比那名居天子が召喚された日の午後、さっそくパチュリーと共に魔理沙、アリスに事情を話した。山の神、八坂神奈子の真澄の鏡を持ってくると聞いて、二人ともさすがに無茶と言ってはいたが、やるだけの事はやろうという話になった。実は二人とも、魔法少女セット、リリカルステッキとマギカスーツのVer.2をすでにほぼ完成させており、それを試したいというのもあった。壊してしまった魔法少女セットを、また作ってもらわないと、というルイズの気がかりは、杞憂に終わった。まあ、パワーアップしたその魔法少女セットの能力が、ちょっと不安ではあったのだが。
ちなみにこの話し合いはアリスの家で。小さいながらコンパクトにまとまった家はいかにもアリスらしいと思った。しかもそこら中を人形が動き回っていた。人形遣いに相応しいもの。ただその人形たちは完全な自立ではなく、アリスが操っていた。完全自立人形が彼女の目標でもある。
翌日。紅魔館を走る二人の姿があった。
「それで、今日からまた魔法の練習ですか?」
「違うの。今日は魔法少女セットの最終調整。練習は明後日からね」
早朝のランニング。いつもの日課。そしていつもの通り、美鈴といっしょに紅魔館の周囲を走っていた。
こうやって走るのも大分慣れてきたのか、そうは疲れない。まあ美鈴は相変わらず涼しい顔だが。妖怪であり体術の達人でもある彼女にとって、この程度の運動はゆっくり歩いているようなものだった。
雑談を交えながら、花壇の脇を走っていく。
「昨日、対策の話があったんですよね」
「それが途中から話が脱線して十分できなかったわ。アリスの人形見てたら、ガーゴイルを思い出しちゃって話したの。そうしたら、もうなんか興奮しちゃって。すぐにでもハルケギニアに行きかねないくらい。いつも落ち着いてると思ったら、あんなところがあるなんてね」
「ガーゴイルってなんですか?妖怪です?」
「こっちのガーゴイルとは違うわよ。えっと、自立人形と言った方がいいかしら」
「えっ!?ハルケギニアって自立人形があるんですか?」
「うん。あちこちで使われてるわ。ま、そんなのだったから、話がズレちゃってね。結局対策はこの次になっちゃったの」
やがてランニングの後、休憩を挟んで筋トレ、そして体術の練習。いつものメニューをこなしていった。そして一休み。
二人で正面門に座ってのどを潤していると、ふと空の一点に黒いものが見えた。ルイズは目を凝らそうとすると、ボンという具合にすぐ目の前に土煙が上がる。
「おはようございます。お二人とも。いいお天気ですね」
その土煙の中から、やけに陽気な声と共に女性が現れた。あの黒いものの正体らしい。つまり飛んできたわけだ。とんでもない速度で。
ルイズは誰?という具合に、目を見開く。その姿はまさに翼人。こっちで勘違いしていた妖怪のそれとは違い、まさしく鳥の羽が生えていた。ただその羽は黒かったが。恰好は今まで見た連中とは違い、ややフォーマル。こあほど型にはまっているという感じではないものの、パチュリー達に比べればずっとピシッとしているイメージだった。黒髪の上に奇妙な赤い帽子?が乗っているのが気になったが。
黒い羽の翼人は、まくしたてているように話してくる。
「はじめまして。私、『文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)』の記者をやっております射命丸文と申します。以後、お見知りおきを」
そう言って、小さな四角い紙を持ち出した。取ってくれと言わんばかりに差し出してくる。ルイズはそれを受け取ると、不思議そうに眺めた。名前と、文々。新聞、記者。それと烏天狗という文字が書いてある。最後に連絡先らしきものも。
「何?これ?」
「私の名刺です」
「名刺?」
初めて聞く言葉だった。ちょっと首を捻りながら、美鈴の方を向いた。
「えっと、自分で作った携帯用の自己紹介状みたいなものです」
