ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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ゼロの使い魔

 

 

 

 

 

 吸血鬼とメイド長の主従が、唖然とした顔を並べていた。目の前の大量の人間達を前に。主のレミリアは植木のように佇むだけ。

 

「何なのよ。これ……」

「さあ……」

 

 咲夜も一言返すのが精いっぱい。彼女達の反応も無理もない。何故なら突然現れたのだから。紅魔館の庭に何百人という人間達が。もちろん彼等にとっても、理解しがたい状況。気付くと、見知らぬ場所に放り出されていたのだから。一時は半ばパニックになっていた程。

 しかし、今は落ち着いている。美鈴と咲夜がなんとか騒ぎを沈めたのもあるが、何よりも彼等の中に見知った者がいたのが大きい。その人物が、レミリア達の方へ近づいてきた。長い髭の白髪の老人が。オールド・オスマンが。

 

「申し訳ありませんな。お騒がせしてしまいまして」

「本当に、お騒がせよ」

 

 吸血鬼はわざとらしく怒ってみせる。咲夜はメイド長らしく丁寧な挨拶。それからオスマンは紅魔館を見上げ、感心したかのように髭を弄り出す。

 

「しかし赤いお屋敷とは、なかなかのご趣味ですなぁ」

「大したもんでしょ。私のセンスは」

「誠に言われる通りですな。威風堂々たるお屋敷です」

「当然よ。幻想郷のスカーレット家と言えば王家も同然だもの」

「なるほど、なるほど」

 

 大きくうなずくオスマン。咲夜の方は、なんとか笑うのをこらえていたが。白々しいほどのオスマンの褒めっぷりと、あっさり乗せられるお嬢様の見栄張りに。ともかく、持ち上げられたレミリアの気分は悪くない。颯爽とメイドに指図。

 

「咲夜、トリステイン魔法学院の方々を今から客人として迎えるわ。部屋に案内しなさい」

「ええっ!?」

 

 メイド長、態度一変。素っ頓狂な声を上げていた。

 

「お嬢様!この人数は、さすがに無理です」

「なんとかなさい」

「なんかと言われましても……。そうですね……、相部屋でしたらなんとか。一部屋当たり、かなりの人数になってしまいますが」

「ダメよ。お客様なのよ。快適に過ごしてもらわないといけないわ」

「お嬢様……」

 

 咲夜、頭を抱えたくなる。レミリアのわがままはいつもの事だが、こればかりはどうしようもない。咲夜には空間を広げる能力があるが、空間を広げても家具や調度品が増える訳ではない。何もない部屋へ客を案内する訳にもいかないだろう。

 ここでオスマンが助け船。

 

「私共は、それでかまいませんがの」

「そうはいかないわ。お客様を十分持て成すのは私の矜持よ」

 

 器の大きさを見せたいのか、やけに拘るレミリア。しかし学院長として、王宮のお偉方ともやり合った事もあるオスマン。折衝の仕方は心得ていた。

 

「さすがは、貴族が何たるか心得ておられる方ですな」

「当然よ」

「ですが、実を申しますとな。ただ今本校は軍事教練中なのですじゃ」

「軍事教練?」

「左様です。ですので、むしろ厳しい環境の方がありがたいのですよ」

「あら、そうなの」

「是非、お願いします」

 

 結局、オスマンの言う通りとなる。その後、全員を導くように悠然と先を進むレミリアの背後で、咲夜はオスマンに礼を言っていた。やがてトリステイン魔法学院関係者は、屋敷内に案内される。中には妖精メイドが大勢いたので、これまた少々騒ぎが起こったのだが。

 

 

 

 

 

 レミリア達が学院関係者の対応で慌ただしくしていた頃、紅魔館の大図書館には、頭の中が混線状態の四人がいた。魔理沙達だ。彼女達の視線の先には、奇妙なものが浮いている。黒球が。その表面は水が流れるように蠢いていた。内側に膨大な何かを秘めているように。

 

 魔理沙、アリス、天子、衣玖は、少し前までハルケギニアにいた。だが、どういう訳かここにいる。その直前まで、ジョゼフやシェフィールドと戦っていたはのだが。ただ最後に膨大な光に包まれた事だけは、誰もが覚えていた。

