ルイズと幻想郷   作:ふぉふぉ殿

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合流

 

 

 

 

 

 ロマリア、大聖堂地下、場違いな工芸品が保管されている地下室に、幻想郷の人妖達がいた。並ぶ顔はどれも訳が分からないと言いたいかのよう。それも無理はない。考えていたのとはまるで違う光景が、そこにあったのだから。

 

 パチュリー達は、『ゼロの使い魔』の話が進まないように手を打った。一つは虎街道の封鎖、もう一つはタイガー戦車を使用不能にする。これにより対ガリア戦争の初戦。ヨルムンガンド戦を阻んだのだ。

 ところがどういう訳か、虎街道に軍隊が入り、タイガー戦車も平然と動いていると言う。その原因を探りに、まずは戦車のあった場所、大聖堂地下室に来た。転送魔法を使って。

 そして彼女達の目に入ったものは……タイガー戦車だった。アリスにペテンにでもかかったかの様な唖然とした表情が浮かぶ。だが、じわじわと不機嫌になっていく。露骨に不満そうな視線をターゲットへ向けた。全ての状況を報告した文に。

 

「あるじゃないの!文、話が違うわよ。どういう事?」

「あれ?おかしいですね。でも確かに見ましたよ。動いてる戦車」

「じゃあ、あれは何?」

 

 アリスが勢いよく指さした方向にあるのも、正しくタイガー戦車だ。結界も異常なし。この戦車は1mmも動いていない。首を傾げるしかない文。だが自分が間違えたなどと欠片も考えないのは、さすがは太々しい烏天狗。

 

 ここで鈴仙が何かに気付いたのか、戦車の脇を覗き込んだ。

 

「あれ?ちょっと、ちょっと。こっち来て」

「ん?なんだよ」

 

 魔理沙達は言われるまま、鈴仙の側まで近づく。そして彼女の横から、同じ方向を見た。そこに見えたのは何もない広いスペース。さらに魔理沙の背後から、こあが記憶を探るように空間をぐるりと見る。

 

「こんな所、ありましたっけ?」

 

 一同は、宙を仰いだり首を捻ったり腕を組んで考え込んだのだが、答を出せる者はいなかった。埒が開かないので、皆で戦車の脇を抜け問題のスペースに入って行く。

 この地下室には、数々の物品が置き場所に困っているかのように詰め込まれていたが、ここだけは不自然なほど空いていた。何か意味があると考えるしかない。

 魔理沙がスペースの脇でひざをつく。探るように床を撫でていく。そして見つけた。奇妙な痕跡を。

 

「おい、これ」

「何よ」

 

 アリスは未だ不機嫌。ぶっきら棒な口ぶり。だが魔理沙の指さしたものを見て、顔色が変わった。

 

「これって……」

「履帯の跡に見えるぜ」

「え?戦車って二台あったの?」

「って話になるな。跡があるし」

 

 何か引っかかりがあるが、納得するしかない魔理沙。

 つまりタイガー戦車は二台あり、一台は結界で動かせないようにしたが、もう一台の方が外へと運ばれて行ったという訳だ。

 しかしアリスはまた腑に落ちないというふうに、頬に指を添え眉間に皺を寄せる。

 

「え?でも……あんな大きいのが他にあったの気付かないなんて……。変じゃない?」

「だよなぁ」

 

 白黒も人形遣いと同じく、眉をひそめ顎を弄りながら不思議そうにしていた。誰一人、もう一台の戦車に気づかなかったという話になるのだから。

 喉の奥に異物感があるような居心地の悪い空気の中、パチュリーがポツリを口を開いた。仕切り直すかのように。

 

「一旦、ここは置いといて、とりあえず虎街道の方にも行ってみましょう」

 

 全員がうなずく。ここでいくら頭を捻っても、答が出そうにないので。やがて人妖達は、地下室から瞬時に消えた。

 

 次に現れたのは虎街道のロマリア側入り口。ここでも巨大要石に変わった様子なかった。一方で明らかな問題があった。一目で分かるものが。魔理沙から露骨な文句が飛んでくる。

 

「おい、天子。いい加減な仕事すんじゃねぇよ」

「はぁ!?やったわよ!ちゃんと!」

「んじゃ、なんだよあれは!」

 

 白黒が鋭く指さす先。そこに隙間があった。

 虎街道の入り口には、確かに巨大要石がある。入り口をその要石で塞いでいたハズなのだが、実は完全ではなかった。向って左側に隙間が空いていたのだ。いや、隙間と言うには大きすぎる。砲亀兵隊が通れるほどの"道"があった。つまり虎街道は以前と変わらず、通れたのだ。

 しかしこの状況でも、天子は役目を果たしたと言い張る。それはもう自信一杯に。失敗をごまかそうなんて素振りは微塵もない。

 それから魔理沙と天子の罵り合いが始まった。弾幕ごっこしかねない程の権幕で。とりあえずアリスが魔理沙を、衣玖が天子をなんとか収めたが。

 そんな騒ぎを他所に、要石の脇の"道"まで行っていたパチュリー。喧嘩が収まった頃に、丁度戻って来た。二人の喧嘩などまるで気にしてない。

 

「なるほどね」

「「ん?」」

 

 腕を羽交い絞めにされていた魔理沙と天子、アリス達も一斉にパチュリーの方を向く。

 