「自分で作った自分の紹介状?変な物があるのね」
「でもこれを取っておくと、滅多に合わない人に用ができた時とか、すぐに思い出せたり連絡つけられたりしますよ」
「ああ、なるほど。そういう使い方すると便利かも」
思わず唸るルイズ。パーティとかで初めて会った相手に自己紹介されたりするのだが、しばらく会わないと忘れてしまう。それで不意に会った時に相手は覚えているのに、自分は忘れていると失礼にあたる。そんな訳で貴族にとって、顔と名前を一致させておくのは、ある種の礼儀でもあった。だがこれがあれば随分と助けになる。またもや魔法とは違う、ちょっとした幻想郷の習慣に感心したルイズだった。
もっとも、こんな名刺を配っているのは幻想郷にはあまりいない。忘れてしまったら、自分にとってはその程度の相手だったのだろうと考えるだけ。あくまで自分本位なのだ。この射命丸文も、新聞記者のフォーマットとして名刺を配っているようなものだった。
感心しながら名刺を裏表に返していると、目の前の新聞記者、射命丸文が作ったような笑顔で、ルイズに話しかけてきた。
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールさんですよね」
「そうだけど……」
「お時間よろしいでしょうか?」
「えっと……。少しの間な……」
と答えようとした所に、美鈴が入ってくる。まるでルイズを守るように。
「あーー!ちょっとルイズ様には時間がないんですよ!汗を流さないといけませんし、それにもうすぐ朝食ですから」
少しムッとする文。しかしすぐに笑顔。
「では、ここで待たせてもらいます」
「えーっと、その後も魔法の練習とかあるんですよ」
「ほう。ルイズさんは魔法使いなんですか」
思わず美鈴は口を手で覆う。しまったという感じで。一方、文はラッキーヒットと具合に笑みを浮かべている。
「ただの外来人が、何故、紅魔館のお客様にとは思ってましたが、魔法使いとは。しかし、外の世界ではほとんど魔法使いはいなくなったハズでは?」
「え、えっとその……とにかく、また今度という事で!」
逃げるように美鈴はルイズを抱きかかえ、館へ入る。背中から文の「また来ます」という声が聞こえた。
ちなみに文がルイズの事を知ったのは、ミスティアからだった。文は彼女の店の常連の一人。たまたま寄った時に、ルイズの話を聞いたのだった。
美鈴に抱えられ中央ホールまで来ると、ルイズは声をかける。
「ちょっと、どうしたのよ」
「えっとですね。あの人はいろいろと困った人で、気をつけないといけないんです」
「また、そんなのなのね……」
昨日の不良天人、比那名居天子に次いでだ。ちょっと疲れるルイズ。この所の出会いは運がない。
美鈴はルイズを下すと、話を続ける。
「新聞記者なのですが、彼女の作る記事は……」
「ちょっと待って。その新聞記者って何?」
「新聞の記者ですが……」
「記者って何?」
「もしかして、ハルケギニアには居ないんですか?」
「新聞はあるわよ。でも記者は知らないわ」
新聞があるのに記者を知らないというのはどういう事かと、美鈴は首をひねる。それじゃぁどうやって新聞を作っているのかと。もっともルイズ自身、新聞をどう作っているかなんて事はまるで知らないし、そもそもあまり読んだ事がなかったのもあった。ただ、また聞きなれない言葉を耳にし、ルイズは何か異世界の新しいものを教えてもらえるという感じで、少々ワクワク。
美鈴は少し悩みながら説明しだす。
「えっと、ですね。新聞作る時に、いろんな話を集めてくる人です。それを記者と呼びます」
「へー、そうなんだ。ねえ、こっちの新聞ってどんなの?」
「持ってきましょうか」
「うん」
美鈴はそういうと、ビュンという具合に瞬時にどこかへ走り出した。その早さは馬をも超えるもの。そしてすぐに屋敷の奥に行って見えなくなった。しばらくして、これまた馬以上の速度で戻ってくる。手に大きめの紙束を持って。