 白黒魔法使いが、当惑したままの様子でパチュリーの方を向く。

 

「説明してくれよ。あの黒いのとか、私らがここにいるのとか」

「ちょっと待って。先にオスマン達をなんとかするから」

「オスマン達?なんだよそれ?」

「今、来てんのよ。ここにね」

「じゃあ、みんな飛ばされたのか。こっちに」

「ええ」

「そっか」

 

 そっけない返事ながらも、安堵に頬が綻んでいる魔理沙。自分達はこうして助かったが、学院の教師や生徒がどうなったかは気がかりではあった。それがここ、紅魔館にいるという事は無事だったようだ。おそらくはあの黒子の仕業だろうが。彼女にとっては得体の知れない相手ながらも、とりあえずは感謝していた。

 

 パチュリーは魔理沙達を他所に、黒球を囲む結界を張っている巫女へ声をかける。

 

「霊夢。準備は?」

「いつでもいいわよ」

「なら、始めちゃって」

 

 小さくうなずく霊夢。祓い串を勢いよく振る。すると結界の注連縄が、淡く光り出した。次の瞬間、黒球を囲むように四方に青白い光の壁がそびえ立つ。

 アリス、この光景を茫然と眺めるだけ。状況が今一つ飲み込めない。

 

「霊夢、何やってんのよ?っていうか何しに来たの?」

「仕事よ」

 

 パチュリー、役人かのような抑揚のない返事。だが半端な答に、アリスは聞き直す。

 

「仕事って……異変?もしかしてあの黒球が?でもパチュリー、あれの事『ハルケギニア』って言ってたわよね」

「ハルケギニア関連は、紫達が異変の可能性を考えてたもの。霊夢に関わりないとも言えないわ。もっとも彼女には、別の頼みもあって呼んだんだけどね」

「何よ?」

「そうね。保険って所かしら」

「……」

 

 紫寝間着の核心をあえて外しているような言い様に、人形遣いは不満そう。もちろん、白黒もそれは同じ。

 

「勿体ぶらないで、説明してくれよ」

「もうちょっと待って。そろそろ来るはずだから」

「誰がだよ?」

 

 魔理沙が苛立ちを吐き出そうとした時、図書館に飛び込んでくる声があった。ドアを豪快にブチ開けて。

 

「パチェ!」

「パチュリー様!」

 

 レミリアと咲夜だった。二人は、宇宙人に出会った農民のような慌てぶり。すぐさまパチュリーの傍まで駆け寄って来る。そしてレミリア、開口一番。

 

「き、き、消えちゃった!」

「そう」

「"そう"じゃないわよ!オスマンが!っていうかみんな!一人残らず!パッて!」

 

 主の側で、咲夜も何度もうなずく。それは餅をつく杵のよう。

 二人の話によると、トリステイン魔法学院関係者を部屋へ案内し終わった後、代表であるオスマンと今後の話をしていたら、目の前から突然いなくなったそうだ。その後屋敷中を探し回ったが、オスマンどころか何百人もいた学院関係者も一人残らず消えていた、という訳だ。

 まさしく異変と言ってもいい現象。だが七曜の魔女は落ち着いたもの。わずかに笑みを浮かべる。

 

「うまくいったのね。良かったわ」

「何がよ!」

「ハルケギニアに帰ったのよ。みんなね」

「え?」

 

 吸血鬼とメイド長が、同時に口を半開きにして停止。意味が分からないというふうに。しかし魔女は無回答。代わりに出てきたのは、頼みが一つ。

 

「咲夜。フランと美鈴を呼んできて」

「え?構いませんが……。ですがなんの御用でしょう?」

「これからハルケギニアについて話すの。二人にも聞いてもらいたいのよ」

「はぁ……」

 

 メイド長は、モヤモヤとした気持ちのまま姿を消す。ほどなくして二人を連れてきた。ちなみに門番がいなくなったので、一旦門は閉じられている。

 

「さてと」

 

 パチュリーはそうつぶやくと、全員を自分の書斎へと案内した。部屋に入ってまず目に入ったのは、烏天狗と玉兎。

 

「みなさん揃ったようですね。待ちくたびれましたよ」

「お前達も呼ばれたのかよ」

 