「天子はしっかり仕事をやったわ。それと戦車についても見落としはなかった」

「どういう意味だよ。実際、隙間空いてるぜ。戦車も出払ってたじゃねぇか」

 

 魔理沙、苛立ち吐き出すように聞いてくる。しかし七曜の魔女は、相変わらず淡々としたもの。

 

「つまりね。戦車の数も、虎街道の入り口の幅も決まってる訳じゃないの」

「なんだそりゃ?」

「原作には、そんな事書いてないって話よ」

「……!」

 

 パチュリーの言う意味を瞬時に理解したのか、言葉につまる魔理沙。隣のアリスも一時停止。そして人形遣いの表情が、厳しくなっていく。

 

「平賀才人が設定を変えた?いえ、加えた?」

「でしょうね。私達の仕掛けに手を出せないけど、それ以外、少なくともない設定はいくらでも作れるって事なんでしょう。戦車をもう一台増やしたり、虎街道の入り口の幅を広げたりね」

「大道具を作ったり動かしたりは自由って訳ね」

「だって舞台監督だもの」

 

 パチュリーは他愛もない話のように言う。しかし、これは彼女達の予想外の手段。どうもこの世界の管理人は、想像以上に手が多いようだ。

 魔理沙が後頭部を掻きながらぼやく。

 

「おいおい。それじゃ、なんでもアリじゃねぇか。ハードル上がりまくりだぜ」

「そうね。かと言って、こちらも派手にいくって訳にはいかないし。強引な手は、できれば使いたくないもの」

 

 平賀才人に会えなかった上に、次善策すら上手くいかなかった。手詰まり感の漂う人妖達。ここで入って来る衣玖の落ち着いた声。雰囲気が少しだけ落ち着きを取り戻す。

 

「とりえず、現状確認してはどうでしょうか?話が進んだにせよ、どこまでか分かりませんし」

「それもそうね」

 

 七曜の魔女はうなずいた。そして使い魔へ手を差し出して指示。

 

「こあ、13巻と14巻出して」

「はい」

 

 こあは肩に掛けたカバンから本を出した。小説『ゼロの使い魔』を。パラパラとページをめくっていくパチュリー。そして手を止めた。

 

「ここね……。えっとこの後は……」

 

 鈴仙が脇から覗き込んでいた。彼女の胸に、なんともいえない奇妙な感覚が湧き上がる。

 

「変な感じ……。小説の世界の中で、その小説読んでるなんて」

「そうかしら?」

 

 横から人形遣いの一言。他の巻を手にしながら。

 

「予言書みたいなもんでしょ。未来の話、書いてあるんだから」

「あ、なるほど。そういう考え方もあるか」

 

 思わず相槌の玉兎。

 

 とりあえず先の展開を頭に詰め込む人妖達。当面の行先を決める。そして彼女達は宙へと浮くと、次の瞬間には目的地へとかっ飛んでいった。

 

 

 

 

 

 ロマリア国境から50リーグほどガリアに入った所に、カルカソンヌという町がある。リネン川沿いにあるこの町は、ガリアの南の要とも言えた。それを証明するかのように、大軍同士が足を止め睨み合いが続いていた。

 

 ガリアとロマリアの戦端が切られ、ヨルムンガンド数体がロマリアへと攻め込んだが、ガンダールヴ、すなわちダゴンとデルフリンガーの働きにより撃退。直後に聖戦が布告される。ロマリア軍は異教徒エルフと手を結ぶジョゼフの討伐を名目に、ガリアへと侵攻を開始する。同時期にガリアで反乱が発生。ロマリア軍は反乱軍と合流する。おかげで両軍はスムーズにガリア領内を進んでいった。しかしそれもここカルカソンヌまで。ジョゼフに忠誠を誓う者は少なくはなく、リネン川を挟み両軍は対峙する事となった。

 

 そしてこの町には、ルイズもいた。虚無の担い手である彼女。ロマリアに聖戦の象徴、アクイレイアの聖女として担ぎ上げられてしまったのだ。さらにキュルケやタバサ、ギーシュ達もこの町にいた。一応は軍務として。さらにティファニアもいた。彼女の方は虚無の担い手という立場から、教皇の巫女という肩書きで。

 

 ルイズは双月に照らされたリンネ川を見下ろしていた。高台の上から。ただその焦点の合ってないかのよう。聖女という立場だというのに、どこか呆けたような姿。そんな彼女の背後から声が届いた。

 

「何?聖女様は恋煩いでもしてんの?」

「やめてよ!その聖女様っての」

 

 ルイズが振り向いた先にいたのは、キュルケとタバサ。妖艶な赤髪少女から出てきた、からかい半分の言葉。だが悪意が籠っているようには聞こえない。言われたち当人も、怒っているという様子は見られなかった。このやり取りをあえて言うなら、挨拶のようなものだろうか。

 キュルケはルイズの隣に立つと、同じく川を眺める。

 

「で、どうしたのよ?アンリエッタ女王の心配?」

「それもあるけど……」

 

 アンリエッタは今、この聖戦を止める方法を実行するため帰国していた。だがなんと言っても、あのジョゼフを相手にするのだ。生半可な手段で、どうにかなる訳もない。ルイズが一番に気を揉むのは当然だろう。しかしそれにしては、彼女が心配で気持ちが落ち着かないという感じもはない。むしろ心ここにあらずという様子。眉をひそませるキュルケ。

