地球から突然、ハルケギニアと呼ばれている世界にやってきてしまったヒラガ・サイト。しかも使い魔という、いわば奴隷のような立場になってしまった。サイトは地球へ戻せと訴えたが、これへの回答は不可能というもの。さらに使い魔という立場も拒否したが、これへの回答はならば学院から出て一人で生きるしかないというもの。サイトは苦渋の決断をせざるを得なかった。現状を受け入れると。
夕食後のルイズの寮の部屋でふて腐れているサイトを前に、彼女は質問を並ならべていた。
「異世界から来た?」
「ああ」
これまでの会話の中で、サイトから出てきたキーワード。地球、日本、パソコン、インターネット等々、ルイズには聞き覚えのないものばかり。中でも驚かされたのが、月が一つしかないという話だった。何故ならここハルケギニアでは、青と赤の二つの月があるのだから。
「何、デタラメ言ってんのよ」
「んじゃ、信じさせてやるよ」
そう言ってサイトは、いっしょにこっちに持ってきた少々厚みのある重なった板を手にした。それは本のように開かれる。すると一方に、光が灯り、絵やら文字らしきもが出てきた。しかも動いている。しばらくすると鮮やかな絵が写し出された。いや、絵などというレベルではない。まるで風景を切り取ったかのようだ。その左側には、アクセサリーのような小さな絵が並んでいた。
「な……何よこれ?」
「パソコンだよ。俺の世界にはこれが普通にあるんだよ。お前んとこにあるか?」
「……」
見えているものは、今まで見てきた油絵やモザイク画、版画などのどれとも違う。そもそもこれらが、どうやって表示されているのか見当もつかない。
「これ、その異世界とかの魔法?」
「科学だよ」
「カガク?」
またも聞き覚えのないキーワード。ルイズは難しい顔つきで、パソコンと少年の双方を交互に見やる。彼の話は信じがたいものばかりだが、目の前のパソコンとやらがあるのもまた事実。しかもよく見れば着ている服、これも初めて見るもの。
ただの平民かと思っていた少年は、何やら曰く付きの存在らしい。ルイズの口元が緩みだしていた。そして舞い上がるように立ち上がると、満点の笑みを彼に向けてくる。
「あんた!やっぱり、ただの平民じゃなかったのね!」
「は?」
サイトはルイズの喜びようが分からない。唖然とし、はしゃぐちびっ子ピンクブロンドを眺める。
「異世界のカガクとかいう魔法を使うメイジを召喚したわ!やったわ!始祖ブリミルはちゃんと、私を見守ってくださったんだわ!」
テンション高い少女。楽しげに言葉を連ねていた。
「異世界のメイジなら、こっちの魔法が分かるはずないわね。だったら……そう!カガクの力、見せて!」
「科学の力って言われてもさ……」
「そのパソコンとかいうマジックアイテムで、何かできるんでしょ?」
「できるけど……。こっちは電気がないだろ?バッテリー無駄使いする訳にもいかないし。だいたい、これ作ったの俺じゃないぜ」
「え?どういう事?」
「科学を使える人が作ったパソコンを、使ってるだけなんだよ」
「つまり何?あんたはカガクが使えないの?」
「そうなるかな」
「……」
ルイズが急にしおれていく。さっきまでの喜びようが嘘のよう。落ちるように椅子に座った。途端に最初の横柄な態度に戻る。
「んじゃ、何ができるのよ?っていうか、向こうで何やってたのよ?」
「何って……普通の学生だよ」
「え?学生?」
目の色が変わるルイズ。サイトには、学生と聞いてどうして驚くのかが分からない。
ハルケギニアでは学校に行ける者は限られた。もちろん多額の費用がかかるからだ。紹介がないと入れない所もある。貴族や豪商でない一般の平民が通おうとすると、多くの難関が待ち受けていた。つまり学校に行っているというだけで、ある程度のステイタスとなっていた。
ルイズは、彼を観察するかのように見る。そしておもむろに尋ねた。
「何、勉強してたの?」
「う~ん……。外国語とか、歴史とか、数学とか……」
「外国語?あんたの世界って、国によって言葉が違うの?」
「当たり前だろ。え?こっちって、言葉は同じなのか?」
「どこだって言葉はいっしょよ。あ、でも、もしかしたらサハラの向こうは、違うかもしれないわ」
確かにハルケギニアの各国は、ほぼ同じ言語を使っている。ただ世界は広い。ハルケギニアの外にも国はある。西にあるサハラ、さらにその先のロバ・アル・カリイエ。ほとんどの人々にとって、おとぎ話にすら思える世界。それら国々の言葉が、自分達と同じとは限らない。しかし人間は逞しく、そんな場所に行く者達もいる。商人達だ。
もしかして少年が通っていた学校は、商人の学校なのかもしれない。ならば、外国語という授業があっても不思議ではない。ただ商人の学校などというものは聞いた事もないが、彼は異世界の住人なのだ。ハルケギニアの常識は通用しない。