 魔理沙は思い出したかのように言う。文も鈴仙もハルケギニアと深く関わっていたと。しかし首振る文。

 

「いえ。私は取材です。ハルケギニアの真相はもう聞いてますから。そうそう、神奈子さん達も知ってますよ」

「私も事情は知ってるわ。えっと、師匠の代役かな。そうそう、てゐの幸運、解除したって。用が済んだから」

 

 鈴仙は素直に言う。聞いた魔理沙は面白くなさそうに「そうかよ」と一言。一番関係が深い自分達が、最後に話を聞くハメになったのが気に食わないらしい。

 

 部屋の中央に置かれた、丸いテーブルを全員が囲む。今、ここにいるのは、魔理沙、アリス、天子、衣玖、レミリア、フランドール、咲夜、美鈴。そして取材しに来た文に、永琳の代役の鈴仙、解説役のパチュリーと助手のこあ。総勢12人。皆ハルケギニアへ一度は行った者達だ。

 視線を流し、並ぶ面々を確かめる七曜の魔女。そして使い魔へ指示を出す。

 

「こあ。用意して」

「はい」

 

 こあはパチュリーの机の上にあった、資料をテーブル中央に並べた。一斉に覗き込む人妖達。そこにあったのは、魔導書『王の天蓋 絹の章』、パチュリーによる『ハルケギニア天文観測結果まとめ』、永琳による『カトレア、オルレアン公夫人の血液分析報告書』、文の『取材ノート写し』。魔理沙とアリスにはこれらが何なのか分かっていたが、それ以外の者には意味不明の代物。

 皆、ゆっくり顔を上げ、解説役に注目。それを待っていたかのように七曜の魔女は話を始めた。まずは魔導書『王の天蓋 絹の章』のあるページを開く。そこには魔法陣が描かれていた。

 

「これがルイズを召喚した魔法陣よ。本来はダゴンという悪魔を呼び出すためのものなんだけど、出てきたのはルイズだったという訳」

「へー、そうだったんだ」

 

 天子は、初めて聞いたという具合に感心していた。あれだけルイズといっしょにいたのに、幻想郷に来た経緯を全く聞いていなかったようだ。興味のないものには、徹底的に無関心の天人。

 続くパチュリーの説明。

 

「だけど本来はこれ、魔法陣として機能しないハズなのよ。後で分かったんだけど、もう一冊の魔導書、『王の灯篭 真昼の章』が必要だったの。二冊あってようやく魔法陣として機能するの。片方だけじゃ、ただの床絵よ」

「では、どうやってルイズさんは召喚されたのですか?」

 

 衣玖から当然の質問が出てくる。

 

「つまりルイズは、召喚されたんじゃないのよ。誰かに送り出されたか、自ら出てきたかのどちらかという訳」

「え?それは一体どういう事です?」

「この時点で、少しは疑ってみるべきだったわ」

 

 パチュリーは衣玖に答えず、魔導書に視線を下ろしつぶやいた。半端な解説に、一同は余計に混乱するだけ。だが場の空気を無視して、パチュリーは引っ込んだ。次に出てきたのは、パパラッチこと射命丸文。

 烏天狗は、次に『取材ノートの写し』を広げた。ただしこれは必要部分を書き写したもので、全てではない。そこにあったのは羅列された言葉。監視カメラやファッション、デジャヴ、コックピットなどなど。レミリア達には、これらが何を意味しているのか見当もつかない。

 ちびっこ当主が不機嫌そうに尋ねる。話の方向性がまるで見えないので。

 

「何よこれ?」

「ハルケギニアで通じた言葉を調べ上げ、書き記したのですよ」

「話しできてたんだから、通じたに決まってるでしょ。何言ってんのよ。これ、なんか意味あんの?」

「もちろん意味はありますよ。ここにある言葉には、共通点があるのです。では問題です。それはなんでしょう?」

 

 クイズ番組の司会者のように、大げさに振る舞う文。回答者達は、もう一度言葉をよく見る。眉間にしわを寄せ、首をかしげ。だがやはり分からない。フランドールが、一番に根を上げた。

 

「全然わかんない!教えてよ」

「やれやれ、もうギブアップですか。まあ、引っ張っても仕方ありませんので。それでは答え合わせです。共通点は、全部現代語という事です!」

 