 

「なんか変よ、あなた。どうしちゃったのよ?」

「ん……。本当に戦争してんのかなって」

「何よそれ?もしかしていきなり聖戦が始まっちゃって、ちょっとショック受けてんの?実感できないって?」

「そうじゃないわよ。今、軍隊が一杯いるけど、明日になったら全部いなくなってたりなんてねって」

「ああ、クロコね……」

「そ」

 

 ちびっ子ピンクブロンドは小さくうなずいた。キュルケやタバサの表情もわずかに陰る。

 

 クロコ。幻想郷の人妖達から聞かされた、この世界に潜む謎の存在。その力は、どんな魔法をも超えていた。いや魔法どころではない。まさしく奇跡と言っていいもの。世界の在り様を揺るがす程のものなのだから。何しろ、あのトリステインの大包囲網をなかった事にしてしまったくらいだ。おまけにハルケギニアの大同盟、虚無条約も消え失せている。そんな力があるのだ。クロコとやらの思惑で、この聖戦だってある日突然消えてしまうかもしれない。

 

 視線を定めず辺りを眺めていたルイズだが、急に不満そうにぼやき始めた。今のモヤモヤとした居心地の悪さを、逸らしたいかのように。

 

「話変わるけど、天子達なんで会いに来ないの?」

「あたしが知る訳ないでしょ」

 

 肩を竦めるキュルケ。

 

 ヨルムンガンドがダゴン操るタイガー戦車によって撃退された時、虎街道の入り口に巨大な岩があったのをルイズ達は見た。他の者達にはそれがなんなのか理解できなかったが、彼女達にはすぐわかった。天子の要石だと。異界の人妖達は、再びハルケギニアを訪れていたのだと。学院の戦闘の後、どうなったか気にしていたが無事だったようだ。一先ず安心するルイズ達。

 しかしどういう訳か、未だに彼女達に会いに来ない。もし学院に行ったのならすれ違いとなるのだが、ルイズ達の行先ならオールド・オスマンが知っている。会う気があるなら、彼に行先を聞けばいいだけ。

 

 タバサは空を見上げる。双月へ視線を合わせる。

 

「たぶん、今回来ているのは今までと理由が違う気がする。やるべき事があるのだと思う」

「けど、挨拶くらいしに来てもいいんじゃないの?そんな時間かかんないでしょ。飛ぶの速いし、転送陣もあるし」

「会う訳にいかない事情あるのかも。本来、彼女達は異界の存在。何か二つの世界に関わる大問題が、起こったならそれも有り得るかもしれない。何にしても私達には待つしかない。私達は幻想郷へは行けないのだから」

「それはそうだけど……」

 

 タバサの言葉の前に黙り込んでしまうルイズ。確かに彼女の言う通りかもしれない。だが今のルイズにとっては、こんな不確かな世界で確かと思えるのは、あの異界の住人達だけのような気がしていた。いろんな意味で揺るぎのないないあの人妖達が。

 

 ルイズは窓枠の腕に頬を乗せ、独り言のようにつぶやいた。

 

「……。学院で大騒ぎしてた頃の方が、良かったなぁ……」

「あら?ルイズって、いっつも連中の文句言ってたじゃないの」

 

 キュルケのツッコミに、ルイズはかつてを思い出すように返す。

 

「そりゃぁ、彼女達が悪さしたら、学院長に呼び出されるの私だもん。文句だって言いたくなるわよ」

「けど、その割には、あっさり許してたわよね」

「なんか口が上手いのよね。あの子達って。その場でしのぎっていうか、誤魔化されちゃうのよ。特に魔理沙とか。けど、代わりに貸しはたくさん作ったわよ」

「その、貸しとか借りってのも方便で使ってただけなんじゃないの?だいたい貸しは返って来たの?」

「う……。いいの!いつか全部返してもらうんだから」

「いつか……ね」

 

 呆れるというよりは、一抹の寂しさを漂わせるキュルケ。いつか貸しを全て返してもらう。だがそんな日が訪れるのだろうかと。彼女達が、これから自分達の前に現れる日があるのだろうかと。ルイズもキュルケと同じ事を考えていたのか、自然と下向きだす。

 そしてまた三人は、双月に照らされた川に視線を落とすのだった。

 

 

 

 

 

 ガリアとロマリアとの闘いは、未だ膠着状態が続いていた。しかし、それが一変する事態が起こる。ロマリアの秘策によって。その秘策とは、タバサをガリア王として即位させてしまう事。

 この発表を受け、ジョゼフ軍に動揺が走る。いや、もはや混乱と言った方がいい。すでに絶たれたと思われていた王弟家の血統が、実は生きていたのだから。やがて一部の軍が寝返り始める。これを切っ掛けに堰を切ったかのように、次々と白旗が上がる。ついにはほとんどの軍がロマリア、いや新王であるタバサの側についていた。

 

 だがそれでも、抵抗を続ける部隊も残っていた。しかし彼等の頑強な意志も、ついには揺らぎ始める。地平線から現れた大艦隊を目にして。なんと両用艦隊が現れたのだ。しかもロマリア艦隊を伴って。ガリアの力の象徴が、反ジョゼフの意志を鮮明にしていた。ジョゼフ軍の士気をへし折るには、十分な演出だ。