「これです」
受け取った折りたたまれた紙をルイズは広げる。ハルケギニアに比べてやけに大きい。紙の質は、羊皮紙ほどではないがまあまあ。たくさん文字が書いてある点は同じだが、大分印象が違う。彼女の記憶にある新聞の文章は、もうちょっと辞典じみたものだった。だがこの『文々。新聞』。どこかエキセントリックだ。それから内容を読んでいったが、書いてあるもの自体は大した事はない。だがなんだろうか。この大した事のないものの詳細が、不思議と知りたくなってきていた。彼女は気が付いていない。この狭い紙面の中に、読者の心を鷲づかみにする様々なワザが散りばめられている事を。少なくともルイズはそのワザにハマリかけていた。
そしてもう一つ気になったものがあった。美鈴に尋ねてみる。
「この新聞に載ってる絵って、すごいわね。本物みたい。あの新聞記者って絵の達人なのかしら」
「ああ、これは写真です」
「写真って?」
「見た光景を、そのまま絵にする道具があるんです」
「えーー!何それ!?マジックアイテム!?」
「違いますよ。ただの道具です。誰でも使えますよ」
「えーー!?」
ルイズは驚いて、新聞に掲載されている写真を見入った。こんな精密な絵が誰でもできてしまったら、絵師なんて廃業だ、と思ってしまった。
やがて新聞を広げ全体を眺める。今まで読んだ事もない、独特の魅力を感じ始めていた。またもや幻想郷から新鮮な刺激を受ける。
だがふと、知っている事柄を見つけた。
「あれ?ミスティアのお店が開いたって書いてあるけど、美男美女の給仕って何?まだ一人でやってたと思うけど」
「ああ、それですか。よく読んでください。予定があるって書いてあるでしょ。だから間違ってません」
「そんな話、聞いてないわよ」
「たぶん文さんが勝手に書いたんでしょう」
「何それ。嘘じゃない」
「でもあくまで予定なんで、いなくても結果的に嘘にならないんです」
「はぁ!?」
「ただお店が開いたって書いただけじゃ、つまらないんで話を膨らましたんですよ」
「何よそれ!」
「こっちの新聞はこんな感じです。内容の詳しさより早さを優先してる所があるので、よく調べる時間がありません。それで書くと中身が薄くなるので、話を大きくしたりするんです」
「もしかして、デタラメ書く事もあるの?」
「ありますよ。結構。さて、そんな状態で、みんなが新聞を読んだらどうなるでしょう?」
「みんな勘違いするじゃない」
「はい。だからあの人は、気をつけないといけないんです」
ルイズはようやく美鈴の言った意味が分かった。これは危険だ。下手なマジックアイテムより危険かもしれない。デタラメ書かれて、悪い噂が広まった日には目も当てられない。噂を消すのにどれだけ苦労する事か。ハルケギニアの新聞も、もしかしたらこんな所があるのかも、なんて考えも浮かぶ。
新聞のイメージにちょっと悪印象を持つルイズ。すると美鈴は笑いながら話しかけてきた。
「まあ、でもみんな新聞に書いてある事を、それほど本気にしてませんので。後、読み慣れてくると、どの辺りが本当で、どの辺りが嘘か分かってくるんですよ」
「そうなの?」
「ですからこれを読む人は、新しい事が知りたいというより、デタラメ半分な娯楽を楽しんでる人の方が多いんじゃないでしょうか」
「ふ~ん……」
もう一度新聞を眺める。そして美鈴に尋ねた。
「つまりあの新聞記者は、私の事を知りたい訳ね。新聞のために」
「そうでしょうね。ただ、ルイズ様の事をどれだけ知ってるかですね。ただの外来人としてなのか、異世界から来た事まで知っているのか」
「正直に話した方がいいのかしら?」
「とりあえず異世界の事は、黙っておいた方がいいんじゃないでしょうか。異世界からなんて言ったら、面倒事に巻き込まれかねませんからね。それにただの外来人なら、文さんもそれほど紙面を割かないでしょうし」
