ日が変わっていない。

 シルフィードから降りたタバサは、彼女の頭をやさしく撫でる。だがここで入る無粋な声。彼女達の周りを竜騎兵と衛兵達が囲んでいた。

 

「先ほどのお話、確認させていただきます」

「……」

 

 うなずくタバサ。実は宮殿に近づく前に、哨戒の竜騎兵に補足されたのだ。素性を明かしたものの信じてもらえず、連行されるハメになる。当然と言えば当然。次期皇后ともあろう者が、一人でやってくるなど異常と言ってもいいのだから。

 

 やがて身元が確認され、皇帝との謁見を許される。玉座の間で、ゲルマニア皇帝、アルブレヒト三世が驚きつつも歓迎の態度を見せていた。

 

「これは、これは、ミス・オルレアン。さすがの余も驚かされたぞ。いや確かに、ここに来るよう頼みはしたが、単身で飛んでくるとはな」

「単独行動はいつもの事」

「…………。確かに、あなたの経歴は知ってはおる。だがそれは昔の話だ。もうそのような立場ではない。これからは御身を大切にすることだ。我が国と共に、あらねばならぬのだからな」

 

 威圧するような口ぶりの皇帝。タバサはもうゲルマニア、自分のものだと言わんばかりに。しかし数々の修羅場を潜り抜けたタバサが動じる訳もなく、小さくうなずくだけ。彼女のあまりに落ち着きぶりに、少々不満げの皇帝。どうにも手ごわい嫁になりそうだと。

 そんな彼の態度にかまわず、タバサは話し始めた。

 

「なら、さっそく国に尽くしたい」

「ん?」

 

 意外な言葉に呆気に取られるアルブレヒト三世。タバサは続けた。

 

「トリステインに潜むエルフの話。たぶん事実」

「何!?」

「実は元々、ガリアはエルフを匿っていた。その力を利用するために。だけど聖戦参加を決めたため、エルフが邪魔になった。始末しようとしたけど、逃げられた」

「何故そのような事、知っている?」

「私のもう一つの肩書きは、もう知ってるハズ」

「……」

 

 神妙な表情で玉座に戻る皇帝。タバサがただの王族の姫でない事は知っていた。ガリアの裏の仕事をこなしてきた事を。その辛い境遇を。皇后となる少女だ。調べない訳がない。

 皇帝は玉座に身を預けると、タバサを見下ろした。

 

「だがすでに国境は固めている。トリステインから抜け出す術はないぞ」

「ガリアは国内の全関所も、すでに固めている。でもゲルマニアでは、そうは見えない」

「む……」

 

 眉間の皺を深くし、渋そうな声を漏らす。確かに彼女の言う通り。実は彼は、エルフ騒ぎを事実と考えていなかった。単なる戦争の口実に過ぎないと。だからエルフ対策は、ほぼないに等しかった。

 さらに皇帝を追い込むように言う雪風。

 

「虚無同盟の中で、ゲルマニアだけが虚無の担い手がいない。もしエルフがゲルマニアを通って逃げれば、聖戦後の立場が悪くなる」

「…………」

 

 黙り込むアルブレヒト三世。確かにタバサの言う通り。始祖の繋がる家系であるタバサを手に入れても、虚無の担い手がいない以上、他国に引けを取るのは否定できない。

 やがてアルブレヒト三世は答える。

 

「うむ……、全土を警戒すべきだな。それにトリステインごときに、全軍を向けるまでもなかろう」

「……」

 

 雪風は小さくうなずく。胸の内に安堵を湛えながら。なんとか目的を達成できたと。

 それからトリステイン国境へ向かっていたゲルマニア軍のほとんどが、反転する。各関所などの交通の要所を固めるために。これで仮に戦争が起きても、トリステインに向かうゲルマニア軍は限られる事となった。もっともそれでも、少ないとは言い切れないが。

 

 

 

 

 

 アンリエッタは、早朝の執務室で一通の手紙を手にしていた。異界の天使、幻想郷の天人、比那名居天子から受け取ったものだ。深夜に寝室に侵入して、押し付けていった。無礼極まりない行動だが、アンリエッタ自身はあの連中ならしかたないと半ばあきらめていたが。