 

 もはや全ては決した。誰もがそう思っていた。ジョゼフの軍と言えるものは、王都リュティスにいる近衛兵とジョゼフ自身のみなのだから。

 

 トリステイン軍の陣では、兵達が興奮気味に語らっていた。勝ったも同然という言葉が口々に出てくる。彼等もまた、もうこの戦争は終わったと考えていた。その中には、近衛隊として招集されたトリステイン魔法学院生徒達も含まれていた。

 マリコルヌが遠見の魔法で、大艦隊を眺める。その余分な脂肪を揺らしながら何度も飛び跳ねつつ。

 

「来たよ!来た来た!いや、信じられないよ。あの両用艦隊が味方だなんて」

「全くだね」

 

 ギーシュの方は望遠鏡で同じ方角を見ていた。マリコルヌと同じく声が弾んでいる。ハルケギニアにその名を轟かせたガリアの両用艦隊。それが味方なのだ。喜ぶのも無理はないだろう。

 

 だがそれを面白くなさそうに見るピンクブロンドが一人。

 

「なんでタバサ、王様になるなんて話になってんの?そりゃ、一応王族だけど」

「たぶん母さまのためよ」

 

 横のキュルケへ、意外そうに顔を向けるルイズ。

 

「母さま?」

「あの子の母さま、すっかり元気になったけど、今でも隠れ住んでるでしょ?タバサって、母さまを日の下に出すために、ゲルマニアの皇后にまでなろうとしたのよ?ガリアの王様になるくらい、なんでもないでしょ」

「そっか……。そうよね。あの子の母さま、まだ吸血鬼の所にいるんだもんね」

 

 ルイズはふと思い出す。エルフの毒に冒されたタバサの母親は、永琳の薬で治した事を。だが本来彼女は、ガリア王家によるタバサへの人質。毒に冒されたまま放置されていたのもそのためだ。全快した事実をガリア王家が知れば、ただでは済まない。結局彼女は、住み慣れた家を離れるしかなかった。そして彼女を匿っているのが、ヴァリエール家と縁のあるダルシニ、アミアス吸血鬼姉妹。彼女達の所なら一応は安心できる。だからと言って、いつまでもこのままという訳にもいかないのも確かだった。

 

 ここで突然、項垂れるキュルケ。

 

「あ~……でも、もう滅多に会えなくなっちゃうのね……」

「タバサと?」

「だってガリア王よ。ゲルマニアの皇后だったらお忍びで会えるだろうけど、さすがにガリアの王様じゃ無理よ。外国の王様だし……」

「そりゃそっか……」

 

 同じ国で、しかも幼馴染であるアンリエッタにすら、ルイズは簡単には会えない。いくらキュルケがゲルマニアの有力貴族の娘と言っても、ガリア王と会うのはかなり難しいだろう。

 

 ただ戦場にいながらも、友人との今後に頭を悩ませているのは、二人にもどこかこの戦争はもう終わるという楽観した気持ちがあるからだろうか。

 二人は再び空を見上げた。少しずつ大きくなっていく大艦隊を。ぼやけていた輪郭がハッキリしだす。つくづく巨大な艦隊だと噛みしめる。トリステイン包囲網の時はこの艦隊をやり合う気でいたのだから、思い返してみると背筋が寒くなってきた。

 だが全ては終わった事だ。二人は流れる雲でも見るかのように艦隊を眺める。

 

 突然、艦隊が光った。いや、巨大な火球が現れた。艦隊の中央に。

 思わず目を覆う二人。

 

 次の瞬間には、耳を引き裂くような爆音と、猛烈な風が吹き付ける。

 混乱する兵、馬のいななき、吠えるドラゴン。悲鳴とも怒号とも言えるような叫びが次々と上がる。

 ルイズとキュルケはゆっくりと瞼を開けた。その目に映ったのは、もうもうと煙を上げながら落ちていく戦艦だった。しかもその数は尋常ではない。あの大艦隊の半分近くにも上る。

 

 赤髪の少女が茫然と身を固めたまま、言葉を漏らす。

 

「何が起こったのよ……」

 

 ルイズの方も我を忘れていたが、次の瞬間には似たような光景が頭に浮かんでいだ。視線が鋭くなる。あれだけの爆発だ。彼女が今脳裏に描いているものは、一つしかない。自分の持つ虚無の力。

 

「『エクスプロージョン』!?」

「え?あれって虚無の魔法!?」

「それしか考えられないわ!だってガリア王は虚無の担い手よ!」

「そうだったわね……。え?ちょっと待ってよ。だったら、ここに来てんの?ガリア王って」

「!」

 

 思わず向き合う二人。ルイズの予想通りならそうなる。すると突然二人の背後から声がかかった。

 

「おい!」

 

 警告するような鋭い響き。振り返った先にいたのは魚の化物、もといダゴンとデルフリンガーだった。ルイズは悪魔の使い魔とインテリジェンスソードを叱りつける。

 

「あんた達、今までどこ行ってたのよ!」

「それは後だ!それよりあの爆発」

「そうそう。『エクスプロージョン』でしょ。ガリア王近くに来てんの?」

「ありゃ、魔法じゃねぇよ。『火石』だ」

「『火石』?って……あっ!学院で使ったヤツ!?」

「それだ。そのでっかいヤツだぜ」

 