ここでルイズは、はたと思う。何故、商人の卵が使い魔として召喚されたのかと。使い魔は主に相応しい者が選ばれるという。では、この出会いの意味はなんなのか。
「まさか……私って将来、お金に振り回されるんじゃ……」
朝から晩まで机に座り、書類の数字に使い魔と共に格闘する光景が一瞬過った。
「冗談じゃないわ!私は母さまみたいな、すごいメイジになりたいのよ!部屋に籠って書類作業なんて、やってらんないわ!だいたいお金と魔法なんて、関係ないじゃないの!魔法学院通ってる意味がないわ!」
「どうどう、落ち着けって」
こうもコロコロとテンションが変わるのを見ていると、なんだか子犬を相手にしている気分になるサイト。
一頻り喚いて気が済んだのか、ルイズは静かになる。ゆっくりとサイトの方へ顔が向いていく。その視線に何やら思う所があるように窺える。彼の脳裏に嫌な予感が走った。
「あんたには使い魔の商人じゃなくって、メイジに相応しい使い魔になってもらうんだからね!」
「何の話だよ?」
「そうだ!剣術とか勉強してた?」
方々を旅する行商人には、常に危険が付きまとうという。しかも世界中を巡る商売となると、危険度は跳ね上がる。冒険譚に事欠かない両親から、その手の話を何度か聞いた。使い魔の彼は、世界の果てに行くような商人を目指していたのだ。ルイズは、最低限、身を守る術を学んでいるだろうと考えた。
一方、サイトからすると、ピンクブロンド少女の話には一貫性がまるで見えない。面倒臭そうに答える。
「えっと、剣道はやってないけど、柔道は授業でやってたかな」
「ジュードー?何それ?」
「武道だよ。体を使う技」
「へー、体術やってんの」
異世界の体術というものに、俄然興味が湧いてきたルイズ。使い魔の役割の一つに、主の護衛というものがある。意外に目の前の少年は、役に立つかもしれない。彼女は満足そうにうなずいた。
「それなりに腕はあるみたいね。あんたを試すわ」
「試すって何すんだよ?」
「組手よ」
「俺とお前が?」
「そうよ」
「いや、さすがに女の子に手上げんのは、ちょっとなぁ……」
「言うじゃないの。なら、私が一発でも貰ったら、あんたの勝ちにしてあげる。やられても怒んないわよ。それに、勝ったらあんたに貴族の食事を用意させるわ」
「え!?マジ!?あっ。魔法使う気だな」
「はぁ!?あんた程度に、魔法なんて使う必要なんてある訳ないでしょ!」
急に激高しだすルイズ。サイトは呆気に取られる。何が彼女を怒らせたのか分からない。貴族としての気位の高さだろうか。ただそれにしては、大げさすぎる気もする。
ともかく一発入れればいいだけだ。怪我をさせる訳ではない。それに、今は美味しいものが食べたかった。今日の夕食が、散々だったので。使い魔の食事だからと、災害非常食のような味もそっけもないものだったのだ。貴族の食事というキーワードは、やる気を出すには十分な理由だった。
サイトはうなずく。
「いいぜ。やってやるよ」
広場を月が照らしていた。サイトからすれば、異質感しかない青と赤の双月が。そこに二人の少年と少女が立っていた。
サイトは視線を落とす。地面にはむき出しの土と、短い草が生えていた。畳ではない。こんな所に投げつけたら、怪我をするかもしれない。しかもルイズは見るからに軽そうだ。加減が上手くいかないかもしれない。やはりいくら食事に釣られたとはいえ、受けるべきじゃなかったかと思い始める。
ふとルイズの方へ視線を移す。何やら体を動かしていた。準備運動といったふう。さらに髪をポニーテールにまとめ、服装も部屋の時とはまるで違っていた。シャツはジャージなようなものに着替えており、スカートはスパッツのようなものに変えている。マントも外していた。さっきの服装は制服らしいから、汚す訳にはいかないので着替えたのだろう、などとサイトは思っていたが。
準備が終わったのか。ルイズがサイトの方へ向き直る。
「さてと、始めましょうか。あんたから先に動いていいわよ」
「いいのかよ」
「うん」
舐められているかのような返答。少し癪に障った。さっきまでどう手を抜くか考えていたが、少々痛い目に合わせた方がいいようだ。サイトは両腕を軽く広げ構える。
「泣かせちまったらごめんな!」
すかさず走り出した。
「いっ!?」
次の瞬間、強烈な痛みに襲われる。腹を抱えて転げる。腹部に一撃貰ったと分かったのは、すぐ後。
呆れているルイズが見下ろしていた。
「何やってんのよ。そんなに手広げたら、お腹の防御できないじゃないの。殴ってくださいって言ってるようなもんでしょ」
「え!?」
ルイズの言葉の意味が分からない。
「もう、ちゃんとやってよ」
「う、うん……」
なんとか立ち上がるサイト。痛みの方は我慢できる程度に収まってきたが、頭の中は混乱中。ルイズは構わず元の位置に戻る。
「仕切り直しよ」
「あ、ああ……」