 だが注目すべきは、手紙そのもの。差出人はルイズだったのだ。そして内容は幻想郷の人妖とルイズ達で考えた、例の作戦。時間を稼いでいる間に、宗教庁によるエルフ探索を進めて欲しいというものだった。

 

 側に仕えていたアニエスが小言のようにぼやく。

 

「しかし、また勝手な事を……」

 

 トリステインを救おうという気持ちは分かるが、国家に関わる大事だというのに勝手に動かれてはかなわないという気持ちがあった。神聖アルビオン帝国崩壊の時も、彼女達は自分達だけで決めてしまい動いていた。上手くいったからいいものの、一部の者の行動で国家が左右されるのは、女王側に仕える者としては気持ちのいい話ではない。

 

「陛下、よろしいのですか?」

「ルイズだけならともかく、異世界の方々や、ゲルマニア次期皇后、ティファニア殿までもが手を貸してくれるというのです。私には彼女達へ命令する権限はありません」

「それはそうですが……。なんの相談もなしに、要求だけしてくるのはいささか不遜では」

「それは些細な事です。むしろ、ありがたいと思っています」

「……。藪蛇にならねば良いのですが」

「わたくしは彼女達を信じています」

「……」

 

 アニエスは不満そうだが、主がそう言うなら仕方がないと黙り込む。だが今回はガリア。ハルケギニア最大の軍隊を持ち、虚無の担い手でもあるジョゼフが相手だ。虚無を詐称していた、平民司祭とは訳が違う。以前と同じく上手くいくかどうか。アニエスの中に、くすぶる不安は消える気配がなかった。

 

 

 

 

 

 キュルケ達が学院を出て数日後の深夜。いや、もう早朝近く。ラ・ロシェールから数リーグ離れた森の中。ルイズと魔理沙、アリス、ティファニアがいた。いよいよ今回の策も仕上げだ。実はすでに他の場所には、仕掛けを施していた。その場所とは、トリステインとガリア国境の東部と南部。それぞれガリア軍が集結している。西部のここは、最後の仕掛け所という訳だ。

 

 この四人の側に、不格好な現代芸術のような巨鳥がいた。正確には鎧でできた鳥のようなものが。その大きさ、数メイル。

 これは魔理沙達がコルベールに頼み、ミセス・シュヴルーズなどの土系統のメイジと共に作り上げた工芸品。ガーゴイルのハリボテともいう。

 腹の部分が開くと、人影が二つ出てきた。涼しい顔の衣玖と、露骨に嫌そうな顔の天子が。

 

「これ、もうちょっとなんとかならなかったの?中、狭いし」

「無茶言って作ってもらったんだから、文句言わない」

「だったらルイズが、中やれば?」

「私じゃ、持ち上がんないでしょ」

 

 相変わらずの二人の言い合いに、ティファニアは戸惑うばかり。

 

「あ、あの……喧嘩してる場合じゃないんじゃない?」

「ん?そうね」

 

 あっさりと止まる喧嘩。状況を理解してというよりは、慣れっこという感じで。

 気持ちを切り替えると、ルイズは見上げた。ターゲットを。視線の遥か先にあるのは、ガリアの両用艦隊。空を埋め尽くさんばかりの数だ。

 アリスがつぶやく。

 

「もし戦争になったら、前の二の舞になりそうね」

「うん」

 

 ガリア艦隊の北方。目に映るトリステイン艦隊は、相手の1/3にも満たない。全く勝負にならない。かつて神聖アルビオン帝国に、トリステイン艦隊は奇襲であっさり全滅したとか。だが今のトリステイン艦隊では、奇襲でなくても全滅しそうだ。

 

 魔理沙が木の天辺まで浮き上がる。そして暗視スコープを装着。しばらくして下へと降りた。

 

「旗艦、見つけたぜ」

 

 白黒魔法使いが、箒で指した先にあったのは、ひときわ大きい戦艦。タバサから説明を受けていた通りの姿だ。その名を『シャルル・オルレアン』という。ジョゼフが謀殺した実の弟の名と同じ。何を考えてこんな名にしたのか。無能王の心中など分かる訳もない。もっとも、今はどうでもいい事。