 人妖達、一瞬停止。そして呆れる。そんな他愛のないものが答とはと。レミリアがさっそく文句。

 

「いかにもなフリして、そんなのが答?」

「はい。でも大事なことなんですよ」

 

 するとここで美鈴が何かが引っかかったのか、ふと尋ねてきた。

 

「あれ?監視カメラってハルケギニアにあるんですか?ルイズさんから聞いた話だと、なんか昔のヨーロッパっぽい世界って感じだったんですけど」

「お!いい所にお気づきになりましたね。その通りです。基本的にハルケギニアは、近世以前の文明レベル。だからここの言葉は、彼らには理解できないはずなんですよ。でも意味が通じたという訳です」

「なんで通じたんだろ?」

 

 顎を抱え考え込む中華妖怪。しかし答が出るハズもない。それは他の人妖達も同じだった。だが文も中途半端にしか話さず、鈴仙にバトンタッチ。

 今度開かれたのは、永琳の『カトレア、オルレアン公夫人の血液分析報告書』。鈴仙が持って帰ったカトレアとタバサの母親の血を検査したものだった。玉兎は自分の出番とばかりに、さも教師かのように語りだす。

 

「さてさて、次は私の番です。ここにある資料は、ハルケギニアの人たちの分析結果よ。私が採血して、師匠が分析したの」

「で?」

 

 レミリア、もう訳が分からないので半ば投げやり。でも玉兎は気にしない。宝の在り処でも見つけたかのように、高らかに告げた。

 

「なんと驚いた事に、ハルケギニアの人たちは人間じゃなかったのよ!」

「それって向こうで血飲んだ時、分かってたわよ。今更でしょ」

 

 レミリア一行がヴァリエール邸に訪問した時、レミリアは、カリーヌ達の血を飲んだ。だが彼女達の血は、とても不味く飲めたものではなかった。すなわち、幻想郷とハルケギニアの人間は違うと明らかになったのだ。しかもその時、ここにいるメンツは美鈴を除いて、その場にいた。お嬢様の言う通り、皆にとっては今更の話。

 だが鈴仙の余裕ありげな仕草は相変わらず。

 

「確かにそうよ。でも師匠はもっと深い所まで分析したの。そしてその結果は……」

「結果は?」

「ハルケギニアの人間は、あなた達に近かったの!」

「え?」

 

 一瞬、何を言われたか理解できない一同。魔理沙がすかさず問いかける。

 

「おいおい、そりゃどういう意味だよ。ルイズ達が実は妖怪だって言うのか?」

「うん。それほど遠くない存在だって師匠は言ってたわ」

 

 だがここでアリスの反論。

 

「けど、ハルケギニアは異世界なのよ。偶然似ただけって可能性もあるんじゃないかしら?」

 

 これに答えたのは鈴仙ではなく、パチュリーだった。

 

「それは違うわ」

「じゃあ、何よ?そろそろ全部教えてよ」

「そうね」

 

 わずかにうなずくパチュリー。そして残った一冊を開く。『ハルケギニア天文観測結果まとめ』を。

 

「ハルケギニアの正体が分かった決め手というか、切っ掛けとなったのがこの資料。まあ、それを思いついたのが文ってのが、しゃくに障るんだけど」

 

 少々不満げな魔法使いに対し、烏天狗は胸を張り嫌味なほど自慢げ。

 ともかくパチュリーは、観測結果まとめのあるページを皆に見せた。そこにはハルケギニアの月について書かれていた。

 

「ハルケギニアの月……本当は月じゃないんだけど、今は月と言っておくわ。その月に赤いのと青いのがあるのは知ってるでしょ?その他に二つあるのよ。つまりハルケギニアには、月が四つあるのよ」

「ああ、前に言ってたな。赤と青の他は、黒と黄色だっけ?黒は鈴仙が見つけたヤツで、黄色のヤツは太陽だったよな」

 

 白黒は記憶を掘り起こしながら言う。魔女達は各々テーマこそ違うものの、時々研究成果を見せあっていたのだった。話のネタ的にではあったが。

 魔理沙のいう事に、小さくうなずくパチュリー。

 