 学院での出来事を思い出すルイズ。必死だったのでよく覚えていないが、あの爆発の全てを飲み込むほどの力だけは忘れようがない。

 デルフリンガーは、急かすように畳みかける。

 

「けどよ、ガリア王が近くに来てんのは確かだぜ。『火石』はヤツにしか使えないからな」

「どこよ!」

「あれだ」

 

 ダゴンはデルフリンガーで指し示す。空を。リネン川の向こう。今は少なくなったジョゼフ軍のさらに先。何かが浮かんでいた。どうも船に見える。しかも軍艦に。

 ルイズは目を凝らし、なんとか艦を確認しようとする。遥か先にある船を。だがだんだんと首を捻りだす。そこに見えるのはわずか一隻。しかもそれほど大きくない。ガリア王ともあろうものが護衛もつけず、一隻でくるとは。本当にあれにジョゼフが乗っているのだろうか。

 

「止めにいくぜ!」

 

 デルフリンガーの言葉に思わず振り返るルイズ。インテリジェンスソードの声には確信が籠っていた。絶対にあそこにジョゼフがいると。ルイズは強くうなずいた。もうこれ以上、好きにさせる訳にはいかない。

 

「分かったわ。けど、どうやって止めるのよ」

「お嬢ちゃんの『エクスプロージョン』で消しちまうのさ」

「消す?あっ!」

 

 『エクスプロージョン』には爆発を起こす効果ともう一つ、対象を消し去る効果があった。それで『火石』を消し去ってしまおうというのだ。杖を強く握るルイズ。

 

「行きましょ!」

「それはいいけど、どうやって行くのよ?あなた、もう飛べないのよ」

 

 キュルケに言われて思い出した。もうリリカルステッキはない。かつてのように、自在に飛ぶ事ができなくなっていた。

 するとその時、大きな影が三人を覆う。見上げた先にいたのはタバサの使い魔、シルフィードだった。デルフリンガーから不敵な声が出てくる。

 

「乗合馬車なら頼んでおいたぜ」

「誰が馬車なのね!」

 

 思わず文句を言ってしまうシルフィード。だがルイズとキュルケは、この話す竜を前にしても当然のようにしていた。実は以前、魔理沙達がつい口を滑らせてシルフィードが風韻竜であると知られてしまったのだ。もちろんタバサによって、厳重に秘密にしておくように言われているが。

 しかし今はそんなものは些末な事。二人はシルフィードに飛び乗った。すぐさま飛び立つ風韻竜。同じく空を飛べるダゴンが続く。

 

 彼方に見える一隻のフリゲート艦。だが、そこから何かが飛び出してきた。目のいいシルフィードが叫ぶ。

 

「ドラゴンのおもちゃがこっちに来てるのね!いっぱい!」

「おもちゃって……ガーゴイル!?」

 

 キュルケが慌てた声を上げた。

 

「ちょっと、どうすんのよ!これじゃ艦に近づけないわよ!」

 

 姿がハッキリしだすガーゴイル。たしかにドラゴンのような形状をしていた。数もかなりのものだ。ルイズは唇を強く噛む。おそらくシェフィールドが操っているのだろう。ジョゼフがいるのだから、彼女がいるのは当たり前だ。

 ルイズは並んで飛んでいるダゴン達へ叫ぶ。

 

「デルフリンガー!ダゴンの悪魔の力でなんとかならない?」

「簡単にはいかねぇな。こいつは生き物には強いが、ああいう機械みたいなのは苦手なんだよ」

「……!」

 

 歯ぎしりをするしかないルイズ。打つ手が思いつかない。リリカルステッキがないので弾幕も撃てない。いっそ『エクスプロージョン』で全て破壊してしまうか。だがここで使っては、『火石』に使う精神力が足らなくなるかもしれない。それでは本末転倒だ。

 しかし考えを巡らせている暇はもうなかった、ガーゴイルたちはもうそこまで迫っている。攻撃を開始する竜のガーゴイル達。なんとかシルフィードは攻撃をかわす。キュルケは魔法で、ダゴンはガンダールヴとしての機敏な動きで対抗する。とりあえずは対応できているものの、この状況ではガーゴイルの群を突破し、ジョゼフに近づくなど無理だ。

 その時、ふと一体のガーゴイルがルイズの目に映る。それは何故か自分達の方ではなく、艦隊の方へ向っていた。真っ直ぐに。デルフリンガーが、鋭く叫んだ。

 

「マズイ!あいつ『火石』持ってやがる!」

「えっ!」

 

 ルイズは慌てて杖を向けるが、かなり速い。しかも詠唱している暇がない。もう防げない。みんなを守れない。あの大爆発が、大惨事が再び起こるのか。

 

 いきなり強烈な光が放たれた。あのガーゴイルがいた場所で。『火石』が爆発したのだ。

 だがそれは艦隊のいる場所ではない。はるか手前。逆にルイズ達の方が巻き込まれかねない。いや確実に巻き込まれる。高熱の光は一瞬で、文字通り破裂するように広がっていた。逃げるなど不可能。このまま焼き尽くされるのか。灰となって砕け散るのか。

 

 だが……何も起こらなかった。火傷どころか熱さも感じない。閉じた瞼を開け、目を細めて爆発の方角を見る。見えたのはどんどん小さくなっていく光の球。あの強烈な爆発が抑え込まれている。何かに吸い込まれている。やがてはランプの灯りほどに小さくなり消え失せた。何事もなかったように。