 

 アリスは、ルイズ達へ声をかけた。

 

「さてと、そろそろ始めましょうか」

「うん。ティファニア。いい?」

 

 ハーフエルフへ、引き締まった声をかけるルイズ。今までの経験のおかげか、鉄火場での余裕が垣間見られる。対するティファニアは、緊張まみれの面持ち。

 

「が、がんばる!」

「三回目になるけど、精神力は持ちそう?」

「大丈夫!」

 

 自分を鼓舞するように力強くうなずくティファニア。あまりのぎこちなさに、皆は思わず笑ってしまったが。ルイズが、落ち着いた口ぶりで話しかける。

 

「もっと力抜いていいわよ。みんなも行くんだから」

「う、うん。その……みなさん、よろしくお願いします!」

 

 深々と頭を下げる金髪の妖精。魔理沙はニヤニヤ、アリスと衣玖は軽く言葉を返しただけ、天子は無関心そう。だが皆に、多少気遣ったような気配はうかがえた。それにまたルイズは頬をほころばせていた。

 

 ともかく、一同は『シャルル・オルレアン』へと出発。天子が要石の上にルイズとティファニアを乗せ、衣玖が空気を感じ取りつつ、哨戒の穴を抜けていく。魔理沙とアリスはその後に続いた。

 六人は無事『シャルル・オルレアン』に到着。船首降り立つ。何人もの見張りがいたが、少々緩み気味。圧倒的に優位なせいだろうか。

 その内一人の見張りが、ルイズ達に気付く。哨戒の隙間を縫って来た彼女達。彼にとってはいきなり現れたように思えた。しかもその姿は、繁華街にいるような町娘姿のよう。あまりに場違い。幽霊でも見ているような感覚に襲われる。

 

「な……何者だ!」

 

 思わず剣を抜くが、どうしていいいか戸惑ったまま。だがその時、彼に理解できない言葉が届く。魔法の詠唱のような。六人を見極めようと、目を凝らす。そして気づいた。一番後ろにいた少女が、杖を抜いていた事に。

 

「メ、メイジ!」

 

 声を上げようとしたが遅かった。ティファニアの詠唱はすでに完了。勢いよく杖を振る。彼の、いや、この『シャルル・オルレアン』を包む全ての空気が歪んだ。次の瞬間には、見張りは今何をしようとしていたのか忘れてしまっていた。

 

「えっと……なんだっけ?あれ?ここは?」

「今日の訓練は終わりよ」

 

 アリスが見張りに言う。当然のように。

 

「え?訓練?」

「ええ。あなた達は訓練に来ていたの。でも、もう終わりよ。全員寝ていいわ。他の連中にも言っといて」

「あ、ああ……」

 

 男は反対側へトボトボと足を進めると、仲間たちに言う。寝ていいと。仲間たちもどこか呆けた様子で、彼の言葉にうなずいていく。しばらくすると甲板の上にいた全員が、ベッドへと向かっていた。

 

 今使った魔法は、ティファニアの虚無の魔法『忘却』だ。相手の記憶を奪うだけではなく、魔法をかけた直後ならある程度の洗脳も可能だった。さらに時間が経過すると、魔法がかかった前後の事を忘れさせる効果もある。なかなか便利な代物。ただ今回は、範囲が巨大戦艦全てという広さが難点だった。しかし、なんとかクリア。もっともおかげで、ティファニアはしばらく魔法が使えないだろうが。

 

 誰もいなくなった甲板に立つ六人。ルイズがティファニアに声をかける。

 

「上手くいったじゃないの」

「うん。はぁ……でも、ちょっと疲れちゃった。こんな大勢に魔法かけた事なかったから」

「だけど、すごいわよ。あなたの魔法」

 

 珍しく人を褒めるルイズ。それに、はにかむティファニア。他人に魔法を褒めてもらったのは、マチルダ以来だ。温かいものが胸を満たす。笑顔を向け合う虚無同士。

 