「そうね。ただ正確には違ったのよ。あの赤と青の双月、実は赤と青じゃなかったのよ」

「そうなのか?」

「マゼンタとシアン。それが双月の正確な色よ」

「それがどうしたんだよ?」

 

 白黒魔法使いには、紫寝間着が何を言いたいのかさっぱり。それは、アリスやレミリア達も同じだった。

 パチュリーは、使い魔に再び命じる。

 

「こあ、あれ持って来て」

「はい」

 

 テーブルの上にまた新たな本。薄く大き目の。これは以前、文に連れて来られたにとりが置いていったものだ。本のタイトルは『印刷見本色一覧』。

 なおさら訳が分からない。混乱するだけ。眉をひそめた顔が並ぶ。だがかわまず紫魔女は話を進めた。

 

「シアンとマゼンタと黄色、そして黒。すなわちCMYK。印刷の基本色よ」

「ちょっと待て、なんだそりゃ?っていうか、それがハルケギニアとなんの関係があるんだよ」

 

 魔理沙は少々混乱気味に言い放つ。だがパチュリーの方は至って冷静。

 

「つまりこれがハルケギニア、あの異世界の正体」

 

 七曜の魔女は一冊の本をテーブル中央に置いた。それにはこう書かれていた。

 

 『ゼロの使い魔』と。

 

 一斉に本に注目する人妖達。誰も言葉を発しない、何も言えない。何故なら、その本の表紙には、彼女達が良く知った人物が描かれていたからだ。ピンクブロンドの小柄な少女。純白のシャツに黒のミニスカート、マント羽織った馴染の姿。

 アリスがポツリとその名を口にした。

 

「ルイズ……」

 

 誰もが同じ名前を脳裏に浮かべていた。

 魔理沙が、パチュリーを半ば睨むように尋ねてくる。

 

「どういう事だよ?」

「見ての通り、それは小説よ。もちろん幻想郷のものじゃないわ。その本自体は、紫に持って来てもらったものなのだけど」

 

 またパチュリーは、こあに指示を出す。すると何冊もの本がテーブルに並べられた。どれにも『ゼロの使い魔』というタイトルが書かれ、表紙絵も見知った人物ばかり。全員、黙り込んだまま、石像のように動かない。

 七曜の魔女の話は続く。

 

「その小説は結構人気があったものなの。派生作品が作られるほどね。もちろん本編も長く続いたわ」

「…………」

「でも物語にはやがて終わりが来る。話も残り僅かとなったの」

「…………」

「だけど突然、続きが発表されなくなった」

「なんでよ?」

 

 アリスの素朴に問いかけに、パチュリーはあっさりと答えた。

 

「作者がね、亡くなったの」

「…………。それじゃ話は……」

「終わる事はできなかったわ。つまり、作者の手で完結した『ゼロの使い魔』は、幻、幻想となったのよ」

「それが幻想郷に顕現した……?」

「この図書館でね。ハルケギニア、異世界と思っていたあの世界は、幻想郷に顕現した小説『ゼロの使い魔』を依代とした付喪神。つまりハルケギニアは異世界じゃなかったのよ。一連の騒動は、この図書館の片隅での出来事だったという訳」

 

 人妖達は息を飲む。魔女の言葉をどう捉えるべきか、上手く頭に収まらない。黙り込んでいる彼女達を他所に、パチュリーの説明は続いた。

 

「だから現代語が通じたのも当然。ハルケギニアの世界観は近世だったけど、この本自体は現代のものなんだから」

「……」

「そうそう。時間のズレもこれで説明できるわ」

 

 ここでようやく言葉を返したのはアリス。

 

「なんだったの?あれ」

「小説って、全ての出来事を書いてる訳じゃないでしょ?普段の生活とか、何もない日常とか」

「当たり前よ。ダラダラするだけで、テンポも悪くなるもの」

「ええ。だから幻想郷とハルケギニアを比べると、どうしてもハルケギニアの方が時間経過は早くなってしまうのよ」

「なるほどね……」

 

 次に口を開いたのは魔理沙だった。眉間にしわを寄せつつ。置かれた本の一冊を手に取り、ページを進めながら尋ねてくる。

 

「パチュリー。一ついいか?」

「何かしら?」

「どうも平賀才人ってのが主人公らしいんだが、こいつに会ってないぜ。お前の話だと、私等は『ゼロの使い魔』って小説世界に入り込んだって事になるんだが、肝心の主人公に会えないってのはどういう訳だ?」