 いや何もなくはない。何かがあった。いた。光の中心だった場所に。人影が。

 

「天子……」

 

 ルイズはその名をつぶやいていた。

 

「天子じゃないの!」

 

 口を一杯に開け、大声を上げるピンクブロンドの少女。無意識に手も振っていた。自分はここにいると言わんばかりに。迷惑ばかりかけられていたが、懐かしの顔におもわず頬もほころぶ。

 しかし当の天人は、ルイズ達に気付く素振りも見せず、真っ直ぐカッ飛んでいった。ジョゼフの艦に向かって。呆気に取られるしかないルイズ達。

 

 一方、呆気に取られている人物達は他にもいた。現在のガリア軍唯一の艦の甲板の上に。ジョゼフ達だ。両用艦隊とロマリア艦隊を全滅させるために、大型の『火石』を放ったのだが、何もしていないにも関わらず突然爆発した。しかも爆発は想定したものと比較にならないほど小さく、さらに何かに吸い込まれるように消え失せたのだ。

 茫然とし、動くという事を忘れたかのようなガリア王。

 

「何が……起こった?」

「…………」

 

 隣にいるシェフィールドも、同じく固まったまま。ただもう一人は、祈りながら震えた声をもらしていた。

 

「良かった……」

 

 アンリエッタだ。平和交渉のため自らジョゼフの元に乗り込んだのだが、逆に捕らえられ無理やり乗艦させられていた。隣には護衛でついてきたアニエスも、同じく身動きできない状態にあった。

 

 不満そうに歯ぎしりをするジョゼフ。すぐさま吐き出すように命令を放つ。

 

「ミューズ!次の『火石』を用意しろ。一番大きいヤツだ」

「……」

 

 だが何故か忠実な使い魔から返事がない。苛立ちを放つかのように、勢いよく振り返るジョゼフ。再度命令を出そうとする。だが命令は出なかった。代わりに出てきたのは驚き。

 

「貴様ら……」

「私は初めましてかしら。ガリアの王様」

 

 寝間着姿をしたような紫色の髪をした少女がいた。異界のヨーカイが。いや、彼女だけではない。あのトリステイン魔法学院を襲撃した時に見た、明らかにハルケギニアの住人ではない者達が揃っていた。しかもあの時より数が多い。

 さらにジョゼフ達の背後からまた声がした。気安い響きが。

 

「よっと」

 

 振り向いた先にいたのは、黒い大きな帽子、カラフルなエプロン、さらに腰に剣を添えた少女だった。パチュリー、魔理沙、アリス、こあ、文、鈴仙、衣玖、天子。計7人の人妖が甲板上に揃う。

 

 周囲をヨーカイ達に囲まれ、身構えるジョゼフとシェフィールド。ミョズニトニルンは警戒感を体中に満たし、異世界の者達を睨みつける。

 

「貴様らどこから入った。周囲はガーゴイルが見張っていたはず……」

「どこからでもよ。見張りなんて意味ないわ」

「何?」

 

 人形を周囲に漂わせている少女の言葉に、シェフィールドは一つ思い出した。このヨーカイ達は瞬間移動する魔法が使えると。侵入を物理的に防ぐのは不可能だと。

 ともかく彼女達が主の邪魔をしたのは事実。すぐさま動くミョズニトニルン。

 

「やってしまいな!」

 

 一斉に護衛のガーゴイルたちが動き出した。槍を突き出し、剣を振り下ろす。まるで対応できないヨーカイ達。しかし……。

 

「な……!?」

 

 シェフィールドの表が驚きに包まれる。何故なら、ガーゴイル達の攻撃は武器が刺さるどころかヨーカイ達にかすり傷一つつけられなかったのだから。すると魔理沙が一体のガーゴイルの剣を掴んだ。彼女は大して力も込めず、剣を握りつぶしてしまう。そして口端を釣り上げ、不敵な視線を二人に向けてきた。

 

「悪いな。あんたらからすると、かなりインチキしてるんだわ。こんなもん紙人形と同じだぜ。その自慢の『火石』も、今の私らにはロウソクの火以下だぜ」

「……!?」

 

 シェフィールドには、この白黒魔女の言っている意味がまるで分からない。すると紫魔女が答を披露。

 

「そうね。劇に没入してたのだけど、もう冷めたって所かしら。今の私達は観客。そして観客は台本の設定には縛られないって話よ」

「??」

 

 益々混乱するしかないミョズニトニルン。やはり理解できない。

 するとガリア王が一歩前に出る。人妖達と対峙。

 

「それで、貴様たちは何しに来た?あの時の意趣返しか?それとも、お前達もあの教皇の口車に乗せられたのか?」

「教皇の口車?ああ、虚無条約がなくなった話ね。あれ、ヴィットーリオのせいじゃないわよ。後、両用艦隊が向こう側に付いたのもね」

「どういう意味だ?」

 

 怪訝に顔を歪めるジョゼフ。彼にとってのこの戦争は、虚無条約をふいにしたヴィットーリオへの制裁でもあった。それが、原因は彼にないとヨーカイは言う。

 しかしジョゼフの疑問など、パチュリー達にとっては大して重要ではない。

 