「うん。分かったわ。そうする。ありがとう、美鈴」
「いえいえ。さて、ちょっと遅くなってしまいましたが、朝食にしませんと」
「あ!急いで汗流してくるわ」
ルイズは慌てて走り出すと、自分の部屋へ向かった。
朝食を口にしながら、いろいろと頭を巡らすルイズ。あの射命丸文に、どう対応したらいいか。美鈴は、あくまで外来人という事だけ話すように言っていたが。
ちなみに朝食は一人。レミリア達はまだ起きてないし、パチュリーにとって食事は趣向品なので、一日一食もあれば十分だった。
ゆっくりと朝食を進めるルイズの側に、咲夜が控えていた。
「咲夜」
「はい。なんでしょう?」
「射命丸文って妖怪知ってる?」
「はい。新聞屋の烏天狗ですね」
「さっき会ったのよ。私に話を聞きたいらしくて。一旦帰ったようだけど、また来るって言ってたわ」
「来たら、追い返しましょうか?」
そう言って、ピッと投げナイフを指先に挟む。ニコニコと。結構まともそうに見えるこのメイド長も、やはり紅魔館の住人だった。もっともルイズはすでに慣れてしまったが。
咲夜の話を聞いて、追い返す手も悪くないと思った、が。
「それで、あきらめるかしら?」
「いいえ。しつこいですから」
ルイズは口をつぐんで難しい顔。やはりそんな雰囲気がしていたが、そうだったかと。
「どんな人?」
「自称、幻想郷最速と言ってます。確かに速いですけど」
最初現れた時も、何か空にあると思ったらもう目の前にいた。風竜より速いかもしれない。
さらに咲夜は話を続ける。
「取材をしてる時は、物腰が丁寧ですが、それ以外は結構不遜ですね」
「え?取材って?」
「新聞記者として話を聞いてる時です」
「そう」
つまりは、フォーマルとインフォーマルをうまく切り替えると。結構油断ならない人物なのかもしれない。これはやりにくい。益々困る。ふともう一度、名詞を取り出す。すると、気になったものが目に付いた。
「妖怪の山?」
「連絡先ですね。彼女、妖怪の山に住んでますから」
「え!?住んでるの!?」
「そうですよ。天狗は烏天狗に限りませんが、だいたいあそこに住んでます」
「山頂の神については詳しいのかしら」
「詳しいでしょうね。隣人という事もあるでしょうし」
「ふ~ん……」
ルイズはちょっと頭を回す。あまり信用されてない新聞。そして山の神に詳しい記者。一つ考えが浮かぶ。山の神の事を聞いてみようかと。
一方で、ふと思い起こす。この所、大事な決断を意地になって軽軽に決めすぎていたのではと。だから後で、パチュリー達の助けを借りるハメになったのではと。
だいたいハルケギニアにいても、あまり誰かに相談しようとしなかった。せいぜいカトレアくらい。今、考えてみると、魔法が使えない貴族という同じ立場の人間がいなかったのもあるが、バカにされるものかと意地になり過ぎていた気もする。人に頼るような弱みは見せまいと。だが、幻想郷に来てからの短い期間で分かったのは、意地と覚悟だけでできるものなんて、高が知れているという事だった。
ふと、隣で整然と佇んでいるメイド長を見る。
「咲夜、ちょっと相談してもいいかしら?」
「はい。何なりと」
「山の神について、あの射命丸文に聞きたいと思ってるの。でもその代わりハルケギニアの人間って言う事になっちゃうと思うの。できれば教えたくないんだけど、どう思う?」
「それでしたら、直接関係者に聞いてみた方がいいかと。そうすれば無理に話さなくても、済むんじゃないでしょうか」
「関係者?」
「あの山には八坂神奈子の他に、洩矢諏訪子という神。そして風祝(かぜほうり)の現人神がいます。特に現人神の東風谷早苗は、人里にもよく来ますし、博麗神社にもよく寄ってますよ」
「風祝の現人神って何?」
またも聞いたことのない言葉が、耳に入る。咲夜は少し考えると、おもむろに口を開いた。
「その……。神に仕える女性はハルケギニアではなんて呼びます?」