再び構えを取ろうとするサイト。その時気付いた。ルイズの違和感だらけの様子に。半身に構え、全身から力を抜いた自然体、重心は正中、隙らしきものが見当たらない。映画で見た中国拳法の使い手のようだ。
何故、異世界で中国拳法?という疑問がサイトの頭に並ぶ。だが答なぞ出るはずもない。ただ一つだけハッキリ分かるものがあった。目の前の少女は格闘技の達人で、自分は素人同然だという事だ。血の気が引いていくサイト。
「あ、あのさ。ルイズ……」
「次は、私から行くわ」
「ちょ……」
サイトには、拳法家な少女の動きが追えなかった。
掃腿、掌底、崩拳、転身脚、頂肘……。何度か組手をした結果、全部サイトが貰った技である。そして最後は立ち上がれなかった。ルイズはその無様な姿を、落胆と共に眺めていた。期待した異世界からの使い魔は、何もできないらしいと理解しつつ。
翌日。サイトは今、学院の教室にいる。ルイズと二人っきりで。もちろん逢引でもなんでもない。罰掃除をやらされていたのだった。目の前に広がる瓦礫を片付けるために。
昨晩、サイトはルイズに散々にやられ、広場に放置された。しかし、たまたま趣味の部屋である研究小屋に向かう途中のコルベールに助けられる。彼は同僚教師に頼んで、魔法でサイトを応急処置してもらった。その後、シエスタという黒髪ボブカットのメイドに預けられる。以降の治療は彼女がした。結構かわいく優しい少女と知り合えて、サイトは災い転じて福となすということわざを思い浮かべていたが。
大分回復したので、今日のルイズの授業に付き合う事となる。その時、どういう訳か周りの生徒から、ルイズはゼロと何度か呼ばれていた。その度、彼女が睨みを利かせ黙らせていたのだが。サイトはゼロと呼ばれて、何故ルイズが怒っているのか分からない。しかし、しばらくして理解できた。授業でルイズが魔法の実践をして。
その結果が目に映る光景である。彼女の魔法は失敗し、教室中央を吹き飛ばしたのだった。生徒達のヤジからすると、どうもルイズの魔法は成功した試しがないらしい。つまり成功率ゼロ。サイトはルイズの二つ名に、なるほどと納得せざるを得なかった。
ルイズは黙々と掃除をしていた。見るからに手慣れた様子。これまでも、魔法の失敗で何度も教室を爆発させていたのだろう。その度、片付けを命令されていたに違いない。慣れるのも、当然と言えば当然だった。
それでも失敗が堪えているのか、一言も話さない。そんな小さな少女の背を眺めながら、サイトは困っていた。確かにいきなり異世界に連れて来られ、使い魔なんてものにされた。あげくに昨日はボコボコにされて、夜の広場に放りっぱなし。食事の方はシエスタの計らいで、なんとか賄い程度のものを食べられるようになったが、日本で食べていたものに比べればやはり落ちる。
ルイズは、こんな境遇に自分を落とし込んだ張本人だ。それでも、こうも寂しげな背中を見ていると、つい慰めたくなる。サイトは無い知恵を絞り出した。
「えっと……。そのさ……人の価値って、魔法だけで決まるもんじゃないと思うぜ。俺は。だから魔法使えなくても……」
「はぁ!?」
音がしそうな程、勢いよく振り返るルイズ。眉を吊り上げて、箒を槍のように向けてきた。
「私は母さまみたいなメイジになりたいのよ!魔法使えなかったら、なれないじゃないの!だいたい貴族が魔法使えないで、どうすんのよ!」
「魔法が使えなくったって、貴族の家に生まれたら貴族だろ?」
「何言ってんのよ!貴族は魔法を使えるからこそ貴族なのよ!」
「そうなのか?」
「そんな事も知らないの!?」
「俺はこっち来たばっかだぜ。知る訳ないだろ」
慰めようと思ったが、地雷を踏んだのか逆効果だった。適当な気休めは藪蛇だったようだ。しかし理不尽な目にあってもなお気を使ったにもかかわらず、そのお返しが罵声では腹が立つ。サイトは鬱憤をばらまいてやろうかと、口を開きかけた。だが急にルイズが視線を逸らし、しおらしくなっていた。
「だいたい魔法、使えない訳じゃないわ。あんたがいるじゃない」
「え?」
サイトの開きかけた口が止まる。昨日は自分の事を期待外れという目で見ていたのに、今は必要な存在かのような様子だ。彼女は独り言のようにこぼし始めた。
「あんたを呼び出した『サモン・サーヴァント』も、契約した『コントラクト・サーヴァント』も魔法よ。どっちも成功したわ。あんたは……その……私が成功した初めての魔法なのよ」
「……」
なんとも微妙な気持ちになってしまう。人としてというより、魔法の成果として必要とされているのかと。
ルイズは、自分に語り掛けるかのように言う。
「これは切っ掛けなんだから。今に他の魔法もどんどん使えるようになるわ。がんばってれば、願いは叶うもんなの。私、知ってんだから」
「……」