「とりあえず、その話は後にしましょ。まずはハッキリさせておくわ。今の私達はあなた達の味方よ」

「何を言っている!?」

「あなた達を守ってあげるわ」

「……!?」

 

 戸惑いと疑念の混ざったような、なんとも言い難い表情のガリア王。先ほどは彼の邪魔をしておいて、今度は逆の言葉を口にする。ヨーカイ達の意図がまるで読めない。

 だが別の所から慌てた声が上がっていた。アンリエッタだ。

 

「ど、どういうつもりですか!?この方は『火石』で、ロマリアを蹂躙しようとしているのですよ!」

「らしいわね」

「知ってて、ガリア王を守ると言っているのですか!」

「ええ」

 

 パチュリーのこの一言には、当然とでも言いたげな揺るがないものが籠っていた。

 アンリエッタの表情から血の気が引いていく。同時に困惑が渦となって頭をかき乱す。今までルイズと力を合わせ、トリステインを救ってくれた彼女達。それが今は何故か、ジョゼフ側につくと言う。しかも彼女達の力は以前目の前で見た。その強大な力が相手となるのだ。もはや世界は終わりか。大きく項垂れ、絶望がトリステイン女王から涙を流させる。

 彼女の従者であるアニエスも、敵意を人妖達に向けた。激しい怒りを込め。

 

「貴様達!何をやろうとしてるのか、分かっているのか!?」

「もちろん」

「裏切るというのか!私達を!私は、私はお前達を信じていた。信じていたのだぞ!一体何故……」

 

 だがその言葉が突如途切れた。後ろからの強引に力によって。投げ飛ばされたのだ。アニエスとアンリエッタが。二人は艦の外へと吹っ飛んで行く。

 

 いきなりの出来事に、またもガリアの虚無の主従は驚きを隠せない。しかしこんな突発イベントに、人妖達は平然としたもの。むしろ想定通りと言ったふう。船外へと落ちた二人が助かるのも知っているかのように。

 

 そして、トリステイン女王と近衛隊隊長を投げ飛ばした当人へと視線を送った。パチュリーが珍しく不敵な表情を向けていた。悪魔とインテリジェンスソードに。

 

「あら、デルフリンガー。一足遅かったわね」

「つくづく面倒臭え連中だな」

 

 外の世界の人妖と、中の世界の監督助手がまたも対峙していた。

 アリスが人形達を宙に漂わせながら、勝ち誇ったように話しかける。

 

「もう、ジョゼフとシェフィールドに手は出させないわ。お話はここで一旦中断。幕間に入って休憩タイムよ」

「戦いのラスト直前で幕間に入ったら、観客からブーイングの嵐だぜ」

「観客は私達だけよ。ブーイングはしないから安心して」

「それでも進行を止める訳にはいかねぇな」

 

 ダゴンはデルフリンガーを握りしめると、アリス達の方へ向ける。対する人妖達は、ジョゼフとシェフィールドを囲った。まさしくジョゼフ達を守るかのよう。ガリアの虚無の主従はこの状況に当惑するだけ。双方の会話もまるで意味不明だ。

 

 パチュリー達は余裕を持って、ダゴンとデルフリンガーに対峙する。彼等が自分達を倒すなど万に一つもありえない。いや、この世界の誰であろうともそれは不可能だ。今となっては、紅魔館の妖精メイドすら彼等にとってはエルフ以上の難敵だろう。なぜならもう彼女達は、『ゼロの使い魔』の外の存在なのだから。

 

 しかしどういう訳か、デルフリンガーから全く焦りが感じられなかった。するとダゴンはデルフリンガーを両手で振り上げ。そして勢いよく床へと突き刺した。人妖達は身構える。自分達に歯が立たつ訳がないと分かってはいるが。

 

 するとまた起こった。例のものが。地震が。

 

「まさか……!」

 

 パチュリーが叫んだ時には遅かった。七曜の魔女が振り返ると、ジョゼフとシェフィールドの足元に穴が開いていた。底の見えない真っ暗な穴が。

 

「なっ!?」

「えっ!?」

 

 ガリア王とミョズニトニルンは、その一言だけを残して穴へとストンと落ちていく。人妖達が二人手を伸ばそうとした時には、何もかも手遅れ。ジョゼフとシェフィールドは、この世界から消え去った。ハルケギニアを混乱させ続けたガリアの虚無の主従の、呆気ない最後だった。

 

「チッ!」

 

 魔理沙が舌を打つ。そしてデルフリンガーへゆっくりと振り返った。鋭い視線を向ける。

 

「おいおい、原作と筋書が違うぜ」

「『リコード』の魔法を受けたジョゼフが、シェフィールドと自爆して幕のハズってか?」

「ああ」

「その通りさ。筋書は変わらねぇ」

「あ?何言ってんだ?もうジョゼフもシェフィールドも、退場させちまっただろうが」

 

 もういない二人が『リコード』の魔法にかかり、自爆するなどありえない。だが何故かデルフリンガーから余裕は消えない。インテリジェンスソードは、ペテンの種明かしでもするように話しはじめた。

 

「『リコード』を知ってんのは、使ったヴィットーリオと、かかったジョゼフだけだ。けどもうジョゼフはいねぇ。ヴィットーリオが使ったと思ってれば、筋書に変更はないのさ」

「ヴィットーリオの記憶を弄った?」

 