「巫女かしら」
「その巫女の上位的存在と言いますか……」
「さらに上の位があるの?」
「そういう意味ではないんです。えっと……」
どうにも説明しづらいのか、咲夜は頭を抱えている。やがて、仕方が無いと思ったのか、開き直って話し出した。
「そうですね。神と人間のハーフと思ってください」
「か、神と人間のハーフ!?そんなのがいるの!?」
「ちょっと違うんですが、そう理解されていいです」
ルイズには言葉がない。いや、神が実在するのだから、人間とのハーフもありうるかもしれない。しかしそうだとしても、収まりの悪いものがあるのを否定できないでいる。
咲夜は、ちょっと考え込んでいるルイズに、声をかける。
「当人は何か超常的なものなんてまるで感じさせませんよ。ただの人間と思って差し支えありません」
「そ、そうなの」
「お会いになられても、普通に話せます」
「それならいいけど……。それで、どうやって会えるか分かるかしら?」
「魔理沙なら博麗神社に来る時期を知ってるかもしれませんから、彼女に聞いてみては?」
「え?魔理沙が?」
「ええ。東風谷早苗は魔理沙の知り合いですよ」
なんというラッキー。魔理沙の知り合いが関係者とは。しかも彼女はこれから魔法少女セットVer.2の調整のため、紅魔館に来る予定だ。これは聞くしかない。
「ありがとう、咲夜。相談して良かったわ」
「お役に立てて幸いです」
咲夜は軽く、笑顔で礼をする。
やがて昼も過ぎ、いつもの広場に近い部屋に四人の魔法使いの姿がある。ルイズ、パチュリー、魔理沙にアリスだ。
そしてテーブルに用意されたリリカルステッキVer.2とマギカスーツVer.2。一度アリスの家で見たものの、相変わらずのピンク。しかも装飾がハデになっている。ちょっと微妙な顔で眺めるルイズだった。
自信作とばかりに颯爽とアリスが説明しだす。
「今度のはかなり改良を加えたわ。まず魔力量の許容量は2倍。そして前のはルイズの魔力をただ蓄積するだけだったけど、これはそれを呼び水にさらに魔力を呼び込むの。そして……!」
と勢いのいい宣言と共に、持ってきた鞄をひっくり返す。出てきたのは……。
ショーツとスリップ。
ルイズ、唖然として口を半開き。がアリスの顔は相変わらず、どこか自慢げ。
「これを着けてもらうわ」
「何?今度のは下着まで指定なの?」
「そうじゃないの。これはあなたの魔力蓄積量を増すのよ。前から気になってたんだけど、魔力の回復力がちょっと弱いのよね。それを補助するものよ」
「へぇ……」
説明を聞いて、ちょっと感心。手に取ってみる。裁縫が得意なアリスらしく、なかなかのデザイン。悪くない。着てもいいんじゃないかと思った。
次は魔理沙の番。ビシッとリリカルスティックVer.2を突き出す。前よりゴテゴテしたものになっていたが。
「私はやっぱパワーだぜ。最大出力は1.4倍!魔法の展開スピードも上がってるぜ。だたちょっと、気をつけてくれよ。パワーが上がった分、調子に乗って使ってると、すぐ魔力切れ起こすからな」
「うん。分かったわ」
「それと今度は、ルイズの杖をこの中に仕込めるようにした。イチイチ二本も使ってたら面倒だからな。おかげでちょっとゴツクなったが、そこは慣れてくれ」
たしかにゴツイ。柄も一回り太くなっている。そうは言っても持ちにくいというほどではないが。
さっそく、新たな魔法少女セットを手にする。まずはマギカスーツに袖を通す。相変わらずのピンクコスだが、魔法が使えるとなればこのくらい、という気持ちで着込んだ。そしてちょっとリリカルスティックも杖を仕込むと、手に持つ。
そしてすぐに外に出た。広場に向かう途中、魔理沙に尋ねる。
「魔理沙。東風谷早苗って知ってる?」
「ああ、知ってるぜ」
「その風祝の現人神って山の神の関係者なんでしょ?」
「というか、同居人だな。三柱とも守矢神社にいるぜ」
「会えないかしら」