 そんな二人の空気を無視して、衣玖が図面を広げだした。

 

「さっさと終わらせてしまいましょう。次は会議室の書類です」

 

 うなずく他のメンバー。ほどなくして人影のなくなった船内へと、悠々と降りて行った。そしてタバサから教えてもらった図面を元に、目的を果たしに向かった。

 

 

 

 

 

 

 朝日が『シャルル・オルレアン』の最も豪華な部屋へ差し込む。しばらくして、目覚めの時を迎えるこの部屋の主。ガリア両用艦隊総司令、クラヴィル卿。

 

「ん……朝か……」

 

 数十年を超える艦上生活がその肌を黒く染め、深い皺を刻んでいた。まさしく船の男といった風貌だ。ただ、いつもなら厳めしい気配を漂わせるこの男が、今はどういう訳か冴えない表情。顎を抱え、首を傾げる。

 

「…………。はて?何故、俺はここにいるのだ?いや、ここはどこだ?」

 

 記憶がない。ここが『シャルル・オルレアン』の艦内だというのは分かる。だが現在位置はどこにいるのか、そもそもなんのために乗艦したのかが、全く思い出せない。

 

 朝の支度をしながら、なんとか思い出そうとするがやはりできない。深酒でもしたか。だとしても忘れる訳がない。妙だと思いながらも、朝食の後、会議へと向かう。

 会議室には、副官のリュジニャン子爵をはじめ、士官達が集まっていた。ただ全員、酔いがさめてないような締まりのない顔つき。いや、むしろクラヴィルに近い表情。

 彼は司令官の席に座ると、いつもと変わらない強面で尋ねた。強面で記憶がないのを誤魔化した、と言った方が近いが。

 

「あ~……、状況はどうなっている?」

「その……現在、ラ・ロシェールを望む国境に、艦隊は展開しております」

「ラ・ロシェール?」

「はい」

「うむ、そうか」

 

 威厳をもって、深くうなずく総司令閣下。だが頭の中は疑問で一杯。何故ラ・ロシェールに側まで、来ているのか思い出せない。できれば誰かが話の口火を切り、それを切っ掛けに思い出せればと期待するが、誰も口を開かず。

 実は全員が、同じ事を考えていたので。もちろん記憶をなくしていたから。一方で、命令を忘れたなどと言えるはずもない。メンツに関わる。そんな訳で、全員が切っ掛けとやらを期待して黙り込んでいた。滑稽にも思える、妙な空気が漂う会議室。

 

 その時、部屋にノックが響く。このおかしな空気に耐えかねていた一同は、逃げ出すように素早いリアクション。士官の一人が、自ら扉をあけた。そこにいたのは伝令。クラヴィルは尋ねる。

 

「何事か?」

「その……総司令閣下。甲板へお上がりを。王都からの使者が参られています」

「王都から?」

 

 お互い顔を見合わせる、クラヴィル達。何しに来たのかは分からないが、ともかく、この妙な状況から脱出するには十分な理由だ。彼はうなずくと、さっそく部屋を出て行った。士官達も続く。

 

 甲板で彼らを待っていたのは意外な人物。あのシェフィールドだった。背後には、金属製の巨大な鳥がある。おそらく彼女の操るガーゴイルなのだろうと、誰もが考える。

 

「これは、シェフィールド殿。王都からワザワザ御足労とは。緊急の用件ですかな?」

 

 クラヴィル、敬意を持って対応する。以前なら、嫌悪するような態度だったが。

 虚無条約締結以降、ジョゼフは自らが虚無である事を明らかにした。そしてシェフィールドが、彼の使い魔である事も。もう彼女は、王に纏わりつく得体のしれない女ではなくなっていた。虚無の使い魔、始祖ブリミルの加護を受けた存在と、受け止められている。貴族たちの彼女に対する態度は、一変していた。

 

 シェフィールドは、台本でも読んでいるかのように事務的に話しだす。

 

「命令変更です。ただちに両用艦隊はアーハンブラへ向ってください」

「アーハンブラ?ここから東の果てに?これはまた、いかな理由で?」

「陛下のご命令です」

「……」

 