少しばかり感心してしまうサイト。この小さな女の子は、失敗しても罵声を浴びても、めげるような性質ではないようだ。しかも、期待ではなく確信があるかのような口ぶり。以前、努力の末に成功した体験でもあったのだろうか。そんなものを思わせる雰囲気が、今のルイズにはあった。
サイトの胸の内から、さっきまであった鬱憤が収まっていく。
「あのさ」
「何よ」
「その"あんた"ってのやめてくれねぇか?俺にはヒラガ・サイトって名前があるんだからさ」
「……」
「それともなんだよ。貴族の誇りとかで、呼びたくないのか?」
「……」
やがて、ルイズは真っ直ぐサイトの方を向いた。何故か急に顔が赤くなっている。しかし、怒っているようにも見えない。彼はまたも当惑してしまう。さっきと違った意味で。名目上主様が、今一つ分からない。
ルイズは覚悟でも決めたかのように口にした。少年の名を。
「サ、サ、サイト!」
「えっと……、そんな気合い入れて言わなくてもいいんだけど」
「あ、あんたの名前が呼びにくいだけよ!」
訳の分からない理由で、キレられた。やはり地雷を踏んでいたのだろうか。本当に地雷を踏んだのかすらも、分からない。何もかもサッパリ分からない。ともかく、名前を呼んでくれたのは一つの進展と言ってもいいだろう。それで良しとしようと、サイトは考え直した。
一方のルイズ。彼女の方も、実は困惑していた。何故この名を口にするのに、こんなに気持ちが揺れ動くのかと。気付くと二人は、お互いの瞳を見つめ合っていた。
突然、我に返ったように、いきなり大声を張り上げるルイズ。
「サ、サイト!わ、私より、自分の事考えなさいよ!あんたは私以上に、努力しないといけないんだからね!」
「なんだよ、いきなり」
「あんた何にもできないじゃないの!」
「あ……」
言葉に詰まる。確かにルイズの使い魔としては、ほとんど役立たず。とは言うものの、別に使い魔になりたくてなった訳でもない。だがそれでも、このがんばり屋を少しは手助けしてやろうか、という気持ちくらいは芽生えていた。サイトはぶっきら棒に返す。
「けど、何すればいいんだよ。俺、魔法使えないし、火が吐ける訳でもないぜ」
「ふっふっふ……、そこは心配しなくていいわ。サイトの訓練内容用意するから」
「え……?」
「掃除しながら、考えてたのよ」
黙り込んで掃除していたのは、落ち込んでいたからではなく、訓練メニューを考えていたからなのかとサイトは項垂れる。さっきの気使いを返せと言いたくなった。
ルイズは、使い魔の落ち込み様に構わず続けた。
「まずは魔法の知識よ。私の一年の時の教材貸してあげるわ。必死に覚えなさい」
「ちょっと待てよ。さっき言っただろ。俺、魔法使えねぇって」
「何、バカ言ってんのよ。主が使う魔法知らなかったら、連携取れないじゃないの。あんたはメイジの使い魔なのよ」
「……」
一理あるので黙り込んでしまう。しかも訓練メニューは、これで終わりではなかった。
「それと体鍛えるわ。あんた弱すぎだから。明日から起床は日の出直後。いいわね」
「日の出!早すぎだろ!」
「私は毎日そうしてるわよ」
「ええっ!?マジ!?」
「朝はいつも鍛錬してんの」
「……」
その時、サイトはふと今朝の事を思い出す。用意されて干し草ベッドで寝ていたら、ルイズにたたき起こされた。その時のルイズは、運動着らしきものに着替えていたのだ。しかも朝風呂で汗を流してきたかのよう。あれは鍛錬を終え、部屋に戻って来た姿だった。
しかしこれで分かった。昨日、まるで拳法の達人のような動きをしていたのが。日々の努力のたまものという訳だ。その時、気になったものが浮かぶ。
「ルイズさ。お前の拳法、どこで身に着けたんだよ」
「昔読んだ本で。たくさん読んだわ。種類もいろいろあってね。入門編から実践編まで一通り」
「それ読んでから、ずっと練習してたのか!?」
「うん。何年もね」
「すげぇな……。そうだ!俺にもその本読ませてくれ。体鍛えるんなら読んだ方がいいだろ?」
映画で見た拳法使いの動きは、かっこよかった。正直憧れる。習得できるなら、是非ともしたい。それに訳の分からない魔法の勉強より、よほど楽しみだ。
しかし、ルイズは肩を竦めていた。
「それが、無くなっちゃったのよ。いっぱいあったのに一冊も。たぶんエレオノール姉さまが、黙って捨てちゃったんだわ。姉さま、なんでも、私のやろうとする事に口出しするし」
「勝手に捨てるとか酷いな。でも新しいの買えばいいじゃんか」
「売ってないわよ。ハルケギニアじゃ、剣術はあっても体術なんてないもの。そのための本なんて、ある訳ないわ」
「それじゃ、どこで手に入れたんだ?」
「分かんない。家に初めからあったような気もするし……。昔の事だし、覚えてないわ」
「そっか……」
ルイズは大貴族の娘だそうだから、家に遠い異国の本があっても不思議ではない。たまたま彼女はその本を見つけたのだろう。サイトはそんなふうに考えた。
「ま、体術は私が直に教えてあげるわ。でも、基礎体力がないと話ならないわよ。明日っから、ずっと朝は鍛錬の時間。いいわね!」