「そういう事か。敵情視察だな」
「別に敵って決まった訳じゃないでしょ。戦わなくて済む方法もあるかもしれないし」
「おいおい、戦う前から弱気か?」
「無理に敵対する事ない、って言ってるのよ」
どうも、魔理沙はルイズと神奈子を戦わせたいらしい。まあ、魔法少女セットを試したいというのもあるのだろうが。だが戦う当人であるルイズにしてみれば、正直、神との戦いなんてごめんだ。
なんだかんだと話を続けていると、馴染みの広場に出た。だがそこにいつもは見ない人影が。まずはレミリアと咲夜。そして……。
「あやや、みなさん遅かったですね。レミリアさんも待ちくたびれてましたよ」
射命丸文だった。
「あんた……。なんでここにいるのよ」
「これは失礼しました。ですが、また来るといいませんでしたか?」
「言ったけど、こんなに早く来るなんて思わなかったわよ」
「居ても立っていられなかったんですよ」
文はそう言って、ペンとメモを取り出して、ニコっと笑顔を向ける。
「なんと言っても、魔法使いの外来人。しかも異世界からの来訪者がいるのですから!」
秘密にしておこうとしたものがすでにバレていた。
「な、なんでそれを……」
「レミリアさんから伺いました」
ムッとした視線をレミリアと咲夜の主従に向ける。咲夜の方は申し訳ないような難しい顔を浮かべている。一方、レミリアは不敵で楽しそうな笑顔。何故?という言葉がルイズに浮かんだ。
吸血鬼は悠然とルイズ達へ向くと口を開いた。
「数ある外来人の中でも、異世界人というのは今までなかったわ。それを預かってるのは、この私の紅魔館。こんなすばらしいニュースは、大衆に周知する必要があるとは思わない?ルイズ」
「ちょ、ちょっと待ってよ。異世界人ってバレたら、いろいろ困るかもしれないじゃないの!」
「いいえ。困らないわ。さすが紅魔館って、羨望の想いを浮かべるに違いないわ」
ルイズが言いたいのは紅魔館の事ではなく、ルイズ自身の話なのだが。お嬢様にはそんな察しのいい所はなかった。
すると咲夜がさすがにマズイと思ったのか、言葉を添える。
「その……お嬢様。ルイズ様がハルケギニア出身と知れ渡ると、胡乱な連中が連れ去りに来るかもしれません。なるべく隠しておいた方がよろしいかと……」
「そんなやつらは全員、打ちのめすわ。この私が!」
もはや何を言ってもダメな状態に入ってしまった。そこにさらに余計な事を言う烏天狗。
「さすが幻想郷で名高い吸血鬼であるレミリアさんです。もう少し注目を浴びるような話を添えると、さらに箔が付くと思いますよ」
「そうね。ルイズはねあの天人を使い魔にするのよ」
「なんですって!天人というのは、もしかしてあの比那名居天子さんですか!?」
「そうよ。あの天子」
「なんと!あの方は、とても人の下に付くように思えなかったのですが。これは大ニュースです!」
嬉々としてペンを走らせる文、やたら持ち上げられ喜んでいるレミリア。この止めようのない二人を前に、ルイズはあたふたしていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。まだ使い魔になってなってないわよ!」
「と、いう事はその予定はあるんですか?」
「えーと……。その、まあ、できればだけど……」
「いえいえ、予定があるだけでも大したものです。さすが異世界の魔法使い。ただの魔法使いにはできない芸当ですよ」
「そ、そう?」
「はい。幻想郷をくまなく見てきた私ですが、そんな人物には会った事はおろか、聞いたことすらありません」
「へー……。そうなんだ」
ルイズ、自然と口元が緩んでいる。相変わらずのにこやかな文の表情の裏では、ニヤリというような黒い思考が巡っていた。
「しかし予定とは残念です。ルイズさんのご都合が付かないんですか?」
「そうじゃなくって、天子の都合よ。彼女が、条件をクリアしないとヤダって言うの」