 思わず身を乗り出すアリス。その手があったと言わんばかりに。多くの人間の記憶を弄るのは、平賀才人が散々やってきた事だ。完全に見落としていた。

 ダゴンはうなずく。デルフリンガーの代わりに。そして上を指し示した。

 

「さてと、この艦も筋書通り上昇して爆発する。あんたらはどうする?」

「……」

 

 一発殴ってやろうかというような、不満が人妖に溜まり始めていた。一度ならずも二度までも、『ゼロの使い魔』の監督と助手にしてやられて。しかしそんな中、七曜の魔女だけは落ち着きを忘れていない。調停官かのように話しだす。

 

「デルフリンガー。こんな妙な具合になってんのはどういう訳かしら?」

「妙な具合?何の話だよ」

「私達の目的は同じはずじゃない?ルイズと平賀才人の物語をハッピーエンドにする。違う?」

「…………」

 

 急に黙り込むインテリジェンスソード。そして言葉を押し出すように問い掛けた。

 

「あんたらに手があるってのか?」

「まあな」

 

 この剣へ不満は収まってないがここは抑える。気分を切り替えるかのように、勢いよく箒を回転させ肩にかける魔理沙。そして斜めに構えた普通の魔法使いは、秘策を口にした。彼女達がやろうとしている事を。

 

「平賀才人を神様にするんだぜ」

「は?何だそりゃぁ?」

「そのままだぜ」

「だいたいそんな事できんのか?」

「できなきゃ、やるなんて言わねぇよ」

「……」

 

 あまりの突拍子もない内容に、デルフリンガーの頭も止まる。才人を神にすると言う。どうしてそんな結論になったのか、まるで分からない。もちろん方法なんて思いつく訳もない。しかし目的の方は、なんとなく想像がついた。神様、つまりはデウスエクスマキナという訳だ。

 いきなり鼻で笑いだすデルフリンガー。

 

「ハッ!なるほどな。なんでもありな神様なら、楽屋に引きこもらなくって済むかもな。それに全能の力で、大活躍って訳だ」

「無双大暴れだぜ」

 

 魔理沙が両手を芝居かかったように広げる。だがそんな彼女に返って来たのは、沈んだインテリジェンスソードの声。

 

「ダメだな。分かっちゃねぇよ」

「何がだよ?」

「やっぱ任せらんねぇ。あんたらにはな」

 

 デルフリンガーの答には怒りすら感じられた。だが同時に、どこか悔しげな気配も混ざり込んでいる。

 ダゴンは人妖達を無視し、急にデルフリンガーを振り上げ真っ直ぐ床に突き立てた。苛立ちをぶつけるかのように。すると足元に穴が開く。また真っ黒な穴が。

 

「あばよ」

 

 その一言だけ残し、監督助手は楽屋へと落ちて行った。

 

「おい!」

 

 魔理沙が足を踏み出したときには、すでに穴は消え去っていた。

 

「なんなんだよ。あいつは」

 

 白黒にはデルフリンガーの怒りの理由が分からない。

 ただし他の人外達の反応はバラバラ。パチュリーは肩をすくめ、こあと鈴仙は苦笑い。文は楽しげで、天子と衣玖は感心なさげ。そしてアリスは頭を抱えていた。

 腕を軽く組んだアリスが、少々呆れ気味に魔理沙に近づいて来る。

 

「あのね。魔理沙……」

 

 しかし、彼女の言葉が突然中断。馴染の響きの前に。

 

「あっ!あんた達!」

 

 一斉に声の方を向く人妖達。彼女達の目に映ったのは、忘れようもない人物。ちびっ子ピンクブロンド。あのルイズだった。

 それまでの空気も態度も一変。焦る人妖達。かなり困った人物に出会ってしまったと。元々、ルイズ達を巻き込まない形で、事を終わらせようとしていたのだから。

 

 鈴仙が露骨に慌てふためいていた。

 

「ど、どうしよう。一旦幻想郷に戻る?」

「しゃーねぇか。ずらかるぜ」

 

 魔理沙はうなずくと、転送陣を展開しようと八卦炉を取り出す。しかしそれを遮るものがあった。パチュリーの手が魔理沙の懐に添えられていた。

 

「待って。魔理沙」

「何だよ。邪魔すんな」

「予定、ちょっと変えるわ」

「変える?」

「ルイズに手伝ってもらうのよ」

「おいおい、そりゃちょっと所じゃねぇだろ!どうすんだよ!?」

 

 怒鳴るかのように問いかけてくる魔理沙に対し、パチュリーはいつもと同じ眠たげな視線を向けるだけ。しかしその目の奥には、何か思案が巡っているのが窺えた。大きな溜息の後、黙り込んでしまう白黒。肩にかけた箒に両手を預け背を向けた。勝手にしろと言いたげに。

 

 そんな人妖達の思惑など露知らず、ルイズが駆け寄って来た。

 

「もう!一体、今まで何やってたのよ!」

 

 大きな笑顔でピンクブロンドが揺らしならがら、飛び跳ねるかのように近づいて来る。体中から嬉しさがあふれ出ているかのようだ。パチュリー達も自然と顔が緩む。

 

 いずれにしても、これで予定していた計画は大きく変更するしかなくなった。だがこんなルイズが見られるなら、それでも構わないかと思ってしまう幻想郷の人妖達だった。

 

 

 

 

 


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