「もう会ってるわ。さっき見たあの黒い球よ」

「え!?あれがか?」

「そう。あれが平賀才人」

「ちょっと待て。お前、あれ、ハルケギニアって言ってたろ?」

「同じ事よ」

「…………説明しろよ」

 

 憮然とする魔理沙。だがパチュリーは変わらない。相変わらずの淡々とした様子。

 

「言葉は言霊、名は呪よ。その本のタイトルが『ゼロの使い魔』、すなわちルイズの使い魔である以上、この世界の器となるのは平賀才人しかいないわ。だってルイズの本当の使い魔は、彼なんだから。そして平賀才人が、例の黒子よ」

「……」

 

 魔理沙からは何も返ってこなかった。レミリア達も黙り込んだまま。驚きが彼女達を鷲掴みにする。

 やがてアリスがつぶやくように尋ねた。

 

「それじゃ黒子、いえ、平賀才人ね。彼の言ってたルイズのためってのは?」

「…………」

 

 パチュリーはテーブルに置かれた一冊の本を手にとる。『ゼロの使い魔 20巻 古深淵の聖地』を。

 

「付喪神は、依代にその在り様を左右されるわ」

「……」

「そもそも『ゼロの使い魔』はルイズと平賀才人の物語なの。最初こそ二人はギクシャクしてたんだけど、この巻の頃にはすっかりお互いを恋人として受け入れてたわ」

「……」

「そして物語も最終章。だけどその冒頭、平賀才人がエルフに攫われてしまうの。そしてルイズは、彼を助けにエルフの首都に向かうわ」

「……」

「そしてこの巻で、ついにエルフの首都へ突入」

「それで?」

「それでおしまい。続きはないわ。これが作者の手による最後の巻なの」

「それじゃぁ……」

「ルイズと平賀才人、愛し合う恋人同士は、別れ別れのまま物語は終わってしまったのよ」

「…………」

 

 アリスも何も言えなかった。パチュリーはどこを見るともなしに宙へ視線を向ける。

 

「会いたがってるんじゃないかしらね。やっぱり」

「……」

 

 静寂が、魔法使いの書斎を包んでいた。幻想郷に顕現してそう経ってはいない『ゼロの使い魔』。それが付喪神となったのだ。どれほどの無念があったのだろうか。想像できるものではなかった。

 

 

 

 

 

 水槽の並んだ部屋に、一つの座り心地のいい椅子があった。そこに少年が座っていた。目の前にはモニターが、手元にはキーボードとマウスがある。スピーカーから聞き慣れた声が届いた。インテリジェンスソードの声が。

 

「おい、相棒。これでいいのかよ?」

「続けるしかないだろ」

「けど、今までと同じパターンになりそうな気がするんだけどな」

「今までとは違う」

「そりゃ、妖怪達巻き込んだのは違うさ。けど、連中はもういないんだぜ?追い出しちまったし」

 

 インテリジェンスソードはぼやくように言う。実際、彼にはあまりいい未来像は浮かばなかった。剣は諭すかのように話す。

 

「いっそ手借りたらどうだ?結構長く見てたから分かるんだが、連中、そう悪いヤツじゃないぜ。自分勝手だけどよ」

「俺が、アイツらに近づく訳にいかないの知ってるだろ?」

「まあ、そりゃそうだか……」

 

 長年の相棒の言葉にも、少年の気持ちは変わらない。

 

「やるしかないんだよ。違うのも確かなんだ。何か……何かあるかもしれない」

「何か……か」

 

 すがるような相棒の声に、インテリジェンスソードは口を閉ざすしかない。上手くいく訳がない。そんな予感は確かにある。だからと言って、彼等を救う考えなど一つも浮かばない。出せそうなのは、せいぜい気休めの言葉くらいしかなかった。

 

 

 

 

 




メタオチです。実はアンドバリの指輪奪還の辺りまでは、どんなオチにするか決めてなかったのですが、その時点で考えていたオチの一つではあります。ただその後、21巻の発売が決まったのでどうしようかと思いましたが。まあ所詮SSなんでそのまま続ける事にした次第です。

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