「まあ、天子さんを使い魔にするのですから、条件の一つや二つあるでしょう。しかしそれさえクリアすれば、正に稀代の魔法使いですね。その資格をルイズさんがお持ちとは、感服せざるを得ません」
「そ、そうかしら」
「それで、その条件とは、いったいどのようなものです?」
「えっとね……」
ルイズは文に乗せられ、いいように話してしまっている。こういう感じに聞いてくる相手なんて、今までいなかったので無理もない。だがこのままでは、全部話してしまいそうな流れになっていた。
しかし流れをせき止める者が一名。
「文。そこまでにしろ。全部聞いても、多すぎて紙面を埋められないだろ」
魔理沙だった。ムッとしてペンを止める文。
「それにこの話は何も、お前占有って訳じゃないぜ。他の天狗が来たら話すしな」
「…………」
「ついでに言うとな、ルイズと一番付き合ってるのは私らだ。ルイズの事だったら、幻想郷で一番知ってるぜ」
「……はぁ。分かりました。ここは一旦引き下がるとしましょう」
大きくため息をつくと、力が抜けるように肩を落とす。だがすぐにパッと魔理沙に向き合った。
「ところで、ルイズさんの話、他の天狗に進んで話すおつもりは?」
「お前の態度しだいだな」
「そうですか」
すると納得したように文は、ペンとノートをしまった。代わりにカメラを持ち出す。その初めてみる奇妙な道具にルイズは、思わず目を奪われる。
「それでは皆さんが揃った写真を撮りたいのですが、よろしいでしょうか?」
「それはいいわね。全員揃えて撮りましょう」
レミリアがすぐに了承。他の連中が、何も考える暇もなく。まあ、本人は紅魔館に異世界人がいるという決定的アピールがしたいだけだったのだが。
やがて寝ていたフランドールを無理やり起こし、美鈴までも呼び寄せ、ついでに天子も入れて集合写真が撮られた。中心はもちろんルイズ。彼女自身はできれば魔法少女セットを着替えたかったが、結局そのまま撮ることとなってしまった。
ようやく静かになった紅魔館裏の広場。おさわがせの文は帰り、吸血鬼姉妹も館へ戻った。もっともその前に、無理やり起こされて不機嫌になったフランドールと起こしたレミリアの間で、弾幕ごっこが始まりそうになる。日の光の下で戦おうとする二人を、なんとか落ち着かせるので、大騒ぎとなったのだが。
広場の脇にあるテーブルで、四人は和んでいた。
ルイズは体を投げ捨てるように、どっと椅子に座り込む。
「はぁ……なんか、気疲れしたわ……」
「危なかったな。全部しゃべっちまう所だったぞ」
魔理沙が横に座り、こあが差し出したお茶を口にする。ルイズは考え込むと、文との会話を思い起こす。奇妙な違和感に襲われていた。
「何であんなに話しちゃったのかしら……。あれ何?ギアスの魔法?それとも烏天狗の能力?」
「ギアスって魔法は知らないが、魔法でも能力でもないぜ。まあ文の芸かな。新聞記者のワザって言うか……」
「芸?ワザ?新聞記者って、そんな事できるの?」
「まあな、ずっと記者やってるしな」
新聞記者恐るべし。
ルイズはハルケギニアに帰ったら、新聞に関わる者に油断するまいと胸に刻むのだった。
改訂前は新聞がハルケギニアにないものとして書いていたのですが、「烈風の騎士姫」に新聞社の記述があると知り改訂しました。しかし盲点でした。後の話にも関わる所があったので、少しばかり練り直すことに。
それでハルケギニアの新聞は、ヨーロッパの初期の頃の新聞を想定しました。材質は羊皮紙。サイズはB4程度の一枚。両面印刷。値段は結構高価。貴族や豪商くらいしか日常的に購入できないものとしました。印刷は木版印刷だったのではないかと。ハルゲギニアでは、発明という要素がどうにも弱い感じがして。コルベール先生はいろいろ作っていましたが。それに階級社会が純然とある所を考えると、貴族の情報独占の崩壊に繋がる活版印刷と木材紙の発明なかったのではと。