主様の箒が鋭くサイトを指していた。凛と構えた態度と共に。やけに元気になっているルイズを見て、自然とサイトの頬は綻んでいた。
昼飯時、サイトはアルヴィーズの食堂にいた。給仕の手伝いをしていたのだった。昨晩、シエスタに世話になったお礼である。
だがここでまたもトラブル発生。ギーシュ・ド・グラモンという生徒が落とした小瓶をサイトが拾った。それを切っ掛けに彼が二股をかけていた事実が、モンモランシーという恋人に発覚。ギーシュの必死の弁明もむなしく、二股かけていた双方から三下り半を出されてしまう。
ともかく、サイトにとっては他人事。仕事に戻ろうとしたが、そのギーシュに難癖をつけられた。全ての原因は、小瓶を拾ったサイトが気を回さなかったのが悪いと。そんな事を言われて、黙っているサイトではなかった。結果、二人は決闘の約束をしてしまう。
余裕のサイトに、シエスタが怯えた表情を向けてくる。
「な、なんで決闘なんて受けたんです!」
「大丈夫だよ。あんなヒョロいのに負けねぇって」
「何言ってるんですか!」
シエスタはサイトの手を引っ張ると、ルイズの所へ駆け寄った。
「ミ、ミス・ヴァリエール、サ、サイトさんが貴族と、け、決闘を!」
「決闘ぉ!?」
フォークを止め、跳ねるように立ち上がるルイズ。サイトの方を睨みつけた。
「どういう事よ!?」
「だってよ……」
それから先ほどの経緯が話される。一通り聞いたルイズは、腕を組んで黙り込む。側のシエスタは、慌てふためていて言葉を並べていた。
「ミス・ヴァリエール!決闘を止めてください!このままじゃサイトさん、死んじゃいます!」
「死ぬとか、大げさだな」
サイトは笑いながら返す。だがシエスタはサイトの手を両手で包むと、必至に訴えてきた。
「貴族の方々は魔法使えるんですよ!でも平民は、魔法使えないんです!あなたもそうでしょ!?」
「そりゃぁ……。俺も魔法使えないけどさ……」
「魔法使えないのに、どうやって勝つんです!魔法使える方には、絶対かなわないんですよ!」
「けどさ……」
あまりに必死なシエスタに、少し怖気づくサイト。そんなに魔法は強いのかと。だがそんな二人に、突然、怒声が割り込んできた。
「あんた!それ、私に当てつけてんの!」
ルイズが、シエスタを鋭く指さしていた。刺すような視線で睨みつつ。
「え?」
シエスタ、怯えた表情のまま思考停止。サイトの方も、一瞬ルイズが何を怒っているのか分からなかった。しかしすぐに気づく。ルイズもまた、ほとんど魔法が使えないのだ。シエスタの言い様では、ルイズはギーシュ達より下だと言われているようなもの。
ルイズはすぐにサイトの方を向く。毅然とした態度で。
「サイト!勝つわよ!」
「お、おう!勝つぜ!」
やけに頼もしい主様であった。ルイズは次にシエスタに声をかける。
「あんた!えっと……」
「シ、シエスタです。その……申し訳ありま……」
「シエスタ。協力してもらうわよ」
「は?私が!?決闘なんですよ!?できる事なんて、何にもありません!」
「あるわ」
「ですが……」
黒髪メイドは、必至に抵抗したが無駄だった。強引に食堂から連れ出される。そして三人は、決闘への準備に入るのだった。
中年教師のコルベールが、薄い頭を熱くしながら学院長室に飛び込む。目に映ったのは、高齢の老人と妙齢の女性。学院長オールド・オスマンと秘書のロングビル。両者はいつもと変わらぬ様子を繕っていたが、何やら微妙な緊張感が窺えた。
だが今はそれ所ではない。コルベールは声を張り上げる。
「学院長!これを見てください!」
オスマンの元に駆け寄ると、手にしていた本を広げた。それをオスマンは、笑顔で迎えた。丁度よかったと言わんばかりに。実はロングビルにセクハラしようとして返り討ちに会い、学院長室が気まずい空気で溢れていたからだ。
しかし、開かれたページを見て顔色を変える。責任ある学院長の気配を纏う。そしておもむろに、ロングビルへ声をかけた。
「ミス・ロングビル。席をはずしてくれんかな」
「はい」
彼女はすぐさま席を立ち、部屋から出て行った。
学院長の席へと腰かけるオスマン。机に置かれた本は、彼等が信仰するブリミル教に関する古い文献だった。開かれたページには一つのルーンが描かれている。解説にはこうあった。『ガンダールヴ』と呼ばれる始祖ブリミルの使い魔の一人が、このルーンを持っていたと。
コルベールは気持ちを抑えきれずに、言葉を連ねる。
「昨日召喚されたミス・ヴァリエールの使い魔、ヒラガ・サイトの左手にこのルーンがあったのです!」
「間違いないのかね?」
「はい!」
オールド・オスマンは文献に視線を下ろしながら、長い髭の先を弄っていた。
「そうは言うが、必ずしも伝説のガンダールヴであると証明された訳ではあるまい。ただの偶然の一致かもしれん」