 答になっていない。確かにジョゼフの命令は、時に理由もないものがある。気まぐれとも思えるようなものが。しかしできる限り、詳細を知っておいた方がいい。改めて聞き直そうとしたクラヴィル。だが先に、シェフィールドの方が口を開いた。

 

「命令変更ですので、以前の命令書を返還してください」

「命令書を?」

「はい。こちらで処分します」

「……」

 

 艦隊総司令閣下、言われるまま艦内へと戻る。しばらくして戻って来た彼は、少々ばつが悪そうな態度。

 

「あ~……。命令書はこちらで処分いたします」

「そうですか。分かりました。では、ただちに艦隊を動かしてください。では」

 

 シェフィールドはそう言い残すと、踵を返し背後の鉄の鳥に乗る。彼女に合図と同時に、鉄の鳥は浮き上がった。羽ばたきもせず。それから、東の彼方へと飛び去っていった。

 

 小さくなったガーゴイルを目に収め、安堵の溜息を漏らすクラヴィル。何故なら、提出しろと言われた命令書を失くしていたので。というか仕舞った場所すら覚えていない。この始末が王に知れたら、どんな処分を受けることか。ともかく命令変更となった以上、もう以前の命令書について考える必要はなくなった。

 クラヴィルは士官達の方を向くと、威勢よく声を上げる。

 

「命令変更だ!東へ舵を取れ。ただちにアーハンブラへ向かう!」

「アーハンブラ?」

「そうだ」

「はっ!」

 

 士官達のハッキリとした返答。一同が新たな命令に集中していた。失態をうやむやにしたいかのように。

 

 

 

 

 

 全ての策が終わった頃。森の中でその様子を窺っていた連中がいた。もちろんルイズ達だ。天子が他人事のように言う。

 

「あ~、終わった、終わった。さっさと帰ろ」

「最後まで様子を見る手筈になってたと思いますが」

 

 衣玖がすかさず釘を刺す。それに不満を返す天人。くだらないやり取りが始まる。ただ天子は文句を口にしている割には、どこか気分よさげだ。やはり全てが順調だからだろうか。怖いくらいに。

 

 彼女達が仕組んだのは、ガリア軍を撤退させる策だ。もちろん、トリステインとガリアの戦争を防ぐため。三つに分かれていたガリア軍のそれぞれの司令部を襲撃。というかペテンにかけた。ティファニアが司令部の士官達の記憶を失わせ、永琳の薬でシェフィールドに化けたルイズが、嘘の命令を伝える。記憶を失って当惑している間に、上手い事誘導した訳だ。ガーゴイルのハリボテは、ルイズの化けたシェフィールドが本物だと強調するための小道具。

 結果、策は全て成功し、両用艦隊も、他の部隊も撤退し始めている。最終的には命令がおかしい事に気付くだろうが、しばらくは時間が稼げる。その間に、エルフ探索は宗教庁がすると決定してしまえば、トリステインは救われる訳だ。

 

 皆の安堵の表情の中、何故かルイズだけはスッキリしない態度。ティファニアが話しかける。

 

「どうしたの?」

「なんか気になるのよ」

「何が?」

「学院よ」

 

 ルイズの言葉にアリスが返す。

 

「デルフリンガーの話じゃ、ガリア王は戦争を囮にして学院を襲うって手筈だったじゃないの。その大前提が崩れたんだから、大丈夫よ」

「そうだけど……」

 

 理屈は分かる。しかし、ルイズの不安は消えない。デルフリンガーというインテリジェンスソードの警告が、頭から離れない。やがて気持ちを決める虚無の担い手。

 

「やっぱり、一旦学院に戻るわ。アリスと天子は予定通り、しばらく様子見といて」

「かまわないけど、ルイズはどうやって帰るの?」

「魔理沙」

 

 ちびっ子ピンクブロンドは白黒に声をかける。魔理沙の方も、言わんとしている事に察しがついた。

 

「学院まで、連れていけってか?」

「うん」

「私は東の連中、見張るって話だったろ」

「悪いけど、後にしてくれない?」

「まあ、いいけどな」

 

 ほぼ作戦は成功したと思っている彼女。あっさりと了解。さらにルイズは衣玖に、ティファニアを送ってもらうように頼む。こちらはアルビオン大使館の方に。衣玖も中央のガリア軍を見張る役目があったのだが、それも後回しとなった。

 

「それじゃぁ、後、頼んだわよ」

「ええ」

 

 アリスはうなずく。ルイズは魔理沙の箒の後に乗り、ティファニアは衣玖に抱えられ、この場から飛び立った。それぞれ最速で。アッと言う間に二人の姿が、空に消える。

 

 残ったアリスと天子。ぼーっと空を眺める。仕掛けは全て上手くいったハズなのだが、艦隊が動く様子がない。さらに時間が経ち、ようやく動きだした。大艦隊というのもあるが、記憶を失ったのは『シャルル・オルレアン』だけ。命令変更に手間がかかったのかもしれない。

 それからしばらくして、全艦の陣形変更が終わる。すると新たに一隻の船が現れた。

 

「ちょっと遅れたけど、間に合ったわね」

 

 アリスが、高くなってきた太陽に照らされる一隻の船を見上げていた。ガリアでもトリステインの船でもない。ロマリアの船だ。つまり今、エルフ探索のための調査団が、トリステインに到着した訳だ。彼らも、撤退しようとしているガリア艦隊を見ているだろう。これでエルフの件はスムーズに進むはず。

 

 取り立てて変わった様子はない。まさしく順調、予定通り。するともうは終わったという具合に、天子がだらけだした。

 

「私達も帰っていいんじゃない?」

「だから、ガリア艦隊が見えなくなるまで見張るって決まりでしょ」

「面倒~」

 

 要石の上で仰向けに倒れる天人。相変わらずの身勝手さに、アリスは溜息を漏らすしかない。もっともこうなるとも半ば思っていたが。天子がどういう性格なのか、誰もが分かっていたので。

 不意に、太鼓を叩くような音が二人の耳に届いた。ふと音の方向を見る。空からだ。

 さらにもう一回鳴った。今度はハッキリと分かった。太鼓の音ではない。大砲の砲撃音だ。まさかとガリアが攻撃?と、両用艦隊の方を見た。すると『シャルル・オルレアン』から、煙が舞い上がっている。だが砲煙には見えない。

 さらに三発目。今度はハッキリと分かった。『シャルル・オルレアン』へ向かって、誰かが大砲を打ち込んでいる。二人は瞬時に、砲弾が飛んできた方角へ顔を向ける。砲煙を上げている艦がそこにあった。

 大砲はトリステイン艦から打ち込まれていた。ガリアの両用艦隊に向かって。

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔館の大図書館。中央広場にずらっと並んだテーブル。そこを行き来する大勢の小悪魔達。そのテーブルの群れの先頭に、大きな机があった。ここの主、パチュリーの席だ。彼女は次々提出される書類に目を通していた。

 もう何時間も、ぶっ通しでやり続けているこの作業。瞳が忙しく左右に動き、資料は次から次へと右から左へと送られていく。だが突然、その手が動きを止めた。

 

「こあ」

 

 パチュリーは、助手として側にいた使い魔に声をかける。慌ててティーポットを手にするこあ。もう何杯目のお代わりかと思いつつ。だがティーカップに紅茶を注ごうとした時、パチュリーの手がカップを覆う。

 

「それじゃないわ。シャンパン用意して」

「はい?」

「見つけたわよ。黒子」

「ホントですか!」

「たぶんね」

 

 パチュリーは椅子によりかかり、目元をマッサージしながら言う。さすがの100年の魔女にも、この作業はきつかったのか。長命という事もあり、普段ならマイペースで研究をする彼女。それが突貫工事と言ってもいい程、急いで作業を進めたのだから無理もない。

 書類を手に、こあへ指示を出す。

 

「確認できしだい、今の作業は終わり」

「もし当たりだったら、パチュリー様はどうされるんです?」

「もちろん会いにいくわ。黒子にね」

 

 七曜の魔女は不敵に笑うと、椅子から立ち上がった。

 

 

 

 


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