「そうかもしれませんが……」
「何にせよ、しばらくは観察した方がよかろう。注意深くな」
「はい」
コルベールは強くうなずいた。
その時、ノックが部屋に響く。オスマンが入室を許可すると、入って来たのは先ほど出て行ったロングビルだった。
「ヴェストリの広場で騒ぎが起こっています。なんでも決闘が行われるとか」
「決闘?ただの喧嘩じゃろう。放っておけ」
「それが、貴族と平民の決闘だそうです。貴族はミスタ・ギーシュ・ド・グラモン。平民の方は、ヒラガ・サイトと言う者だそうです」
「ヒラガ・サイトじゃと?」
オスマンはコルベールと顔を見合わせる。中年教師が先に口を開いた。
「どうされます?『眠りの鐘』を使用して、止めますか?」
「……。いや、いい機会じゃ。様子を見るとしよう」
「分かりました」
コルベールは杖を取り出すと、学院長室にある遠見の鏡に向かって一振り。鏡にヴェストリの広場の様子が映し出された。
ヴェストリの広場に人が集まっていた。もちろんギーシュとサイトの決闘を見るためにである。
金髪の色男が、悠然と佇んでいた。愛用のバラの花を模した杖を、優雅にいじりながら。ギーシュだった。勝ったも同然という様子が窺える。
しばらくしてサイト達が広場にやって来た。先頭を進むサイト、その後ろにルイズとメイド、シエスタが続く。
胸の内でほくそ笑むギーシュ。彼には一つ気掛かりがあった。サイトがここに来ず、逃げてしまう事だ。そうなると憂さ晴らしと、どこかで見ているはずの恋人へのカッコよさアピールができなくなる。しかしこれでその心配はなくなった。ギーシュは余裕を持って、哀れな平民へ声をかけようとする。
しかし、その表情が怪訝に歪んだ。対するサイト一行の雰囲気が妙なので。まず決闘相手であるサイトは、気が進まなそうな顔付き。貴族との決闘に恐れをなしてというよりは、嫌な課題を押し付けられたかのよう。一番後ろにいるメイドは、見るからに呆れている。そして一人、ルイズだけがやけに勇ましげ。何も知らずに双方を見たら、ギーシュとルイズが決闘すると勘違いしそうなくらい。
ギーシュは少々困惑。だが少なくとも、相手は平民であり、決闘するのは自分と彼であるのは間違いない。それを思い直すと、余裕を蘇らせた。
「よく逃げずにきたね。それは褒めてやろう」
「ああ……」
生返事のサイト。ギーシュはこの身の入っていない様はなんなんのかと、言葉に詰まる。しかし一つ呼吸を挟み、気持ちを切り替えた。
あらためてサイトを見る。左手に木刀がある。ちなみにこの木刀は、ルイズの部屋から調達。鍛錬のためか、ナイフ、剣、槍に模したものがたくさん置いてあったので、一本借りたのだ。
「木の剣で僕に勝つつもりかい?本物の剣を使っても、かまわないよ」
「いや、これの方が動きやすいからさ」
「動きやすい……か」
鼻で笑うギーシュ。つまり剣術も満足に習得していないので、木刀の方がまだマシという訳だ。色男は勝ちを確信。どの程度この平民を痛めつけるかを、考え始めていた。
ギーシュは高らかに宣言。
「諸君!決闘だ!」
囲むやじ馬たちから、歓声が上がる。金髪色男は、全ての歓声を受け止めるかのように笑みを湛えつつ手を上げる。ここにいる全員が、自分に期待していると感じていた。彼は颯爽と、サイトに向かって語り出す。
「僕の名はギーシュ・ド・グラモン。二つ名は"青銅"。青銅のギーシュだ。その名の意味を、存分に君に教えてあげよう」
うぬぼれにも思えるほどの、自己陶酔ぶり。しかし、そうとは言い切れない実力が彼にはあった。ギーシュは四段階に分かれるメイジの中で最低レベルのドット。それでも、一度の6体のワルキューレと呼ぶゴーレムを操れる、優秀な土系統使いのメイジであった。
「さてと、では始めるとするか」
ギーシュは手にしたバラの花のような杖を軽く振る。花びらが一枚落ちた。落ちた場所の、土が盛り上がり彫像を形作り始める。
「サイト!」
せっかくの見せ場を、ルイズがぶった切る。サイトは嫌々ながら、腰につけた袋に手を突っ込んだ。
「あー!もう、こうなったらヤケだ!」
何かを掴み、ギーシュに向かって投げつける。同時に走り出した。
「えっ!?ワ、ワルキューレ!」
ギーシュはいきなり向かってくるとは予想してなかったのか、慌てて対応。投げられた何かを、まだ上半身しか出来ていないワルキューレの剣で叩き落とそうとする。確かに彼は、6体のゴーレムを動かせた。だが精度の方は今一つ。飛ぶものを落とせるほどの腕はなかった。
ところが奇跡が起こった。見事に剣が投げられたものに命中、砕け散る。砕けたそれは、ワルキューレの後にいたギーシュにまき散らされた。しかし全くダメージなし。サイトの目論見は、あっさり潰えたか。
「こんな小賢しいマネで、僕を……ん?」
妙な不快感がギーシュの鼻を突いた。体のアチコチにへばり付いた、砕いた"それ"の匂いと気づいた。これの正体は何なのか。ギーシュに"それ"に覚えがあった。最悪の予感がする。おもむろに腕についたそれを、鼻に近づける。
「ば、ば、ば、馬糞!?」
乗馬は貴族のたしなみ。馬の厩舎に常に漂っている匂いがなんなのか、貴族の彼が知らない訳がなかった。
「う、うわっ!?」
うろたえて、体のあちこちについている馬糞を払い落とす。傍から見ると、前衛ダンスを踊っているかのよう。
「ギーシュ。あんたの負けよ」
「えっ?」
ルイズの声に我に返る色男。
「な、何を言ってるんだ!」
「あんたの杖、見てみなさい」
「え?」
ふと気づいた。自分の手に杖がない事に。馬糞を払い落している時に、放り投げてしまっていたのだ。その杖は、サイトの足の下にあった。青くなる金髪の少年。
「あ……!ひ、卑怯だぞ!こんな戦い方があるか!」
「平民相手に魔法で決闘しようなんて方が、よっぽど卑怯よ!」
ルイズは長い杖を鋭く向けてくる。その後も、決闘の在り様についての応酬が続いた。子供の喧嘩のような言い争いが。
二人の貴族のいがみ合いの側で、微妙な顔で佇んでいる少年が一人。サイトである。決闘の当事者だというのに蚊帳の外。
そもそも当初の作戦は、気位の高いギーシュに馬糞を投げつけ動揺させ、その隙に接近して杖を木刀で弾き飛ばしてしまおうというものだった。武器が木刀だったのも、狙いが杖だけだったので、素早く正確に動かせた方がいいからだ。しかし結局は、馬糞を投げて走っただけで勝負がついてしまった。
相変わらず言い争っているギーシュとルイズに、サイトが割り込んでいく。
「ルイズ。やっぱり、このやり方かっこ悪いよ。決闘ってのは、なんていうか意地と意地のぶつかり合いっていうかさ。魂賭けるっていうか……。そういうもんだろ?」
「そ、そうだよ!その通りだよ!君、分かってるじゃないか!」
決闘相手というのを忘れているのか、サイトの言い分に喜んでいるギーシュ。すると、ルイズの杖がターゲット変更。サイトの方へ向く。
「誰のおかげで、勝てたと思ってんのよ!」
「そりゃぁ、ルイズの作戦のおかげだけどさ」
「……。分かったわ。シエスタ!」
ルイズは長い杖を、勢いよく地面に突き立てる。そしてマントをひも状にして、襷のようにして両肩に巻きつけた。さらにシエスタから、スパッツのようなものを受け取ると、スカートの下に履く。準備完了とばかりに、杖を抜き巧みに操る。その動きがピタリと止まった。完全に臨戦態勢である。
「白黒つけましょ。あんた達が正しいか、私が正しいか」
「ええっ!?ちょっと待て!"達"ってなんだよ!?俺も入ってんのかよ!?」
サイト、自分を指さす。すると隣のギーシュが両手を挙げていた。降参のポーズで。
「分かった!分かったよ!僕の負けだ。ルイズ!君が正しい!」
「ふん!」
勇ましい小さな拳法家は、マントを元に戻すと校舎に戻り始める。その背中は、いかにも不機嫌そうだった。シエスタは戸惑ったまま、彼女の後に続く。残されたサイト達。茫然とその背を見送るだけだった。
ギーシュが思い出したように、突然サイトの方を向く。気まずそうに。
「え、えっと、つまりなんだ。今のはルイズとの間の話であって、君と僕との間では、この決闘は認められないって訳だね。つまり僕は負けてない!」
「ふざけんな!こっちは素手で糞、掴んでまで……」
「「あ!」」
声がユニゾン起こしていた。その身に馬糞を付けていたのを思いだす。サイトは右手に、ギーシュは体中に。慌てて走り出す二人。もちろんこの匂いから、すぐに別れるために。
ところが、それを止める声がかかる。
「ヒラガ・サイト。……だったかしら」
足を止め、振り向いた先に、燃えるような赤い髪の褐色美少女が一人。スタイルもルイズと真反対。凹凸がはっきりしたもの。
サイトは思い出す。朝会った、ルイズと言い合っていた相手だ。確かキュルケと言う名前だった。ルイズは後で敵かのように話していたが、サイトにはただのじゃれ合いにも見えた。二人の関係が、今一つ分からない。
ともかく、今は彼女の相手をしている場合ではない。
「何?俺、すぐ手を……」
「タバサが聞きたい事があるって言うのよ」
「え?」
キュルケが視線を向けた先、ルイズと同じくらいか、わずかに小さい青髪ショートの少女がいた。表情のない顔で、サイトを見ている。タバサという名らしい。彼女もまた長い杖を持っていた。ただし、いかにも魔法使いとでもいいたげな、先が歪んだ形をしている。サイトは、背の低いメイジは長い杖を持たないといけないのだろうか、などと思ってしまう。
タバサは探るような目で尋ねてきた。
「ルイズの体術について聞きたい。使い魔のあなたなら、何か分かる?」
「昨日、ボコられた」
「それで?」
「まさかこっちで、拳法見るなんて思わなかったよ。一回しか組手してないけど、上手いなんてもんじゃないぜ」
「ケンポウ……」
彼女は引っかかりを覚える。その名に。むしろ、これこそが彼女の知りたい事だった。ルイズの他では見ない体術に、どういう訳か違和感がなかったからだ。その訳が知りたかった。
サイトは彼女の考えを他所に、話を続けていた。
「俺の前居た場所で、あれと似たようなのがあるんだよ」
「……。詳しく」
さらに突っ込んだ話をしようとした少女に、制止が入る。隣にいるキュルケだ。
「ちょっと話が違うわよ。長くなりそうじゃないの。またにすれば?」
「そうしてくれ。こっちも急いでんだ」
「ほら。彼もこう言ってるわ」
この場から離れたがっているキュルケ。馬糞の匂いをさせた男の側なんかに、いたくはないのも当然だ。タバサは仕方なさそうにつぶやいた。
「……。分かった。この話はいずれ」
素っ気なく告げると、タバサはすぐに校舎へ向い始める。サイトも踵を返し、同じ方角へ進もうとした。その時、ふと疑問が脳裏を過った。
「あ!ちょっと一つだけ聞いていいか?」
「何よ」
返事はキュルケ。振り返る。
「授業の時も思ったんだけどさ。ルイズって魔法が使えないだろ?なんで皆、あんなにビビッてんのかなって」
「ああ、それね」
わずかに肩を竦めるキュルケ。
「あの子、魔法使えないけど、意外に強いのよ」
「けど、ここの生徒って、皆、魔法使うんだぜ?そんなの相手に、勝てんのか?」
「確かに魔法は使えるわ。でも、使いこなせてるのはほとんどいないの。剣術もまともにやってないのが多いから、ルイズに近づかれたら勝負にならないのよ。ルイズのパターンは、失敗魔法の爆発で目くらまし。そして接近ってのが多いわね。さっきみたいに、せこいのもあるけど」
「そっか」
納得のサイト。素手ですらあれだけ強いのだ。いつも手にしている、あの棒術の棒としかいえない長い杖を使われたら、どれほど強いのか。だから皆、ルイズが睨みつけると渋々黙り込んだのかと。一方で陰口が止まないのも分かった。魔法が使えない相手に歯が立たないのは、我慢ならない連中がいるのだろう。
キュルケは過去のいざこざを、いくつも思い出していた。
「入学したての頃は、喧嘩ばかり。学院一の問題児だったわ」
「そんなキレやすいのかよ……」
「っていうか、公爵家の娘のくせに魔法使えないじゃないの。優越感に浸るのには、丁度いい相手だったのよ。いろんな連中が、ルイズをバカにしてたわ」
「それじゃぁ、バカにされる度に喧嘩売ってたのか」
サイトはその気の強さに、感心するしかない。
キュルケは校舎の方を向きながら、感慨深げに言う。何かを思い出しているかのように。
「ま、あたしは嫌いじゃないけどね。いろんな相手に挑んでくルイズは」
「あれ?君って、もしかしてルイズの友達?」
どこか楽しげに語るキュルケの横顔に、サイトはそんな事を口にしていた。授業風景からして、友達は一人もいないと思っていたが、やはり普通の学生生活を送っていたのかと思いつつ。
しかし何故か、赤毛の美少女は急に怒りだす。
「はぁ!?何言ってんのよ!あたしはキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー!ツェルプストー家のあたしが、ヴァリエール家の者と友達なんてありえないわ!」
「そ、そうなんだ……」
気圧されるサイト。
半ば怒ったまま、大股でキュルケはこの場を後にした。残された使い魔の少年。どうも、また地雷を踏んだらしい。ハルケギニアの連中は、どこに地雷を埋めているのかよく分からない。
ともかく今回の騒動は、無事に収まった。やり方はいろんな意味で汚かったが、勝ちは勝ち。これもルイズのおかげだ。さっきは怒らせてしまったが、一応は感謝しておこうと思う使い魔だった。
学院長室では、遠見の鏡の前で二人の教師が黙り込んでいた。先に口を開いたのはコルベール。
「学院長……。勝ってしまいましたよ。平民がメイジに。やはり、さすが伝説のガンダールヴ……」
「待て、待て、待て。違うじゃろ。ありゃ、作戦勝ちじゃろうが」
「ははは……。ですね……」
苦笑いのコルベール。伝説を実際に見られると期待していたが、それが三文小芝居のようなものを見るハメになってしまった。
二人は遠見の鏡から離れると、元の位置に戻る。席に腰かけたオールド・オスマンは。コルベールに告げた。
「今回の件ではなんとも言えん。君には、引き続き彼を観察してもらおう。こういう機会がまたあるやもしれんしの。伝説の存在かどうかを、見極めてもらいたい」
「分かりました」
彼はしっかりとうなずくと、部屋を後にした。
「本物の伝説だとしたら、どうしたもんかのう」
学院長は渋い顔で髭をいじりつつ、もう一度、遠見の鏡を見る。そして、映っていた光景を思い出していた。
そんな彼等の一部始終を、眺めている者達がいた。ハルケギニアとは全く違う空間に。巨大な図書館にいた彼女達は、オスマン達と違って大笑いしていたが。